==================== 郊外のメビウス CopyRight 希島 一樹 Kazuki kijima 2012 August/December 2013 April 一訂 2013 May 二訂 kazu_00015@yahoo.co.jp www.geocities.jp/kazu_00015 ==================== ・閲覧配布条件 フリーウェアです。 閲覧、配布は自由ですが、18歳以下の方 の閲覧はご遠慮ください。 また、本編のHTML版は閲覧にあたって、エ クスプローラ3.0以上のブラウザが必要で す。 また圧縮アーカイブはzip形式です。適当 な解凍ソフトが必要です。 ・免責 この作品の閲覧配布によって生じたあらゆ る不利益に対して作者は責任を負いません。 ・この作品を読むにあたって ===== 改訂第一稿作成にあたって。 前回上梓したmeb01.zipのパッケージ (2012年12月上梓)は筆者の日程的な事情に より、まず内容優先上梓することを第一の目 的として作成せざるを得ませんでした。 プライベートでも多忙である身、千六百枚 すべてにほぼ完全に修正を入れることは事実 上不可能でした。 しばらくのち、改めて一読者として稿を読 み返し、誤字等の未修正、こまかい表現上の 間違いや小さな矛盾に気がつき、赤面した次 第でした。 精神的にも多少余裕が出てきたようなので、 このパッケージをそのまま書き残すのは、恥 として忍びないので、ゆっくりと自己素読の いみで修正改訂をおこないたいと想います。 第一稿改訂一版ということで、ファイルの 名前は meb11.zip アーカイブ meb101.txt プレーンテキスト meb101.htm ハイパーテキスト形式 となります。21:34 2013/04/23記す。 ===== 改訂二稿について meb12.zip アーカイブ meb102.txt プレーンテキスト meb102.htm ハイパーテキスト 内容は一稿に多少追加があります。 原稿量は千七百枚になりました。 ===== いわば、前書きです。 この作品は、女性のためのポルノグラフで す。もともと、女性の夜の友に供する目的の ためにかきはじめたのが執筆の本来の動機で す。 脱稿直前、この作品は原稿用紙でおよそ千 六百枚の量があることが判明しました。 おそらく、てなぐさみ一晩では読みきれな い量であり、読者氏の貴重な時間を浪費せし めてはいけないと想い、作品のだいたいの性 質を説明することにした次第です。 これはあまりいい作品ではありません。濡 れ場と屁理屈しか書かれていない。 (作家作業とは、作品あるのみですので、作 品についての言い訳や都合の説明は、割愛し ます。) それはおおむね、ポルノである部分を離れ た要素に関することです。 あとがきでも言及していることですが、単 純なエロチカであるのならば、どう考えても この枚数には達し得ません。原稿量のだいた い半分は、この登場人物たちがどのような世 界に居るかということについての言及に割か れています。 もちろん、せまい他意ではなく、作品のリ アリティをだすために、です。 純粋に単純に、枚数を節約するために、そ の部分にはいわゆる小説ではない形式の文章 が挿入されています。 形式上、登場人物のモノローグの形をとっ ていますが、その部分は小論文です。 たとえば古代ギリシャの古典などでは、論 文を逆に、弟子と師匠、あるいは侯爵貴族と 学者の形式で、あえて対話戯曲風に演出した 文章がありますが、筆者はいわばこの手法の 逆を執った次第でした。 読者氏にとってひどく読みにくくなるリス クをとっても、その形式をとった理由はただ ひとつ、そうでなければ手間と枚数が爆発し てしまうからでした。 どんなにいい内容でも、それが永遠に脱稿 できず、またながすぎるがゆえによまれなけ れば書く意味がないのは科学的事実ではあり ます。筆者はむかし、あまりにも長くて「チ ボー家の人々」を読めなかった記憶がありま す。青春は短いようです。 ポルノであることを離れても、暇つぶしの 雑文としては多少は面白いものだとは想いま す。時代のかかえる問題とか、わたしたちが 普段知らない自然の力学の回廊の関係とか、 風景への洞察が、深くなるかもしれません。 小論文のタイトルには、割合おおきなまと まりのあるものにのみタイトルをつけました。 小さかったり比較的あたりまえの知識には 題をつけていません。 なお、表現として現実をうれう描写がでて きますが、それは登場人物の主観としてうけ とめてもらえれば幸いです。 なお、この作品も話が進むにしたがってな にかが変わるものではありません。 ハッピーエンドでも、 ジエンドでもありません。 食事や性がそうであるように、その事前事 後で根本的に風景がかわるものではないでし ょうから。 2012 October 筆者記す December 加筆 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ==================== 本編 目次 1 時代 2 まどろみ1 3 解体 ・はからずも孫子 :亜矢36歳 4 引越し ・段取りと抑制の前頭葉 :想 5 物流 ・マニュアルに対する違和感 :亜矢 6 高校1年 7 高校2年・前半 ・機械と夢と中世と不況:亜矢高校/36歳 ・リゾート :亜矢36歳 ・山麓と職人 :想 8 高校2年・冬 9 高校2年・春休み 10 高校3年・新緑 ・信仰としての学問 :亜矢36歳 11 高校3年・初夏 12 夫婦の現在 13 ふたりの現在 ・純粋さという怠惰と、純粋さの節約:亜矢 ・麻薬と大衆 :亜矢 ・暫定仮説と盲信という教条化 :亜矢 ・洗脳と扇動に利用される広義の恋 :喬 ・最小消費の仮説 :喬 ・女性における大地について :喬 ・商売と報道 :亜矢 14 想の立場 ・官僚 :想 15 電算機と蓬莱 :亜矢 16 まどろみ2 ・大変な時代である愛の時代について:喬 ・皮肉と力学について :喬 ==================== ---------------------------------------- 1 時代 オレンジ色の電車が、僻地の丘陵に都心か ら一時間ほどかけて、その列車を貫通させる 山奥の駅に、社会人の亜矢は、黒いスーツを 着て降り立った。 晩秋はすっかり夜になっていた。 駅前のパート850円募集のはりがみのあ る黒っぽい造作の、 たぶんチェーン展開の立ち食いで、湯であ たためただけの、たまごをおとした味のごく 濃いかつおだしのうどんに、 七味をたっぷりとかけ、すすると亜矢は南 に足をむけた。 丘のおおいその土地は、地図の上でまっす ぐに道路をつくる計画を官僚的に立てたとし ても、現実のその施工は、ゆるやかなアップ ダウンの多い、3次元の構造をとることにな る。 2次元の思考のままでは赤字になる道理で ある。 ここでは、官僚主義とは、3次元の現実を 2次元の仮説としてしか考えられないことと して近似される。 すくなくとも、市区町村の段階では、担当 者は作業着で現場をみなければならない。 星が、でていた。 中心の星雲から爆発するように、四散して いる結果としての小さい熱い青い星の複数が ごくちいさく輝き、 しかしおおきな狩人の星座として道の電線 の3本のかげのむこうに、おおきくみえてい た。 (さむい・・・) 亜矢は、ひとりごちた。 肩に巻いたあかいギンガムチェックのマフ ラーを巻き上げると、 しろい息が星座の前にあがった。 おそらくここは、都心よりセ氏五度は寒い だろう。 そのことばには、おそらく「さみしい」と いうニュアンスが3割ほどまじっていたが、 亜矢はそれを明確には意識せず、くらくさび しい山奥の郊外の道をはきはきと、しかしど うじにとぼとぼと歩いていった。 人間の心理の複雑さは、実はそのふたつの 同時が可能なのである。 その店は、丘陵のトンネルの前にあった。 ひろいその店はしかし、バックヤードのよ うな造作で、商品は陳列というよりは無造作 におかれてあった。 ドアをあけたあとの銅のベルの、ちりんち りんという音にもかかわらず、 奥から人の出てくる気配はなかった。 いぶかしみ、亜矢は奥に進み、 「すみません、だれかいませんか」 と叫ぶと、奥から、 眉間に縦筋のはいった初老の女性が、笑顔 なしにあらわれて、「いらっしゃい」 と返事を返した。 「なにか、おさがしで」 あの、電話したXXです。 魚を・・・。 ああ、XXさん、お待ちしていました。 破顔した笑顔は、しかし営業用ではなく、 もとから純粋な人が苦労した結果の人相であ ることは、それなりに酸いも苦いも経験した 亜矢には、理解できた。 「5尾でいいんでしたっけ。」 「そうです。」 養魚場で管理された魚でないと、「野生の クローン」の可能性がありますから。 * どうして、業者に輸送を頼まないんですか と電信で問い合わせたときその女性は、 「以前、つぶされて殺されてね。 うちは高いにしきごいもやってるし、 誠意のない素人をつかっている業者にまで 戸別配達をたのむ気はないんだ。 うちは本来営業卸だし、小売は本旨ではな い、まあ不況で売上はよくないのはあたりま えなんだが、 ほとんど必ず飼い殺す素人あいてに、高級 な系統の仔を売る気はあまりなくてね。 お金をもうけるなら、別の商売をやってる さ。」 と電話で答えたのであった。 (さもありなむ、と亜矢は想った。 このくにの産業界が崩壊して、消費と物流 が激減した結果、あまったトラックは、不良 在庫や中古品を東西に融通しあう「水平物流」 の時代に突入していた。 当然荷主は企業でなく市民や素人である。 市民は洗脳されやすい。 戦略的に営業を俯瞰し、おかしいと感じた ときは組織ぐるみで食いついてくる企業の荷 主とは違って。 水平物流の組織された大手は、広告代理店 と組み、大量にでる破損のクレームを、広告 費をつかってなんとかもみけしている。 それがゲッペルスのしごとでなくてなんだ というのか。 荷主が素人であれば、当然、金は持ってい ないので単価は引き下げざるを得ない。 それで売上を確保しようとすれば当然大量 に荷物を独占しなくてはならないから、輸送 のハブでは当然許容量がパンクすることにな る。 人件費も抑えなくてはならないから、臨時 雇いの素人で対応するしかない。 「なんでこんなところでひとが死ぬのか、お れにはわからないよ」 以前取材した運転手は、そう話していた。 亜矢は、魚の業者に、 完全に安全とはいえませんが、もしよけれ ば、と比較的良心的な大手の業者の名を教え た。ただ、その業者もそのいわゆる「良心の コスト」を持ち出しで対応しているため、 巨額の負債があるけれども。 無知はかならずしも罪ではないが、無知を ひらきなおることは、けっきょくみなが悪く なるという意味で、ソドムとゴモラの罪の一 種である。広告が隠蔽に加担することによっ て良貨を駆逐してしまえば、それは後日戦争 責任に問われなければならない。 夜景は、天網に似ている。 と亜矢は帰り道、想った。 さかなのビニール袋をおさめた黒いリュッ クをせおい、あるきながら、マフラーを巻い た細身のスーツの亜矢は、想った。 夜の闇は、汚いもの、かがやけないものを おおいつくす。 それはやさしさなのか、詐欺なのか。 そのふたつを分けるものは、主体的な判断 と行動なので、客観に徹する科学的な立場は そのすべを、もたない。 (・・・かえったら、自慰をしよう) 電車の車窓から、都心とは反対の方向へは しる夜景を、ガラスにもたれながらさびしい 20ワットの蛍光灯の街灯のまばらの間隔に 点在する、ひとびとのいとなみのはずの、町 のあかりをやさしげな非参加でながめながら、 亜矢は、ひとこいしさにあさましいじぶんを、 想いしらされた。 * 亜矢は、公団の部屋に戻ると、 あらかじめ用意してみずをはってあるアク リルのおおきな水槽に、 買ってきた5尾の鮒の水袋を、ふくろのま ま浮かせ、稚魚を大きな水槽の水温にならす ことをたくらんだ。 しばらく、その はかないもじゃこ:藻雑魚:の体長を はかなく確認した亜矢は、 むかし、喬が教えてくれたとおり、 しわにならないように、スーツをハンガー にかけると、うちがわのブラウスを脱ぎ、 ピンクのショーツだけのすがたになると、 簡素な公団のバスルームにはいり、シャワー のコックをひねった。 電球色の、あかいいろみをもつ照明の下で、 亜矢は、ショーツを脱ぎ、湯でわずかな汗と 尿を素洗いし、ボディーソープの液を手に取 ると、その布のうえでごしごしと両手であわ だて、散水シャワーの湯にさらしてかるく水 気を切り、 窓側にさがるピンチのついたハンガーに、 その今日穿いていた自身の女の小布をさげた。 陰阜の陰毛を風呂場の宙にかかげて脚で立 つ亜矢は、 泡をちいさなまるい尻にはわせ、ふともも のうちがわをなぞり、うでとかたに泡をなめ らかまとい、 そして、胸郭の鳥のかごの肋骨とちぶさを、 そとがわから泡でつつんだ。 「天然ガスでつくられたぬくもり」であわを ながした亜矢は、空の湯船はつかわず、 おおきな黄色いバスタオルで、ちぶさとせ なとふとももの内側の水滴をぬぐうと、みず いろのショーツに脚をくぐらせ、バスルーム をい出、 浴室のユーロピウムに富む赤い配色の蛍光 灯の照明を消した。 (さかなは、朝、起床時にうつわにはなてば、 いい) 亜矢は、男性的なスケジュールの脳の回路 で、そう思考した。 銀色のビールの缶にくちをつけている亜矢 は、ちらりと時計を見、 かたにかけた黄色いおおきなタオルで髪を ごしごしとやりながらたちあがって、スツー ルのまえにたった。 とびらをあけ、メッシュの小箱を手にとる とそのふたをあけ、亜矢は左手でなかのもの をとりだした。 やや暖房が効いている室内では、亜矢の緊 張はゆるみ、亜矢は心身無防備になり、 またその無防備を みずいろのショーツを腿のしたふかくまで おろす、性の決意の力のひっぱりで肯定し、 また加速させた亜矢は、 痕跡として残るわずかなためらいのあと、 その卑猥なあさましい道具を、前門にあてが った。 手入れされ、10年近くつかってきたふる い青黒いちいさなゴムの男性は、亜矢のなか に、たがいが慣れたように、つるりとおさま っていき、 亜矢はみずいろのショーツの両脇をつかん でひきあげ、うしろの布でうしろの尻の肉を くるむと、 前門のうえにも、へそのしたの恥毛がかく れるほどに布をひきあげた。 ちいさな部屋のわら布団にしいたしろいシ ーツのベッドにつっぷし、 亜矢は、股間にかたいまくらをあてがい、 めをとじて、くびをそらして、ゆれた。 女性の乳輪が、シーツをときどきこすり、 乳首をもいらった亜矢は、じき達した。 溜息をつき、背をまるめ、亜矢は、 (喬は、今ごろどんな人生を歩んでいるのだ ろう) と天井の隅に、想った。 * フラッシュバック:電車の車中 (無知が許す純粋さのなかで、自分の性と ともに、亜矢は祝福を、夜景におくった。) これからあじわう、あさましい自慰に、 ほのかなときめきを感じてしまうこともま た、ささやかなマンネリズムであることを、 うすくまた、感じながら。 ---------------------------------------- 2 まどろみ1 高校1年生、秋。 (・・・あれ、ねている) 1年生の秋も初頭、暑かった季節も去り、 午後のときおりに、涼しい空気がカーテンを はためかせて亜矢の部屋に入るようになるこ ろ、 喬は、亜矢の部屋のソファで、 上半身のちからを無防備にとき、慢性的な 夏の疲労を、秋の弛緩と休息のねむりとして、 うたたねをしていた。 学校からかえってきて、制服のままの喬は ながい黒髪で、 盆を置いた亜矢は、そっとちかよると、背 の高い喬の髪と、そのつむじの、香りをかい だ。 ・・・いつも、上からみおろされているか ら、たまにはこれもいいよね。 紅茶の道具の盆をひろげられた参考書のと なりにおいたあと、亜矢は、喬の左のほほに、 かるくキスをしたのだった。 喬は、目を覚まし、亜矢を認めるとうすく 眠そうに、ほほえんだ。 * 短髪で黒髪の1年生の亜矢は、1学期に帰 宅をいそいでいた。 いつもは徒歩でかよう通学を、今日は所用 の至急の目的のために、祖父のおおがらな自 転車をよじ登るように漕いでいた。 委員会の会合が、所定よりも40分おくれ てしまい、大事な予定の時間よりも帰宅がお そくなってしまったのである。 自転車を力をこめてこぎ、なかなかかわら ない赤信号にいらいらしながら。 紺のセーラー服の四角いえりの直角のかど が青空に立ち、空を勢いよく通り魔のように 切り付け、 プリーツのはいった長いスカートが自転車 のみずからの風に舞った。 鍵を取り出そうとした亜矢は、玄関の錠が ひらいているのに気づき、 やばい と、心のなかで、さけんだ。 玄関のたたきのすみに、黒い靴がはきそろ えられてあるのを認め、 (・・・おじいちゃん・か) そのまま、靴をぬぎすてて2階の自室にも どろうとする亜矢の背に、 かえったのか? 「荷物」がきてるぞ。 奥の食堂のテーブルで、濃い緑茶に口をつ けていた銀髪の祖父が声をかけた。 「・・・」 亜矢は、平静を装いつつ、くびすじからじ わじわとひろがる非常事態の宣言が、 リンパ液の逆流としてにぶい水音の流れの 音のようなものとして、自覚せざるを得なか った。 お、おじいちゃん、着払いだったでしょ、 お、お金は? わしが、はらっておいたぞ。 * (わし、か) 老人はふとおもった 紅顔だった「僕」が、俺になり、そしてま た「わし」になったのは、それぞれ長い時間 がたったということだ。 お迎えがちかいということと、 孫が可愛く感じられるということはおなじ ことなのだろうな、と。 * 亜矢は会話の先手を打とうとした。 「ばれて」はいないだろうが、この気まずい 雰囲気を一刻もはやくおわらせたい亜矢は、 話をたたみこんでおわらせようとした。 「3500円だったでしょ、おかねだすわ」 いや、 老人はさえぎり った。 勉強しっかりとやるのなら、ろはでいいぞ。 そうなるのならば、わしとしてはやすいも んだ。わしは今春おまえが志望の高校に入っ たのがとてもうれしかった。 勉強はスタートが肝心だ。 あ、ありがとう。いいの?おじいちゃん・ ・・。でも入学祝にこのまえコンピュータ買 ってもらったばかりなのに。 あれはもともと、赤門の出入り業者の中古 だ。ほとんど実費はかかってない。 老人でないと日ごろ言い張る老人は、寿司 屋のおおきな湯のみから音をたて、届いた荷 物の箱を片手で、取った。 なかみのおとをごろごろとかるくふる祖父 に、亜矢は心底きもが冷える思いをした。 「おまえも、おんなのこなんだな」 ? にっとわらう祖父から、 ちいさなダンボールの箱を手わたされた亜 矢は会話もそこそこに、自室に逃げ帰ろうと していたが、 ああ、それと。 祖父によびとめられた。 「つかったらちゃんと毎回洗うんだぞ」 祖父のそのことばの終わりきらないうちに、 その語彙の理解を、 化学反応としてはじめる燃焼の当初にはし った閃光としての警告が、理解として亜矢を 羞恥におとしいれ、 次の瞬間に、亜矢の無意識は階段を駆け上 がっていて、 (母さんにはだまっといてやる) のことばを亜矢は階下に聞いた。 階段をかけあがる無限に感じられる羞恥の 時間のなかで、 その羞恥があたまのなかで血流として爆発 しているのを強くおもいしらされて、 亜矢は自室ににげこむと、ドアをばたんと 閉めた。 なんで!? 箱をつくえに放り出し、亜矢は紺のセーラ ーのままベッドにとびこんだ。 (勘のよさと、頭のよさを尊敬しているやさ しいおじいちゃんだけど、こんなときまで、 的確な推理なんかしないでよね!?) 夕暮れになるまでの小一時間、亜矢はこの はずかしさがおさまっても、 あつぼったい、やや少女の汗が染み込んだ、 ころもがえまえの冬服のセーラーのまま、ベ ッドに沈んでいたが、 部屋が制服とおなじ、紺色に沈み込むと、 亜矢は観念したようにのろのろとたちあがり、 部屋の明かりをつけた。 過剰な装飾をきらう実利主義の性格は、お そらく祖父からの影響だったかもしれない。 部屋の明かりは電球色でなく白い昼光色だ った。 「電球色の蛍光灯はユーロピウムを添加する ので、やや資源依存性が高い」 祖父は3人の晩餐でいつかそう語っていた。 * 亜矢は、あきらめたように深く呼吸をした。 まず、ごはんをそしらぬ顔で愛想笑いでき りぬけて、 おふろはわざとおそくして、そのときこっ そり洗って。 やぶかれたパッケージのなかには、こぶり のゴムでできた青い男性性器があった。 ・・・みなが寝静まったら、 (たぶん、今日、これを使っちゃうんだろう な)亜矢は、あきらめに似たわくわくした期 待を、なすすべがない、堕落の甘露として感 じていた。 ・・・わたしは、淫乱だ。 声に出すと、耳が熱くなるのがわかった。 恋よりも先に、性欲だけが先に走るなんて。 (たぶん、おじいちゃんは、 わたしが早速これを、つかってしまうこと ぐらい、おみとおしなんだろうな) 夕ご飯が、こわい・・・。 亜矢は、スカートの中がうずくのを、感じ て、スカートのうえから股間を、背をのばし ておさえた。 母親が夕食につくために帰ってくるまでの 時間が、とてもながく感じられた。 * 「こら、はしりまわらない!服を着なさい!」 全裸の幼女が、しずくをたらしながらリビ ングをはしりまわるのを、亜矢の母親は制止 するのについ、必死になっていた。 幼女は、全裸のまま、小ダンスによじ登り、 羞恥とは無縁の全開なポーズで、ベージュの ソファにむかって跳躍した。 「きゃっ」喬の母が、じぶんをかすめた肉弾 の幼女にあおられ、かるく身をよろめかせた。 ごめんなさい、ごめん。大丈夫!? こら、あやっ!! みぎてでその肩をつかもうとににした母親 のうでをすり抜け、嬌声をあげながら走り逃 げた亜矢は、 きょーうちゃん!! もうひとりの黒髪の少女にとびこんで、も んどりうってふたりとも赤いカーペットの毛 足にたおれこんだ。 「はしゃいじゃって、おとまりがすごくうれ しいのかしらね。」 笑顔で転がっている2人の幼女の、背後に 立った亜矢の母親は、 こ、の、こは 〜 。 我が子を苦笑しながら、くっついている笑 顔の一対からひきはがした。 ---------------------------------------- 3 解体 なにやってんの!?ねぼけてんの!! 亜矢は呼びつけた部下に、叫んでいた。 (ああ、わたしまたやっているな) こんなゆるんだ生い立ちの青年にいくら叱 責したって無駄なことなどわかりきっている のに。こういう子を更正させるのは、一柱の 骨になりかねないぎりぎりの戦場でしかない のに。 亜矢はじぶんのなかで、冷静にこの光景を みている自分がいることを意識していた。 (日本はもうだめなのかしら) 部下のからだだけは青年のこの少年は、サ ーバのなかの共有フォルダ・ディレクトリに、 取材先の大会社の会長さんについての情報を 遠慮なく記載していた。 部外秘などの守秘義務の話ではない。 みなが閲覧できる場所に、たたき上げの老 獪な会長さんの外見をはげだの肥満体だの気 持ち悪くて女にもてないだのきっと変態だの、 幼稚なカリカチュアで落書きをしていたので ある。 ・・・コーヒーをぶっかけられた理由は、 わかっているわよね。 (ファッションを気取った、幼稚な電子おも ちゃに世代が子育てをした結果が、これだ。) * ヘッドハンティングではスタンドプレーを して数字をあげなければ更新はないし、 それでは有機体である企業が壊れてしまう。 契約の身分では、 どんなにごきげんをとろうとも どんなに業績をあげようとも切られるとき はくだらない理由を持ち出されて、これも更 新はない。 ウェゲナーの大陸移動よろしく、なかのよ かった後輩のおんなの子がいた島が、つくえ もそのまま別会社の名義になり、 最後にはだかでだきあったあと、握手をし てわかれた彼女の属するその島が、半年後名 義主の会社のビルにひっこしていったあとは、 平凡だった彼女は、いつのまにか民衆のな かにとけてきえた。 連絡をすることが不可能なのではない。 亜矢の側からみて論理の距離をのりこえて まで継続する関係でもなかったのである。 (からだをなぐさめあっていただけだったん だな) 深い愛着と強い個性というものは、巨視的 にはおなじものである。 彼我の座標の区別をべつにすれば、両者と もながい時間と努力の蓄積がついやされてい る。 ドライな都会の流儀というものは、そもそ も愛が継続しにくいものなのかもしれない。 もしそうであるのなら、愛とはひどく田舎 くさいものとして再定義される。 都会では、まず性が優先されるのかもしれ ない。 * ・・・理屈ではわかっているんだけどね。 企業とは企画を実行して利益をあげる集団 である。 学生を採用して戦力にするためにはすくな くとも3年弱の持ち出しコストが掛かる。 その赤字分のコストを負担しても、利益が みこめるほどすくなくとも購買力の景気がよ くなければならない。 日本のような、人口に対する事実上の非農 業国では、購買力とは外貨である。 亜矢は、手元の文房具をみやった。 メイドインベトナム。 中国ですらない。 日本で外貨が枯渇すれば、すくなくとも国 内販売の企業の活動は収入が途絶え、その心 臓は停止する。 生長が停止した経済のなかの企業は売上の 伸びが停止したその体調のなかで、 まずメセナをあきらめ、そして新卒の採用 をあきらめていく。 社員をくだらない理由をつけて次々といぶ りだし、支社から営業所へと次々とその血液 を減らしていき、 そして亜矢のような即戦力を臨時契約でよ ぶのだ。 生え抜きの社員にとっては亜矢は死神のよ うなものだ。 ほとんどの社員を解雇し尽くしたあかつき には、亜矢たちの存在は、解体される古い鉄 骨に過ぎず、もちろんそれはそれでこのよう なところとは、亜矢は、おさらばである。 契約とは、人員ではなく動産にすぎない。 雇用自由化が人身売買をまねくといった懸 念は不況下で深刻な現実となった。 退職金がないことをかんがえれば亜矢の給 料はかならずしもよいものではないが、 「自殺する朴訥なおやじよりは、」 まし、か・・・。 亜矢はひとりごちた。 もちろん、ひとの不幸でじぶんを計るのは ある程度危険なことではある。 ・・・帰りに喫茶で、通販でも検索するか。 そのあと、ひとりで呑みにいこう。 女性のための、レズビアンのmediaは、あ まり質のよいものが少ない。 また、人柄のわからぬ馬の骨のかわいそう な少女の顔をうえからのぞきこむこともした くはなかった。 おもに渋谷を中心に、細胞性粘菌の力学の ように集まってくるさびしげな少女は、気持 ちのうえで親に捨てられた底辺校の、あるい はその底辺校でさえも退学予備軍のさびしげ な少女なので、 空虚をなぐさめてもらうことが第1義、 この暫定的な今日をとりあえず更新しても らうためのおこづかいの支給が第2義、であ った。 おこづかいは、今日の延長としての意味し かないので、 可能性としては、そのつまらない日常を凌 駕するほどの個性にめがくらめば、それはい わば素朴な意味での赤軍としての、冗談とし ての、大奥の色彩をも帯びる第2期婦人連合 の可能性もないわけではなかったが、 たいていの素朴なさびしい少女は、普通の 素朴なコクーンとしての幸福をゆめみていた。 異常や天才は、平凡をなじってはならない。 祖父に、そのようなことをくりかえしきか されてそだった亜矢は、 ためいきをついて、自分の寂しさを棚上げ にし、 たまたまおたがいに服をぬいでしまった少 女の裸体のなかにいる飢えとしてのこころに、 素朴な幸福にいたるためにはどうしたらい いのかという思索と知識の1個師団を、ラブ ホテルの夜のおおよそ6時間内外をかけて、 かたることがおおかったので、 始発の電車がその3割を原子力発電の電気 で動き、朝のG型の福音に満ちた核融合炉が 東のそらにのぼるのをみとめて、 亜矢は義務感を果たしたうすい満足感と、 じぶんの殴り殺されることを夢みる女性と してのみたされなかった性欲を、 前者を傲慢として感じる自分もあわれであ り、またよすがもなくさみしがる、研鑚の結 果としての報酬という人生の甘露とはたぶん 無縁なことが、精神の老化を招いてしまう結 果にはやくも疲労という名の、「とう」がた ちはじめているあわれな後輩との握手のあと、 孤独なチェーン展開としての機械の出力と しての濃厚な加圧エスプレッソのカフェイン として、意識の底で、さびしく認めた。 落ち着いた恋というものは、結果としての じぶんと同格なものとはだかで抱き合うこと である。 いっぱん、恋や結婚がなりたつためには、 じぶんの立場を確認するための素朴な努力へ の評価の伝統と、 その場所としての職場のある程度の安定が 必要とされる。 いっぱん、卑怯と解体の時代では、恋は不 可能なのかもしれない。それ以上、時代が悪 化するとしたら、愛とは戦場の友情でしか成 り立たない。 mediaに逃げ込もうとしても、男女とも、 裸体のモデルのうえにも、その表情にはあす をもしれないこの時代のうつろさが、気がつ いたときにはじめてわかる、後戻りのできな い認識の濃厚さでただよっていて、 亜矢はいちど、本やそれらを、全部捨てた ことがあった。 亜矢は、紙コップのコーヒーが女史めがね をくもらせたのでそれをはずし、近視のぼや けた視界で灰色のマッチ箱のようなビルの群 れを25階からながめた。 いまのわかいおんなのこはマッチ箱も知ら ないだろう、と亜矢は想った。 ましてや燐や硫黄が、炭素と組んで、宇宙 の法則のすきをねらって緑の苔としてのエベ レストの歴史を作ったことなど、知りもしな いだろう。 (はからずも孫子:亜矢36歳) デフレーションとしての不況を、工業飽和 による構造を別にして考えまた、 それは循環であるそれは「もの」と欲望の 理論としてくみたてられたコンドラチェフの それでないとすれば、それは世代間の気持ち の問題である。 その意味でも、不況は、時期が来ないと解 決しない。逆にいえば、解決する時代になれ ば自然と解決する。ただ、それはファナティ ックな戦争の有無とはまた別だろう。 気持ちとは、要するに飢えである。 飽食の世代が努力をしないのはあたりまえ だ。 亜矢は、その幼少期はまだ好況がのこって いたが、小学生のころから、町の書店がつぎ つぎに閉店になっていくのを不思議な気持ち で商店街を眺めていた。 好奇心の肥料の半分弱は、飢えやさびしさ である。学者の業績には、難民移民が背景と しておおいことを、亜矢は長じてから知った。 亜矢は長じてから、出版の半分以上が芸能 出版であることを見抜き、偶像は天網の電子 サービスで置換可能なことを、コンサルティ ングの感覚で、みぬいた。 ファンは偶像の人間としてのあこがれと共 感にしたがって偶像に焦がれるのではない。 「偶像のファンであること」という盆踊りに 参加し、盆踊りをおどることというコミュニ ティに参加することによって村落的な小団体 の一員として、じぶんのために自己実現の再 確認をするのだ。 村落であるがゆえに、その内部規律は厳し く、排他的な隠語は符丁であり、逸脱に対す る制裁は、苛烈を極める。 基本、偶像は彼らに対してちょっかいを出 してはならない。 それは、棲み分けの不文律を破壊する。 極端なことを言えば、かれらにとって偶像 の「個体識別としての名前」などどうでもい いのだ。それよりは、村落の存続と、彼女た ちの努力無きアノニマスの恐怖を打ち消して くれる効果のほうが重要である。自立してい ない彼女たちにあたえる愛などできない。 偶像とは、彼女たちにとって「きっかけ」 にしかすぎない。 雪の結晶の生長のたねとしての、空気中の 微細なほこり、あるいは真珠貝の真珠の、生 長のきっかけになる海中の砂粒のひとつにし かすぎない。 よき芸能界とは、三重県の養殖業である。 真珠は、工業溶融の合成以前は、ゆいいつ の生産可能な宝石であった。 芸能人が商人でなく職人である限り、それ は少女や少年の心に、寓話の旅人のトリック スターとして「到達可能な」あこがれを真珠 の核となるつまらない砂粒としてうえこむの がその役目かもしれない。 そしてそだった真珠は、偶像のものではな い。おこづかいをはらってくれたその子たち のものである。 ここをはきちがえて、誘惑に負け、ハメル ンの笛を吹くと、芸能は商人に転落する。 きっかけとしての「ほこりの謙虚」に気が つかないまま、興行主にくさりをひきまわさ れたままでいると、 したってくれる女の子を片っ端から、つま みぐいをし貢がせ、乱痴気騒ぎをして、あげ くのはてに女の子を泣かせるのである。 偶像であることを冷静に考えているものは、 ファンと座のひらたい席にはつかない。かな らず畳一枚の厚さの高い上座にすわらなけれ ばならない。偶像は「えらい」のである。 それは同時に役割としての義務でもある。 ・・・やはり、ささやかな努力に親しむこ としか未来は見えてこないものかもしれない。 雰囲気としての空気のフィーリングをくみ あげることを仕事と勘違いしていたかつての 漫画や歌謡は、恐慌が来て、そんなものはじ ぶんのちからとしての財産にはなっていなか ったことに気づくことになった。 蓬莱の芸能の不毛は、俳優だけは過剰に余 っているが、かれらのなかから作詞家や脚本 家がでないことでもある。つまり、おかねづ けになって何もかんがえないで済む、お人形 さんの立場は何も考えないでいいから気楽ら しい。 なにかを作ることの基本は無償のそれであ るから。 飽食が、生存本能の一種でもある好奇心を 骨抜きにしてもともと書籍が売れなくなって きていることにくわえ、通信革命が、芸能に もとどめをさした。人々は偶像を追うことを やめ、いやしという電子の首輪を提げてある いている。しかし蓄積も経験も乏しいかれら いまの大衆にとって、かれらに好況が必要か どうかということはともかく、すくなくとも 彼らが自発的に好況を作り出すことはできな いだろう。 亜矢は、もったりとした平和の重苦しい恐 ろしさ、をひしひしと感じていたのかもしれ ない。 逆説に聞こえるかもしれないが、世界平和 とは地域紛争を肯定することである。冷戦時 代が代理戦争という意味で「熱い戦争」を回 避していた力学と一部おなじことであるが、 平和とは社会の小さいひだや片隅で、救われ ない子供や弱者が殺されるということにこそ ほかならない。 平和がすばらしいことをうたい上げること は、絶対的な意味では不可能なことである。 平和がじつは影で必要としている、いじめ が法的論理的に管理されるとき、それはみせ しめとしての刑法の名で呼ばれる。 希望のとぼしい時代の治世で、人権が押し なべて低いのはそういうことかもしれない。 いじめか法治かの違いは、それが体系典範 としてまとめられているかどうかのちがいだ けであり、きびしい法が、紛争や戦乱を抑止 しているように見えるのは、なんのことはな い、紛争そのものが、法典というフィルター をくぐれば、そのエネルギーが正義に化ける からである。 だからこそ、要不要のいみでは寄生虫とな ってしまった形骸本家がじぶんたちの正当性 を主張するために系図にすがったり、 じつは胡麻の蝿でしかない、ベンチャーが 末端十手をわいろをつかってまでてに入れる のは、実は現象論として韓非子思想の実態で ある。 徳川体制は、イベリアやオランダ系統の金 髪の近代を拒否し、中世に回帰しようとした 試みであったが、その太平はもちろん弱者や 分家に対する間引きという封建制によって支 えられていた。平和は差別を必要とするので ある。春秋左史伝を読んだ元和厭武が、必要 悪としての関ヶ原に踏み切ったことは、おそ らくテクニックとしての徳川体制があえて背 負った、悪なのだろう。 (筍氏や韓非子は、方法論であって思想では ない。腐敗や弱さに対する現実論は方法論で あって、よい意味での宗教たらんとする思想 ではない。 手段や方法には、しかし皮肉としての現実 として「予算」が必要とされる。 公僕に対する給金が保証されていなければ、 だれも法律を守らないのはまさに「法家」の よって立つ最大の弱点である。 その意味で、「方法論」が広域国家を中央 集権体制で運営することはできない。それは 事実上納税者である農民とおなじ人数だけの 官僚機構が必要とされるだろう。そのような ことはエネルギー経済としては運営は不可能 だし、また官僚も弱さとしての人間であるか ら、その機構はすくなくとも2代あとには、 ふくれあがってじきに、国家予算を食いつぶ す閾値を、いとも簡単に越えてしまうだろう。 これがおそらく、「令せずとも行われ」の 言葉の裏側にある、現実経験としての悲願な のかもしれない。 だが。 この科学的観測を別の言葉で言い換えれば、 人の世はつねにうすい地域的な人情主義でし か、基本的には回転しないということでもあ る。 しかし人間がつねに弱い生き物である以上、 地域主義の現実肯定論とは、つねに封建制の 保守主義の色彩を帯びる。 保守主義とは、ものごとを耕しまぜっかえ す自由な発想を嫌い、また既得権の保持を本 家はもくろむので、 そこにはつねに「いじめ」がついてまわる。 残念ながら、おそらく人類の歴史で、多く 「韓非子」はその現象についてまわる「走狗」 になった。たいていの場合、韓非子は地方公 務員としての里長にしかすぎない。 立件しにくい、かたちがあいまいな「いじ め」はとかく犯罪として認識されにくい。 いっぽう「窮鼠猫を噛む」の意味での暴動 は刑法としてもちろん犯罪である。「専門外 だから」といって後者のみを取り調べる韓非 子は、少なくとも力学としては「おかみにお もねるもの」とみられてうらまれることは事 実かもしれない。 紛争や暴動の背景にはたいていは「飢え」 がある。 そこを無視して、土壌としてのセルラ・ホ ン詐欺にのみ成績をもくろむ態度がもし公僕 にあるのならば、それはあまり愉快なことで はない。歴史のたいていとして、独立や革命 とは中央法律や疲弊体制からの切り離しをも くろむ願いとしてなされるのは、一向宗の例 をみても明らかだろう。 具体的に封建体制のなかで考えるかぎり、 いじめを事実上是認することは、差別を事実 上是認することである。 晩年の太祖は、方法論としてそのようなこ とを「積極的に」考えざるをえなかった。 ぬるい烏合の衆にしかすぎない「関西人」 が西軍として関ヶ原で惨敗してちりぢりにな るのは戦術ばくちはともかくとして、最初か らわかっていたから、 これからはじまる太平の世は、かれらを弱 者としていじめぬくことによってなりたつこ とが「悪の力学の現実論として、みえていた」 のだろう。 どうせ、自分でものを考えることの出来な い民百姓など、おしえてやらなければ、何も 知ることは出来ない。 この構図があるまま、無作為に解放と開明 をひらいてしまうと、食うことに苦労を知ら ない田舎の総領と長女は、こぞって上京し、 はた迷惑な「自分さがし」をはじめる。 分家や次男・三男坊が、同じく上京して (工業輸出産業であるが)実務としての油に まみれた第3階級にいそしむのと、対照的で ある。 ・・・亜矢は、かつて象徴的な小説を読ん だことがあった。 その内容はといえば、 旋盤工だった父が、実直に家族を育ててく れたのに、わがままいっぱいにそだった母親 が、水商売におぼれ、すべてを破壊しつくす ものだった。 下町では一升瓶でめっき用の硫酸を買うも のだというようなことは安保以降、ゆたかに なって皆が自分さがしに踊らされるようにな ると、皆が、わすれた。 しかし、ひとびとがもとめるいやしとして の宗教の技巧である美と調和さえも、天然人 工を問わず、ガラス工芸や染料のための硫酸 の化け学の素養がなければ、その概念もまた、 こころもとない。 石もて追われるはた迷惑な、金髪の錬金術 師の弁護をするわけではないが、科学の研究 は、少年の段階では、おもに色彩の芸術の追 求から始まったのだ。 徒弟制度としての、技能の修得を飛び越え、 結果としてだけの「製品としての癒し」のみ をもとめ、結果かれらが美学や信念を考える ための「堅牢な言葉」をつかみとれなくなっ たことは、汚い経験によってリアルをつかみ とることを忌避した、消費の時代のいわば負 債である。) ・・・平和とは、闇に葬られる弱者によっ て支えられる。 その意味では、平和はそのよって立つ力学 として、封建制の仕組みを必要とする。 ・・そして、電子天網の時代は、中世人を 大量に培養することをはじめてしまった てしまった。 亜矢は、天網の時代が事実上中世の封建制 であることをうすうす気づかざる 感じざるを得なかった。 たしかにみなが善人であろうとし、また善 人として振舞おうとすることことそのものを 非難することはできないだろう。 しかし 「自分がなにができる人間なのか」 そして 「自分に必要なものは何か・ 欲しいものは何か」 という意味で 自分を知ろうとしない、 突き詰めようとしない、 柔和なわかい世代に、 亜矢は、砂を噛むような違和感を感じる毎 日がつらく、それは亜矢に自身が近代人とし て育ってしまった乖離と相対的な孤独を強い ることになったのである。 定義のとりかたを吟味すれば、近代のおび は年表のうえで身じろぎとなって移動はする。 奴隷工員による無制限な工業過剰在庫の結 果としての大恐慌と人体を「もの」としてし か見ない殺戮兵器の20世紀は、思考の放棄 と人権の暴落という意味で近代精神の時代で はないし、 長崎経由で金髪の近代が注入されていて、 損害保険が発明されるほどの商工業が発展し た江戸時代の一部はたしかに近代ではあった。 その意味で、亜矢の先輩の世代にも、気質 としての中世人は多く存在してはいる。 中世の悲劇としての世界大戦をすべて前の 世代の責任にして、それをかえりみないとき、 横並びの戦争を知らない子供達も、 また、思考の習慣のない中世の時代に また、飲み込まれて、いずれ また、「戦争を起こした子供達」になるの かもしれない。思考は策略と反省の功罪両面 があるけれども、ここではもちろん後者の意 味で。 広告やプロパガンダや教義によってはなぐ すりをかがされなければ、じぶんのほしいも のさえもわからない中世人は、態度として平 和というものの皮肉に満ちた構造を知らなく とも罪ではないという意味においては、福音 として幸福ではある。ハンサムなラッセルは、 このメンタリティをして、「家畜としての羊」 とまで言ったのであるが・・・。 亜矢のなかにある同性愛的な傾向とは、強 烈なナルシシズムにこそほかならない。 それはおそらく、亜矢の家がぬくもりとし ての充足がうすかったことが起因しているの だろう。 父親の像を知らず、妖精のような存在感の うすい母親のした、「しっかりしなければ、 生き残れない」という覚悟をうすうす感じて いた亜矢は、事実上「書籍としての祖父」の 薫陶を受けることになってしまった。 ・・・亜矢は、生まれてくるべきではなか ったのかもしれない。 彼女にとっての、 科学的客観的な思考のなかには、 他人はいないからだ。 理想や希望にかかわるライバルとしての友 人こそが、亜矢にとってのまた理想的な同胞 愛であった。 亜矢は、愛というものは観念のテーブルの うえで与え合うものだという一般化をどこか 無意識でこころみていた。 その意味で亜矢にとっての愛とは、まずあ たえる愛でなくてはならなかった。 思考のなかに認識として、映像ではなく対 等な存在として人物としての他人が不在なと き、 亜矢の力学は、倣岸に他からの愛を、拒否 をする。 そのような愛とは、好意を寄せる側が意識 していない場合をもふくめ、愛に「ひも」が ついている場合がおうおうにしてあったから である。 愛とは外交に似て、さやあてやかけひきの 意味ももちろんあるから、素朴にみかえりを 期待することをそしることはもちろん、なん ぴとにもできない。 ただ、お互いの立場や力量をじゅうぶん意 識したり反省していないひとから好意をよせ られることを、亜矢は非常に警戒していた。 座標や重みを理解していないまま、感情だ けがはしるのは、洗練されていないちりあく たとみなされても仕様がない。 また、幼稚や安易な計算をぬけだしていな い愛とは、ときどき無意識にもせよ海老で鯛 を釣ろうとする。 愛の呪縛とは、金魚すくいのまるいうすが みの輪、みずヨーヨーのちりがみのひもでな ければならない。はかないものであるからこ そそれをあやとりのようにつなげていく芸が、 外交の洗練された芸術であるともいえた。 しかし、本家の馬鹿息子の倣岸は、予算の 約束とは国庫を手段を選ばすぶんどってくる ことであるから、蓬莱人の外交とは、とかく 鉄のくさり、けっしてきれない強硬ナイロン の太い釣り糸のテグスであることが多い。 薫陶を子供にあたえられない、精神が貧相 におちいってしまった農奴の家の娘は、とか くおくりものに毒や媚薬をもることに躊躇が ないので、 いっぱん、芸能人はおくられたお菓子は、 くちにいれないほうが無難である。 おまじないと称して、なかから陰毛がでて くることもあるから。 外交をむさぼるだけの人は、後半、よくな い。 また亜矢にとって、あたえるにあたいする までの愛を編み出すためには、緊張感として の、高温高圧としての「熱」が必要で、亜矢 のような、「生産と研鑚のための」孤独は、 他人の「ぬるさ」が自分のその温度をさます のが、とてもいやだったのである。 馴れ合いは、何も産まない。 亜矢は、ぬるま湯のようなぬくもりをどこ かで嫌っていた。亜矢は関西人の風俗をどこ かで、嫌っていた。 そういうものは、関ヶ原で敗走し、殺され ないまでも二百数十年、いびり殺しの支配を 受ける。この感覚だけの意味では、おそらく 坂東はコリアに近い。 亜矢は36歳の最近まで、筍氏と孫子が同 一人物であることを知らなかった。 先入観で、たけのこの君は、韓非子とおな じく法家の門だとおもっていたのである。 たけのこの君によれば悪とは、その定義が いちじるしくひろいので、 漢文を読む場合は、漢字のいわれやその定 義のひろさを、おかまのように閉鎖的でいや らしい、業界符丁のようなフランス語の語彙 のように解釈する訓練を要求するということ を改めてそのときにおもいしらされたわけで ある。 その意味では、親鸞は孫子のとおい孫弟子 にあたることになるわけだ、と亜矢は酩酊の まえの孤独なバーでの晩酌を、3杯目のオリ ビル・マティーニのまえで、想った。 悪に対する態度には2種類が考えられる。 ・自然現象としての悪への理解 ・現実に存在する悪への対処方法 中国の思想で言えば、前者が儒家、後者が その定義上も法家に近い。 いわば、この2行は、前者が科学的態度、 後者が工学的な処世術、ということにもなる だろうか。 工学的な方法論だからこそ、実行官吏の立 場としては法典なのである。 官吏を対外軍事といいかえれば、それは必 要悪としての戦争の定義と、どこまでが許さ れるのかという具体的な個条書きの戦術論に なり、 これはまさしく亜矢のなかの理解としての、 孫子であった。 分析科学としての儒学的な気分にふみ込ん だ場合の孫子のかんがえとは、 「悪とは、人間の弱さである」 と白樺派的な表現でいいなおすことができる だろう。 私小説が戦前弾圧を受けたことは、フラン ス革命以来の国民国家では、当然であった。 「弱さ」を、だらしなさと言い換えることが できれば、孫子の思想は物理学でかきかえる ことも可能である。 すなわち、孫子の説く悪とは「エントロピ ー」のことであり、その意味では、人間だけ ではなく、宇宙の森羅万象がそもそも悪にそ まって、そこにあるのだ。 たぶん、ゲーテはそのあたりについて鋭敏 な感覚をもっていたのかもしれない。 「ホムンクルス」という人造人間をつくりだ すことが、まがまがしい錬金術師の禁忌であ ることは、直感的にはひとびとに理解されて も、 じつは生命の根源原理そのものに、自然法 則のなかにある、「悪のまがまがしさ」が重 要な歯車のいくつかとしてもちいいられてい ることを知るのは、21世紀の哲学にとって、 ひどく挑戦的につきつけられた課題かもしれ ない。 いくつかの学説が存在するが、共通しての 概念として生命は、過酷な熱のなかで生まれ たらしい、と亜矢は知っていた。 そのなかのひとつとして、水圧30気圧、 温度400度という過酷な海底温泉の噴出口 で、たまった水和コールタール(石油タール が高温で水と反応すると、自然に原始の甘い 糖分になる)の泥をかきまぜているうちに、 熱縮合した不純混合ポリエステル繊維が原始 細胞の起源であるったという考えがある。 これは、たちこめる濃硫酸の雲という条件 さえなければ、現在の金星明星とおなじであ る。現在のビーナスの肌には、おそらくうる おいがたりない。 平時では、低い下水にだらしなさとして流 れ、公害分子がとおくまで拡散していってし まう空間物理としての「エントロピー」は、 一方的に激しくいきり立ち、連綿と熱を吹 き出しつづける、過熱のemissionの極太の数 億年の熱水の射精で、乱流の構造を支配する 物理原則として逆に利用される。 孫子の言う悪とは、だらしなさが熱運動と 分子間引力の相互作用として拡散していって しまうことをさしているが、 そのおなじ粘りと自由という物性物理が、 非平衡系においてかならず発生する、時速8 キロにも達する「黒潮」の周囲では、その流 れにひきよせられ巻き込まれ構造に無理やり 参加させられてしまうことは、各点の運動微 分差分に重点を置いた動画解析によっても自 明なことであるらしい。 だからこそ、デジタル的な論語と共通する 芯を持たない風任せは、召使にあまんじるこ とにもなる・・・。 その非平衡系の物理学が、構造と情報をた えまなく堆積しつづけるがたがために、 ついには生命が深海で誕生したのだという 説であった。 その意味では社会と生命に対する悲惨とし ての悪の現象を誘導する因子は、 学際的な表現を許してもらえば、 ・飢え と ・停滞 である。 これらは本質的にはおなじひとつのことで、 飢えは、物理と情報のながれをつくるのに 必要な熱や物理化学エネルギーを社会を含め た細胞内外の「熱源」として供給することを 不可能にし、 停滞はまさしく「内部」においては熱の欠 乏によって起こり、また呼吸や心拍のような 意味でも、必要とされるところに食糧やエネ ルギー資源が、到着できない。 ・・・戦争はまさしく、囲い込みだから、 どうしても現象論として、このふたつを誘発 する。 誘発すれば、物理空間は人体生理や、社会 において「悪の現象」をまるで気象のように、 かもしだしていく。 おそらく科学的立場としての孫子の聡明は、 悪とは原理であって、課題ではないことぐら い、とっくに気がついていたことだろう。 だからこそ、しかし痛烈な実務の時代であ った思想として、その背景に戦術というもの は「必要悪」であるという痛みが濃厚にただ よう結果になった。 戦争になってもできるだけ殺さないように するためには、そもできれば開戦をどのよう に避けるかという方向性に対する悲痛な沈思 は、憶測でしかないが、孫子がダ・ビンチの ような錬金術師と対極にある思想であること をほのめかしているのかもしれない。 このことは、生身の同一人物である筍氏の 「孫」弟子が、自分の立身のためだけに、こ のんで首切り官吏になったこととの対照であ る。 ともかく、悪の現象を予防するワクチンと は、 ・熱の発生の不断の継続と、 ・文言としての、素朴なロックンロール である。 ただし麻薬で死んでしまうのは、ロックシ ンガーではない。 ******************** ・・・努力するための熱さをそこなう、興 が醒めるということには、亜矢はまるで信長 のように鋭敏だった。 無能を憎悪する、ということはおそらく動 物の本能としてある、ひとつの機能なのかも しれない。 非発情の、低体温のアホロートルが、左翼 的な社会鍋的福祉をもくろむがゆえに、弱者 としての同性愛を名乗る欺瞞には、いいこと かどうかはまた別にして、亜矢の近代人とし ての意識は、残念ながら嗅覚として鋭敏であ った。鈍いほうが、当座は幸福だからだ。 亜矢は、低体温の愚図がきらいだったのか もしれない。信長が、相続関係をこじれさせ た先代に香を投げつけたはなしは史実かどう かはともかく、逸話としては有名である。 天正公が、才能ということに対しての美学 が旺盛だったことは、つまりはそういうこと だったのかもしれない。 ・・・talentの元々の意味は才能というこ とである。モジュレータがvisionをしめすこ とができないのは看板に対する敗北宣言でも あるのかもしれない。それゆえ、封建的平和 である天網の時代では、偶像はtalentを名乗 ることが出来ない張りぼてであることが多い のかもしれない・・・。 その意味で、この時代、力学的にも亜矢に は友人はすくない。 「・・・高校時代にもどれたらいいのに。」 ---------------------------------------- 4 引越し 「こんなものがあったんだ」 道着とかかれている箱のうわぶたをあけた 想は、妻の合気道の道着を眺めて意外な顔を した。 胸には妻の旧姓が刺繍で縫われていた。 ああ、こんなところにあったのね。 格闘技、やってたんだ。 大学でね。 ほら、カリキュラムが自由なら、気がゆる みがちになるじゃない、気持ちと気合をひき しめるためにかるくはじめたのよ。 護身? ちがうわよ。すぐ怯惰にまっさおにあおざ めてしまう女が、いざとなって護身なんてで きるわけがないじゃない。呼吸法よ。 「呼吸法ね。」 呼吸という概念はそんなにせまいものでは ない。 まあ妻もそこまで深い思索でいまははなし ているわけではあるまい、と想は想った。 じつは呼吸は、前頭葉の言語のリズムとし て思索の文法でもあり、 またそれが戦略論理の言語の色彩を帯びる とき、戦略的な武器にもなりうるのだ。 またかしこい性もじつは呼吸法なのである。 どの波のいただきで、性の中枢にいたるボ タンを強く押すか。想は、またそういう種の 連想をする自分の経年による俗悪さを、すこ し恥じた。 * ベッドの部材はこちらにしていただけます? ええ、もともとの指示書ではこちらでした よね、そっちの部屋ではせまくないですか。 「いえそっちの部屋では、となりの寝室とか べづたいですから」 あー、(作業のリーダーは約一秒の理解に かかる頭脳の潤滑油の回転のあと、いやらし い合点のひらめきの火花を、社交営業の満面 の笑みに瞬時に切り替えることに成功した) そうですか。 かれは、わずかな皮肉ににた笑みが自身の 表情に浮かんでいることを知らなかった。 「おい、にじゅうに、とあたま番号でかいて ある部品はみな奥の部屋だ。 玄関にいる人間にまで順次つたえてくれ」 (あぶない、あぶない) 親方は、内心つぶやいた。 ここは、お客さんのプライベートなんだ、 つい段取りのことに気をとられて、「戦場」 であることをわすれていた。 戦場とは、地雷だらけ。 「そうなると、変えた側の部屋の家具を逆に こっちにもってこなければならない変更がで きますので、 それはそれとしてそのたびお伺いしますが、 しかしたぶん終了の予定が遅くなると想い ますが、よろしいですか」 かまいません、わたしどももこれ以降なに も予定はありませんので。 よろしくお願いします。 「会社もちですからね」 喬は、延長時間分の費用も、という言葉を 省いて言った。 想が、そのあとをつづけた。 「あんまり壁紙とか気にしないでいいですよ、 多少傷ついても。どうせ賃貸ですから。 皆さん、不動産に固執しすぎです。」 * (段取りと抑制の前頭葉:想) (どうせ、すべてはうたかたのゆめだ) 想は、そのことばを、くちから発するのを 抑制することに成功した。 人間で発達した46野の主な機能として。 意識の主の機能は抑制である。 意識とは我慢すること、させることである。 意識は、抑制性神経である副交感神経の系 のうえに発達した。 意識の機能の主な目的は、 むやみな衝動が、徒労に終わって食料と体 温を浪費しないようにすることであり、 また、無制限な我慢ではなく、 戦略の意味での内的世界モデルによる、 外界の状況の精査と、推論としてのシュミ レーションである点検がおわるまで衝動を待 機させておくために意識は発達したので、 それはアセチルコリンによる抑制性の系か ら出発した。 英語で、制御と抑制がControlと言う語に おいて同義であることとおなじで、 その意味で、意識と冷静さはおそらく同起 源である。 * 残念なことかもしれないが、統計的な浮動 として、いわゆるあたまがわるいことという 現象の生理的な記述とは、その抑制の機能が おしなべて劣っていることを示すのかもしれ ない。 まわりの反応を予測できずに、おもったま まをべらべらしゃべって村から干される婦人 や、 人の話をきくことができずに、狭量な想い こみで正反対の方向へ走り、長や親分のあた まをかかえさせる、 発達の悪い人々に、それが生まれつきであ るからこそつける薬はない。 またそのような人が気象としてあつまって きてしまう凹地は、それが気象であるからこ そ根本的な解決はできない。スラムとは雲の ようなものである。この嵐がきえても、いず れまた別の黒雲がわく。 村から干されれば、しぜん寄り合いの中央 から半径の遠いところに住まざるを得なくな り、その軌道半径が村境の重力を超えてしま うと軌道の静脈の血流に乗って、一気に江戸 表までかれら不幸な村八分はながされていく のである。 だまされておだてられて、故郷をやっかい ばらいされたかれらは、新天地で自称一旗あ げるためにきたのだと吹聴し、かれらの半分 は自称の候補生の名のもとに群れて安酒をの む。 かれらは放浪の暗黒惑星とよばれ、人を不 幸にする弱さとだらしなさの重力は強い。 いわゆる候補生の分母のはんぶんが最低な のは、当然で、力学から言えば蓬莱の精神的 な最下層なのかもしれない。 かれらはまとまってすむので、そのような スラムはすぐにわかる。 この構図は、江戸期300年ほとんどかわ らないので、仕置き場で蘭学者に解剖される あわれな罪人は、たいていこのような村八分 のなれのはてであることが多い。 構造不況のしたでは、もう都会に外貨の余 裕はないので、上京がそのまま獄門にいく率 はさらに増えるだろう。 統計的にかれらが遺伝子的に厚い層として 存在し、またかれらにも人権はあるのである から、 かれらに近寄ってはいけないし、またこれ がすくなくとも必要悪の機能としての社会の 身分制の起源でもある。 くどいけれども、かれらに近寄ってはいけ ない。かれらは、春になるはるかまえに、種 籾さえも食いつくし、その独特のドメスティ ックな牙のない、 (牙の生えた生まれつきであればそれはあや まってつかえば、同輩を殺しかねない危険な 武器であることをはやくから学び、人格の根 幹に自重を埋め込まざるを得ない人生を歩む ことになる)なれなれしさで、 「ともだちでしょ」 と近寄ってきて、こちら側の種籾さえも、 今晩のご飯として炊くために要求するように なり、断れば抑制の欠落した罵詈雑言で近所 に悪口をまく。 飢饉のときは、1週間ぐらい絶食してもべ つに死ぬことはない。 悪口として鬱憤を吐き出すことを我慢する ことができないほど頭が悪いと、 いまが飢饉であることを認識できないのだ。 操作されたフィルムのなかでは、味噌の貸 し借りは美談として演出されるが、 現実に長屋の同輩が出世したときは、ふつ う欠落はねたむものであり、陳情のときだけ うすい作り笑いを浮かべる。 帰るふるさとが消滅するということは、村 八分だけでなく、清廉における出世もそうか もしれない。 その選択をしない場合の帰結として、巨額 の借金は、民主主義の失敗のひとつの事例で ある。民主主義は、その破綻においては、極 度に田舎くさい。 扶桑の次男にとってふるさとは捨てるもの であるのなら、かれらが他人と努力という改 善の世界でエンジンをふかしていくために、 その世界が、努力とその結果に、賞賛とい う名の色彩をつけるが、 それはしばしば一種の恋とよばれる。 むさぼるかたちでない恋は必然的にたがい を尊敬することによって愛の一形式になるが、 ただそれの統計はかならずしも多くはない。 たいていの恋は安全地帯のなかで腐ってし まう妄想である。 民主主義の数多くの失敗を点検する限り、 どうしても身分制社会の出現を自然現象とし て回避することはできない。 平社員と経営者は、どうしたって立場は違 うのだ。 ひらにも人権はもちろんあるが、かれらが 訓練された46野の意味で不器用であるのな らば、当然かれらの裁量は大きく制限される。 身分とは、結局許認可にかかわる関数にす ぎない。 このようなことは、孔子をはじめ先哲が散 々考えたことだ。 尭舜など現実には不可能なのだから、善や 礼が、人工の恣意であることはあたりまえで あり、建設をなそうとつとめれば、そこには どうしても肩がこる堅苦しさがついてまわる。 当初、幼児には長老はきらわれる道理であ る。(そこに、ひとさらいの角兵衛獅子広告 が付け入るすきがある。) いっぽう田舎くさい「素直さ」とは弱さを 通じて、阿Qのための破綻する民主主義にお ちいる。 纏足によって緊縛されていない素直さとは 快楽のドーパであり、怒りのアドレナリンで ある。もちろん、その無制限は、消耗として 社会や個人の健康や生命をそこなう。 そのような滅亡を回避するために、抑制性 の恣意というアセチルコリンが発達した系統 が、おそらく数億年前の先祖として生き残っ てきたのであり、 これは逆にいえば、先祖は「やせがまんを すること」といっしょに進化してきたのだと も言えるのかもしれない。 能力とはやせ我慢という研鑚という意味で、 そのことをのばすために、(洗脳や盲目では もちろんいけないが、)ひとは他人を尊敬す る能力をうしなってはならない。 * また指示を出すものはみだりに怒ってはな らないということは、当然46野でもある前 頭前野からの機能要請でもある。 「民は濫る、君子はただ窮するのみ」 ということばは端的に言うと「あのひとは、 ぶれない」ということである。 勘の鋭さ、抑制能力の才能と言う意味では それは、知能指数130以上の子弟と言う意 味と多く統計ではだぶるが、 その3シグマである統計上の数は、人口の 5パーセントほどで、 これは、人口10万の藩であれば、潜在的 に人材は5000人は存在しているというこ とになる。 かれらが素朴に、人々の幸福とはなにかと いうことをうすく考えつつ、要所要所の班長 の役割を9時から5時までつとめれば、素朴 に世間はまわっていくものなのかもしれない。 そのために必要な概念とは役割ということ かもしれない。 いきすぎた自由が、逆になにをしていいか わからず溶解し、個性や粘りのなさがさらさ らとした拝金主義のしたの事実上の共産主義 をまねく事態をうれうのであれば、それは必 要になる。 物理のことばで言えば、それは社会や個人 が、ゾルやゲルとしての粘りのあるコロイド や、1次元でも2次元でもない、たとえば 1.7次元としての樹形の構造をもつことが 必要になる。 たとえば経済学は、その仮定に乱暴な単純 化を持ち込みすぎたのかもしれない。 長所と欠点はおもてうらであるように、 多少の不自由は、逆に独自性を保証する。 養子制度をふくめ、家柄というものが健康 に機能することができれば、すくなくともそ の一部は、よい主になろうと努力するかもし れない。 もちろん、それは場合によっては周囲の大 人の恣意であり、意図ではあることもあるか もしれない。 しかし、おとなになりきれない大人にあお られて、3シグマの子供たちが、金儲けのこ とにしか考えなくなってしまう世界よりはい いかもしれない。 * ただもちろん、彼ら3シグマたちも、生理 的には、聖人君子ではかならずしもないが。 ******************** 夫の声のむこう側からとおく、玄関の方か ら(ありがとうございます)と遠い返事が聞 こえてきた。 「あー、タオルであたまくるんでる、この前 事務所からおこられたじゃない」 うるさい、と親方はセルラ・ホンを取り出 し、 「汗かいたら逆にお客さんにむさくるしさで 迷惑だろ、告げ口したら殺すぞ。」 と、毒づきながら、携帯電話に残業応援の 手配をはなしはじめた。 * 喬と想一は一人息子を彼女の実家に預けて いた。 業者の営業の青年が、現場にはおさない子 供さんをつれてこないでくださいね、とやさ しい口調で(責任はとれませんから)、と釘 をさしたのだ。 あぶないのもそうですが、大人たちが作業 に気をとられている隙にあたらしい町へのも の珍しさで、行方不明になってしまうことが あるのだとも言った。 「おとこのこはどうしてもそうですからね」 学歴の高そうなネクタイの青年は、あきら かに作業員とは部署が違うらしく、話題の傾 向も違っていた。 めなんかはなせやしません、 腕白盛りはどうしてもそうですからね、こ のまえ百貨店で、子供につける、舶来の、 「布の犬縄」をみつけてぎょっとしましたが、 あれは、男の子の親になったことがなければ その気持ちはわかりゃしません。 3人でなかばほんとうの愛想笑いをし、 「なんなんですかねえ、男の子は人や人のこ ころよりも、ものやもののかっこよさにひか れるんですよね。 だからかっこよさをふりまわして、おもち ゃで同窓の頭を叩き、なかせて保母さんにお こられるのはたいてい男の子ですよ。 それが自分にむかってはじけたり、ほかの 人々をどんなに不幸にしたとしても、おとこ の子は機能や未知にあこがれる。 だから、幼稚なベンチャーや幼稚な革命と いうものはたいてい、薄く潜在的に軍需産業 のようなものですよ。 むかしの人は興味深いことを言いました。 家の血統を絶やしたくなければ、おとこの こは常にふたりつくれってね。 ・・野垂れ死にしたりうらまれて殺される からつねにあとつぎ補欠要員がいるって、い う考え方です。 宇宙局の探査船がつねに1号、2号とペア で作られる理屈です:「ふたつ作れるのなら ついでに作れ。」 お客さんのこの子は、宇宙船のおもちゃは 好きですか? ただ、おんなのこや女親はいつもこころを かきむしられるんですよね。 「なんでそんなに命をかけてまで、冷たい夢 にのりこまなければならないの」ってね。 わたしの妻も言っています。男の子は愛に 鈍感だって。いわく、それはわたしをも含む そうですが。」 「営業さん」は、お茶をすすって、苦笑をし た。 * 「もう、お湯でるわよ」 腕まくりをして浴室を素あらいしていた喬 が浴室の敷居をまたいで、腕をふって、みず きりをして言った。 まったく。タオルが入っていた箱は、どっ かの下ね。 スカートでだらしなく残りのしずくをぬぐ いながら、缶ビールを広げた新聞紙の前でや っている夫に告げた。 作業員に「ビールじゃなくてすみませんね」 と麦茶とともに渡したのこりのピーナッツを、 想一はめざとくみつけ、缶ビールの箱の、コ スト削減の単色印刷のボール紙の尻を、こじ りあけたのだった。 喬は突き出された銀の350のトップを、 こじると、一気にのどに流し込んだ。 喬も、いけるくちだった。 それはかつての恋人にほどこされた訓練の 賜物である。 そのために人生でどれほどの恩恵をうけた かは、はかりしれない。 喬は、男性の手土産にされかかると、陽性 の気質で、イニシアチブを取ってしまうので ある。それもまた、性格の醸成としての亜矢 の薫陶ではあった。 「用意がいいわね。」 想は、現地の酒屋に当日にビールを届けて くれるように事前に手配しておいたのである。 このようなまめなところが、想の長所であ り、ひっくりかえって、しなだれかかられた り利用されたりするまた弱点であった。官僚 的な人間が表に出たがらないのは、世間がか れらの基準からは、ずうずうしすぎるからな のかもしれない。 ・・・雄一は、男の子になると想うか? 袋をさいたさきいかをくちゃくちゃ、かた ちの良いあごで、揉みくだき、でてくるうま みのだしをあじわいながら、喬の夫はたずね た。 あなたの子だからね、わからないわよ 男の子か、プルトップからくちびるをはな したあと、想はおおきく息をはいた。 「とんがっていたかったならば、会社にのこ って、うらまれてもひとを蹴落とすべきだっ たんだろうけど」 「わたしは月並みなことはいいたくないわ。 私のプライドとして。 あなたは、あなたよ、なんてね。 ただ、決めたからにはもう戻れないわ、そ れだけが事実よ。」 喬も、黄色く干からびて乾いた繊維とにな った、乾いたイカに手をのばした。 赤いタイトスカートからのぞいたひざとす ねの一双が、平行にそろえられて、うすぐら い新居の無造作な夜に、斜めだった。 想一のいた五十鈴製薬は、外資のプライム ファーマシと合併するのを契機に、決定能力 の迅速化と組織の軽量化を推進するため、大 胆な合理化を決定した。 退職金のうわづみなど、恩恵条項に色をつ けた上で、希望退職を大量に募ったのだった。 「合併後も、あの、おおらかな社風がずっと 継続するなんてことは、楽観論にすぎるよな」 スライド先をきめて退職すればよかったん だろうけど、気乗りのしない条件がおおかっ たし。実務ではなにもしたことがない上に、 いまでは無位無官だ。 喬、これからはおまえが亭主だ、よろしく たのむよ。 やめてよ、いまさら、そんな他人行儀な。 無位無官だなんて、あなた博士号もってる じゃない。 照れと不安に、喬は思わず横をむいた。 「博士号なんて、現実の前には何にも役に立 たない。」 喬、ぼくに山師でもやれってのか。 テレビに出て、他人の企画で、でまかせい って。 「とりあえず、おかねのかからない範囲でや りたいことをやってなさいよ。 あなたほど多趣味なら、日々は退屈しない でしょ。 むりに求職して、青白い顔で青白い条件を ながめていても、あおじろい眉間からは、つ きがにげていくだけだわ。」 わたしは栄養士も薬剤師ももっているし、 ぎりぎりだけど退職金に手をつけないでここ の家賃と食費ぐらいはなんとかまかなおうっ ておもっているの。 雄一の学費はむずかしいか それこそ、退職金をあてるべきよ そのための親でしょ。 うーん * ・・・しかし、資格をもっているのに時給 が千円とはね。 そんなものでしょ。 このご時世、事実上拘束給だけでそれだけ もらえるのなら恩の字よ。 それでビジネスがなりたっているのなら文 句はないけど、そこまで分母を割り込んでい る組織の士気というのは推して、知るべきで しょうね。 「このくにでは、いまやどこへいってもそう だろうな」 ・・・大事なことはね、 喬は眉間にやや眉を寄せた。 「かわれない人に近づかないことなの」 消費は、子供が自我を持つ前にバイトをさ せ、浪費をさせることをかつてたくらんでし まった。むかしは、地域や家族が一人前にな るまでに個人をバイスにねじこんでやすりで ごりごりやったものだけど、そんなものは敗 戦という原爆で木っ端微塵になってしまった わ。 こどものまま社会に放り出されれば、かれ らは老人になっても子供のままで変われない。 みずから変わる力を身につける母岩として の故郷という組織はもうないし、 そしていつまでもこどものままの人々はそ のような苦くて豊かな組織をつくることはも うできない。 かわれない親は捨てるべきだし、 かわれない友人は捨てるべきだし、 かわれない社長の企業は捨てるべきだし、 かわれない議員の国家は捨てるべきよ。 最後のことばは間違っているぞ、 そんな議員さんを選んだのはわれわれだよ。 あなたは園芸でいってたじゃない。 「水っぽい状態の枝では接木は出来ない」っ て。わたしたちの仕事でだって、肝臓値や免 疫値のよわったバイタルの弱い患者は、手術 をしても傷口から腐っていくリスクが高すぎ るといういみで、お手上げのことが多いわ。 なんとかは死ななきゃ直らない、というの は賢明さのバイタルの閾値を越える、という 意味で愚かさの三途の川よ。 さいわいにも、先天的な精神遅滞にうまれ なかったのにもかかわらず、親や時代の態度 がある意味戦場のように愚かさに不毛なこと は、それは子供たちにとってはやはり修羅だ わ。 電子装置は、幼児を廃人にロボトミー化す るためにあるのではないわ。 面で救えない状態をして、それは組織の寿 命で、そして母体がすくえない場合は臨月の 胎児に焦点がうつるのは当然のことでしょう。 このくにまるごとという意味では、「ここ」 には希望はない。希望は1世代以上あとにあ るものとあきらめ、いまは苦さにあまんじる べきよ。 力のない政府に陳情する前に、まず外国語 会話のひとつでも手習いすべきよ。求人企業 が受身な態度の投げやりな退社補充求人の意 味ですべて腐っているのでしかないのなら、 ひとりでラーメン屋でもやるべきよ。 ばかいうなよ。しくじったら雄一の学費を 使い潰してしまう。 それに、誰でも思いつくことなんか過当競 争のチキンレースになるしかないだろう。 人とおなじ事をやっていてはだめだ、とい うことは、とりあえず人とおなじ事をすると いうことにも警戒をしないと・・・。 だから当座私が稼ぐって言っているでしょ。 女性同士は立場が弱いからこそ、男のように 見栄やずるはほとんど不可能なんだから。 想は、黙った。 しかし想には、ふがいなさという発想はな い。想にとっては、価値観とは他人とくらべ るものではなかった。 想の観念のなかでは、いわゆるふがいなさ を克服するのは簡単だった。ふがいなさを克 服するのはどちらにせよ暴力だ、と想は想っ ていた。 みかけ上の平和のなかで、暴力をつかうと いうことは、手段に灰色の非合法をつかうこ とだった。 すべての商業というものは水星のマーキュ リーのことであり、それはうすい灰色の泥棒 と手段としてはひとしい。 経済の構造が変わらないかぎり、不景気に ひとの倍稼ぐようなたとえ話は、そのぶんお おくの失業者を出す効果として、こどもでも わかる略奪としての引き算であり、社会が弱 者保護の理念を持つのであれば、すくなくと も、そのような経済行為はうすく、違法にな ることになる。 社会が戦乱や混乱を望まないかぎり、ふが いなさもまたみなで共有すべき負の社会資本 なのだ。 全体のパイが縮小している以上、自助とは 他人をけおとし、治安を悪化させる。 縮小に陥らないまでも、日本統一の結果に 絶対的なゼロ生長に直面した秀吉の体制が、 自発的な活性という意味での好景気を維持し なければならないがために、半島からみれば 迷惑な好戦を決断したことは、戦争を一種の 治安悪として捉える場合、 それは上記の不況期における自助努力論の 不毛と、力学としてはおなじことになる。 平和と景気はときに両立しないことは、皮 肉な暗喩ではある。 楽市楽座とは、有力商人の引き抜き誘致を めざした局所的一時的な戦略にしか過ぎない ので、日本統一後の全体思想政策にはなりえ ない。 しょせん、ベンチャーはニッチ産業の分を 越えることは出来ない。 好奇心や義務感の枯渇した慢性不況は、せ いぜい点滴を打って、ゆるやかに体力の回復 を待つしかない。たぶん規制緩和や白色の人 工血液のような恣意による通貨供給のような 劇薬は逆効果だろう。 たとえ話として、ふがいなさを誠実な亭主 に告げる夫人は、アヘン王の側室になるべき でかもしれない。 想は、おそらく幸福だった。そんなことは、 聡い妻はとうに意識のなかに折込み済みだっ たからである。 想がおもいにふけったのは、そんなことで はなく、想は、社会のなかの女性のあやうさ について「男性の部分で」その心配をしたか らである。 女性はうそをつくことが下手だという意味 で、それを知る賢明な女性はうそをつかない が、 それは彼女たちがかならずしも倫理的だか らではない。倫理とはしつけや薫陶の結果な ので、幼稚園の幼児にはあまり倫理はない。 乱暴な男の子に女の子が正義で反駁するの は、親や保母さんがそれで守ってくれるから だ。 自由地帯や無法地帯で、ベンチャーを起こ す世間知らずの青年を含む女子供が搾取され るのは、広告や興行の現象を見れば明らかだ った。 例外はあるが、平均として女性は、 おそらく脳の領域間の分業として、 男性に発達する空間認識力が、 ものごとの奥行きへの想像力をもたらすこ とに恵まれず、 脳梁や前交連の太さによって、短絡加熱し やすい。 女性の生理では、怒りは小さい観念で加熱 しやすい。 女性の神経は緊密に結ばれているので、感 情が相乗加速し結果、恋愛のような意味でも 情は熱いとされるが、 しかし回路のコンデンサーとしてのバッフ ァがとぼしく、すぐ帯電が放電するがゆえに、 小さなやかんのように冷めやすい。 癲癇は、傾向として女性に多く、また女性 の恋心がうつろいやすいのはそういうことか もしれない。 男性の平均は、不均一な分業ゆえに意識の 全部が一様ではなく、つねに腹に一物をもつ 意識が逆に、意識を分裂させ、ものごとを前 後左右に分業して見る空間観念を発達させる。 分裂症傾向と、空間認識とは機能のうえで同 じことである。男性は、上下左右の各部分統 合像を、つねに時分割で切り替えている。 一般論として、スーパーの店長はときどき 正義感をふりまわすジャンヌ・ダルクになや むが、また店舗の外では、そのような熱い正 義感はときどき男によって利用される。 小さくて、熱いから、便利なのだ。 かれら、単3のジャンヌは、応急的効率的 な非常勤の使い捨て電池として重宝される。 論語や正義が、乙女の口から出てくること は、おそらく彼女にとっても不幸なことでは あるかもしれない。 女性の意識は、たいてい誤謬を訂正するた めの、場合によっては老獪ともされるコンデ ンサーとしてのバッファリングや過剰加熱と としての過剰放電を逃がすバイアスにとぼし いので、 つまり論理をみづから考えることが不得手 である。 電算機がでそうであるように、ジャグリン グのように中間変数を、神経回路中に多数 holdできるかどうかが、論理思考の鍵である から。 乱暴に言えば、パイプライン線維の太いプ ロセッサのほうがいわば「頭がよく」 多数の変数を確保するのに容易な、RAMメ モリーが豊曉なマシンのほうが演算が円滑に すすむ。 また「アルバート氏の神経細胞」がそうで あったように、 抑制性のアセチルコリン性のデジタル機能 の細胞がよく情動や衝動を抑え、 思考のための中間変数ならぬ中間概念を多 数意識のなかにポインタ配列として確保する 能力にすぐれている神経は、 すくなくとも「生理的な意味では」知能が 高い。 神経細胞の段階では、おそらく男女に差は ないが、構造として情動にながされやすい女 性はおおむね(もちろん統計的な例外はある けれども)、 伝達者にはなれるが、答弁はできない。 正義におけるちいさい怒りはたしかにまち がっていないことが多いが、鯉や鮒が住む沼 には、また必要悪として燐や窒素を吸着した 濁りがある。儒教を過剰に振り回すと、しば しば勝手な民衆は田沼をなつかしむ。 想はばくぜんと想っていたが、女性が不幸 な、小さな正義をそのちいさなくちびるから、 しかしじぶんのものではないことばとして量 産するのは、卑近には、その女性が愛のなか にいないからだと想っていた。 愛と満足とは、おおいなる自己実現でも、 卑近な性愛でもかまわない。そういう種類の 価値観こそ、個々別々であるべきものかもし れない。 想は、背のたかい妻が愛撫のたび、あおぐ ろい台風の夜にしなる亜熱帯のガジュマルの 大木のように、 その枝やかたいこまかいくろい葉が密生し ているこずえをはげしくふるわせるうねりを みるたび、 女性にとって、だかれるよろこび以上の、 しあわせはあるのだろうか、ということを、 また「共感」のしたでおもった。 * ふたりはしばらく黙ったあと、 ねえ、想さん、 ん? 今日は荷解きの日よね。 そうだけど・・・ ・・・ご近所さんへのあいさつまわりの蕎 麦はあしただし、今晩は、「雄」をむかえに いかなくていいのよね。 ああ、いま荷解きだから ふふ、呑んでるじゃない。 まあ、いいじゃないか。 「約束して。」 喬は、真摯な顔でひざをそろえて、想にむ かった。 よい口がなくても、遊びだけは継続してね。 日々が発見に充実していなければ、たとえ わたしを抱いても満足できないのはあなたな んだから。 「それは、性的な、こともふくむの?」 夫が眼をそらしながらたずねると、 「それは、あなたがきめることよ」 喬はさびしくいった。 喬は、たちあがると、夫のひだりにすわり、 からだ動かしていたら、からだの芯がほて ってきたようだわ。おもい箱もってからだを 上下させていたら、経験としてのあたらしい 世界への期待と不安こもごも、「ブラのなか」 が、痛くなったわ。 喬は、夫に体重をあずけるように、からだ の力を抜いた。 おねがい、満足させて。 コンドーム、「どうせ」財布のなかにある わよね。 強い力で、だきよせられ、 身をゆだねる酩酊が、一瞬はしったとき、 喬は、よろこびの劇場の幕がひらく期待を、 感じた。 乳房と、腰の奥がうずくのを感じた。 そのまま、ほほを両手で抱かれ、くちびる をつけられ、舌を差し入れられた。 夫が顔をすこし離し、 おれは、ふーてんだよ。わらった こんなおれでもきみは興奮するのかい 「既成事実に愛着を感じているだけよ。」 喬は、服の上から胸をもまれはじめて、 反語として夫の劣情をあおろうと、つよが りとして言い捨てたことばとはうらはらに、 期待を快感に翻訳することに、集中しはじ めた。 乳輪が、ブラジャーのなかで、こすれた。 喬の両手が、それぞれかるくこぶしとして にぎりこまれ、その両腕が想によって、 胸に開放の主張を無理やりに、こめるべく、 ソファの両側にひきあげられた。 演技でもある妻の上腕の抵抗を、ちからづ よくやすやすとこじあけながら、想は皮肉っ ぽくうすく笑いながら、言った。 ・・・それって、気持ちがさめたら、義理 があっても、愛をすててもかまわないって聞 こえるけど? 「かわれない夫は、捨てるべきよ」だよな。 喬の表情がこわばったが、 彼女は上体の胸郭の背をそらして、開襟の 水色の半袖のシャツのボタンを解く、夫の手 をたすけた。 (想はこのとき、妻を動揺させたことに、薄 氷が割れるようなかるい後悔を感じた。 そのような繊細さは、もとより遺伝であり 恣意ではない。 つまり、想がときどきみつめられることは、 もちろん想のたくらみではなく、 また力を持ちながら叩き潰すことに相手の 痛みを想像する回路も、うまれるにあたって のぞんだことではない。 想は、おそらく自分には農業はむかないだ ろうと、おもっていた。 苗や子豚を、間引けない。 本家が傲慢で、遊牧民が残虐なのは、この 世が生物学の世界であることからの帰納であ る。遊牧民は人間を含むすべての哺乳類をさ ばく羊のあたたかい内臓として見、 レッセフェールのなかでは本家は国家だか ら、 クロノスのように一族を間引く権利が暴力 の実力の下にある。余談だが幕末は、それが 軍資金枯渇というがらんどうであるときに、 皆が気がついたときに、はじまったのだ。) * 「責任もって選んだものは、そう簡単に捨て られないのよ」 それができない者は、甘やかされた子供よ。 * 喬は夫と、そして自身の性欲の意向により、 上衣はいつも前開きだった。カットソーやセ ーターには、喬は息がつまる自分を感じてい た。 いつでものぞむときに、胸をひらけなけれ ば、喬は自分が窒息してしまうような気がし ていた。 たぶん、喬は乳房で、性欲を呼吸している のである。 前開きのブラジャーをはだけられ、夫が乳 房にむしゃぶりつく。 うすい水色のショーツをむしりほうられた が、 足がうごかせないわ。 訴えて、36歳の喬は、まるで嬰字が、し もおびをとりかえられるように、そのほそい 腰と長い下肢を全裸でかかげされられた。 じぶんのかかとが、 「あんなに高いところに、」 あがったのを喬はみた。 想は、むすこをとりあげたときの妻の帝王 切開のきずぐちを、自身の右手のたなごころ でさすりながら、妻のすえた陰門に口をつけ た。 喬は、自分の「核」を夫がじかに舌でふれ ているのを感じ、そのむきだしの神経の痛み に似た快感に、両の乳首をうずかせると、 みずから右手で自分の乳房を左右にもみ、 左腕にちからをこめると、ベッドのうえに 起き上がり、 まだちからがこもっていない夫の性器を、 くちにふくんだ。 喬の夫妻は、あいなめ、になった。 想は、財布の中からちいさなパッケージの 束を取り出し、なれた手つきで、ぴり、と歯 でやぶき、 妻のひざをかたにかついだ。 ん・・・、。最近は・・・、 なに 最近は、遊ぶことは・・・ごぶさた? おねがいだから、ゆうちゃんはおかさない でね。 あのこはわたしが体に刃物を入れてまで産 んだ子なのよ。 ・・・善処します。 でも、と想は言った。 ここ2年は、だれとも遊んでない。信じて もらえないだろうけど。 (・・・きみも僕もさいわい陰性だし) その言葉を、想は呑み込んだ 変態インテリ、とつぶやいて、妻は夫をあ おることを試みていた。 それは、妻の「満足させてほしい」という 可憐な甘えであった。 ----------------------------------------ー 5 物流 「・・・ずいぶん買っていたようだけど。」 夫はさきほど車につまれた荷物を、おもい だしながら言った。 今日は焼肉よ、ゆうも食べたがっていたし。 そとで食べると高いし、部屋で焼けばたく さんたべられる。 知ってるわよね。成長期に蛋白質が不足す ると、骨伸長のために犠牲になる組織が自己 消化をはじめて、自家中毒でヒスタミンアレ ルギーが出るのよ。 喘息か。 想は中学のときに小児喘息をわずらったこ とがある。 おとなになってまったくでないのは、おそ らく妻の言うことがただしいからなのだろう。 文献でくわしく確かめたわけではないが。 ただ、いちど、大学時代、親の仕送りのミ スにより2ヶ月だけひどい赤貧をおくったら、 ひさしぶりに発作がでたことがある。 (孤独を好み、友達を作りたがらない亜矢と 似た性格が、仇になった) ただ、その場合は想はモルヒネ様物質であ るコデインを使用しなくても済んだ。 戸棚にあるもので対応したのである。 中学校の理科室のビーカーにて、想は教師 とともに液体に電極をつっこんでその抵抗の あたいを、しらべていたところ、濃い即席コ ーヒーの液がかなり導電性が高いことを偶然 知った。 タールとしての分極性もあるだろうが、想 はカフェインが電解質である可能性に気がつ いた。 塩化メチルとアンモニアからつくられる塩 化メチルアンモニウムは、炭素がアンモニア 窒素の電子を引っ張るので、単純な塩化アン モニウムよりも水への溶解度は高くなる可能 性に想は気がついていて、 同様に、カフェインは水への溶解性は高い はずであった。 カフェインはNトリメチルキサンチンなの で同様に分子内の電離窒素の電子を、3つの メチル基の炭素が引っ張るからである。 カフェインは多く植物にふくまれるので、 それは植物が合成するビタミンである葉酸が 主役となってキサンチンが過剰の単一炭素を ゆずられて合成されるのであろう予測は、 こんどは想は大学時代に考えた。 想は、中学時代、女性の理科の教師にいま ふりかえると過剰かもしれないスキンシップ をだきしめられて育ったが、 それはその当時は、その科目がだいすきな 生徒にたいする師弟における親近感以上の理 解をは、想は当時はしていなかった。 ただ、当時を知るものは、 「想はかわいかったもん」 「夜道危ないんじゃないかともっぱらのうわ さだったんだよ。」 喘息においてたいてい処方されるテオフィ リンは、Nジメチルキサンチンなので、Nト リメチルキサンチンであるカフェインが効く のを、 想はその効果を祖母の知恵で子供のころ、 濃いコーヒーで知り、 長じて理論で確認した。 キサンチンはアデニンとおなじ、(プディ ングではない)プリンである。 プリン性ケトンであるキサンチンのジメチ ル異性体は、3つある環核窒素の場所によっ て、テオフィリンとテオブロミンに分かれる。 しかし異性体の立体的な特性によって、テオ ブロミンよりもテオフィリンのほうが効果が つよい。ココアは、喘息にはあまり効かない。 このばあいの細胞の暴走とキサンチン誘導 体による抑制に、環状アデニン燐酸が関与し ているのは本当らしい。 (アレルギーはかならずしもヒスタミンがお こすものではないが、おそらく、ヒスタミン のその語源はヒステリーなのかもしれない。 アナフィラキシーのようなものは、おおく反 応としての癲癇である。過敏な男の子は、女 性のような発作を起こす、ということか。 細胞内部の構造膜をも含め、細胞膜の組成 と構造が繊細な子供が、刺激に過敏なのは、 過剰反応惹起物質が脂質膜からはじき出され やすいからかもしれない。ロイコトリエン?) 飢餓難民では、多く子供に喘鳴がひびいて いることだろう。 その処方の民間的な知恵としてそういう知 恵は役に立つだろうが、はたしてそれがボラ ンティアのあいだでどれほど一般的な知識な のだろう。 無知と貧困は、肉体をも蝕むのだな、と想 は貴族の子弟のようにいやらしく理解し、じ ぶんを恥じた。 * たとえばボランティアにおいて、 本心から慈善をなす婦人の夫君は、たいて いの場合、死の商人である。 それを知っている婦人は たいてい痩せていて、 それを知らない婦人は たいてい太っている。 無知と良心はときに同居する。 それもまた中世と封建制的な性格をもつ時 代の特質なのかもしれない。 * 「それにしてもずいぶんにんにくをかってい た」 中国産で安かったから。 「硫黄を大量に補給するぶんだけ、たくさん (疲労回復のためのオキサリル基α)脱炭酸 因子が補給できるわけでもあるまい。」 やすかったからだけなのよ。 肉も南半球産で格安。 「国産じゃないのか、めぐりめぐってぼくの しごともそうないというわけだ。」 農業と都会人のあいだで還流している資金 が、国外に流出していく。 ん、もう。 くよくよねちねちしてないでオーストラリ ア由来のフェニルアラニンやチロシンからつ くられるドーパミンで、意識の状況を虹色に ぬるしかないんじゃない?、とりあえず。 わたしたちにできることは、こころにフィ ルターをかけて、それでかせいだ時間で、エ ンジンと日常に油をさすことぐらいしかでき ないわ。(できるのなら性欲も旺盛でいてほ しいし・・・) 喬は、最後のことばは人前なので口には出 さなかったが。 (想は、ある意味、喬にたいして淡白な面が あった。 もちろんそれは明文的に夫妻はよく認識し ていた。それを条件にふたりは妥協して同居 しているのである。「共犯者」として。 家族が社会の単位であるのならば、旅団の 共同体として、ときに利益や利害において共 闘しなくてはならず、それは対外的には共犯 者ということになるだろう。利他をなすべき 僧侶が、婚姻していてはならない力学的な帰 納である。 道成寺の主題は、微妙である。) 「喬、はたらきはじめたらにんにくはひかえ ろよ、接客業ではまずいだろ。」 こういう献立のあとでは 息だけでなく、お手洗いも悪臭になる気が する。 健康になるのに心外な、という気分で喬は やや機嫌が悪くなり、表情が濁った。 想は声を潜めて、くちに手を添えて、 「肉食った後のおまえのうんこはくさいから な」 「においが、なによ。わたしはどんな匂いで もあなたの排泄物は、くちにいれてみせたで しょ」 「・・・おいしかったわ」 うわめづかいに、大人の妖しさで、 喬は言った。 * 多少抵抗あることは、とかつて亜矢は言っ た。 乗り越えてしまえればそれは財産になるも のよ、とかつて亜矢は言った。 なぜじぶんがそれを欲していたのかをわす れ去ってしまっていたとしても。 その意味で、たとえば変態であることは生 理的な欲求としては、あまり意味はなく、 また変態であることを積極的に告白するこ とにもあまり意味はないのよ、とも。 変態を楽しむということはもとよりそうい うことであり、変態をふりまわすことは、逆 に変態であることの冒涜になる。 冒涜からの誅罰、とは幼児性に対するもの であるから。 おとなになったら、おもちゃを振り回して はいけない。 つまり「おとなのおもちゃ」は振り回して はいけないのだ。 変態ということは、個人的でローカルな文 化である。 文化に一般性はない。 共通利益という意味での文明や自然法則と いう意味での一般性はない。 文化としての地域紛争、宗教紛争というも のは自分たちの側にとってはしつけや訓練の 意味では当然なものであっても、出自が違う ひとにとってはそれは場合によってはそうで はないということである。 それがなれ親しんだふるさとの文化に対す る帰依だとすれば、 文化である変態を強要することは暴力であ り、紛争を避ける立場からいえば、とりしま られなくてはならない。 イギリスの風俗撹乱罪と言う名目で、露出 狂はとりしまりの対象になる。 性や夫婦や恋人たちがじつは夜の世界の住 人であることはたぶん、そういうことである のかもしれない。 周囲の見えない恋人たちのペアルックとス ローガンが書かれたTシャツはたまに不機嫌 によって血祭りに狩られるが、 それは真昼の世界で、かれらが下着をはか ず、陰毛をさらしながら街をあるいてしまっ たという過ちの意味で、 文化的にはかれらの側にも非は、はんぶん ある。 まんまるめがねが、真珠湾をわすれたのか といわれたように。 ヒッピーの文化は、牙や大顎のない、甘い 庇護された文化だったのかもしれない。 楽なほうにながれるから硝煙くさい昼の歴 史をうごかす力はない。 ウェルズによって揶揄された、「やさしげ で狩られる、飼育される天使たち」は、工業 中世の動物農場のひとつの側面なのかもしれ ない。 しかし、それをあえて肯定するところにも 宗教の萌芽があるのかもしれない。しかし、 それは18世紀的な近代精神からいえば危険 な発想だとされるかもしれない。 ファシズムは宗教であるが、それが悲劇で あることを認めない人はいないだろう。 * 前かがみの、清楚なブラウスの美女のくち から、白昼に似合わない言葉がもれたのに、 想はおもわず周囲を確認した。 * 「のりこえて財産にするということは、」 かつて亜矢は言った。 場合によっては危険思想よ、とかつて亜矢 は言った。 高校3年生で、そんなことを言うなんて、 とかつて喬が言ったら、 わたしは、成長を圧縮することによって、 濃厚な生を生きていたいの。 これはわたしの定めかもしれない 広告や大嘘つきのカリフォルニア文化が、 仏壇を否定し、どんなに渇きをあおろうとも、 わたしが両親のむすめとしてうまれたことか ら、のがれなれないように。 「変態行為をも含め、」 亜矢は言った。 挑戦してクリアすることは大学受験や野球 少年を含め、むなしい行為よ。 ただ、努力しないと勝ち取れないから、わ たしたちが性的な意味を含め、情熱としてみ だらに、興奮するだけで。 メダルに届かなかったことが、実は幸いで あるということは、もっとひろく認識されな ければならない。 生命のもち時間がまだあるのに、最終目標 が達成されてしまう、ぽっかりした空虚がど んなにおそろしいものか。 それでも、生命は前にすすまなければなら ない。 だからこそ、ルールは、自然法則とみずか らの生活のなかで設定されなければならない。 大学受験を含め、ひとに設定されたトラック に立つのは、まぬけだわ。レズビアンである ことをみとめてくれるようにもとめることを 含め、勝負のルールを他者に求めてはならな い。資格とは便宜的な代名詞にしかすぎない。 これは、しくまれた機能かもしれない。 これは、しくまれた機能かもしれない、 本当に。 さかなは、どんな幼生であろうとも、流れ にさからって、すすもうとするわ。 サピエンスの胎児で言えば、妊娠のごく初 期の数ミリの段階であろうとも。 新生児の握力は、猛烈に強いわ。 さからわなければ、ながされてしまうとい うことなんか、 意識などうまれていないその脳にわかるは ずもないのに。 それほどまでに原始的なことというものは、 それほどまでに強力なのよ。 むごいまでに。 中学校の遠足で筑波に登れば、遠州に富士 が見え、 富士にのぼれば、しごとをやめてまでも、 エベレストにいどみたくなる。 「じゃあ、エベレストの頂上を極めたらどう するの」 と、亜矢のくびにうでを回した全裸の喬が 全裸の亜矢にたずねた。 喬にとっての数十秒は、 亜矢にとっての、しかしたんなる知識の数 億年の沈黙の後で、亜矢がベッドでシーツに ほほを滑らせ、顔をそらせながら、 亜矢がようやく、くちをひらいた。 ・・・それは、比喩として、バイコヌール にいくしかないかもしれない。 亜矢は、ヒューストン、とはいわなかった。 欲で釣ったがわの人工国家が、素朴な縄文段 階のアイルランドの大統領をどのようにあつ かったかが、まだ結論が彼女のなかでできい なかったからである。 また、カリブ海の核弾頭の問題で、大統領 のなかの縄文の性質がどのくらいの機能をも っていたのかも、まだ亜矢のなかで、未整理 では、あった。 「宇宙飛行士は、いい意味での軍人でなけれ ばならないとおもう」 亜矢は、とおくをみながら言った。 女のくせに、と亜矢はじぶんでじぶんを自 嘲した。私は、テレシコワとガガ−リンがお なじカードの両面であることにかけるしかな い、とも。 わたしは、親をえらべなかったこととおな じように、 (わたしのしらないパパは、今ごろどこでな にをしているのだろう・・・) 性別をえらぶことができなかった。 ・・・わたしは、男の子に生まれたかった。 それがナルシシズムであることは、わかっ てはいるけれど。 軍人であることの最大の幸福とは、自分の いのちが、人々の幸福として消費されること よ。その意味で、すべての冒険者とはすべて の意味でいい意味の軍人でなければならない。 報償など、次の作戦の経費にしかすぎない。 エベレストを極めることができたものは、 もし名誉を受け取ることができたのならば、 それをバイコヌールのための資金としてしか みないだろう。 (そのいみで、おこぼれをもとめてあつまっ てくる田舎者の取り巻きや産業とは、かれら にとって毒婦にしかすぎない。 おもにつぎのステップをみているものは、 そのような業界に資金を投下しないから、 ビジョンがはっきりとしている時代という ものは、そのような悪液質の発酵がすすみす ぎることはなく、ビジョンの元に用意された 賞も、弱いちいさい恣意ともくろみの元に変 質することもすくなかった。) ただ、 それはたいていの場合で不可能だわ。 亜矢はさみしくわらった。 人間は弱い生き物だから、そのような純粋 さがかつてやどった肉体を切り刻んで、 聖なる遺物のバーゲンとして、さびたワゴ ンのうえで郷土饅頭の大安売りをするわ。 殉教者は、そんな卑怯のためにみずからた きぎのうえにのぼったんじゃない。 イデオロギーがたとえ嘘でも、それが人々 が信ずるよすがとして、ながらえるのならば、 ひとびとはそれにたいする敬意を持たなけれ ばならない。 異教にたいする尊敬というものは、もとよ りそういうものであり、 詳細に点検する限り、 それを言わなかった預言者はいないわ。 それを想うと、ひとびとは、なんてわがま まに忠実なのかしらね。 * 午後は、「ゆう」をおまえの実家に迎えに いこう。首都圏にすみたいといったら、学生 時代の町がいいといいだしたのには、わけが あったんだよな。 想は、窓のそとの郊外の県道を、あかるい 初夏の光に見た。 * 喬、喬じゃないの。 女の子づれの婦人に呼び止められて、喬は 肩越しにふりむいた。 ほそい首筋の上にある頭部に、短髪のウェ ーブをあてた女性がなつかしそうに、立って いた。 あたしよ、亜矢。 「首都圏の進学校に同窓会なんかないからね、 卒業以来だね。」 あたしが36だから、喬もおなじか、 ふふふ。 喬が笑顔のまま視線を戻すと、夫が席でわ らっていた。 (その表情は、そうかあのひとが亜矢さんか という表情が、無意識の界面/interfaceに 浮かんでいた。) はじめして、想といいます。おわかりでし ょうけど、「喬子」の夫です。 想は、あたまはさげたが、握手はしなかっ た。 外人のバイヤーには、むこうの慣習にたい する礼儀としてするが、 風向きしだい、本貫やこだわりのないいつ 寝返りかねない日本人あいてでは僕は握手は したくないんだと、かれは言ったことがある。 想もまた、回帰型中世である徳川体制の始 まりである関ヶ原の西軍のていたらくが、嫌 いであったのかもしれない。 想はヒトラーのような潔癖症ではない。 博愛がひどい性格破綻者なのだから。 ふつう、皆は知らないが、孤独志向でしか なりたたない愛もある。それは、博愛にちか い。 それはたぶん、つるみたがるさみしがり屋 が、しばしばじぶんのことにしか関心がない ことの逆である。 * 行動という概念が、前頭葉で「こごったゲ ル」が、観念であるから、観念はたいていイ スラエルの丘のように、男性的な抽象になる ことがおおい。 観念や思想というものは、運動領域の前頭 葉の行動規範を束にバンドリングして、名詞 としてパッケージ化したものなので、それを 安易に解凍すると、 内部に固体の形で溜め込んでいた愛や憎悪 という、圧縮炭酸やエネルギーを、陽明学の ように猛烈に吹き出し、場合によっては爆発 する。その意味で思想や逆境で成立した宗教 というものはときに平和からみればはた迷惑 としてとらえられることがある。 これは、「他人事」を映像で客観視した結 果に、自分が不参加な映像を「録画」し「ty 型の抽象概念」としてライブラリ化する、側 頭葉としての官僚化した学者の作業と、情報 流路のうえでは、逆の処世である。 当然である。 扁桃体や海馬の下流である前頭葉の認識に は、憎悪や歓喜が色彩として色濃く彩色され ている。また宋学がそうであるように、社会 不安は憎悪の系譜を受け継いでしまうことも おおい。 愛と宗教はしばしば兄弟だが、その意味で 愛の裏側にはしばしば憎悪と拒否があるもの らしい。 * ただ、喬はこの淫乱の夫の事実上最初の恋 人であることをじぶんのよすがにしていた。 だらしないところを、夫にうえこんでしまっ たのは実は喬なのだった。 「積もる話もあるようですよね、」 喬の夫は、笑った。 僕は、 先に、 帰ります。 喬、あまりおそくなるなよ、雄とめしだか らな。肉はべつに下味を漬けとかなくていい んだよな。 「かぎ、よこせ。」 夫はわざとぶっきらぼうな言い方をし、ち らりと妻のかつての恋人を一瞥、してしまっ たことに、 かるい自己嫌悪をこころの奥でかみしめた。 こういう反応が、じぶんのなかにおこらな ければ、カサノバなどただの麻薬吸いなのだ、 と言う思考としての連想がさらに、いいわけ になるのが、さらなる自己嫌悪であったが。 ・・・博愛のくせに、嫉妬はするのか。 それを振り払うようにつかつかと想は、赤 いポリアクリル線維のカーペットを、つかつ かと、歩いていった。 夫に車のキーを手渡したあと、 その白いシャツの背中を手を振って見送り ながら、その同じ手で、たかくのびあがって、 喬は、 非正規雇用の青年をよびとめた。 (亜矢:マニュアルに対する違和感) 亜矢は、非正規雇用のなまえもないような 素直そうな遺伝子の発現の青年の個体に、精 神のバイタルがあるかどうかには、いっぱん 期待はしていない。 かれらに名前は要らない。 番号で充分である。 それが中世の到来ということであるのかも しれない。 どこの誰兵衛という記号がいやなものは、 サムライの家に生まれているのでなければペ ンネームを名乗るしかないが、 屋号というものは、実績という裏打ちが必 要なものである。 名乗るだけなら電子の上ではいくらでもで きる。しかしそれに存在の重みを吹き込むた めには、努力の蓄積と、多少なりともの責任 感が必要であり、それが逆に現象として、天 網における、はかないペンネームの砂丘をつ くる。 だれも振り返らない、文字の乱数としての 名前など、番号とおなじであり、 だからいっぱん、努力の希薄な時代では、 名前など必要ないのだ。 遊ぶ金ほしさに、はたらくのがいいのか、 つまり遊び方に個性が出ないのかもしれな いけれども、 いずれくる、苦労する未来を覚悟するため に、若いうちにたのしい思い出をいっぱい濃 縮させて記憶しておいたほうがいいのかどう かということが正しいのかは、 亜矢には、公平な意味でも、わからなかっ たが。 ただひとつだけ、かなりの確率でたしかな のは、かれらはこの仕事の給料で、電子非電 子とわず広告やカタログで消費をすることだ ろう。 パッケージとしての消費は、ニーズを的確 に読んでいるので、それなりに適正価格であ り、便利ではある。 しかしそのように分割された生活は、先輩 たちと蹉跌や失敗の情報をわかちあうことが できない。 幼稚な技師はSQLの技術などをつかって そのようなことを越える可能性のようなこと を泥酔の饒舌で、かたるものだが、もとより、 天網の本質とは統計的に、 ・接続することではなく ・切断することにもっとも価値がある ことに気がついていない。 つまり切ってしまったり、番号をかえてし まったり削除してしまえば、人間関係が楽に なる。その気楽さと無責任さが、天網時代の 本質なのかもしれない。 ここに洞察のない電子ベンチャーはことご とく失敗したことを、苦い博識として亜矢は 知っている。 日本人が自動販売機を愛するのは、メカト ロニクスを崇拝しているわけではなく、他人 とのかかわりを傾向として嫌うからである。 このことは非難できない。 封建制的な人口の過剰というものは、みな が疲れ果ててしまうものだから。 (家電製品が氾濫しているわりには、その競 争力が脆弱な原因はここにある 日本人は機械を理解してはいないし、また 愛してもいない。機械にとって日本人に買わ れることは不幸なのかもしれない。) ナードにとって、他人を拒否し、それで循 環が成立するのであれば、アイテムや話題は なんだって良いのだ。 めんどうくさいことが嫌いな、あるいは嫌 いに育ってしまったメンタルが、わざわざ 「人生訓データベース」にアクセスするもの か。 それどころか、そのような負の電子世代の 性格が、じつのところあちこちで現実社会を 破壊している社会現象を、もう、亜矢はみた くなかった。 * 「アイスコーヒー、とこの単品のバニラをく ださい。 さきにたのんでごめん、なににする。」 喬は視線を19年ぶりの友人の顔に戻した。 あれ、と喬はおもった。 (亜矢、ピアスかたっぽだ。) 「実はわたしたちまだお昼がまだだったの、 この子にまず、ランチのプレートと、わたし はシトラスのジュースで。」 (そう、輸送コストを安く抑えるために、2 0倍の濃厚液に真空濃縮されて海外から輸送 される柑橘の原液のように、 この青年はいまこの青春を謳歌すべきだ。 どうせ、あなたたちに、未来はない。 香りが飛んだ原液は、あとで人工香料を添 加される。添加されるユニフォームは、あな たの人生ではない。) 「喬、ごめん」 亜矢は煙草に火をつけた。 (・・・せめて世の中があなたの知らないと ころで巧妙に汚く苦しいものをかくしている のを、知識としては知っておいてほしいけど、 それを未来のない現実を考えたくないあん たたちはおおきなお世話というんでしょうね。 でも、あんたたちのそのあまやかされたわ がままはじつはみんなの迷惑なのよ。 親の顔を見てみたいとはよくいうけど、残 念ながら世代としてわたしはあなたたちの親 をよく知っているから、その必要も強いてな いわ。) とその、人を格闘して殴りつけることには むかない薄い肉の肩甲骨の気配を、清潔な白 いシャツの制服の背中のなかに感じ、 しかし亜矢はじぶんのことを想った。 だめだな、あたし。 この子となかよしだったころ、日々想って いたようには世界を初夏の光のようにうつく しいものとして感じることは、もうたぶん、 できない。 いいひとなんてどこにもいないし、自分が 善人だと想っている人は、いまだに庇護され ている餓鬼である。 亜矢はそう想っていた。 善とは自分の肉を切り分けることである。 利益や獲物の分配は場合によっては善では ない。Aにあたえる慈善が、Aの隣人である Bから略奪された利益である場合、それはA にとってあすはわが身という意味で、素直な 報酬として感謝できようか。 その意味で定義上、政治に完全なる慈善と いうものは存在しない。 その意味では善というものは充分に時間が 経過し、じぶんの細胞のものとなった血をわ けあたえるという、定義の程度論にしかすぎ なくなってしまう。 その意味では、たんに、破格な待遇に対す る感謝として社会のなかでは善の語彙がつか われるにすぎないのかもしれない。 おそらく、起源としては善とは社会概念で はなく、生理学なのだ。 くわれるために殺されることをうけいれる ための臨時のマゾヒズムのホルモンに、暫定 的に社会が善という名詞をかぶせたにすぎな いのかもしれない。 しかし、事実がたとえそうであれ、過去東 西多くの修道士をなやませてきたおおきさを もつことは、たしかかもしれない。 いざとなったら、おまえは殉教できるのか ?ただ、そんなことに即答できるものなどい ないし、即答すべき主題でもない。 (ただこの場合、殺すものがかならずしも敵 であるとはかぎらないということはたぶん哲 学と科学の出発点である。 敵味方とは、たぶん善悪のようにlocalな 価値観に過ぎないから。 しかし、動物の個体はlocalな我執によっ てのみ生きているから、また過剰な一般化は、 修道士に対して「透明化」という餓死ミイラ に似た殉教を強いるのかもしれない。 「清い死を夢見る」少女は、まだその意味で 乳虎としての母性ではない。 しかし「太々」になることにを抵抗するの もまた淑女のいきかたではある。) また世代間においては善とは、死にさいし てのこす安定という利益をもたらす賢明さと いう精神の生殖である。なぜなら我執は、棺 桶にははいらないから。 老人が、プロラクチンを分泌するのは、老 害をふせぐための自然が用意した機能の一部 ではあった。 (後日、喬は、プロラクチンってマゾヒズム のエンドルフィンに似ているわね、といい、 じゃあしらべてみようと話す想と喬の夫婦 の会話に、じつは、亜矢はめをまるくした。 なまなましい生物系の理系というのは、こ ういう生き物なのか。 ・・・抽象や観念の議論は、分岐がわずか にまがっていることを観測できず、ぐるぐる まわってふたたび、白骨化した戦友の姿を、 ジャングルでとおくからみとめることになる。 自己嫌悪と徒労感の、吐き気とともに。 契約の時代に、自殺が多いのは、契約や言 葉がそれを仕掛けるものにとって、裏切りま た覆すことを前提に記述されるからなのかも しれない。約束はうらぎるがために、わざと 不確かに設定されるからであるかもしれない。 証券がベンチャーである場合、そこはフロ ンティアとしての無法地帯なので、国際金融 に司法はない。金融の言葉で約束を結ぶのは、 馬鹿である。 宇宙の物質や法則も極微細の量子の世界で はもちろん不安定になるけれども、すくなく とも日常の世界での判断のための合理的な思 考では、名詞や一次概念は、自然界の語彙を つかうべきかもしれない。 抽象や観念は堅くないがゆえに応用がきか ないことがあるし、紙幣や法律は銀行や政府 が与信をあたえなければ紙切れであるから。 それよりは、喬の夫婦のように解剖学的な までにグロテスクでプラクティカルな、メビ ウスの帯のようにねじれたリアルのほうが、 血なまぐさい豚の肝臓のように、よほど栄養 にはなるのだろう。 白いプラスチックのカートリッジのような 高価なお菓子はおしゃれかもしれないけれど も、血路を開く力にはなりえないし、 もとより操作してお金をもうける広告の側 は、民衆が操作されやすい羊をやめて、狼に なることをいやがるだろう。) 動物や植物を殺して、くらっている以上 すべての動物は悪人でしかない。 その意味で悪人こそ救済されるべきである、 というリアリズムは重要な救済思想であるけ れども、 じぶんが善人であると想っている「少女」 は、 日々の殺戮の苦味を、親に代行してもらっ ている現実を、おそらくモラトリアムとして、 まだ知らないのだ。 原則では、学生は社会経験以外の楽なアル バイトをしてはならない。 また、若者を手に職がつかないかたちで冷 凍の解凍のためにのみやとってはいけないの かもしれない。 それではリアルの感覚がそだたない。 反乱においては確信犯がもっとも罪が重い が、 必要悪としてのぎりぎりの罪よりも、 おそらく無知のほうが、罪がより重い。 自然のなかでおびえて生きていた、人間は もともと勘がよくできている。 「冷静に考えると、そんなことはありえない」 とささやく機能はすべての人間のなかにあ るが、状況にながされて、それを覆う弱さが、 また予定破綻を積み上げる、罪だからだ。 また、無責任な消費広告も、その嘘をハメ ルンの笛としてあおる意味で、罪ではある。 そう、亜矢は想った。 ******************** ありがとうございましたと、安い給金の青 年が感熱アゾプリントのくるくるした伝票を、 テーブルに置いて行った。 (でも、あのころが理由もなく懐かしい) そう、たとえみんなで賛成した、しくまれ た嘘であったとしても。 純真の上に苦労が継がれたのが、いまの亜 矢であった。 亜矢は、気持ちを切り替えるようにふるい 友人にむきなおった。 「それにしてもずいぶんかわったわね、はき はきしちゃってさ」 動作もリズミカルで、はじめてであった頃 と比べればまるで別人。 バレーボールは、チームワークだったから ね。運動能力は高いほうがいいことは越した ことはなかったけど、運動をじぶんで組み立 てていく主体性はかならずしもなかった。 大学で、合気道をすこしおそわったから。 へえ それにしても、連絡をしてくれてもよかっ たのに。 「だって、きのうこしてきたんだもの、 学校の北にあるあの低いおかの中腹にある、 あのぼろマンションよ。 親しかったクラスメートのいくつかの住所 にはさっき葉書をだしたわ」 あしたあたり、あなたのとこにも、とどく わ。だすの迷ったけど。 でも、あなたとこんな、先にあえるなんて、 これはなにかの配剤ね。 順番としては行き違いになるけど、とどい たらよろしくね。 なによ、迷ったって。冷たいなあ、喬は。 「だって、」 喬の素の口調がちらりと、かさぶたのわれ めのようにのぞいた。 「・・・やっぱり、むかしのことおもいだし ちゃうから。 この子、亜矢に似てるね。旦那さんとはど こが似てるの。」 「分かれたわ、鉱さんとは。」 ごめん、と喬があわてて言った。 「きにしないでいいよ やっぱり、わたしは喬みたいにおんなのこ らしくないのかもしれないわね。」 冷静に考えると能力も体力も、男や男の世 界にはかなわないのに、 パートナーのあらや欠点が、 ああじぶんならこうするのにというのがつ ねにみえてきちゃって。 結局は、世の中で一人で放り出されて、自 分のふがいなさに一人でまたどうどう巡りに 腹を立てているだけなんだけど。 職場では聞かれるから別の石をしているん だけど、これのかたっぽはわかれた旦那がも っているわ。 うまくいかなかったけれど感謝はしていた。 わかれるときはいろいろ話し合って。 これは、ごくちいさいけれどダイアモンド なの、石の由来を聞いたとき、よくみている なあとおもったわ。 いわく、漱石の弟子の氏が書いたことに石 墨はいくらみがいてもダイアモンドにはなら ない、ダイアモンドは想像を絶する超高圧の 苦しみを経ないとカラットの輝きをえないの だって。 (川端さんのお弟子さんが聞いたらふかく納 得してまた悲しむ話だろうな、)と、 喬はおもった。 アフリカのダイアモンド原石は地球最深部 の溶岩が噴き出したものよ。 なんで右耳? 右耳が残っているかって? それはね、わたしの左耳は 彼氏にとって右手にあたるでしょう。 そういうことは大事なのよ。 かれの右手におさまるほうをゆずっただけ。 喬は内心、ほうっ、と溜息をついた。 (わたしの周囲には、ロマンチストが多い、) と。 * いまは? 形式的には親と住んでるわ。 この子は、もっぱらママと一緒に住んでる。 別に仕事場と称して部屋をかりてるけど。 わかってるでしょ、わたしがどんな性質か。 仕事場というのはあくまで表向きでるいわ ゆるプライベートルームよ。 ママと一緒だと、ポルノもみれやしない (ああ、亜矢だ、かわってないんだ) 喬はすこしうれしかった。 そののち、町のわずかな、19年越しの変 化の蓄積についての雑談の報告を飲み物の溶 けかかった氷を、合成樹脂の麦わらでくるく る、からかった。 * おなじ店で後日、亜矢が娘をつれてはこな かった日。 ね、おぼえてる? これは先日日記をつけていて気がついたの だけれども。 まるいちいさなお菓子を転がすような表情 で、亜矢が切り出した。 数千円はしそうな万年筆を取り出し、 「生理学のことばなのだけれど」 テーブルのキチンペーパーに 海馬 とおおきく描いた。 好奇心と意思の座ね、 それがどうかしたの ふふ 亜矢がにやにやした ほんとうに偶然にきがついたんだけど、 万年筆の筆先を、こどものいたずらとして、 こどもがよろこんでくるファミリーレストラ ンの紙のうえに、文字としてちいさくおいた。 喬が、小猿がおもちゃをさしだされている ようなひとみでみつめているペーパーのうえ に、 豚と河の文字がおかれた。 ---------- 河 海馬 豚 ---------- あ、 喬がめをまるくした。 わかった? ええ、 喬がまどのそとを見た。 ・・・なつかしいわ 喬、およいでる? ん、半年に3回くらい おもいだしたようにおよぎたくなるときに、 泳いでいるわ。 もちろん、泳いでいるときはあなたのこと を毎回おもいだしてはいたわ。 ・・・とおきにありて、おもうもの? そうね、 あうとなにかがこわれそうだったから。 ・・・あなたはSOSをあげない性格だっ たから、つぎにあうときは、位牌かもとおも ってたこともあった。 わたしの旦那も、水泳は好きよ。 ふうん。 ・・・想さんて、どういうひと 亜矢が、静かにたずねた。 ・・・きついひとよ あなたといい勝負だわ。 ふだんはおだやかなんだけど、いやに静か だなとおもってまわりこむと、ひとりで夜景 をけわしい顔で、ながめていたりするわ。 あなたとおなじよ。 あの人は、闇の行間に、苦悩が沈んでいる ことを知っている。 たぶん、はなしはあうと、おもうわ。 (こういうことをつたえることが、許しを乞 うことにはならないのはわかっては、いるけ ど。 ごめん、あやまらない、けど。) 「いつか、3人で、海いきましょうよ」 * 「ふってきたようね」 ぬれた傘を抱えたわかい客が、数人むこう がわの席にむかっていったのをみて、亜矢は 「傘は持ってきた?」と喬にきいた。 雨は、気温がことなる風が入れ替わること によっておこるので、わかい硫酸ニッケル色 の若葉の枝がその風に、さわさわとなり、 上空ではたぶん雪やひょうであるおおつぶ の雨が、喬たちがいる席のまど側にせり出す、 テラスの、ポリブチルがよりおおく配合され たしなやかで厚い不透明な樹脂のひさしをば たばたとおとをたてた。 「こんなおおつぶのあめつぶは、初夏の証拠 ね。かみなり鳴るかもしれないから、本降り になるのならば、無理にかえらないほうがい いかも」 (つまり、私の勇気のためには、時間として の踏ん切りの助走期間は、たっぷりとあるわ けだけども。) しかしほどなく、 亜矢はきりだした。 はずかしそうに、 ことわられることを覚悟しているのか、 ややさみしそうに。 * 「また、前みたいに会わない?」 (いった。わたし。 ああ、これで一歩すすむ。 たとえ、ことわられても。) * (・きたか。) いっぽう喬は、からだをこわばらせた。 「あなたがこの町に戻ってきて、あってしま ったのなら、わたしはまたあなたをそのよう な眼で見てしまう。 いまわたしは、たぶん欲情しているんだわ。 成熟して充実した、おとなのふとももの、 おんなの成熟した張りは、どんなだろうって ね。 あなた、バレーボールやってたでしょ。 若い頃に鍛えたからだは、いくら歳をかさ ねても、つねに張りがあってみずみずしいも のよ。」 喬は想った。 そう、わたしは彼女との記憶のなまなまし さがわすれられていなかったんだろうとおも う。 夫に候補地をたずねられたとき、 ついふらふらとこのまちをこころのなかで ゆびさしてしまったのだ。 「あるいは、あなたはわたし宛にははがきを だすべきではなかったのかもしれない。 もちろん葉書を出さなくとも、確率低く再 開してしまう危険があるかもしれないけれど、 やっぱりおたがいにわすれていたほうが、」 「違うわ」 喬は、返事をした。 あなたに迷惑をかけたくないの。 あなたのせいにするつもりはないけれど、 わたしも、その・・・、淫乱なのよ。 それどころか夫もだらしなくしてしまった 想さんは、あたしがこじ開けたんだけど、 .Window.Social.Open.Fullは真なの。 いちおう、 気をつけてはいるとはいっているけど、 酔った拍子のご乱行までそう安全であるは ずもないでしょ。 わたしは彼を愛していると自分では信じて いるから、かれと最後まで運命をついていく 覚悟はできていると自分では想っているけど、 そのような危険に、あなたを巻き込みたくな い。 なんだ、そんなことか 亜矢は安心したように破顔した。 それはわたしだって覚悟はしているとは、 自分では想うよ。 そんな事情ならわたしも立場はおなじだよ。 まさか喬、わたしが聖人君子に転向したと 想っているんじゃないだろうね。 じゃあ、こうしようよ。 機会を作ってもういちど彼、想さんといっ たっけ、その辺を話し合おうよ。かくれてこ そこそあうのはフェアじゃないからね。 この問題はそっち側では想さんが悪い。 そしてその源泉であるあなたをそのような 性格にしてしまったことは、わたしが悪い。 立場は対等、FiftyアンパサンドFiftyだ。 亜矢が36歳で、にっこりとわらった。 「あなたが性欲がうすいだなんてこと、いま さら信じないわよ。 喬も、わたしが卒業のときに記念にあげた はじめての黒い器具、 あれから1回もつかわなかったなんてこと はあるわけがない。そうでしょ。」 喬はひたいにおやゆびとこゆびをかるくふ れさせながら ああ、とおもった。 想さんは、喬の伝聞で亜矢をよく知ってい る。そして、覚悟をふくんだ笑みで、了承し てくれるだろう。 もちろん、ほんとうの返事は想さんに、つ たえてからだ。 ただ、 こどもたちが心配だ。 「ゆうちゃん、ごめん。」 こんな淫乱の両親を持って、あなたの将来 が、影響として、無事ですむはずがない。 * 「それからこれはまじめな話だけど、医療の 仕事にすすんだのなら、 「リンパ球サイボーグ」 は聞いたことあるでしょう。」 雷雨になった窓では、水の蛇が波紋となっ てつぎつぎとながれ、 そのそとでは、紺色のそらのした、ときど き稲妻が桃色や紫色にはしって街を照らした。 あたしも一時期真剣になやんだことがある んだけれども、そのようなことが心配なのな らそこまで考えるべきだよ。 ただ、この蓬莱ではできない 船で朝鮮に、いかなければだめよ。 保険も利かないから相当の金が要る。 屁理屈や既得権が水ガラスのようにぴっち りと充填しているこのくにでは、 なにもあたらしい応用など期待は出来ない。 芸能や政治が手近な利益や得票に右往左往 する、芸能や政治の田舎くささからあたらし いものはなにもでてはこない。 国政は芸能界に似ているわ。 十年の研鑚も、百年の養成も軽んじる田舎 の芋小僧にクラッカーを鳴らす蓬莱では、 政治家とは、地方の有力者の丁稚次男の東 京赴任大使にすぎない。 田吾作大使の役割とは、決めることではな く分捕ってくることよ。 永田町という関ヶ原にいくということは、 雑兵のくびを大将だと偽ることにすぎない。 無駄な舌戦はたいていそんなのたいした問 題ではないし、ほんとうにたいした問題はみ ながじぶんの立場をこわがって議論ができな い。 予算が破綻し通貨基金が来たとき、おそら く立場としては国会議員の地位は県知事より 下になるだろうね 「東京の宝箱が空っぽ」なら、空手で帰る墓 泥棒のような国政の議員さんに田舎の人はと てもつめたくあたるだろうね。 「おめいにやる、茶は、ね!!」 屈辱に震える金バッチ 「どうせめっきだろうが!あ!」 けりだされる英国じたてのスーツの太った 尻、かなし! あめだまくれればよいひとで、 たしなめられば悪い奴 つぎは新横浜♪ 「新幹線降りたら、議員宿舎に酒買って帰ろ う。ううう。(めそめそめそ)」 亜矢のパントマイムに、最後の方では喬は 腹を抱えて笑い転げていた。 もちろんチェーンレストランの中ではない。 話の途中からふたりは道をあるいていた。 主婦の喬の、ポリエステルのチェリーピン クの柄物のかさは、あがった雨にひらかれる ことはなかったが、 「こんど、もっとスタイリッシュな傘をあげ るよ」 こんな柄物を使っていると、喬が太るし、 からだが太ると精神にまで贅肉がつきかねな い。でぶとはわたし、だきあいたくないから。 亜矢は、ウィンクをした。 「うれしかった」 * 「だんなさんによろしくね。」 手を振って分かれた。 (やれやれ、) 喬はひとりごちた。 大人の感覚としてもう、ねんねではないか ら、大人な関係に対しての羞恥などは、すで に自分にはないし、まもってくれるわけでも ないモラルなんてものを気にするほど、わた したちは田舎者でもない。 もとのさやにもどるだけだが、あれから時 間がたちすぎている。それがよい方向にむか うかどうかが、わからない。 でもそれはある程度自分がひきうけなけれ ばならないだろう。ふらふらとこの土地をき めてしまったのは自分なのだから。 喬は自覚がなかったが、このような態度と してうすい責任を伴う論理は実は、20年近 く前、その亜矢が勉強と一緒に喬に植え付け た訓練だったのである。 ---------------------------------------- 6 高校1年 高校1年の1学期。 亜矢は、終業のホームルームのあと、しば らく図書室で復習をし、皆がかえるのをまっ て、更衣室で制服から臙脂の運動着にきがえ た。 時計を見、校門をでてしばらくのかどに、 やはり臙脂の運動着の喬が、くろい自転車を たてて待ってくれていたのを亜矢はみとめた。 下校放送の第2楽章に追い立てられるよう に、笑顔をぎこちなくかわし、たわいもない 会話をまじえながら、ふたりは皆があるく大 通りから、幕藩時代の旧道へとわかれていっ た。 とちゅう、牛乳と餡ぱんを一双:1つと1 本ふるびたいきのこりの商店でもとめ、自転 車をおす喬とともにかじり、飲んだ。 「亜矢は、餡ぱんがすきよね。「あの日」も そうだったわ。」 「なんでだろうね、おとこのこなら、もっと 蛋白質に富むものを好むんだろうけど。」 亜矢は、共犯者の気持ちで、周囲をみまわ した。 「気にするしりあいもいないとおもうけど、 部活をやってもいないのに運動着にきがえる のって、めだたなければいいけど。」 やればいいのに。 やだよ、どうせ進学のためにやめなきゃな らないのにめんどくさい。 あなたは、おじいちゃんの影響で悪い意味 でも、おとなびているもんね。 ひねているともいう。 ひねしょうがとは、そだちすぎの意味だ。 亜矢は口笛を吹いた。 喬は、通称「古墳が丘」の入り口で、くろ い自転車をとめ、鍵を抜いた。 「うまれつきに特技としていろいろもらうこ とと、同輩となかよくすることは、たぶん両 立しないんだろうよ。」 わたしは、つるみたくないんだという、言 葉のあとに亜矢はそう言った。 * 移民国家は、あんなに肌の色の問題で苦し んだ。才能というのは数値を逆にしてみれば、 その所持をじぶんの意志で拒否を出来ないと いう意味では、一種の先天的な欠点でもある。 人々が群れるのは、ひとえにはその方が気 楽だからだよ。 だからこそ、気をつかわなければならない、 ちがう肌の色とは同席したくないんだ。 それが利益を生まないかぎり、違う才能と いうものは違う肌の色とおなじことだよ。 才能が賛美されるのは、皮肉に点検した場 合、それが価値があるからだよ。 そのおこぼれで利益や協賛が得られれば、 それで豊かさを買うことができる。 豊かさ、とはひとえに心理の封建現象とし てマイホームがそうであるように、 気をつかわないですむ気楽ささ。 その構図に、才能の所有者のこころはない し、また技術としての才能がよのなかをまぜ っかえしてその結果にだれかが泣くようなこ とに対する考察は、そこにはない。 賛美とは、つねに他人がするものだ。 身内ではない。 告白とは、なにかの犠牲をささげるもので なくてはそれはたんなる誉めそやしだ。そこ にはおこぼれを期待し、対象を使い捨てにす るような意図がうすくある。 ひとがひとを誉めそやすとき、そこには5 パーセントから85パーセントの率でそのよ うないやらしさがあるもんだよ。 わたしは、 亜矢は、めをふせた。 そのようなものをみるのは、もうあきた。 わたしは、「すべてを失っても、私とおな じ場所に立ちたい」 という台詞以外には、告白を信じないこと にしたんだ。 ふたりは、ひくい丘を登る道をのぼり、 バスケ部の誘いもことわったんでしょ。有 名よ。 「みんなの面倒をみることより、ひとりでい ることのほうがすきなだけだよ」 亜矢は、さびしそうに、答えた。 ほどなく10メートルもない丘の天辺にた っし、視界がひらけた。 初夏の虫が鳴いているので、いまは6月で あった。それは秋のこおろぎではもちろんな くみどりでおおきい長鳴きキリギリスだった。 リーダーシップって、みんながおもってい るよりもその大きさはおおきいんだよ。 1選手として数字をあげることの、おそら く数倍の精神的なエネルギーと歴史が要る。 それは事実上完全なる慈善だ。 いのちをかけてもかまわないという魅力が それにかんじられなければ、やるものじゃな い。 高給にのみあこがれて管理職やモジュレー タになりたがるのは、内実ヒラでも課長のポ ストが可能だった経済成長という一時期だけ の非平衡の奇跡と、魔法の後始末としての負 債だってさ。 それよりはいまの「私」はひとりで突き詰 めてあるくほうが好きだ。 このへんでいいか。 日が長くなったね。 亜矢は、歩みをとめた。 初夏の夕はまだ、あかるかった。 亜矢って、15歳におもえないわ。 その分の苦労を、いずれすることになるだ ろうっておじいちゃんがいってたけどね。 亜矢が腰をおろした草のとなりに、おなじ く臙脂色の長袖の上下の喬が腰をおろした。 ふと、自然にめがあい、かるくくちづけを し、だきあってふたりはかるくくさのうえに たおれ、くずれた。 腕はもちろんたがいの背をはい、脚はたが いの腿とすねに化繊の運動着を介してかるく からまり、たてひざを喬のながいあしのあい だから、 空にむかって出している亜矢は、喬の長身 の重い体重でつぶされるようにうけとめなが ら、喬の髪の香り越しに、あすの天気の気配 がする夕刻のあおぞらをぼんやりと、みつめ ていた。 ・・・喬、汗のにおいがするね きになる? ううん。いいにおい。いい気持ちだよ。 亜矢は、喬のからだの下で、喬のその肩に 臙脂の腕をまわし、喬のひだりみぎのみみた ぶのそばから、 喬のえりくちから薫る少女の汗の香りを、 深呼吸として、深く肺に吸い込んだ。 ふたりはそのまま、20分ほど、たがいの 体重をたがいにあずけたまま、身じろぎと呼 吸以外は、しずかに、うごかなかった。 ・・・おんなどうし、って幸福なのかもし れないわね かるく臙脂についたかわいた土をはらいな がら、亜矢のとなりにすわりなおした喬はし みじみとして言った。 「どうしてさ」 亜矢が、わらった。 ・・・だって、男の子のようなめんどくさ い衝動がないもの。わたしたちには、人恋し さと性欲の境界がないわ。 男の子たちの欲望って、単純だけどある意 味哀れよ。ピストルを構えてばんばんばんと 撃って、それで終わり。 ひどいときは好きなはずの女の子のボタン をあけっぱなしでひとりだけさっさとさきに かえったりするわ。 喬、経験あるの? まさか、ママの話よ。 喬も、笑った。 「・・・でもね、」肩をゆらしすくめながら 亜矢は言った。 「ほんとうに性欲のてっぺんが欲しいとき、 私の女のからだと乳房は、それを手に入れる ことがむずかしくて、ときどき焦ることはあ るよ。 そういう意味では、機能の生理が単純にで きている男性のからだのほうが、うらやまし くおもえることがある」 へーえ、亜矢、欲望がつよいんだ。 茶・化・さ・ない。 亜矢が喬の鼻先に指を出し、強い視線で笑 いながらにらんだ。 「性に手間と時間がかかりすぎることが、も ったいないからだよ。私にはほかにもやるべ きことがいっぱいある。」 * 半月前の球技競技会ではバレーボール部に 所属している喬は、その競技にでるのは当然 だったが、 亜矢の小柄なからだが、ダークホースとし て、バスケットの決勝戦で牛若のように舞う のは、その日の「あの子だれだ」の声の積分 であった。 喬は、幼馴染の背にペガサスの白い翼が踊 っているのを見てしまった。 亜矢のチームが僅差で敗北したことは、亜 矢のいう、自分の場合のリーダーシップのむ ずかしさを具現しているといってもいいだろ う。 決勝戦では、相手は、面で各選手が均等に 得点しているのに対し、亜矢の側は半分以上 が亜矢の投球によるそれだった。 亜矢はけものだった。 球がめのまえにくると、すべてをさしおい て自動反応がうごきをくみたててしまう。 そこでは大局的判断は場合によっては無視 された。 チームクルーが基礎体力と瞬発力を身に 「つけるかもしれないし、つけないかもしれ ない」10年後をまつより、亜矢は瞬発的に 8倍の体力を編み出して、8倍の得点をたた きだした。 球にむかって、 猫のようにそれを両手で跳躍してもぎ取り、 龍のように背を蛇腹のようにのばしてあい ての籠のゆれる綿の網に、ボールをのみこま せることをくりかえした。 もし亜矢が、長身の青年であったらなら、 竜虎がその通り名になったかもしれないが、 亜矢はしかし小柄な猫だった。 しかしまた亜矢は深い山の山猫ではない。 だからこそ将来において悩むことになる。 そのひざはしなる鋼のようだった。 亜矢がシュートをきめるたび、生徒たちの あいだからどよめきがおこり、亜矢のクラス メートが亜矢の名前を、コーラスで呼ぶのを 喬は聞いた。 友人のほまれを喜ぶ気持ちと、自己嫌悪と してのはずかしい独占欲のやきもちがまじっ た気持ちで。 球技大会がおわったあと、あの日も、 ふたりとも臙脂のすがたで、このように喬 が自転車を押して帰路についていた。 喬は、あの試合の午後から亜矢のすがたを ずっと追っていたのである。 喬、まってたんだ 「・・・大事なことだから最初に言うけど。」 校舎の敷地の角を、生垣をはなれるかたちで まがったあと、喬は亜矢に切り出した。 「あなたがあんなに活躍して、わたしは内心 動揺したわ。 人気者になれば、あなたのこころはみなや ほかのだれかにとられてしまうかも、ってね」 狭量な人間とおもわれてもいい。 高校とかあたらしい学校にはいれば、自然 と帰る友達がちがってきてしまうことも自然 な知識として知っているわ。 でも、わたしはたとえ自然なかたちでも、 あなたをうしなうのは、いやだ、とおもった。 「亜矢、これからも友達でいてくれる」 もちろんこれは約束なんかじゃなくてもい いよ。 うそでもいい。 ・・・わたしのバレーの試合が亜矢より前 でよかったわ あんなのをみせられたあとじゃ、とても無 心に試合に集中できなかっただろうから。 滑らかな技巧へに対する嫉妬は当然義務と して感じられなければならないこと だけども、 そんなことよりもわたしにとってあなたが 人気という台風につれさられて、秋の空にと ても遠くなってしまうことのほうが、何倍も、 こわい。 亜矢は、しばらく喬のことばを反芻した時 間のあと、 「でも優勝したじゃん」 亜矢が言った。 「それがすべてなんだよ」 腹がへったとうめく亜矢が、下校途中の高 校生の食欲で「興行的に」いきのこっている 雑貨屋で餡ぱんを3つ買った。 もっとおいしそうなものは、ほかの生徒に くいちらかされて、「いきのこっては」いな かったのである。 亜矢はパンを半分にちぎるとそれを喬に差 し出しながら、 「わたしは、おじいちゃんがいたからそのあ る意味安心としかし呪縛のなかにいるような ものなんだ。 でも、おじいちゃんにとってはわたしがだ いたいどのような人生を生きるかわかってい るんだよ」 亜矢は「古墳が丘」のうえで、喬の横で牛 乳をのみながら、喬にはなしかけた。 この丘は、もちろんじつは古墳ではない。 丘のてっぺんの樹木の下に祠があり、たま に陶器の破片がでてきたりするが、それはす べてのちの時代のもので、この丘が古代に利 用されていた証拠はなかった。 そのはず、邪馬台国や倭の五王の時代は、 このあたりはすべて海であり、この丘は島で あった。 ものみやぐらぐらいはあったかもしれない が、王が墳墓をつくる場所ではない。 当時の海岸線は、ここから3、40キロ北 なので、最南の古墳もそのくらい遠くにある。 丘陵地を別にして、ふつう通勤圏に古墳は ない。 「喬はいい意味でマゾだよね。」 たぶんわたしは喬のように、パスやレシー ブの部品にあまんじつつ、みんなで勝利をつ かむ特性じゃない。 喬が、この大柄な綺麗なからだを、なんの おしみもなく体育館の床にたたきつけるのを みていたら、なんか、うらやましくなってき ちゃった。 ああいうふうに自分を無私になげだせたら どんなにいいだろうかと。 喬、あんた怪我をすることも、きもちいい っておもってんじゃないの? 亜矢が、あかるく笑った。 わたしのシュートが決まるのは、わたしが 世界と一体化し、これは決まるのだとわたし が感じたとき、それは自然にゴールにのみこ まれる。 球をもぎとれるときもそうだ。 あの感覚は、不思議なものだよ。 自分が世界のなかに混ざってしまうんだ。 じぶんがプレイをしているんじゃない。 世界がプレイという手のひらで、わたしの からだを自由にもてあそんでいるんだ。 それはけして無心なかぎり謙虚や傲慢では ないが、 また同時に謙虚や傲慢でもある。 世界の一部にしかすぎないと感じることは 謙虚だけど、 世界にわずかでも影響をあたえていると、 感じることは危険な傲慢だ。 魔法はいつも傲慢だ。 球に来い、と念じるとこっちへ来る。 もちろん、それは自分が球が来る方向へ自 動の無意識で自分のからだを操縦しているこ とを動いているときはいちいち自覚していな いだけなんだけど。 ただそこに、 亜矢はめをふせた。 わたしにとってつねに仲間はいない。 ・・・その延長、じぶんをつねにみがいて いくということは、ただたんに一本の矢でし かないということだよ。 矢はつねに消耗品であり、そのほまれはせ いぜい名前がのこることぐらいしかない。 4倍8倍の個人力をもってたとしても総力 戦ではたいてい敵は百倍で来る。 数倍、でしかないしかしその名前は結局、 みなのみているまえで自殺同然の過労死ぐら いしかない。 ガダルカナルは、理論的な戦略を組めない 人々が、烏合の衆としての民衆に滅亡のマゾ ヒズムを拝ませたという意味で象徴的だよ。 めだってしまうものはつねに、みなのため に死ねるかという課題からのがれられない道 理。 今日のようなことは、実は私にとっては汚 点なんだ。シュートが決まるのは世界への信 頼だけれども、それはいまのわたしにはあた えられたものにすぎない。 おじいちゃんのような精神の守護の影が切 れたとき、わたしの苦しみはまた別の形では じまるのだろうな。 ・・・すべての才能とは所有するものでは なくて背負うものだよ。これは立場というも のの語感にちかい。 なにかができる人はそれでめだつけれども、 そのひとはのこりの隠された種類のことがで きないことに苦しんでいることをみなは知ら ない。 そして、これは傲慢なことだけれども、そ の苦しんでいるものにとって、そのほかの人 々はなんの役にもたたないんだ。 この傲慢は、いったいなに?あたし、なに さま? 丘で亜矢はひざをかかながら、ひとりごち た。 * ひきつづき球技大会後、餡ぱんが3個だっ た日、 沈黙が風となって、ふたりの体温をすこし ずつ奪っていった。 で、喬。 なに? きみの友達うんぬんの件だけど ああ、そうね すこし動揺してただけかも、きにしないで そうじゃなくて 亜矢がむきなおった。 ことばだけじゃなくてさ、その、 なにか、約束のかたちをしよう かたちって? ・・・その、・・・キスしていい? あ、と喬はかるくはじかれた気持ちがした。 ・・・いやならいいけど。 「なにいってるの、」 喬はわらって、亜矢のからだをかるく、だ きしめた。 * 餡ぱんが1個だった今日の夕の台詞、 「あの日も、最初はこんな感じだったね。」 * 夕方の餡ぱんが3個だった球技大会のあの 日。 ・・・時間の経過とともに 喬は、くるおしくなってきて、 喬は亜矢のからだを、だき、 抱き締め、 強く抱き締め、 く、くるしいよ、喬ちゃん もがく亜矢の弱い抵抗を無視し、 頬を両手でつかみ、くちづけをし、 深いくちづけをし、 舌を差し入れてしまった。 じぶんよりもの長身に、 下敷きにされた亜矢は、 ひごろひかえめな喬の大胆なちからに、 新鮮な驚きを感じながら、 (いたちにはがいじめにされる、 ねずみのきもちってこんななのかな) ぼんやりと想っていた。 じぶんのなかに、だきしめられる少女がいた。 のを亜矢は感じた。 喬はひらかせた亜矢のあごに、90度の 角度でむかいあい、 可憐なその桃色のくちびるで、そのくちの 息をふさぎ、 亜矢の息をふかく、みずからの肺に吸い込み、 自分の体温と息のしめりけにそまった息を、 亜矢の肺の内に、息の侵略としておし戻すことを くりかえし、 亜矢が感じているその熱い息の陶酔に、 亜矢のその身が、ほぐれると、 次第にゆるんでくる亜矢の、あごのちからと 舌の防御のような意味でのこわばった緊張が なくなってくるその、 女子高生である亜矢の、口腔のなかのぬるぬるとした あたたかみに喬は、 喬の耳のうしろの、喬の一双の海馬が感じる肯定 の快感をみずからに、だらしなく没入するように、 期待にはりつめる乳房と、わかい乳輪と、 そしてそのこころを、ゆだねてしまった。 喬は、はげしく身をもみ、 その臙脂の運動着のなかにある発達した、高校 生のまだわかい女の体が、あまり 発達していないやせたわがからだに、強く こすり・つけられるのを亜矢は、 亜矢は、喬の友情の延長の感情がこじれ、 性欲をあさましくもとめられるこのことを、自身の、 よろこびとして、ばくぜんとしかし、熱く、 感じていた。 喬、よかった・・・。 ・・・もっと、もとめてみて。 ・・・こんなわたしの、からだでよければ。 亜矢は、喬の臙脂の 体操服の、喬のからだのしたで、じぶんが ほほえみをうかべていることに気づいた。 やがて亜矢を、 抱き締めながら、全身で身を揉んでいた喬が、 亜矢のからだを、「折れてしまえ」 というほどに長身の強大な渾身の万力の、ちからで だきしめ、 亜矢は痛みをうったえることもなく、 性にあぶられた友人が、 自身の性のいただきをけずりつけるように亜矢の 骨格のうえに、はげしくつっぱるのを、 亜矢はながい、ながい幸福のひとときとして、 必死な喬の、 しがみつくようなちからにおさえつけられて いるじぶんを、あじわっていた。 やがて喬が、からだと性の緊張をbreakして いく、しずかなためいきをつき、 「・・・いったの?」 からだのしたの亜矢が、やさしげにかけた 声に、臙脂の体操服の、喬が恥ずかしそうに ちいさな声で、答えた。 ・・・うん ごめんなさい・・・ あなたの骨格のたしかな感触に、がまんが できなかった。 消え入るような声で背をまるめた長身に、 「気にすることないよ。」 わたしも、同性のからだを夜におもいうか べることは、あるし。 「でも、」 亜矢がわらった。 これで、オナニーの共犯者だね。 おたがいがおたがいのからだをおもいうか べられるんだ、おおいばりで。 ・・・亜矢 つまり、 亜矢が、また笑った。 「恋人って、ことだよ。」 * 餡ぱんが1個だった今日の夕。 ・・・また、明星が、出ている。 亜矢は喬の体重を受け止めながら、空に想 った。 濃硫酸の雲の、美の女神が。 ・・・フランス語あたりでは、硫酸は女性 名詞なのだろうか。 * 初夏におずおずと服越しにだきあってから、 ふたりは、ときどき、間隔という時間とそ の調整のための場所の選択を、まじえ会うよ うになっていった。 「学生なんだから」 と喬が提案し、会うための大義名分を感情 とはまた別に、ひとつ以上つくることを提案 した。 亜矢が喬に勉強と運動を教え、 喬が亜矢に運動と勉強を教えた。 亜矢が教えるものは論理数学とバランスの 取れた瞬発力であり、 いっぽう喬がおしえるものは赤の補色であ る緑色の苦痛が、ながれる持久力と博物学と 歴史であった。歴史とは苦痛の古傷でもある。 またすこしずつふかさをさぐりたがったた がいがおたがいの衣服を冒険としていちまい ずつ剥ぐのに、夏という季節はとても適して いた。 喬が初めてブラジャーをはずされ、亜矢の 手によって背後からやさしく、やわらかくそ の発達したちぶさをつかまれたとき、 喬はくびをのけぞらして、めを閉じたが、 その一週間後には、喬は市民プールで亜矢に 水泳を教えていた。 「みずぎが、じゃまね」とわらいあったあと ほどなく、亜矢は25メートルを2往復でき るようになった。 しかし残念ながら亜矢は喬ではなかった。 うすい、しかし強靭な腱をまとっているこ とは、そとからはわからなかったが、 四肢にかかるちからの怪力は、いたずら小 僧のはなをねじり切りかねないバレリーナの それであることを、亜矢は、喬のはやいタイ ムに知った。 亜矢はその怪力をして、 河馬 と言ったら、また喬におもいっきり鼻をね じられた。 せめて海豚といいなさいと両手をひろげて シャワーをでる喬に、亜矢は「おなじじゃん」 とふざけた態度でどなりかえした。 練習としてノッキングをくりかえすたびす こしずつあがっていく、やわらかい芯のシャ ープペンシルをともなう、 あがっていく定期考査はふたりの関係が幸 福であることのあかしであった。 亜矢が赤いギンガムチェックのマフラーを 巻いて、白い息のしたふたりででかけた星空 の下の冬至のあたたかい市民プールで亜矢が はじめてノンストップで2000メートルお よぎきったとき、 亜矢は学年10位、喬は学年12位を達成 していた。 たぶん、この一年次の冬が亜矢の生涯でも っとも祝福されていた時期だったかもしれな い。 * 高校1年の年度末の春休み、 おじいちゃんは、ベランダでうたたねをし ていた。 * 亜矢、おじいちゃんと話してくれる? おじいちゃん、退官するにあたって、病院 に入るか家にいるかきめるといってたけど、 それは亜矢とはなして、きめたいといってい たわ。 もう、あの歳だし、たしかにいちど施設に はいってしまうと、もう2度と家には戻れな いとおもっているのかもしれないわ。 * おじいちゃんは、最近階段をのぼりおりす るのにも軽い苦痛をかんじるらしかったが、 のちに南むきに面した亜矢の部屋の西がわ のベランダで、午睡をするのを好むようにな った。それまでは祖父は一階で寝起きをして いた。 「亜矢か」 祖父はそのベランダで、古書街で250円 で買ってきたという定価4000円の専門書 を読んでいた。 英文であった。 わかるの、おじいちゃん 祖父はわらった。 アメリカ版だからな、社会を作るのに移民 をいちいちいじめていては割が悪いだろ、そ の気になればおまえにもよめるぞ、 中学英語だ。 祖父は近眼鏡をとじると、書籍とともにベ ランダのテーブルにおいた。「教育は、おく にがらによってそのむきはさまざまというこ とだ」 ・・・くびから上は、元気なんだがな。 祖父はためいきをついた。 通勤に手助けがいるのでは、みなの迷惑に もなりかねん。 基本非出勤にしてもらって、給料のほとん どを返上、純粋名誉として特別講義だけでい いという条件をとりつけてもらった。 漱石さんの弟子以来だそうだ。 ずっと隠居したいんだが、乞われてな。 ま、ときどき這い出してわかい連中のエキ スをすうとするかの。 そのほうが衰えが鈍るという意味ではおま えたちの迷惑になる時間もすくなくてすむだ ろう。 90をすぎると、骨と筋が新生しにくくな るようじゃの。 わしが「じゃの」だなんて言葉をつかうの は似合うか? 祖父は笑った。 亜矢もつられて歯をみせてわらった。 話というものは、ほかでもない 祖父は、亜矢に椅子をすすめはしなかった。 隠居はいいとして、どこに隠居すればいい かというはなしだ おまえの意向を尊重したい 祖父はまっすぐハンサムな顔で、孫のひと みをみた。多くの生徒の人生を考えて来たそ のかんばせで。 おまえも知っているとおり、物理的にはわ しの人生はもうすくない。そとの生徒という 外孫にわけあたえる時間はもうこれで充分だ ろう。 またわたしは家族という概念は希薄にいき てきたし、たぶんいまもそうだ。 たぶんわしはおまえにも弟子としての理解 しかもっていないのかもしれないな。 (ばあさんも、また弟子だったが。 すきでもないきれいな才気あふれる女性と 見合いをして、住み込みの弟子ができて。 子供ができたことなどたんに、結果に過ぎ なかった。 戦後のだらしない感覚のしたでは、緊張感 のある関係を家族、とはついぞいわなかった な) 最近は、ときどきおまえの人生のことを考 える。おまえは、これからどんな人生をあゆ むのだろうかな、と。 これは愛の感情かな まあほかの得がたい生徒に感じたおおくの 感情のひとつにしかすぎないんだが。 素朴にいえば、わしはすくなくとも自力で しもの始末ができなくなるようになればここ を去らなければならないが、それまでは愛の ような意味でおまえの人生をみていたい。 いままでどおりおまえが学校の課題を聞き にくる生活がつづくのだと、おまえのがわで は理解してもらいたいが、しかし、 「おまえもすでに、としごろだ」 プライベートが必要な年頃に、祖父がおな じ2階に生活していては、その開放感とまた 独自の緊張もままならないだろう。 「あたしはいいわよ」 ばかをいうな 祖父は年長者の威厳でかるく一喝した。 自分の世界をもてないものが、人とうまく やっていけるはずがない。 溺愛の親に人生を踏み潰された生徒などわ しはみあきるほどにみてきたぞ。 ・・・おじいちゃんは、わたしにどうしろ っていうの。 なに、かんたんだ、わしを無視してほしい。 無視って 無視は無視さ。 わしがいちいち三成公のように、小言を言 う性格ではないことはわかっているとおもう が、さらに一段階無視をしていい、というこ とだ。 つまり、具体的には、おまえが夜更け、も よおして、オナニーをしたくなった時はたと えおなじ階にわしがねてても、もれるあえぎ を我慢することはない、ということさ。 亜矢は、絶句した。 「ときどきは、階下にまで聞こえてきていた がな」 祖父は笑って言った。 ・・・おじいちゃんて 亜矢は紺の制服の上の短髪で、祖父をみつ めた。 いっそ ひらきなおってしまえばどうだ。 わしはあまりわかい娘に興味はない。 そういうかたい青りんごをこじあけて、す こしずつ人生の楽しみをおしえていくのが好 きな同僚もいたがの。 大学はその点だけはいいところだな、なに せおたがいに成人なんだから。 わしの好みは、きれいなひとみの青年か、 35歳過ぎの、自分の立ち位置を自信として わかっている婦人だった。 たとえばここで、 祖父はゆかをゆびさした。 全裸になって、わしにむかってはだかをさ らしてみなさい。 わしもひさしぶりに、わかい娘の健康の美 を、みてみたい。 それと、人相や手相をみるように、おまえ のからだがどのような人生をあゆんでいくか ということを、 おまえのからだのうえに読んでみたい。 ハンサムな老人が、亜矢のこころを、強い 力でみすえていた。 まあ、いやじゃったらいいがの。 祖父は書籍の上のめがねを取ろうとした。 まって、 ん やるわ。ぬげば、いいのね。 「まあ、すきにせい。」 * 亜矢は、制服の上衣をぬぎ、 プリーツのスカートを脱ぎ、 化繊のスリップをぬぎすて、 背に手をまわし、ブラジャーをはずし、 両手でショーツをずらし、みぎあしでまた ぎ、みぎてで高校生のふたつの脚から抜き取 ると、 ちらばった制服のうえになげた。 このときの亜矢のショーツは、まだうすい 青い色をしていた。 「おじいちゃん、みて。」 亜矢は、うでをひろげ、脚をひろげてたち、 祖父に、声を掛けた。 うん 祖父は、孫娘のすがたをみすえた。 亜矢は、レントゲンのように、じぶんの矜 持を祖父にさらし、 祖父の冷静な観察の視線がみずからの裸体 にからまるのを、遠くをみつめる視線のなか で想像し、それは確信という名の実感となっ て、 健康診断のつめたい乾板の鉄のケースが、 じぶんの10代のくろい乳輪をつめたくおし つぶす恥じらいが、その夜の自慰の基点にな った記憶をおもいだした。 おまえの乳房は、うつくしいな。 祖父の声がした。 亜矢は素直に、うれしかった。 「腕をあげてみなさい」 祖父は、まごむすめの乳房が上腕にかかる 胸筋によってわずかに緊張をもってひきあげ られるのをみた。 祖父は医師の声でその角度を、 芸術家の声で場面を、 それぞれ数分ごとのじっくりとした視姦と 鑑賞のあとで、指示をだして言った。 「側面を見せて、おまえの浮き出た肋骨をよ くみせて、」 わかい娘のからだが、 きゃしゃな骨のかごに皮が張られただけの はかなさであることををみぬき、 「腕をあげたまま、かるく円舞」 肩の骨格と腰の骨格のあいだにある、 脊柱と、 孫娘のはかない内臓を収める、 2枚の膜の筋肉のうえにはしる緊張と運動 のさざめきを聞き、 「せなと、尻。」 背のはしらからはじまる、少女の背筋が、 肩の骨と尻の骨の位置をささえ、 ふたつの上腕骨の根を、 ふたつのまるい肩として可憐につつむ少女 の筋肉は扇状地のようにひろがってひらたい うすい肩甲骨にとどき、 ひらたい骨盤についた 少女のまるい尻の肉のながれはふたつの大 腿骨の根の突起におわる。 のべで四つの筋肉のながれが 少女の可憐な、肉や平地として 亜矢の背のそこに、ある重みとして知り得、 「かたあしだけを、のばしなさい。」 つまさきにはしり、つまさきにはじまる緊 張が、ながい脚の力学のうえ、 リレーのバトンのように伝達されて、 少女の肛門にまでとどいているのをみとど け、 そのぎりぎりとした緊張感が、ふたつのま るい尻のかたさで、少女の体重を縫いしめる 形でささえているのを確認した。 (脚がきれいな少女は、恋人をよろこばせる ことができるだろう。) みずからを引き締めることが強い脚は、ほ そい脚をつくる事ができ、そのおなじ強い力 がたぶん情事で、 恋人を極限に強い下半身の門の握力でにぎ りしめることができるのだ。 そしてつよい快感にわれをわすれた若者は また、 少女自身の快感をもつよくゆさぶり、ふか くかきまわすのである。 美しいプロポーションは、 報酬として、 よろこびのよだれとなりうる。 亜矢は、その怜悧さと、冷静さという脚本 を祖父とともに演じることで、 羞恥の共犯者という不思議な感覚が、みず からのなかにいま、生まれている現象を発見 した。 亜矢はおもった。 同性愛者の画家が、裸婦像を描くとき、裸 婦とその波長が一致してしまうがゆえに、 よい作品をのこせる逸話を。 * もういいぞ 祖父の声がした。 服を着なさい。 祖父は椅子にふかく腰をおろした。 「これは、冥土の土産だな。 おまえは、とてもきれいにそだった」 たばこすいなら、ここでいっぷくするんだ がな。 おじいちゃん、すわないもんね 亜矢が、腰に手をやり、恥毛の陰阜のまま、 わらった。 しゃがみ、上衣に手をのばすと、赤い箱を とり、 こんこんとたたき出すと祖父のくちにおし こみ、100円の打撃ライタでひをつけてや った。 祖父はおどろいたように、顔をしかめ、 あ、亜矢ーっ。 ストレスの解消なのよ わるびれず亜矢はわらった。 煙草をすっていたことも、ばれていたとお もっていたんだけど。天網恢恢、疎にしても らさず、じゃなかったの? おじいちゃんも意外に抜けているわね。 まいったな 祖父は軽くのけぞり、左手で煙草をもち、 あたまを右手でその銀髪を掻いた。 ・・・おまえは、だいじょうぶだろう。 祖父が、12ミリグラムをおいしそうにふ かくすいこんだ。 たばこ、きらいじゃないの いや、好きだけれども。禁煙が自由にでき るだけだ。からだに悪いのは科学的には事実 だから。 おまえこそ、学校ではよしなさい。 退学になったら、おまえのかあさんがかな しむ。 さきほどまで全裸だった少女が、制服で肩 をすくめた。 しかしその口先にはすでに煙があった。 「3ヶ月でひと箱ぐらい、かしら。成績が上 がったり、難問が解けたときには一服するわ ね」 おもしろいともだちはいるか いっぱい 喬ちゃんとか、いったか。 ・・・隠してもしかたがないからね。 ときどき抱き締めあって、おたがいの胸の 骨のかご越しに、たがいの心臓の音をすこし づつずれた心拍として、 たがいに深く音を意識のなかに、吸い込ん だりするわ。 祖父は、感慨ぶかい表情になった。 「血は、あらそえんな。」 なに? なんでもない 90歳すぎの祖父は明るく、わらった。 おまえは、だいじょうぶだ 祖父はまた笑って、つよくすってはやく燃 焼させた煙草を、ガラスのテーブル面に押し 付けると、 おまえのからだは、その精神と一体になっ ている たぶん、精神が絶望におちいったとしても おまえの肉体のリズムと遺伝子が、それをゆ るさず、深遠から引き上げてしまう。堕落し たくてもできないだろう。 たぶん、わしのように老衰でなければおま えは自殺か殺されるかの、どちらかしかない が、 たぶんおまえのからだの相からいえば、お まえ自身はそういう人生に義務として満足な はずだ。前へ進め。 ---------------------------------------- 7 高校2年・前半 高校2年生1学期。 春になると、2年生になった。 祖父は、社会人講義で留守の土曜日。 「わからない?」 と亜矢がさとすことばがすこし濁り、くち の端が残酷でずるい子供のたくらみで、内心 わずかにひきあげられたとき、 「なんで判らないの?あんた、ひょっとして 馬鹿?」 いいはなち、背後からそっと、パールブル ーのささやかなふくらみをおおう高校生のブ ラジャーを、白い制服の上からかるく両手で つかんだ。 亜矢は、おおがらな喬のなかにある、しか しおっとりとしたマゾヒズムの香りをときど き会う逢瀬の、淡い純粋な抱擁のなかで、 食肉目独特の嗅覚でかぎとり、そしてそれ を確信するようになっていった。 みずからの胸を、彼女の、実は強靭な力の ある堅い両のすらりとした少女の背筋に、お しつけながら、 「馬鹿ですって、いいなさい」 ・・・しかしその確信が、実はじぶんの人 生にも確実に跳ねかえってくることを、まだ 亜矢は、知らなかったが。 激しく背後から若い乳房をえぐりとるよう にもみこみ、性的ないじめと言葉のいじめと して愛情を込め、喬に強要すると、 「ばかです、・・・わたし、馬鹿です」 前門に、ゆびを2本もいれられ、教科書に よだれをこすりつけながら、喬がひたいを、 つくえのかたさに打ち付けるように、絶頂に 達する。 6月のしろい制服のまま喬は、スカートと ショーツをとりさられ、 背筋のながいくぼみの滑走が、 骨盤を統べる要としての仙骨の ちいさな高原で終わり、 おおきなひらたい一対の 喬の腰の少女の骨と 大腿の骨の体重を頂くその関節を、 その体重をささえるために おおきくくるむようについている 少女の一双の可憐な臀部や、 その充実のあかしである、一対の 月の弧のような少女の尻の谷間から、 のびる長いもものうらがわなど、 下半身がすべて全裸の、 一年まえまで小柄な亜矢にとってはあこが れだった、 背の高いおさななじみの少女の背中のセー ラーの四角いストライプのえりをみおろしな がら、 「・・・あたしは、悪魔だ・・・」 ぬれた喬のほほをながめながら、亜矢は想 った。 ただ、さいなみながら教えたことがらほど、 喬の記憶と成績はよくなった。 「この子は、この方程式を思い出すたび、陰 阜が、うずくのかな」 ・・・相手の記憶にみずからを強制的に、 書き込むこと、それがたぶん、じゃれあいと しての恋である。 (でも、たぶん喬は、私に告白したことを後 悔をしてはいないだろう) そのすがすがしさこそが、いくらでも攻め 込める嗜虐の甘えを安心させることができる。 * じゃれあいとしての恋は、子猫と子羊のじ ゃれあいのようなもので、 もとよりねこじゃらしに相手を殺傷する意 図はないが、行為としては殺傷の弱毒方向へ の希釈である。 牙とやわらかいはらとのすり合わせは、レ ポートでは信頼のサインとして無味に記載さ れるが、じっさい、するどすぎる切れ味で赤 い事故がおこったとしても、いのちをおとす 側は、あまり加害者をうらまないのかもしれ ない。 もしラッセルが家族として羊を飼っていた としたら、その発言ももっと深遠になったか もしれない。 後期進化の哺乳類は知能がたかい。 自分が殺されることを予感しつつ、飼い主 に最後まで信頼を寄せる心理をもし見たとし たら、氏はそこに宗教を見たかもしれない。 保育をする高等脊椎動物にとって、家畜化 は育趨への触発を経由としてなされる。 逆に本能にせよ親子の紐帯がつよい鳥や獣 は家畜化しやすい。 じつは野生というものは外側に掛かるバイ アスとしての警戒心でしかないので、おそら く神経線維の量の意味では、育趨のほうがい わゆる野生の機能よりも何倍も重要な機能で ある。 ラッセルは、ローレンツと会うべきだった かもしれない。 女性好きな氏にとっては、家畜化が機能と しては母子や恋愛の紐帯のような感情の上に 築かれていることをしれば、腕をくんで考え 込んでしまうかもしれない。 亜矢は喬と36歳で再会したのち、あると き日記に以上のように書いた。 * (機械と夢と中世と不況:亜矢高校/36歳) <高校2年生1学期> 亜矢は水溶性の色鉛筆で文字を書いていた。 これなに 論理だよ にべもなく亜矢が返すと、亜矢のはだかの 肩ごしに喬が無地のフリーペーパーにちらば った紫色のアルファベットに当惑した。 コンピュータ? うん、喬がおきたんなら、中止だ つづけていいわよ、 なにかをしながらじゃ無理なんだ。 喬といるときは、喬のこと優先でいいよ 亜矢は画材屋で水溶性の色鉛筆の24色セ ットを買っていた。 勉強の合間のセラピーである。 人間の視覚は、輪郭の細胞よりも色彩の細 胞の密度がゆるい ゆえに有彩の絵を書くときはさきにおおま かな色彩を描いておいたほうがよいことを亜 矢は知った。ローランサンである。 ・・・英文を基本にしているようだけどこ の、ピリオドの洪水はなに? 「住所記号だよ」 情報や手順のね これは、人間のたくらみを手順化し、電気 の光速でうごかすものさ 亜矢はわらいながら、 計算機科学の黎明期に、生理学者や生物学 者が、その成立にかかわったかどうかは、わ たしは、知らない。 でも、結果的にはそれはよく似た仕様にな った。 「本で読んだ他人の知識をかみ砕くことを許 してもらえば」 亜矢は前置きし、 動物の神経の役割とは、置かれている状況 を認識し、次になにをなすべきかを考えるこ と。 動物はまず食べなくては生きていけないか ら、食欲を進化のなかでつくり、 食べられてしまうことを含め、また移動に ともなう危険に対してきわめて迅速にすすむ 外界の物理に、逃走として対応しなければな らない。 だから、 優先順位の高い状況には、反射が、 低い状況には思考が用意された。 その意味では、思考の半分は、八方ふさが りのなかでの妄想か、満足のなかでのひまつ ぶしなので、たいていは役に立たない。 温暖な中生代が終わるまで、脊椎動物がそ のような思考を進化させる必要性を結果的に みとめなかったことは、そこにある。 地球が海が干上がる火星化にむかってじわ じわと変化をはじめた寒冷な新生代になって はじめて、動物は、妄想のなかでの一縷のの ぞみを生存のためにばくちとして考えざるを 得なくなった。 その意味で、妄想に苦しむわたしたちは、 地球の業をしょっているとも言える。 植物の側では、あたらしく地球に生まれた、 冬という季節を耐えるために、越冬のための 種子や芋を作った。 簡単に血糖に分解できる、ぶどう糖の簡易 結合体であるアミロース:でんぷんを自然か ら恒久的に入手できるようになってまた脳の 進化も保証された。意識という妄想を維持す るためには、腹が減るから。 じつはアミロースは、動物代謝性の物質で、 肝臓のグリコーゲンにちかい。 これは、地上植物の祖先が、単細胞の動物 であったころからもっていた動物性の代謝で、 共生説によるとその動物が藍藻に寄生されて 二次的に植物としての進化をはじめたからだ という説がある。 ・・・カードのそろいすぎたトランプゲー ムをみているようだけれども、これがどうや ら現実らしい。 わたしたちは、妄想として、おおきなもの にあやつられているカードにすぎないのでは ないかと錯覚してしまったとしても、無理は ないわね。 昆虫の神経系の不幸は、おそらく這う脚の 側に、神経ができてしまったことで、それが 胴体のなかでのたうつ内臓や脚の基部にじゃ まをされてあまり発達できなかった。 いっぽうわたしたちの祖先の神経は、泳ぐ 生き物の神経として背中にそれははじまった。 おそらく棘皮動物の5放射水管系が脊髄液 洞として神経管になり、5つの水管系が1個 に減り、 脊椎筋肉の力学の運動軸のからみで、その 神経は、 外部背面にちかい側が、感覚系、 深部背面が、筋節に指示を出す運動系 に分化をした。 だから、神経管前部でも、後頭葉と頭頂葉 が感覚系、前頭葉が運動系になった。 その意味では、脳の表面のもっとも深く長 い不連続な溝は、理屈の上では、脊髄の末端 にまで続いていることになる。 おそらく、情報刺激は、その深く長い溝を 越えてつたわらない。脳梁や前交連は、左右 の半球の相対等価領域の連絡のみ。 緊急的な反射は全脊椎動物では、間脳の視 床の周辺でおこなわれるが、哺乳類のアペン デックスとしての思考は、間脳から物理的に も2次の長い枝として肥大し、機能が分かれ て進化した大脳でおこなわれる。 情報は体性感覚野から、おそらくおもに皮 質の浅い領域を伝播的に伝わり、側頭葉連合 野から、辺縁系の海馬にはいる。 この過程で、現状認識の思考が成立する。 たとえば夢で、 「それをやりたいのにできない、 そこにいきたいのにできない」 という夢をみるのは、就寝時に、認識がそ こでおわっているから。レム睡眠時では、脳 のすべてがおきているわけではないから。 そこで、扁桃体が警戒による禁止抑制をし いていないかぎり、それは帯状回の皮質を経 由して、前頭葉にいたり、行動の段取りを組 み立てる。 つまり、次になにをなすべきかを考え、ペ ンフィールドのホムンクルスに指示を出す。 レム睡眠時は、脳の一部はおきているけれ ど、からだは休んでいる。もっと具体的に言 うと、脳のなかの、からだに指示を出す部分 とその周辺が休んでいる。それが、おもに前 頭葉、ということになる。 からだに指示を出す部分が休んでいるから、 夢のなかではからだがよく動かない。 おとながおねしょをしない道理。 また前頭葉の上流の支流の重要な部分に海 馬があるけれど、海馬は好奇心と記憶にかか わっている。 睡眠時にどちらが主体的に休んでいるかは よくわからないけれども、夢の現象を考察す ると、いっしょに海馬もやすんでいるんでし ょう。 ひとは毎晩夢を見ているけど、それをほと んど覚えていないのは、海馬の機能が休んで いるからなのかもしれない。 </高校2年生1学期> * a name=7thCharper_JumpIsLand <36歳> 以下は、社会にもまれた36歳の赤いショ ーツだけの裸の亜矢と、 おなじく36歳のみずいろのショーツだけ の裸の喬が、おなじようなベッドで、おなじ 話題を語っているフラッシュバックとしての 場面。13章の飛地。 * ・・・ねむいわね そうだね、ねちゃだめだよ いや、もう眠っているのかもしれないわよ。 わたしたちは。 うふふ、ふふふ。 「喬のおなかって、やわらかいね。」 あなたの胸郭とかたは、むかしからこがらね。 だきしめたら、わたしにおさまってしまうわ。 ・・・体温がまざっているから、 なに? 意識もまざっている、ということでいいかな。 ・・・かきまぜた珈琲に、ミルクをたらすと、 たらすと? まわる乳脂肪の銀河は、うずまいて フラクタルの次元に陥るわ。 漱石のお弟子さんね。 そういうこと。 あなたでもない、わたしでもない。 あのひとは、半太郎さんの弟子でもあるっ て、知ってる? 「しらないわよ、そんなどうでもいいこと。」 ・・・随筆集に、ノイローゼになって自殺 した欧米の学者さんを火葬したとき、くろい やけぼっくいにやけちぢんでしまった大学者 の脳髄を骨壷にいれるはなしがあるわ。不審 死だし捜査がおわるまで変なことをしたらい けないという配慮があったのかもしれないけ れど、 それよりは無念のおわりかたをしたひとの 文章を部外者が勝手に読んでは不敬にあたる という配慮があったのかもしれないわね。 遺骸のそばにあった論文を、そのお弟子さ んがつい読んでいたら、師匠は真っ赤な顔を してそれをもぎとってとりあげたそうよ。も し事情が後者なら、その先生は鴎外に気質と しては近いのかもしれない。 (喬は眠いまどろみのなかでぼんやりと、 「・・・亜矢のロマンチシズムは、男性のそ れね」 と想った。) * ・・・夜の夢がたいてい哀しく映るのは、前 頭葉と海馬が眠っているからなのでしょうね。 好奇心と記憶の読み書きのための力と意欲 と、これからなにをなすべきかという手順の 格納とそのための思考の領域の活性が失われ ている夜の夢の時間は、 希望のない、薄暗い世界だわ。 前頭葉は、思考の司令塔だけれども、人々 がじぶんで考えるちからを失った広告過剰の 時代は、とおからず慢性不況になるとだれか が言ったけど、それは不況というものが夜の 夢であるからにこそほかならないのかもしれ ない。 でも、 人口が1億per惑星を越えた世界では、社 会の要請として、すべての人間が思考をする 必要がない農奴と工員の惑星よ。 社会のおおむねの複雑さが、人口にたいし てとぼしいとき、重要なことは工夫よりも戒 律。ひとは哺乳類として弱い心の存在だから。 現代のなかで広告と呼ばれるものは一般化 をすると、それは、宗教。そしてそんな世界 は、中世と呼ばれる。 中世の薄暗いアンニュイさは、夜の夢の物 悲しさと、前頭葉と海馬の意味では、まった くおなじものだわ。 中世では、無気力と鬱病が社会問題だった。 だから、気分を盛り上げるために、 宗教の時代は広告が浅草で踊り子やカブキ を舞台にかけなければならない。 でも、だからといって幼稚な好奇心である 錬金術師に、破壊兵器を発明させていい道理 には、ならない。 六尺のおおいたちも、破壊兵器の一種よ。 そんないいかげんな仕事をする仕掛師は、じ ぶんの信用をうしなうわ。 ひとが覚えている夢は、たいてい明け方の 夢。 めざめて意識が覚醒し始めて、始発列車の 蒸気機関が、闇の車庫の夢の残渣をたまたま 固定しただけにすぎない。 ひとは眠っているときに意識が無いとされ るけど、けして脳は凍っているわけではない。 たとえば、音やぬくもりなどはおおきく夢の 内容に影響する。 おなじく、植物状態の患者さんも、脳死で ないかぎり、外界の情報は聞こえたり、ある いは見えている。おそらく万人の夢の中のよ うに、自発力の機能がとまってしまっている だけ。 たいていの植物状態とは、出血や外傷が原 因なので、ゴム毬としての自然治癒力は、つ ねに治癒の方向へふくらもうとしている。つ まり回復の可能性はあるけれども、 同じ状態でも、時間軸上の微分ベクトルと して悪化の方向へむかうのが、認知症。 極端な遺伝因子がないかぎり、認知症は慢 性疾患の経過をたどる。 生活習慣病としてのそれの側面は、単調な 職業や単調な日常が刺激の無い環境として長 期間続くと発症し易い。 自発力や自発意識の乏しい、あるいは必要 の無い環境に長期間いることによって、みず から脳の意識を白昼夢に長期間置くと、環境 要因としてはその発症は危険なものとなる。 いわば、必要の無い器官が萎縮するという いみで、脳がちぢんでいっているともいえる わけ。 そのいみではおそらく、認知症とは症状が 出てからではおそらく手遅れで、その根本の 予防は青年期にどのような職業を選択するか ということにまでさかのぼるわ。 もちろん、それはその子が親や教師や、そ して社会からどのように愛されたかというこ とにもさかのぼる。 下流の水はけが悪くなれば地下水位は上流 にまで氾濫し、その植生を腐らせ、あるいは 下流でひどい日照りがあると上流もまた乾き きってしまうことが多い。 前頭葉から海馬や帯状回を経て側頭葉の上 流に及ぼす影響は、これに似ていて、 また冒険や実験のない単調な生活は、外界 にむかって働きかけることの不足という意味 で、環境からの「意表をついた」おもしろい 「出力」が入力されないから、おもしろがっ て記憶する側頭葉と海馬の機能がしだいに、 衰えていくわ。 最終的に、記録するだけの機能だけではな くて、過去の経験を想起する機能も連動的に 衰えていく。 前頭葉の機能だけを麻酔させて、過去の記 憶を再検索しているレム睡眠の時期は、「記 憶を整理している」というよりは、積極的な ランダムな再連想によって長期の記憶を上書 き補強している効果もあるはずだわ。長期記 憶とは、RAMに似ている。つねに定期的に上 書きしてやらなければ、おそらく樹状突起の 回路の実態が「放電」してしまうのよ。 その意味では、レム睡眠とは、哲学者や修 道士の瞑想にまた似ている。瞑想もまた、ほ おずえや座禅にとって、肉体をかるいholdの 状態に置くわ。 博覧強記の人が瞑想を好み、アルバートさ んがやたらねむりたがったのは、うまれつき パンク気味に知識をたくわえるからその整理 と統合にやたらと時間が掛かるからなんでし ょうね。 知的な生活をしていないと、過去の記憶の 呼び出しにさえ悪影響がある。 認知症では、記憶させる側の好奇心の座で ある海馬、それからその入出力である側頭葉 の連合野がまずどんどんこわれていくわ。 海馬は訓練によっては再生可能だけれども :猛烈なストレス外傷ではそこが一時的に萎 縮するけれども、:訓練によっては再生可能 だけれども、そこがあともどりできないほど ちぢんでしまうともう、そのひとはおわりよ。 最終的にはちぢんでいく側頭葉と意欲を失 った海馬によって引きずられて、積極性の手 順を格納している前頭葉も崩壊していく。 最終的には ・じぶんがだれでどこにいるのかがわからず ・なんのためにまえにあるいているかがわか らない 老人ができあがるわ。 でもこれって、文明社会の奴隷の境遇とお なじじゃないかしらねえ。もしそうなら、気 楽さの代償はおおきいということだわ。ふわ ふわした時代にだまされて職業の選択を誤り、 気持ちのねたの切れてしまった作家なんて、 この意味ではぼけ老人とおなじようなものだ わ。 もちろんそれぞれ前者が側頭葉、 後者が前頭葉の機能だった、ところよ 病棟の四角い回廊の円環を、 ぐるぐると徘徊する老人が出来上がるわ。 水族館の回遊魚のように。 まえにむかうことが、魚や登山の原点だと すれば、徘徊老人は、「エベレストのミイラ」 よ。 皮肉なものね。まえにむかうことのとぼし い生活を送っていたものの最後の姿が、最後 に残る機能が、 盲目的で原始の本能の、まえにむかう機能 だなんて。 私の口から言うことではないけれども。 亜矢は、すこし、黙った。 「精神性疾患が肉体にも悪影響をあたえると いう意味ではその遠因は、社会思想にまで帰 すことができるかもしれない。」 ・・・これは半分はおじいちゃんの意見だ けど、 たとえば、歳をとっても動ける人は働いた 方がいいわ。すくなくともその方が認知症関 係の医療費が削減できる。また重要なことは、 若者の仕事を奪わないようなはたらきかたを 模索すべきね。義務よ。 仕事を奪うのではなく、 仕事を作り出すこと。 経済学はコストをことのほか重視するけれ ど、雇用創出の意味でできるだけ煩雑な需要 の仕事のコストをさげられるのか、だれでも できるように工夫できるのかということが、 たぶん経験としての老人にとわれている。 つまり、ひろい意味で若者をそだてなけれ ばならない。それができないものは、毛沢東 がいった通り、狩られても文句は、言えない わね。 人命を狩ることはできないけれど、職業選 択の意味でみずからの墓穴で認知症になって しまったような老人を税金で扶助する必要は ない。甘えないでほしいわ。 * でも、ちょっとわたしとしては「蘭学事始」 のことをおもいうかべる。 冷静に考えて、蘭学は役にはたたなかった。 けがはともかく手術が必要なからだは、ほ うっておいてもどのみち死ぬのよ。 興奮剤や鎮静剤にかたむいた漢方は、どち らかというとホスピスとして、のこされた人 生をどのようにゆたかに生きるかという周囲 や全体論のほうにかたむいていた。 精神主義すぎて近代自然科学ではないとい う指摘は確かに事実だわ。 しかし蘭学としての医学とは、メスで死体 やじきに死体になる肉体を、切り開くだけ。 そこにはダ・ビンチのように好奇心しかなか ったといわれても、しかたがないわ。 まあもともとノルマン人やサクソン人のよ うに感受性が強く好奇心にめぐまれた民族の 学問というものはそういうものだったから。 青年の好奇心にあぶられて研究に没頭して いた精神にとって、そのよろこびはいわゆる 認知症とは無縁なものだったでしょうね。か れらが長生きしたことは、それが同時に肉体 の健康にもよい影響をあたえたことを示唆し ているのだとおもう。 でも、科学はながいめでは必ずしも役には 立たない。あたらしいものへの変化が、研究 者をも含め陳腐化に対する新陳代謝として必 要なことは必要悪としては当然だけど、激し すぎる変化は社会をまぜっかえして混乱をま ねくわ。 かれらの成果は科学を作り、技術を作り、 近代を作り、そして戦争をまねいたのよ。 蘭学は、 たしかに明治以降の近代化の肥やしにはな った。でも、必要に迫られて開国したとはい え、明治の近代化はそのまま直線の矢印で太 平洋戦争の敗北にまでつながる。 歴史を見る限り、自由すぎる社会は大衆の 蒙昧をゆるしてしまう。その意味では廃仏毀 釈的な表現だけれども、源内や玄白も、被告 不在のまま東京裁判で有罪になっているべき だわ。 蘭学的なものの暴走は結局は人類のために ならない。研究者がじぶんの認知症予防のた めにアルカディアのアルカイックなアカデミ アに遊ぶことは勝手だけれども、それは本来 庶民の現実的な幸福とはあまり関係がないわ。 それでも研究をしたければ、おまえらはユ ーロッパから出てけということで、おもな金 髪は大昔バイキングが見つけた新大陸にたた き出されたのよ。 20世紀をアメリカの視点で見る限り、そ れは、サクソン人とノルマン人の錬金術師が 新大陸でならギリシャ帝国が可能ではないか と夢想した結果の面がある。北アメリカの初 代大統領はワシントンではなくアレキサンダ ーかもしれない。ルイジアナ併合やメキシコ 戦争のくだりを見るとそんな気がするわね。 ギリシャ的な異民族に対する寛容さが移民 国家の現実となって船に乗り、最初に江戸湾 の鎖国の門を叩いたのがそのギリシャでもあ るアメリカの「ぺろり」艦隊であったことあ ったことは日本にとってはよかったことなの かもしれない。 ・・・ただざんねんなことに、21世紀のア メリカでは、人々の髪の色は多く、黒くなっ たわ。 認知症を予防したがる精神の蘭学者は、さ ぞや保守化する大陸では息がつまることでし ょうね。こんどのメイフラワーは、高くつく わ。 それに宇宙開発なんて、海が干上がるまで 必要ないもの。 ・・・このかんがえかたは、好奇心の虫だ った私に、おじいちゃんがあたえてくれた忠 告だった。 (36歳の裸のシーン、終わり。) </36歳> a href=#13thCharper_BackGate 13章にもどる /a * <高校2年生1学期> (ここから、高校時代のくだり。) まだ、じぶんが生意気であることを、知識 としてはしりつつ、そのみづからに対する罪 深さをまだ実感としては自覚していなかった 亜矢は、 猟書の冒険のほがらかさをうたいあげるよ うに朗々となぞっていた。 おとなになるということが、他人の痛みと じぶんの痛みが結局はおなじものごとである と、理解することであるということに気がつ くとき、 人はほこらしさという意味での笑顔をあき らめなければならないことをも、まだ気づか ずに。 「いっぽう機械の表現では、」 processorの設計ではregisterという概念 があり、これは感覚野や運動野のホムンクル スに相当する。 感覚野には、全身からセンサーによる情報 が集まってくるので、そこでは232 terminalのような数値の情報がいわば propertyとして集約され、 運動野は基本、該当身体領域の筋肉に単純 収縮命令をだす、method手段のスイッチを格 納する。つまり、methodもAUXに対する propertyと考えれば、脳におけるペンフィー ルドのホムンクルスは、感覚運動両野とも、 ターミナル端子の数値にしかすぎない。 基本、機械言語とは、最終的には機械プロ セッサのレジスタの入出力の利便のために設 計をされているので、それは、基本、すくな くとも脊椎動物の神経の機能と変わりはない。 人間の行動が、ほかの動物にくらべてバリ エーションが、豊富なことが可能なのは、ひ とえに細胞が多く、中途構成の自由度が多い ため。 ハードディスクの容量がおおきく、 processorのパイプラインが太いほど、電 算機がいろいろなことができることとおなじ。 プログラムは、製造世代のたかい機械で書い たほうがいい。 海馬に入る前の側頭葉の連合野は、入力情 報を総合し、現状の総合分析を判断し、運動 命令をだすまえの前頭葉の連合野は、手段と しての総合判断を考える。 <!−−/高校二年生1学期> ******************** 世界で、機械言語はただ1種類しかない。 機械が直接はなす言語は設計如何によって 無数にあるけど、人間の指示を機械に示す文 法は基本ただ1種類しかないんだ、 というより 英語がそうであるように、みながつかうか らという理由で収斂した結果だけなんだけど ね。 じき、 亜矢が続けた。 世界の主人の半分は機械になる。 「英会話をやるエネルギーの半分はすくなく とも、機械用の文法がどのような雰囲気で動 いているかしっておけ。」 て、またおじいちゃん うん 亜矢は照れて返事をした。 ・・・でも、おもったけど バスケットボールの選手の動作とか人生の 生き方とか、半分以上はこの形式で記述でき そうだね。 みなの先入観はともかく、この形式はドク マティックなものや偏狭なイデオロギーをで きるだけ、回避しようと書くこともできる たいていの機械がだめなのは、 設計をするものが幼稚な場合がおおい、て か。 でも、機械は怖いものだよ。 動力付きの殺戮装置がどんなにおろそしい ものか、戦争にいった人なら、しゃべりたが らないものだろう。 好奇心と責任はべつなものだけども、実際 はそれを同時にもつことがもとめられる。 機械には確固とした感情の系がない。いま の機械が道具に過ぎなくて、生存の本能を組 み込まれてはいないからだ。 またここまで拡大してしまった天網が感情 としての意識をもつこともあまりないような 気がする。大森林が意識を持っているのかも しれないといってもそれは科学の表現ではな い。 これは幸いだろうね、憎悪を組み込まれた 機械など、考えるだけでもおそろしい。 ひとつたしかなのは、意識して機械の敵に まわらないようにすることだ。それは同時に 過剰な依存を避けることでもあるかもしれな い、 って、むずかしいよね。 ふーん ベッドでする話題じゃないわよ そういう知識ばかり読んでいるから、バス ケもことわったんでしょうね。 おもしろい? ・・・うん、おもしろい・・・残念ながら。 そういう生活ばかりしていると、孤独にな るわよね。 話題にあきたように、喬はあおむけた亜矢 のひだりの乳房の脇を、つついた。 ねえ、なつやすみどこかいかない 来年は忙しくなるだろうし、勉強で気も張 るだろうし、羽根をのばせるのは2年生の夏 までよ。 りぞーと? そういうことになるのかしらね まあ高校生だもん、宿泊はむりだとおもう んだけど。 おかねもないし・・・あ、 きょう何日 喬が6月のひづけの下旬を伝えると、 おじいちゃんの職員組合のロッジが借りら れるかも 「かえってきたら、きいてみよう。」 * 高校2年生、夏。 ・・・ああ、おもかった 喬がじゃがいものはいった野菜の袋をロッ ジのテーブルの上に置いた。 自転車が借りられてよかったわね 亜矢は調味料などのびんものの入ったポリ 袋と、 2キロの米が入ったポリ袋を、おなじくロ ッジの床に置いた。 「こっちのほうがおもいんだよ」 * コテージ? 祖父がリクライニングのソファから半身を たて、聞きかえし、 そして祖父の娘と顔をみあわせた。 ・・・問題はないとは、想うが、どうおも う 返事をもとめられた亜矢の母は、 「わたしがいかなきゃいけないんでしょうけ ど、亜矢、日にちの予定はきまっているの」 * よく買えたわね、身分証をみせろとかいわ れなかったの。 そのときはアウトだけれどもね、ほらここ は半分観光地じゃない。 わたしみたいな外見は35歳でも通るから。 亜矢は大人びていることに、あぐらをかい ているってこと? そういうことになるのかな、って、 喬、いうねえ。 亜矢がにらんだ。 まあ女子大生ぐらいにはおもわれていたの かも。 最近の大学生はわがままだから、怒らせて みせのトラブルにもなるのはいやだろうし。 それを利用しているあなたも、りっぱな不 良よ。 * で、どこにするの。 教職員組合が契約している宿や施設はいっ ぱいあるわよ ・・・わしは、家族が既得権で保養するの はあんまり賛成じゃないんじゃがの どこがいい 高原がいいわ。 ふむ 「後学のためには、牧場があるところがいい んじゃないかな。」 * ほんとにおばさんはあとからくるんだって? まだ、部屋の点検してない 探検、のまちがいじゃないの 喬の着ている深い青のワンピースはほとん ど一枚布で、そのくまどりは濃い紺のゴシッ ク体のようなギリシャ柄であったので、 深い青色のワンピースのすそをひるがえし て跳ね回る喬は、 コテージのなかで意味のある太い活字とな ってそのよろこびを表現として詩い上げてい た。 喬はあちこちの窓を開き、その、 草の黄緑と、 硬い葉の黒い緑と、 空の青と、 雲の白の、 風景をたしかめ、みどりのなかに高原独特 の青紫の花々を認めると、その色彩の貴重さ に内心で歓声をあげ、ときどきは亜矢のいる 1階から、2階の喬の嬌声がきこえてくるの を、 みあげた微笑とともに、亜矢は夕食のした くをするのに、ロッジの籠から食器道具をと りだした。 ねえねえ、おふろ、総「ひのき」よ まだ高校生だった喬は、ふろばのとびらか らかおをだした。 ふうん 亜矢は手をとめ、浴室にむかった。 お湯は、なんでわかすの。ああ、電気重油 併用か、喬、いま、シャワーでる? でる、うんよし、給湯もオウケイだね。 深夜電力の給湯タンクは満水? (亜矢って、こういうところ、おんなのこじ ゃないわ) 喬は、内心、すこしむくれた。 ・・・じゃがいものかわのむきかたは3種 類あるんだ 亜矢が教授した。 ふつうに小刀でむく、 かわむきでむく。 かるくゆがいてから、うちがわのかわをや わらかくし、一気にぬめりごとはがしてしま う。 いちにちで食べきってしまう料理なら緑色 になっていないかぎり別に毒ではないし、皮 をむく必要はないんだけど、 皮には土壌細菌の胞子が食い込んでいるか らね、皮付きの料理は、一晩おくと痛んでし まう。 強いんだよ。加圧釜で130度で1時間か けても死滅しない おそらくもう、火星はカリフォルニア経由 のロボットでじゃがいも菌に汚染されている だろうね。 いつもはわたしは、かるくゆがいてからは がす方法をとっているんだけど、喬、後学の ために小刀つかわない? できないと応用の意味ではずかしいよ。 亜矢は2刀流のポーズで小刀をかまえた。 ・・・半分は湯がきはがし法、でやるから ひとり、ノルマ5個だ。 直接むかないことにした分のいもをこんろ のうえのおおなべにいれ、こなべの雪平で、 水をひたひたにしたあと、亜矢は、かちんと、 こんろの火をつけた。 え、20個も、湯がくの? 「カレーのほとんどはわたしがたべるんだよ」 亜矢が、小柄なからだで、わらった。 * 結局、亜矢はじゃがいもを7個半むくこと になった。 それじゃあおよめさんにいけないなあ、と ぶつぶついいながら、亜矢は喬がむきかけた 3個目の芋をとりあげた。 しゅんとなった喬に、 とりあげたのは、べつに精神のスパルタで はないから、がっかりしないで。 「私は喬に、ここで指先を怪我して欲しくな いんだ。」 いいながら、器用にくりくりと、芋を手の 上で転がし、刃のしりで芽のくぼみをなれた 手つきでえぐった。 「さといももおなじ方法でゆがいてむけるけ ど、料理学校や師弟でおそわるときは、 ふつうにかわむきができてからはじめて手 抜きはゆるされると重々おしえこまれるだろ うね。」 精神主義も場合次第だ。 竹やりでB29には対抗できないけど、ま わりみちの経験は、往々にして応用が利く。 私たちの学校は伝統として芸能界に興味が ないけれど、努力して覚えこむ校風のような ものはいっぱん、 どこでも、インスタントの粘着ごきぶり取 りのような興行の即席的な売上に、嘘をみる。 勉強もしないでやっすいバイトをして将来 の可能性をつぶしてまで、世間をなめてる青 びょうたんの餓鬼のチケットを買うのは、底 辺校の、親に愛されなかったむすめどもだよ。 有名な若者の半分は、愛に飢えた世間のゆ がみを一身にうけ、悪相が年毎にメチル水銀 のように濃縮する。芸能の厨房に立つことを 気取る人の半分は、なまのじゃがいもの皮を むかない。 「バレーボールで怒鳴られることは、喬、け っしてむだではないんだよ」 ・・・喬の練習を、金網越しに見て、私は おもったな。怒鳴られても這い上がって来る 喬のマゾヒズムは、うそじゃないって。 「わたしは、あなたがバスケを本格的にやっ ているすがたがみたかったな」 との喬の問いに亜矢は、残念そうにしたを むいて、 ・・・わたしは、異常だから。 みんなはいもあらいだから、統計的な異常 のすわる椅子がない。 わたしのような人間の椅子とは、流動性の 高い薄情な社会に行って、原爆の製造にかか わることだよ。 そうでなければ乞食でしかない。 王か乞食かというのは寓話として、皮肉に すぎるわ。 亜矢は、したをむいたまましゃがんで、た まねぎをとった。 気持ちを切り替えて、破顔した亜矢は、 「さあ、愛と感動のたまねぎだよ」 喬、あなたはこれから泣き女になるの。 泣き女は儲かるんだよ、と言った亜矢に、 「皮肉屋を気取るのはいいかげんにしたほう がいいわよ」と喬はかるく忠告した。 * 亜矢は、皮をむかないで煮あがった分のい ものなべと、いまむきおわった分のなべを入 れ替え、 煮あがった分のなべを流しの蛇口の水にさ らし、喬に、 皮が冷めたら、そのいもの皮をむいて。 やけどしないように、ね。 亜矢は、喬が不器用に刻んだおおきさ不ぞ ろいのたまねぎを、大豆油で大なべで炒り始 めた。 夏は旬ではないが、刻んだかたちにしたし いたけのはんぶんを、おおむね火が通ったた まねぎと一緒にいため、 ふたつの材料が、かたさという無駄な抵抗 をやめた状態になったころ、あらかじめ塩を ふっておいた牛のすじ肉と、喬と一緒に縦長 に切った夏茄子、をいれて、いため、適当に あぶらがではじめたころをみはからって、 ちいさな昆布をおよがせておいた湯をすこ しずつ足し、 「喬は、野菜のすききらい、ないよね」 その煮立ち始めた湯に、買ってきた旬の真 っ最中のセロリのはんぶんの、その茎を軽快 な音とともに刻みつぶし、なべに投入した。 2回目のいものなべにおよいでいる、かつ らむきのにんじんだけを器用におたまですく い、たまねぎのなべにうつし、喬から受け取 ったいもを、8分割にして、これも肉とたま ねぎのなべに入れた。 かつらむきにした分のにんじんの皮と出し 昆布を手際よく拍子木切りにし、水を足した ときにつかった雪平にとり、ゆであがったい ものなべと入れ替えに、こんろにかけ、じぶ んは2回目のゆであがった皮付きのいもをさ ますために、それをふたたびながしにおいた。 「そのお湯、捨てちゃうの」 「熱はもったいないけど、菌の胞子がいやだ からね。青菜と違い、この水には栄養の溶出 は、すくないはず」 亜矢は要領よくそのいもの皮をはがし、分 割し、またなべに入れた。 にんじんの皮のなべが煮立つと、固形のス ープを投入し、杓子で溶かし、そしててばや く中程度のたまねぎをスライスして、そのな べに投入し、煮立つのを見計らい、もどして おいた乾燥わかめを、かきまぜながら、すこ しずついれていった。 土の菌がついているから、カレーにはいれ られないけれども、皮には一番栄養がある。 さかなの皮もそう。あっちはB2だけどね。 ポロシャツの姿で言いながら、 亜矢は、ねぎを散らし、こしょうをふり、 スープのなべの火をとめた。 色が悪くなるからと、説明しながら、最後 に大量の切ったピーマンをいれ、熱にかたさ が負けたあとに、亜矢は肉のなべの火をとめ、 カレーをいれた。 ほんとは、粉も本格的に、調合したいんだ けどね。 苦笑して、小柄な亜矢はおおなべを相手に して、その細い肩で杓子をぐりぐりとねじま わしながら、おどけた調子で、つぶやいた。 かきまぜおえると、カレーのなべにふたた び弱火をともし、 亜矢はのこしておいたセロリの葉を、かる く両手で塩でもみ、トマトやピーマンやべつ にとりわけておいた、ゆでたじゃがいもと一 緒に木のボウルに、大量に盛り、 そんなにたべられないわよ ほとんどはわたしがたべるって、 いってんだろお。 わらいながら、亜矢は菜種油と三杯酢を掛 け、こしょうをまぶし、両手でまぜた。 カレーの弱火を止めると、 「ほい、完了。」 喬、ご飯は炊けてる? オウケイよ ほんとは、飯もなべで炊いた方が、おいし いんだけどね、 こんろのくちが、ふたくちしかない。 さて、すこしルウはなじませないと、とろ みがでない。しばらくおまちを。 そうだ、喬、かってきた、白ワインあけて よ。 * やさいくずの戦場を乗り越えてやや要領悪 く、夏野菜のカレーをたべることができたふ たりは、 やっとショーツを脱ぐことができた。 ・・・おばさんは、 連絡ない。 まあ、あしたにはくるでしょう * ・・・へえ、ロマンチックだねえ 美少女でもあった亜矢は、全裸で浴室のい しだたみに、きゃしゃなからだのあしをふみ だした。 市民プールでいやというほどきがえている ので、ふたりとも、 快楽の餌食になるためにむかれる、えんど うまめのようなチャックやボタンの解放とい う露出と、全身のはだかの放出が、 裸体が基本である南洋のように、空気のよ うな自然なものとなっているので、 全裸で亜矢は自然の庭に開け放たれた浴室 に立つことができた。 「あ、もっとひらくみたい」 星空のした、蛇腹の観音開きはコテージの 間口いっぱい、全開で解放することができた。 歓声を上げて両手を斜めに上げているあた たかいいろのやわらかな夜間照明に照らされ ている亜矢の、背中の、 肩甲骨と、高いところにあるそのちいさな はだかの腰を喬は、扇情ではないしかし重大 な好意のもとでみつめていた。 亜矢をながめていて、少女ってきれいなの ね、とおもわずもらした喬に、 電球色の行灯の反射光で照らされたしゃが んだ痩身の自身の裸体に、木の桶で湯をかけ ながら亜矢は、 喬だって、少女なんだよ。 亜矢がシャンプーをみずからの手にとりな がら、 「きれいな喬、ふふ、もっとこっちへきて」 亜矢が声でてまねくと、喬は、高いところ にある、自身のちいさなはだかの腰を、わず かに左右にふりながら、浴室のまるい石の いしだたみを、 背後にわずかにうでをひろげながら、かる く、はしった。 ふたりはかたをよせあい、しゃがみこみ、 わらいながら髪を、 そして半分は確実に愛撫として、たがいの からだに泡を、ながしはじめた。 * ふたりはゆぶねにいた。 「ふふん」 亜矢がユーロピウムの蛍光灯ではない、 電灯の照明のした、 裸身を透明な湯船の湯にその四肢を四方に ひろげながら、 喬の肉体のまえで、ここちよいぬるまゆに くつろいでいた。 亜矢はそのからだを喬のちぶさの上に浮か べ、 いっぽう喬は、その両手を亜矢のからだに まわし、亜矢のひだりのほほにそのかんばせ を寄せていた。 じゃがいもを剥かせなかった、わけがわか った? 亜矢が、慣れた小鳥のようにあまえながら そのほほを、喬の顔に、すりつけた。 「ばんそうこうの、ゆびでなでられても、 ねえ。」 ん 喬が、亜矢の乳首の先に、そのほそい、つ めを立てた。 小ぶりのちぶさが、双方とも、喬のたなご ころのなかにおさめられ、乳輪が喬の指でお しつぶされた。 ん・・・ 亜矢が、性感を感じて身をそらせた。 実は、亜矢は、湯船のなかですでに2回、 かるい逐情をむかえていたのである。 まだいくの・・・? 喬が口元をゆがめながら、いじわるくささ やいたが、 うん、また、いきたい。 何度でも、とささやくようにうったえ、喬 がそのつよいちからで、快楽のためにみずか らの乳輪を指でつぶしてくれるその心地よい 感覚に、亜矢は身をまかせた。 体温にごくちかい湯の温度に、亜矢の浮遊 の感覚がドライブを掛けられ、亜矢は、みず からの陰核にのばされた喬の右手の指を感じ、 く・・・ 眉間にほそくちいさいしわをよせ、快感に ゆがんだくちびるから、ひきしめられたしろ い歯がのぞき、 亜矢は背をそらせていた。 肩口を喬の肩につっぱり、かかととつまさ きで湯船のそこをたしかめるように、そのか たちのよいちいさな尻が、ぬるい湯のなかに、 内側の強い力で、もちあがった。 ながい溜息をつき、脱力する亜矢の小柄な からだを、喬は湯のなかで漂っていかないよ うにだきとめ、 そのくちびるを、みずからのくちびるで、 ふさいだ。 ・・・手を離せばおぼれそうな、そのちか らのなさで湯にうかびながら、亜矢がまぶた をひらき、喬のこころを無意識で、さがして いた。 喬がしずかにほほえむと、 亜矢の無意識が、静かにほほえみを返した いまの亜矢は、言語のない嬰児のような表 情をしていた。 ・・・ごめんね うふふ、と亜矢は微笑み、 あたしだけが、きもちいい・・・ 喬も満足させてあげたいけど、 いまはこのまま・・・ ふたたび、亜矢はひとみをとじた。 星空のしたで眠ってしまった亜矢の裸体を だきとめながら、喬は今晩の至福を、夏の夜 にみすえていた。 * ふつかめは、雨だった。 朝は晴れていたが午睡にちかい起床のあと 2時すぎに、 そとの青葉を雨粒がたたく音が、コテージ の薄暗い木の床にこだましていた。 亜矢ちゃん、雨。 高校生のちぶさをなげだしている喬が、ま どからの昼のしろい散光にそのしろい裸体を 照らされながら、あけはなたれたまどにむか いながら告げた。 「・・・やまあいだから、夕立ってことには ならないだろうけれど」 亜矢は、キングサイズのシーツのベッドに その裸身をひらおよぎとしてひろげ、シーツ に乳房をつかませるように眠っていたが、ま くらもとのケースをひらき、めがねをかけて 半身をあげた。 夏の、綿雲は雄大積雲となって金床雲の積 乱雲となって夏の午後を緑青色の神秘に染め、 3センチから5センチもの液滴のあとが赤茶 色のつちやアスファルトを爆撃として打ちぬ らし始めたあと、 夏やすみの小学生がその記憶を生涯忘れな いものとして記憶に刻みつつある数時間は、 おそらく窒素のスペクトルが影響する桃色 の稲妻が、 那須の与一や館林の綱吉家の東武者の実力 主義のもととなった水田に酸化窒素の窒素肥 料を供給するそれという説や、 子供たちの父親の幾人かが北関東のゴルフ クラブで、命をおとしたりする源泉となる。 が それは平地の規模の大きい上昇気流があっ てはじめて可能になる。 山地では季節風は強くなるが、その意味で まず竜巻は発生しない。 ・・・でも、もう午後おそいし、今日は外 出はできないよね。 まあ、だいじょうぶだよ 亜矢はめがねをもどし、また自身をおおき なシーツになげだした。 亜矢は、しろいシーツのおおきななめらか なドレープに、自身のしろいはだを擦り付け ることが好きなようだった。 * 蓬莱の年号が変わる直前に、この世にきた ふたりにとって、化学繊維や人工香料や電子 装置は、自然環境として郷愁の空間の一部で はあった。 すなわち、亜矢は純綿よりもポリエステル の配合の多いシーツの滑らかさのほうが好き だったのである。 テレフタル酸とジオールからなるエステル 繊維はコンビナートから供給されるが、 デパート・スーパーの衣料売り場のレジを 閉める片親のパートの主婦が、こどもたちの よろこぶ顔を想像しながら好物の献立をかん がえるために食品売り場におりていく階段は、 経済が異常な崩壊をむかえるまえのささや かな、すこしひろいおどりばでは、あった。 ・・・大規模小売店舗は、昭和30年代の 商店街を圧迫し、ふみつぶしたのでちょうど そのころ、ホームドラマの企画は不可能にな った。しかし、ギルドである商店街のがわも、 空き店舗があるからと馬の骨が「2番目の花 屋さん」をひらくことを受け入れることには、 抵抗する。 商売とはつねに排他であり、うすいたたか いであることは、業務の性格としてはだれで も参入できる、ラーメン屋のような商売は、 素人である脱サラ氏にはむかないことを意味 をする。やりがいのよろこびをしらない素人 には差別化のための長い苦労を耐えることは 出来ないし、差別化を認知してもらうために はそれこそ長い時間が掛かるからである。 商店街にシャッターが下りて、放送の舞台 が木目の長屋から白い部屋にかわったころ、 春風や初夏のこずえは、性格のない、うすい 透明な希望の色になった。 うすく潜在的に軍需産業でもある、工業輸 出が順調で、しがらみにとらわれなくとも多 くの人が一人暮らしができるようになったか らである。 それは、卑近的には、日本人が本家の馬鹿 息子の専横という、封建主義から開放された、 しかしごく一瞬であった。じきに無人下僕で ある自動販売機と、擬似友人であるプロセッ サと、そして解放区であるマイホームとマイ カーの内部空間が出現することになる。 真の意味でのマイカーには、外部の空間は 存在しないので、対人案件はつねにひき逃げ に収束するものである。 その意味では、ひき逃げとは象徴的な日本 の文化である。 そしてうり逃げは、経済をつぶした。 その負の遺産は、亜矢がおとなになって思 い知るのである。 * そのベッドの横に、ショーツもはいてない 喬が、その会陰と、腰を、とてもながい脚を 傘のようにおりたたむようにして、腰をおろ していた。 ・・・一週間ぐらい、いられるんだから 亜矢は、喬と36歳で再会したのち、ある とき日記に以下のように書いた。 (リゾート:亜矢36歳) おそらく、リゾートというものはそういう ものである。 答えというものは、たいてい自分のなかに ある。 せせこましいかどうかは、個々の事情によ るだろうが、すくなくとも日常というものは 多忙なものであるので、リゾートや休暇とい うものはまず多忙からの脱却が第一義である。 そのために必要なものは、時間からの自由 と、空間としての自由である。 空間としての自由。 実はこのふたつはおなじことである。 空間の自由がないと、生活と労働の導線が 複雑に折れ曲がることになりその行程を前頭 葉的な段取りとして考えなければならずそれ は時間と糖分から供給されるATPとしての 手間としてのエネルギーが必要とされる。 粘性として折りたたまれた狭隘な住宅は、 真空に粘りがあるため、粒子は理論上の光速 を出すことができない足かせにはめられた粘 性という質量は、光速に近づくにつれて時間 を遅らせ、空間の粘性を凌駕しようとすると 掛かる時間が相対論で爆発するという意味で 時空が抵抗する。 そのような環境で生きていると、おなかが すく。 そのためしばしば卑屈な性格という悪い副 産物をともなうが、人口過剰地域の民族とし ての日本人は業務的にも政治的にも気をつか いすぎる条件に生きているので、本来日本人 は痩身の民族なのである。 そのいみでは、でぶは本来の日本人ではな い。 また、その痩身が気品と同居するとき、日 本人の若輩は、老人の愛人としてマーケット としても価値がある。 愛人という概念は、人身売買につながって いるのでときにはラシャ綿扱いされて忌避も されるが、イスラムなど汎世界的な世界観で は、性奴から宰相にまでのぼりつめた若者は いくらでもいる。 制度がまもっていたはずの民を腐敗させ、 最後は恐怖のみせしめをおこなわなければな らない悲劇と、 生命を保証しない自由が逆に奇跡をおこす ことは、重みとしてはおなじくらいの重みが ある。 * リゾートは、多忙からの自由と解放である。 だからこそ最高の贅沢であるのだ。 その意味では観光には厳密な価値はない。 すくなくとも気品と人格のない観光には価 値がない。 もし、人の気品が、視床下部の生理として 性と切っても切れないそれであるのだとすれ ば、観光地には高級娼婦の街が付属していな ければならないことになる。 残念ながら重力の法則としてpeakがあれば 裾野もある。 売春婦は、自分をみがいて、その「おあし」 の価値をすくなくともたかめなければならな い。 それは、本質的に女子高の受験勉強と変わ りはない。 文化としては、うけざらとして、売女と陰 間は必要とされる? 現実、若者とは売春婦である。 自分を磨き、よい企業や社会にみそめられ なければならない。 このことは、たとえば熱海再生のキーには なるだろう。 熱海と農協は概念としてよき反例である。 農協が慰安で忙しすぎるツアーを組むのは 逆に農閑期の退屈をまぎらわらしたいからで もある。 都会人にとって、リゾートはオフであって 観光ではない。 適当に静寂であって夜の絶対3度輻射の観 音としてのせせらぎをブランデーのグラスの 影に効ければ、それでいいのだ。 その意味で都会人にとってリゾートはかな らずしも観光地である必要はない。 その意味では閑古鳥が鳴いている三浦半島 も充分にリゾートになりうる可能性がある。 老人ホームに適当な場所はたいていリゾー トとしても適するのだ。 亜矢と喬が宿泊しているこの場所から、定 信公の白川の関をはさんで、さらに北、 純粋すぎる庄屋商家の息子の詩人は、おそ らく精神的には男性の同性愛者だった。 頭がよすぎるがゆえに不幸になるしろいワ イシャツが美しく映えてしまうはかない、 「風でしかない」又三郎や 水田の一角になんの役にもたたない大輪の ひまわりを植えてひとびとに、 「美という都会のリゾート」 をメッセージとしてしめしたのは、 氏がつねにその視線を都会にむけていたか らこそほかならない。 そのような視線は、すくなくとも幸福とた めの知恵とその知恵のためのこやしとしての 複数の知識である。 知恵はできれば他者のためにつかわなけれ ばならない。 氏がカムパネルラの名のもとに、南欧の開 放的な文化にこころをよせていたのは氏が自 覚していたかどうかはしる由もないが、それ が南欧が性に開放的でもあったからなのだろ う。文化が開放的であれば性も開放的になら ざるを得ない。地中海の海軍は、乱れていた という話である。 性に解放的であるということは、あるいみ 幸福なことでもある。 女性が美しく、また男性も美しい土地では、 女性が女性にまた男性が男性に恋することが 可能でもあるからだ。 間引きが日常的におこなわれていた南部藩 の土地で、次男坊が十字架にかかることと、 結婚しない生き方への模索はおそらく繊細す ぎる精神にとっておなじ意味をもっていたか もしれない。 東北人は、人間の幸福というものを考える ことについて、おそらく伝統的な習慣として あたまが悪すぎる。 おそらく地勢的に、大権力や大戦争がおき にくかったゆえに紛争とは局所的ないじめの 段階を越えることができなかったからなのだ ろう。その意味ではいっぱん、東北にサムラ イはでなかった。だからこそ、旧軍では東北 人は宿唖でしかなかったのかもしれない。 おそらく伝統習慣として骨髄にまでしみこ んでしまっているのだろうが、東北人には反 射的にえばりちらすまえに、それよりもまえ に美しいものを素直に美しいと感じることが 必要である。 東北には、まだまだフォルクローレが足り ない。 * また、 観光でないリゾートが可能になるためには、 都会人は自分の仕事に誇りをもたねばならな い。いい仕事をすれば、都会人はつかれはて るがゆえにその疲労がリゾートに彩りの影を 添える。 いいしごとをしてない安い奴隷に、観光を ごり押しするのは広告の敗北である。 ******************** きゅぽん というおとのあとに、 ふ、っふーん という喬の声を亜矢はシーツに突っ伏した まま聞いた。 どくどくどく という音のあとにふりかえった亜矢がみた ものは、喬の手ににぎられているグラスのな かの、濃い紫だった。 葡萄の皮に由来するアントシアニン・アン トシアニジンのむらさきの色彩は、 式部が知らない物理のリアルであった。 六員環の色素は、一次外鎖に電子を引っ張 る原子がつくと、平面のπ電子雲が塩基性傾 向をおびるので、内部に炭素よりも電子陰性 度の高い酸素や窒素や硫黄があるとき、その 色はむらさきの方向へ、青みを帯びる。 合成有機色素で、青色の濃いものは、一次 外鎖原子に強力に電子をくわえ込む沸素が修 飾されているものがおおいが、 自然界の細胞内部の化学で、そんな劇毒を あつかうことは出来ないから、自然は、青や むらさきをつくるのに、沸素の代わりに、苛 性水酸をつかう。 ただ、水酸基が六員環に多数つくと、ベン ゼン核が開裂しやすくなるので、ふつう、自 然の青やむらさきの色素は、こわれやすく、 保存が利かない。 藍が「発明」されるまで、万葉染めではせ いぜいぬけやすい露草の青しかなかった。 藍の青は、少なくとも植物の自然色素では ない。 過酷な条件で発酵し、過剰に酸化された窒 素を安定構造としてもつ、タールの一種であ る。インディゴ。 ふたりとも、10代ながら漫画がすきでは なかった。 だまされることができるのならばだまされ てみようと真摯に読んでみたこともあったの だけれども、作者の段階が自分たちよりはる かにしたであることに気がついてしまい、 まず亜矢がいいだし、芸能出版でしかない 再生紙の雑誌を読むことはふたりのあいだで、 一般的にはすたれてしまったのである。 漫画や芸能は商業の媚なので、そのなかの ワインは記号としてのワインでしかない。 記号としてあつかわれるワインの背後にも 世界が存在していることに気がつくことは、 すばらしいことではあるけれど、 たぶんそこまで賢い消費者相手の商売は、 濡れ手に粟をもくろむ態度にとってはやりに くいものかもしれない。 広告業にのめりこみすぎると結果、魂を売 り渡すことになる。 * 「のーんで。」 わらって、喬が2年物でしかない赤を、1 80ccの普通のコップで突き出した。 「・・・うー びゅ・らんでーぐらすもロッジの備品には あれけーど、くゎ能性に満ちていると自hyu しゅyuわれわれ学生が、 うー、 ダンでーを気取る「老人のやすりがけ」を つかう理由はないわーよね。 わーたしたちが酔ー場合には、それはgoh 慢の陶ー酔でなけれbeaugh、ならなひ、ひ ゃわ。」 喬、酔ってる・・・ 気づいた亜矢が、ながめた緑のボトルでは、 そのなかみの半分以上が、ボトルの外、つま り喬の胃の中に出ていた。 シーツにこぼしそうな喬の右手から、コッ プをもぎとると、くちにつけた亜矢は、 あ、ああ こぼしそうにみずからのグラスにそそぐ喬 にきづき、あわてて1合でしかない赤を胃に 一気にながしこむと、喬の裸身にとびついた。 こぼすよ、喬。 あによ、あんだってーのよぉ ボトルをもぎ取り、 その焦点がさだまらないひとみをみつめる と、ためいきをついた。 喬のピンク色のかんばせは、 首筋までももいろで、 喬の少女の骨格の筋肉は酔っていないらし く、あとの喬の肉体は、いつものしろいはだ のいろだった。 「ぼとる、もっと。」 のばされた手のひらの内側は、より真っ赤 だったが。 大胆にだきつかれた、喬のからだの恥毛が、 自分のひだりのももにすれる感触に、亜矢は どきりとし、 亜矢はベッドにむかってよろめいた。 はげしくしかしやわらかくもみあったふた りのうごきにもかかわらずこぼさずに、かろ うじてスツールに緑のボトルをもどした亜矢 は、 喬、強くないでしょう。のみすぎだよ なによ、あ・や・は、わ・たしが・強くな いって、どうしてわかるだけ、わかるわけ? 喬は、ろれつが回っていなかった。 「一緒にのんだことなんかに、せうに。」 ・・・のみかたをみればわかるよ 自分の酔い方にきづかないまま、際限なく ながしこむのみかただ。 それじゃ、明日の朝、吐くよ。 「にゃんですってえ」 * 「あった」 亜矢は、ひろい浴室のすみにある掃除用具 入れをあけ、しゃがんで道具を物色していた。 さむいな 亜矢は、浴室のとびらをしめ、コテージの 1階のリビングに出、2階にのぼる階段を、 のぼった。 亜矢は、当初、ショーツだけの半裸で喬の 背を介抱していたが、高原の夜半は、マイナ ス60度の火星の剣が峰のような放射冷却で、 極寒にいたる肌寒さではだざむく、 精神の解放というリゾートの意味では不本 意だったが、クリーム色のやわらかいカーデ ィガンをそのこの世に生まれてから16年で しかない、ういういうしい、乳房のうえにじ かにはおり、 喬の介抱を続行していた。 「・き、きもちわるーい、い」 喬はのたうちまわっていた。 プライドもなにも、ずたずただろう、なみ なみとそそいだ割らないウォッカにくちをつ け、亜矢はちらりと喬の背を見て想った。 亜矢はときに、じぶんのなかに遺伝子とし てひそむ怜悧さに、ときおりみずから傷付く ことがある。 そんなときは認識の冷たいやいばを、自分 の頚動脈に当て、反省をするのである。 そしてそれはときどき傷付かなければなら ないことは勘としては、このころから亜矢は 気づいてはいた。 亜矢は、好奇心が強く活発なわりには、ひ どく感じやすく、またむかし泣き虫だった。 喬やそのほかの成長のはやい子がかばってく れたことで、知ったことを教え合い、そこか ら幼少の信頼が存在していたが、 次第に亜矢は自分のみている視界の精緻さ がどうもひとびととはことなることに気がつ きはじめるのである。 亜矢はいわば、X線でよのなかや風景を見 ていた。 相手の内臓や内面を見透かす人格と、ひと びとが対等につきあうだろうか? 亜矢にとって、差別や迫害されない人生の 選択とは、ひとえに尊敬されるしかなかった のである。華僑やユダヤのように。 亜矢は演技としてまた自分の行動の規範と して論理の鎧をしばしばつかうようになった。 亜矢が徳川御城の首都圏に生まれたことは天 満の伝統としては、幸運だったかもしれない。 それは身をまもるための鎧という意味では たしかにそうでありまた、揶揄の対象になっ てもしかたがないところで亜矢はあまんじて それをうけいれる覚悟はできていたが、 しかしそれは同時に、自分を暴走させない ための拘束でもあった。 そうでなければ、亜矢はのたうちまわって いる喬を、認識のなかで笑ってしまうだろう。 残念ながらやさしさのかなりの部分は心理 として打算であり、それは倫理学がざんねん な必要悪として各経典のかなり最初のところ でとくことである。 亜矢はおそらく信長にはなれないだろう。 抑制の拘束をさいごまでつらぬくのだとす れば亜矢は江戸城の道灌公をなぞることにな り、それは、殺されることを意味をする。 亜矢はそれまでになにができるのか、とい うことをうすうす考え始めていた。 * さきほどは、亜矢は、みつけてきた掃除の トタンのばけつに、喬のその美少女のちいさ い腰をまたがらせ、小水をさせたのだ。 喬はひどくいやがっていたのだが、亜矢に、 仕方ないでしょ、歩けないんだから、と叱責 され、なかばなきべそをかきながら、しろい 腰をふるわせて、成績のよい少女の16歳の、 金属にひびく水音をおわらせたのだった。 ・・・こんなに呑むのは、はじめて? うん・・・うう、くるしい・・・ ・・・死にはしないから大丈夫だよ 私がいるから、 「逆に苦しんだほうがいいかもしれない。喬。 いい教訓だ。 将来、出産とかするためには、いい教訓だ よ。」 なによ! 喬が宿酔の苦痛のなかで、怒りをあらわに した。らしくなかった感情の、まるい切っ先 のはさみの刃に、亜矢は一瞬たじろいだ。 まだ残る酔いが本音を貞淑なくひろいあげ、 そしてはげしい吐き気と頭痛の苦痛がそれに 対する憎悪として、とばっちりとして亜矢に むかったのは、現象であった。 「わたし、あなたと、精神をレズにしている のに、なんであなたはこの関係のあとのこと をそう、平然というわけ!?」 (あ、) ウォッカを生でボトル半分以上干している 亜矢は、不意によろこびのドミノがまったく べつの色にあふれるように、洪水として倒れ かえって行くのを感じてしまった。 亜矢はきゃしゃな背と肩をまるめ、 ふふふ、と微笑した なに、なんなのよ うー、きもちわるい、と続けながら喬は聞 いた。 ・・・ありがとう 亜矢はわらった。 亜矢の目じりに、勝気な彼女に似合わない、 ありうべからざる、 涙がうかんでいるのに、喬は悪酔のなかで、 しかしぎょっとした。 「きにしないでいいよ」 宿酔にくるしんでいる喬に対等に会話する のはフェアじゃないからね。 亜矢はからになってしまったワインのボト ルを3本うでに取ると、キチンのながしにむ かい、水をたしてもどってきた。 ・・・その手に、ロッジの包丁をにぎりし めながら。 「・・・亜矢」 亜矢は、しかし包丁を無造作にスツールに 投げ捨て、 ボトルに入れた沢の水を喬のコップにそそ ぐと、 のんで 吐いてもいいからのむんだよ そういう手段でしか悪酔いはさめない。 140ccでしかない「セ氏16度の酸化 水素」が喬ののどをくだる気配を確認し、 亜矢は喬が吐いた胃液とその尿のはいった しろくさびたトタンのばけつを、浴室にもっ ていき、ながした。 さらに3回、喬に水のコップをあてがった あと、そのうめきにこたえ、喬のせなかをさ すりながらうすい胃液をはきださせたあと、 「その、包丁、どうしてもってきたの」 しどけなく聞く喬に、 亜矢はうつむきながら、言った。 ・・・もし、あなたが 酔った勢いで、いっしょに死のうといった ら、つかおうと、おもって。 亜矢のほほの上を、夜に光るなみだの軌跡 が、ぽろぽろぽろぽろのびているのを知って、 喬は、自分が孤独でないことを、 しかし頭痛の宿酔のむこうに、知った。 亜矢も、ひどく酔っていた。 ・・・しかし、青春とはすべてこのような ものなのかもしれない。 * つぎの日は、喬の2日酔いのリハビリに一 日費やされることになった。 午後1時をすぎ、午前中何回ももどしてい た、喬がようやく水でしかない胃液をもどさ なくなって、午後3時になって、 そろそろ、ごはん、たべてみようか せなをさする亜矢が、背後からやさしくさ さやいた。 ちいさなプレートに、ごくかるく離乳食の ような分量で、よそられた先日のカレーは、 よく練れていて、おいしかったが、 喬は、自分がおもいのほか空腹であった、 ことに気がついて、おどろいた。 おなかすいてたんだ 亜矢がみるまにからになった皿をみて言っ た。「えらんだ粉が、激辛じゃなくてよかっ たね」 ・・・にんげんのからだって、不思議ね そうだね、血液の成分を監視し、そして一 定時間胃のなかに毒素がないのを感知しない と、嘔吐の中枢が、OFFにならない。 でも、空腹のアラームももとからOFFにな ったわけじゃあ、ない。 人間の神経がどこまでデジタルで設計され ているのかは結構興味深いテーマでは、ある よね。 まだ、おかわりはがまんした方がいい 小一時間、吐き気の様子をみよう。 ・・・午後5時前、ふつうの量の皿を2枚 おかわりした喬は、 亜矢にふざけて押し倒されて、ショーツの 上にあるへそのうえを、 「喬のたぬき。」 と時計回りにさすられて、いやーやめてよ ぉと亜矢のせなかをぽかぽかした。 もうだいじょうぶだよね いきおいよくベッドからはねあがった、亜 矢は冷蔵庫のドアをあけて、 レタスを無造作にちぎり 爛熟してつぶれかかった真っ赤なトマトを つぶすようにスライスして、 レタスの上に、チャンクのツナ缶と一緒に ぶちまけ、 塩とお酢と菜種油を無造作にふり、素手を 突っ込んでかきまぜてテーブルの上に置いた。 もうすこししたら、たべて。 そのころになったら味が染みてしんなりし ているだろうし、たべごろだ。 栄養のバランスもそうだけど、あのままじ ゃふとるかもね いいながら、亜矢はまた無造作にベッドに 脚をかけ、かがむと、その手の油を喬の乳房 になすり、 そのちぶさに、むしゃぶりついた。 「しょっぱい。」 めをみあげて、亜矢はわらった。 ・・・あしたは、でかけよう 「からだ、回復させなくちゃね」 ショーツのなかに右手を入れ、 ひねった手の親指で喬の陰核の腹を、 その、中指で喬の膣の中の壁を、おしこみ、 乳房をはげしく吸い、 喬を、たかみに、おいあげながら亜矢は、 言った。 * ・・・高原か、どこがいいかの。 地図をひろげながら、祖父がつぶやいてい た。 後学のためになるのなら、といういつもの 口癖をつぶやきながら祖父は思考をあらわに していた。 歴史や地場の産業に近い方がいいかな。 たとえばアルプスは、と祖父は言った。 意外に山以外の楽しみがない。南北ともど もアルペンをめざすものでないと、意外に遊 べない。 湯治の温泉も少ないし、氷河期の影響で土 地が痩せていて、水にも恵まれていないので 農業も酪農もあまり盛んじゃない。 長野の湯は、みな浅間山のほうだ。 長野は、おもに冬場に湯治にいくか、ある いは冬場にスキーにいくもんだが、家族のな かに愛がなければスキーになぞいくもんじゃ ない。へたっぴが立ち木にぶつかったら、一 生車椅子だ。 皮肉っぽく、わらった。 「いっそ、御用邸のほうは、どうじゃ」 * (山麓と職人:想) はるかな後日、 ふうん、那須にいったんだ。 想は、言った。 あのひとも、北関東だよ へえ、そうなの おどろいたように、喬は言った。 先祖代々、くえなくてね、といってた いい人だったなあ しみじみと想は、むかしをふりかえる、口 調になった。 ずっと、つづけばよかったのに いや、いいんだ。 男色なんて、冷静に考えて一生続くもんじ ゃない だからこそ、意味があるんだ おたがいにあきれば、それでおわり、 わかれたほうがたがいのためになる、と判 断できたら、それでおわり。 女性のように、すてられたらあしたからど うやって生きていこう、という切実なものが ないからこそ、たがいの可能性を尊重するこ とができる、って、どうして言葉にするとこ う、人は格好つけてしまうのかなあ。 ぷかーっ と想は全裸で、全裸の喬のとな りでけむりをはきだした。 いちど、かれの実家の近くまでドライブし たことがあったよ。 延々と、松尾芭蕉のようなおおきな草がう っそうと茂る畑が、森のように熱帯の緑でつ づいている異様な作物の光景に、 何? たばこ。 こともなげに彼はいったよ。 商品作物として、付加価値のたかいものを つくらなければ競争に勝てない、あるいはや っていけないとかそういう意味のことをいっ たかとおもう。 禁煙ブームのなか、いまもあの光景はある のかどうか、こころもとないね。 想は、灰皿に12ミリグラムを押し付けた。 洋もくの問題を別にして、禁煙がすすめば、 たばこ農家が処世で苦しむのはわかっている はずだけど、たとえば政治に対する素朴な疑 問として、 禁煙が進んで、健康効果として基本医療費 が潜在的に節約できたとしてその分の予算を 逆にたばこ農家の転作支援にまわすようなこ との柔軟性は、 ・・・硬直した受験戦争の犠牲者である霞 ヶ関と、なんにもしらない代議士諸氏に期待 しても無駄なのかなあ。 厚生省と農林省で、人脈があるとはかんが えにくいし。 喬は、興味深そうに聞いた。 ・・・まったく、不可能じゃあないかも どうして 想さん、亜矢はジャーナリストよ 本人は、そういうと怒るけど へえ 想はめをまるくした。 * 桑原さんはね、いちど結婚していたことが あるんだ。 失敗して、それで女はもうこりごりだとい っていたな。 あるいはいまごろ意外にいい女性をみつけ て所帯をもっているかもしれない。 ものごとの玄妙さというものは、そういう ものだから。 最初のその女性が悪すぎただけだよ。 女性にも、結果「わる」はいる というよりも、男性のように自分が悪人で あるという自覚があるわけでなく、くさった 子宮のようなだらしなさが女性の悪だから、 女性のそれは、悪相としてその人相の上には のぼっていない。 ないしは見分けにくい。 はなしをきくかぎり、ひどいはなしだった。 農家の長女で、なに不自由なく育ち、その まま婿養子をとってふんぞりかえって実家を つぐと信じ込んでいたのに、 やけぼっくいのおとしだねで、末っ子に男 の子が生まれた。 喧嘩同然に実家を飛び出し、犠牲になった のが、彼さ。 農家の娘って、基本ご飯に飢えた経験がな いから、平気でたべものを粗末にする。 おまけに工業用地に転売した土地のおかげ でおかねに困ったことがないから贅沢の欲求 が破綻していたそうだ。 ひえと高粱のかゆを代々食べていた彼は、 結婚した直後に「失敗した!」とおもったっ ていってたねえ。 あれじゃあ女性が嫌いになっても、むりは ないなあ。 聞いたのが本当なら、 あるときやかんを止めるようにいわれて、 彼女は、こんろの元栓だけを締めたんだ。 ただす彼に、 消すことではおなじじゃない、 いちいちこまかいことまでいわないでよね。 そんなどうでもいいことに小言を立てるなん て、あなたはわたしのこと愛してないんだわ。 あぶないじゃないかというかれに、さらに ふてくされる彼女にむかって、彼ははじめて 手を上げたんだよ。 それが化けの皮がはがれた一瞬だったって。 それなりに、美人だから、わからなかった とはいっていた。 そのような生存保障にかかわるだらしなさ が、あちこちにあまやかされてごろごろして いるのをみつけるたびに、重い恐怖を感じた といっていたなあ。 人間は、3歳までにしつけられないと、生 きていけない人間になるって。 * 想は、筋肉質の痩身の男性と、宇都宮の、 ビジネス・ホテルで同衾していた。 「ご商談」である。 ・・・人生がビジネスであるのならば。 * 「女性は、ひとりでは生きていけないからあ りとあらゆる手段をつかって嘘をつく、と考 えておいた方がいい」 この回想では、たばこを吸っているのは彼 で、その話を聞いている想は、喬のようには らばいで、あどけなかった。 * 想は、桑原の肉質の胸に、あたまを黒髪と して、うずめていた。 想は、じぶんにそういう嗜好があったこと もしらなかったが、あせのにおいや、また、 あわいわきがのにおいがきらいではないじぶ んを発見して、おどろいたことがあった。 想のなかの、女性的な部分は、桑原の、か ならずしも美男子ではないそのはだかに、え もしれない誘惑の魅力を毎回感じ、そのから だにみずからだきついていくことが、よくあ った。 桑原の胸板から、たとえば夏に、ながれる かれの汗にほほをぬらしながら、なぜ自分が この汗と体温にひかれるのかわからないと、 琥珀色のホテルの夜にすらりとした青年の せすじで立ったかれに、 「これが、いわば、父親の世界だ」と背後の 彼は、たばこをつけて、言った。 「テレビの見過ぎだよ、きみは」 こともなげに、煙を深く吐き出した。 服飾の世界は、ファッションを通じて、き たない芸能界の知識が流れ込んでくる。美女 や美男子は、ふつう、人間ではない。アンド ロイドだ。女性の概念に対してそういうのは 定義として正しいかどうかはしらないが。 「・・・きみの彼女は、いいひとか」 肯定の返事を返した想に、 そうなら、だいじにするがいい。 あまり、なかしちゃいかんぞ はは、風俗嬢に説教するおやじだ、おれは。 * 「・・・ブラウン管はよくない」 いや、よくなかった、というべきかな。 さわれない、たしかめることができない認 識の重心がかたよることによって、ゆがむ。 そのことだけでいえば、双方向の時代であ るということだけは、幻滅に耐えるちからが あるのならば、未来の可能性はある。 まあ、きみの先輩の世代は、一方向の電波 でそだってしまったから、ふくれあがる手前 勝手な妄想から出て来れない永遠の少女も多 いけれど。 美少女、美青年なぞ、詰まらんものだよ。 うすっぺらいし、弱い。 テレビカメラを取り上げられたら「ゲシュ タルト崩壊」を起こすわかい俳優は、虚像を 生きているに過ぎない。 だから、おびえて、後輩をいじめる。 人生は、青春だけでできているわけではな い。じぶんの力で、じぶんたちのちからでい きていくためには、ひとはいのちとして場合 によってはうすい悪をもおかさなければなら ないだろう。 そういう力強さのためには、むしろ庇護さ れた青春や純粋は、むしろ邪魔になることが ある。マニュアルバイトは、システムからの 庇護で、まさにその意味で、青春なのだろう ね。 安いドラマのように。 好感度、なんて言葉はわるい言葉だ。 庇護されない青春とは、バカの道一本だと 相場が決まっていたもんだ。 バンカラっていう言葉を、きみは知ってい るか? ローマ以来のうじむしみたいな大衆に媚び る卑屈な議員のような俳優は、やはりひとめ を気にして媚びるから、中身が尽きた歯磨き のラミネートチューブのような顔になる。健 康志向だかなんだか知らんが、彼らの甘いマ スクは蒸気機関のための黒砂糖の石炭などで はなく、うすい毒性のあるサッカリンだ。 カメラがはずれたところで、結局はわがま ま小僧にしかすぎない美少年が、小学校3年 生の感覚でいやみやいじわるをいうのをきみ はみたことがあるか? ミントの香りがする清潔な、青い透明プラ スチックの画鋲さ、彼らは。 おしえてやろうか。 肉感的な快楽は、むしろ、表面やかんばせ にはうかんでこない。 ベッドを含め、人生のよろこびというもの は、男女問わず、次点の人相のほうが、うね るわきがは、濃いものだ。 醜かったり、臭くないと、強さというもの は、滲み出しては、来ない。肉や雑穀は、癖 があるものほど、栄養があるのは、きみやき みの彼女も、よく知っていることだろ。 文化的にはまったくの言いがかりだが、 しいたけがきらい、 ピーマンがきらい、 にんじんがたべられない、 というのはメディアと広告が世間を甘やか した、巨大な負の遺産だ。 それを食べた後に体調がよくなってばりば り仕事や勉強がはかどる経験をしたことがな ければたしかに、食感のわるいものはたべた くはないだろうさ。 あれだろ、きみの彼女というのは、きみの 会社の二次会で、僕がきみを介抱するといっ たとき、心配そうに送り出してくれた、あの 背の高い子だろ。 まったく、つよいからといっていい気にな って呑むのは感心しないな。 ふふ、 彼は笑った。 「・・・彼女に男色をおそわるなんて、滑稽 かもしれないな」 誤解しないでほしいけれども、わらってい るわけではないよ。考えようによってはこれ ほど幸運な、こともないだろう。 きみは、まだわかい それは、どういう意味でと想ったことばを 想がくちにするよりもはやく、 「女性は、観察されなければならない」 記憶のなかのかれも、しかし品物がちがう 灰皿に、煙草の灰をはたいた。 これは、両切りであった。 あえて、極端な悪口でいわせてもらえば、 女性とは、あたまがからっぽで、すぐうそを つき、望む幸福が、とてもちいさい。 まあ、その逆がそのままいわば僕ら男性の 欠点でもあるんだけど。 大怪我をしたおかげで、僕は女性の見分け 方をいくらでもアドバイスできる。 一言でいうと、男らしくない女は、だめだ、 ということさ。 男を愛するためには、女性のなかにも、男 性がいなくてはならない。 まっかになってかんしゃくをおこしている ことを、男性の力強さとかんちがいしている やからが両性双方にもいるけど、それはちが う。 ものの見方、考え方がどれくらい男らしい か、あるいは男性の家族からそのようなもの をどれくらいおそわっているかということだ。 差別だ、と言われそうだが、「ててなしご は3文安い」、という経験則は、残念ながら あるだろうね。 傾向としてそういう統計が事実上あれば、 彼らを無条件にたとえば税金で保護すること は、赤字国債になってあたりまえだ。 政治の話、野球の話、宗教の話は、 世間話では、禁忌だけど、 「肌をまじえる関係で、そんな遠慮は意味が、 ないだろう。」 千年単位での蓬莱の政治の伝統では、税は 治安のための司法権の分の予算規模しか徴収 できない。 分封制度というものは、地方主権が前提だ。 そうでなければ中央幕府が肥大化して維持が できない。ただ、 彼は、ホテルの枕にむかって、やや浅黒い 背中を見せながら、けむりをはきだした。 歴史の伝統の上、人権処理や刑法は地方主 権にゆだねられる。小侯爵国の大統領に、も めたすえ、小人物がたつと、そこの住人は場 合によっては命の危険がある。 内政不干渉は、「隠密であるきみがもしつ かまっても、当局は一切関知しないからその つもりで」のたてまえだから、 そのふたつが両立している世界では、鴎外 が感じていたように、最後はじぶんのことは 自分でまもらなければならない。心身修養は、 法学理論より優先する。山岳マタギにとって は常識だ。 女性の資質を見極めたければ、料理をさせ てみるがいい。 ひとりで生きていくのがむずかしい性であ ることを自覚しているのであれば、努力のい くつかを花嫁修業についやしていなければ、 その気持ちは本物じゃない。 芋は、水からゆでないと火はとおらない。 青菜は、すでに沸騰している湯にくぐらせ るだけでないと、べちょべちょになってしま う。 ややかたくなった鍋の残り物をあたためな おす際には、すこしの熱湯をたしていちど、 内味をほぐしてからこんろにかけないと、鍋 の底が「焦げて」しまう。 ・・・あれは、 かれは、ひたいにたてすじをよせた。 ほんとうにひどかったな。堕落のみほんの ようだった。逆にいうと、当時の自分がいか に判断力の意味でおさなかったかということ が、よくわかる。 逆にいうと、人間は特にいまのように成熟 が遅れている時代は特に、 20代前半ぐらいで、あともどりもできな いことという意味で、人生を決めてはいけな いということだな。 「モラトリアムは期限付きの財産だが、」 逆にいうと、わかいうちは、鍛錬の時期だ ということだ。いわゆる恋にだけ、うつつを ぬかしていてはいけない。 「信じる信じないかは別として、個条書きで 想うと、まるで、散文詩だ。交通標語とおも って、きくがいい」 彼は、想のわきばらの傷跡を背後から、 左手で、なでた。 「 いきあたりばったりで、 やりっぱなし、 ひとのはなしをきかないくせに、 すぐひとのせいにする。 ほんとうはおくびょうなくせに、 じぶんよりしたのものを、そのひのきぶん ではたきまわす。 りんじんやかぞくが、こまっていても、 ひつようもないものをじぶんをかざるため にほしがり、 そのくせ、ふくそうはごてごてとして、 ちょうわがない。 」 「てをあげて、おうだんほどうをわたりまし ょう」 かれは、くすくすとわらった。 想は、傷跡のうえから、彼の手の感触を感 じた。 「死ななくて、良かったな」 こころに、あたたかいものがみちてくる想 に、 「・・・いまにして想えば、あれは、田舎者 だった。むかしときどきみた白黒の時代劇に、 やたらひがみっぽいしわくちゃのごうつくば あさんが、演出されていたけど、要はそのわ かかりし姿なのだろう。」 芸能界や出版は残念ながらくだらない人間 が集まってしまう力学があるけれども、いま わかくて跳ね回っているわかいアイドルのな かにも、数十年後、そのようにごうつくのば あさんになるものがきっとでてくるだろう。 田舎臭さというものはそうかんたんにとれ るものじゃないんだ。 かれはあおむけになって、2本目のたばこ を、吸った。 服装で、みわけるこつは、 彼は、煙草で宙をゆびさした。 デコラティブなおんなは、まあ、だめだ。 どっかの民芸品で、砂漠地帯のみやげ物で、 とてもきれいに彩色された泥人形があったけ れど、 はて、その地方は砂丘ばかりで、どろや土 がない。ではこのどろはなにか、と聞いたと ころ、羊とらくだのうんこをこねまわしてつ くっているんだときいたことがあったよ。 連中は草しか食わないし、よく乾燥してい るのでべつに気にするほど不衛生ではないけ れど、 じぶんを必要以上にかざりたてるおんなは そんなスーベニールだとおもったほうがいい。 「もちかえってください」 「いえ、no thank you」。 ぷっ 想が、わらった。 ・・・過剰装飾には、もともとの小さな心 臓があとからつけくわわったものに充分な血 液をおくることができないといういみで、だ めだ。 本体に似合わない装飾というものは、 「買ってきてつけたもの」 という意味でそこには乖離がある。 じぶんの器量で稼いだものではない装飾に はいみがない。 「魚をやるのではなくて釣り方を教えるべき だ」という格言があるけれども。 馬鹿はその逆を行き、 「稼ぐための力」ではなくてすぐさま、 「ひろえるお金」をもとめる この延長線だと、 「他人の命をお金に換金する」という最悪の 結果が待っている。ギャンブルと保険金殺人 はすくなくともに動機の上ではおなじものだ。 水商売に身を持ち崩すおんなには妙に田舎 の長女が多い。 格式によってかしずかれまた甘やかされて いるから他人の命など、犬ころ同然なのさ。 こういう人間にとって、自分以外のいのち はすべて他人のいのちだ。子供を餓死させる ことがおおい。 飢えた経験がないと、力に対する希求はう まれない。そういうものは不労所得をめざし、 それはトレーダーになる。 力のない馬鹿な女にとって、水商売はトレ ーディングだ。あきたら捨てる、価値がなく なったら捨てるであたりまえ、それに異を唱 えるものはその世界の住人ではない。 ただ、振り方にもその世界独特の流儀があ リ、相手の顔を立てながらあとくされなくわ かれることができなければそれは野暮とされ る。娼婦が洗練されているかどうかというこ とは様はそういうことだ そういう人間はまた、トレーディングであ るからこそ、身の丈にあわないものを入手し ても別に動揺はしない。 冷静なディーラーは、これはあくまで世間 のものを一時的にじぶんがお預かりしている だけだという謙虚さをもっているが、 田舎者には事物の背後にある哲学や観念が わからないから、地中海の対岸の石油王が節 税対策、資産対策で避難的に作ったかりそめ の姿としての、不動産としての腕時計を身に つけたりする。 どんな超高級品でも、さりげなく身につけ られなければ、それはデザインとしては二流 品だ。 実家の周囲でも、古着のからみから、服飾 に出入りしているものがけっこういて、その 背後や資料を知ったことがときどき、あった けど、そのおおもとの欧米のモードをみて、 ああ、こういうものか、と感心したことがあ った。 いわく、かれらは、服装を、社会や風景の 前景としてとらえている。 まあ、政治や経済が安定していることは、 たとえば、アンダルシアの神様が、 「おまえらにそれは、ぜいたくだ」 といってひとびとに桃源郷をあたえなかっ たという意味で、どこにもなかなかないのは もちろん事実だが、 それでも、よきモードを願うデザイナーは、 日常の風景や衣食住のなかでそれがあること を考えている。 かれらは、じぶんのデザインを、 心のそこから美がみじみだす手足のながい 美女に着せ、 こんなとこになら自分の墓をおいてもいい なあ、といううつくしい風景を背景に、 写真をうつすことをいつもこころみている よ。 なぜかはしらないけれど、老人は美女の友 人だ。そしてまたなぜかはしらないけれど、 美女は本能的にそのことを知っている。 こじつけていえば、老人は知恵を残し、 美女は血をのこす。 すくなくとも、そのつかれはてたもくろみ の方向は一緒で、かれらは時間に対して共犯 者でもある。 もちろんいいことばかりではなく、 ある知恵は原爆をつくり、 ある血は、みなの平穏を破壊する。 よく聞く話だけど、老人はその性別をとわ ず、美や若さの奴隷であり、 大ボスでもある、皺の寄ったかつてはうつ くしかった老女が、愛弟子でもある手足のな がい純粋な美女のむねにひざまずいてほおず りをしているロマンスなどは、よく聞く話だ よ。 逸脱した。 つまり、美は風景のなかになければならな い。それが、美が世界を愛しているというこ とでもある。 そこにあるのは、調和だ。 我執ではない。 画家に聞いてみるがいい コンポジションというものは、それぞれの 要素が我を張り合っていては、破綻してしま う。配色がきわめてあざやかな抽象であろう とも、美しさを感じさせるものは、 となりやまた波長の周期ではなれたところ にある要素のいろを、気にかけている。 また、建設的な議論とは、またそうである べきだ。 うつくしさというものは、うちがわからに じみでるもので、きほん、そとがわからつけ たすものではない。彫塑も、大改造をすると きは、芯なしにアペンディックスを追加する と、そこがもげてしまう。 ひさしの芯をふかく打ち込む大手術は、塑 像自身につよいバイタルがないと、高熱をだ して、死んでしまう。 木製の仏塔がそうであるように、ささえな しのひさしが成立するためには、さかのぼれ ば棘骨を通じ、背骨とつながる構造材に、か わらがのっていなければならない。 生命に、つけやきばは、だめだ。 再生医療の研究がいくらすすんでも、手術 が必要になる時期の肉体には、いたんでいる 場所は細胞の寿命として、やはり無数にある。 寿命が避けられないものである以上、ひと は、老ける前よりも先に、あたえる愛を知ら なければならない。 おおざっぱ、からだがはんぶんだめになれ ば、重心を次の世代にたくすように、生物の からだは結果的に、設計をされている。 自分が生き長らえるために、比喩として、 子供の世代の臓器を摘出してはだめなんだ。 先哲は、そのような種の行為をもっとも憎 むだろう。 漢方が、たぶんに好奇心の暴走でしかない 蘭学のアナトミー趣味に、さめた意識をもっ ていたのは、殺さないで肉体に刃物を当てる ことが、臓器売買の幼稚につながることを感 じていたからかもしれない、というのは、う がちすぎだろうか。 そのようなことを、デザイナーが考えれば、 ひつぜん、そのデザインはシンプルになる。 我執が強過ぎると、女優俳優としては使え ないからだ。 個人的には、僕は50年代前後のコンチネ ンタルが好きだね。 よろいとしてのシャネルも、ドレープとし てのディオールも、 その基本は、美しい肉体があることを前提 とする。 モードとは、メデシンではない。 それもまた衣食住のパーツに、過ぎない。 そうであれば、無理にクライアントに媚び る必要もなくなる。 高い値段には本来、売れないならば無理に 売る必要はない、という悲痛な決意を原点に もつ。 ドイツ人、イタリア人としての職人の誇り と、育てられた覚悟としての帝王学が交配さ れたとき、1/4の確率でしかない雑種第2代 としてのいい意味でのモードが生まれる。 ニューヨークが本当にアメリカかどうかは、 微妙なところだ。じつは、ベネチアのとなり なんじゃないか。 * 「女性は観察されなければならない」 かれらにあおられた広告戦略の意味でも、 はなずらをひきまわされてそれで満面の幸せ を感じている野郎どもも、じぶんの人生を生 きているのだとは、けしていえないがね。 かれらは、愛を演じているだけだ。 刷り込まれた、恋のとおりに。 彼女たちはマトショリカの腹のなかになに があるかを、見抜かれたくはないから、必死 に外見にフリルを植えるのさ。 好意としておでんを取り分けることまでは よしとして、その風呂吹き大根にたっぷりと じぶんの役得という黄色いからしをぬりつけ ようとするんだ。女性が、賢明なその父親か ら薫陶を受けていれば、そのようなマスター ドの存在は、すぐにばれてしまいみっともな いからよせといわれつづけるものだが、 好意を寄せることによって、ながさ1.6 センチほどのユニクロめっきの螺子を多数男 性ののこころに、ことあるごとに電動ねじ回 しで浴びせ、打ち込むことは良いとしても、 はしたないことと、しつけによって矯正さ れていない遅滞や田舎者は、その螺子に、つ りいとの透明なテグスをむすびつけて打ち込 むことを、わるい周囲からおぼえる。 フィールドは、吟味されなければならない ということを愛されなかったという意味で、 親からおそわっていないから。 つりびとがうちすてた釣り糸に、野鳥がか らまって死んでしまうはなしは、聞いたこと があるだろ。 そのいとが、じつは繊細な男性のこころの 肌にくいこみ、 (のちに喬がおしえてくれた知識だが、皮膚 の細胞は、神経の細胞と発生上兄弟なので、 性別問わず肌がきめのこまかい人は、おおむ ね同時に神経も、こまかい) 肉にすれて赤い血をにじませる痛みなど、 しつけられていない我執優先の淑女でない 女性には、わからないし、 それをあえて、あさっての方をむいて口笛 を吹いてじぶんをごまかすということは、 その瞬間に、その彼女を、白昼にあるくと 太陽の紫外線でやけしぬ地下の弱い地虫に変 えることを意味する。 この構図では、広告はしばしば男性の敵に なる。 戦略として女子供を狙うのがプロパガンダ だから、悪をあまやかすことが、男性にとっ て社会の敵として把握されることがある。 広告にとって、恋は商品だが、愛は商品じ ゃないから。お洒落なマンションのイメージ は、迷惑だ。 男は仕事がすべてだから、いいわけなんか はできようもないが、 伴侶として女性を選ばなければならない場 合、それはアルゴリズムが要求する前提とし て、女性は、その評判がわかる同じ職場や業 界から、えらばなければならない。 そのなかで、いつも楽そうな場所にいたり、 同輩をかばわないような女性は、選別され、 低い地位にいかならなければならない。 自然界でもある社会は、ほんらいそんなに 甘い場所ではないからだ。 弱さを隠蔽し逃げ回るために、制度を頼っ たりすることは賢明ではない。 歴史の力学としての社会は、そんなに甘く はない。 制度をいくら理想的に設計しても、心理学 をもふくむ自然現象が、制度の劣化を経年陳 腐化としてまねいてしまう。 代々自然現象の法則を相手にしている僕ら には、女が百姓に、百姓が女に見える。 平地にうじうじしがみついていることが、 どうしようもなく愚かしく見えるのさ。 田畑のなりわいは、天災や戦乱を忌避し、 泥棒に極刑を設けることによってなりたつ。 それはばくちであり、また自由な発想を制限 する。 制度にすがることも、ぼくらからみればば くちさ、歳入がなければ、ファンドとしての 無尽もまわらない。 たぶん高地で、必要のために知恵がとぎす まされ、その副産物としてよく気がつく繊細 さが性の悪癖をともなうことは、たぶん少な くとも僕の血統にとっては、必然だ。 知恵や知識、ものの考え方を伝承するため に、女の存在しない世界が必要ならば、その ような適正のもののためにまた、山岳という ものは必要なものかもしれない。 高原の扶桑には、絹織物の伝統で代々、服 飾が古着の行商としてたしなまれている。 別に差別されてなくとも、山奥の部落の人 間には、仕立て屋か、教師や、商人が多い。 サラリーマンになる人間が少ないのは、逆 にサラリーマンが百姓であることの帰納なの かもしれない。 職人は、田舎者を、嫌う。 もっとも目から鼻にぬけすぎて聡すぎる都 会育ちもまた、飽きっぽいという意味で職人 の弟子にならないことがある。 聡いことだけは職人の弟子としてふさわし いし、愚直であるということだけは職人の弟 子としてふさわしい。出自はともかく、結果 は本人次第であるとはおもう。下町というも のはその意味でフロンティアの面がある。 部落の衆は、その意味、都会で、在日氏と ごくちかい立場にいる。 ふつう、シェアが競合するばあい、小競り 合いがおこるもんだが、群れることが嫌いな 職人はそのようなことにあうことが、すくな い。 技能が優れていれば、出自や肌の色なんか 気にしないのが江戸っ子のいい伝統だった。 ただ、素朴に蓬莱の人間であるという意識は、 あっただろうがね。 その意味で、江戸っ子が呑んでいる町には、 芸能人はこないもんさ。芸能人は、だめだ。 自分の地位をプロテクトするために、後輩を いじめる。本家の馬鹿息子と、心理は一緒さ。 * だいいち、 ぼくらが野垂れ死にしたばあい、未亡人に なった彼女らは、もとがそんな卑怯では、い きてはいけない。 そんな彼女に男の側も、自分の貴重な人生 の労力の半分をささげなければならないとし たら、それは人生の経営学としても経済では ない。 宴会芸で恋人を見つけようという風潮は、 すくなくとも社会人のやるべきものじゃない。 馴れ合いでなければ、という言い方は非常 に重要だが、 いい仕事を共有できているという意味でり りしいチームワークをつくれる女性でないと、 たぶん結婚の資格はない。 たぶん、女性の側でも、結婚の条件とは半 陰陽なのだろう。 そうでなければ、性が目覚める前までぐっ とさかのぼり、人格を共同してつくりあげて きたおさななじみこそが、変な利害や媚びも なくてうまくいくのかもしれない。 これがたぶんいいなずけの理想の概念だ。 早婚はかならずしも悪いことばかりではない。 友達夫婦、ニューファミリー、新しい男女 ということばをこの意味でつかう馬鹿が僕ら の先輩の世代にはうじゃうじゃいたけど、そ んなものはカリフォルニアの妄想にしかすぎ ない。 わがままはたいてい解放を、革命としてゆ めみるけど、実力もないガス圧だけのそれは しぼんでいくテントをささえるために恐怖の つっかいぼうを必要とする。 幼稚のあとには、つねに夜の霧や、シベリ ア送りがついてまわる。 出発点がともだち夫婦であるのはよいとし ても、老後の段階までも、幼稚でいられたら、 世の中がたまったものじゃない。 だいいち、ともだち夫婦なんて、いちど社 会にでた若者が、自分自身の未熟さの言い訳 のために、たまたま出あった適当な相手の立 場を利用しているのにすぎないのがほとんど なんで、 おたがいをはげましたりすることができず、 おたがいをなじることがおおい。 かわいそうなのは、親を選べなく生まれた こどもたちだよ。 そこまでみえたから、ぼくはこどもができ るまえに悪人を演じて、彼女から逃げたんだ。 そうでもなければ僕も、真珠湾を忘れたの かといわれて子供たちに狩られるまんまるめ がねのひとりになっていただろうね。 カリフォルニア世代は、無責任の意味でみ な共犯だ。 かつて、このくには、まるごと芸能界だっ た。僕の、最初の妻も、結局は芸能界のきら めきとしての都会にあこがれてでてきたにす ぎない。 僕の最初の妻にはたぶん、名前はない、 典型的な社会現象の一角だったからだ。 迷惑なはなしだ。 しつけられてもいない芋娘でも上京して生 活できていたんだから。 世の中が豊かになるとしかし、大人の側の 安易という弱さとしての悪がかれらをたきつ け、何もあたえずに若さの発電をやすい時給 として吸上げてしまう。 だしがらにぼしになった30過ぎのかわい そうなこどもは、なにももっていない中年と なって、 ほこりがつもったふるびたたきつけられた 時代の舞台にかえってこざるをえない。 かれらにとってそこに、もはや憧憬の像は ない。憧憬だった記憶があるだけだ。 故郷の生家がすでにこぼたれて更地となっ ているように、その寂漠は、そのものにとっ ていままでしてきたことがいかに空っぽであ るか、 そしてまたいかに他人の価値観におどらさ れていたことであるかが、わかったことだろ う。 芸能という都会を演技しているかれらは、 世の中の豊かさやメセナという「穂駄木」が ないと、きのこの傘を開けない。 中年老残の老人ホームであるなかよし集団 に革命のちからはない。革命をされると迷惑 だという意味でもそれはありがたいことかも しれないが。 ただ、わかい生命の踊り子が跳ね回るとい う意味での価値のある商品としての回春の舞 台ではない。あの舞台でのキャストが、この 舞台では客になってチケットを融通してきず をなめあっているだけだ。 循環のたびに維持コストがかかるから、み な貧乏であり、舞台は半公共施設が多く、み な、庇護を求めるという意味では社会的不適 応者にちかい。 「ちゃんと、たべてる?」 団員同士で、親掛かりが乞食の心配をする。 無知と意気地なしと栄養失調と低体温と不潔 な運動不足。地下のうどの菌糸の演劇は、回 春どころか疾病を招くね。 * 桑原さんは、とかく運動不足がまねく、色 気のなさを嫌っていたね。 あの人が言っていたことを、僕らが学んだ 生物学のことばで言うと、こういうようなこ とになる。 「昼間のなりわいの糧が夜の地下で放射能の ようにしずかに崩壊するとき、菌類のひかり は弱い蛍光で、 ペプチドの共役二重結合のうえで蛍光で弱 く光る。 菌類はあくまで受身なので、運動をする必 要もなく運動がもたらす軸として頭部も脊椎 もできない。」 くらげでさえない 海綿でさえない 適応しきった芸能とは、うすい毒 (たべちゃ、や)をもつ夜光のきのこである。 ・・・世界とのかかわりを、しずかに拒否を している。 亜矢ちゃんがきらう、世界でもある。 無頼とは、狼になりたくても、緊張感がな ければ、たいていきのこになってしまう。 ただ、それは深海魚の世界といちめんでは おなじものではある。 それは、同時に菌類の世界が原始の故郷で もあるからだ。ただ、多くの菌類がいちど藻 類に進化してから自活の葉緑素をうしなった 退化の一群という意味で、真菌類は、退化の 象徴としてあつかわれるものかもしれない。 喬が受けた。 「亜矢ちゃんのビジョンとかぶるけど、」 ・・・哲学ではアスラやブラフマとはかえ っていく冥土であり、生まれてきた故郷でも あるけれども、 それを冷たい黒色の重心として認識をしな がらも、もがく遠日点として可能性を軌道寿 命のなかで運動するのが、光の粒子を吸収す るものにとってのエベレストであるのかもし れない。 ヒマラヤは、雪の鏡として、まぶしくかが やくわ。 夫が、続けた。 ひかりの方向を求める正の指向性は、そこ に光合成によって保証される生存のためのエ ネルギーがあるからであり、 ながれにさからう指向性は、ながれにさか らうことがエントロピーに対する抵抗でもあ るからだ。 もちろんながれにさからうことは正義では ない。自然の法則に正義という概念はない。 菌類は構造への希求をいったんあきらめ、 莫大な胞子を撒くことに生存の戦略をとって いるにすぎない。 しかしそれが戦略であるのならば、棲み分 けは考慮されなければならない。 菌類や深海魚の生涯を夢見る脊椎動物はす くなくとも、直接太陽のしたをあるいてはな らない。 紫外線に焼け死なないための防御のコスト のATPをもさけない、節約に必死な菌類は、 地下室から這い出してきてはならない。 もっとも、毒をもつことの保守性にかかる エネルギーとそれとは、量として、おなじも のだろうが。 * 「しかし、」 中年で、老人か。 これは何の失敗なのだ。 すくなくとも、風俗や音楽が台頭したのは アルバイトとしてのゆたかさの帰納であり、 そこでは理想はファッションとなって、いわ ゆる正義をも飲み込んでしまった。 それは、いわゆる経済成長が、功罪両面で もある安保闘争を飲み込んで消化した、いく らでも語られてきた敗戦後15年の社会現象 としてのdigestine:ディゲスティンだった。 そして、 想の肉体の恋人であった先輩は、煙をふか くふきだした。 「繁栄は、おわった。」 * 男の子にとって、傷は勲章だからな。 子じゃないです。俺は25ですよ まだまだひよっこ、さ それにだいいち、よそ見してぼんやり、あ るいていただけの、交通事故のどこが勲章で すか。 美談をでっち上げるのはよしてください。 「また読んだだけの、くだらない知識でも反 芻してあるいていたんだろう。」 彼は、想の背中の傷を左手で、さすった。 「あ・・・」 * ん・・・ 想は、かれの両手が自分の骨盤を、大人の 両手でにぎりこんでいるのを、 祝福として感じていた。 「桑原さんの、」 なんだ 下の名前っていいなまえですね。 はじめて名刺もらったとき、おもいました 「すずしいとかいて涼、て。」 ふん、死体あふれる鴨川みたいでいやだけ ど。 「たしかに、高原はすずしい。しかし、水は けがよすぎてあまり農業にはむかない。 むかしは、必死で土地を開墾してきた老人 が、観光気分のわかい夫婦をなぐりつけてし まったはなしがいっぱいあったがね。」 背後の桑原のからだの緊張が、自身の骨盤 のなかで横溢しはじめたのを知り、 想は、めをとじた。 想は彼の下腹部の恥毛が、じぶんの尾底骨 の突起の上の皮膚を情熱的にこするのを感じ、 「おまえの、肉の筒は、ぬれて、 なめらかで、あつい。その熱さが、 絹のようななめらかさで、 俺の股間のすべてをしめつける、 ・・・。」 想は、ベッドにつっぷし、自分の骨盤の、 奥底に注がれる父性を、いとしいとおもった。 ・・・形式だけ厳格な家に、想は父性を 感じたことはなかった。 想には、抱き締められた記憶がない。 * 父性とは、父親やそれに準じる立場になっ てはじめて芽生えるのである。 その意味ではすべての父性とはその出発点 は、つねにはったりであり、 論語が常に人工的な響きを持つことはそこ なのだろう。 この時点では、桑原は想にそこまで教えて はいなかった。 ******************** ・・・よかった、回復して 喬のホットパンツからのびるなましろいな がい、女子高生の脚をじっくりと視姦しなが ら亜矢は、つぶやいた。 ・・・どこみてんのよ 喬は、ちいさなリュックで、そのふともも をかくした。 ま、ワインだったしね。 いまさらはずかしがることないのになー、 と、亜矢は悪びれることなく、夏の緑のこず えが青空とわたぐもをかすめている北関東の そらをみあげた。 わたしは、最近はめったに悪酔いはしない けど、いちど、70度のラムをラッパのみし たとき、救急車をよんだほうがいいのかな、 とおもうほどのたうちまわったことがあった。 すごいんだよ 胃の粘膜が大出血して、血が胃の酸でかた まって、あかいぼうふらのようなかすが、胃 液にまじって、もどるんだ あの日、おじいちゃんもママも家にいなか ったけど(もちろん、それをめあてにお菓子 とmediaをもちこんだんだけど)、みっとも ないのをみせずにすんだといういみでは、よ かったんだろうけど、 もし万一わたしが急性中毒で死んでしまっ たら、親不孝な休日になっていたんだろうと、 おもう。 ・・・亜矢ってさあ、 喬がアルトの声で、青空に対し、多少非難 のひびきをまじえ、といかけるように言った。 いったいいつから呑んでいるわけ? 経験が豊富すぎるわ。 ・・・いちいちおぼえてないよ 小学生の頃から、おじいちゃんのビールを コップに半分、おすそわけもらってたのが晩 御飯の、日課だったから。 まあ わたしんちって、変らしいから。 ・・・変、そうねえ なによ だって、ほしいものを我慢しないじゃない。 じゃ、喬は我慢することが美徳っておもっ ているわけ? そうじゃないけど。 そうだよ。 世間がふつうそうだからよ それって、普通にあわせていれば、楽にい きられるってこと? そうじゃない・・・、といいたいけど、そ うなのかな。 そうだよ 「ふうん。」 たとえばね、亜矢が言った。 わたしが青い目だったとしたら、それは普 通に生きたい、とおもってもそれは無理な話 だとおもうよ このくには、異質なものにとても敏感だ。 みな、平凡であることに、息をころして生 きている。 そのことだけまではわかる でも、気質や知能などで先天的に統計的な 普通から逸脱して生まれてしまった人間は、 その普通になれない自分の現実とむきあって このくにを生きなければならない。 それは、3倍から4倍のエネルギーがかか る。 やっかみを沈黙させるために倍以上の実力 を研鑚させること、 ほんとうに大事なこと以外は、 自分の欲を殺すこと。 そして半分は結果、現実にそう想ってしま うことになるけど、ひとびとの幸福を願うポ ーズをとること。 そして、自分の名前が流布しないように、 つねに匿名の仮面をつけること。 鬼にうまれる、ということはそういうこと なんだから。 できれば、わたしだって、平凡にうまれた かった。 そうすれば多くの人がそうであるように、 不平不満を世間や政治に責任転嫁できるから ね。無責任、とは、気楽なんだよ。 でもね、皆、勘だけはするどい。 異質なものはどうしたって目立ってしまう。 球技大会でも、わたしは無能な亀を演じて いればよかったのかな。 亜矢は、喬の前でさみしそうに、自転車を こいでいだ。 * 湯治場の、石畳は赤かった。 「食塩・鉄泉、ね」 喬が、むかい湯をかぶり、 そのしろいみぎのあしを湯船にさしいれ、 上げた黒髪のうなじにせまるまで、湯のみな もを、そのきゃしゃでまるい肩になみうちぎ わとして、ざぶんとせまることをさせ、 そのしろい、重いくらげのようなちぶさを、 ちからづよいさかなのように、湯にときはな った。 がくせいさんかね ぜんまいのしおずけのようなおばあちゃん が、にこやかに声をかけてきた。 こんな地味な湯治に、あなたのような娘が くるのは、めずらしいねえ もとわかく白かった大根嬢が、冬の青空で しんなりしてしまったようなおばあちゃんも こえをかけてきた。 きれいなからだだねえ てあしなんか、あんなにながくてさ 洗い場で、泡を四肢にすべらせている喬を あごでしめし、ぜんまい婆氏はためいきをつ いた。 「なに、じきにわたしらのようにしなびてし まうもんさね。」 あははは とわらうふたりに、亜矢はあいそわらいで かえすしかなかった。 「せっけんは、水であわだててからつかうん だよ。塩の湯では、あわだたんから。」 亜矢は、祖父経由で耳どしまだったので、 (たぶん、わたしたちがレズっていることな んて、百戦錬磨のこのおばあちゃんたちには、 どうせたいしたことじゃ、ないんだろうな) ぶくぶくぶく 亜矢は、はなまで湯につかった。 ゆあたりせんようにね、とこえをかけてで る地元のおばあちゃんたちに、あいさつの会 釈をしながら想った。 * 「前から不思議だったんだけどさ、」 洗い場の喬にむかって亜矢は、どうでもい い話をはじめた。 いまもしらないけど、と言って、 鉄温泉の、鉄ってどこからきているのかが 不思議なんだよね。 え、鉱石じゃないの だったら、ほかに硫黄分や銅や亜鉛や砒素 もでてきてしまう。 日本の鉄鉱石は、硫化鉄だから。 そういう温泉ももちろんあるよ。 でも、そういうところは、毒物や毒ガスの 副作用で、たいてい湯元には「なんとか地獄」 というなまえがついているものなんだ。 そういうところはたいてい硫化鉱床の地帯 だ。そういうところは、温泉だけでなく、ふ つうに井戸をほっても、飲み水に毒がまじる ことがある。 硫化鉱床は、むかしの海底火山帯が褶曲に よって、陸化したところにできる。岩手秋田 の境の黒鉱の鉱床も、むかしは古い日本海の しただった。 国際援助で、 (喬は、また亜矢の連想が雄飛した、とおも った) たしかラオスに井戸を掘ったところ、そこ がそのような地質だったらしく、住民が中毒 になってしまったことがあったんだ かんがえてみれば、海底鉱床は、べつに日 本海だけのものじゃないからね でも、この御用邸の近くはそうじゃない。 塩の温泉でもあるから、おそらく古い海水 とともにとじこめられた砂の層の鉄分じゃな いかなとはおもってる。 砂には1パーセントぐらいの鉄分がはいっ ている。板ガラスをよこからみると、深い緑 いろがかって見えるけれども、それは原料の 砂に不純物としてふくまれている鉄の色。 酸化の低い鉄は、青緑、 酸化の高い鉄は、赤橙。 遷移の金属にはそういう傾向があってクロ ム明礬は緑だけど、産廃クロムは赤い。 クロムが毒で大騒ぎされて、鉄がそうじゃ ないのは、たぶん赤クロムが作用がきつすぎ るからなんだろう。 赤酸化鉄だって、濃縮精製された強い試薬 は、銅を溶かして電気基盤をつくるのにつか われたことがある、皮膚について気がつかな いと、そこに穴があくぐらいだ。 赤クロムが、在日さんの皮革工場で豚や牛 の革をなめすのにつかわれたことと、作用は、 おなじ。 亜矢は、森の緑にちかい湯治場の、川面に ちかい真っ赤な洗い場をめでしめした。 もちろん、このお湯は、地下では赤くない と想う。酸素の豊富な地上に出て、はじめて 「さびて」しまったんだね。 でも、なんでそんなことがきになるの。 それはね、 亜矢は笑い、ひろい湯船のなかで四肢を伸 ばし、 こがらな全裸のマーメードとして、湯の筧 :かけい:のしたにすうっと、およいでいっ た。 亜矢は無邪気にかんばせを、うたせゆのし たにさらし、くちをひらいた。 ・・・のんでも毒はないのか、ということ。 亜矢はちいさなしろいあごを閉じて、湯を のみこみ、そのちいさな手で顔を、ぬぐった。 たぶん、長野から関東につながる広大な地 下の熱の岩のうち、浅間草津はマグマの内部 の成分もたぶんに噴出しているんだろうけれ ども。そういうはげしい火山帯には、硫酸の 小川があるよ。 「この那須のほうまでとおざかると、事実上 熱しか、その表層にはつたわってこないみた い。」 亜矢は、湯船のなかで立ち上がり、その毒 のない湯が、みずからの乳房のうえをながれ るのにまかせてその先端からしたたらせ、喬 のいるあらい場へと、あるいた。 * 亜矢は、喬にせなかをながさせ、 「喬、だきついちゃだめだよ。」 だれがみているかわかんないからね とくぎをさしながら 「おじいちゃんがいっていたんだけど」 かならずしも土地は肥沃ではないけれど、 この那須の台地や扇状地は、農業なんだ。 もし、その川の源流に硫化物の毒物がなが れこんでいたとしたら、ここは繁栄していな かっただろうね。すくなくともここの土は牧 場の意味では、充分肥沃だとおもっていい。 氷河石の土質に苦しむ長野のアルプス地域か らは、たぶん石つぶてがとんでくるくらいに。 それは、たぶん熱水が、古代層のミネラル をずっとくみ上げていた効果もあったんじゃ ないかな。 長野の政局が、代々なんとなく左傾化して いるのは、そこの土地が痩せているからなん だよ。 もともとだれも住んでいなかった原野に、 満州からひきあげてきて日本のなかに行き場 所がない人たちが、開墾したんだ。 明治の蝦夷地と一緒さ でも、土地自体の地力は根本的にはかわら ない。 北朝鮮がそうであるように、 工業固定の窒素肥料がないと、痩せ地の農 業は立ち行かないだろうね。 「ただ、 政治は、あぶないからできれば近寄らない ほうがいい。特に、依存心のつよい人はふり まわされて結果的にだまされることになる」 職員室の隅にも、へんなポスターがあった よね。 亜矢は、うすいピンクのショーツに足をく ぐらせながら語り、 そのゴムを、16歳の骨盤の上で、ぱちん、 とならした。 乳あてを背で止め、みどりのジャンパース カートを脚に持ち上げ、ポロシャツを着た。 すこしながくなった髪をその後ろで無造作 にゴムでひとつにしばり、 あめいろの待合室にで、会釈をしてほかの 湯治客に挨拶をすると、周囲から場違いなき れいなわかい娘のふたりずれに、ほお、とい う素直な歓声が、あがった。 ・・・今日は、今回はといあわせをしなか ったんでいけなかったけど、 この湯川の上流に、塩水温泉で、海水魚を 養殖しているところがあるんだ。 亜矢はレンタルの自転車に鍵をさした。 もともと、 わたしはその話を聞いて、こういう泉質に 興味をもっていたんだ。 古代、海の水はもっとうすかった もともと魚はもっとうすい塩水で進化した ので、好き好んで現代の濃い海水にすんでい るわけじゃない。 慣らしてしまえば、1パーセントぐらいの うすい塩水のほうが、たいていの海水魚はス トレスなくよく育つんだって。 毒さえなければ、食塩温泉の濃度はちょう どいいんだって。 ・・・亜矢は、なんでも知ってる。 まえ、そのことをつたえたとき、 死ぬまでなにを知らないことをおもいしっ ているから、 死ぬまでしりつづけようとおもうだけだよ。 にべもなく、笑顔でそうかえされた。 自殺する人が多く出る、という意味ではた しかに小説という形式はまちがっているのか もしれないとも、言った。 はて、その前後は、なんの話題だったか。 歌人には自殺者が多く、俳人にはすくない、 といったことについて、文学の過剰な饒舌に ついての害をかたっていたような気がする。 紀行文や随筆が、書き手にとっても読み手 にとっても、公約数的にもっとも負担がすく ない、ということをいっていたようだった。 * さあ、 亜矢は自転車にまたがった。 牧場のソフトクリームを食べに、いこう ジャージー牛の乳って、のんだことないん だ。 まだ、散髪をしていない亜矢の黒髪のいく つかのすじが、高原の風に、たなびいた。 * 「今日は、満月なんだね」 亜矢が窓をあけはなちながら言った。 だからかな、なにか気持ちが高ぶっていた ような気がする 満ち潮の性、ってこと? そういうことか、な 今日は、ワインはやらないの いや、もうたくさん 喬は、しかめつらをして、右手をひらひら させて、そっぽをむいた。 いい天気だね、星が出ている。 亜矢は、ベッドサイドの窓を全開にし、 夜を部屋に入れた。 そのまま、ベッドの窓側に腰をかけ、 ベッド横のチェストに、体重をあずけた。 喬、こっちきなよ。 亜矢が声で、まねくと、喬は灰色の・ スエット・スーツで、とすんと、 亜矢の横にその腰をほおると、 ふたりのからだがばねの利いた ベッドのうえで、 同時に揺れてはね、 ふたりは笑って、 たがいのからだにしがみついた。 ふふん。 喬は、亜矢にしがみつき、 亜矢は、喬に、あまえた。 ふたりは、ほおをすりあわせ、 はなすじをかさねると、 くちびるをふれあわせた。 さくらいろのぬれたしたを、 からめあわせ、たがいの吐息を あまくふかくすった。 ・・・つきのひかりって、あかるいんだね。 亜矢は、 喬のほほのはだのしろさをあらためて確認し、 喬は、 亜矢のはなすじの、くっきりとした輪郭が、 亜矢のほほの月の高原に、そのシャープな うすむらさきいろの陰影を、 つくっているのを知った。 ・・・ごめん、がまん、できない 喬が、欲望を告白し、 亜矢のポロシャツの上衣のすそに、 手をかけ、亜矢に万歳をさせた。 夜の宇宙空間に、 しかし宇宙服なしのしろい少女の素肌に、 うすももいろの清楚なブラジャーだけの 亜矢が、 ふきだしたわずかに希薄な 月の世界の金の粉にまもられてあらわれ、 (いっぽう喬のからだをつつむ、 蒼みをおびた気配としての夜の 月光のおもみは、 那須の夜の闇に深過ぎる闇の青空の、 大気の翳りである)、 そのまま、亜矢は 喬にひだりの肩をおされ、 あしを、ひきのばされて、 大柄な喬の全身の、おもみに、踏まれた。 ふまれて、亜矢は、 月光のなか、やわらかいはらにかかる 喬の重い体重に、幸福をあじわい、 自身の胸のふくらみがつぶされる幸福な感覚に、 こころのなかで、うめいた。 亜矢は自身のジャンパースカートの ボタンに手をかけられ、 それをむしりほうられると、 亜矢はベッドの白い雪のなかに、 喬のおもみによって、おしこまれた。 喬のわかい女性の体臭を、胸にふかく吸い込み、 亜矢はこのまま、 眠りにおちいりたい誘惑に駆られた。 亜矢は、しばらく、 喬のはいいろのスエットのなめらかな布の 感触と、それをつうじてつたって来る喬の体温の あたたかみを全身であじわっていたが、 「喬も。」 うったえて、喬という、ブラジャーとショーツに つつまれた青白いかがやきの美少女が、 はいいろのなかから羽化するかがやきを、 まぶしくみつめた。 ベッドのかたわらに、 立つ喬のからだの夜景は、 月光に照らされ、 むらさきいろの大理石と 透明石膏の像となっていた。 大理石は炭酸石灰で、 結晶化すると透明度が真空のように深く、 しかし透明石膏は酸化硫黄をふくむので、 しろい翳りが、夜の霧の、秋の乳液の ようにかすむ。 あやしさと純粋さが、 気分によっていれかわる喬の性格は、 たぶんこのころからのものであった。 スタンダールも、リービッヒの知識の門を たたければ、 よかったかもしれない。 うすいレモン色がはたはたと揺らめく カーテンが夜風であり、 高原のすずしいいかわいた風が、喬という 生きた白枯れのなめらかな、 しらびその幹をかがやかせていた。 無理のなく自然に骨格を引くせすじが うつくしく、 またひざから腰にうえにむかってながれる、 背の高い長い脚の少女の、脚のその自然な直線が、 わずかに有機的なわかい筋肉のカーブをつくって、 喬の、 「ショーツにおおわれている自然な やわらかい尻のライン」 に、つづいていた。 亜矢は、喬ができるだけふとるようにと、 この瞬間にいのっているじぶん に気がついた。 まるで、喬が 7月のはかない砂地河原の蒼く透明な、 うすばかげろうにみえたのである。 (・・・あれは、しかし肉食だったよね) 亜矢は、想った。わたしの首筋から 血の一滴でもささげれば、 喬はその重みを、ますことができる のだろうかと。 喬はふたたび、ベッドに腰をおろし、 ふたりの4本のしらうおの剣:つるぎが たがいに交差して、からまりあい、 ふたりはそのまま月光のもとに、 むらさきの陰影を身にまといながら、 ベッドのうえにくずれ、溶けていった。 亜矢は、自身のひだりの首筋を差し出し、 「吸って」 喬に命じ、喬がそのはだに舌をはわせたあ と、 「吸って、強く。」 あとがのこるくらいに。 といって亜矢は、 じぶんの少女の可憐なきぬいとの けまりのような頭部をまわすために ついている、 くびの肉の上の皮膚に、 くわえられるつよい陰圧が たぶんに毛細血管をやぶりむらさきいろの あざになるその過程を、 所有されるあかしとして、あじわっていた。 (かえったら、ママにみつかるけど、 そのときは、正直に言おう) 亜矢は、すこしワインのまわった脳裏で、 ふと、おもった。 露出狂とは、愛された犬が信頼ではらを しめすことに等しい。 高原のすずしい風がカーテンを はためかせふきとおるうち、 ふたりのからだから、ホックが自然に はずれてブラがどこかへ消え、 ふたりはいつしか知った。 それぞれのせすじの すぐしたのうすいはかないぬのに、 それぞれの手がかかり、それぞれの手 がかけられて、焦燥に引きちぎられるように、 ふたりのショーツも、いつしか闇に、 消えてしまっているのを、知った。 ふたりはそのまま、 交互にたがいの乳輪にくちをつけ、 のべ4つの、ふたりの乳輪を、 はしたなく濡れて湿った、音をたてて、 あふれだしてとまらない、気持ちをこめて、 ひろくなめまわすように、 つよく吸い、 たがいの陰核に、舌をなぞらせ、 わかいからだとこころの重みをだきあいながら、 たがいの、 わかいまだすこし堅い乳房を交差させ、 たがいのからだの、こころの欲のかわきと、 快楽に香る肌の湿りに、重く、 気持ちの肌を、腹と胸のおもみを持って こすりつけ、 四肢の運動として たがいに、全身の皮膚のすべてで、 あいての全身に、愛撫をささげ、 おたがいに、その、わかい体温を、 際限もなく、交換した。 喬は、 亜矢が、そのほそいくびをのけぞらし、 めをつむってみじかいさけびを繰りかえ しているのを、 なんかいも見、 そして、くいしばったしろい奥歯が、 そのよこがおにみえているのを、 少女の高い声の、しかしのどにひくく、 絶頂のくぐもった快感の、 苦痛のうなり声の叫びを背景に、 なんかいか、見た。 * 「・・・あまった、米と、調味料と、 空いた酒瓶は、ロッジの資源ごみに (こっそり)だしてと、」 あ、喬、のこっている瓶ものは、新聞紙・ ・・はないから ああ、タオルでいいや、あ、いっぽんいっ ぽんべつべつに。途中で割れる。 「送料のほうが、高くつくわよ」 しゃがんで片付けをしている亜矢に、 たったままの喬は、言葉を掛けた。 いいの。食べ物捨てるの、いやなんだ。 「おばさん、こなかったね。」 2日後、そういって喬がそのながい腿を、 ホットパンツからだしたすがたのまま、 バッグをかたにかけてたちあがったあと。 だめだめだめ と亜矢がそのももとひざがしらをゆびさし た。 おねがいだから、ながずぼんはいて。 「かえりの列車で、悪い虫がつく」 5ミリぐらいの赤い斑点で、とっても痒い んだよ。 なにそれ、と喬が笑い、 なによ、じぶんはいいの? と喬が亜矢のジャンパースカートをゆびさ した、とき、 (・・・あ、) と喬はちいさな異変に気がついた。 「まあ、ほら、わたしは、脚はながくないか ら」 * おじいちゃんが心配だからこれないという 理由がひとつ、亜矢の母の口頭での連絡で聞 こえてきたが、結果それは、予約を取る必要 な大人の名義を貸したことになった。 (ママ、まさかふたりっきりにさせるために ?) 考えすぎかと、亜矢はふと自問した。 * 「たしか、駅の前に、郵便局あったよね」 こういうまちでは、インフラの店は、役場 のちかくに、みなまとまっているはず、だよ ね。 亜矢。 喬が、声を掛けた。 「あなた、痛くないの」 え? 亜矢の右の太ももの、内側にほそく、 赤い血が、流れていた。 あ、きちゃった・・・。 「・・・いたく、ないんだ。」 ・・・10代のうちは、不規則だからってい うけど。 喬は、バッグをおろし、そのふたをあけた。 ナプキンでいい?タンポンもあるけど。 まったくもう、こういうものの準備もして おかなければだめなのよ 「うーん、そのジャンパースカートは、もう はけないわね。」 喬は、ジッパーからうちももに掛けての、 赤いはずの少女の血を、 浅緑の軍隊緑が黒く演出している縦筋とし ての染みを一瞥し、 恋人のなまなましく、しかしわずかな色気 を、そ知らぬ顔であさましく、かみしめた。 喬は、かたちの良いじぶんの鼻腔が、一瞬 一双の翼として、ふくらんだことに、気がつ かなかった。 ・・・じゃあ、これをはくしかないわね。 喬は、はじらいもなくさっさと、じぶんが はいていたホットパンツをぬぎすて、 ショーツを気休めに付着させているだけの わかいちいさな腰を、 じぶんの長い脚のうえにただ置いただけの、 姿になった。 ・・・わたしは、この地味なすれたジーパ ンを、履くしかないか・・・ あの青いドレスじゃ、めだちすぎるし・・ ・ 亜矢、かえのショーツはあるわよね。 さっさと、 それぬいで。 亜矢はしぶしぶ、喬のそのことばに従うた めに、スカートのボタンに手をかけた。 脚のながい喬に、このホットパンツをはか せるのは、扇情的にすぎるし、 また脚のながい喬の、すれたジーパンを折 り返しにしてはくのは、あるきにくい。 (・・・どうせ、わたしには、「いろけ」は、 ないから。) いっぽう喬は、開けたバッグの前にしゃが んでいたが、なにかを思いついたように、ふ と、手を止めた。 喬は、 ほんのすこし「鮮血」が前ににじんだ、ピ ンクのショーツをいまだ脱ぎえていない亜矢 を、うわめづかいに見、 「亜矢。」 なに? 「うふふ、わたしがしてあげようか」 喬は、包装をまだむいていないアンネの棒 を亜矢にかざして、妖艶に、わらった。 快楽ではない、肉体生理の必要にしかし、 亜矢の意識が、すこし、血の気が引いた。 毛嫌いや慕情の、主観なんか、いいかげん なものなのだな、と亜矢は自分の無意識のす がたを想った。 (亜矢はこの日の喬の指のちからを、夜毎に 思い出すじぶんに、あさましさを感じるのが、 夜毎に、うれしかった。) ただ、季節としての後日、 亜矢が喬にこの行為に似た、しかし大きさ としては発展にあたることをしたのは、けし ていまの喬のような、好奇心に似たいたずら ではなかったが。 それは喬が、きずなを欲しがったからであ る。 * 7回忌なの 白いセーラー服でみちのむこうからあるい てきた喬は、勉強するためにきた亜矢の家に 着いたとき、なつやすみなのにセーラーをき ている理由をたずねられ、答えた。 (遅れるって理由は、これか。) 「なまえ」のおばあちゃん? うん、満面の笑みで喬はうなずいた。 じゃあいま親戚あつまっているんじゃない の。 だって、みんなの前では、おさけのめない し、それに仲のよかったいとことか、お兄ち ゃんとか父方だから、離婚したからそれっき りだったし。あんまり話すと、つらくなるか ら、握手して、抱き締めあって、それでこっ ちに来たわ。 おばあちゃんには、ちゃんといのってきた からだいじょうぶだよ * 那須からかえっておよそひと月半の秋、 夕空は、硫酸の金星の支配下にあった。 「亜矢!おじいちゃん、息してない!」 日没にもなって夕餉にもかおをだしてこな いのをいぶかしみ、 母親が2階に様子を見に行ってしばらく、 彼女がベランダから頓狂の声をあげた。 それから駆け足ですぎた一週間、亜矢は学 校でも家でも、あの日祖父がやさしいこえで ぬぎなさいといた紺の制服ですごすことにな った。 もちろん、葬儀の祭壇はもとより祖父では なかった。 いや、葬儀空間の半径と質量はたしかに祖 父の業績ではあったのであろうが、 亜矢にとっての祖父とは、ぬぎなさいとい われた紺の制服がまずpriorityだったのであ る。 ---------------------------------------- 8 高校2年・冬 高校2年の年末、終業式後。 亜矢ちゃん、かばんもつよ 喬は、亜矢のショルダーをうけとると、 じぶんのかばんとは逆のがわに、たすきに かけた。 いいにおいだね あげあがったじゃがいものスティックのこ うばしいかおりが、亜矢の持ったかみぶくろ の周囲にただよっていた。 はやく、かえってたべよう。 亜矢が無垢な純真な笑みで、喬にほほえみ かけた。 「喬は、ちからもちだ。」 そんなことないよ体格ににあったちからだ けだよ。 アフリカ象にくらべたらインドの象さんは ちからもちじゃないけど、人間よりはちから もちでしょ 喬は、雌の象さんか、色気ないなあ くすくす ふたりはわらいながら、亜矢の家へといそ いでいた。 バレーは2年でやめるんだっけ そうね、わたし、国立うけるから。おかあ さんにおどかされたわ むかし、ふつうは浪人しなければはいれな かったのよ、部活と両立はできないのよって ね そこまでくくるんなら、いっそのこと1年 次がおわったらやめたほうがいいんじゃない。 レギュラーになったとしたら、それこそあ ぶはちとらずの深刻な中途半端だよ。 そうねえ 喬はとおくをみる眼をした。 それにしても、いいかおり。 よし 亜矢は、かみぶくろのなかに手をつっこむ と、ながいじゃがいものスティックをとりだ し、 背のたかい喬のくちにさしだした。 おいしい 喬が、満面で、わらった。 亜矢はその半分のこったじゃがいもを、じ ぶんのくちのなかにほうりこむと、 「・・・世のなかには、 じぶんがものをしらないことを、 しらないひとがおおいわよね」 と自称「なまいきな高校生の口調」でいっ た。 このじゃがいもを、いったん練ってつなぎ とまぜて揚げたんだ、といったひとがいるん だってさ え、ちがうの 「とくべつに品種改良した、さつまいものよ うにながい品種なんだよ」 ほら 亜矢は、いっぽんじゃがいものフライをと りだして喬にみせた。 はじがななめでしょ。 練り物ならわざわざこんなふうに加工しな い へえ たしか、アメリカ西部の園芸家のバーバン クが育成した品種の子孫だったとおもう。 19世紀の末ぐらいなのかな くわしいのね 農業に興味あるんだ。 輸出がだめなら、食べ物をつくらなければ ならない。 「じゃあ亜矢はそういう進路に」 わからないよ 18ぐらいで一生が決まってたまるもんか。 なにもしらないうちに大人になることが、 どんなにかこわいことか。 ・・・わたしはまだ高校生だけど、 世の中ってあやういなあとおもうことがあ るよ。 民主主義はたてまえだけど、みんな詳細で はなにも知らない。 代理人でものを調べるものかきやパパラッ チ氏はどうしても、おちついて取材できず、 結果うりあげに走って、 結果扇動に加担せざるをえない。 的確という意味で、だれがみんなに責任を とるんだろうね。 ふうん みせたポテトを喬におしこむと。 (もぐもぐ):喬 あとは、家についてから。 茶色のかみぶくろを、しろい手提げにもど した。 のみものをたのまなくて正解だったね。 せっかくあったかいパンが、つめたくなっ てしまうところだった ねえ なに、喬。 亜矢、数学得意よね うん、そういうことになるのかな、 女子のなかでは。 おしえて。 土曜、ひまになるから え、男子にききなよ だって、もし男子に聞いて、もしその人と 仲良くなっちゃったら、 亜矢は不安じゃないの。 いいんじゃないの いやよ、そんなの だって、いまなかよくても 亜矢がみあげた西の空には、金星がでてい た。 卒業すれば、自動的におわかれだよ おさななじみだからいつでもあえるわよ。 いつでもあえるからこそ、日常的にはおわ かれなんだよ。 たとえば、喬、あなた田舎のいとこのこと を友達だといまでもおもっているの?そうじ ゃないでしょう。 ・・・亜矢と結婚できればいいのに。 * 亜矢は、背のたかい喬をみあげ、歩をとめ ると、 そのほほを赤いてぶくろをした右手でふれ た。 結婚、する? 亜矢は、せいいっぱいの、笑顔で、いまの 恋人にほほえんだ。 * 冬休みの末。 「いらっしゃい、まってたよ」 自宅におとずれた喬を、亜矢は玄関のドア をひらき、その板に体重を押すななめの姿勢 のままで、みあげるように長身の喬の、シル エットに、笑顔をしめした。 「シャワーは、あびてきた、から。」 長身の少女は、いい、靴をたたきにぬぐと 亜矢の背中に言った。 亜矢は、こたえず、その背中のままで、 ・・・喬、後悔しない? 「ほんとうはね、 こういうことはくせになっちゃうから」 ・・・おしえたくはなかったんだけど。 亜矢はキチンで紅茶の葉を、ケトルにいれ 沸かしておいたお湯をそそぎ、四角い黒い盆 においた。 ・・・いいにおいね ふふ、ダージリンよ おじいちゃんがね、 どちらでもよくて、なおかつ手がとどくの なら、できるだけ本物にさわりなさいってう るさかったの。 ダージリンはみかんの香りが半分まじって いる。 ぶしゅかん、ってしっているかしら 学名ならシトラス・なんとかラリス、ある いはなんとかアセアでしょうけどね。 柑橘のえだがわりで、果肉がほとんどなく てすべてが果皮になってしまったような実を むすぶシトラスよ 果肉がほとんどなくて、果実皮が過剰に発 達するから、外原腸胚のように、皮が外側に 飛び出て、皮が人のゆびの複数のように垂れ 下がるわ。 亜矢は、発生学の言葉をつかった。 「仏手柑、ね」 果肉がほとんどなくて、種はできるのかし ら。 わたしも現物はまだみたことはないけど もし、不捻なら、それは、 ・・・わたしたちがこれからしようとして いる実際のレズビアンをふくめた、いい意味 での同性愛であれば、いいわね。 種ができなければ、それは実際の生殖子を 経ないという意味で、文化の栄養繁殖になる。 芽の接木は、利益だけめあてを排除するとい ういみで、弟子を吟味しければならないわ。 ましてや親や師匠が、既得権に溺れてはな らない。 ・・・いい意味での友達って、利害をはな れたところにしかありえない。 だから、ともだちって、あるいはともだち をつくる訓練って、学生時代にしかできない ということは、言葉としてだけならおじいち ゃんから、聞かされたわ。 これは大事なことだぞ、となんかいもくり かえしね。 まだ、実感としてはぴんとはこないんだけ ど。 師匠や弟子の関係って、友情の尊敬の度合 いという意味で、友達の発展形だとも言って いたわ。 そうなのかしら。 ぶしゅかんはね、かおりがおおくふくまれ る果皮という意味で、実よりも文化を選ぶ方 方向で選抜されたえだがわりよ。 つまり、その系統は、文化に掛けることで しかその存続はない。接木されなければ不捻 の枝は絶えてしまう。 人間には精神の生殖が存在する。 稗田阿礼、ね。 それは異性禁制の、僧侶山門が問われるり りしさににている、わね ほとけのて、とはよくいったわ ぶしゅかんの実は、乾燥されていろいろな 目的につかわれるわ。 シトラス・ピールの半分は、これよ。 * たいして高くないのよ。 戦前輸送会社の紅茶のティーバックより、 よくだしがでるわ。 だしって、お茶でしょ。 「本質は、かわらないわよ」 (・・・そう、本質はね) (人間なんか、もともと粘液とあさましさか ら出てきているのに、無力や無能はそれをひ たかくそうと、修辞に満ちたフリルのブラウ スを着るわ。 無知でお上品な、死の商人のあたまのわる い夫人と、我執に駆られて全部巻き上げる女 社長は、その本質は結局は、おなじもの。 中庸と落ち着きは、結局は実力を得ること からしか得られないことは、歴史の知識とし ては、わたしは知っては、いるけれど・・・) 亜矢は、あまい菓子と白磁のカップをふた そろえ盆にのせると、 階段を先にのぼる、喬のながい黒髪の制服 のうしろすがたを好意をもって一瞥し、 階段の一段目にかけた、みずからのひだり あしの筋肉に、ちからをこめた。 登るとか、前に進むという行為は、背筋と 下半身に緊張をかけ、引き絞ることである。 魚が泳ぐとき、身をもむように。 (糞なのにフリルを着飾る、媚よりも、糞便 のなかのダイヤモンドのほうがよっぽど価値 があるわ。 そこに機能という本物の本質が存在するこ とが信じられる確信としてあるのならば、ひ とは臆することなく汚物のそれに手を突っ込 むことができる。) 亜矢は、教育ライブラリのなかでみた、鮭 のカップルが絶頂のとき、そのくちをおおき く、ひらく映像を、おもいだした。 じぶんが、よるのとばりのオナニーのなか で、おおきくあごをひらくこととそうかわり は、ない。 性や本能は、間脳があればそれで十分で、 文化や気位など、動物にはほんらい必要がな いものだ。 ながされず、ただ光を追う本能だけで本来 充分である。 それぞれのおのおののこの惑星と一蓮托生 に生きる覚悟があるのなら、本来文明など宇 宙に必要がない。 外付けの大容量外部ディスクでしかない、// brain-cortexは、人類が地球を見捨てるた めに宇宙船を作るときぐらいしか、その意味 はない。ただし、恒星間の抒情詩は、事実上 物理法則にしたがって禁じられている。 星は、遠すぎるのだ。 星に希望をたくす場合、それはおそらく絶 望の逆数である。 死という無限の火炎をたきぎの分母として その身をひしぐとき、拷問の苦痛がマゾヒズ ムのオピオイドを分泌する場合、殉教者はそ こに万能の祝福のかがやきをみるのかもしれ ないが、 そのようなしくまれた機能に積極的に意味 を見出すことは、たぶん、科学の仕事ではな い。 * いっぽう、星空はモノローグでもある。 分裂人格間のdialogueと言う意味ではなく、 より真の意味での独白である。 この宇宙の奇跡は(もっともそんな宇宙だ からこそわれわれがきのこのようにはえてき たのだ、という因果律とおなじ意味の「弱い 人間原理:weak humane-prinpicha」意味 では奇跡ではないが。) 光の量子の定数が、星の光が数千光年も飛 翔してもアナログな波として拡散蒸発・減衰 (短波ではよくおこる)してしまわない値に あることであり、 それが星空の見える奇跡である。 (亜矢は最近、その事柄をふたたび読んだ。 20年間、おもいだしたことのない知識だっ た。) それは逆にいえば、見えることが奇跡のよ うに感じられるほどその天体がかなたにある ことであり、 「見えたよ」とむこうの夜の峠にカンテラを むけても、仮にその返事が返ってくるとして も、そのころにはカンテラをもっていた人の 肉体の炭素は、別の形で地球を循環している に違いない。 星空が、モノローグであるということはそ ういうことである。 その現象は、星のひかりの色の波長では光 の量子がdigit:デジタル側できわめて安定 ということをしめしているのであり、 なぜか亜矢は、量子概念で、ビット・デジ タルの側には、 返事としてのぬくもりとしての「愛される こと」いう行為が、不可能であることを知っ ていた。 それは保存することということについて、 量子デジタル現象のほうがあまりにも優秀す ぎて、愛に飢えた贈り手の肉体や寿命を、ま たぎ飛び越えてしまうからである。 筋肉が腐って、骨が残ってしまうことに似 ていた。 ミイラはエジプトでもそうであったように、 おおいなるものに体温を持ってだきしめられ ることをのぞんで作られたというその動機そ のものは、女性的な、さみしさを嫌うこころ でもあった。 好意を、意識のデジタル論理を介して活字 にするとそれは書籍になるが、 良書というものは、それがかかれてから数 百年が経っているので、読者がいかにそれで 恩恵をこうむっても、書き手はその感謝を知 ることはない。 おそらく、愛し愛されることという素朴な 性行為としての愛はanalogueとしての「波」 なのであろうが、 活字や思想としての愛は、すくなくとも人 生の寿命の単位では、それが会話としてなり たつことはふつうない。 評判が立ち上がって見えるようなことは、 それはあおられた興業や広告なので、すぐに わすれさられる。 行間を読めない田舎の青年が、疑ったり、 帰納する訓練を経ないまま、 「はなやかな世界に入門して、 どんどんむなしくなっていくじぶんのその 日常に絶望して」 しまうのは、興業における作用反作用とし ての、レンツの法則、あるいはル・シャトリ エの法則である。 亜矢は、金属半導体の珪素がつくった、天 網にたいしてさめた意識をもっていた。 それは、たとえ動的に見えるにせよ、文庫 にしか過ぎないと。 文庫である以上、それが次に読まれるのは おおむね百年以上あとのことである。希望は せいぜい、技術文明がつづくかぎり天網もま た滅びたりはしないということだけである。 天網は、星空に似ていた。 残すため、伝えるための手段とそのための 空間であり、そこでは商売と興業は、本来な じまない。 熱帯雨林は一種の遺伝子銀行であるが、そ れはそのなかでの野生生物が、自然の営みに おいて捕食者にいきたまま引き裂かれること とは、事象としてまったくべつである。 すべての生物の親はいわゆる「デジタル愛」 としてATGC塩基4ビットのデータを子供 や嬢細胞に遺伝子としてわたすが、それは親 自身の世代やその肉体が、卑近に利益を得る ためにするのではない。 だいいち、発情した個体は、じきに寿命で ある。 実業ではなく、天網やマーケットのみで商 売をしようとすることは、後輩の世代を食い 物にしようとした、人材派遣のように、うま く、いかない。 * 亜矢にとって、まえにもうしろにもつかっ たあおぐろい、ゴムのこぶりのはじめての道 具は、 亜矢にとってのダイヤモンドを含む、青み をおびたかんらん石としての南アフリカのキ ンバーライトだった。 かんらん石は、ふくむ金属成分によってあ おみどりから赤褐色にいたる鉱物であるが、 風雨による風化に弱く、キンバーライトはし ばしば、風雨によってうがたれ、微少な鉄分 による、黄土色の粘土の中からダイヤモンド が、そのきらめきとして、出ることもある。 宇宙空間の常識から見て構成金属成分が水 によってあらいながされた超酸性岩がふつう な異常な地球の表面では、 かんらん石のような地球深部の超塩基性岩 はまた異常であるが、しかしそれが惑星間で はふつうな小惑星岩の成分であることは、常 識としては他山の石である。 ほろびた前の世代の太陽や超新星での自然 な原子核の化学反応によってそのできやすさ として、宇宙では原子順序20番のカルシウ ムより順序12番のマグネシウムのほうが多 い。 ちなみに順序26番の鉄が宇宙に多いのは、 原子核にとって苛烈な恒星中心部では、鉄よ り重い原子核はすべて砕けてしまうからであ る。恒星は核融合によって重い原子核へと核 をとかしつぶすことによって輝いているが、 鉄の重さを越えて核を溶かすと、こんどは熱 を吸ってしまい、星は輝けなってしまうので 反応はそれ以上すすまず、デッドエンドとし て蓄積された鉄の原子核は、星の死後宇宙に 多くあまねくまきちらされる。 それ以上重い元素は、不安定な重い星が爆 発するときの暴走反応でしかつくられない。 かんらん石にはマグネシウムが異常に多く、 それはマグネシウムで飽和していて、それは 事実上珪酸マグネシアである。 鉱物は、鉄やマグネシウムをふくむと、う すい色がつく。 窓ガラスをはすにながめると還元状態の鉄 のイオンによって、うすい青色がたまにオブ ジェとして遊ばれるように、 マグネシウムに過剰なかんらん石の大きな 結晶はうすあおい若草色をおびている。 宝石でさえない貴石としてのperidot:ペ リドットである。 亜矢はむかし単純な組成から隕石のエンス タタイトがマグネシウムかんらん石だとおも っていたが、それはかんらん石から若干のマ グネシウムがぬきとられた (あるいは水晶に近い酸性岩との共有溶融交 配石としての) 「超」ではない塩基性岩としてのマグネシウ ム輝石であった。(宇宙でもperidotの意味 での鉱物は、フォルステライトとよぶ。) 珪酸原子団イオンは、3倍体の鮒に似て、 電荷としての金属イオンを抜かれてしまうと、 静電荷電結合をあきらめ、自分たちだけで 「共有」結合をはじめる。 いわば電荷結婚を段階的にあきらめた珪酸 原子団は、じぶんたちだけで無性的な精神の 結合を開始し、それは一種の「レズビアン」 ともいえなくもない。 そのいみでは珪酸原子団がひとつだけで遊 離しているかんらん石よりも、 かならず珪酸がふたつでひとつの共有の握 手をしている重珪酸イオン的な、輝石鉱物の ほうが、 すこしだけサッフォーの香りにふみだした 鉱物であるともいえる。 ・・・完全に男性のいない鉱物は、水晶であ る。無数の共有結合による水晶の堅さは、は たして、そのなかの造岩原子が、さいしょか らのぞんだことであったのかどうかは、しか し科学がこたえるべき答えではない。 安いそのピアスは、宝石の成分としては、 隕石天体のくびかざりではあった。 後日、おとなになった亜矢は、後悔のダイ ヤモンドをはずしているとき、その若草色の ジェムの一対を耳に載せていた。 花言葉とおなじように、貴石にも言葉があ るらしかったが、花言葉が普通の人が素朴に 感じる印象をそのまま表現したものが多いよ うに、 どうせまた、若草色のかんらん石には、清 楚とか初心とかいう意味が乗っているのだろ うと亜矢は想像していたが、 亜矢にとって、緑色や青は淫乱の意味を持 っていた。 男がつくった世界で、論理の徒として表面 上はまじめにたたかいながら、夜の休息のな かでは、みづからを淫乱の孤独ないやしで回 復させる権利があるじぶんを、 昼の世界のなかでもわすれないようにする ために、亜矢は亜矢にとって、淫乱の象徴で あるペリドットの一対を、白昼の両の耳殻に さしとおすのであった。 その符丁の意味を知る同僚は、いない。 男がつくった世界で、心臓が血まみれにや ぶける瞬間を表情の奥で隠しながら、亜矢に とって夜のみづからの淫乱は、中途半端にや ぶけたみづからの心臓を極限まで引き裂きき る、孤独なマゾヒズムの儀式であった。 そうでなければ、再生はありえない。 亜矢は、ミケランジェロが削り上げたよう な、神話の世界にしか存在しない背の高い文 武両道に、のどもとまで引き裂かれる荒淫を ときどき夢みるようになってしまっていた。 それは、ゆたかなしかしゆるい時代が彼女 に強いた、不幸な妄想になっていった。 職場に行けば、部下のなかにもしばしば年 上がいて、かれらはつめがあまいので、色気 などはほとんどない。 亜矢は、あまやかされた時代のあと、 電子装置の氾濫に、目的が手段に征服され やすい男性は、義侠の戦士に成熟する予定を とざされ、幼稚なアストロ「ボーイ」のまま で第3の性として「幼形成熟」している、 少子化の結果としての30代の子供部屋の しろくねっとりとした青年たちをみるにつけ、 女性の側からみた異性愛などは不可能なの ではないかと想っていた。 義侠とは、逆境からはじまる。 それならば、はるかに立場の弱い女性のが わにこそ、義侠は発生しやすいのかもしれな い。 「アルバートの思考実験」でしかないのかも しれないが、その意味で恋愛らしい恋愛とは、 女性同士しかないのかもしれない・・・。 もちろん、餓鬼どもの男同士はだめである。 生まれつきの男性性は、はんぱに知恵があ るから、ぬめるうなぎのようにつるりとおか まのずるで、恋人を捨て、財布をもって朝も やのなかを、はだしで逃げ出す。 おおきなものを捨て去ってしまったことに も気づかずに。 また、電子ギズモのボタンを押すばかりで、 この世に自分以外の人間が存在していること を、まだ知らない。 珪素は、珪素酸:珪酸である限りは化合物 として、多彩な顔の表情を示すが、ひとたび 還元精錬を受けて、半導体になってしまうと、 ゲート制御を、アヘンの幼稚な子供部屋の恣 意のマーケットに、にぎられてしまい、 腐敗悪の走狗となってしまう。 * 地球の鉱物は、脱アルカリとアルミニウム の多寡が統計十字軸2次元平面の意味で分類 される。 系を酸性条件にして、脱アルカリを推進さ せると、黄色いクロム酸が縮合して赤橙色の 重クロム酸になるように、基本的には珪素酸 金属塩である鉱物は、水に富む地球の環境で は、アルカリを溶かしだされてしまい、 無水酸性珪素酸である石英や水晶にまでな ってしまう。 洗浄脱アルカリの軸とは、 複雑な地殻変動によって、これら石英水晶 :超酸性鉱物と、MUSiO3で表現される広 義のかんらん石である超塩基性鉱物との、溶 融編成における鉱物の交配現象が、輝石やざ くろ石:ガーネットの系譜であり、 アルミニウム原子の多寡のがわの軸は、 珪素酸:珪酸のシリコンを、同じく宇宙で は存在比の多いアルミニウムで置換した、広 義の長石としてのバリエーションである。 この軸では、アルミニウムの0から100 パーセントまでの軸として、かんらん石から アルミニウム酸金属アルカリであるスピネル にまでいたる。 アルミニウム酸鉱物は、珪酸型の堅牢な四 面体構造を、保つために、みづからの電荷欠 損を過剰のアルカリ陽イオンによって補填し てもらっているので、長石は液体の水にさら され、アルカリが溶け出してしまうともはや 自身では安定した結晶構造を保つことは出来 ない。 できないので、結晶はぼろぼろとくずれ、 微細に風化し、こまかい粒子の泥となる。 純粋な泥は、酸化アルミニウム:アルミナ なので白色のボーキサイトになるはずである が、たいていの泥とは、空気中の酸素により 3価になった酸化鉄をふくむので、茶褐色の 色がついている。 実は第3惑星における文明とは、脱アルカ リ鉱物の化け学にねざしていて、 水による同性愛的な変成を受けた地球の酸 性岩から再度、宇宙鉱物としての陰陽両イオ ンの幸福な結婚を再現する作業でもある。 熱水接触などでできた、海底の輝石層は、 火山活動の熱溶融などを受けて、その「地底 の蒸留塔」によって、花崗岩の中の水晶石英 や長石になる。 石英結晶自体は風化を受けにくいので、母 岩が億年の歴史で火山まるごとけずられても くだかれることはなく、川底のきらきらとし た珪砂としてたまる。 珪素砂自体はなかなか火炎でも溶けないが、 もちろん縄文的な錬金術的な偶然の経験によ って、ひとびとは言語により、それと石灰石 をともに焼くと簡便に液体となり、透明玉の 造形を伝承することが出来た。 これは太古の再現である。 かんらん石は、海に襲撃され、金属やアル カリをうばわれ、水晶石英のなかに追いやら れた。 海にうばわれた金属イオンは、大量の二酸 化炭素と婚姻させられ、40億年前大量に石 灰石となって沈殿した。 そのふたつを炉のなかにくべ、高温を工業 によってあたえると、圧政である炭酸ガスが 放逐され、解放された宇宙鉱物としてのかん らん石が透明な板ガラスとして、再生する。 摩天楼は、かんらん石である。 コンクリートは、その過程で、原料に酸化 アルミニウムの粘土が混成されるとできる。 こなごななセメントに破砕できるのも、若 干の水をその安定化のために要求する性質も、 格子欠陥としてガラスのあちこちにはいりこ んだ、アルミニウム原子の性質である。 カルシウム性灰かんらん石でできた大都市 は、 当然ながら水である、雨に弱い。 都市の造形は、数十万年は、持たないだろ う。 * 輝く石としてのかんらん石と、クロロフィ ルはともにおなじ透明な若草色で輝くけれど、 亜矢はそれはともに量子化学としてマグネシ ウムのスペクトルに関係していることなのだ ろうか、とぼんやりおもった。葉緑素は、ポ ルフィリンフィトールマグネシウムキレート である。 量子論は数式がまじり、また分子量子論は 厳密には解けないので、亜矢はあまり積極的 にナノメートルやオングストロームの色彩に 肉薄するつもりはなかった。 知らなくてもいいことは、知ることを禁止 しない。であればまえにむかうことはそれを なすものの、所有する財産になる。 殺戮教師は生徒からつねになにかを搾取し ている。学問とはまだまだわからないことだ らけなのに、ふんぞり返るその態度には、む しろ弑逆こそがふさわしい。 亜矢の無意識は偏見として、つねにそうさ さやいていた。 ただ、知らなくてもいいことを知るみちを 執った亜矢の日常では、周囲からの孤独が深 まっていくことになった。 ・亜矢にとってぬるま湯の馴れ合いでは、認 識のやいばが鈍るからであり、 ・みなは即席に利益にしかならないことにし か興味をしめさないからである。 ・・・亜矢にとって、皆は 桑原 as NameStrings who(想 who(喬の共犯者になることになる) end who の先輩になることになる) end who の言った、 「やったらやりっぱなし、 いきあたりばったり」 の人生でしかなかった。 つかわれものをして民主主義という時代な らばそれはそれで当然の世相でもある。がん くびそろえてデッドエンドにむかいあう彼ら の姿は。 亜矢はのちに、山道が開けて丘のてっぺん からしたをみる人生になったが、民衆がぶい ぶいいいながら隘路に不平を言っているすが たの地理がとてもよくみることができるよう になった。 ただ、処方箋は彼ら自身が読まなければ解 決はし得ない。 そういう方向の自由は同時に、他人を拒否 する態度が標準になったが、それは同時にじ ぶんの「筒」をも自由にもてあそぶことにな ったのである。だれかにそれをささげたり、 共有することではなく。 その意味で、亜矢にとって、喬は貴重な 「体温」ではあった。 * ・・・快感。 荒い息の下、息が収まったあと、後ろから ぬいた「だんなさま」を高校1年生の女子高 生は、こころのなかでいままさに感じられて いたつよい快感を肯定しているしかし焦点の さだまらないひとみで、ながめていたが、 ふと、 そのゴム製品になすりつけられたように付 着している茶色いもののかおりを、そのちい さなかたちのよい鼻腔で嗅ぎ、 ふかくいきをすいこんだ。 蒼いゴムは、きいろいねばりをところどこ ろにまとい、 ひかりのぐあいによっては、みどり色をお びているように見える。 「黄土色」の色彩は、ヘモグロビンポルフィ リンが中間分解してできるビリルビンが肝臓 分解分泌の意味で胆汁経由で亜矢の大腸に排 泄されるからで、 それはポリフェノールと呼ばれるフェニル プロパノイドが、紅茶のタンニンやカレーラ イスのクルクミンの褐色をしめすことと量子 化学の意味では共役二重結合のいみでまった くおなじことである。 六員環やπ電子シートがしばしば褐色の色 をもつのは、もともとそれらの酸化型電子共 鳴が、光量子的にその色で共振するためで、 実は黄土色の不純物である酸化された赤酸 化鉄のイオンの3番目の不安定(たぶん)d 電子の振動もまた、その状態では酸化的に不 安定さとして振動しているからなのだろう。 有機無機のちがいがあるけれども、物質が 褐色をしめしているとき、そこには不安定な 酸化状態があるとかんがえることは、まちが いではない。 ・・・いっぽう、鉄やマグネシウムに富む 岩石が青緑色から赤褐色にいたるグラデーシ ョンのまだらをしめす、 毛織物でできたニッカポッカの地学の授業 で女生徒が、それを初夏の雑木林の木漏れ日 のなかでたったままぬがされ、そのピンクの ショーツの背面を、 彼女が尊敬していた、その、理科の教師に なで、さすられ、 半年後にその理科の教師が全校生徒の前で 結果的に責任をとったことを、 祝福されながら告白するような、 人生は、亜矢には無縁だった。 そこまで、他人を受け入れることができれ ば、亜矢は、ひわいな有機珪素のシリコンゴ ムなど買わなかっただろう。おとこのこを廃 人にみちびくシリコン・ダイキャストを含め、 酸素結合にとぼしい珪素は、恣意にもちいら れるとときとして、醜さといやらしさを帯び る。 焦点をみさだめ、そして意を決したように そのあたまにとがらしたちいさな舌先をのば しその味を確認したあと、 自身のよごれにまみれた道具をふかく、ほ おばった。 よごれをなめとり、つばにまみれさせ、嚥 下すると、亜矢ははげしく興奮し、 陰核をつよくすりあげながら、かたいわか い乳房を白いシーツのしわに愛撫させ、 亜矢は2回目の絶頂に身をふるわせた。 ・・・ほとんど毎日こんなことをしていれ ば、太らないはずだわ。 シーツにすりつけたみだれた髪のあいだか ら、かろうじて部屋の夜の壁をながめている、 亜矢は、ぼんやりおもった。快楽はへたなト レーニングよりも、心臓を酷使する。 * 「・・・あの先輩、それってオリビルですよ ね。」 職場の後輩に、ペリドットの別名でそうき かれて、そうだけど、と返事をした亜矢だっ たが、そのあとの会話に、はからずも内心動 揺してしまった日があった。みどりのオリー ブ油になぞらえて、マグネシウムかんらん石 の結晶はそう呼ばれることがある。 喬のような性格と違って、あまり神話や花 言葉に興味がない亜矢は、誕生石のいわれの ような因縁をねちねちパッチワークの裁縫の ようにこころの押し花をあつめまくる少女趣 味もまた、きらいだったので、 せいぜい清楚ぐらいの意味だろうとおもっ ていたその意味の名札を後輩から聞いたとき、 α線で蒸発しまくる熱い亜矢のこころのは げしい原子核の時間が、一瞬停止したことを 感じた。 ラザフォードの表現をかりれば、時間とは 「意味のある金箔」があれば、十分さえぎる ことができるとでも言うのだろうか。シンチ レーション強調装置があれば、亜矢のこころ の動揺も観測できたかもしれない。 性欲の汚物の色として、憎悪すべき世間の 不毛にカタルシスとして挑戦してきたつもり の亜矢にとって屈折した、緑色を、 世間のおじょうさんどもは、そんなふうに とらえていただなんて。 あぶらをさしていない自転車のみじかい急 ブレーキの音がこころのなかでなったにもか かわらず亜矢は、 動揺してはずすとかえって不自然なので、 その日もみどりのピアスははずさなかったが、 (・・・ごめんなさい) 亜矢は、ふりまわしてしまった、誠実だっ たかつての犠牲者のことをおもった。 あのひとは、ダイヤモンドをおくるときも また、そういういわれをしらべてから贈った んだろうな、とふとありがたさに、不浄の個 室にコーヒーの紙コップをもってはいること にした。 その日は別の色を帰りに買いに行った。 もちろん、いみもちゃんとしらべて。 * となりの部屋には祖父が就寝しているはず だったが、もちろん、熟睡しているはずはな かった。 * 「私たちは冬休みだけど、 ママは仕事だから。」 ・・・だから午前中に来て。 うまくいかないかもしれないし、また、さ いわいうまくいったら、いちにちたのしめる。 電話を置いたあと、 はたらいている亜矢のママにもうしわけな いという気持ちと、 はなしの段階ではまだ好奇心がまさる喬は、 背徳の鼓動がわずかにたかなるのを感じて いた。 * 「喬がくるまえの日に、準備よく洗っておこ うかなとおもったんだけど」 亜矢は箱を、半分飲み干したカップのまえ に置き、さらにそのすこしさめたお茶をのみ ほし、 ちいさな茶色の茶渋がついた白い琺瑯のケ トルからまた3杯目のお茶を、じぶんのカッ プと喬のカップにそそいだ。 亜矢は、鉄の表面になぜ溶けたガラスが拒 否なく均一にめっきできるのかをまだしらべ ていなかった。 紅茶を飲むたびにこのケトルを手にするた びに、その疑問をおもいだすが、最初にそれ を想ってからそろそろひとつの季節がすぎよ うとしていた。 だがちいさな疑問ではない。 古代の深海がいまより倍深く、ゆえに体積 比によっておおむね塩気は倍うすかったとか、 腸の中の多細胞の寄生虫が、事実上無酸素 の体内で酵母と同じく途中で呼吸をあきらめ 発酵代謝で生きることができる不思議さなど と、おなじくらいのおおきさである。 おそらく、寄生虫はその筋細胞あるいは類 似の細胞で、無気乳酸呼吸相当の呼吸を行い、 ピルビン酸と余剰水素を乳酸ではなく吉草酸 として排出する。しかし、筋ではない真核細 胞がそのような低エネルギー環境で生き延び るためにはやはり進化の選択圧を潜り抜けな ければならなかったろう。 女子高生が大図書館で、そのような資料を もとめ、繊細なきぬいとの、けまりのあたま を没頭しているのは、やや異常かもしれない。 ただ、そのようないっけんどうでもいいこ とを必死に知りもとめる行為は、彼女がじつ は世界の不思議を愛し尽くしているすがたに ほかならなかった。 そこには商売としての受験の打算はなかっ たが、それはいちめんでは愚かな行為だった のかもしれない。 また初期の風邪にアスコルビン酸がなぜ効 くのか、 なぜアメリシウム241はそんなにたくさ ん人間が手にいれることができるのか、報知 器に普通につかっても大丈夫なのかも、 まだ亜矢はしらべてはいなかった。 その無意識の箇条書きに悲鳴をあげ、 エントリ側のアウレリウスの備忘録を、お 財布とチェーンでつながったちいさなシステ ム手帳として、 亜矢が開発するのは、 以下に述べる喬との儀式としての情事から かぞえて、約半月後であった。 つまり、亜矢にとってもこれからはじまる 「亜矢と喬との結婚式」 は卑近な、しかし重要な効果をもって亜矢 の人生にも反映をその効果として開始するこ とになったのである。 高尚な概念よりもしばしば、食欲や入浴は 人生をあかるく切り開くが、そういう動物的 な肯定の感覚を支配する側座核と淡蒼球のよ うな機能が、効果があるのであれば、それは もちろん性欲も同様だろう。 ぶどう糖やフェニルアラニンが生命にとっ て重要なように、亜矢にとって喬との快楽は、 重要な有効な精神の習慣となったのである。 喬との快楽がそのように退廃に堕すること がなかったのは亜矢のがわからみれば、 喬が素朴に誠実な人間であったことによる。 それは人生の意味において最大級のさいわ いであった。 達成感や総合的な満足は、人生に肯定的な 気分をあたえ、つぎにすべきことをまえむき の選択にする。 快楽系の最終出力が、行動のための前頭葉 に開いていることは、そういうことなのだろ う。英雄は色を好む。ことをなすということ は、快楽系によい知恵と習慣を巻き込むこと でしかない。 おそらく、喬にとっても、受験を成功させ ることができたことは亜矢においておこった その青春と精神の肯定の効果の一翼が反映し たことは、 いち副物理としては客観的な事実だったか もしれない。 * 「将来、喬がおなじようなものを買うかもし れないからと想って、到着時の荷姿を見せて おこうとおもって」 亜矢は、ダンボールのカートンをいましめ ているクラフトテープのはしの、角に手をか けた。亜矢がどの角に指の爪をかけるかどう かという確率はつまり4分の1である。 亜矢はこのような確率を、ひとがきいたら 瞠目するほどの異常さで重視していた。 この時点からかぞえて、亜矢は生涯精神的 な野生にいきることになったが、 それは、すくなくとも将来の亜矢の夫やそ の娘にとっては一時的な幸福にはひびかなか ったかもしれない。 亜矢は、警戒心と緊張感が強かったが、そ れは感受性の裏返しであった。 古今東西、宗教は数字を吉兆として重視す るが、それはその数字が幸運の確率に結びつ いているからである。 おみくじなどでどれを選ぶか真剣に迷う人 生の選択は、じつは神経生理として警戒心と おなじものとしてかんがえていいかもしれな い。 完全なるぴりぴりとした野生は、その消耗 が激しいので、生物は朝永博士の繰り込み理 論のような省力化で、思考と警戒心のエネル ギーを節約しようとする。 わかりやすいとおもわれることがらでは、 事象の微分メッシュを荒く取り、しばしば定 石でものごとに対処するのである。 それが、日常的な処世訓である場合、その 共同備忘録はしばしば素朴な経典となる。 高尚な経典にしばしば素朴な食あたりの対 処と禁忌に対する記述がある所以である。 しかし、成立の経緯では、その備忘録はあ くまでも暫定であり、複雑な事象では当事者 がじぶんで考えなければならない。 経典の内容にはかならず例外やとりこぼし やあいまいさやそれゆえの結果的な間違いが あり、それを考えるためには、盲信はやはり まずいものである。 ただ、青年や人々は往々に悉無律に従うの で、革命と盲従のあいだをとることができな い。農耕・技術帝国では人々は機能の奴隷な ので、縄文段階のアルカディアのように中庸 のための精神的な自由がそも、存在していな いのだ。 おおむねの業績を尊敬しつつも、アリスト テレスを指摘したガリレオのような態度には とかく、勇気がいる。また原点をわすれて指 摘や解釈合戦になるなる神学の不毛には、お そらく始祖に対する尊敬が無い・・・。 述語としては、警戒心と懐疑心はおなじ定 義かもしれない。 亜矢にとって、結果受賞したあるささやか な賞のその時点からみた過去において、それ に応募しようかどうかきめたことも、 亜矢がみたかもしれない、不幸が暴走した 車に引っ掛けられてめのまえの青空を飛翔し たトラウマとしての記憶も。 つねにこのようなクラフトテープの4分の 1の選択としての抑制性の扁桃体の制御によ っているのである。 この時点ではまだ、萌芽でしかなかったが、 亜矢にとって警戒心はみをまもる自身に対 する自己愛と信頼であり、なれなれしい田舎 くさいドメスティックは甘言としての赤字国 債の泥棒であった。 野生に自己責任で生きるということは、 雪道をとぼとぼと歩くその道程で、あのめ だつヒマラヤ杉のかげに、狩りのおおかみの 先兵がいるかも知れぬと覚悟する毎日を生き ることである。 (ただ、その冷静に考えるとのちの現実を耐 えることができたのも、亜矢があらかじめ大 量の肯定的な好奇心によって肯定的な思考の 訓練を為していたからであった。 幼少から過酷な状況しか見えていなかった としたら、亜矢は過激派になっていたかもし れない。 思考するためには、観念ではない冷静で比 較的中立的な科学的知識の単語の意味では、 現代は少なくとも沃野であることはもっと知 られなければならないかもしれない。) そのような人生は、腹がへるものである。 * 規制緩和とは、個々の市民にベンチャーと 広告にだまされないための常態的な緊張と警 戒を強いる。緊張は腹がへるという意味で規 制緩和の世界では、エンゲル係数があがるの かもしれない。 それは潜在的に市民にとってはコストかも しれない。 もしそのコストが、緩和による一部のベン チャーの売上に対する法人税と相殺するほど 潜在的におおきければ、その規制緩和とは効 果として意味がなくなる。 おおくの人々が亜矢のようにかならずしも のぞまなかった大量の才能の萌芽にめぐまれ ていれば、 そのような規制緩和は殺し合いの戦国時代 には多少の意味があったかもしれないが、 残念ながらガウスがその基礎を研究した統 計学の意味でも、 ほとんどの市民は 誉れと変態の性癖にくるしむ3シグマでは ない側に存在する存在なのであった。 平凡が安全弁になるという発想は、結果か ら言えば封建的徳川的ではある。 その意味では規制緩和とは部分的なもので あるべきであるのかもしれない。 歴史の検証として、 楽市楽座とは信長の政策ではあったが、秀 吉の政策にはなりえなかった。楽市楽座とは、 他国からの有力商人の引き抜きが主眼であり、 零細のための福祉政策ではけっしてない。そ れは戦術論であった。 全国統一をしてしまえば、その意味でその 政策には社会主義的な発想が必要になり、楽 座のような規制緩和の概念は消滅する。 が、天正公の路線を踏襲するかぎり、豊国 公にそのような発想はできない。安土桃山期 は戦略的重商主義の時代であり、農業本位的 な社会主義の発想はできない。だいいち、そ のためには織田家も豊臣家も農業としての領 地が少なすぎる。信長公はあえて美学として そう考えていたところがあるけれども。 論理的には立場として、秀吉は半島出兵を 決断しなければならなかったが、この苦渋を 身内から指摘されたがゆえに、秀吉は甥の一 族を虐殺したのである。 また、ドメスティックな家畜の幸福を最大 の幸福として遺伝的な本能の世界に生きる田 舎者は、 タブーというたとえば制度として関税障壁 のようなものにまもられなければならないが、 それはおもに牧民官としての官僚の仕事で ある。 その意味で、官僚のいのちとはかつて孔子 が考えたように場合によってはかるくなけれ ばならない。そうでなければ汚職の腐敗がき りがなくなる。武士道と儒教をこの意味で交 雑することができたのはおそらく日本人最大 の発明であるかもしれない。 as 2003年のこの時点で、 as 亜矢がこのおもちゃを通販の着払いとし て paying 宅配のアルバイトの青年に支払った remained なくなった祖父が亜矢にのこした through 普通預金のおこずかいのなかから 由来する、 printed 旧五千円札2枚に印刷された is 人物の肖像は、 after 通貨基金の占領開放のあと、 after 実質的な朝鮮族の支配の体制のあとで that might be 唯一半島系湯島と対等にわた りあえるかもしれない、 remained 先輩たちがのこした the precious regend 貴重な遺産ではあった。 * 牧民官の緊張感の象徴であるクラフトテー プのいましめの封印をときはなったあと、亜 矢の手によってあばかれたものは、 女性のために快楽の封印を破るための、ゴ ムの製品だった。 亜矢は、後日、考えた。 このような陰の文化は、歴史のうえでその ような礼節に参加することができる武士道で は、衆道としてのエントリであったはずだ。 ふといきを詰めた一瞬、特別なしずかな緊 張感が、子供の精神に、 快楽の青空の準備としての人生の緩慢な、 しかしあともどりできないスイッチを押して しまうように、 わたしは、巴御前にでもなるしかないのか な。 巴とは、少女の気遣いと、少年の純粋さを かねそなえたアマゾンであるが、亜矢の想う ところ、巴は架空の存在のような気がしてい た。その意味ではアテナイの女神に近いのか もしれない。悪い意味でのヘマルフィトロデ ィスの逆数をとるとたぶん、アテナになる。 神話や伝説というものはじつは慎重に読ま なければならない。女のすがただからといっ て生の女性であるとはかぎらないのだ。割烹 のマドンナが、しばしば男性の妄想でしかな いように。 * 亜矢が、そんなふうに、ふとおもったとき に、 おそらく敵前逃亡という罪からのがれられ ない、悪徳の源氏物語を憎悪する亜矢の精神 のその方面の部分がはじまったのかもしれな い。耽美とはたいてい逃避であるから。 その意味では、史実としての平家物語の悲 劇は源氏物語からはじまったともいえるのか もしれない。平安文弱を考えるとき、それは 当然だろう。 巴は、義仲の幕下:ばっかである。 文献ではよくあることではあるが、もし巴 が架空の人物であるのであれば、 事実上王朝文化の敵であることを宿命とし て逃れられなかった義仲にとって、 戯曲としての巴の存在は、源氏物語におけ る女官たちのアンチテーゼであり、 それをもりこんだ無名のおそらく複数の平 家戯曲の脚本家は、集合知として天才ととい うことになるだろう。神話とは、無数のパパ ラッチ氏による集合知としての最大の作品で ある。 そしておそらく、巴とは青葉の笛の姉にあ たるのだ。さむらいや若武者のリクエストさ れる流しの哀歌が、平家の物語であったわけ であるのだから。 * このことに関しては、亜矢のほうが先輩で あった。 健康と日常のリズムのために有効なカスケ ードの水門をすこしづつひらくためには、 このような手段としての鍵穴をつかって、 定期的な快楽のカタルシスが、 かたくなな、すくなくとも生理的な禁忌の 暗示によって守られているレセプターをこじ あけることが必要なのである。 ・・・それが、 このいとしい喬の人生にも起こってくれる だろうか。 もちろんこの表現の述語は後年の亜矢がま なんだものであるが、 素直などろどろした言語以前の素朴な願い は、そのような後年の述語を使用しなくては、 すくなくともここにはかけないであろう。 * ちいさな箱の中身を、ときどき紅茶のカッ プをくちにつけながら無言で凝視する喬にむ かって亜矢は、 「こわい?」 素朴に、たずねた。 ・・・こわいわ いって喬は、またくちをしずかに茶につけ た。 でも、 「わかっているんだろうとおもうけど、 だれでも、結婚ってこういうことなんだよ」 信頼とは、戸籍じゃないましてや資産でも ない。 そんなのものはうねりのまえに、砂粒とお なじだ。 信頼とは、まちがいなく最低の哺乳類や意 識のない5億年前の棘皮動物になって、じぶ んをなげだすことでしかない ・・・わかっているって、いってるでしょ のりこえなければいつも次はないって、 まるで若武者のようにおりにふれ、あなた はおしえてくれたし、そしてそれはたいてい 正しかった。 その意味でわたしはあなたを信頼している し、それがたとえば、ここでやいばで代償を 要求されるかたちの愛になってもかまわない ような気もいまはしている。 ただ、そのようなものをいちどせおってし まうともちろんいまの段階のわたしには永遠 にもどれなくなってしまうことぐらいもわか るわ。 ・・・わたしは、すねて中退したむすめで はないわ。 すねる子はたいていもともとそそがれる愛 がうすい。 わたしはおとうさんとおかあさんに愛され て、いまは将来の幸福のために進学校に籍を 置いている高校生でもある。 でも、あるいはだから?わたしのからだの 内側には、愛されてあたえられた、その意味 でじぶんで勝ち取った自分自身というものは ただのひとかけらもない。 じぶんでかんがえて、しかし感謝にさから うことが、親不孝だとかんがえているわけで はないわ。 ただ、その意味であたえられた愛という意 味でじぶんのものではない肉体が、自分の判 断で将来をえらぶことが罪なのか、どうか。 「あなたは、愛のなかにいるんだよ」 亜矢は、喬のひたいにくちづけた。 あなたが、それに逡巡することは、あなた のおやごさんにとっては、 とても名誉なことだろうね。 どうする、やめる? 喬は、すこしかんがえるふうにくびをねじ った。 ・・・やるわ いつかは、このようなことは、しなければ ならない。 考えてみれば、お父さんもお母さんも気持 ちのうえで、このようなことをしたからこそ 結果的にはわたしがこの世にきたんだもの。 肌をあわせることそのものは、知らなけれ ばならない。 あなたがおしえてくれた男性的な時間軸で 俯瞰すれば、 いや、そうかんがえるのはさみしいかもし れないけれども、 最初に肌を重ねることができたのが、なか よしの亜矢ちゃんとであるのなら、それは最 高の思い出に、なるとは想う・・・。 ん・・・ 亜矢は、喬のまえがみにやさしくてをおい た。 じゃ、しよう。 ていねいに、あらってくるから。 布の部分を、ドライヤーでかわかすから、 すこし時間がかかる 15分、いや20分あとにもどってくるよ。 それまでに、きもちを整理しといて。 喬は、亜矢がとびらをしめたあと、すこし 窓のそとの景色をながめていたが、かるくじ ぶんにうなずくと。 たちあがり、制服を左そでから脱ぎ、 喬はしろい、学生らしい飾りのないブラジ ャーで、喬は亜矢の部屋に、たっていた。 覚悟と、緊張は、さむさを感じさせない。 * 亜矢がもどると、喬は亜矢のベッドに、恥 毛だけの全裸で腰をかけていた。 喬・・・。 ・・・覚悟したわ。覚悟をした、 このからだそのものが、わたし。 喬が、うすくやさしく、 はかなげに、わらった。 「あなたの刻印を、わたしに、ちょうだい」 ・・・喬。 亜矢は身をかがめ、淫具の容器をテーブル におき、 ためいきをついた。 亜矢は、服のスカートをぎこちなくぬぎ、 うすいピンクのショーツを喬にみせるかた ちで、上衣をあわただしくぬごうとしたがそ でやボタンがあちこちでひっかかった。 くそ、かっこわるい かるくわらいながら、 喬が「あわてなくとも、わたしはにげない わよ」 というのに、 これがじつは夢かもしれないでしょ。 さめるまえにやっつけなきゃ。 さみしそうに、うれしそうに、わらった。 亜矢は、服をゆかにたたきつけると、まる で少年のように全裸の喬のうえにいどみかか った。 ・・・あなたって、男の子に生まれていれ ばよかったのかもしれないわね。 そうおもわないことはないわけじゃないけ れど、いまは理屈はあと。 亜矢は、喬のわかいからだにむしゃぶりつ いた。 (・・・そうね、わたしのきもちがたかぶら なきゃ、異常なそれも「装着」できないもん ね) 喬は、くびをのけぞらして、 前戯として、 じぶんをたかめてくれる亜矢の愛撫、 を受け入れる、 高校生のあごののけぞりの かんばせの視界のすみで、 ちいさなピンクのポリの ばけつのなかにある、 一対のはしたない道具を、今日までまだ 清純であった高校生の意識で、ながめた。 小柄な裸身をこすりつけてくる亜矢の愛撫 で、かるく女性の頂上を極めた喬は、背を彼 女にむけながらシーツに突っ伏し、 喬を上気させ、その体温と鼓動をたかめた その作業を終えた亜矢は、喬のひたいにその 右手をやさしく置きながらからだをはなし、 立ち上がった。 高校生の喬は、 喬の性の友達になりつつある亜矢の、 本格的な性の準備を、ぼんやりと、 じぶんのまるいかたごしに、ながめていた。 * デニムのショーツからはえているのは、一 双の白いプラスチックの男根だった。 高校生の喬は、その太さに胸が高鳴ってく る自分の心臓を、両の耳の後ろで感じた。 それは背徳だった。 生理でも食欲でもなく、ただ快楽のためだ けに自分の内臓の内側を使う、その具体とし ての、 めのまえのあのまがまがしさ。 亜矢は除菌の湿紙で、両の指先をぬぐった。 おそらく自分の自慰のために多くその作業 をしていたのだろう。 その慣れた様子に、喬は、亜矢は、いまま で、亜矢だけ、ずるいという想いを感じた。 「気持ちの準備はいい?」 亜矢はみだれてかかる前髪越しの、うわめ 使いに、喬の表情をうかがった。 上気した表情の喬は、亜矢と視線をまじえ たまま、わずかにかるくうなずき、 亜矢は喬とひとみの視線をあわせたまま自 身のからだをちかづけ、喬とくちびるをあわ せ、ふたつの舌を、絡めた。 「めを閉じて。」 ふたりは上気したきもちのまま舌を絡めて いたが、 やがてふたりの舌がその先端をふるえなが らたがいをもとめつつ離れ、 遠くはなれた亜矢の口の歯が、両手ではさ みなおした喬のほほの顔の・右の耳朶を噛み、 「おそれなくて、いいからね」 ささやきながら、両の乳房の重みを、 こぼれないように両の手のひらでささえて、 ふるえる喬のこころを、あやし、はげました。 喬は、亜矢がじぶんのみぎの乳輪を、 おおきくくわえ、なめそぼり、吸ってくれ たことに安堵をおぼえたあと、 ひだりの乳輪もと、 亜矢にとって喬からもとめられる気持ちが 答えとして亜矢の少女の口腔におおきくす いこまれ、 自身の乳輪が、亜矢ののどに陰圧をもって 乳房の脂肪ごと、ふかく嚥下されていくのに、 痺れる快楽を感じて、 喬はくびを、そらした。 喬が、そらしたくびの視線を亜矢のかんば せにもどすと、そこには祝福のほほ笑みがあ り、 喬は、しずかに深呼吸をして、 亜矢のその笑顔の金の粉を、 亜矢のにのうでと肩に両の手をおいたまま、 おおきく肺に、吸った。 亜矢は喬の陰阜に、 右手をうらがえしたかたちで、 ゆびをのばし、喬の縦の谷にくすりゆびと なかゆびをあてると陰核を越えて、 ・・・喬の奥の穴をさがし、 入り口のささやかな深みをさぐりあてると (喬が、ちいさく、息を鳴らした) そこに、ふたつのゆびのあたまをすすめ、 そのままゆっくりと、 肯定的なしかし熱くやわらかい抵抗を無視 しながら、 しずかにゆびを、根本までしずめた。 ・・・ここまでは、ふたりともさんざん、 たがいによろこびをかきむしった、行為では、 あった。 * 「いちおう、ほぐすけど、 喬、もし処女膜があるんだったら、 挿入のときかるく痛いかも」 いたいの? うん、痛みは人による・・・。 ・・・むこうにいったおにいちゃんがね 喬は亜矢に、 陰門の穴をまさぐらせたまま、言った。 「むかしこっそりおしえてくれたんだけど、 石像の、ダビデのような包茎がむけたとき、 痛かったっていってたけど・・・」 よく知っているね ・・・そういうこと話すんだ。 亜矢が顔を喬のひとみに戻して言った。 「それにちかいのかな、 ・・・おにいちゃんはね」 ・・・いたみはそんなでもないけど流血が なかなかとまらなくて、そっちのほうがびっ くりしたって。 どっちも粘膜だからね。 神経の密度がすくないんでしょ? * 亜矢は喬にいれたゆびを3本にし、 ゆっくり、しかしおおきくかきまわすと、 喬のくちをむすんだ顔の少女のかたちのよ い鼻腔から、 腹のそこからの、上気がすこし混ざる、 しかし安堵が満ちた深い溜息が静かに吐き 出されるのを、 亜矢は、ひびくじぶんの聴覚野で、聞き、 「まえは、ゆるんだね」 そしてそのまま、喬の膣からぬいたゆびを のばし、会陰のおくにある喬の肛門に、かる くゆびをふれた。 「ここもつかうけどけど、いいかな。 つかうと、あともどりできないよ、いい?」 ぴくりとふるえた背の喬に、亜矢は、顔を あげずに、腰の下から、つげた。 ちからなく、ちいさくうなずいた喬の尻の 孔に、たっぷり消毒の無水アルコールをふく ませた脱脂綿をあてがい、ぬぐい、 亜矢は消毒した自身のひだりのゆびにとっ た脱脂綿に、ヘア・コンディショナーをたっ ぷりと、まぶし、 それを自身のかたちよい鼻孔にちかずけ、 その女性的なフローラルな香料の、強い香り を、ふかく吸い込んだ。 そして、上気した気持ちで、喬のひだりが わにしゃがんだまま、うでを喬の腰の前から まわし、みぎてを喬のひだりの尻に乗せ、右 の頬を喬の右の腰骨にやさしくおしあてなが ら、 喬の臀裂のおくそこに、甘い香りの女性の 乳液を、液が垂れるほどに、ぬりこんだ。 その瞬間、冷たい感触に喬が一瞬息を呑む のが聞こえた。 「おふろじゃないし、不衛生だから、ここで はゆびをいれないよ、いや、おしりは感染症 によわいんだ。」 ・・・いっぱん、好きな男性ができたとし ても、そのひとと心中する覚悟がなければ、 ここはつかわないほうがいいかもしれない。 愛されているに過ぎない立場が、かんたん に死の観念をもてあそぶことは、勇気は別に して、恩に反する。 死のはんぶんは、努力を無にすることだ その努力が、家族をはじめ愛のためにつか われる立場ならなおさらだろう。 苦労しすぎた織田の城の人質ならそう想っ たかもしれない。 蛮勇をふりまわす売春は、もともとなんの 努力もしてきませんでしたと宣言するのにひ としい。 くちは結局胃の酸で殺菌されるけど、 結腸はそれこそ大腸菌のパラダイスになる ほど治安が甘いし、粘膜はもともと免疫がと どかないのから、病気の前哨基地になりやす い。 ここは、膣のように、つよい酸性でも、な いしね。 たいていの不良少女は、じぶんを大切にす るということも、親からもらっていないから、 弱いほうにながれるこころが、こどものまま だ。 たいていの売春婦は、不幸にあぐらをかき、 それにひらきなおり、そこからでてこない。 憐憫を乞うのは、らくだからね。 喬、この穴はじつは、人生の穴だ。 じぶんに嘘をつかず、実績をあげ、なおか つそのじぶんの人生といのちをささげても悔 いはないという、対等の人格との性愛でなけ ればつかってはならない、という意味では、 たぶん、この穴は、世間では正当なつかわ れ方をしていない。ほとんどの肛門性交が、 こころの禁忌をやぶっている。 そうでなきゃ、ほもがあんなに差別されな いよ。いい仕事、努力の継続ができないもの は、この穴をつかう資格がない。 男色が、じつは戦士にしか許可されていな かったという伝統が、わかる気がする。 (・・・亜矢は、じぶんのあとの、わたしの 恋についても、考えてくれているのかしら) 喬は、ふとさみしいきもちになった。 ・・・いいわよ、して。 「なにかをふみださないと、 結婚にならないわ。」 亜矢は、うなずいた。 ・・・だいじょぶ、うしろのは、ごくほそ くて、なめらかだから。 喬への、準備が終わると亜矢は、喬を、み あげた。 ・・・どんなかんじ? ごくうすい、笑みを表情にかんだまま、亜 矢は喬にたずねた。 ・・・どきどきする 笑ったまま、亜矢はデニムの仕掛けショー ツを手にとった。 喬のみぎあし、を厚手の布地にくぐらせ、 さらに左足のすねを通し、 まだわかいむすめの両のひざを、デニムの ショーツにくぐらせた。 亜矢は喬をじぶんの勉強机にしがみつかせ、 「腰をあげて。」 喬が腰を上げると、亜矢は腰布の仕掛けの 小さい方の男根を 喬の肛門にあてがい、か るくちからを込めた。 わずかな抵抗を無視して、樹脂のあたまが 喬の体内にすべり込み、没入した。 一呼吸おくと、亜矢はごくちいさな男根の うらの根に力をこめ、器具を喬になじませ、 すべて喬のなかにするりとおさまるにまかせ た。 「こわい?」 「・・・だいじょぶ」 亜矢はほほえみ、唇にキスをすると、 「前はだいじょうぶよね」 ゆび2本を差し入れ、ゆるく円をえがくよ うに内部をかきまぜたあとに、仕掛けのパン ティの前部の男根を、喬の膣にあてがった。 「ああっ」 デニムのまえのほうを、てのひらのしたの ほうでなかば強引にちからを込められ、樹脂 の道具が、うめこまれていく。 く・・・ かるい抵抗があり、喬が声をもらした。 ・・・あるね 亜矢が、低い声で言った。 やる? 亜矢がめを喬に戻した。 ・・・おねがい 喬がうったえるような声で言った。 ・・・あなたに処女をあげないと、 結婚式にならないもの 「最初が、道具で、申し訳ないけど」 ・・・そうじゃないのよ 道具じゃなくて、あなたの力が、わたしを 裂くと想っている。 ・・・おねがい、やぶって。 ・・うん ひっ い、いたい・・・ いた、いたたた・・・ 道具を喬のなかに半分もおしこんでから、 じきに、いたみはうすくなるから。 おきまりのせりふだけど、 「いたいのは最初だけだよ」 亜矢は、膣のほうの男根をてのひらでゆっ くり喬のなかに、おしこむと、 亜矢はすばやくショーツのウエストゴムを 喬の腰骨のなかほどにまでおしあげ、 喬の腰に仕掛けのショーツを装着させてし まった。 「・・・あとは、なじむだけだよ」 亜矢は喬にくちづけし、舌をふかくからめ、 喬の両の乳房をささえるようにおしあげ、 ふかくもむと、 喬は、自分の前後の門がよりふかく人工の 小さな男根を、飢えた野良犬のようにはした なくくわえこむのを感じた。 亜矢は、前もうしろも、喬の腰を前後から、 ふかいちからで押さえ込むと、 「立って」 喬を立ち上がらせ、ショーツのウエスト を若いかたちの良いへそのすぐしたまでひき あげた。 「う・・・」 もともととても小さい仕立ての腰布は、ぎ りぎりまで喬の骨盤の立体をはがいじめにし、 前後の「人工」は、ちいさなばけつにもみ たない喬の内臓を前後から深く犯していた。 「・・・いいでしょう」 「・・・かたい」 そうね、ゴムじゃなくてプロピレンよ、 はげしく動くと、怪我するかもね。 ・・・おどかさないでよ 亜矢はデニムショーツのウエストゴムの帯 から、喬のかたちのよいへそと腹をかるく手 のひらでなでたあと、そのちいさな腰を渾身 の力でぱちん、とはたいた。 「・うっ」 ベッドルームのなかで、喬の肩幅の、2つ の丸い小さな肩がはたいた反動で、くるりと まわり、 喬はその衝撃でよじれた下腹をおさえ、か るく姿勢をくずした。 腰に力がはいり、内臓を引き締めてしまっ た内側の異物感に、喬は、顔をしかめた。 「いいでしょう、そのうちにその奥深い、重 い感覚がたまらなくなるわ。 そのうちに、気づかないうちに、内臓をや ぶってしまうのかもね。」 亜矢は、喬をことばでなぶる。 「そのまま、そこでまっててね。」 亜矢は、喬をたたせたまま、 てばやく色違いのおなじ器具布をよどみな いうごきで自分に挿入し、装着すると、 「おまたせ」 立ち上がり、喬の顔をしたから両手ではさ み、ふかくくちづけた。 「ね、おそろい。」 ウエストゴムの色だけが違うSSサイズの紺 色のデニムの細い腰を、 腰の骨に手をおき、 得意げに示すように 可憐な少女のへそを突き出すようにしなが ら、亜矢が笑った。 笑って喬の同じ腰を、両腕で引き寄せた。 喬の背の高さは、おもに四肢である下肢の 長さであった。 いつか睦みあいながら、(もし喬ちゃんが 死んだら、このながい大腿骨がのこるんだね) とささやいて、おたがいがおたがいを互いの 乳房がへしゃげるほどはげしくだきしめあっ たことがあった。 2本の異物が骨盤のなかに収められている 変態の行為をわすれさせる純真さで、その機 能的なボーイッシュなショーツは、外界をあ ざむいていた。 「・・・おそろいで、変態。」 亜矢はしゃがみ、うっとりと、喬の布の腰 に頬擦りをし、 しかし喬は、みずからの一双の少女の尻の 肉をいとおしそうになでる腕に、ひとしれず おののいていた。 いまの喬にとって、ここは状態として、 快楽の彼岸であった。 わずかな脂肪しかつかないように心がけて いるわけでないが、儒教や清教徒めいた、前 をむく習慣を家族からわけあたえられていた 少女は、 清楚な緊張感が、潜在的なダイエットにな っていることを、まだ明文的には、しらなか った。 そんな喬の少女らしからぬ、うちに秘めた りりしさというエロスが漂う、 脂肪のないくびれた臍のまわりの筋肉のう えを亜矢の両手が這い、亜矢の両手が喬のは だかの胸へと、伸びた。 ベッドのそばに立った亜矢が、喬の胸をい らいながら、喬にふたたび、くちづけた。 指のあいだで、指のあいだからはみ出す喬 の、乳輪と浅黒い乳首をもてあそびながら、 「くちを、ひらいて」 開いた喬の顎の中に、亜矢は舌を差し入れ、 あごが直角にまじわる角度でふかく、喬の口 のなかをまさぐった。 互いのだらしない唾液が、たがいの乳輪の うえにかかってもしかし、たがいがたがいの 乳房を、にぎりこむうごきにはかわりがなか った。 ・・・たったまま、2人の少女のももが、 からまっていた。 そのままもつれこむるように、ベッドにや わらかくたおれ込み、 たがいの両手が、たがいの髪の海のなかを 泳ぎ、少女のほそいあしが、たがいのひざが しらをもとめ、からまった。 「陰阜、あてて。・・・そう。」 亜矢は布越しに、器具をうけいれ、ゆるみ きった喬の陰唇の熱さを感じ、また、それを つよくおしつけてくれるようにねだった。 そこまで、うけいれるほどにゆるんでいる のならば、もうほとんど痛みは気にならない のだろう。亜矢は、喬の処女のからだのいた みをきづかわないことに、決めた。 大胆に、快楽をねじ伏せれば、喬のからだ も、そんなことをも完全にわすれさることが できるほどに、もえあがることができる。 亜矢は、恋人に、あたらしい世界を、おし えることに、きめた。 少女の陰唇をおしつけると、なかの樹脂の 「人工」も、圧迫されて、喬はしろいあごを のけぞらせ、長い髪をなみうたせた。 「・・・」 喬は、骨盤のなかにある異物を自覚した。 腹腔には、感覚はない。 ただ、周囲を圧迫したり、内部が引っ張ら れる感覚が、間接的にわかるだけだ。 ふたりは、少女の土手のクレバスを、デニ ムの布越しに、押し付け合い、それぞれの樹 脂の道具のまるく広い基点をそのうらがわか らたがいに押し合い、圧迫し、 ・・・たがいに、へその内側を、ふかくお しあって、 ・・・内臓の感覚にあえいだ。 「・・・いいね」 「・・・うん」 ふたりは、ほほえんでみつめあい、たがい のひとみの奥底にある奈落を、みつめあった。 「今日は、喬が、はじめてだから、 あなたが、征服されることを、 あじわって。」 なじまなきゃ、と亜矢はいい、 ふたりは、からだをうらがえすと、 喬が、こんどはせすじをしろいシーツにつ けた。 「かるく、ひざをたてて。」 亜矢が、命じ、その腰のしたにやわらかく おおきな枕をいれると、ささげられたデニム の陰阜に、亜矢は、自身の股間をおしつけた。 亜矢は、喬の胸郭の横のそれぞれのシーツ に、腕を立てると、ひじをまげ、まるいかた をふるわせるようにして、肩甲骨に支配され る自身の上体を、なみにのせはじめた。 亜矢は、ふかく小腸がかきまぜられる感覚 に、 (わたしも、イイ・・・) 「ひいっ」とわずかな嬌声をあげて、顔を亜 矢から見て左にたおした長髪の黒髪の少女の 顔の上で、亜矢はおもわずめをとじて、おも った。 亜矢は、上体をあげ、喬の腸骨の突起の一 双にそのちいさな手でしがみつくと、 いつもの旧い個人的な男根でおこなってい るように、自分の快楽だけをじぶんの腹腔に あたえようと、つとめた。 (そのほうが、かえって、喬ちゃんを責めら れる・・・) 喬の前門に存在してある、人工の樹脂のプ ラグのまるいひらたい根に、 亜矢は自分勝手な男根の根をおしつけなが ら、亜矢は、じぶんの女性としての快楽をむ さぼり、 「ああ、ああ、あああ・・・」 はじめての喬の、無意識に漏れる、被虐の 声を、聞いた。 たかまっていく自身の快楽に、喬を責めこ むために、 ・・・亜矢は、「イく」ことにした。 喬に、両手を立てさせ、その両手をじぶん の手でにぎりしめると、自分のためだけに、 自分の腰を喬の陰阜にはげしくつよく、こす りつけた。 ぐ、ぐぐぐぅ・・・ 亜矢は、けものの声で鳴いた。 いつしか、快感におぼれはじめた亜矢はそ の喬の腕をも、振り払い、 快楽をかんじていない、精神を虐げられる ことをあじわっている喬のうめきを、聞き、 まなじりをしっかりとじて、くちびるをひ き、顎をくいしばっている、ひだりに背をま るめるようにくびをたおしている喬の顔を、 うすめにみながら、 亜矢は、喬のまるい両肩の左右に、両手を つき、ちいさなほそい自身の腰を振りたて、 ・・・じぶんの絶頂を、はしりぬけた。 亜矢は、めをつぶり、ほそいくびすじをの けぞらし、部屋に、 とがったあかい自身の胸の乳首を、つきだ して、その存在をしめ誇示して、いた。 とじられたまぶたのなかで、奥歯がかみし められ、自身のうわくちびるが、めくれるの がわかった。 間欠的にけいれんする、自身の腰が、膣の かたい異物を、やはり間欠的にしめつける反 射のリングの波をかんじながら、 絶頂の余韻のとりことなった亜矢は、ゆる やかな吐息をそのかたちのよい鼻梁からもら しながら、 ゆっくりと喬のからだのうえに、くずれて いった。 ・・・いった、ね。 喬が、亜矢の右耳のそばで、ささやいてく れた。 ・・・こんな、いろっぽい亜矢、はじめて みわたよ。 まだ、脱力したままの亜矢は、ぼんやりと、 喬のやさしさを後頭部で聞いた。 「・・・征服されるがわが、」 亜矢がぼんやりと、つぶやいた。 なに? 征服される喬ちゃんが、まだ、 亜矢は、鼻をすすった ・・・満足して、いない・・・ 亜矢は、かるく両目をつむった。 ・・・気にしないで 喬は、やさしく、亜矢の背にうでをまわし た。 「あなたの、はじめてみるはげしい絶頂が、 わたしのうえではじけただけでも、満足よ」 「あなたを、うけいれながら。」 ・・・ああ、きもちいい。こころが、満足 だわ。 ・・・屁理屈よりも、いきものとして体験 することの方が、よっぽど価値が、あるのね。 ふふ 「あおりあって、もえあがることって、 ・・・すばらしいんだね。」 亜矢は、ほほにあたっている喬のまるいか たに、暗がりの中からささやいた。 ・・・まだちょっとまって。 ・・・このいきがととのったら、こんどは 喬のばん、だから。 * 亜矢は、喬のせなにかぶさっていた。 その肩甲骨の下の皮膚をなめ、わきの下の 肋骨をさすっていた。 亜矢。 なに、喬。 ・・・せなかを、だきしめて 言われ、亜矢は、喬のせぼねの両翼の少女 の白いなめらかなおだやかな土手に、みづか らのちぶさを、おしつけた。 喬って、 なに、亜矢。 ・・・だきしめられることが、すきだね。 ・・・ふふふ 喬が、わらった。 ・・・たぶん、わたしは傾向として、 あなたより、おんな、なのよ。 「おねがい、ぎゅっとして。」 言われて、亜矢は、喬のへそのうえに、両 腕を、まわした。 ・・・ふしぎね、なかにものがはいってい ると、はだや、ちぶさが、ちがうわ。 亜矢が、いとおしいものにふれるように、 おずおずとそのゆびで、喬のちぶさを、背後 からつかんだ。 ん、そう・・・ もまれた。 ん、ふ・・・ いい・・・・・・ 亜矢は、喬のせすじに、ふたたびくちびる を、はわせた。 喬、 なに、亜矢。 「喬が、いく番だよ」 そう、どうすればいい? どうされたい? ・・・このまま、だきしめていてほしい、 といっても、時間があるでしょうしね、いけ れば、いったほうがいいんでしょうね、 「よいしょ」 喬は、シーツに両腕をおさえ、犬がたちあ がるように四肢でからだをおこした。 ・・・わたしが、さっきのように腰をゆす っても、喬は、しいたげられるのをたのしむ だけだから・・・、喬、じぶんでうごいてみ る? じぶんで? 騎乗位だよ 騎乗・・・ 喬は、うつむいた。 わたしが、ねるから。 亜矢が、こがらなからだをベッドに横たえ た。 「ここに、すわって」 亜矢がじぶんのデニムの陰阜を手でしめし た。 おずおずと、喬がその長身の腰をおろすと、 ああっ おもわず、亜矢が声を漏らした。 喬が、腰を引き、 「だいじょ、ぶ?」 ・・・だめだ、「よすぎて」、また私がい っちゃう。 亜矢が、はにかんで顔をよこにむけ、皮肉 っぽく、微笑した 「大柄な喬は、重いことを、わすれていたよ。」 ひどいわ 喬も、わらった ちょっとまって 亜矢は、ベッドからたちあがり、 ゆかに立つと、せをまるめ、とてもちいさ なデニムの、変態ショーツを、脱ごうとした。 「・・・ああっ」 亜矢の背が、ぬくときの快感にふるえる声 を、喬はどきりとして、聞いた。 ごとり、と置く、もってきたときのピンク の容器のなかに置く音のなまなましさを聞き、 喬は亜矢のちいさな肌色の尻が、あるいて、 チェストのまえにたつのをみまもった。 亜矢は、ひきだしからいつものみずいろの ショーツをとりだすと、みをかがめ、 そのショーツを脚に (一瞬、亜矢の少女の陰阜の肌色が、 うしろからのぞいた) くぐらせ、小柄な彼女は、せすじをのばし て、そのわずかなぬのを、尻と腰のうえに、 すべらせた。 おまたせ ベッドにもどった亜矢は、恋人の背に、 両腕を回して、かるく抱擁をした。 のって、つづき。 うながされて、喬が動き始めると亜矢は、 喬のうでをとり、 ひいて喬をまえかがみにさせた。 「・・・わたしの恥毛を、 こするように、円を、えがくように。」 声に、うながされるように、 喬が腰をまわすと、次第に、 喬の鼻腔から、 わずかな声が、もれはじめた。 ん、ん・・・ 「じぶんで、快感をコントロールできるんだ よ」 ・・・そ、うね、んん・・・ 亜矢が、ときおり、したから手をのばし 喬の黒い、とがりつつある乳首を、つまんだ。 ん、ん 喬は、永遠をあじわうように、 腰をゆらしつづけた。 ながい黒髪を、 ときどきくびをふるたびに、大気のなかに、 ふりたて、ゆらめかせながら、 喬は、永遠の甘いバターのなかに、 こころの欲望の、顎と舌を突っ込んでいった。 亜矢は、午後のわずかに黄色い、 亜麻仁油色にかげるひかりの逆光のなかで、 ラテンのわずかに褐色のゆらめく、肌のように、 冬のひなびた色にゆらめく恋人の、快感の波の、 なまのさまを、 重い体重に殺される、組みわざのように座られた その下敷きのしたから、みあげ、 祝福の感情のなかで鑑賞し、共感として わきあがるいとおしさに 肩と肩甲骨のしたの喬の少女の筋肉の背中をさすり、 揉みながら、 くるおしく視姦していたが、 かげる、日差しのいろが、走るこどものお年玉の 季節として、あしばやに寒くそのだいだい色 をつよめはじめるのがたぶん、冬のはやい日没が、 かがやくクロムの紅い顔料で、夕焼けを染め始める と、おもわれるころ、 「喬、」 ややはだざむくなった空気に、 亜矢は、声をかけた。 「そろそろ、時間。」 ・・・残念、ね 喬は、くびを快感にねじりながら半目で、 亜矢を皮肉っぽいような表情でみおろした。 「・・・このまま、みせじまいっていうわけ には、したくないよね、喬。 最後まで、いく? 喬は、こういう快楽の方が、すきなんだろ うけど。」 ・・・そうね、はじめてだし、「なか」か ら、いただきにいって、みたいわ。 「・・・喬は、はげしく欲望をふりたてる、 性格じゃ、ないから。」 そういって、亜矢は身を入れ替え、 喬を最初の姿勢にさせ、ねそべった喬の 陰阜のうえに、 自身のショーツの前の丘をのせた。 ふたりのはだかの胸が、わずかに触れ、 そしてはなれた。 喬の腰を、枕のうえにのせ、 亜矢は自分のなかに異物の棒のない 自由な腰で、 ふれあうふたりの陰阜を支点にし、 亜矢は自身の上半身の体重を喬にのせ、 亜矢は、 自身の背中の肩の骨と、 力強くけなげに動く渾身のももと腰の骨の、 ふたつが織り成すリズムを、 自分が感じる、 陰阜の内側が秘めるようにいだく陰核の快感が、 喬にも染み込みわたることを信じて、 「自身を押し込むように擦りたてた。」 喬は、自身のももの内側の高校生の皮膚に、 亜矢の腰の骨と、そのみずいろの ショーツの縫い目がこすれるのを感じ、 亜矢の腿のうらがわに、 その長い脚とかかとをからめ、 腰をうかせてみたが、 快感だけがふかまるるばかりで、 なかなかのぞむ津波を、みつけることが できなかった。 ・・・強情め。 喬は、舌打ちした亜矢の声にさえも、 乳輪が、 感じた。 * が、おおきな波はまだまだ遠かった。 喬は、うすくめをあけ、ほうけた表情で、 うすぐらくなりはじめた室内の、 まだあかりのともっていない、うすぐらい 白い天井を、 深まるだけの快感ににじむ、うすいなみだが、 よろこびとして、ほほをながれる幸福を、 なみにゆさぶられながら感じていたが、 「・・・喬、きりがないよ。 どうしてほしい?」 亜矢がついに、切ない本音を、告白した。 ・・・むね なに? むね、もんで。 もみつぶしてほしい・・・。 わずかにほほえんだ亜矢は、喬の胸を わしづかみにし、 芯をぬかれるような痛みをあじわい、 それに身をよじる喬の、 乳輪の広がりに、かたく、歯を立てた。 ひぃ・・・! 喬が、悲鳴をあげ、 それが、彼女の気持ちの、自身を たかめていくのがわかる。 亜矢は、乱暴に、喬の肩をつかみ、 枕を引き剥がして、喬の内股にふかく くわえさせると、彼女をうらがえし、 その背に自身の腕を突っ張り、 体重を乗せ、喬の 腰を重みで押さえつけると背後から、 やわらかい喬のふくよかなちぶさを、もみこみ、 にぎりつぶし、もみこみ、 強く、つづけた。 喬は、よろこびのさけびをあげはじめ、 そのももの内側を、枕にすりあわせながら、 陰核と内臓をかきまわすうちがわの異物の 支点にちからが鈍くいたる、陰阜を、 誇示するように前に押し出し広げ、 ベッドのうえのまくらのかための面に、 ふとくながい異物の根が、 布の内側にひらく、 布でおおわれた喬の陰門が、 熱気を持ってすえ据わリ、 喬は、 子宮に喜びが伝わるように 内臓が深く、かきまぜられるように、 くりかえしくりかえし、 陰阜で枕とベッドにむかって 自分が知らない競技であるはずの、 バスケのドリブルを熱心にくりかえし、 自身であさましく、 自発的なちからを、ベッドに たたきつけてていた。 やがて、陰核と胎内の重い快感が、 喬のデリケートな鼠頚部をへて、 いけにえとしてもみこまれる、 両のむねの、脳天にいたるような 芯のふかい痛みと、一緒になって くりかえしくりかえし 喬のちぶさと、せすじにおおきな波を 打ちはじめ、 喬は、 じぶんのからだに無意識につよい 力が、かかって、 そのすさまじい力で、 そのじぶんの肩とくびが、 まえのほうに、 まるめ、 こまれて、 いくのを、 知った。 ・・・・・・っ。 喬が、声をおしころして、ぶるっ、ぶるっと ちぶさとせすじを、つよくけいれんさせるのが、 亜矢の胸郭に、振動としてつたわってきた。 * 「・・・どう、だった?」 亜矢は、おずおずと、訊いた。 しかし、横に、ひだりに、なげだされた顔の、 快感にほうけた喬のひとみは、なにもうつしては いなかった。 だが黒髪の、うつろなひとみの美少女の くちからながれる、ひとすじのよだれが、 彼女にとっての、あやしい時代が幕をあけた ことを、しめしていた。 が、この時点では、ふたりとも、そのことを、 知らない。 * だめだわ、わたし。 喬がうつむいた。 わたし、ひどくされるのが、好きみたい・ ・・。 「うしろから、おもいっきり、おさえつけら れるの、が。」 ---------------------------------------- 9 高校2年・春休み ハンガーは何処、いつものとこ? 「ショーツ、買ってきたんだ、」 うんどうせ、よごれるから。 さきに、シャワーあびる? そうだね 喬は、ショーツのパックを亜矢のつくえの うえにおくと、制服をハンガーにかけて、ス リップ一枚になった。 手足のながい喬は、半裸になると、あめ色 のマリオネットのように見える。 * 亜矢は、 喬にとっての性のリーダーであることを 忘れてしまい、 背を丸め、みじかい前髪をふるわせながら、 喬がみづからの奥を攻めてくれるすばらしさを、 感じていた。 ふたりはながいあいだ、 はじかれてはずむ若い堅い、弾力のあるてんでに でたらめの方をむく一双の乳房を、ふたたび おたがいの少女の胸の 谷間に絶えずおしこみながら、 きゃしゃなめんどりの胸郭を くるみのように、ごりごりと 押しあった。 ふたりは、 それぞれの大腿を交互にもちあげ、 相手のももを、みずからの股ではさみこむ ように、あいての股にわりこんでできるだけ、 ふたりのふたつの、汗と、少しずつにじむ愛液に湿る 陰部のふくらみを、密着させようとした。 密着させて、おしつけて、ちいさな ふたりのふたつの腰部で、 一双の布でへだてられた ふたつの陰阜で、その湿気をわかちあいながら、 ふたりは、ベッドの上をゆるゆるところげまわった。 胸をはげしくなめられ、両手で情熱的にもみ しだかれて、 熱情がたかぶってきた喬は、 無意識に、じぶんが受ける快楽の熱心なとりこに なっていき、 みずからの膣の奥に、力をおしこむ、 動きを期待して、 亜矢の陰阜ともものつけねに、自らの人工の 男根の根をおさめるデニムのショーツの 前の、じぶんのふくらみを押し付けていった。 「ああ、いい」 亜矢はうめき、喬の ながい四肢が繰り出す渾身の ちからづよいうねりのなみが、 亜矢の腰椎と肛門から、せすじへと抜けていった。 亜矢の両耳の裏側の奥が、 快感を肯定してしびれていた。 じぶんの上肢の一双が、無意識にちからなく ベッドのうえの空間を泳ぐのを、 亜矢は意識しない視界のなかで、 ぼんやりと認めた。 亜矢にされた、よろこびとしての快楽の乱暴を、 喬は早くにまなび、いまは、亜矢に命じて そのかかとを、 みずからの腰の骨盤の骨に、 巻きつかせていた。 亜矢は背をまるめ、喬にしがみ付いていた。 「喬」 「何」 「もう、痛くないの」 「ぜんぜん。きもちいいからかな」 「・・・だらしなくひろがっちゃったわけだ」 「・・そうね、あなたのせいで淫乱よ。 うんっ。」 喬は顔をしかめながら力をこめて 股間を押し付ける。 そのとたん、 堅いプラスチックの異物が、膣の壁を とおして、みずからの内臓をおしあげる感覚に 四肢をふるわせて、喬はのけぞったが、 陰阜に圧迫をあたえられながら同時に長身の 重い体重に下腹部をおさえつけられている亜矢は、 しかし征服されるすばらしさを、 喬自身の内側の快楽とは別に、あじわっていた。 「あ・あっ」 くりかえされるリズムに、亜矢はくるしそうに くりかえし、くりかえし あえぎつづけた。 なかなか達しようとはしない喬の快楽に引きずられる ように、亜矢は下半身が快楽の麻薬の 底なしの海のような 糖蜜に、 青いしびれとしてひたひたと 漬けられていくのを感じた。 ゆめのなかで、全裸のほそい少女の四肢が、 うすい陰毛をいただく腰ごと、紅茶色の蜜 の壷に沈み、その両足の先は、波間のなかで 水面からはおぼろげに濃い蜜の色彩でよくみえず、 しどけなく粘膜の蜜のなかをただよう亜矢は、 くりかえし感じる、喬によって あたえられる快楽に、ぱくぱくと開く自分の肛門から、 暗いプールの中の重い、しかし 快楽のしびれがそこから暴力として染みわたる糖蜜が、 少女の臀部の双丘の内側の原腸に侵犯として、ながれ こんでくるのを感じて、呆然となった。 (・・・おとこのこなんて、いらない。) 亜矢は、ぼんやりとおもった。 これがレズビアンであるといわれれば、 正直、違和感がある。 わたしは喬とからだであそんでいるだけで、 そこになんらの契約も、 そしてたぶん、愛もない。 結婚式、という言葉はつかったけれども、 (それは、詭弁になりそう) また、そのようなこころの拘束があれば、 たぶんこのようなこころのあそびも、 青い若づたとしての少女の4本のほそいう で、4本の長いほそい脚としては、 たぶんかれはててしまうだろう。 快楽のシータ波がそうであるように、カタ ルシスは忘却にちかい。 快楽という結果を、てに入れてしまうと、 過程と苦労をは、ひとは忘れてしまうものな のか。契約はつねに更新されつづけていない と、婚姻には、ひびがはいってしまう。 わたしたちには、とりきめた14日間の禁 欲でさえも苦痛で、樹脂の内部の道具で、た がいに「胎内のちゃんばら」をする予定の日 を心待ちにしながら、 それぞれの平日でもんもんとしかしはかど るはげみの勉強を、しているのだ。 ・・・もし、この「卑猥な樹脂のにんじん」 の日常が、終わったら・・・ ありうるかもしれない未来の喪失の恐怖を 忘れるために、亜矢は、恋人の陰阜に、みず からの陰阜を、突き出し、つづけた。 ・・・いま、亜矢がのぞむかぎり、喬の声 は、続いている。 * 子供にとって無鉄砲の結果としての挫折や、 涙は幸福であるのかもしれない。 なんの契約も責任もないあそびは、迷子に なった性の山中で、日が暮れ餓死するまえに それをながせば、成仏への免罪符になるので あるから。 子供にとって、死は権利でもあるのかもし れない。煉獄をくぐらなければ果実は得られ ないのかもしれないが、果実を得るためだけ に、子供は雪山に美を見るわけではあるまい。 進化の妙は、前進とあこがれと、そしてエ クスタシーをも含め、結果としての死を受け 入れる概念を、配線の部品とし、快楽を、 「結果的に」設計していた。 億年の気まぐれでしかない剣が峰に、 わたしたちの、絶頂の乳首は、堅く掛かる。 * 亜矢は、性は、女性同士であるべきだ、と 想っていた。 おとこのこのセックスは、おとこのこ自身 がそうであるように、自分勝手で、見栄っ張 りで、異性など、 自分の脚力と体力ではなく他力本願の化石 燃料のエネルギーで動くものでしかないバイ クや、 つねにくだらない、媚びとして他人から授 けられたものでしかない勲章のような、 ものとしかあつかってくれない。 おとこのこにとって異性など「もの」なの だ。耳どしまでしかない亜矢は現実に男子と 「した」ことはないけれども。 男の子は、じぶんを強化してくれる外来物 にしか興味がない。 もし、10万馬力の強力な体が手に入った ら、男の子はよろこんで自分の生首をその鋼 鉄と石油でできたボディに接木をすることだ ろう。 そのような「ボディ」が結果的に戦争を生 み、自分の産んだ子供が戦車の下敷きになる 苦悩に女性が苦しむことを、そのようなばあ いの小学生の幼稚は、知らない。 男の子にとって男根とはボディの一部に過 ぎない。駆動に接続されるべき動力が、より なまなかたちで表に出ているに過ぎない。 かれらが女がよろこぶことを、喜ぶのは、 愛している伴侶が快感に身悶えてくれるから ではなく、じぶんの駆動力の優秀さを誉めそ やしてくれるからだ。 種馬の駆動力が評価されるのは、同時に荷 役における駆動力が評価されているからでも ある。 愚か者であれば、いいようにつかわれて屠 殺されることもわからないで。 そのような場合、彼らにとって女性とは対 等な人格ではなく、使い捨てのリトマス試薬 紙程度の存在でしかないだろう。女性の心が わからない幼稚な男は、家族やわが子を愛す ることができない。愚か者は、根源にコンプ レックスがあるから、助手席のアドバイスを 聞かない。 また、よき妻とは、亭主が熱を出したとき に次点とはいえ運転を代わるだけの心得が求 められる。気持ちのうえで花嫁修業をしてい ないものは、女性の側でも、だめであろう。 安易に水商売のような業界に入ると、幸福 になれない。 鋼鉄の筋肉に焦がれる女性には、 2種類ある。 喬のような、力が善のためにつかわれるこ とを願う献上型の変態か、力が奢侈のために 換金できることにめがくらんだ打算のどちら かである。 力とは本来背負うべきものなので、幼稚に 力をもとめる夫妻は、たいていのばあい、近 所の迷惑になる。 まえむきであることにも、力学の平衡や宇 宙の法則によって上限の無意味があることを 知っている亜矢は、そのような事象にもとり あえず認識はあった。 男の子には2種類ある。 生命に関心をはらう子と、 はらわない子である。 残念ながら、前者は同性愛者である統計が たかいものなのかもしれない。 これは、女性の逆定義であるのかもしれな い。 * ただ、純粋な青年が、女はいつもこざかし い打算しか考えていない、というなやみを持 っていることを、この時点では、亜矢はしら なかった。 結婚や恋愛が、相手を性の道具や第三者に 対してのじぶんの自身のなさの補填のための ステイタスのためのアイテムとしての道具と してしかみない打算は、たぶんにおろかしい ことであり、すくなくとも純粋であろうとい う態度ではない。 その状態の種類はともかく、馬鹿におちい る率とは、じつは性別の種類には関係がない のかもしれない。 苦悩やあこがれをともにかんじるというと ころに、打算がはいり込む危険は比較的すく ない。 逆に西軍のような野合には、裏切りは付き 物である。 野合や烏合はものごとを考えるほど追い詰 められたことのない農奴の群れであり、立場 の違うものがただ一点の利害だけであつまる ものが野合であり、それは関ヶ原がたったい ちにちでおわった原因でもあるのかもしれな い。 考えないでも済む好景気のころに成立した 農奴をしてサラリーマン気質というのであれ ば、野合がサラリーマンのようにみえるのは たりまえだろう。 温暖な地方の自然やゆたかな時代は人々に 苦悩を強いないので、その住人は、奴隷に堕 し易い。そのようなところからは、覇王はた ぶんでない。 またその浮薄の意味で、惚れっぽいひとは たいてい魅力的ではないのは、ロマンスの皮 肉ではある。 その意味では、おそらく恋の手ほどきとは 利害ではなく立場のちかいものどうしで、営 まれるべきかもしれないもので、 その意味では、長期的な結果はどうあれ恋 というものの訓練は、同性にたいする感情か ら出発するべきものかもしれない。 人生をどうみているかといういみで、プラ トンとサッフォーの友情は、あるいは可能か もしれない。これは、余談。 * おもいぬるりとした苺の果実の感触を、右 の乳首にかんじて、亜矢はわれにかえった。 喬が、背をかがめ、亜矢をなぐさめようと乳 房にむしゃぶりついていた。 「う・・・」 「亜矢、いきたい?」 「うん・・・」 「今日は、かわいいわね、亜矢。」 たぶん、あなたが先ね、 といいながら喬は両手を亜矢の乳房に置き ながら、 みずからの股間を亜矢の股間にうちつけ、 つづけた。 ん・・・ 亜矢は、めをつむってそのあたまをゆるゆ ると振っていた。 あなた意外にこういうの好きなのね、ボー イッシュな外見からはわからないけど。 どうしてほしい?いわないとわたしも気持 ちいいから、つい腰を振る方にきをとられち ゃうけど・・・。 「みぎ、右がいい、右揉んで。」 亜矢が乞い、喬に両の手で右胸だけを、 はげしくもみくだくことを乞い、 喬は亜矢の乳房をはげしくひしゃげさせ、 亜矢の乳首は、 なんかいも喬のゆびのあいだから、 こぼれた。 亜矢は、 ボクシングの挑戦者がみのほどしらずを あざわらわれる惨めさでほほを必死に 両腕でまもるように、 喬の性の攻撃に、両のひじで両の耳をおさえ、 胸と腰にそそぎこまれるちからづよさに 肩から上だけで耐えていた。 首から下は、完全に溶けてしまっていた。 喬ちゃんが、おとこのこにおもえた。それは、 亜矢のなかの少女が花開いたからなのだった。 両手で、震えてはじける堅い乳房を含め、 腰骨からうえのすべての肌を、 喬ちゃんの両手が、 なでさすり、 つよくつまみ、 そしてむしった。 背筋を左腕でかかえられ、 両の乳首から喬ちゃんのみぎてが、 しっとりとわたしの腹筋の上をなぞって、 股間におりていくその複数の、動作の往復のあいま、 亜矢は、腰骨から両肩の骨格まで、 そしてとがりきってたまらない両の乳首の先端にまで、 たまらない性の緊張が、みなぎっていくのを感じた。 「おねがい、・・・ひどくして」 喬ちゃんがからだを密着させておくりこんできた つよい波に乗って、わたしは背後のシーツを両腕で 握りこんだ。 ・・・・・・。 息をつめたつよいちからのからだのリズムは、 意味のあることばには、ならない。 * 「よかった?」 「・・・うん」 満足そうなわたしを、のぞきこむように喬 ちゃんの前髪が、わたしのほうにむかって垂 れていた。 あたしは、行きはぐっちゃったな。 喬はすこしさみしそうに笑った。 してあげるよ いや、それじゃオナニーとおなじだ。 亜矢と抱き合いながら、行きたかったな。 でも、せっかくだからおねがい。 変態ショーツ、ぬいでいいんでしょ。 * 最初の情事のとき、喬は服をぬぎちらかす のを極端にいやがった。 ・・・そのようなだらしなさは、快楽を追 う資格がないような意味のことを喬は訴えた。 しわになった服を、自己嫌悪でもある情事 の予後の感覚がくぐるのは、耐えられないの だとも言った。 ・・・あなたにとっては、どうかもわから ないけれども、 これはわたしにとっては背徳なんだから。 そうね、内臓をえぐるもんね。 と亜矢がいじわるく笑う。 喬がうつむき、ほほとほそい両肩がさくら いろに色ずく。 (純情ぶっちゃって。) 亜矢は、内心かるく皮肉で喬に、毒づいた。 でも、と亜矢は想った。 こんな純情さが、行為になると、亜矢より も大胆に没頭することを、亜矢は知ることに なった。 亜矢はじぶんの体を彼女に、まかせたとき のことをおもいだし、 亜矢は、腰の奥がひとしれず熱くうずくの を感じた。 学業の期間中は、なかなか深い逢瀬をする ことは出来なかったが、(学生の本分という 理由で、喬がいやがったのだ。) 今日は、期末考査も終わり、半日の拘束時 間もそこそこにふたりは転げるように亜矢の 家になだれこんだのだった。 亜矢の家は、昼間は誰もいない。 その気になればいくらでも性の不良に堕す ることができるのあったけれども、 喬はなかなか性におぼれることをしなかっ た。 喬は、離婚したその父親に、性格がすこし 似ていた。 幸福というものは、良い影響がおたがいに 感染していくもので、また良い家庭というも のはよい家風をもっているものである。 離婚しても、よい家風というものは残るの だろうか。しかしそれに関する統計はない。 喬は、提案をしていた。 情事に限ってという提案ではない。 喬も、はじめて丘でだきあって以来、ほう といきがぬける、おたがいの安心できる重い ぬくもりをきらうことができなかった。 ただ、亜矢の母がいない亜矢の家での土曜 の朝からという、時間はどこかで抑制をしな いと、魔がしのびこみやすかったのである。 ひとつ、がまんできなければ、だきついて もいい。 ひとつ、定期考査のおわったあとの週末は かならずはだかで、だきあうこと。 逆を言えば、そうでなければできるだけが まんする、という背景が、あった。 そして、わかいふたりはがまんしてもどう しても2週間以上は禁欲を耐えることはでき なかった。 もちろん、どうしてもがまんできなければ、 がまんはしなくてもよかった。 ふたりは、自然な性欲の運動量の解として、 だいたい隔週で、かるく服をぬいでいた。 そして、いまは春休みである。 * ・・・彼女をかどわかして、よかったのか しら ふと亜矢は眠かったり、空腹だったりした ときに多く回想される後悔のひとつとして、 喬自身の人生観に対する罪悪感を淡い後悔と して感じることもあったが、 はじまってしまった関係の快楽は、 亜矢のへその内側の内臓のうずきと、 かたくあか黒くしこる、腰に手を当てて胸 をはる両の乳首の尖端で、青春の青空の白い 夏の雲を切りすすんでいくしかなかった。 自分が感じ、その至福を喬ちゃんにもわけ ることができれば、 ・・・すくなくともこの時間は無駄な存在 じゃない * ショーツはここで脱いで、それから、シャ ワーを浴びた方がいいと想う。 ショーツのなか、蒸れて、たぶん大変だよ。 道具のショーツは、ここにおいていいの?。 いいよ。 いつもあたしは夜中に洗ってるから よなかに? うん、よなかに。 汚れ用と洗いあがり用と、ふたつポーチを 用意して、ふろに入るときに一緒に洗う。 着替えと一緒に隠してはこぶんだ。 「きれいになった道具は、この消毒エタノー ルをくぐらしてから、メッシュの箱のなかで かわかす。」 エタノールは、病原体の蛋白質の構造水を 脱水してしまうから。 几帳面だね、意外。 だって、このようなものはきれいにしてお かないと。体の中に入るものに衛生の感覚を もっていれば、安易にからだをひらかない、 からだの貞操の感覚もつくものだよ。 基本だけど、自分は大切にしなくてはなら ない。瓶やガラス製品は絶対につかってはな らない。 出血がとまらないから、あっけなく死ぬわ。 ・・・亜矢って、もてるでしょう、 ほかの人の経験は無いの? ほかのひとはいないよ。 いままでにもいない。 こういう経験は、喬がはじめて。 みんな、告白をしないんだ。 最初は、みながじぶんに好意をもっている ことを知って、それならどうして告白してこ ないのかずいぶん、その力学を理解するのに ずいぶん時間が掛かった。 たぶん、みんな恋を感じている気持ちを大 切にしたいんだと想う。告白もしないで、宝 石箱のなかの気持ちを、よるこっそりくらが りのなかでひらいて、ためいきをついている んだ。 それは、綺麗で肯定的なものだとは、想う。 ふと、視線を感じて、ふりかえると先輩や 街の人がこっちをみているのに気がつくけど、 それはそれを眺めている人の財産だから、そ の錯覚ににたイリュージョンは、大切にして ほしいとは、想う。 ただ、 そのようなものは、私にとって「存在して いない」こととおなじで、私や私らの人生の 苦しみや目標とは、まったく別のものだ。 その意味では、みんなの態度は、理系では ないよね。 信長がおそれられたのは、蓬莱人が究理を 理解できなかったことなんだろう。 文治中華のもっとも都合のいい上澄みの大 吟醸だけをいいとこどりして、日本文化とし ての光源氏はできている。美を知るものは石 油と鋼鉄をこわがるし、腕力をほしがる幼稚 さには、美がわからない。 そういう如来や観音にひれ伏す態度には、 告白で事態が壊れることをこわがるか、 あるいは安穏なじぶんの日常を変えたくな い態度がほのみえる。 つまり、恋の成就のためになにかそれ相当 のものを失うことが結果的には、いやなんだ。 努力をしていないものは、得ることと、同 時に失うことに関する感覚が鈍るから、恋を 進めることは、むずかしい。 すくなくとも、それはその深さの意味で熱 い恋ではないよね。たまに想うけど、雪山や 難問が魅力的に見えるのは、「彼ら」が私た ちを挑発しているからなんじゃないか、と想 うことがあるよ。 弱さは搾取と貴族を産むけど、同時に消費 としてのこの構図には、「興行」というもの がはいりこむ隙がある。「ほめそやすものは、 敵だ」とはよくいったものだね 人買いの甘言にのって、傲慢になってしま う美人や美少年や魔法使いはたいてい不幸に なる。 蓬莱の文化では、ひとはいきたまま精霊に はなれない。 死なないと赤い鳥居は立たないんだ。 そこを勘違いして、いきたまま現世利益の 醍醐をむさぼろうとすると、麻薬におぼれた り、異常に太ったりしてしまう。 偶像にのぞんでなりたいということは罪で あると認識されなければならないのかもしれ ない。 興行に群がる女子高生は、たいていは、本 業の学業が、おろそかだ。 * ・・・私は、そういうものを無視すること にしたんだ。 幻想はあこがれとして努力のこやしになり うるから、その意味では肯定されなければな らない。 でも、その意味ではまた、幻想というもの はゆるやかに消化され、分解されなければな らない。 理解、というものは自分の養分や部品とし てとりこむために、消化する作業なのだろう。 恋にはたぶん、告白するか告白をしないか の2通りの未来しかない。 そしてそれは結果からみるとたぶんおなじ ことで、 告白にあたいするに足りないと想うのなら ば、相手によく想われたいと努力することが おそらく生理的な意味では恋と言う現象の本 貫なのだとおもう。 また、そう考えていけば恋をすることはな がい意味では意味がある。 告白をすることや、それが敗れたり、成就 することには、実はあまり意味は無い。 人を自然に好きになると言う感情は、たぶ んいいわけをすることとはまったく逆の心理 なのだとおもうよ。 たぶん、私のおじいちゃんは、あたりまえ だけれど、たぶん旧いひとなんだろう。 先輩の役割というのは、 後輩に適切な挑発をあたえることだ だからこそ、 先輩の立場というものは 言い訳をしてはならない。 私には、おじいちゃんが 大量に移植されている。 みなの胸をかきむしって、 あたりまえかもしれない。 たぶん、 私にとって刺し殺されることは、 自分にとっての最高の勲章なんだろう。 適切な挑発が、 むしろものごとの肥やしになる という意味では、 アピールや媚びや言い訳は、 むしろ退化だ。 どうにもならなかった敗戦という無念がう すれ、くやしさが努力や挑発を生まなくなる ようになった、ゆたかな時代、媚びである消 費の広告は、恋の可能性という白ワインを、 どんどん水で薄めていってしまった、って。 また、そのような意味でも、人はあまり服 を脱ぐべきではないのかもしれない。 だから、自分が視線に積極的に答えたくは 無かったのは、そういう意図もあったのかも しれない。もちろん、無意識で。 惚れっぽいおんなのこは、たいてい甘やか されてそだっているのがときどきみえていた からね。人を好きになるということは、いつ でも捨てられる、気楽な消費のおもちゃを欲 しがることとは、わけがちがうんだ。 そういう意味でも、からだは人生の乗り物 であり、けっして性の道具ではない。 相手のからだを性の道具にしたり、自分の からだが性の道具でしかない人生は、結局相 手を大事にしていないことだし、また自分の 人生からも逃げているようなものだろう。 そういう不幸にあぐらをかいているひとに はふつう、ちかよるべきじゃない。 ふつう自分が好きなひとを不幸にしたくな いじゃん。「公衆便所」はにおうものだよ。 そういう人は挙句のはてに、売春婦にも人 権はあるのよとわめき始めるんだ。 ひとを好きになる気持ちをたいせつにしよ うとすると、結局じぶんをたいせつにする気 持ちに帰ってくる。 風向きが悪かったりして、いい恋人がみあ たらなかったとしても、 無理に妥協までしてじぶんのレベルをさげ て不毛な苦味をなめるよりも、 すくなくとも性欲の欲求の意味では「道具」 を使っていたほうがよっぽど自分を育ててい く。 当座の性欲を満たすことによる淡白な玲瓏 が、もしそれが2次的に、まだだれかの恋心 に爪をたてることになるにしても、それが健 康な憧れに転化されるものであるのならば、 ながい意味では、それはけして意味が無いわ けではない。 傲慢だけどね。 性の道具とは、貞淑の目的のために役に立 つのであればそれはけっして卑しいものでは ない。 がんばっている人が、結果的にみんなのあ こがれであることについやしている人知れず の努力と、 あたえられた人生としてはじまった人生に 誠実であろうとする少女がじぶんをたいせつ にするために暫定的に、「道具」をつかうこ ととは、たぶん、 事象として平行なところに位置する関係が ある。 わたしは、道具をつかっていたからこそ、 あらためて喬を得ることができたのかもしれ ない。 時期が近かったのは、ぐうぜん、だけどね。 亜矢は、わらった。 * 今日は性ではなく勉強の日、ふたりは、紺 のセーラー服のまま、ベッドでたがいの体重 をかさねていた。 ・・・おもみがきもちいいいね 下敷きになっている喬が、しみじみ、亜矢 の背にうでをまわしながら言った。 喬のセーラー、おひさまの匂いがする。 亜矢が、喬の胸に、服越しに顔をうずめな がら言った。 服越しでも、体温ってあったかいんだ。 キスして 喬がいい、身をあげた亜矢は、喬のくちび るに、自身のくちびるで触れ、舌をからめ、 たがいの唾液を、ごくごくと飲んだ。 くちからこぼれた唾が、しずくとなって、 亜矢の制服のえりに、いくつかこぼれた。 ・・・亜矢 喬が、亜矢のちいさなからだを渾身の力で だきしめた。 亜矢は、ふと、このまますべての骨がくだ かれてしまえばいいのに、とまぶたをとじた うすい闇の意識で、おもった。 (だきしめられることが好きなのは、喬だけ じゃないわ。) 喬 なに うで、解いて。 そうね 気持ちを自制した喬は、みだれた髪をかる くととのえ、半身をおこし、ほおずえをつい た。 亜矢がそのひだりの頬にかるくキスし、み ずからはその横に、はらばいになった。 そうね、勉強しなきゃ。 喬がいい、「あの時計の長針が8を指した ら、おきあがろう」 「うん このままだきあっていたら、服をぬぎたく なっちゃう」 がまんして うん。 10秒単位のゆるやかな制限の中、安心で きる沈黙を、ふたりはあじわうように静かに 肺に、ふかくすいこんで、呼吸をしていた。 ・・・ふたりは、時計職人が、血の時代を つくったことをまだ、知らなかった。 受験勉強におけるそれとは、おいおとされ たものが名簿のむこうがわで泣いている姿だ ろう。 平等に挑戦するからには、麻痺があっては ならない。 「わたしの名前は、おじいちゃんがつけたん だ。」 音韻がさきにあって、どの漢字をつけよう と親が相談していたとき、 亜矢はどうだい とおじいちゃんがいったんだ そのいわれをパパが聞いたとき、ママは、 それは男の子のなまえにちかいんじゃないの っていってたって。 いわく、女の子だけれども、まえをむいて 進んでいってほしい、 行き先の方向なんて、だいたいでもかまわ ない、まちがってももどればいいし、そのた めにかならずしも速くなくてもいい。 そのaboutlyの意味で、語幹の「亜」が生 きてくる、って。 なんか、いまの自分を暗示してたなって、 おもうよ 喬は、むかしはその漢字じゃなかったんだ って? そうよ、恭順の恭。恭子だよ。 どうしてかえたの 4年生のときに、突然背が伸びだして、男 の子をみおろすようになって。 あだなが、のっぽとかきりんとかいうのに なったのに、性格が名前のままおっとりとし たままだったから、・・・その名前がなんか わずらわしいもののように神経質に、想えて きて。 まだ生きてたおばあちゃんに相談したら 「じゃあ、かえよか」というはなしになって。 おとうさんは最後まで軽く反対してたけど もね。 役所に行って、ものの数分も掛からなかっ たな。 これで今日からおまえは、「喬子」だ おばあちゃんが、おとなとおなじ背になっ ていたわたしのあたまをなでながら、「せっ かく変えたんだから、なまえにふさわしい人 生を生きるんだよ。」 その日の夜、おにいちゃんのとなりの布団 で、夜中に気が高ぶってきて、声を押し殺し て、オナニーしたことを、いまでも、おぼえ ているよ。 中学はいって、バレーにも入って、あちこ ちあざだらけになってひざすりむいて。 わたしの「うどの大木」の骨格に改名の緊 張感がかぶさったから、 自分に快活を強い、結果掛かる運動のおも みの負担が、その骨をふとくすることにもな ったのかもしれない。 球技大会のできことは、わたしとしてはそ こから考えると偶然ではなかったのかもしれ ない。 恭順の子のままだったら、 あの時あらためて感じたあなたの価値を、 うしないたくない。 欲しい、と告白しにあるいていくことはで きなかったはずだもの。 喬は、亜矢のくちびるにキスをし、 「こたえてくれて、ありがとう。」 亜矢の体をだきしめた。 亜矢は、すなおに純粋にみちてくる よろこびと、 ひとのこころにもひそむ歴史のなかのはか なさをおしえてくれた祖父の教示のいくつか に、いま、子供として、とまどっていた。 * 亜矢? だきしめていた紺の制服のからだから、ち からがぬけたとおもっていたあと、亜矢は脱 力して喬に体重をまかせて、 ききごこちのいい、すうすうとした寝息を たてていた。 ・・・気を張っていたのね。 亜矢の制服と、鎖骨の幅という意味での亜 矢の胸の骨格を、自身の胸でうけとめながら、 そのいとしいきゃしゃなおもみを、愛として 積極的に誤解し、 うつつのなかに陶酔を、亜矢の部屋の天井 にみいだし、亜矢の寝息に、じぶんの心臓の 軽い打楽器の響きをかさねていた。 どのくらい時間がたったろう。 こんこん とびらがノックされた あ、 とおもい、すこしにじりあがったが しかし返事を躊躇していると、はいるわね、 の声のあと、 まもなく、亜矢の母親が、紅茶の盆をもっ てあらわれ、ちら、とわが娘の背を一瞥する と、 「あ、亜矢ねちゃった?」 なにごともなく盆を、床の上のテーブルに おいた。 喬は、亜矢の肩ごしにその母親にぎこちな くめで会釈し、きはずかしさで耳が熱くなる のを感じた。 ・・・つかれてたのね 慈しむ口調で、亜矢の母親は我が子のあた まに、ひだりてをおいた。 喬ちゃん、そのままでいいから。 このこ、よく寝てるわ ・・・あ、あの だめ、はずかしがらない。 必死で恥ずかしがる喬のめのまえで、亜矢 の母親はみぎてのゆびでしーっというしぐさ をした 亜矢の母は、背を伸ばし、もってきた盆を 一瞥すると、 チョコレートケーキ、にがいチョコの「か つおぶし」がたっぷりかかったものよ。亜矢 は大好物なんだけど、喬ちゃんはどうかしら ね。 紅茶にあまり砂糖をいれないほうがひきた つわ。 * 「このこはおじいちゃんにあんなになついて いたから」 母親は再度ふりむくと、またしゃがみこみ、 喬ちゃん、おねがいがあるの な、なんでしょうか それはね 亜矢の母が、かるくめをとじたとおもった 刹那、喬はひだりのほほにやわらかい感触を かんじた。 ・・・むすめを、よろしくね そのまま、ふわり、とたちあがるとティン カーベルがながれるように、亜矢の母は部屋 を出、ほとんど音もなくとびらをしめた。 かちゃり、という既成のドアノブの金属の 音だけが、妙におおきく聞こえた。 ・・・亜矢の魔性は、あの人の遺伝か。 ほうぜんとドアの茶色をみつめている喬の うでのなかで、亜矢は、いつのまにかめをひ らいて、ぼんやり窓のさんをみていた。 ---------------------------------------- 10 高校3年・新緑 「亜矢は、大学へはいかないの」 喬が紅茶をのみながら、たずねた。 「わるいわね、ここ最近話をするためにあが りっぱなしで。」 「・・・去年の今ごろだったかな。」 おじいちゃんが、わらいながらの世間話と して大学にはいかないほうがいいだろうって いってたのよ。 もちろん強制じゃないけど、大好きなおじ いちゃんがそういうののならわたしはなんと なくそうなっちゃうわね。 「おじいちゃん、大学教授だったんでしょ」 ただの研究室のぬしにすぎないといってい たわ。 その意味ではたしかに教職員だったのかも しれないけど、けして学長や理事長じゃあな かったわ。 亜矢は遠くを見た。 「虚像とちがって実像の半径なんてそんなも のかもしれない」 いちどおじいちゃんの同僚の歴史学者のお じさんと室に、あそびにいったことがあった けど、 「黒色朝の王がめったにすがたをあらわさな いのは、もったいをつけているのではなくて、 虚像に責任をとることを考えているからだ、」 って、それは余談ね。 シリアスに出ればバラエティには出れない のよ。役作りを馬鹿にしてはいけないわ。 お菓子会社の会長は、ぜったい孫に自社製 品をたべさせないってしってる? おじいちゃんはそんなようなことをかんが えていたんじゃないかしら。 そんならわたしもやめようかな 喬、なにいってるの あなたには理系の目標があるじゃない。 わたしにははっきりとした目標が漠然とし ているだけだからながされるよりはもっとべ つの世界をみたほうがいいと想っているだけ よ。 惰性的なモラトリアムでは大学の学友ほど 最悪の人種はいないっていっていたことばは、 人間の実際のモデルとして、説得力のある おじいちゃんのはなしだったから。 わたしがみるかぎり、国立大学の理学薬学 部にいくのなら、すくなくともいま以上に数 学の練習問題にとりくまなければならないわ よ。 時期としてのいま、迷うのなんて、決断と してはゆるされないわ。 「数学、むずかしいんだもん」 おじいちゃんにいわせれば、ライバルのレ ベルという意味では、いまほど楽な時代はな いといってたわよ。 べつに数学者になるわけじゃないでしょ。 試験管を振る未来を、 おもいうかべながら、朴訥なレンガ職人の 息子のように、ただひたすら解ける問題の数 を量としてこなすしかないわ ・・・数学得意なんだから、亜矢が大学受 ければいいのに * ふ、と亜矢が表情をゆるめ、 それこそ、なにいってんのよ、よ おじいちゃんがいっていたわ 「学問を冒涜してはいけないってね」 たとえば数学がすきなこととと、人生の節 目として数学の試験を通過しなければならな いこととはまた別のことよ。 喬だって、数学をとるか白衣をとるか選択 しなければならないなら白衣をとるでしょう。 努力は人生に必要なものだけれどもそれは かならずしも蛮勇の美学であってはならない。 かぎられた人生において、勇気はそんなに 無尽蔵じゃない 物事は単純よ。 喬は薬学にいきたいけれど、 喬の家はそんなに裕福じゃない だから相対的に安く上がる 国立も受けなければならない ただし、国立には数学の試験がある、と。 国立にいけなかったら、頭をさげて学費の たかい私立をうけさせてもらえばいいじゃな い それを払えないのなら、もとより喬は学校 へいけない家に生まれたということでいいじ ゃない べつに喬が希望する大学にいけなかったと しても、みるかぎりご両親のあなたにたいす る愛はべつにかわらないとおもうわ。 亜矢。 それにね、わたしがいくら数学をおもしろ がったとしても事実上中途半端な、半陰陽の ようなわたしに、 IQ130以上の男の子にたちうちできる ほどの数学を、田舎くさい不良抗争漫画みた いなリングで勝負ができるとは想わないわ。 そういうことは、べつにいさぎよい勝負じ ゃないとおじいちゃんもいっていた。 すぐ勝負をもちだすのは、田舎者だと。 田舎には、罵詈雑言があるかわりに敗者も 卑怯じゃないかぎりすわることができる椅子 が用意されている 田舎者の勝負は序列の再分配にすぎない。 それは田舎が人口がすくないから可能なの かもしれない。 厳密にいうと、これだけでは正確ではない けれどもね。 現代の田舎が序列の再分配が可能なのは、 数十万年ずっと絵に描いたもちであり、そ して人間が人間という生き物である限り永遠 にかなえられない悲願である「健康で文化的 な生活」が、 自分たちにも可能なのなのだと田舎者が勘 違いさせられ、都会から年貢として徴収され る法人税が地方交付金となって、連綿と投下 されているからよ。 逆年貢、ね そのバルブが惑星文明の構造不況によって かたく閉ざされれば、 不躾なおしゃべりをつつしむという意味で の、もともとあごのボルトの締まりという意 志の強さがまったく無い田舎者はいとも簡単 に、 隣人をそねみ、うらやみうらみ、簡単にと なりの屋敷に押し入るようになるわ。 地ざむらいと、原始任侠は、定義の意味で おなじものよ。 その意味で、たとえば抗争漫画と、崇拝漫 画は、 都会が支出する地方交付金と一面的でしか ない都会の文化的生活にしなだれかかられる という意味で、すくなくとも都会や公的な意 味の都知事の立場から見たら、迷惑千万なも のの象徴かも知れないわね。 ふわふわした動機で上京する田舎者は、ま ずまちがいなく都会でみなの役に立つ実務的 な意味での職をてにつけない。 金の卵の本格上京の意味では、もう、孫の 世代になっている。 田舎にいる父母に素朴な孝行のいみで、都 会の若かった夫婦が地方交付金の気持ちを支 出する時代はすでに終っている。 遺伝的にも、3親等以上は他人の始まりと さだめられてように、ただでさえ仕事の無い 都会の孫の世代が、馬鹿でわがままな他人と 化しつつある爺婆の土地にあまったれた金と して法人税を払うのは、もはや心理的にも耐 えられなくなっているわ。 ゆるい動機で上京する田舎のぽっちゃりと した男女は、深夜に買い物はしないほうがい いわね。力学として、下町のヤンキーにとっ ては、彼らは許すべからざる敵よ。 3by4の角材ならまだ運のいいほうと、お もうべきね。材木の驟雨の後、なきべそに唾 をはきかけられて、 「でぶは田舎に帰ったほうがいいんじゃなー い?」 * わたしたちが棲んでいるここは、首都圏と いう都会よ また都会は文明の論理でうごいている。 おそろしいことなのよ 文明の論理で勝負というのは、総力戦の殺 戮戦争のことをいうわ。 敗者はすべてを取り上げられ獄門台におく られたあげく、その屍骸はしろくなるまで、 小塚原で灰にやきつくされ、江戸湾に撒かれ る。そういう苛烈な次男坊の世界を、田舎者 の総領は実感として理解できない。 比喩として都会とは任侠の世界であり、そ して任侠の世界とは長男のものではないわ。 愛されてそだった田舎者は上京してはならな い。馬鹿にされてめをぬかれる。 霞ヶ関の内側は、高額の予算によって田舎 者でも生活できる環境が保証されている。け っして外部の下町のように、真空同然の気圧 わずか7ミリバール、気温マイナス20度の 世界じゃないわ。 だからこそ彼らは既得権をはなれては生き てはいけないのよ。かれらのうまれは、ぬく ぬくした名主の長男だから。 目標もなく惰性で受験するということは、 そんな田舎者のやすがみ漫画週刊誌に参加す ることとおなじことよ。 大体、18歳までにおそわる範囲なんて底 があさい学問でしかない。そういう素材を材 料にしてこねくりまわした学問なんて、参謀 本部が新兵をハムスター扱いにして走らせて 笑っている姿にすぎないとおじいちゃんはい っていたわ。 そんなものにいきがりを感じるものは真に いなかもので洗脳しやすく、おだてて旅順で 爆弾をしょわせるのにもってこいだったんだ って。馬鹿な受験生とは、結果的に鉄砲玉と して消費される田舎のいきがりマニアよ。 おじいちゃんは教師には気をつけろと、く ちをすっぱくしていっていたわ。 戦前は参謀本部に行った人間が戦後は大学 や予備校におおくもぐりこんだんだって。 将校は兵士を殺せば殺すほど、階級が上が る。かれらはえばりちらすことができて給料 がもらえればそれでいいのよ。生徒が卒業後 どんなにくるしもうとそれは彼らにとっては 知ったことじゃない。 まず、教師と会ったらその出身をさりげな く聞き、もしそれが東北の出身であれば最大 級に警戒しろともいっていたわね。 東北はもちろん寒冷で取り分をうばいあう 風土にくわえて、 東北人は中央から遠いから必要最低限の処 世術としての文物の訓練ができていない。く わえて制度と序列にしたがって生きる傾向が きわめて強い。 じぶんの立場を補強するのに手段を選ばな いわ。洗練されていないから、世間を泳ぐこ とも器用ではなく、これほど恨まれる人間人 種もいないわね。 ひらたくいえば、東北で育つと自分でもの を考えることができない人間が出来上がる。 平泉以降、東北が敬遠され搾取されてきた構 図にはこのような悲哀としての馬鹿さ加減が あるわ。山一文といわれてもしかたがないわ ね。 弁護士に相談しなかった被災者はまずまち がいなく安い条件であしらわれているわね。 いわれてみれば当然のことだろうけれど、 226などをつうじて日本を戦争に叩き込ん だのはえばり散らす東北人よ。 自分に自信がないからこそ、階級にすがる しかなく、自分に自信がないからこそ、責任 を取らされるのをおそれ、報告を握りつぶす。 現実に則していない理屈っぽい貧相な大学 になんか行く必要はないわ。そこは潜在的に、 青年将校のファームとなる。 「わたしは、勉強が好きだから「本格的には」 進学しない」 後悔のない決断などないわ。 その意味で進学しなかったことによって、 幾ばくかの禍根が生まれるのかもしれない。 ただその意味での暴言として、進学しない 意味がわかってもらえたかしら。 亜矢はふと、さみしそうに、めを伏せた。 ・・・応用は無理かも知れないけれど、基 礎ならいくらでも教えて上げられるわよ。 「おじいちゃんがね、」 応用は、紙のうえでやるものじゃない、 人生のうえでやるものだって。 ・・・喬は、おもった (・・・亜矢は、かわいそうだ。) 亜矢には、なくなった彼女のおじいちゃん の年齢が加算されている。 いわば彼女は齢17にして 「彼女のおじいさん大学」の卒業免状をすで にもらっているようなものだ・・・。漠然と した薫陶がほしいだけならばたしかに亜矢は かならずしも大学にいく必要はない。 でも、 意識としての孤独に、どこまで亜矢がたえ られるのか、ということを考えると、喬は、 こころもとなかった。 ふつう、進学とは、ぬくもりの横並びであ り、あたたかいぬくもりのひきのばしである。 その意味で、進学とは、女性的で農村的な この蓬莱そのものであるとも、いえた。 いまは性として、わたしが喬の準家族を演 じているけれども、道がわかれたあと、亜矢 は、精神的にひとりでやっていけるのだろう か。 * よき師匠というものは、しばしば弟子にと って過酷なものである。 胎盤性の哺乳類は、育雛の回路の副作用に よって家畜化をおこし、社会をしばしばつぶ す。 それを悲しむ男性の哲学は、それを否定す ることにより命を記号として扱おうとする。 だからこそ倫理は誠実につとめようとする 限り、つねにうすい社会主義のかおりをただ よわせることになる。 儒教における公儀、の概念は社会主義だ。 男性の哲学の理想は、生命を爬虫類や鳥類 としてあつかうことで、それはすべてのいの ちを平等に孵卵器であたためることができる。 だからこそ社会を考える男性は養子制度に あまり抵抗感がない。また親密な養子とは、 男色のことである。 ただ、人間は爬虫類ではないから、爬虫類 としてロボットの論理で生きようとすると、 かならずうちなる哺乳類の部分が悲鳴をあげ る。 それを義のために否定しようとして、しば しば騎士にとっては自決は美徳のひとつであ り、 また、爬虫類としての社会主義を社会に声 高に主張するものは、子路のようにぬくもり にみちた保守によって、殺される。 (・・・亜矢は、おんなのこなのに。) * 「・・・わかった、ありがとう」 喬はしずかに言った。 あなたと話すと、眼からコンタクトが落ち ることばかりだわ。 (・・・あなたの人生は、なにかあやうくみ えるけどね) いい言葉がみつかったら、そのことを亜矢 につたえたいとは、喬はおもった。 しかし、そんなことより、実際男女のよう に亜矢と結婚できたら、それは亜矢にとって いちばんのささえになったことだったことを、 喬は未来に再確認するのである。 喬にとってそれは、あとからおもえば、い まいうべき気持ちではあった。この空間に大 人の第三者が慈しみの気持ちで参加していれ ばよかったのだろう。 いっぽう、 ・・・亜矢はけして他人を言いくるめるこ とはしない。いいわけをしたり他人を利用す ことはしないからだ。 亜矢が饒舌になるときは、その思考の過程 が表に出ているときである。 亜矢はおそらく科学の徒なので、その視点 は無意識をできるだけ客観におこうとし、そ れがはからずとも博愛と利他のしなものにな ることが多い。 ただ過剰にあたえすぎることでじぶんが満 足と飽食のなかにいるような暗示を周囲にあ たえてしまうことがあったが、 亜矢の事実はそうではないさみしさのなか にいることへと訂正することも、亜矢はまた しなかった。 長じて知った周囲の世界のおろかさに唾棄 の感情をおぼえつつ、名が高まっていくこと だけを、食べられないかわいた名誉のナルシ シズムとしてうけとることをえらびつつあっ たのである。 もとより、人生は二兎は追えない。 手にはいるものがそちら側の名誉であるの ならば、のちに亜矢はじぶんの代謝系をかき かえて、そちら側の、文庫本のようにかわい た胞子の生物になろうとした。 どうせ、人は死ぬのだ。 寒冷や飢えは最終的には恐怖ではない。 * ・・・コンタクトにするの? 「うん、すこし度が進んだから 勉強のし過ぎかな。 しすぎるってことはいくらやってもないと はおもうけど」 めがねでもいいとはおもうけど まずめがねをかおうかな。 綺麗なフレームのを そうだね、だけど ふふふ 亜矢が気持ちのなかで肯定の感情を駄菓子 屋のゴムボールのようにもてあそぶ気配がし た。 亜矢がほほえんだ。 安いのでもいいから、コンタクトもしなよ。 どうして 勉強で喬が考え込んでいる、その きれいな素のよこがおをいつもながめてい たいからさ。それが、勉強をおしえるわたし が課す、唯一の税金だよ。 喬が、わずかに赤くなった じゃあ、 わたしも交換条件ね もちろんいろいろなはなしをおしえて。 それから ふふ とわるびれることもなく、言った ときどきは「ストレス解消」もおねがいす るわ ・・・へんたい おしえてくれたたのは、あなたでしょう 喬は、笑いながら、肩をすくめた。 * 中間考査が終って最初の週末、喬は昼過ぎ に亜矢の家をたずねた。 ・・・ひさしぶりに、なるわね 赤い簡素なスタジアム・ジャンパの亜矢の 背に、喬はしずかな声で言った。 おばさんは、7時だっけ うん、じっしつ5時間強かな。 試験、どうだった 「謙遜はしないわよ」 と喬は前置きし、 あなたが謙遜は敵だとおしえてくれたのだ し。 亜矢がつけたした 「そもそも秘匿が美学であるべきなんだけど ね。」 謙遜をいわなければならない事態は処世と してその時点で破綻なんだよ。 謙遜は敵というよりも事態の敗北だ。 謙遜を自分の内側に対して言うことは、逆 に自分に対して嘘をつくことになるからその 意味では敵だ、といったのよ。 自分を育てるためには自分をうぬぼれさせ ることが必要だ。別のことばでいえば、自分 を信じるということ。 ただ、自己点検としての客観と、過剰な謙 遜は違う。虐待や苦労は、資質をそこなうこ とがあり、そんな子は自分を愛することがで きないから、すくなくとも学業ではのびない。 そこの自己操縦を間違えると、他人でしか ない教師や下士官に評価をあおられて爆弾を しょわされる不幸な青年ができるんだって。 不毛な教育現象のなかには、教師の背後に不 毛な封建制がみえかくれをしている。 虐待としての教育は、太平天国のまえから 社会支配のテクニックだね。 もっとも、すべての卒業生に、あまやかさ れた祝福がみちみちていては、社会にわがま まなともぐいがおこるだけなんだけど。 それもおじいちゃん? うん 謙遜という態度が必要とされるのはおそら く、 みえる、みられるということがおそろしい ことだからなんだろう。 ひとの弱さはみな、 「飯と糞のあいだにのみ」 生きようとするから、 結果暇人になったひとびとの舌には、 ひまつぶしの需要として、遠慮がない。 くるしんでいるひとのことなど、意識から 追いやってまで、 人はめんどくさいことがいやだから、暇人 になろうとし、そしてその暇でいろいろ気に かけている人の脚を、田舎臭く幼稚に引っ張 るのよ。 彼らが、たまに「見せしめ」におびえなけ ればならないのは、人類が人類であるかぎり 数十万年そうであることなんだろうね。 見せしめには、つねに抑止力の必要として 需要がある。確信犯でないかぎり、自分勝手 な馬鹿なことをしてきらわれたりしてはなら ない。きらわれものには、濡れ衣をきせられ て獄門にかけられる率が高く掛かる。 風聞に掛かるオッズは低く設定されるだろ うね。悪い意味の証券をふくむギャンブルの 無責任さと、風聞の無責任さは、おなじもの だ。 世間や風聞に対する、いわゆる謙遜は真っ 赤な嘘で、弁明だよ。 これはけっしてくだらないあなたたちをみ なごろしにする秘密兵器ではありませんって ね。 テストでトップクラスの成績をとるひとが、 えー勉強してないよーって、大嘘をつくでし ょ 「みたよ、喬、廊下でおなじクラスの子に、 うそついてたでしょ。 あんたが猛勉強していることなんかは、み んなしらない。 つかれてねむってしまった、喬の寝顔の紺 の制服に毛布をかけて、あなたんちに電話を かけて、そのままとめた晩がいくばんあった ことか。」 亜矢が、喬の制服の胸を、ゆびさして、わ らった。 喬は、わらいながらしかし、 すこし、むくれた。 「でも喬の横に身を滑り込ませて、 制服越しのベッドに沈む喬のおもみと、体 温と、喬のしずかな規則ただしい呼吸につつ まれて、ねむりにおちるのは、とても、ここ ちよかった」 亜矢は、会話のながれで、吐露をくちにし ていた。 * しかし照れてすぐに、 おなじことを馬鹿は得意満面で振り回し、 そうでない人は謙遜の形にして君子あやうき 都大路から最大速度で、脱出するのさ。 みんな無言で見ているんだよ。 みかけの世界がせまいからといってものご とをなめていると、無言でみつめているディ ラックの粒子の億万の力学によってしっぺが えしをうけるもんさ。 * 英語はほとんどわかったわ。 わからない単語は2箇所しかなかった 英語は、たぶんわたしより喬が先をいって いるね。 しゃべれたっけ しゃべれないわよ つづりもまだ部分的には部分的には怪しい。 コンピュータシートなら問題はうすいけど、 2次筆記ならネックになるわね。 課題だわ。 ・・・わたしは無理だな 亜矢が言った。 わたしは、活舌からはいるほうだから、た ぶん喬のレベルに追いつくにはあと5年は掛 かるだろう。 短大でも勉強して、たぶん社会人になって も・・・。 外資系にでもいくの まさか。田舎娘じゃあるまいし。 ヤッピーに使い捨てにされるために貴重な 労力をつかうのは馬鹿だろ ただ、天網の時代がはじまっているから惑 星の反対側にむけて英文をつかえる、ことは たしなみとしては必要だろうよね。 亜矢は、冬服の制服をぬぎ、 「いんこんぷれへんせぼ ますまてぃかる こんぷれきしりてぃーず」 うすい桃色のブラジャーになった。 なに? 「理解しにくい、数学的複雑さ」 という意味にちかいかな 「なによ、わたしの苦労の日常じゃない」 ふたりでわらった。 出典は? 英字新聞だよ 英字新聞は移民をふくめ読んでもらうこと が前提だから、中学英語しかつかわないはず なんだけど、 たまに微妙なニュアンスを伝えるために教 科書にはないかるく難しい単語がのるんだ。 わたしは単語はしゃべっておぼえる。いぜ ん街で外人に道を聞かれたとき、 ゆーあぷろなうんしえーしょん さうんずそーぐっど とウィンクされたことがあったよ。 えへん、と亜矢は小学生にもどって、とく いげに腰を制服のスカートにあてた。 しろい腹のうえの亜矢の、 可憐なへそだけが、 この時間とつぎの時間のあいだで微分場と して、不安定であった。 * (信仰としての学問:亜矢36歳) ハイキングで縦走をするとき、夏草の高原 や唐松林のなかでときに峠道を、論理的には 直角によこぎるけどそのとき、下山へといた る状態としての誘惑は、 尾根すじの鞍部は喬の股間や背後の臀裂や せすじにわたしが、のる鞍部に快楽の意味で、 似ている。 そこには、馬の鞍型のロバチェフスキー曲 面における、 微分方程式の解としての、微分係数のベク トルとして、 東西どちらの面に転がるかわからないとい う意味でハンガリーのたれそか時、のような ものだとおもうわ。 鞍部でたたずむ快楽の風景は、その微分場 がたたずむ不安定さという意味で、不安定だ わ。 不安定が、不安をかんじさせそれを嫌う心 理を誘発するのかは、わからない。 ただ、下山はセックスのおわりを意味をす る。 初冬の、あおぞらの、吹きさらしの北風が つちをはじきとばした、岩山のいただきに、 かたくしこったあかぐろい乳首をひっかけて、 ゆうぞらのかすんだ青空の、うすく白くかす んだ満月を横目でみながら、絶頂の暗いV字 谷に、四肢のながい白いからだを投げ込むこ とは、 美女における、すばらしい、 のぼせあがった、めのつむり、 であり、 そこに行きたいと、いっぽいっぽ山の枯葉 をながいあしのさきの、はだしのあしでふみ しめて、しろい全裸であるき、のぼることは、 性の道程が、やはりまえにすすむ魚のさが から出発をしていることを意味しているのか もしれない。 絶頂における、乳首と臀裂の性のはげしい 痙攣は、まえにすすむ本能にちかい原始的な 運動の神経のはげしい短絡における、腹圧の 亢進の面がある。 ここにも、快楽と肯定を支配する側座核が ある。 不安定な精神の鞍部にわかれをつげ、 あきらめの下山をあきらめると、 純粋な美女をまっているものは、寒冷な青 空の下での、はげしい乳首の射精でしか、な い。 脊椎動物としてのしくまれたはげしい快楽 という報償系という芯のまわりになでつけ、 ねりつけられた、哲学と言う屁理屈は、機械 にもわかる形式ではないと、あおぞらのあと の夜空としての、天文学でもある宇宙におい ては、いみがないが、 しかし、わたしには、 快楽の側座核が、必要だ。 と亜矢は、闇の宇宙のなかに立つ白い全裸 のからだのうえで、たってしこるみずからの、 両胸のあかぐろい乳首を、両手の指で、それ ぞれ、さすった。 * 縦走路のその風景が夕か朝かを判断するに はその画面だけのスチールショットだけでは わからない。 その前後のこまが明るいかどうかによって 朝夕は判断されるので、歴史や性のうねりや 期待には哺乳類ならだれでも持っている無意 識における時間軸上の微分の感覚が必要であ る。 ロシア系に数学者が多いのは、制度として 学業や受験というものが一般的ではなかった こともあったのでしょうね。 制度になると、学問は嫌われ、 そしてその教師の1代が保身に走るがゆえ によい弟子が集まらず、学問が腐敗する。 また流浪の民ほどにはないにせよ、どうし ても国境や民族独自性があやふやな かれらは、よすがとしてユダヤ教やロシア 正教に準ずるものとして数学を選んだひとも おおかったのかもしれない。 そのメンタリティでは、数学は愛をささげ る対象であり、日本人のように、 参考書や 先輩や 仏像や 光源氏を 用は済んだからといって、冷たくごみにだ す態度ではない。我執による裏切りは農奴sh ipであり、本家shipかもしれない。 異常な科挙は、逆に日本的かもしれない。 中華圏は、うすくひろく論語の照射をうけ ているけれども、それが真摯な処世術である かぎり、入学のためにおぼえることは必要だ としても入学のとたんわすれていいものでは ないはずよ。 かかれていることが遺伝子に、導入されて しまえばそれはかんたんにわすれることがで きない。 しかしこまわりがきかないかわりに、 逆にそれは逆境で粘りになる。 コリアンに学ぶべきことはおおむねそこで しょうね。 わすれるためのうわっつらの暗記は、テク ニックの師匠に付いて初めて可能になる。 蓬莱で受験にやたらに金が掛かるというこ とはそういうことで、 合格のあかつきに孔子を再生紙に出すもの は、おそらく孔子が血まみれで悩んだ結果に、 すくわれることもないでしょうし。 孔子や光源氏は蓬莱人にとって卒業証書や お歯黒外交のための商売の面がたぶんにある。 (ただこの原則にのっとれば、かつての倍率 数十倍の試験に我が子をさらした親は、正統 的な日本人的軽薄さからも遠いところにいた という意味で、二重に愚かだったことはたし かだわ) * でも、このことはべつに非難されるべきこ とではないわ。 よくふたつのJと呼ばれて比較されること が多いユダヤとヤハンだけど、 ときに同朋のほとんどまでを殺されてまで も戒律を守ることによって形式としての絆を 守ることが幸福であったかということはだれ にもわからないわ。 事実上収容所にあつめられた彼らのほとん どが青い目であるという遺伝子の上の悲劇を もってしても。 ある意味、アウシュビッツは孔子の悲劇で もある。子路の末路は有名よね。 信仰や信条と言うものはおそらく、限界ぎ りぎりの逆境や飢えをくぐることによって根 をおろしてしまう。それがどんなに一次的な 個々の幸福にとって不条理であったとしても。 卑近な生理学によっても、それは説明が、 できるわ。強制的な飢餓や睡魔によって、扁 桃体と側座核の関係を変調させると、特定の 体験や概念が、特定の感情と結びついて強烈 な体験としてやきつけられる。 暗示や洗脳に、拷問や薬物がついてまわる ゆえんよ。 また恣意者の存在のいかんにかかわらず、 そのような強烈の慢性は、海馬をやいて、廃 人をつくってしまう。孔子ひとりにつき、狂 人が1万人、飢え死にが100万人いた、と いう想像は、統計学的には、有意だわ。 アウレリウスの時代だったと想うけれども 信仰を捨てない原始のキリスト教徒が紳士 的な裁判官に法制度の上でやむなしと生きた ままライオンにあたえられた記録があったわ。 冷静に考えて、彼女に、何の利益があるの。 おそらく彼女は現在のゆがみを告白するため に信仰の名前として生きることを選んだので しょうね。 ジャンヌはむかしからある程度の確率で溶 液に存在する。 そして残念ながら、英雄とは臨床的には狂 人の一種よ。 狂気と冷静さが同居しているからことをな せる。 ただ、それが生理的には幸福でないから悲 劇なので。文化的にはそれはしばしば意味が あるとされる 人間は、広範な知識がもたらす結果に社会 的動物であり、でありながら同時に自己家畜 化しやすい哺乳類であるからそのあいだの相 克が、とてもむずかしいのよ。シロアリは、 ここまでなやんではいないとは、おもうわ。 帝王学で最も重要なことは民や属州を飢え させないことよ。飢えさせると彼らは、個人 の幸福を越えた全霊を持って、現状を否定し ようとするわ。 原始キリスト教が広まったのはおそらくロ ーマに慢性的な搾取が常態化していたことも あったでしょう。 戦略悪でもあろうけれども、アメリカの一 面では巧妙な施策は、脱脂粉乳だったでしょ うね。 蓬莱の本土が、焦土にならずにすんだのは アメリカのシンクタンクが老獪であった面も ある。 敗戦国を飢えさせてしまえば、彼らが思想 的暴徒になりかねないことを知っていて、き わめてはやい段階に彼らは敗戦国の心情的な 牙をぬこうとした。 すべての人間がこころのそこから善人では ないように、戦勝者もまたそうではないわ。 しかしすくなくとも敗戦国の人民にとって は敵がくだした理性的な判断にしたがうしか なかった。 冷戦バランスを見据えた冷静な判断がふた つの巨大爆弾であったように。 * 孔子やユダヤに対置されるものとして、 日本人は軽薄でもあるけれども、個々人に ひん剥いたときはあきれるぐらいいさぎよい わ。 無信条から来る卑怯と、素直な自己責任は 日本人にとっておなじものよ。 逆に帰納すると、日本人の伝統に、国家ら しい国家が根をおろしたことはなかった。 こころのなかに国家という概念がなければ、 国家が回転しないのはあたりまえだし、 国家にたよることは、架空の言論よ。 蓬莱では国家ということばは否定的にかた られるべきもので、それが熱弁と同居するの は、若輩の意識だけだわ。 地形と伝統からいえば、蓬莱では幕藩体制 以外ありえない。 移民でわたった彼ら日本人はチャイナタウ ンのようなものをつくらない。 現地の社会に一生懸命とけこんで、3代た つとどこに日本人が住んでいたのかもわから なくなってしまう。 すくなくとも虐殺されることを悲劇だとす れば、日本人のJはかならずしも非難される 無信条ではないわ。 意外な結論かもしれないけれども、日本人 は占領されていたり、異民族の社会のなかに いたほうがかえってしあわせなのかもしれな い。 自分で自分たちをきめられないということ は、視点を変えて逆に肯定的に考えるべきこ となのかもしれないわ。 その意味で、おしつけられたものであると しても、大憲章に手をつけることは、卑屈で はない謙虚の賢明の立場からすれば、たぶん あまりいいことではない。 カエサルは弁明するでしょうけれどもね。 ルビコン川を越えて元老院に暴力の実力軍 を駐留させなければ、衆愚のローマはたちゆ かないと。 でも、ルビコン川というものは、へたくそ な外科医でしかない患者が、自分で自分の脳 手術をするようなものよ。 カエサル自身の判断を批評することは微妙 だけれども、すくなくとも以後の暗殺の連続 と苛烈な搾取の時代を彼がひらいたことは、 事実よ。 たぶんに漢方的な蘭学趣味ではない名医は いわばホスピスのたちばで、 「このくにはもはや老人医療的なバイタルし かないようですから、無理な治療はせずに弱 い薬で散らしつつ、余生を送ってみますか」 ともたずねるでしょうね。 切りたがる外科医は、自分の出世しか考え ていないわ。 全世界もイデオロギーのとぼしい五胡十六 国の時代に移行するし、蓬莱もまた中世的な 気分にかえっていく。 イデオロギーのとぼしい時代、治安の悪化 は徒党としてたばねられないから、どちらか といえば暴力は戦争ではなくて犯罪や愉快犯 のかたちをとるわ。 だから原則的には対治安予算は軍事費より も警察権の予算にまわすべきだという意見が ある。ここを無視する為政者は、竜馬がはじ めた事実上の死の商人である軍需産業複合体 の広大な票田にめがくらんだのだ、といわれ てもしかたがない。 このような時代、戦争がおこるとすれば、 彼我の政体ともども、内憂外患を切り抜ける ために、内憂の項を外患に移項する。2*外 患のかたちにして、内憂を0にしたいのよ。 もくろみとしては。 歴史にたくさん実例があるわ。悪者づくり に、外交が手段としてつかわれ、うっぷんの ダストシュートになるわけね。 ここでは、広義の広告が兵器として使用さ れる。 この現象を加速させる因子は、広帯域通信 の影響により、わかい世代が事実上、判断力 の意味でばかになってしまっていることで、 阻害する因子とは、これもまた広帯域通信 の可能性として、「あっちのくにもなかなか たいへんなんだ」という理解がひろまること でしょうね。 できれば、やはりTCP/IPの時代は、筆談で もいいから英会話が出来たほうがいいわ。 こういう時代では、むしろ責任者は対話を 重視する・させる方向性しかありえないとお もう。ルートとしての本音のホットラインは、 あったほうがいいんでしょうね。 ・・・中世的な日本とは、つねにすこし重 い掛け布団が弱い占領のかたちでのっかって いるシステムだわ。両翼を振動する日本人の 謙虚と卑屈は、そのような構図でしか機能し ない。 江戸時代は、儒教や公儀の概念がいっぽう でたてまえとしてあったけど、その源はあく まで関ヶ原の東軍占領軍よ。 その歴史の事実を持ち出されれば、敗残は ものをいうことはできなかった。 むしろ、敵であったとはいえ、世界史的に 奇跡だったまれにみる紳士的でまた老獪でも あるギリシア帝国が「おしつけた」大憲章が それであることは、批判をも含めもっと点検 されなければならないかもしれない。 前の戦争では、貴重な百万人規模のひとび とがなくなったけど、けっして四千万人虐殺 されたわけではなかった。 でも、大陸の歴史では民族の半分以上がみ なごろしになった歴史は、別にめずらしいこ とではないわ。 そのような歴史ではおしつけられたシステ ムは、おおいに変えるべきものでしょうけれ どもね。 自分で自分をきめられない、という意味で はおしつけられた大憲章を変えない、という ことは、いわば使用人としての賢明かもしれ ない。 一番大事なことを、弱い意志の都合でかえ てしまうことは破綻と内戦を誘発するわ。 最悪、内閣が変わるたび大憲章をいじくり まわすローマの暴君の時代が来てしまうかも しれない。 戦前の軍部の暴走とは、旧根幹法の堅牢で ない部分を突いて、軍が政府をのっとってし まったところからはじまった。その意味では、 実は米軍とは「第2占領軍」の色彩があった。 戦後の占領軍の統治政策が、意外にあっけ なくすすんだのは、人々にとって、あたらし い占領軍が「第1占領軍」より主観的な気分 として「はるかに優しかった」と受け取られ たからだと、想うわ。 「まんまるめがね」を信奉していた、戦後の 世代は、すくなくとも開放的な時代をひらい てくれた、程度論だけど世界史的には奇跡的 な、旧敵国からうけた施策について、もっと 考えるべきよ。批判をも含めて。 わたしには、旭日旗を批判することは気分 としてはできない。 脱北者が南に帰化して、社会資本的な善意 が拝金の前に鼻で笑われるような現実に、 「これが自由なのか」と幻滅するはなしはと きどき聞くけど、 戦前を懐かしむ人たちの気持ちはこれに似 て、暴力や非道が存在していたにもかかわら ず、それでも人々が力をあわせていた現実が 肌身に染み込んだものとして、わすれられな かったのでしょうね。 特に幼少期感受性のするどかったひとはそ れをまともに浴びたはずだわ。川端さんのお 弟子さんが、同性愛にはしるほど繊細だった ことは、たぶん偶然ではない。 ただ、郷愁と力学は区別するべきだわ。 いま、根幹法をいじると、そこに第2次統 帥権のきのこが、漏れる放射能のように吹き 出してくる危険がある。 一度そうなってしまうと、弱々しい蓬莱の 民はそれをとめることは出来ないでしょうね。 汝自身を知れ、とは古典の言葉だけれども、 強さとはたぶん、じぶんの弱さを知ることだ とおもうわ。 わたしはなさけない坊やがきらいだけれど も、そんなのが夫だったら耐えられないけれ ども、 それが1億1万いるのが現実ならば、 現行の政策は、その現実にあわせなければ ならない。家族を殴るのとおなじ感覚で、 districts:ディストリクツを無人の荒野に 変えることが、政治だとは力学として、残念 ながら帰納できない。 理想の理系や、幼稚な工学は、政治家にむ かないわ。 だからわたし自身は、気分としては政治家 にはなれない。 信長が作った制度は、家康は受け継げない でしょうしね。 コーヒーをぶっ掛けても、合戦を押し込む ことは出来ない。 それが元和厭武をたえしのぶことだとは、 世の中に出てから、はじめて知ったわ。 ええ、思い知らされて、ふみにじられたわ。 でも、弱虫の江戸時代人の蓬莱で、元和厭 武をくつがえしたら、力学としてとんでもな いことになる。だれも責任者になりたがらな いんだから。 破綻した企業を数多く見てきたコンサルタ ント氏なら、この気分はたぶんわかってもら えるとおもうけれど。 スーツ姿の亜矢は、黒いかばんから、薄め のビジネス書を、1冊とりだした。 「ダメな会社を見分ける、20の法則」 読んでみるといいわ。 どこの出版社でも出してる。 千円ちょっとくらい。値段はお手ごろよ。 この世がどこまでいっても、「動物農場」 であるのならば、それは失敗例にまなぶのが もっともよい教科書だわ。 ただ、いっきに読むとげんなりするけれど もね。 ******************** ・・・わかっているだろうけど、 英単語と日本語の単語の意味の重心はもち ろん、座標的に一対一じゃないからね。 Conprehenceって語幹のhenceは 囲いのfenceと同源なのかな もしそうなら 「あらかじめの総合的予測把握の困難さ」 という意味の単語になる Inconprehencibleは 亜矢は、単語を4Bの芯がはいったシャー プペンシルで書いた。 ちからがつよかったので、ちいさなかけら がへやにとんだ。 やわらかいのね やわらかいほうがいいんだ。 思考がすぐに紙に載る。 えいぶる、のまえは、エスじゃない? たぶん。 発音からすると。 こういうことをかずおおくしかし数ヶ月の 「クロック周波数」ですすめていくから、わ たしは5年10年掛かるんだろうな。 わたしは、趣味としてたぶん学者だから、 18やそこらで早押しクイズとしての難関 試験に興味をもたないんだろう。 これはおじいちゃんの遺産であることはま ちがいないけれど、 将来この要素が自分にとって重荷になるこ とはあるかもしれない。 亜矢は、単語をみつめながら、ぽつりとい った。 あ、なに? 亜矢は、喬の左手によってあごをすくわれ、 亜矢のひだりに立っていた喬は、亜矢の顔 をじっと覗き込み、 やがて亜矢を、ぎゅうっと、だきしめた。 制服をはんぶん脱いだ、 ふたりのはだかの、へそがふれあった。 * ・・・今日はね、あたらしいのがあるの。 この前、とどいたのよ 「どう、太いでしょう」 亜矢は男根を装着したショーツをはいて、 喬のめのまえに仁王立ちになった。 喬は、亜矢のそのアルトの声を、 ききたくない単語をのせた、 きれいな青銅の鐘の音として、聞いた。 喬は、なれたいつものデニムのショーツで はなく、くろびかりするあたらしくなまなま しい、ゴムの道具に、自分が豚のような家畜 の哺乳類でしかないことを、おもいしらされ て、知的な問題を解く進学校の、女子学生で あることを、 旧校舎のうすい厚さのふるい窓のくもりガ ラスをふとしたひょうしにあっけなく割られ、 破壊される、ことが、 ストレス解消のbreakとなることを、下腹 部がうすきはじめる期待に、しずかに興奮し ながら、あさましく、みとめた。 清楚な、顔にあかみが差した喬は、そのか わいた音色の良い楽器の金属音をこころのな かで聞いて、 むねあてのなかでうずいた、くろい乳首の 感覚に、自分は、普通の平均の17歳にくら べて、かなりの発展家にあたるのだろうな、 とぼんやりおもっていた。 これはね、うらがえせば自分用にも、恋人 を犯すのにもつかえるのよ。 (・・・説明は、いいから。) 喬は、こういう行為が嫌いじゃない、じぶ んがいやだった。 快楽が嫌いというわけではなく、 服を脱ぐように、ひとのかわを脱ぐと、 そこにある猿やかえるの現実にむきあうの がいやだったのである。 カフカの小説にあるように、芋虫を嫌う文 化の主人公が、あるあさ芋虫になっているよ うに。 ・・・わたしはドストエフスキーの世界の 住人ではないようね、と喬はだいすきな亜矢 に、「けがされていく」じぶんを感じていた。 ただ、明快な亜矢の論理にふれるうち、ひ とつ理解したことがあった。 氏の純粋さを産んだような風土が、逆に共 産主義の美しい夢想に、ふりまわされひきず られて、数十年文字どおり流血の苦悩にくる しんだのだ。 善悪はもとより科学の概念ではないけれど も、 悪液質はスタンダールの結晶にくらべて、 より熱力学のエントロピーがおおきいという 意味において、より悪というものにちかい。 崩壊や滅亡に至る恣意を悪というのであれ ばエントロピーは恐怖の対象という意味でそ れを賛美することは、一神教においては悪に なるだろう。 しかし、生命の起源と現実は粘液である。 遺伝子は結果にすぎない。 半悪の粘液が、熱と光によってはげしく複 雑に対流し、その構造をおりたたむとき、家 具の配置の暫定構造として分解しにくいデオ キシ半石油のデジタルのノートを必要とした のにすぎない。 太陽が燃え尽き、地球の緑が凍りつくとき、 だいたいにおいては、遺伝子もまた白骨とし て、死ぬ。(骨は、温かい生体のなかでは、 生きているのである) その意味では、相応の筋肉に覆われていな い骨は意味はないし、細胞の粘液質をはなれ たデオキシリボ核酸もまた、それだけでは乾 いた白骨である。 情報とは本来そういうものである。画面に 映った赤いイチゴのケーキは、食べられない のだ。機能しない場合の共産主義とは、青年 だけの活字に過ぎない。 うすい悪をフラスコに入れて、おだやかな 条件で熱すると、数億年後にはあたらしい生 命が祝福の中から生まれる。 ゲーテは、ホムンクルスを、その事実の象 徴としてえがいたのか、にせものの模造とし てえがいたのか、まだ文庫をよんでいない、 喬は、しらなかった。 幼稚な大学生が書いた空想小説以外の意味 において、いまだ文学は「人工」という概念 をゲーテ以外に正面からあつかったことは、 たぶんない。 ウェルズやベルヌやそしてカーソンが描い た警鐘は、本質的には当時かれらがみなあた りまえにみた現象であり、その意味では作家 の個性や才能ではない。 亜矢がいうところ、人類はおそらくわずか 数十の遺伝子の変異によって、おそらくは過 剰すぎる神経細胞をかかえこんでしまった。 そのおそらくは、重すぎる大ヘラジカの角 のような形質は、卑近的にはきまぐれな進化 の暴走でしかないが、 もちろんそれがまったく生存に意味がなけ れば、生殖率の低い動物であるサピエンスは ここまで、生存はしなかっただろう。 ただ、おそらく地表の環境上の意味では必 要以上の、神経細胞をかかえたこの哺乳類は つねに内側に「妄想」をかかえこんでいきて いる。 圧で釣り合いをとる珪藻のような例外を除 き、生命に伴う自然現象に、ふつう正四角形 や正三角形はない。 自然から、抽象を抽出し、くみたてた幾何 学によって、再度環境に加工と圧力をかける 性癖は、 人類が神経細胞をかかえすぎた種として存 在する限り、滅亡するまで、ずっとついてま わる。 * ふるい伝承は、原罪ということを、折に触 れて言及する。 伝説の根というものは、ばあいによって礫 岩のなかの礫がさらにふるい年代を示すよう に、部分、かなりふるいものをふくんでいる。 先住民の伝承に、1、2万年前のものが含 まれていることはめずらしいことではないら しい。 たとえば、旧約聖書の記述もものによって はそこのくらいふるいものがあるかもしれな い。 そのくらいふるければ、教義のなかにくり かえしあらわれた苦い教訓の記録であるもの もあるだろう。 そして、どうしてもなおらない遺伝的な業 のようなものをさして、そういったものなの かもしれない。 そのうちのふたつ、 ・生殖にならない性に参加してはならない。 ・みだらにからくりをつかって、目的をとげ てはならない。 喬は旧約にそのような記述があるかどうか はしらなかった。 しかし、古代の沈思が、かきのこしたがる 訓であることは、すぎるほどに理解できる。 素朴な家族を通じて社会に参加しないとア ナーキストになるし、兵器や魔術は町を破壊 し、ひとびとを、まどわす。 しかし、旧約の源流が1万年前よりふるい のであれば、人間はその警告をふみこえてあ るいてきたことになる。 もとより、寺院とは同性愛者のための施設 であるし、農業とは最大のからくりである。 大量工業の時代は、旧約の世界そのものか もしれない。 ソドムとゴモラが235と239であった ことのように、晩年のウェルズとベルヌが反 面としてのdistopiaを描いたことは、理想の 空想科学が一回転して、旧約が警告した世界 にもどってきたことになる。 幸せのための広帯域の技術が、強盗の連携 や暴動のためにつかわれたり、大量の未経験 の無垢が無責任に大量に発言して、世相をお おきくあやまることそのものは、地獄のふた がひらいて、大量の亡者がはいだしてくる風 景と、どこが違うのか。 ファウスト博士に錬金術の匂いがするよう に、 空想科学小説でないかぎり、人工の本質を みつめようとすると、それは原理の探求にお いても、しばしばおちいる目的の幼稚さにお いても、それは魔術に近くなる。 聖なる家族の行為でない行為をしばしばお こなっている喬と、亜矢は、場所と時代によ ってはわかき魔女とされかねないが、 亜矢の合理性は、やってみなければ次がみ えてこないわ、ということだろう。 その18世紀的なりりしさは、近代精神と いわれるものであったかもしれないが、 保守的な精神の集合が、必要でもない生ク リームやあんこのおもくるしさで時代にのし かかっているとき、その輝きを異端でないと、 跳ね飛ばすことができるだろうか。 * 人工のそれは、二人の腕の太さほどもあっ た。 その長さは、裕に20センチは超えていた 「これであなたを貫いてあげるわ」 亜矢はにっこりと笑った。 おびえた顔の喬に気づき、 いやねえ、なにも判らないものをいきなり あなたにためしたりしないわ。 もちろん自分も試したわよ。 喬は、内心めをむいた。 だって 「これ、4センチはあるわよ」 これだからねんねはだめなのよね。 亜矢はゆびを振りながら、ちっちっちっと 舌を鳴らした。 「ひとのからだはね、ゆっくりと時間をかけ ればなじむものなの」 もっとも、一日のうちでは、筋細胞のミオ シンのながさはかわらないから、もしふとい のが好きなら、ゆっくりと日数をかけてミオ シンの縦の分子の数を増やしていかなければ ならない。 トレーニングで性質が変わるのは、ボディ ビルだけじゃなくて、会陰の8の字筋もおな じなんだよ。 みる?さすがにちょっときつかった。 亜矢はショーツをおろすと、勉強机の前の 椅子にそのちいさな腰をのせ、左脚をかかえ て、かかげるように、した。 少女の肛門が、いつもより、赤く、ふっく らとしていた。 「信じられない」喬はひとりごちた。 「・・・あんなにおおきなものに、 おしり使ったんだ」 ・・・好奇心も、あったから。 亜矢は、自身の左ひざのむこうから、わら った。 だって、あなた、これ!。 ふとさ、あたしたちのうでくらいあるわよ。 やってみなくちゃわからなかったしね ・・・なんでも挑戦よ。 めんどりはね、これくらいのものを毎日産 んでいるのよ。 膣の筋肉は、8の字構造で、尻の筋肉と連 続していて、本質的にはおなじ。 もともと、膣は肛門のなかにひらいていて、 鳥や竜はみな、石灰のたまごを、「うんこま みれ」でうみおとしていた。 できないことではないわ。 第一、これは硬質プロピレンじゃなくゴム で、やわらかいし、 「おなかを怪我する」心配はなかったから。 ・・・あなたはどうする?前?、うしろ? やっぱ最初は前かな。 これくらいの太さならヴァギナの仲良しさ んでしょう? 喬はしばし逡巡していたようだったが、 「・・・あなたとおなじでいいわ」 「わたし、あなたとおなじ処に立ちたい。 これは性だけど、あなたと付き合うって、 たぶんそういうことだもの」 まだ夏服のセーラーのままの喬は、すこし きっぱりと、言った。 亜矢は、うなずき、 「まず、シャワーを浴びましょう。」 喬の両肩に、両手を置いた。 階段を下りながら、 「おふろで、お尻を緩めるトレーニングをし ないと。いきなりなれないうちだと、アヌス が裂けちゃうから」 亜矢ははなうた交じりに、 「ヴァーギナ、ギナギノ、ギノガモン」 ・・・亜矢、なにそれ 「将来、生理学をやればいやでもおそわるわ よ」 脱衣所のなかに入り、浴室の扉の前に立っ た。片手に、薬局の茶色いかみぶくろをもっ て。 * ・・・力を、抜いていてね。 亜矢がいい、喬の、 絹のようなしろい清楚なスリップを引き抜 き、背後にまわって水色のブラのホックをは ずした。 亜矢が喬を、浴室にみちびくと、ふたりと もせっけんでかるくからだに泡を流し、髪を 洗った。 髪を上げましょう 亜矢が言い、もってきたふたつの大きな褐 色で透明の、樹脂のクリップふたつふたつを 手に取り、ひとつでうなじの後ろでながい髪 をたばね、はさみ、そしてそれを今度は喬の 頭のてっぺんの方へおりたたんで、とめた。 喬の両手を浴槽のふちに、つかせ、みづか らは彼女の背後にまわりこみ亜矢は、喬のは だかのちいさな腰をひきよせ、アヌスと会陰 の処女の匂いをかいだ。 「いい匂い。」 それは、フェロモンにちかい少女のわずか な体臭なのか、せっけんの香りなのかわから なかったが、しかし亜矢は、浴室でのこの行 為にかるい酩酊をおぼえる自分を感じた。 亜矢は、喬のさくらいろの肛門にやはり、 ピンクのみずからのくちびるで、くちずけを し、 したをのばして、そのわずかにやわらかい 少女の肉の菊のしわを、しずかに舐めはじめ た。 「あ・・・」 どう?不思議な気持ちがするでしょう。 亜矢がみぎの腰骨越しにささやくのを、喬 は耳の後方で聞いた。 「これは、くちずけなのよ。」 ひとのくちびるは、粘膜がまくれあがって 乾いてできた敏感なところ。 そしてここも、 亜矢はぬれた左手の人差し指で、喬のアヌ スのわづかなふくらみをいとおしそうになで ながら、 「すこしだけそとにまくれあがった、消化管 の粘膜が乾いてできた、敏感なところ。」 もういちど、深く、いとおしそうになめ、 しゃぶるように負の圧をかけて吸いながら、 喬に 「やめて、変な気持ちがする・・・」 懇願の乞いを吐かせた。 「喬、大好きな喬、いまさらへんなことを言 わないで。」 背後で亜矢がささやく。 「あなたは、これからあのふとさをからだの なかに、受け入れなければいけないのよ。」 喬はかるくわれにかえり、そしてそれがし だいにみずからの下腹部に熱を呼び、そこを 湿らせていく感覚に変わっていくのを、呆然 とうけいれた。 喬の下肢と尻に、ちからがうしなわれたの を、感じた亜矢はころよしとみて、舌を喬の アヌスから離した。 しばらく、喬のやわらかい尻に少女のほほ で、ほおずりをしていた亜矢は、ていねいに 2回、両手を泡で洗浄したあと 顔を上げ、床のコンディショナーのボトル を押し、ひだりてに、やわらかい液を受けた。 ひ・・・ 喬は、ぬるぬるとした冷たさが肛門にふれ、 ぬりつけられたのを感じて、軽い悲鳴をあげ、 そのまま亜矢のひだりてのゆびがアヌスの 表面と臀裂のおくの少女の谷をおおきく前後 するのに、声を連続させた。 「はじめるわよ、かくごはいいわね。」 亜矢の問いかけに、うんと、声を出して軽 くうなずいた喬に、 よし、 返事をした亜矢は、 「これはね、呼吸法なの。呼吸法が大事なの。 まずかるく深呼吸して」 喬の胸郭が、胸式呼吸で前後した。 壁の鏡の前で、喬の、一双の乳房の重みが 前後するのが亜矢に見えた。 亜矢はおもわず、(喬って、綺麗だ)、と 純粋に想った。 (・・・あなたを、陵辱してあげる) そうおもうと、想わず胃のあたりが熱くな った。 吐いて、またふかく、吸って。 従順に応ずる、背の高い少女に命じる。 今度は、できるかぎり ゆっくりと息をはいて、そう、その調子 ・・・ゆっくりそれをつづけて・・・、 くりかえして・・・・・ 「息をはいている途中にはじめるから、 びっくりしないでね。」 喬のしずかな吐息が、ふたたびはじまると 亜矢は、 きりそろえ、ていねいにやすりをかけた左手 のピンクのなかゆびの爪を、直角に喬に つきたて、 う 「・・・ちからをぬいていてね」 亜矢がそのままゆるゆると押し込むと、喬は そのすこしの恐怖感を、 勉強やバレーでなんかいもみた、 征服感の達成力で、ペンキに似た水色の不透明な グワッシュの水彩絵の具でうわぬりつぶす想像をし、 しずかな興奮に わずかにしかし、じんじんと痛みに似てしびれる じぶんのとがって垂れた、乳首を意識 しながら、 そのほそい両肩で、緊張をしないだけの ちからをぬいたちからで 上体の、おもみをささえ、 そしておもに下半身の緊張を極力解こうと 努力していた。 喬のしもの、じぶんのからだは、亜矢のゆびの 進入を許していった。 (亜矢がわたしを、こじあけている。) 喬は、じぶんのからだで、今進んでいる 可能性に感動している自分におどろいていた。 ほどなく、亜矢が、 「・・・根元まではいったよ。もう無理に 息をすわなくていいよ。」 防水防曇の浴室のかがみのなかで、亜矢が 喬にほほえみかけた。 喬は亜矢に、すこし感動したような、 不思議そうな肯定感の表情を返した。 ・・・ここからはじまるの。 息はもういいから、緊張だけぬいていてね。 あ、そうだ、良かったら声を出してね。 そのほうがからだが、ゆるむから。わたし も、喬のいろっぽい、鳴いたこえが、ききた い。 近所に聞こえる、叫ぶおおごえはだめだけ ど。 という言葉を耳にしながら、ああ、なまな ましい、と喬は、 じぶんたちが日常からは異常な逸脱の路程 に載っているのを、 あまく抵抗できない期待として感じていた。 亜矢のゆびは喬のなかでおれまがり、また 円をえがくように周囲の粘膜をおしひろげ、 強引な力をかけているのが喬にはわかった。 当初恐れていたような痛みはまったくなか ったのが、意外な安心であり、喬は亜矢があ たえてくれるその安心の上に、肛門の腰をお ろしていた。 いたくないでしょう。 亜矢がほほえみ、ゆるみきった喬に中指を 完全に、出し入れをしていた。 静かな粘質の音が、部屋に響くそのみなも とが、みずからの後ろの門であることに、ま だ純粋な少女は羞恥を興奮に変化していくこ とを感じていた。 何回もコンディショナーをぬりつけられ、 左手から右手に開墾が交代し、 胎内の指が3本に増えて根元までの進入を 許し、 喬のからだの左側に位置をずらした亜矢は、 左手で喬の乳輪と乳房を攻撃し、 その快感がゆるめさせる喬の下半身のから だの緊張の弛緩に乗じて、 その3本の指を、喬の肛門をこじ開ける、 鉗子のフックのようにし、ちからをこめた。 爪を切りそろえた亜矢の指は、喬のピンク 色の直腸をきずつけないようにきづかいなが ら、 肛門の輪の筋肉だけに、コンディショナー にまみれたちからづよいマッサージをくりか えした。 喬の陰阜の8の字筋ともども、もみほぐさ れた女性器と肛門は安心にゆるみきり、 わずかな快感の、さけびが喬ののどに連続 するようになる頃にはいつしか、 親指をのぞく亜矢の四本の指が、根元まで 入るようになったが、 さらに手の甲までまるめて、ねじこもうと すると、喬のからだは、うめきをあげて、そ れを拒絶した。 いたい? ・・・いたくはないわ、よ。 今日、いちどもいたくはなかった・・・ はいるとこまではいたくないよ、でもわか る。つっぱっている。 「それ以上はたぶんわたしの、 肛門が伸びない。」 「亜矢、怖い、怖いよ。」 わかった 手の前半をさしいれたまま亜矢がこたえた。 「それがはいるときはたぶん、激痛がはしっ て、喬の円形の筋肉が、裂けるときだね」 喬の背中が震えた。 これが、喬の限界だね。・・・ ぎりぎりだな。 「抜くよ。」 ゆっくりと亜矢は手を喬からはずした。 喬のうしろは、しずかにちぢんでいき、最 初とは違うピンク色のふっくらとしたちいさ なきんちゃくとして閉じていった。 ・・・痔にならない? 四つん這いになったまま、喬は下をむきな がら恥ずかしそうにつぶやいた。 喬の裸の全身は、肛門の拡張にたっぷりと つかわれたコンディショナーのムスクの香り を濃厚に、まとっていた。 もしここに男性がいたら、喬は間違いなく 衝動の餌食になり、何回も、挿入されること になるだろう。 みだらを肯定する感情の、 喬の、くぐもったうめきとともに。 だいじょうぶだよ ゆるむ癖もつかない。 最初はわたしも怖かったけどね 授業中でもトイレにいきたくなることもな いし、運動で、跳ねてても、とつぜんもらし たりすることもないしさ。 あ、もう立ってもいいよ。 ・・・ちからがはいらない え、いっちゃってたの。 ・・・うん。 はずかしそうにうつむく喬の裸身にぬるい シャワーを浴びせながら亜矢は、喬が立つの を助けた。 浴室の壁に腕でもたれながら、半腰でたち あがりかけたとき、 くびれてひきしまったウエストのうえの、 かたちよいちいさなへその奥から、くだをま くようなわずかの音が鳴ったかとおもうと、 う、 長く尾を引く、すうっと言う音が、喬の放 屁としてあとを引いた。 ・・・なにこれ。 当惑する喬を、亜矢はくっくっとわらった。 さんざんうしろが開いてたからな。 相当空気を飲み込んでいたんだろう 水泳でしこたまトレーニングすると飲み込 んだ息継ぎの空気が、かえりみちじゅうまっ たく匂いのない放屁になってこまることがあ ったでしょ。 それといっしょだよ。 たちあがったから、おなかが圧迫されたん だ。 ・・・あたしたち、異常なことしているの ね。 なにをいまさら。 あなたはなんで平気なの。 「恥ずかしさを障害とするのならば、」 亜矢は哲学調で言った。 それを越えたところにしか、たとえば快楽 の林檎には、とどかないことを知っているか らさ。 さて、仕上げしないと。 七時になったらママが返ってくる。 異存はないよね 喬は、うなだれた ・・・仕方ないわ。やるといったんだから、 やっていきます。 試験あけでない毎日は、勉強のための緊張 につかわなきゃならないし、試験あけの今日 をのがすと、深い遊びのために使える精神の 余裕は、またしばらく、先だから。 模範生のように、喬は答えた。 ・・・喬の精神にとっては、 亜矢が呼吸をおいた。 「これからのほうが、ハードだよ。」 亜矢は、 喬の乳房の下の、胸の中央、骨格の胸骨に 右手をかるくおきながら、 いどむめで言った。 「いまさら、のがさないけどね」 乳房の下、へそや少女の陰毛をつたって、 透明なシャワーののこりのしずくが喬の両の ももへと、流れていた。 こんどは這わなくていいから。 薬局の紙の茶袋から、箱を取り出し、なか の透明なパッケージを破った。 ・・・それって、 そう、時間がないから失敗は出来ない。 失敗は出来ないからおなかのなかを、から っぽにしとかなくちゃ ・・・いや・・・。 喬は頭を振った。 亜矢は、怖い顔で、 「さいごまで、」 ・・・え やるんでしょ。やるといったでしょ。 喬はうなだれた。 ・・・はい。 あきらめて、浴室のまどのくぼみにひだり てをかけた喬は、亜矢に臀部をむけた。 自身のももに添えられた右腕は、器具のく ちばしがささったときに、ぴくりとふるえた。 「ゆるんでるから楽勝だね」 いたくないうすい液を、でも、たっぷりと いれるからね、ぜんぶ大腸をきれいにしない と。 うすいからすこしもれるかもといいながら、 冷たい液体が腰の背後に静かにみちていく違 和感におののく喬の前の腰を、 亜矢は、ひだりうででやさしくかかえてい た。 2個分の中身、ぜんぶはいったよ。どう、 気分は? ・・・痛くは、ないわ。 喬は、亜矢の顔を不安そうにみおろした。 それから? ・・・おなかが張る感覚も無いわ 液がおくまで届いているからだよ。 でも、腸がうごいてきたら、急にしゃがん じゃだめだよ、おなかを圧迫するからね。 「ふきだしちゃうから。」 さりげない、しかし意味は、 少女の女子高生にとっては猛烈にひわいな ことばを、喬は聞き、 その理解とともに、喬のほほが桜色になっ た。 あるける? うん、と、しかしほとんど声にならず喬は いい、うながされるままに、 いっしょに湯船につかろう。 お湯はぬるい、よ。 でも、わたし、このなかに・・・。 それでいいんだよ、わたしも喬の「洗浄」 をいっしょに、みとどけたい。 「・・・」 喬は、こころをも亜矢にゆだねつつある、 自分を感じて、自分の腰を抱く亜矢の左腕を いとしい、と想った。 そっと、ね。 注意するように声をかけながらまず亜矢が ゆぶねにはいり、 そのあしをひらいてからだをひらくと、喬 にその股間の前にすわるように、うながした。 ゆっくりとすわるんだよ 喬のちぶさが、水面のうえでゆれた。 亜矢は、喬のクリップでとめたぬれた髪の 香りをかぎ、そのまま喬の上半身をだきよせ た。 喬は亜矢のリードに身を任せ、亜矢のから だに背でもたれかかった。 亜矢の左手は喬の乳房と乳輪を軽くいらい、 その右手は、喬のへそのまわりを時計回りに やさしくなでていた。 とつぜん、喬の腹部に鈍い痛みが湧き上が り、はしりだすさしこみに、背の高い少女の 全身に緊張がはしった。 きたみたいだね。 亜矢がほほえみかけた。 どうして本人は必死な苦痛を外からみると、 こんなに美しい表情としてうつるのだろう。 亜矢はサディズムの劣情の力学がわかるよ うな気がした。 ・・・サディズムとは、恋だ。 残虐で幼稚なそれも恋であり、 深い愛に満ちた尽くすそれも、恋である。 * 一方的なサディズムは、幼稚な恋であり、 また幼稚な恋とは、一方的なサディズムの ようなものであるかもしれない 交尾時に、興奮してきて、あいてをたべて しまう衝動のように。 すくなくとも脊椎の動物では、性の中枢と 食欲の中枢はごくちかいところにあり、起源 がおなじであることを暗示する。 じつはマゾヒズムどうしが寄り添うレズビ アンとはおそらく愛であり、恋ではない。 恋ではないからこそ、じつは性欲ではなく、 相手をおもいやらない単純なサディズムとは 無縁なのだろう。 上質なサディズムとは愛ずるマゾヒストに たいする演技でなければならない。 (雌の蜘蛛が雄を食べてしまうのは、多卵黄 卵を生む種では雌のほうが栄養的に体格がお おきいからなのかもしれない。 その事象をして、だめ親父や軟弱な青年が 女性を嫌う理由にさせてはならない。 男が作った世界に、女性がどんなに苦労を しているか、わかっていれば、男性もまた自 分を鍛えないことをいいわけはできない。 雄の猿は、類人猿をも含め、激情すると子 供を食べてしまう。クロノスのように。) 恋の、その存在としてのキーは、たぶん距 離である。まず、とおくから慕情を抱くのが たぶんはじまり。 しかし、工業技術のあるいまでは、遠隔で もあるていどの擬似の恋愛を満たすことがで きるので、たいていの恋というものはたいて いみたされる距離に近づくことも無く、 傷つくこともいやな場合は、それを避ける から、そのときには愛のレベルにまで、降り てはいけない。 技術文明と広告の洗脳は、うまれたときか らはめられれば、犬は首輪と鎖をうたがわな い。 ここに現在では、恋愛のリアリティが喪失 する原点があるのかもしれない。 「降りていかなくても済む」というのは結局 は庇護の結果であるのだろう。 犬小屋の前の湯気のさら、 胞子葉についたまま発情する胞子のように。 恋愛がつまらなくなった一因は、庇護のま ま発情できる豊かさの代償かもしれない。 かつては楽な仕事でも生きていけたから、 仕事や勉学で得た、恋愛を面白くする緊張感 を持ち込むことができない? 遠隔でながめることができる偶像が、それ なりのリアリティを持つことに満足できるこ とが、技術をともなう消費文化というものの 機能的な「庇護」の結果だとすれば、 それは結局、かつての貴族の既得権のよう なものに似ているかもしれない。 貴族とは、権利で身分が「庇護」されてい る、存在である。 誘拐してきた不幸な子供をいくら切り刻ん でも、満足を得られない欲求不満の原因とは、 彼や彼女が立場の権利という安全地帯で守ら れているからこそにほかならない。 幼稚な恋というものは、まもられているの で、そのままではけして成就しない。 恋を成就したければ、手術台の上にみずか らのぼるような客体となって、みずから愛に 誠意を示さなければならない。 愛とは、亜矢にとってまずじぶんが未知を 知り、まずじぶんが未知をためすことであっ た。 その意味ではサディズムは克己をともない、 洗練されたマゾヒズムの忠実な執事でなくて はならないのかもしれない。 その意味では、サディズムは役割または職 業としてのみなりたつ。主体的な欲望として は成立しえないのかもしれない。 このときの亜矢は知らなかったが、高級娼 婦の街では、サディストはマゾヒストから給 金をもらい、粗相があれば簡単に解雇される。 気をつかうものだけが稼げるのだと、 昼の町と夜の町では、形式的な役割だけが ちがうだけであるのだと、 後に36歳の喬が、茶飲み話としてことも なげにそういったことに、亜矢は、成長して しまった友人を発見したのだった。 * ただ、問題がないわけではない。 愛とは忠誠なので、一般的に愛が賛美され ると、そのあかしとしての勇気を示そうとし て、たとえば地域紛争の頻度が上がる。 たしかに愛というものは治安や安全におい ては、阻害要因かもしれない。 軍中では当然、男性しかいないが、そこに ロマンスの紐帯があると、その軍ははた迷惑 なほど勇ましくなる。 かっこつけは愛にたいする、 自らが殺されかねない勇気であるが、 それは幼稚なばあいには、自己愛となり、 また理解のあさい愛は幼稚な恋と均しく、 つきまとわられるがわにとっては迷惑となる。 わたしの真摯の証しです、と切り取ったみ ずからの耳を送りつけられては、それは脅迫 ではないにしろ、脅迫とおなじものになって しまう。 中世ではそのような一方的な事象はおおく あり、貴婦人は過剰な忠誠に対してしばしば 途方にくれる。 ジャンヌとゴッホは、狂気という意味でお なじものなのだろうか。 * 喬、わたしの手を握って。 亜矢は、じぶんの体のじぶんのからだの全 面に座る、腰を浮かせて、そそうをしないよ うに肛門に必死のちからをこめる少女にじぶ んの左右のこぶしを握りこむようにつたえた。 ぎりぎりとひきしめられるみずからのこぶ しのうえに加えられる恋人の渾身のちからを、 そのぬれたかみのにおいとともに、 (愛しい・・・) とわきあがるきもちをおさえることができ なかった。 くびをのけぞらせ、亜矢のみぎのかたにそ の頭部をおしつける喬にむかって、 「喬、喬。だしていいんだよ、」亜矢は喬の 左のみみにささやいた。 「こらえなくて、いいんだよ、そのための洗 浄なんだから」 やだ、やだ、はずかしい、亜矢がよごれる ・・・ 「喬」、 亜矢がさとすように、喬の耳元に、ささや いた。 「わたしは、あなたで、汚れたい・・・。」 く、う・・・。 たぶんそのことばに、 喬のみじかいかたい息がちぎれると、 湯船の湯のひろがりに、 喬の「黄河の濁流」がながれこんでくるの を、 亜矢はみとめた。 (喬・・・) もっと。もっとじぶんを開放して。 亜矢は右手で、ほとんど内臓がはいってい ないような(こんなからだでよくいきている よな、と亜矢は内心、想った)喬の腹をやさ しくしかし深くさすりながら、押しつづけた。 痛い、亜矢、おなかが鈍く痛いよう。 喬が亜矢に身を預け、のけぞっていた。 全部出し切らないと、いつまでも痛いよ。 ほら、もとおなかにちからをこめて う、ううう・・・ 背の高い少女のへそを押し、やわらかくさ すりながら亜矢は、喬のうすまった黄色い河 の香りを、深呼吸した。 (変態・・・。) 亜矢は内心、自分を深く確認した。 (浴室に、においはのこるな) 亜矢は行為を家族にさとられてしまう覚悟 をかためていた。 * 「におい、のこってるね」 複雑な表情で浴室の窓をあけはなち、全裸 の背の高い少女は、つぶやいた。 おこられるのはわたしだからいいよ。 ふたりは、からだと髪を洗い、亜矢の部屋 にもどってきた。 でも、ばれて出入り禁止になったら・・・ 「そんなことはないから。」 うしろでに自室の扉をしめながら亜矢はわ らった。 (たとえママでも、そんなことはさせない) (だって、喬をうしなったら、いまのわたし は生長ができないもの) 亜矢は、ふとかえりみた。 わたしは、喬に、それだけのものを還して いるだろうか、と、 さて、時間がない。 亜矢はちらりと水色のスリップだけで、 ショーツを身につけていない喬を一瞥した。 あそこまでしたんだから、 「しなきゃ意味がない、いいよね、喬。」 ・・・すこしつかれたわ ベッドに座った喬は、うなずきながらこた えた。 「そうだろうね、初めてのことばっかりだっ たろうから。」 部屋のロックは掛かってる? 喬はとびらのノブを確認して、うなずいた。 そう、じゃあよごれるからとりあえずその スリップ脱いで。 事務的にいいながら、 おずおずとスリップを脱ぐ喬に、 「形式的にするだけで、たのしむ時間はない かもしれない」とも亜矢は言った。 (・・・もうどうでもいい。) 言われたとおりに動いていればとりあえず 儀式は終わる。 喬は内心、つぶやいた。 いまの喬は、快感への期待という欲望や、 信頼の確認という義務感というものを考える 以前に、 重い湯あたりににたけだるい疲労のなかに いた。 * 亜矢はまず、全裸の喬のその大きな乳輪を くちに含んだ。 喬は、ぼんやりしたひとみで胸の前にしゃ がみこむ亜矢をみおろした。 おどろいた? でも気持ちがリラックスしなければこれは できないからね。 亜矢はしばらく、喬の上半身をつねり、 なめまわした。 喬がくびをそらせ、かるいあえぎをもらし はじめたころ、亜矢がふと身を離し、 胸へあたえられる快感がこころの凝りに、 ちいさな欲望のちろちろとして途切れた喬は、 いよいよ行為がはじまる、のを論理で予感し た。 しぜん、うでが胸へと引き込まれ、自身の 背中がすこし、まるくなった。 亜矢は、大きなバスタオルをベッドに敷き みぎうでで喬の左の肩をひきよせ、 喬をベッドの上にはらばいに、ひっくりか えすと、 その背にやさしくくちづけた。 亜矢 なに?喬ちゃん よろしく。すこしこわいけど。 喬が、よわよわしく、ほほえんだのに亜矢 は身を伸ばし、 その背後をふりかえったかんばせのくちび るに、くちづけた。 亜矢は、からだの位置を喬の腰にもどすと、 喬のそのウエスト、へそのまわりにうでをま わし、 喬の長身をみずからの方へとゆっくりとひ いた。 喬の乳房が、シーツの上でさからい、まく らがあたまからはなれて、黒髪がシーツの上 でかきまぜられて、乱れた。 ごめん、喬ちゃん、動いてっていえばよか ったね 上半身をかるくおこしてみだれた髪にてを やる喬に、亜矢はやさしく言った 喬も、けだるいほほえみでかえし、ふたた び、あたまをまくらにうめた。 亜矢からは、もはや喬の、黒髪のあたまし かみえなくなった。 亜矢は、下半身をベッドのそとにおとした 喬の、腰にまわると、ふっくらとゆるみき った、 いとしい喬の粘膜の花にくちびるをよせた。 ん・・・ なめまわすたびに、喬の口から淡い快感の 告白がわずかなあえぎとなって、もれてくる のをじゅうぶんに鑑賞した亜矢は、 つよい無水アルコールで両手を消毒し、 潤滑のコンディショナーを亜矢は左手に取 り、右手のひとさし指と中指でそれを繰り返 しのばしながら、 ゆるんでいる喬のうしろの門の内側に事務 的に塗りこめていった。 浴室での粘膜の練習で、緊張をうしなった 喬の肛門は、ゆるやかなちからの攻撃に なすすべもなくひろがり、 その羞恥の粘膜が押し広げられるたび、 髪のなかい黒髪の少女は、 枕におしつけたそのくちから、 ちいさな声をあげた。 亜矢は、浴室のときと同様指をふやして いったが、四本の指がしかしきつい状態に、 喬ちゃん、やる気あるの? と声を荒げ、喬をおどして、その気持ちと からだを強制的に、うるませた。 少女の四本の指が、喬のなかにじゅうぶん 収まって、喬の精神を内側から、ゆるやかな 破壊へと十二分にマッサージしたあと、 そのにどめの「開墾」をおえたのち、 洗浄済みの「道具」箱のなかから入浴前に 喬に見せたせんだっての黒い巨根を取り出し、 こっちをみなさい。 亜矢の少女の腰に装着して、喬にむきなお った。 さあ、みててね 亜矢はそそりたつ黒い太さと長さにヘアコ ンディショナーをたっぷりと塗りつけ、 少女のちいさなみぎてとひだりてでぬり、 のばしはじめた。 喬は、うつろなひとみで、その光景をぼん やりとみていた。 やるまえに、いちおういっておくけど、 亜矢はぶっきらぼうに言った。 もし途中でおなかがいたくなったらすぐに いってよ。 ばけつはあるから。 まどぎわにあるピンクのおおきなばけつを めでしめした。 恭順のきもちで、身を起こしかけた喬に、 「あ、もってこなくてもいいよ」 亜矢があわてて、やさしい声で言った。 無理に動くとせっかくほぐしたからだが緊 張しちゃう。 ふたたび、ぽすり、とまくらにあごを埋め た喬は、全裸の全身をベットになげだしてい た。 ももいろのばけつをベッドのそばまでもっ てきた亜矢は、「緊張しないでね。ちからを ぬくのが仕事だよ。そのままむねもはらも、 ベッドに体重を預けるようにして。」 亜矢は、喬の下肢をすこし開き気味にベッ ドの下で分け、 はなれて置かれた喬の、 両のかかとと足のひらのあいだに立ち、 しゃがんで、じぶんのみぎの片ひざをおろ し、そして両ひざをつき、 にじりよって、 喬の肛門をあらためて確認した。 ・・・するのね。 喬がかんばせを乱れた黒髪と一緒にベッド の中に半分埋もれさせながら、どこにむける でもなく、つぶやいた。 そうだよ。つらかったら、つらいという。 たえられそうだったら、力を抜く。 つぶやくように、喬の背中にいいきかせ、 亜矢は喬のかたちのよい尻の肉を、両手で かるくつかんだ。 「お風呂でやったように、深呼吸してみて」 喬の、一対の肩甲骨が動いた。 息はごくゆっくりね。これはかさがおおき いから、呼吸のマイナスの圧ですいこんでも らうしかないんだよ。 亜矢は、黒い人工をかるく喬にふれさせた。 からだを弛緩させている喬は、その接触に もぴくりとも緊張をせず、しずかにふかい呼 吸をつづけている。 なんかいかおしひらくよ。 「だしいれしながらすこしずつ、すすむね。」 おおきいし、無理やりやると「喬ちゃんが 裂けちゃう」から。 恐ろしい言葉を、喬は背で、ぼんやりとき きながした。 痛かったら叫んでもいいから、 家には誰もいないから。 亜矢は、喬の高校生の臀部を、強い力で押 し分けると、 喬のアヌスが、左右にわずかにくちを開き、 ピンク色のきらきらひかる粘膜がちらりとほ のみえるのを確認した。 (できる) 亜矢はそう想った。 じぶんにできたんだから、より体格のおお きな喬のからだができるのはあたりまえなの だが、この行為はほとんどが、精神の作業な ので、それは喬のこころのゆるみぐあいに掛 かってくる。 緊張を解いたままを続ける気持ちの訓練を してね、ああ、まだかたいなあ。 亜矢は、腰をすこしひいた。 「からだがこわばっていると、アヌスも開か ないんだよ。」 亜矢の道具のちからの、何回かの試行のあ と、喬は、いくらちからで押し開かれても、 下半身をだらしなく弛緩させる「こつ」をの みこんだ。 意識で学ぼうとしなければ、性の行為もま えにはすすまない。 「いいみたいだね、じゃいくよ。」 「覚悟して、といいたいけど、そうするとこ わばっちゃうか。 じゃいいわ、おかあさん、おとうさん、と 声を出していいなさい。」 おかあさん、おとう、さ(うっ) 喬の少女の肛門のゆるやかにほぐされた肉 の粘膜のリングを、黒いかたい男根のあたま が、ゆるやかにくぐった。 く・・・。 喬がわずかな声をあげると、亜矢はわずか にこしをひき、黒いかたい頭を喬からはずし た。 痛そうだったから、引いたんじゃないよ。 これは何回か、なじませなきゃならないから ね 亜矢は、まえかがみになって喬の背をやさ しく擦りながら言った。 そうしないと、粘膜が、前後の運動のまく れあがりにたえられない (運動・・・) 喬は、ぼんやりとしたあたまでそのことば の意味を想像しようとしたが、 ひっ また太い丸頭部が、喬のうしろの門をくぐ り、何回か小刻みに前後左右にうごいたあと、 また引き抜かれた。 それが、喬のうめきとともに2、3回くり かえされた後、 「もう、いいみたいだね。つぎで、いくよ。」 背徳の想像をしてしまえば、喬のその可憐 な腹に「剖検」の視線をほどこせば、そのへ そのしたに、あばかれてはならない少女の灰 色の細い腸と内臓がおさめられている。 それをブリキのばけつのようにうけとめる ひらたい骨が腰の両翼に浮く突起としての腸 骨であるが、 亜矢は、喬のその骨の突起に、両腕の指を かけると、 こんどは、亜矢の股間の人工の男根の頭が、 喬のやわらかい肉の輪をくぐったあと、タイ ミングを逃さず、 亜矢はみずからのじぶんの両のももに緊張 のちからをこめながら、 喬の両の骨をにぎる両の手に力をこめた。 「うーーーっ。」 喬の背筋がねじれてのけぞったが、 亜矢はちからをゆるめるのをゆるさず、 さらに強い力で、喬の骨盤を抱きこんだ。 喬の両腕がつっぱった結果に、喬のかんば せがベッドからうきあがり、左の乳房が、ち ゅうをおよいだ。 黒い人工は、そのながさのはんぶん過ぎま でが少女の腰の中に没入した。 「喬ちゃん、はいったよ。」 うでの力を抜かないまま、亜矢は喬の尾底 骨をみおろした。 亜やは左腕で喬の腰のまえに手を回し、 右手は彼女の背筋をいらうように、たてに やさしくなでていた。 「あとは根元までおなじふとさだから、喬ち ゃんの腰がなじめば、大丈夫だよ」 すこしとまっててあげるから、息をととの えて、ちからを抜いて。 あさい深呼吸は、つづけて。 しばらく待って、亜矢はふたたびわずかに 動きを開始した。 喬の吐息をやり過ごし、喬がゆるくいきを すいこむタイミングにあわせて、喬の骨盤を にぎりしめた。 これで、ほとんどぜんぶ。 亜矢は、喬の腰にみずからの腰の前面を密 着させ、喬の腰を抱き締めた。 喬の陰毛が、亜矢の腕にこすれた。 ・・・喬ちゃん、どんな気持ち?痛くな い? ・・・ちから、ぬいてるから。 こわばらければ平気。 だけど、おおきすぎていっぱいだよ。 やっぱり、こわい。 やっぱり裂けたり、やぶけたりしたら、死 ぬほど痛いのかな・・・。 ちょっと、しばらくこのままでいよう。 喬ちゃんの内臓が、はげしく吐き出す拒否 の圧力も感じないし。 亜矢が言い、喬のからだにみずからの腰を 強く押し付けたまま、さわさわと、喬の乳房 と陰毛に指を伸ばした。 乳房はみぎうでで、陰阜はひだりての指で。 しばらく、おしりのことはわすれて。 わたしの指を、気持ちでおいかけて。 あ、ちょっと・・・。 喬が展開の変化に戸惑い、返事をかえすよ りも先に、 あ・・・。 乳首をつままれ、クレバスのなかの陰核に 指をのばされた。 あ、ああ つめたい大気のなかでゆれて感じる、喬の 乳房のうえの一双の乳輪がとてもさむくかん じられ、 その乳房の頂上に、つめたい消毒アルコー ルの青いあついほのおがともったようだった。 あ、だめ、なに、これ。 乳首が、乳首がへん・・・。 いいでしょう、アヌスに充実感があると乳 首が敏感になるんだよ。 両手で、むねを揉まれ、そしてときどきは 喬の大きな乳輪は突き放されて そのたびごとのたまらなさと焦れに、喬は 身をよじらせた。 いい? ・・・たまらない・・・乳首が、乳首がいい、 もっといらって、もっとつまんで・・・ たまんない、ああ、たまらない・・・ ああ、ああ、ああ、あああ・・・。 喬、これを知ったらもどれないわ。 あなたはいま、うまれかわったのよ。 いっちゃいなさい。はじめては一回突き抜 けたほうがいいの。 亜矢は喬の下腹部にかための枕をおしこむと、 みずからは体重を喬の背に乗せ、 喬の両の乳輪をさわさわといらい、 ときにつよく握りつぶした。 喬は、 下腹部の枕をふとももの内側でにぎりしめ、 背筋にあふれはじめた浮遊感のなか、 からだに、快楽の強いひきしぼりが かかるのを感じた。 背後の亜矢が、両方の乳房をつぶしてくれて いる・・・。ああ、また乳輪が 3本の指で、つままれた、両方、ぜんぶ・・・。 ・・・あんな太いものが、ぜんぜん 腸を絹のようにひきさかないばかりか、 むしろぱくぱくとふとさをよろこんで くわえこんでいるようなちから の掛かり方を、喬は骨盤の内側の宇宙で、 感じた。 へその内側が、骨盤ごとゆるやかにつよく うねりを受けているその感覚に、 (まさか、亜矢、男性のように、うごいてるの?) 連想が「驚愕」への推論へと、至った。 喬はベッドの シーツに乳房と両腕を自由に投げ、 おおきな乳輪とにのうでの内側がランダムに ポリエステルのシーツにこすられ、いらわれる その感覚に、その身をまかせた。 ・・・きもちいい、きもちいい、・・・ ああ、ああ、あああ・・・ ふたたび胸に伸びてきた亜矢のうでが 喬の上体をおこすと、 喬は、両腕をベッドのうえで、 ななめにつっぱらせ、 そのほそい首筋はのけぞり、 かたちのよいアーチを描くととのった歯列は、 うわあごと したあごで、 はなればなれになり、 口の端からながれる一筋の乱れた ほそいよだれは、 亜矢のうでが、 こまかいとげのあるちくちくした 快楽として唐草のようにからまる、 快楽が多くの閃光のようにはしって やまない喬の乳房のブレストに むかって、 ゆっくりとおりていった。 いく・・。 亜矢がはげしくうごいているのを感じつつ、 喬は自身のまえの陰阜をかたく弾力のある 枕のかどに、ぎゅうぎゅうとおしつけ、 あつい青い炎がじぶんのへそのした から、亜矢がつかんでいる骨盤の 骨の腸骨の骨の突起にまで、 しみわたる感覚をあじわっていた。 喬は背後から揺さぶられる、 吐息として強制的にさせられる呼吸の、 亜矢があたえるリズムのなかで、 感覚だけは快楽にみちあふれる乳房を のけぞらせ、開放しながら、 からだが高ぶりの緊張の、階段をいっぽ いっぽふみしめていく快楽の自動の反応を、 おもに胸の先端の乳輪と 前の下腹部の芯と、 両のふともものうちがわで、 感じていた。 やがて、じぶんでは制御できないつよい力が、 両の肩と背筋と、一対のとがった乳首と、 そして骨盤のうちがわのすべての筋肉と、 喬のかたちの良い尻と、一対の下肢のすべて のすじにかかり、 喬はじぶんが、存在としてはげしいけいれん を始めていると想った刹那、 おおきな深く蒼黒い波に、 その全身が呑まれるのを、感じた。 * 気を失ってしまった喬をみおろし、 きずかいながらしかし亜矢は巨大な人工を 喬から抜かなかった。 ・・・怪我はしていないよね 結合からは、血は流れていない。 力をうしなって弛緩した、喬の産毛の生えた 水蜜桃のようなかれんな白く桃色の少女の尻は、 その腰としてちいさく、 しかし 少女のその臀裂から、 その根部をあらわす黒い樹脂は、 少女の喬の骨盤のはばからいえば、 むごいほどに雄々しく太かった。 そして、その長さはそのほとんどがまだ 喬の、はかない骨盤の中にある。 よかったみたい。・・・よかったね。 擬似出産だ、亜矢はふとそうおもった。 だとしたら、喬はこの関門をクリアして、 この快楽をわがものとできる。 (おめでとう・・・。) 最初は亜矢は喬の様子をうかがいながら、 快楽と危険を制御するつもりだったが、 しだいにはげしくみだれる喬の反応にひき ずりこまれ、喬をとことんまでえぐりこんで しまった。 殺してたかもしれない・・・。 亜矢は懺悔のかわりに、たまらない、いと おしさが喬にむかってわきあがてくるのを感 じていた。 「・・・まだ、はいっているの? おなかが、重い。」 いつのまにか気を取り戻した喬が、頭をベ ッドに預けたままこちらをみていた。 いま、何時、あ、ぬいちゃだめ え これ、とてもいい。 いまは興奮してないから違和感以外何もか んじないけど。 まだだいじょうぶだけど・・・よかったの ?からだ、どこか痛くない? あんなにはげしい動き、一人じゃしたこと なかったし、はじめての喬に、一番はげしい ことをさせてしまった。 殺しちゃったかも、と想った。 「・・・これが死なら、それもわるくないね。」 意外な返事におどろいた亜矢は ・・・よかったんだ。 うん、最高。 ふたりは、はなれているたがいの頭部のた め、みをよじってくちずけた。 人生、変わっちゃった。 喬はくすくす笑った。 「もうちょっとたったら、また胸をもんでく れない。」 喬はあまったるい口調で言った。 もうちょっと感じたい・。 * 背後から喬の少女の乳房を両のたなごころ におさめ、ゆるく押しつぶすようにころがし ながら、亜矢は無言で喬のことをきづかって いた。 しばらくして ・・・またやってあげるけど、喬、ほんと うにどこも痛くない? 正直に言ってよね、あした入院、なんてや だよ。 おもくしめった安堵や安心のいちぶを、マ ッチで快楽のほぐちとして、ふたたびわずか ずつ燃え上がろうとしても、 けだるく面倒くさい感覚がたゆたうぬるい 邪魔となっている喬は、 だいじょぶだよ、おねがいだよ責めてよ。 「めちゃくちゃになりたい。」 とくすくすわらいながら、くりかえした。 亜矢は、喬の腰を腕で抱き、 「立てる?」 と、たずねた。 ん、たぶんだいじょぶ。 亜矢は、黒い人工をふかく 喬に差し入れたまま、 ゆっくりと喬の上体を起こした。 喬の骨盤をしっかりとかかえながら、 喬に上肢と下肢で体重をささえるように うながし、亜矢はじぶんも立ち上がりながら、 喬に完全に脚を伸ばさないように 告げた。 背の高く、下肢のすらりとながい喬が 立ち上がったら、 亜矢の人工の股間は、喬の肛門から、 外れてしまう。 そのまま、恋人たちの一対はベッドにむかって からだのむきを逆にした。 ゆっくりね。 ふたりは、スプリングの利いたベッドに腰を おろそうとしていた。 亜矢は喬の腰をしっかりと抱き締め、喬は、 みずからの上肢を背後のベッドに、 しかし少女の乗った宇宙の 着陸船の脚のようにのばして、 体重をささえようとし、 またささえることができた。 「ナイスプレイだね。」 喬からみてピンクのタオルケットの上に 腰をおろしている背後の亜矢が言うと、 「・・・気をぬかないで、慎重に。」 ふと漏れた、喬の自身に対することばに そのまじめな性格がわずかにのぞいた。 「喬、いきなり私の上に体重を おとさないでよ。腸をやぶるかも」 一瞬、喬の動きが、恐怖に止まった。 喬の体重は、亜矢に預けた腰と、 喬のうしろにのびたその上肢で ささえられていた。 「おしりは、膣と角度がちがうからね、 私が脚をひらくから、喬はそのあいだに 腰をおろす感じにして、 そう・・・。」 ・・・そして、うしろの腕からちからを すこしずつぬいっていって、ごらん・・・ そう・・・じょうずだね。 あとは、からだを、きもちよさで 緩めていけばいい。 喬は自身の体重を開放することによって、 亜矢のからだの うえにみずからの腰とからだをすえつける ことをはじめ、 そして亜矢は、 やがて静かに安定した喬の 左の、高校生の肩甲骨にむかって、 どうしてほしい? たずねた 消え入りそうなこえで、喬は言った クリトリス・・・。 前のクリトリスを触って。 こんどは、胸はじぶんで 揉みたい・・・。 * ん、ん、あん、あん、 あん、ん、あん・・・ 喬は、スプリングベッドの上で、亜矢と ともに揺れていた。 上下動のたびに、喬の少女の内臓を 収めている腹腔の「バスケット」は 亜矢の人工の巨根のかたさと体積で、 つらぬかれ、かきまわされ、 少女の乳房はしかしその自身の 重量で上下し、 喬はそのわかい乳房の硬い粘りが、自然に その先端を自身の内部の硬さで うちがわから愛撫しているのを、 たまらないきもちで感じ、 その感覚がたまらなくなってきてしまい、 ときにみずからの両手で、もみくだいた。 ふいに間歇的に、稲妻の電流が、 両のひざから、 両足のつまさきとかかとにかけぬけるのを、 喬は予測できなかったし、制御できなかった。 また耐えられず、その背をふるわせた。 ああ、また・・・。 (この道具、よすぎてすぐいっちゃう・・・) 亜矢ちゃんが陰核とわたしのむねに手を 伸ばし、 喬は、自分の上肢を背後に手をつき じぶんの意志で、じぶんの体重をじぶんの リズムに載せていた。 そのリズムで、とがった乳房が上下 し、快感とともに鎖骨の皮膚を引き、 自身の肋骨にその重みを踏み つけて暴れまわった。 喬は眼をとじ、眉を寄せ息を つめて、うつむいたそのかんばせの赤い くちびるを半開きにして、うわあごの白い 歯をときおりのぞかせて 両のももに置いた、 両のうでのふたつの支点と、 みずからをつらぬく太い道具の 3点で、 その体重を、 あばれまわる亜矢との合作の、狂 暴なリズムのうえで、 ささえていた。 巨大に、肛門を深く貫かれると、かかと まで太い電流がはしり、 その電流と同時に、乳首に 触れていると、 はげしい快感があれくるうので、 喬は、ももにおいた右腕にちからをこめ、 みずからの腰へとリズムをくりだし、 左手で自らの乳房の先端を揉みこんでいた。 (亜矢ちゃんは、わたしのクレバスのなかを こすってくれて、ときどき、胸の先端をきつ くつねってくれる。) ベッドのリズムの波が つめたく、にがく、あおぐろい海の 水のように、上下するたびに、 喬はじぶんの背後の、高揚した浮遊 感の背丈が大きくなっていくのを、 背中の皮膚の感覚で感じていた。 ああ、たぶん、ちかい・・・。 なにかみえないものが、喬の右肩を背後 からしずかに、つかむのを、喬は上下 にはねるリズムのなかで感じたような、 気がした。 それは透明な ビニールのように、喬のまえにもまくれ こみ、乳房やはだをつたって流れ こみ、それが、喬の、両の腰骨 から両のわき腹の少女のあばらぼねを みえない両手で やわらかく さすり、 したから乳房のおもみ全体を、 みえない両手で、おしあげていくのを かんじた。 いっぽう、「亜矢ちゃん」にふれられている陰核が、 尿意に似て、痛く、熱く、なってくる。 喬は、自分の脚のちからだけ で上下に跳ね ながら、ふたつの乳首を乳輪ごとぎゅう ぎゅうと押しつぶしていた。 自然に、 めをとじていた。 「亜矢ちゃん、亜矢ちゃん、もっと、 つよく、 擦って。」 応える亜矢の指が、速度を増す と、喬のクリトリスが、甘 痛くなってくる・・・ 喬は、背後の巨根を、じぶんがくりかえし くりかえし蠕動しながら締め 付けて いる のを、 うすれいく 理性がしんじられないと感じ ているのを、 遠くで 聞いた 気がした。 ・・・亜矢ちゃんが、もし男性 ならこの、「締められる」感覚をとても 楽しむ んだろうな・・・。 と ふと想った。 将来、男性の恋 人が出来たらためしてみよう。 またふと、遠くおもった。 その発想は、いまの恋人に対するうらぎり なのだろうかということは、ひたすら快感を 追う今の喬には、意識できなかった。 自身で揉む、膨れ上がる快感が、それ自身 の期待として身を捩じらす源泉としての 乳房と、その上の快感が痛いこげ茶の くろいおおきな喬の一対の乳首、 青いとうがらしのようなあまがらい、熱い 痛みが「亜矢ちゃん」によって 股間の前面の中心で 燃え上がってくる。 「亜矢ちゃん」がクリトリスをつよく 擦るたび、わずかに しかしつよくくりかえしアヌスがしまって、 それが上下のうごきの腹腔内部のゆれと ともに、喬の直腸の感覚を開発していく。 ・・・クリトリスと、乳首でいけそう・・・ 「亜矢ちゃん、ごめん」 亜矢の指を、払いのけると喬は、 むごい太さがみずからを貫くリズム にあわせて、つよくみずから のクリトリスをはげしく縦に擦った。 いい、いい、いいな・・・。 ひだりてで股間、みぎうででみずからの 乳房を だきこむようにすると、 喬は上体を前かがみにして、腰を 亜矢の動きにちからをひらいて さしだした 亜矢が、 そんな喬の ゆるみきったアヌスに、巨大を根元まで 挿入し、 器具の布が、喬の肛門にまでとどくと 喬は、背をよじった。 「喬ちゃん、いっていいんだよ、 遠慮せずにいきなよ」 背後の亜矢ちゃんが言うのを、喬は ぱくぱくとくりかえし人工をしめつける じぶんの直腸の 感覚越しに、聞いた。 ほら、胸を擦ってあげる 亜矢ちゃん・・・。 なに おねがい、胸もそうだけど、はげしく上下 に、うごいて。 ふ、おっけい (ふ、ふ、ひゃ、ひゃは、はふ、ふ、 はあ、あ、) ちからづよいストロークと乳房を亜矢に まかせた喬は、 股間と少女の鼠渓部をはげしく支配する、熱い クリトリスをつよく、刺激し、はげしく擦り、 じぶんの 直腸のぱくぱくした収縮をあおり、その機械 じかけのような少女の多感な、 「岩のジブラルタル」に、 背後の亜矢が繰り出す巨大な巨根に、 喬はその内部の壁を、意思と リズムにより締め付けることによって、つよく 擦りつけ、 また、かたい隘路を つらぬかせるにまかせた。 おっきい、いい、おっきい、いい、 おっきい、いい・・・ 喬の口からよだれのように、おなじ破廉恥な ことばが、傷ついたレコードのようにくりかえし くりかえし、漏れつづけた。 いきそう・・・、 亜矢、 乳首・・・、 ・・・つねって。 亜矢の両手が 喬の乳房の先端に触れ、両手の指で 喬のふたつのおおきい乳輪をもみ ほぐしはじめ、 喬はじぶんが宙を舞って いる錯覚をおぼえ、しかしめまいのなかで快楽 だけに専念するように、つとめた。 亜矢がくりかえし、 その両の ひとさしゆびと なかゆびと くすりゆびの爪で、 喬の両の黒い乳頭と乳輪のひろがりに 爪をたて、離しては、 おやゆびと ひとさしゆびと、 なかゆびでかるく、 くりくりと揉み込むことを、 くりかえすと、 喬は一双の 骨盤のひらたい骨から その女子高生の、のけぞった肩にかけて、 おおきな白鳥の羽根のつばさが、 はなひらくのを、感じた。 喬は両手をそのもものうえにちからなくお きながら 「亜矢ちゃん、乳、いい・・・。」 股間からあついおもいがしびれとして、 はしりだすのと同時に、 喬の両の乳首に、 紫色のおおきな放電の火花が、はじけた。 喬は、 硝石の火薬の、 なつかしい花火のようなかおりを、 めをとじてのけぞらす そのくびすじとかんばせ の、かたちのよいふたつのちいさな 少女の鼻腔で、 わき腹から、脳天へと至る、めまいに似た 卒倒として、 一気に嗅いでしまった、 気がした。 喬は自分が上り詰めたことを知らなかった。 前門と後孔がつよく引き締められ、 背の高い少女のながい脚が、 その腰と尻ごと、 はげしくけいれんした。 「ふ、ふ、うう・・・」 全裸の高校生は、失神した。 ---------------------------------------- 11 高校3年・初夏 ママがめしたべてけ、ってさ。 おてあらいからかえってきた亜矢がノート と参考書の前に、とんびずわりでおさまって、 伝言を、喬につたえた。 この問題だけど、先生に聞いたらこれはあ まり解けなくても問題はないんだって。 このような問題は特殊なので足切りにつか う事が多くて、難関校をねらうのでなければ 無理にやる必要は、ないんだって。 だいたいxとyが等価なのに、 x^2の項があって、y^2の項がないのは形式 として恣意にすぎるといってたよ。 春日通女子の過去の問題にこれは、はいっ ているの? * 「あらためてになるけど、 亜矢をよろしくね。」 そのことばを、喬は、からだが右手の箸と 一緒にこわばった状態で、聞いた。 そのことばのまえに、お手洗いのために席 を立った亜矢のあと、 「気にいった?、おいしい?」 喬は、とってもおいしいですの意味を返し たあと、 亜矢の母の次の言葉に、 喬は口に含んだ熱いお茶を、吹き出すわけ にもいかず、あわててのみこんでしまった。 おなかのうえのほうががそれとわかるほど に、あたたかくなった。 直腸とおなじで、内臓に明確ないたみの感 覚はないので、いまのあたたかさと痛みは同 類なのだともわかる。 胃にとっては、とんでもないことだ。 こういう性質は、あばれる生餌を飲み込む ためには、必要なのかもしれない。 内臓はあたたかさしか感じない その意味でふかい性交とは、 まえの穴でもうしろの穴でも、 内臓を温めるわびの茶の湯と同類なのかも しれないわね、 と、のちに喬は製薬会社につとめるように なった時代に、夜の先輩に、 ベッドに腰をおろした夜の女性の先輩の腰 に腰をおろして、その先輩に背中をかかえら れ、胎内の極太の異物感を、しかしたよりな い内臓の感覚に感じている幸福のなかで、骨 盤を中心に全身を揺さぶられながら、聞いた。 ただ腹痛は、皮膚の痛みとは別種であり、 乱暴な性交で内臓が破れても、あとで別の、 症状が出るまで、それに気がつかないことは あるかもしれない。 「だからこそ、愛がなくてはならないのよ」 夜の中の未来で、喬は、みぎみみを、背後 の前歯に、噛まれた。 未来につねにうすく存在する裏切りとは、 おそらくまえむきな自由のことなのだろう。 * 亜矢の母は、あすの天気の話題を言うよう なさりげなさで、 「ベッドで亜矢はどうかしら、あなたをいじ めているんじゃないでしょうね」 あの子も親をみくびっているのかもしれな いけど、なんにもしらないと安心しきってい るのよ。 人様のお嬢さんを引っ張り込んで悪い趣味 を教えて、あげくのはてにあなたともども学 業がおろそかになったらどうしようって心配 していたのよ。 熱い茶にむせまくっている喬をおだやかな ひとみでよこめにみながら、亜矢の母はよど みなくつづけた。 ただ、あなたみかけによらず あ、ごめんなさい 亜矢の母親はくちに手を当てた。 その、自制心が強いわね。 亜矢の母は、喬にピンクのタオルを手渡し ながら、 「破天荒であらゆることにむらがあるあの子 を抑えて、ふたりで成績も少しずつよくなっ ているんですってね」 いつもいっしょに図書室で勉強してるって、 先生からきいたわ。 主導権をとっているのは結局、あなたね。 ベッドって、結局そういうものかもしれな いわね。 (ベッドって・・・) 顎のとがった、赤い口紅の婦人がにっこり とわらった。 あの子がああいう性格になったのはたぶん わたしたちのせいだわ。 温暖な地域の出自は、いろいろ開放的なの。 「でも、あなた、 ほんとうに、はだかきれいね。」 ふうっ、とカップからくちをはなし、亜矢 の母はながいためいきをついた。 「わたしも、あと20歳、わかければね」 微笑んだ、美しい亜矢の母のそのことばの、 下の句に、かくされている20パーセントほ どの、本人も自覚していないかもしれないう すい意味を想像し、 喬は、うすい戦慄にときめいているじぶん を、肯定的に、恥じた。 白磁の紅茶のカップに、あかむらさきいろ の口紅の跡がついていた。 「ままー、かみがないよー」 はりつめたうすい緊張と、羞恥をうすガラ スのように、割り散らばらせる唐突さで、亜 矢のアルトの声が家の奥からひびいた。 顔を見合わせるふたりの視線のなかで、 喬はじぶんのひとみのおくに、追いつめら れてかみくだかれる小動物のおびえと緊張感 がひとみのくろい奈落のなかに40パーセン トほどたたえられていることに、 当事者の必死さとして当然、自覚すること は、なかった。 「・・・まったく、いつまでたっても子供な んだから。」 亜矢の母は席をたち、タイトスカートの尻 を背に、台所をあとにした。 喬は、コップのつめたい水を飲み干し、じ ぶんのおかれたグロテスクな関係を整理しよ うとしたが、しかしことば以前の関係のそれ に、逡巡にいたる間もなく、喬はそれをあき らめた。 ・・・いまごろ、亜矢は、わたしが犯した こともあるお尻を、紙でぬぐっていることだ ろう。 (・・・だめだ、刺激が強すぎる) それが行為のなかでいとしい快楽の器官 であることになるのならば、すえた愛液も、 こすった手にうすくにじむ彼女の、黄色 みをおびた糞便のあとも、 恋人のそれとしいとしく感じられることは、 おおげさにいえばフェテシズムなのだろうが、 そんな言葉をつかう必要は、喬にとっては実 はなく、 いとしいとおもう気持ちは、汚いと想う気 持ちを消毒し、苦痛や苦難をみとおしの良い 透明に変える。 しかし ふだんなら、そのようなことにときめきか ねないのに、喬は吐き気に近いめまいと、頭 痛のような気分が、していた。 (かえったら、すぐ、することはきまったわ ね・・・) 精神の不快感のなかでしかしのたうつ、 喬の白蛇のような、わかいしろいはだかの おんなの性欲が、みずからのちぶさと、みず からのへそのなかで、うごめき、 しろいつめたいうろこで、うごきながらと ぐろを、まいていた。喬は、クレオパトラの ように、乳首が蛇のするどいきばを何回も受 けて、うずくのを、感じた。 炭酸銅の孔雀の石の粉の緑のひかりにきら きらとひかるラメのアイ・シャドウは、もと 熱帯蝿をよけるためのものであったが、 女にとって、化粧とは、まずナルシシズム に酔い、 まずオナニーをするための、 精神の性の道具であった。 (・・・がまん、できない・・・。) 喬は、腕組みをするような姿勢でじぶんの にのうでを制服のうえからつかみ、背をまる めるようにして、こきざみにふるえて、うつ むいた。 ぱらぱらとこぼれた、少女の長い髪の毛先 が、料理の皿にかかり、デミグラスのソース に、ひたった。 * しかし、これからさき関係をなやむ必要は ついぞなかった。 性でも励ましあった喬は、受験を成功させ たのである。 ・・・ただ、「紙がないよー」と、このと きはまだ無垢に残っていた亜矢の幼い部分は、 受験の結果というの進学という事実上の亜 矢との別れのあとの10年で、ふみつけられ てしまった。 ---------------------------------------- 12 夫妻の現在 喬は、駅前でおちあうと、想が運転する車 のドアをばたんとしめた。 ゆうはどうした。 亜矢のところに預けてきたわ あの亜矢ちゃんか、とハンドルをきりなが ら想はつぶやいた。 車のラジオから、景気のよい太古にはやっ た、歌謡曲がながれてきた。 わかい少年の声であった。 「・・・こんな人買いに買われた厨子王のよ うな子が、おんなうたをうたうのは、なかな かプリミティブな倒錯のひびきがあっていい もんだが、こういう芸能人がたいてい幸福に はなれなかったという意味で、これはわるい 歌なんだろう」 悪食の郷土料理でちょうざめのイクラやは ちのこを食べるのは、栄養があっていいけれ ども、それはあくまで珍味の意味でしかない。 半島では、すけそうだらの卵は士太夫の食 べるものではない、とされていたのは偶然か もしれないけれどもね。 滋養食はあくまで病人が食べるものだ。 しらすうなぎがそうであるように、卵や稚 魚を食べてしまっては、あとの養殖がつづか ない。 わかい少年の踊り食いがゆるされるのは、 芸能界を去ったあとでも彼らが生きていける 景気が保証されている時代にかぎられるだろ うね。不況になると、倫理はやかましくなる。 不況あるいは寒冷時は、卵や幼体をやわら かいからというだけの理由でたべるのは非難 される。 すくなくとも草で肥育した場合、 100キロの子牛ではなく1トン弱の牡牛 にしたほうが、10倍の人口を養うことがで きる。もっとも成長過程の体温を維持するカ ロリーの計算はこういうおおざっぱな推論に は入ってはいないが。その意味では緑餌が必 要だ。穀類はできるだけ人間の飢餓にまわさ なければならない。 蛋白質や炭水化物を節約するためには、調 理や栄養学とは硬いものや栄養価をかたよっ ているものを3度の飯のために有用に供する ためのものだ。 結局は断頭台に行く貴族に媚びるためのも のじゃない。 救済した結果に人口が増えてしまうような ことはとりあえずおくとして、御用学者は、 ひとびとの役にはたたない。 修道院でも奨励された「苦行とは」、 想はネオンで照らされた喬の横顔をふりか えった。 妻は、まっすぐ前を見て、耳で、夫の理屈 を聞いていた。 苦行そのものに、主体的な意味があるわけ ではない。中世の鞭打ち巡礼に、現代感覚が 精神の病的なものを感じるのは、一次的な科 学的感想としては至極当然なことだ。 苦行とは水路や電路のバイアス、国道のバ イパスのようなものだ。 おそらく、苦行とは奢侈によってあふれた り、奢侈によってつまったりすることを回避 する安全弁として、バイパスをその太さとし てみがいておく心得であるべき、それなのだ ろう。 その意味では節制と意味が重複する。 食べ過ぎが続けば、粗食の期間を置くのが おそらく苦行だ。断食月の概念はすくなくと もアイディアとしては逸脱だとはおもう。 またシェイクスピアは、恋はむさぼるだけ だが、愛にはそれがないとも言った。 その意味では、愛には定義としてわずかに 苦味や痛みが知恵をともなって含まれている ことになる。 愛を告白したり、愛にふさわしい人間にな るためには、てまひまというコストとしての 痛みがともなう、ということかもしれない。 ただ残念ながら王朝サロンではそれが荘園 の不在地主であるがゆえに、議論が現実を離 れて、言葉のあそびになりやすい。 御用哲学者は、できるだけのパラドックス を発見して、座の話題がつづくことを心がけ ようとするけれども、すくなくともアルキメ デスはそのような弁舌の空回りのようなこと がことがきらいだったかもしれない。 たとえば空間構造の議論において、ゼノン のパラドックスに肉薄する手段は、議論では なく粒子加速器だった。現実空間とは、ボイ ルとシャルルの理想気体のような、ユークリ ッド的なモデルからすると、ひどくざらざら しているものらしい。 神学が教条化するとたいていは絶対を論議 したり、殉教をテーマにしたりするが、素朴 な民衆にとってそれは、無意味だ。 苦行のはてに餓死や殉教をすることに意味 があるかどうかは、ほんとうはだれも知らな い。 現実的でない議論でひとびとをけむにまく 遊びは、結果、幼稚な太った学者の保身のた めにつかわれる。 きみの話に聞く、亜矢ちゃんの嫌いな、将 校としての教師もそんなひとびとだろうね。 ただたとえ暗示や、訓練に過ぎなくても、 苦行に意味を見出すことができれば、 人はすくなくとも奢侈にたいする無条件な 耽溺を回避できる可能性を手に入れることが できる。 訓練というその意味では、痛みとは単語や 知識ではなく、またあたえるものではなくあ じわうべきものだ。 小人にかまうな、は宰相学帝王学の苦い訓 だが、現場からはなれていると、事柄が記号 になってサロン文化の旋律の電子遊戯になる。 その意味で、おそらくフランスの高等数学 はその半分が搾取からできている。ピタゴラ スがそうであるように、数学の悪の半分は王 朝の権威音楽とおなじものだ。 ただ現場の痛みを轍鮒の急として受け止め すぎていると、やはり財政は破綻する。 ここで、循環群は「小人にかまうな」に戻 ってきてしまう。行政が仕組みとしての帝王 の行いである以上、限界を繰り込んで妥協す る帝王学は、必要悪だ。 * すくなくとも大脳皮質はその意味で痛みを、 痛覚あるいは知識 として知ることはできても理解することは できない。 ものすごい痛みには実際には閾値があり、 ショックを起こさない限り、人はそれに耐え られる。あるいみ、エスエムなどは、めぐま れた者の、あまったるい道楽だ。 喬、君には大手術を受けた経験はあるかい? こどものころ、くるまにはねられたときは、 一週間、寝てもさめても激痛が取れないんだ。 そういうことがあると、ひとは、人生を大 切にしなければとおもうんだよ。 * ・・・喬、私たちは人生観が一致している 「きみも、おしりでいのるわけだ。」 なにそれ 喬はわらった。 わたしなんて、主体的には、ほかにとりえは ないし。 途中までは亜矢の論理だわ、と喬は想った では、亜矢もまた潜在的にはマゾヒストな のかしら。 豹の性別は、外見からは、よくわからない わね。 * 川沿いのあそこでいいだろう、防音がしっ かりしているから、おもいきり叫べる。 そうね。 想いを切るから、「おもいっきり」 ということよね、と付随でしかない屁理屈 で、喬はおもった。 ・・・つまり、魂切る悲鳴っていうことよ ね。いい意味でも、 彼にとっても、私にとっても。 ね、想さん ん ホテルには監視カメラがあるって、知って る? ああ 全部のホテルにあるわけじゃないけれど、 うったえられたり、なにか騒ぎをおこされた りするのがいやなところは、防犯上の名目で 設置していても不思議じゃないわ。 うん ・・・じゃのみちは、へび、だから、 はんぶんそっちの興行関係、風俗関係の産 業は、進取の気性として、グレー行為をおこ なわなければ逆に本物じゃない。 まず、じぶんたちがいきることが前提で、 公儀とは、はなぐすりをかがせるぐらいの存 在としか、おもっていないわ。 それはそれでたのもしいことなのだけど、 割り当てられた人生にかならずついてまわる 悲劇として、平凡のなかで意表をつくことが もとめられる。 なぜそうなのかは単純よ。客が平凡である ことを望み、またもとめられるアイディアも、 かなしいかな興行者の平凡の田畑からしかで ない。 治世論の一部でもあるマーケティングとし て、いっぱんは平凡を平和とおなじように解 釈したがるし、それはそれで一面の真理なの だけれど、延長線上の未来では、1.00は0.99 に、そして0.97へと、どんどん磨耗・陳腐化 していくわ。もしそれが世代をまたげば、そ の効果はみならうといういみで、指数的に加 速する。 平凡だけが、民主主義では、世界はいずれ 崩壊する。興行とは必要な要素だけど、あく まで興行とは平凡に奉仕する存在だから、そ のすぎた膨張は、おなじく社会を壊すわ。 その意味で、過剰なセルラ・ホンは、麻薬 の一種よ。銀球ピンポールや、用済みになれ ば缶詰になる馬が一面では麻薬であるように。 わたしは、亜矢の影響を受けているな、と 喬は、心中おもった。 しかしながら、次の時代とは結局、崩壊期 には、そのようなところからしか出ない。 革命には、その時代を生き延びるためには、 理解のための注意が必要よ。 時代を書き換えることが一体どのようなも のか深く理解しているものが革命にかかわる とき、かれらは民衆を味方につけるために、 平凡の価値を過剰に叫ぶようにプランを立て るわ。 そして、いちど覇権をにぎると、つぎつぎ と行き過ぎた平凡を制限する施策を、民衆か ら見えないところで、つぎつぎと繰り出すで しょうね。 これは、そのようなやりかたしかない、と 言う意味で、じゅうぶんに科学的だわ。 戦略としても、 また現実、民衆が楽に流れたがる存在であ る、といういみでも。 政治がはんぶんは闇のなかにあるというこ とは、人間が人間の歴史を生きる以上、それ はそれをいってもはじまらない。 孔子や孫子はそのような現実を見ていたか ら、必要悪としての帝王学を考えざるを得な かったのでしょうね。 だから、革命は結局広義の暴動だから、そ れが任侠やその精神から出るのは当然なのだ けれども、影響としての版図が全体の1/3を こえるところから、無計画な武力としての覇 道の限界を知り、 いい意味でもの帝王学の古典のメモを知る ものを、まねき、参考程度には話を聞くよう になるわ。 つよくなければ、たしかに黎明期にたたき つぶされて終わりだけれど、最後に残るのは、 結局ひろくひとの話を聞く態度でしょうね。 「優しくなければ、資格はない」という台詞 は、そうあまい言葉じゃないわ。 たぶんに生まれつきの資質として、史実を 信じるかぎり、信長や項羽はそのようなこと が苦手だったし、また異民族とはいえツング ース朝が長く続いたのは、名君が朝から晩ま でかたっぱしから報告書にめをとおしていた からだという、指摘があるわ。 ただ、帝王学というものは、あくまでもシ ステム論の面があるので、ときにそこには体 温がながれていないことがある。仁は孔子の 教えでもあり、任侠のよってたつ要でもある けれども、それが帝王学の側に立つと、遠く の1千万人をすくうためには、足元の10人 を見殺しにすることも、場合によってはやむ なし、と言うこともあるわ。 これは善悪をはなれた統計学の表現だけど、 特に男性的な認識知能とは半分以上空間認識 の側面がある。 時空をこえる想像力のことよ。 もちろん、統計では大多数のひとが平凡だ から、おおくのひとは、いわゆる感性として の秀才がみるように、地平線のむこうの1千 万人を認識することが苦手でしょうね。 そのようなとき、いわゆる報道が、わるい 意味の広告と組んで、10人の見殺しの方を、 みなが理解しやすいという意味で、数字を稼 ぐために偏重すると、大局の指針をあやまる 危険があるわ。2院政の力学とおなじように、 報道局は制作局と対立していなければならな いのかもしれない。 でも、このような世界、素朴な義侠心をも ったひとには、つらいそれかもしれないわね。 しかし、それは、安定にむかう体制のなか では、 たとえば前王朝がかしいで、しばらくの紛 争の後、立った次の王朝の太祖が、なんとか 事実上たとえば蜂須賀家が泥棒であった現実 を、系図をでっち上げることで塗り固めるこ とに似て、 史実の力学の周辺の現実とはそんなものよ。 しかし現実、ひとびとは社会の機能として は任侠的なものををかろんじてはならないの かもしれない。 体制というものはさかのぼればそのすべて は原始の豪族からでているんだから。いまだ って、一部の議員さんは、事実上、地方豪族 のようなものだから。 喬、なにがいいたい。 ネオンの色彩が、喬の化粧ののった横顔を 街の光に染め、うごきだした。車の街にたい する角度によってそれはいくつかの色彩のあ いだを往復した。 それは36歳のはだのうえに塗られた、土 類のモンモリロナイト・ファウンデーション の上に展開する、光のパレットであった。 ・・・これからの、わたしたちの行為も、 保存されるかどうかはともかく、どこかで記 録されてると、おもったほうがいい、という ことよ。 弱い人たちを庇護するたてまえの法律のこ となど、いうつもりはないわ。 むしろ、みられている、ということを肯定 すべきだわ。それが、最後は実力でしかない 世界をいきる力の一部になる。 これは、チャンスなのよ、一般的な意味で も。 すべての人間が、女優であり、俳優として ふるまえることができる。ある日突然、めの まえの道路に青空の中から、照明の機材の部 品がおちて、舗装にはねかえったとしても、 それを宇宙のデブリに理由をもとめる必要も ない。 監視され、鑑賞されていることを逆手にと れれば、それをつかって自分をたかめること ができる。 公僕の予算的にも、まもってくれるはずも ない法律を馬鹿正直に解釈をして、さわぐよ りは、そのほうがもっと人間の器量のうえで、 意味がある。 乱世になるかもしれない世の中のなかでは、 心得としてそういう生き方もあるのだとおも っていなければ、正直なさけないわ。 くりかえしいってもうしわけないけれど、 東北人は卑屈すぎる。能の舞台は、舞えない わね。 それが、粋、ということよ。 いい、想さん、そういうことをふまえて、 「たのしみましょう」。 大胆に、ということばをつけくわえて、喬 が、真っ赤なくちびるで、 痩身の美しい中年女の円熟した、きらきら したひとみをみひらき、くちびるのはしをお おきくつりあげて、わらった。(おんなは自 信と幸福がなければ、うつくしくなれない。) まっしろな、前歯が、のぞいた。 ん 鎌倉うまれの想は、いまさらなにを、とい うふうにもとれる表情で、車の前をむいたま まだった。 * 川のそばは、どろではなく粗い砂が堆積し ているので、草ではなく樹木が育ちやすい。 県道でさえない細い道はそのような小さな しかし重い森の、川に沿った複数におおいか ぶせられていて、 いくつかのその郊外の暗がりをぬけると、 森が異世界であるのと同様に、 赤のネオンと蒼のアルゴン水銀の、ラブホ テルの看板の、 てりかえしのあかりが支配するアントシア ン系の色の、異世界が広がっていた。 ネオンの赤はナトリウムにちかいので、 わずかに、橙:だいだいを帯び、 アルゴンの青はカリウムにちかいので、 わずかに、すみれ色に近い。 性は日常ではなく、日常でないものは河の 傍にある。 エクスタシーが「ちいさな死」であるのな ら、猥雑な踊り子でもあったお国カブキの河 原者の世界は、 三途の川の世界なのかもしれない。 喬は、女性のマゾヒズムとして想の男根を くちにふくむことを静かに想像しながら、車 のドアをあけた。 駐車場は、川面の冷気に満たされていた。 * 想さん、むかしのことおぼえてる? 喬は裸のそのくびをひだりの肩にかたむけ ながら想にたずねた。 むかしのことって 夏の保養所でごはんたべたときのこと ああ、あのころのことか。 たしか、あの日は3人しかいなくてね。 ああいう地味な東京の郊外の保養所なんて、 親に愛されて育った人には、物質的には地味 すぎて興味がわかなかったんじゃないかな。 たしかきみは大学の臨海実験所がなつかし くて、来たんだっていってたよな。 あそこの近所なんだっけ。 ・・・五月の研修であなたなんか、その存 在も気がついていなかったのに。 「あれ」で急にあなたが身近に想えるように なったわ。 順番としてはそうだな、昔の話だ あなた、むかしからじぶんがいつもわたし より、上だとおもっているでしょ。 喬が、乳房ごとはだかの上半身をおこしな がらいうことばに、 (喬の乳房は、30代も終わりなのに、かた ちよく、天を、望もうとしていた) 動くたびに若く芯が堅くゆれるその乳房を 想はしたからながめ、手をのばしかるく触れ ながら、 「それのどこがわるいというんだい」 と想はむしろやさしげな口調で、告白した。 「みえる人間は、指示を出さなければならな い。 それはどんなに嫌がっても、適材としてそ のような場所に赴かざるを得ない。義務みた いなものだ。 低能なくせに、小ざかしくいちいち反駁し て皆のしあわせを破壊し腐らせ、ほったらか しにする、 小ざかしい民主主義の、いなかものの小娘 なんか、ぼくは嫌いだね。」 あなたは官僚なのね。官僚の気分でよのな かをみている。そんなんじゃ再就職もうまく いかないわよ。わかっているんだろうけれど。 ・・・傲慢だから、やさしくできる。あな たは田舎者にとっては詐欺師だわね。 きみは田舎者じゃないじゃないか 想は議論をはぐらかそうとした。 喬は、自身のはだかの、そのひそめた両の しろい細い肩がはえる上半身で、うすぐらい ラブホテルの一室のなかで、 その右手をその、かたちのよいはなとあご におしつけて思案顔で言った。 「それは難しい問題なのよね、 東京だって、たとえば都下には田舎者がご ろごろしているわ。 オレンジ色の電車がはしるところは戦後、 アメリカ文化が開拓したから田舎者が育った わ。アメリカなんて結局は、グレートプレー ンズのさえぎるもののない、広大な青空の、 いなかものだもの。 兜町の東には、自分のことしか考えること ができない段階にとどまっている、比較的わ かい電脳世代がたくさん住んで、世の中の栄 養を吸い取っているけれど、かれらももとを、 たどれば、中西部の砂漠の「珪化木の谷」の 孫よ。 珪素が田舎者なのは、たくさんの回路が、 「印刷」されても、世の中がむしろ悪くなっ ていることが象徴しているわ。」 (この論理の展開の仕方と、しゃべり方は、 亜矢の影響だ、) と喬は想った。あって、はなしこむのは、 述べ数日にしかすぎなかったのに、亜矢とい う水にかわいていた、じぶんに、急速に彼女 がすい込まれて行くのがわかる。 わずか2ヶ月弱なのに、きらいじゃない亜 矢がこんなにも流れ込んでくるのは、 (むしろ、いやじゃない。) ・・・あんなに冷たく遠ざかっていたのに。 じぶんは主体性がないから、もちろん亜矢 じゃあない ・・・わたしはあんなに、熱くはない。 ・・・わたしは、相対的に、唾棄すべきま もられた幸福のなかに、棲んでいた、のね。 * 「牧民官は必要だよ」 官僚という言い方が、世間一般、悪い言葉 として手垢がついてしまったから、この言い 方のほうがいいだろう。 ひとびとはほったらかしておくと、種籾ま でたべてしまう。 種籾までたべてしまうひとびとを監督する ためには、春まで種籾をとりあげておくしか ない。それが相続紛争調停と行政の安定とい う幕府の2大義務だから、伝統的に政治の世 界では、公金横領がもっとも罪が重い。 また商品作物の過剰は扶桑の相場が乱高下 するから、ひとびとに投機の感覚が根付きや すい。 基本の五穀をおろそかにして、飢饉も根絶 できないのに工業作物の作付けがひろがるの は、すくなくとも責任というものに意識があ れば、あまりよくはおもわないものだろう。 しかしトレーダーは、「かも様」が賭場に 来てもらわないとあがったりだし、人材が安 く使えないと儲からない。 だから悪い広告は農村をつぶして、大豆の 油を絞ろうとする。自分たちだけいいとこど りして油を売り、大豆かすの処理は是非税金 で、とうそぶく。 たんす預金とは、種籾だ。義倉としてのそ れは、矜持として、女性のショーツのような ものだ。商売は、マーキュリーが泥棒である ように、つねにうすい悪をその背に背負う。 かれらの甘言には、かれらが願うかれらの 利益として、こちら側の損失が計上されてい る。 商売人が人工的に微笑むとき、警戒を怠っ てはならない。 かれらは、つねに、言外に破壊を望む立場 にいる。 破壊をすれば、顧客を遠心分離にかけ、う わずみだけを入手することができるからだ。 脳の芯のなかの、パンツの中身を、広告の広 帯域に直結してはならない。 解放、というものの魅力はのは後から考え ると、人買いがばらまく飴玉だった。 それは商売の道具であったし、たきつけら れてそれを夢みる幼稚の、その自己実現とは、 実は大多数にとって迷惑な行為だった。 たとえば、革命をあおって既存の秩序を破 壊しようといううごきの背後に商人がいると き、武器の仕入れと利益を計算しない彼らは、 いないだろう。 ただ、弁護としては、たいていの死の商人 とは、個人的には好人物であり、一個人とし ては社会の幸福をこころからねがう慈善家で もあることがものごとをさらに複雑にしてい る。 しかし解放とは、たいていだらしなさの夜 明けだった。 そのようなだらしなさを回避するために、 そこそこむずかしい選抜試験を通過できた意 思のちからをみこんで、有望な子弟を牧民官 として採用するのさ。 過剰に難関だと、人格がゆがんだり、マザ コンが選抜されるから、かえって逆効果だけ どね。 官僚という立場がきらわれるのは、受験競 争がおわったそこに競争がなく、腐敗が宿命 になるからだ。 それよりは門をひろく入庁後も監査を? しかしそれは民が愚者でないことが必要だ が、歴史を見る限りそれはかならずしも期待 できない。 しかしその意味では、官僚的役割とは、別 に公僕である必要はない。 孔子も、完全なる中央集権というものが、 エネルギー的に不可能で、またあやういもの であることは、体験的に知ってはいた。 小国寡民という言葉自体は、孔子のオリジ ナルではないだろうけど、 その意味では、ここで造語として、 「民のなかに君あり、君のなかに民あり」 ということがいえるのかもしれない。 もちろん、後者の意味は為政者が民の幸福 をおもいえがく、という意味に解釈されても よいものではある ただ、前者は、民がおのずから君の役割を 部分的に代行して、よりよい安寧をそれなり に考える、というむかしはときどきあり、そ していまではたぶん、ほとんど存在しない観 念だろう。 ゆたかすぎる消費文化がそのようなものを 忘れ去らせてしまったのかもしれない。 冷戦終結後、東西分断がまたおなじ同一民 族の国をつくるとき、旧東側の人々は、くち をそろえてそのようなことをなげく、と聞い た。 その意味では、だらしないベンチャーは、 そのような世の中では、うさんくさいものと して差別される。 源内が失敗したのは、たぶんそこで、ひと びとは、本質的には、衣食住や飢餓と関係の ない、からくりを本質的にはあまり欲してい なかったということなのだろう。 うさんとは胡散のことで、スパイスのこと だ。 しかし大事なのは穀物や肉であり、コショ ウではない。ほんとうの大飢饉では、貨幣は、 基本食料にまわる。 ただ、基本食糧は古来地産地消が原則なの で、運送業から見たら、その輸送は、利幅が すくない。だから、広告やそして金融は、利 幅の多い奢侈品などにひとびとが興味をもっ てもらうようにしむけたい誘惑と、ひび戦 っている。 脱藩浪人が武器輸入に関心を示すのも、商 人である以上、当然の傾向だろう。 そのあとをついだ政商が、事実上軍需産業 であったことは、精神としての野党である兆 民氏や板垣氏の系譜の人は、あまりふれたが らない。 また、基本食糧の安全保障という意味で、 白い旗が赤い旗を敵視しなければならなかっ たのは、やはり神戸の福原の貿易品の内訳が 基本食糧ではなく、付加価値型の商品になる 力学があるからでもあった。 経営者がしばしば尊敬されるのは、単に金 持ちのボスで、給金をくれる弁天様だからで はなく、すくなくとも雇用した範囲のなかで あるとはいえ、社員の幸福を考える立場であ る場合があるからだ。 そのような社会では、企業と組合とはその 定義が重複するばあいが、しばしばあった。 それが拡大すると、たとえば互助組合を通 じて、輸送のためのinsuranceが、船場で発 明されることになった。 その意味では、保険や金融とは、資本主義 ではなく、社会主義の側面ももつことになる。 農村でも保険は存在し、それは積立金ある いは義倉としての貯蔵米倉として存在し、後 者の場合にはそれを担保として証文が発行さ れていた。 その資本が遊ぶようになると、それを担保 に娯楽が発生し、それはたぶんに無尽の部屋 のさいころになった。国定忠治が反面社会事 業に関心をもっていたことは、かれが機関の 側面をももっていたからなのかもしれない、 というのは、あくまで冗談だが、 今日でも賭場は、福祉に感心をもつことが 多い。節度があれば、射光産業にも建設的な 可能性はなくはないとはおもう。 おもしろいはなしをしっているけど、たと えばえっち映像の女優さんは、事務所を通じ て、もうけの一部をつみたてている。 将来、からだに魅力がなくなったときに、 そのぶんを切り崩して、給料を相対的に安定 させるためだ。 企業が組合の側面をもつということは、別 のことばで言えば、内部留保とはこのような 保険の側面があり、それは思想としては社会 主義にちかい。 ベンチャーとしての派遣会社は、 「きみにはもっと価値があるはずだ」 とたきつけて、その内部留保を一気に吐き 出させ、その一部を利益として受け取る。 いっけん実力主義の資本主義競争の味方で あるような態度にたつけれど、やっているこ とは、破壊だ。 その意味で、いわゆる共産主義と社会主義 はばあいによっては対立する。 企業を、その資産を没収するという意味で 破壊することは、長期的には荒廃を招く。世 間を破壊するという意味で拝金資本主義と、 共産主義がじつは実質的に盟友だというのは、 最悪の冗談だ。 大事なことは、ゼロサムは地球が有限であ るからこそ当然の仮定だが、 世界がゼロサムであるかぎり、満期満額・ 全額補償ということはありえないということ が、もっとひろく認知されるべきことである、 ということだろう。 すべてのファンドとは、プールすること自 体に手数料が発生し、ごくゆるやかとはいえ、 その総額は、半減期45億年程度の率で目減 りをしていく。 その理念から言えば、すべての保険とは、 掛け捨ての形式以外にはありえず、それは購 買の概念としては、ごくうすい安いローンで 保証を購入しているという概念になる。 厳密には、損保以外は保険ではない。 保証というものは、具体的に大きさや重さ をもつ商品ではないので、かたちのないもの にお金を払う習慣のないひとびとにとっては、 その感覚は、ぴんとこない。だからこそ射光 心にうったえる手法は、満額保証という実際 ははりぼてでしかない看板をかかげることに なったわけだが、 しかし、それはあくまで、社会が高い成長 率で生長してその運用が可能か、あるいは地 球上のどこかほかの国で高い成長率が継続し ていることが必要になり、別のことばで意地 悪く言えば、それは結局、ひとのふんどしだ。 マクロ的に、巨視的に考えれば、その成長 率というものは地球経済的には結局ゼロサム だから、そのような局所的ローカル的な金融 運用というものは、それこそロスチャイルド のような敏速マーキュリーのテクニックを使 用しなければ達成し得ない。 それどころか、そのような平穏経済で、高 い利回りを達成しようとすれば、かつて金融 戦争が吹き荒れたときのように、グレーゾー ンで小国家や企業をのっとり、そこをたたき つぶすほかはなくなる。 それは、戦争である。責任のある治世当局 はその定義上、それを排除する責務を持つ。 もしポエムとして、 ひろくひとびとに、金融というものには手 数料というものが必要であり、また保険に見 られるような掛け捨ての概念もいわば手数料 の一種だと認知されることができれば、 金融を通じて、公的福祉のための税を徴収 するのとおなじ効果を、銀行が民間にありな がら、実行できる可能性がある。 代理政府といえ得るかもしれない。 政府が肥大化することが、力学効率上この ましくなく、 またその性質上監査機能の不徹底から官僚 機構が硬直・腐敗化するのが、人類の歴史の 検証がしめしているとおりさけられないもの であれば、たぶんこのような可能性しか、未 来はみえてこないものなのかもしれない。 結局、未来とは、民衆が望んでいる姿以上 のものには、なりえない。 過去、金融機関は、工業世界の経済成長が 永遠に続くという、考えてみればなんら根拠 のない夢に酔いすぎていた。 残念ながらその経済モデルに過剰に適応し すぎた保険会社は、時代のうねりというカー ブを曲がりきれずに、倒産という衝突の憂き 目にあっている。 工業製品や情報産業とは、結局人口に対す る総食糧量の担保が示す上限の規模でのみ、 その生産や規模は、ゆるされていない。 エンゲルスの概念をわかりやすくするため に極端に誇張すれば、人口が地球で飽和して いると仮定したばあいに平均人類は平均体重 と平均食糧代謝量をもつはずであるから、 発展国が工員を、ひとり雇用すれば、 衰退国の工員は、ひとり解雇される。 食糧の生産には、上限があると、かんがえ れば当然そのようなモデルが説得力を持つ。 * また、馬鹿は極端を夢みるものさ。 純粋さは青年の特権だけれども、その純粋 さが、現実的にどれだけの大きさと重さをも っているかをおしはかることは、じつは生命 としての判断としては必要なことだ。 極端は、現実が無限大や無限小でできてい ない場合、その権利がおおきく制限される。 そこまで青年に、成熟の熟成が行かないう ちにプロパガンダがはいりこみ、飴玉の解放 をゆめみて、かつておおくの暴動や革命が夢 見られたらしい。 長期的には、そんなものは成立しない。 社会とはおかしのように甘いものではなく、 つけもののように、苦いものだ。 社会現象としては、革命には腐敗の追放し か意味はないけれども、高度に複雑化した世 の中では、腐敗とは下水管の壁面にこびりつ くものだ。 暴力は一気にその交換を夢みるけれども、 そんな行為は生体がいちどにコストを負担で きるものではない。 大手術は高熱をまねくし、それにたえられ るバイタルがないと、手術はできない。 バイタル、という概念はたぶんに東洋的だ ね。 その意味で、革命の夢想とは非生命的なと ころがある。 現実的な妥協とは、日々の新陳代謝と、ゆ るやかな世代交代でしかない。 一挙に変えたり、一挙に殺したりすること を嫌うというということだ。 * 政治や扇動は残念ながら半分は演劇で、 劇が劇的であることが受けることにおいて は、 そこにはふたつの要素がある。 それが、わかりやすいことであること。 それがたとえ事実からとおかったとしても。 もうひとつは、カタルシスとして効くこと。 フラストレーションを解消するためのカタ ルシスのためのポテンシャルを内包している ことだ。 つまり、娯楽さ。 そして娯楽が公論の仮面をかぶるとき、そ こには悪役として、悪が必要とされる。ふろ しきマントのごっこ遊びで、だれも悪役をや りたがらない、あの理屈だ。 冷戦の軍需産業とは、その意味、戦争とい う概念が、 娯楽文化であり、雇用対策であった面があ った。 戦前の日本が、歩んだ道だ。 そうでなければ景気も興業ももうからない かもしれないが、美談や理想や不満ばかりあ おって、帰還兵の現実をあつかわない戦争映 画は、危険だ。 巷が健康であろうと欲すれば、 できるだけ事実をみようとするし、また不 満は日々のなりわいの工夫のなかではんぶん は消化されものだ。 ものごとに対処する処世術のひとつは、大 きすぎるように見える場合、部分に分割する ことだ。論理的なテクニックとして、巨大投 資を証券が分割する手法と共通する。 苦難や悲劇は、たとえば、リパーゼによっ て日常のレベルにこまかく乳化縣濁されてい れば、なんとか代謝や精神は対応できる。 洗濯物や赤字国債をためこむことがよくな いように、たとえば逃避が制度としてなんと なく保証されてしまうと、それはおそろしい 蓄積となる。 ローマの演劇が、殺人ショーになってしま ったのは、ギリシャから引き継いだ事実上の 貴族制度が、ひとびとの生活から、素朴な労 働の喜びをうばってしまったことに遠因があ るのかもしれない。 その意味でITは、密室形式主義書類OA や、密室電子遊戯の意味で現代というローマ の崩壊の原因になる危険がある。 子供たちは、天網のむこうがわにいる「隣 人」を、メモリのなかの何回でも生き返らせ ることのできるテンプレートとしかとらえる ことができない。 中世では、それでもいいのかもしれない。 自分以外の人間は(本当はその本人だってそ うなのだが)いくらでもおかわりがきく、個 性のない「まだ死体になっていない」農奴や 歩兵なのだから。 残念ながら力学として、個性を獲得しよう とする努力はいわば差別化のための試みで、 それが長期的には利益をえることが期待でき なくてはならない。 そうでなくてはだれも努力はしないだろう し、また努力がむやみに隣人をおしのける我 執にしかならないのだとすれば、 賢明さもまた個性の獲得を放棄する方向に 決断の舵を切り替えるだろう。 かならずしもユートピアではないが、「ウ ェルズのやさしく美しくしかし無知な家畜天 使」は、そういう世界のひとつの、こたえで はある。 ただ、そういう世界は、遠からず搾取と支 配をうけるのが自然の力学だ。 じつは、有蹄目と食肉目はあまり遠くない 過去に共通の先祖を持っていた。 平和な羊の時代が出現したとき、自然の意 地悪な遺伝子の「ゆらぎ」は、かれらのなか まからともぐいをする兄弟をみちびきだして しまったのだから。 6億年前の平和なエディアカラの園も、そ のようにしておわったとは、聞いてはいる。 現在、子供たちが急速に日常ならびに労働 における実務経験と能力が希薄になってしま っていることは、生態学的な推測として、精 神的には大量に精神的逃避が可能な仕組みが 成立しているからだと、推測することができ る。 それは、力学として、甘言の結果であろう から、そのレバレッジとして、たぶんに広告 が有効に働いているのだろう。 演劇や、芸術がつまらなかったりひずんだ りしているばあい、それはおそらく社会の不 幸が映っている。 そして、興行でもある演劇は、自分たちの 売上をもくらまんがため、極端としての装飾 副詞をもりこむがために、もともとの素朴な 力学の骨格がひどくみえにくくなってしまう。 そのため、劇的という言葉は極端としばし ば同義にもつかわれる。 広告と舞台がしばしば兄弟としてあつかわ れる理由だ。 華やかな舞台がしばしば内容がまったくな いのは、それがいわば温泉地の余興としては じまったからこともあるのだろう。観光と広 告とは、根無し草の産業として、まったくお なじものだ。 ざんねんながら、そこから、従業員のあす の強さは出てこない。興行収入も、つかった らそれでおわりだ。 シェイクスピアや古代演劇がきいたら、眉 をひそめるかもしれない。だからこそ、文化 的な意味での広義の売春婦は、三味線のひと つも弾けなければ、努力に費やすエネルギー のバランスが、とれないんだ。 名詞の骨格を欠く副詞としての極端は、興 行動員としては一定の数字をあげるかもしれ ないが、ひとびとはやがてそれになれ、もっ と強い薬をもとめるようになる。 その行き着くさきは、生体としての制度や 肉体の疲弊だ。 広告は、わるくでると、すべてのこどもに 貴族である妄想を吹き込む。 極端を歓迎するのは、世間と現実にまだ何 も格闘をしていないあたえられているだけの こどもだ。 貴族制度は、わるく出ると終身こどもでも かまわない層をつくってしまう。 もともとわかい細胞だからこそ、本来の機 能でもある飢えと渇望が濃厚だからこそ、か 彼らは蒸留された極端を、恋求める。 そこまでは、遺伝子としてしくまれた機能 であるから、だれにも罪はない。 ただ、貴族の子弟としてうまれたのでもな く、娯楽をカートリッジやチケットのように 買えるほどのゆたかさにもめぐまれていなか ったものは、ふるくは旅に出たものだ。 はためいわくな旅行として、イスケンデル があるけれども、氏にとって、それは遠征で あっても、征服という発想かがあったかどう か、しかし歴史は詳しくないから、僕はしら ない。 労働やささやかな格闘をしらない、かれら 貴族の子弟は、結果、現実に対する静的ある いは経験的知識もまた、しらない。 名詞や経験としての動詞を知らないかれら は、ひたすら極端な形容詞や副詞をあわれな 犠牲者の上にかぶせようと、しつづける。 貴族の腐敗は、だいたいおなじような不幸 におちいる。少女の剥製を作り、回春のため に少女の生き血で入浴をする。 糾弾された腐敗貴族の裁判では、たいてい、 卒倒者が続出する。基本、密室のたくらみに 至る錬金術は、保護されてはならない。 想は、かたわらの、おとなの油脂紛をふい た喬のしろく、うすく肉ののった、おとなの 裸体を、ふと、見た。 想は、つまのからだを、きれいだな、とお もう気持ちを感じたあと、 ・・・エスエムも、いっしょか。 表情で、自嘲した。 中世、いっぱんにおいて禁欲が暴走したこ とと、地下室で残虐が暴走したことは、相互 の影響の行為としておなじことの、おもてと うらだったんだろう。 おそらく、交易民族以外は、痩せた土地と 能率の悪い農具で、いつも寒くひもじいおも いをしていたから、パラノイアとしての戒律 が暴走してしまったんだ。 面でそのように、きつく禁欲的であるから こそ、ソリトンとしての貴族の古城では、妄 想が高濃縮されるんだ。理論的にも、磁気単 極子であるモノポールは、存在自体が迷惑だ。 ソリトンは、特異点の概念にほぼ等しい。 (その意味では過剰な貧困は過冷却のような もので、宗教の黎明期のような歴史の悲惨と しての過酷な試練とはその時空が微分不可能 な不連続であるとしてみなすことができる。 歴史のなかで崖があるとき、それは地理院 の文法では、それは時代の不連続としてみな され、力学的にはたいていの人がそれをのり こえることが出来ないのは、ごく自然なこと ではある。 そのような極端では、歴史や心理の時空粒 子は極端な物理法則に置かれ、別の文法であ る物理法則が一瞬だけ出現することがある。 臨床的には狂人である預言者や大政治家は そのように生まれ、時代を変えることがある が、かれらは異常なので、おおむね幸福には なれない。熱さが継続するということは、内 燃機関的には要するに欠損である。) クロムウェルの時代を別にして、交易と工 業で生きることにした英蘭や、もともと温暖 な南欧では、個人や風俗に対して比較的寛容 だったからこそ、面的傾向としてはこんなよ うにフェティシズムが、殺人にまでいたるこ とはなかったのかもしれない。 寛容が重要だ、ということは、引き締めす ぎると、地下に潜ったり巧妙化したりしてか えって逆効果である、という方理論にも共通 することかもしれない。 喬、たしかにおおらかに、どこかにかくれ ている監視カメラに、おおらかにじぶんを演 じ映す、という態度は必要かもしれない。 また、そのようなことが可能な時代に、せ いぜい感謝すべきなんだ、ろうね。 変態なインテリは、チューリング氏のこと を折に触れて、反魂香として、想うべきだ。 (反魂香は安息香であり、安息香酸はフェニ ルカルボキシルだから、いわばシンナーやト ルエンとして、溶媒毒として神経を麻痺させ る効果があることを、過剰に催淫効果がある とされた、あれだ。パチェリやイランを炊く と効果がある、というのはけむのなかにトル エン様物質がふくまれているにすぎない。 まあ、ベッドにシンナーをまく馬鹿もいな いだろうから。だいいち、香りがないので、 ロマンの意味では興ざめだ。) 残念ながら、自然科学はうすうすゲーテが 知っていたように、その祖を錬金術に負って いる。デッサンのために、骨をならべ、頭蓋 骨をのこぎりで切ったダ・ビンチなんか、場 合によっては、極刑ものだ。 それが可能だったのは、交易によるブルジ ョワジーの自由都市が、文化的な旧世界から の解放区であったからでもある。 知識の追求、といえばきこえはいいが、聖 なる信仰にのこぎりをあてることは、なにか 大事なものをすてることを意味をする。 好奇心は、本能として必要なものだが、だ れかがたしかめた知識を本で読むことと、ハ ーベイのように、たしかめるためにたくさん の動物を解剖することとは、きもちのうえで は、別のことだ。 それは、社会を守るための素朴な信仰の教 義から言えば、魔道でもある。 社会を守るために、禁忌でひとびとのここ ろにあちこち鍵をかけて、かろうじてよのな かをまもってきたのに、 幼稚な錬金術師は、はねまわるクラウンの ように、つぎからつぎへとそのこころの開か ずの間をこじあけていってしまう。 実際、人類は235を発見したとき、重大 なとびらをこじあけてしまったことに気がつ いたが、もう遅い。発見というものはたちま ち拡散してしまうものだから。 その拡散は、孫子によればもちろん、悪、 だろうね。 おなじようなことは、孔子も気がついてい て、冶金や貿易のさかんな、商や宋は、武器 をつくり、農を軽んじる可能性を言及してい たかもしれない。怪力乱神とは、殺戮兵器を も意味する。 たぶん、わかい男性において、かんばせの 美しさと、いわゆるあたまのよさというもの は相関している。だからこそ、詐欺師や魔術 師には美形が多いのさ。 もっとも、超天才の一部には、ずんぐりむ っくりで、にきびずらで、アレルギー体質で あまり外見では女性にもてない(失礼)ひと もいるけれども。万次郎はそういう人だった らしい。 結果かもしれないが、好奇心の強さと繊細 さは同居する傾向がある。 繊細さとはおそらくエストロゲンの多寡に よる、神経上皮細胞の細胞の樹状突起の多寡 やその感受性によるところが多いと僕は覚え ているけど、 つまりおなじものを見ても見ても、そのよ うなものは、4倍、内面にインプレッション として刻まれ、また、同時に連想を想起する。 繊細な人は、その意味で、4倍、濃密な世 界に棲んでいる。 そしてもちろん、現実の世界はかならずし も桃源郷ではないから、そのようなひとは同 時にものごとに、4倍傷付いている。 そのような苦しみを回避するために、繊細 な人は、好奇心という結果的な手段をつかっ て、不調和からまず、じぶんのこころをまも るために、肯定的な知識の体型という城を作 ることをいそぐ。 生存本能の一種かもしれない。 また同時にインプレッションが濃いかれら は、しばしば思索とぼんやりとした瞑想を好 む。 外界があたえた量として強すぎる経験を意 識無意識が解釈し吸収するのに、それなりの 時間がかかるからだ。 ただ、書斎趣味ということは、同時に密室 にも通じるから、わるだくみの嫌疑の危険と いう意味でも、じつは外聞が悪く、魔女・魔 術師狩りの対象になるばあいがある。 これらのことそのものは、空間能力の亢進 という意味での知能には、たぶん関係がない のかもしれない。 こちら側の要素は、女性ホルモンの作用だ から、そのうち男性的な遺伝にめぐまれなか った何割かは、必然的に同性愛者になる。 秀才にほもが多いのは、かならずしも、偶 然じゃあない。 「もちろん、僕は秀才じゃないけれども」 想は、わらった。 国教という制度になっても、コンチネンタ ルからキリスト教を導入した、工業・交易国 家は、長らくそのような、定義矛盾に苦しん だ。 興国のためには、秀才が貴重だけれども、 秀才はたいてい、禁忌に親しむ。 だったら、教義なんてものすててしまえば いいじゃん、と軽薄な側のJAPANのJは 言うかもしれないけれども、 本格的な侵略を経験していない民族が、伝 統や宗教がほかの民族にとって、血肉にも匹 敵することを、われわれは実感としてしらな い。 それは民族特性として、かならずしもわる いことではないけれども。 おなじような理由で、商工業が盛んな宋に は、美男子がおおかったという話だ。 人間の生理の遺伝の事情など、サピエンス においてそうちがいはないはずだから、宋の 都市の盛り場の裏通りには、さぞや陰間茶屋 がおおかったことだろう。 「やれやれ」 おどけて溜息をついた想に、喬は、右手の 甲で、くちをおさえ、まるいかたをゆらして、 わらった。 * 喬は、じぶんの胸のなかで眠る想の髪を、 その腕のなかに、うずめた。 * くちづけを舌をからめるかたちで おこなったふたりは、 たがいにそのももを、膝ごとからめ、 たがいにそのたかい鼻梁を 鳩の夫妻のようにすりあわせ、 唾を交換しながら、 たがいの胸の黒いボタンを、 ゆるやかにしかし強く押し、つまんだ。 ふたりはむかいにベッドのうえに膝をつき、 想は喬をあおむけに、こちらにあたまをむけて よこたわらせると、 そのかたちのよい臍をながめながら、 妻の恥毛にくちをよせ、指で谷を押し開くと、 妻の核に舌をよせた。 妻のからだがふるえ、 しかし彼はそのあさましさを2、3度だけですておき、 彼は妻の、 うすい腹筋とへそに舌と 両手をはわせた。 夫妻は たがいに、おたがいの胸に くちびるをよせ、たがいの乳輪を ふくみくわえ、 むねの先端の敏感だけの69を おこなった。 夫と妻の、たがいの鼻腔から、 人生のよろこびの溜息が漏れ、 ふたりは 相手をおもいやる気持ちを、 胸の先端にあふれて爆発する みずからの快感に いやらしくかぶせ、 はげしくたまらないあたえられる はげしい快感のもだえに、 相手の乳首を食いちぎらないようにする 配慮として、逆に その相手のそれぞれ大きすぎるくろい淫乱の 乳輪を懸命に強く、吸い上げて、 まず、喬が胸だけで、イった。 膝とももを、その膝で揉むようにしてからだを ふるわせた喬は、脱力の深い呼吸がおさまったあと、 ゆるゆると四肢を尽き、 おなじく四肢をついている夫の側に這い、 その肩をやさしくうながすと、夫のからだを ベッドにあおむけにし、 そのからだを深いシーツのドレープの谷に埋め、 そのうえにみずからのしろい長身をかぶせた。 喬は想に、深いくちづけをし、 舌をからめ、 やわらかいちぶさを、夫に やわらかくやさしい気持ちで、 こすりつけた。 ・・・喬の夫は、 このような女性的な愛撫を、 とてもよく、好んだ。 堅くもならない やわらかいままの伴侶の男根を、 喬はことさら無視し、 喬と想は、 痩身の、美しい8本の触手で、たがいに、 からみあった。 なかば、征服される気持ちで、おおがらな喬の 唾液をごくごくとのみくだした想は、 くちびるを離し、 慈愛に満ちたひとみでみおろす喬が、 「・・・いきたい?」 とやさしくささやいた言葉に ・・・べつに、いいよ おだやかな、ことばで返した。 「・・・このまま、ぼくを、 おさえつけていて」 力強いちからも可能な、しかしきゃしゃな 少年がそこには、いた。 幼少に、あまり愛情が満たされないと、こ のようにこころの隅に、少年が残る。 想は、しっとりした喬のしろい皮膚に おさえつけられ、 その抱き締められるおもみの固定に、 冬の青空に、 ひきちぎられてとびさってしまう夢を、 いまはわすれることが、できた。 * 喬は、まどろみのなかでつい本音が出た夫 のことばを反芻した。 喬は、すうすうと寝息をたてはじめた夫の 息を、その右耳で、聞いていた。 喬は、半身を起こし、しろい乳房をホテル の闇にほうりながら、すでに大人である夫の 寝顔を、いとおしそうにながめ、そのみだれ た前髪を、ととのえた ふたりとも、いちいちくちにはださないが、 いつのまにか喬は想の母親にちかい場所を、 占めるようになった。 ・・・ときどきは雄をだれかに預け、こう やって想をこども扱いしてやらなければ、こ のひとは、枯れてしまうだろう。 ・・・喬は、亜矢を想いだした 才能は背負うものである、という意味では、 才能とは欠点にも似ている 人望や能力というものは、乞われるもので あるが、それはあたえるものであるので、そ れは時代によっては、苦痛になる。想の「浮 気」とはあたえるものであるので、そこから 彼自身が得るものはあまりなかったように、 こうやってあまえてくる夫のすがたに、喬は それを、おもった * 「またやってしまった、」 めがさめた想は、時計を見た。 「説教に近い世間話は、自分にとって、日記 だ。君にしているわけではない」 「わかっているわ」 私をだれだと想っているのよ。あなたとの 付き合いも長いわ。 あなたをまた知り、確認するためにわたし はあなたのモノローグを、音楽として聞くの よ。 それも、文化として、性交のひとつだわ。 (あなたと亜矢ちゃんは、おなじ日記の文化 をもっている。おなじ孤独をかかえている、 という意味では、やはりあなたは亜矢ちゃん に会うべきなのかもしれないわね。) 「でも、部屋代をはらったんだから、その代 価、にそった行為をしたいというのは、やっ ぱりきみにしてみれば貧乏くさいものなのか な。 女は、文化にこそよりよく満足を感じるい きもの、だよね。」 ああ、ごめんなさい。 喬は、ずるさを理解し始めた30代の笑み で両のくちびるのはしをつりあげた。 えくぼが左のほおに、うかんだ。 あなたの、第一印象がやさしそうだな、と おもったことを伝えたかっただけよ。海の保 養所の話を、わたしが、したのは。 「・・・でも、」 したくを終えた喬は、ベッドにあがり、 喬はベッドの上でひざで、眼下の夫のから だのほうへにじりよりながら、言った。 「あなたも、欲しいの、よね。」 その股間には、 かつて喬が、 亜矢の行為に よって泣かされ、叫び泣いた、 巨大なゴムの黒い張り型がそそりたってい た。 喬はほかにも道具はもっているけれども、 これはいわば思い入れのある記念品である。 「こんなのがすきな、男だったなんてね。」 (・・・あなたはこれで、「彼女と繋がる」 のよ。) もちろん、行為の知識としては想はそのこ とを知っている。これは、精神を冒涜する快 楽の行為なのである。 * 「東京の近郊の半島は、すこし沖に出ただけ ですぐに、100メートル級の深海にすとん とおちてしまう。 これは房総も三浦も、その海底に不自然な 強いちからがくわわっているせいだ。 遠い将来、三浦三崎は巨大に隆起して、い ずれ第2の房総半島になる その頃では、おそらく東京湾は千メートル 級で隆起して、その「第2長野県」では、江 戸前の馬鹿貝の化石がたくさんでるんだろう。 さっき、これは築地から外貨が流出する冷 凍バンクーバーじゃないですよねって聞いて おこられたけれども、 この魚は、そういう意味での深海魚だ 暗いところの深海魚だから、こんなに眼が 集光装置として、カリフォルニアの天文台の ように、おおきいんだ。」 記憶のなかで、まだういういしかった喬は、 きれいに魚を食べる育ちのよい想に、その博 覧強記に対する感嘆をながめていた。 「魚を食べるのには学問が必要かもしれない それは解剖学と戦略学だ。 それは発生学と構造学をその根に持つ。」 さかなの身とは筋肉であり、それは脊椎動 物の基本骨格との力学的な相互作用と、 細胞分化のうえでの相互作用に対する理解 を必要とする。 脊椎動物の骨格の形成の引き金を引くのは かつて発生分化ディレクターだった予定脊索 の中胚葉の細胞らしい。 すなわちまず最初に背骨ができ、 そこから左右相称の中心面にそって種細胞 かあるいは分化の影響が背腹方向に平面的に 伸びて浸透していき、たとえば尾ではうちわ の骨のささらに似た骨格になる。 これは、博物館の恐竜の尾を見ればわかる だろう。 キャンプトサウルスのような鳥脚類の尾に もっとも顕著な左右にひらたい棘骨にとんだ 尾の基本構造ができる。 わかい想は、草食竜の香草焼きってたぶん うまいんだろうね、と茶化した。 体幹部では腹腔に内臓があるから、おそら く腹腔の上皮細胞の層をさけて種因子、たぶ ん造骨細胞が腹面に左右に「不本意」にわか れて「はらみ」の腹面に下降し、そこでは、 背面の棘骨が背骨の下部支持にまわったのに 対し、 腹面棘骨は形式結果上、内臓を守る一対の 肋骨となることになった。 脊椎動物では基本的に胸部だけでなく腹部 の内臓も肋骨で守られているのが基本で、 想は、箸で食卓の魚を指した。 この体制はディキノドン・モスコープスな どの哺乳類型の原始爬虫類までうけつがれて いた。 おなかまで覆う、よろいのような肋骨のた め、哺乳類型の爬虫類は、たぶんダイエット のための腹筋運動はできなかっただろう。 おそらく、肋骨は生理的には棘骨の一種な のでその分化のしくみも背側棘骨に一致する と考えていいだろう。 生物は遺伝子ルーチンを、再利用としてつ かいまわす。 さて、さかなには水中で遊泳するという要 請のために最初はながい膜でしかないひれが 分化した。そしてそのひれもできれば、なか にかたいすじがあったほうが都合がいい。 それでひれのなかに骨を作る方向への必要 が発生したわけだが、それをどうも体表にま で達した背腹各棘骨肋骨が、になったらしい。 例によって種細胞を伝達したのか、影響の スイッチを入れたのかが判然としないが それぞれひれの組織の中心に2次骨化がは じまることとなった。 2次骨化は、脊椎骨や棘骨肋骨の影響のな いところでははじまらないらしい。 背側棘骨によって骨化したのが背びれの骨。 肋骨によって骨化したのがむなびれと尻び れの骨。 肋骨はつねに一対だからその先祖がひれで ある僕らの腕と後肢もそれぞれ一対あること になった。 たまに淡水魚の変異体で体幹が極端に詰ま った種類がいるが、そのような種類は尾ぎり ぎりまで肋骨がせまってくるので、 尾びれの下葉だけあるいはその上葉まです べてがあたかも胸鰭のように一対のひれにな る。 単尾ではなく、重複尾のさかなだ。 三つ尾、四つ尾の金魚は発生学の理屈で言 うと、そういう種類の生き物だ。朱文金に、 三つ尾がいない理由さ。 ほとんどのひれが相対的に大きくなった肋 骨の影響を受けるわけだ。 さて食事という戦闘のためには、戦略が必 要だ。 お財布などは、ズボンやスカートをぬいだ 後よりも、それを着ていた状態のほうが支持 基盤がしっかりとしていてとりだしやすい。 さかなの肉の分離もおなじで、 想は背びれの周りについている、こまかい 筋肉を器用にわりばしで手前にこそぎだした。 これはわりばしでなければならない。 塗りばしではだめだ。 こういうTipsの蓄積は、重要なんだ。 回収した戦利品を湯気の立っているご飯の うえにのせると、 反対 さかなの身をひっくり返して、おなじ操作 をした。 このさかなは、肋骨がそうふとくないから このままたべてもいい。 もし気になるのならこの段階でとげぬきみ たいな、骨抜きかなんかでぬいたほうがいい だろうねと、うらがえした。 その腹側の肉に、レモンをしぼった。 かれはよけておいた苦いわたをやはりご飯 のうえにのせ、大根おろしをたっぷりと載せ て背をまるめかきこみ、口にほおばると、 さて仕上げだ。 想は綺麗にのこった背側の身に、しょうゆ をたらし、綺麗なすがたに背骨から分離され た身は、四角い皿の上からきえ、 飯じゃわんの熱いご飯の飢えを、ジャンプ し、青年の胃の奈落へと、きえた。 これをやるのはピカソみたいだって、家で はおこられたけど。 想は頭を骨からはなすと、背骨をくちに含 み、ばりばりばりとのみこんでしまった。 戦闘終了、それでは、 「ごちそうさまでした。」 背の高い、彼は合掌し、うすい背をまるめ た。 喬は、まるで動物園か水族館の不思議な生 き物をみるようにこの若者をなかばあっけに とられて、みつめていた。 (このひとを亜矢ちゃんに会わせてみたいな) 喬は、突然ばくぜんと、ふとそう想った。 じつは、その無意識の感情が、高校時代の 町に引っ越すことになった動機であることを、 じつは喬は知らなかった。 人間の意識というものは、じつは氷山のよ うなもので、その水面下に隠れている8割方、 膨大な量の体積は、非言語の無意識が占めて いるのである。 心理学者の言うことは、たぶんに文学的な 観念なのであまり参考にはならないかもしれ けれども、すくなくとも言語をもたない動物 が、しかしかなりに高度な結果判断をだして いることはその指摘に、 「説得力をもたせているのよ。」 と、再会した亜矢は、笑って指摘した。 ほおっておいたことを、恨みもせずに。 それどころか、 亜矢は喬に、秘密の日記をつけることを奨 めた。 「公開しない日記、というのは重要なの。 それは、何でも書き出すことができるとい う意味で、重要なの。 恨みや愚痴というものがひとびとのたいて いのフラストレーションなのだから、ロバの 耳よろしく、どんどん書き出すがいいわ。最 初の方は、死ねとか殺すとかいうことばがあ っても、かまわないわ。 でもね、日記というものがその本人にとっ て大事なものになっていけばいくほど、 乱暴なことばや、破壊的なビジョンを書き 込むことがいかにこわいことか、気がつくよ うになるわ。 でも、そのような存在になる日記というも のはやはりそのスタートは、罵詈雑言もまじ る、本音の文章でなければならない。 そのようなものは、もちろん、ひとにみせ るものではない。 付和雷同という意味での水羊羹のような安 寧とは、縁が切れてしまうかもしれないけれ ど、すくなくとも、祝福のめで、風景を眺め ることができる可能性を得るわ。 わたしたちは、じつはいかに多くのものを 無意識で考えているかということに、水が流 れるように文章を書くことができるようにな ると、ひとはそのことに気づくわ。 迷ったときに、文章を書き出すことができ れば、すでにじつは無意識がじぶんのなかで すでにこたえを出していることに、気がつき、 おどろくことも多い。 そしてこればいちばんだいじなのだけれど も、 まえむきであるかぎり、日記とは肯定的な 自己暗示になる。その意味で、左脳的という ことは、やるべき事を箇条書きにしてリテー ル化するという意味で、態度として楽観をよ ぶわ。 ・・・たぶん、 再会した亜矢は、かんがえこむように顎に 手を当てこうべをさげ、 ひとの死をかんたんに議論の話題にしては いけないのだけれども、自殺した多くの作家 は、よい日記をつけていなかったんでしょう ね」 そして、つづけた。 ・・・良い夫婦は、たがいがたがいの日記 のようなものであるから、幸福ならばそれは それで問題はないけれど、自殺したひとの伴 侶は、それをすくうことができなかったとい う意味で、残念ながら定義として日記は、夫 婦よりpriorityは前に位置する。 また、日記というものは、できるだけの真 実を記載するべきものであるから、たがいが たがいの日記であるよき夫婦というものには、 心中はあっても、離婚はありえない。 亜矢は、はずしたダイアモンドのピアスを、 さびしそうに、いじった。 なくなった伴侶をわすれられず、あとをお った数学者の妻や、批評家の夫がいることは、 みっともないかもしれないけれど、蓬莱の誇 りかもしれない。 残念ながら、愛をわらうことは、だれにも できない。 * 「・・・ええい、不器用だなあ、じゃあ俺が 食べさせてやる」 と閑散とした誰もいない保養所の食堂のす みで、喬は化粧ののったうすく光る若い頬を、 あんぐりとおおきくあけた。 たまに落ちて来る腐ったおおきな獲物を丸 呑みして一年を過ごすしかないおおあごの深 海魚のように、喬の美貌は台無しになったが、 喬の口の中で、バターの香りが溶けた白身 魚の身がほぐれ、箸に、ピンクの口紅がつい た。 若者が、めのまえでわらっていた。 * 「あのときはきみとしばらく、一緒の時間を すごせたらいいかな、と想ったんだ。 恋は、つねに無知と未成熟の特権だよね。」 「そして、これが現実よね」 わたしたちは、グロテスクな深海魚よ、と 喬は言った。 夫の肛門に黒い頭部をかるくもぐりこませ ながら、喬が細い両腕でやはりちいさなその 右肩に、夫のすねをかかえた喬は、 30代の笑顔で、うすく笑った。 「あなたが変態だったなんて。」 「それはこっちの、ああ、台詞だよ」 夫が、うめきながら笑った。 女性がよろこばなければ、そのうえにしい て、のりたいとおもわないんだ。 女性はみな、僕にとって友達のようにおも えてならない。 それはあなたが、本質的にはおんなだから なのよ。 でも、いろいろ知ってる、いろいろ見えて しまう。 たまにあなたの性別がわからなくなるわ。 喬は、いとおしそうにそうのひだりのすね の骨をなでながら、言った。 むかし、かみそりで夫の下肢の毛をすべて のぞいた処、あらわれたまっしろい少女の脚 に、いやらしい婦人になりつつある喬は興奮 して、必死にその脚にくちびるを寄せたこと がある。 しかし、そのような種類の興奮は慣れてし まうものなので、喬は夫の体にかみそりをあ てることにすぐに飽きてしまった。 ただ、想はつねに節制をしていた。 女装が似合うからだを、妻はよろこぶから だった。 妻いわく、女装も似あうやせた引き締まっ たからだが、ふつうにワイシャツを、帆掛け 舟の布として着こなしているのが好き。 夫婦そろって都会のマンションの部屋の鍵 を出勤のために朝の冷気のなかで、 そろったスーツ姿で閉める、喬にとっての 亜矢のいない風景では、 「敦盛のほろみたいね」 想がつとめていたころ、三枚におろしたお おきな青魚の、傷のある、なかおちのような 締まった体が、A体のワイシャツにくるまれ ていくのを、喬はためいきをつきながら見守 ったことがある。 「僕にとって旦那はきみだし、夫が喜ぶため に妻が努力するのは、当然のことだろ」 くろぎぬの織り糸のまじる、ネクタイを締 めながら、想はなんでもないことのように、 そう言った。 潤滑の油をさすと、倒錯はぐるりとまわる。 「初めてのベッドからまもなく、あなたがな ぜか、つねられるのが好きなのに気がついて から、」 知っていることをすべておしえるまで、時 間はかからなかったのよね。 あなたの男色の処女を、いただけて、とて も光栄だったわ。 実家の学生時代は、こういうことに興味が なかったの? うちの家風は、厳格でね、無意識に、 う・、 ・・・こういうことを考えることをきらう 傾向がすりこまれていたんだろうな。 僕を解放してくれたのは、きみだ。礼をい うよ。 ・・・礼だなんて。 女のように鳴くあなたは、とてもういうい しかったわ。 「想さん、好きよ。・・・愛してる。」 喬は夫の両のにのうでを、両手でつかみ、 また喬の夫も同じように喬の上腕をにぎって、 おたがいがおたがいの上体のちからと 重みにしがみつき、 たがいがたがいの腕のちからを おさえつけることによって、たがいが スイングするリズムに 波乗りのように ちからづよくのり、 ふたりとも下半身の夫の穴と、 双方の筋肉を緊張によって ひきしぼることにより、 人工の男根の根が、 喬の陰阜へともたらす圧迫と、 想の感じる、 女性ではない ちいさな骨盤への進入への快楽を、 最大限にひきだそうとしていた。 喬はできれば、 だきあって夫をだきしめて、 喬の両の乳房を想の、おとこのくせに 大きな乳輪がある胸板で 押しつぶしながら、 たがいの心臓の音を かつて亜矢としたように、 めまいのするシンクロにしたかったが、 そうすると夫にとって、 そのよろこびの堅いおおきさが はずれてしまうのである。 愛の義務とは、相手を気遣わなければなら ないことである。精神の事柄だけではなく。 「・・・最近は、だれと浮気しているの」 喬は、やや哀しそうな口調を、夫に、 連続して機械的に腰をくりだすことによっ て、いじわるく責めたることに、添えた。 うめきながら、想は、 「ことしはしてないよ。」 本当? 「うん、本当。きみに嘘ついて、どうする。」 僕が社内の後輩にしか手をつけていないこ とは知っているだろ、退社するにあたって、 あとくされができるのはやだからね。 信じられないわ。あの猿みたいだったあな たが。 「きみが信じないのは、君の勝手だ。」 むっとした喬は、腰をねじった。 うう、うーっ。 痩身の夫が、少女のように、鳴いた。 あおられた喬は、夫のひざを、 みずからの乳房の両脇にかかえ、 黒いふるびた、ゴム製品を、 おんなになった夫のうちがわへ、 これでもかというほどに、たたきこんだ。 耳から侵入する、夫の 男の声の女、そのものの和音は喬の、 いけない領域をくりかえし刺激し、 喬は自身の 陰阜のうちがわがまた熱をはらみ、 子宮がうずきだす のを、かんじた。 ・・・ふるきず 喬は、帝王切開の麻酔が覚めたときの記憶 を、おもいだした。 看護士が抱き上げた我が子を、にぶい痛み をこらえながら認めたさまざまな感情の、あ の混合を。 そしていま、快楽のさまざまな混合は、夫 をまきこみ、哀れな犠牲者である、夫の感情 と性感をもまきこみ、 喬はまた退廃の性愛の深みにおぼれていく、 じぶんを自覚せざるを得なかった。 ただ、傷の痛みという意味では夫の傷の方 が、精神に痛みが根をはる体験としてはより ふかいはずだ。小学生のときに半月のたうち まわったかれにとっては、エスエムの痛みな ど、たとえ虫ピンでもかわいらしいごっこに しか、過ぎないだろう。 * 喬が「レッスン」した想の快楽は、 夫のまた知的な好奇心に似て、その地平線 の限界を知らなかった。 喬は夫を、カサノバにしたのである。 夫は、女性を慈しみ、なぐさめながら、も とめずとも女性が服を脱ぐのを、内心困惑し つつ、 女性が性の山脈の数多くのピークを縦走す るのを、ガイドとして苦力のポーターとして、 そのさまざまな乳首を、なめあげてあげたの である。 たぶん、おおくのわかい女性が全裸で、性 の青空のした、秋風の性の満足の爽快感をか わいた風のしたのはだかの肌で感じたのであ ろう。 夫は、おおくのわかい女性を満ち足りた性 の満足という意味で、羽毛のまき乱れるシー ツのうえで乱れ泳ぎ、のけぞって飛翔する、 痩身の美しい、四肢の長い天使にした。 それは喬にとって、ひそかな誇りであり、 また心地のよい淡い寂漠であった。 想は、かつて自嘲気味に言った。僕は、会 社の備品で遊んでいると。 会社が武者小路の村として、選抜し、そろ えた、ひとをうらむことのとぼしい、淑女、 青年のこころで、あそんでいると。 しかし、それは喬のみるところ、やや平等 で、想と関係がある、快楽が嫌いではないわ かい女性が、給湯室でじゃんけんをしていた という話を喬は、親しい同僚から耳打ちをさ れたことがある。 平気なの?ときいたとき想は、こともなげ に、 「みなおなじようにけなげで、おなじように かわいいだろ、誰かひとりだけが、特別って わけにはいかないよ。」 もちろん、喬は知っていた。 失うことや満たされないことに慣れすぎる と、現状の認識として一対一の関係を信用し なくなるのだ。想の博愛は、複雑骨折の不完 全な治癒の結果である。 想と喬の関係では、それは喬が想を所有し ているという関係に近かった。こういう性格 では、再就職は想は、難しいかもしれない。 職場に忠誠を誓うという感覚が、理解でき ないだろう。 想があそんだ、後輩のなかには、あたまの よさそうな少年もいた。 喬はかつて、想がその後輩に、男は、歳よ りわかくみられちゃ、だめなんだぞと廊下で 説教をしているのを遠くから見たことがある。 どんなことするの、と喬は想にベッドでほ おずえをつきながらきいたところでは、「か れが、おんなだよ、もちろん」と想は、また こともなげに、返した。 ・・・僕とおなじさ、だから、僕はかれを ベッドのなかでは、女性として扱う。 彼は、じぶんが皮膚で理解されたことに、 まいかい、感極まってなみだをながしたけど ね。 さみしそうに、想は煙をはきながら、遠い めを、そのとき、した。 * 僕の性は受身だからね。 女性と寝るときは、それは僕にとっては快 楽ではない。義務として挿入しなければなら ないんだから。 男性がいるでしょう。 男はだめだよ。きみたちがいうように、 「おもちゃ」をおいかける馬鹿な子供ばかり だ。 未熟な輩にしてもらうなんて、精神の快楽 の意味では意味がないし、社内の上司なんて 幼稚な権力闘争に明け暮れるむかむかする人 物ばかりだ。 せめちゃだめよ。愛する妻子がいるからよ。 いいながら、喬は亜矢が「このくにでは結 局どこかの村社会に属さないと生きてはいけ ないのよ」といっていた台詞を想いだしてい た。 一時期、自分で決断しなければならないこ との多い一匹狼のような年上のバイヤーと、 続いたことがあったけどね。 桑原さん? ・・・よく、おぼえてるね。 ときどきうちにビールのみにきたことがあ ったでしょう。 ひとめであなたたちの関係はわかったわ。 そう、やまあいの、痩せ地で蚕を飼うしか なかった名前の、桑原さんだよ。 男色は、そういう扶桑な、家風としての血 統や生業でないと、緊張感のあるたたづまい のある美しさは継続しない。 組織に庇護されていてはだめなんだ。 男色は僕らのように、男女の共犯の関係じ ゃない。美しさや色気をおたがいに感じなく なったらおわりなんだ。 戦国のそれは、農兵じゃ無く傭兵だったか らなんだろう。 本貫がないものは、名を惜しむ。 というより、名しかすがるよすががない。 百姓やサラリーマンのように本貫が保証さ れていると、ゆるんで色気が無くなる。 日本の会社員はけしてビジネスマンではな いよ。 喬は一定のリズムを繰り出しながら、夫の 話に耳を傾けていた。 (・・・わたしたちは、共犯者だわ) 共犯、ね・・・ それは状況の要請であって、感情をともな う主体的な肯定ではない。 あこがれのうらがわには、たとえかなわな くともそれにたどりつこうとする努力の、A TPの気配があるが、 共犯の関係に、そのようなものはあるのか は、喬にはわからなかった。 「かれとののセックスはとてもよかった。 けれど、逢瀬の日時をあわせるのが僕が、 会社のなかで長じて、いそがしくなって、む ずかしくなって、」 すぐに手をのばせばとどく肉体は、きみが いたからね。性欲がほしくなれば、きみにさ さやけばよかったんだから・・・ わたしは代用品? ちがうよ。 受身の性が好きなことと、性の相手の性別 とは別の軸に属することだ。僕は、男にされ ることが好きなわけじゃない。からだをさわ られ、くみしかれることがすきなだけだ。 それをする女性が、それがいやじゃなけれ ば、相手の性別なんて、関係がない。 ただ、ふつう、女性は、じぶんが肉体とし て愛撫され愛されることを、のぞむものだろ。 男女問わず、初心な子には、あたえなけれ ばならない。 対等だったり、あまえられる女性には、ぼ くは、よろこんでつまさきを、なめるよ。 素朴な意味で、誠実なほもは、同時にマザ コンでもあるのかもしれない。気持ち悪いこ とには違いないが。 (やっぱり、わたしの夫は理系だわ。こっけ いなことに。) 喬は内心、苦く、笑った。 (わたしも、そうだけれどもね) きみで満足するうち、彼に連絡する回数が すくなくなっていくと、かれからも連絡は薄 くなっていった。 そういうもんだよ。 かわいがっていた鉢植えのとなりに、あた らしい鉢植えをおくと、その古参がすねてか れてしまうような現象が起こるけど、なんの ことはない、世話をするものが、旧い方の鉢 に無意識で手間をさかなくなるようなことさ。 喬は、内心、ぎくり、とした。 忙しかったんだろう、自然消滅。 かれも性欲はあるわけだから、いまごろ別 の恋人ができてるさ。 あるいは、面白みのない組織のサラリーマ ンであるぼくのほうが、かれから飽きられて いたところもあったのかもしれない。 「わたしとわかれようとは、おもわなかった の。」 彼は、不思議そうに、 どうしてそんなことを考えるんだい。 彼と対等に付き合おうとおもえば、僕は狼 になるしかない。甘く育った僕には、そんな ことは無理だ。 (・・・決め付けないでよ。 捨てればよかったのよ。 わたしなんか捨ててしまうような男でなき ゃ、魅力はないわ) そのことばは、うしなうことをおそれる喬 は、口にできなかった。 それに、 こういう行為を含め、いまの僕の人生の半 分を切り開いてくれたきみはすでにぼくの人 生の一部を占めている。 こういうことを告白するのは、きみにとっ てはなにかの破壊かもしれないけど、 形式的には、きみは僕の妻だけど、僕にと って、きみは親でもある。 母親のようなものさ。 きみが死んだら、ぼくはあとをおわない自 信がない。愛にともなう依存とは、いまいま しいものなんだろうか。 (・・・うれしい、な。) そう、たとえ嘘でも。 そう感情がわいてきて、自然とストローク が大ぶりになり、喬の夫は男の声で女の喘ぎ 声を、つづけるようになった。 ・・・わたしたちは、あるいみ、それぞれ の淡いよわさの、共犯者だ。 我執が発達をしないのは、おたがいの好奇 心の機能から来るしなやかな、つよい知性の うすごおりのようなプライドが、たがいの痩 身をたもっているからでもあった。 たぶん、かれはわたしがここにあることを 愛している。 いま、かれが彼自身の快楽としてここにあ るように。 ふたりがこうやって、存在をしていること を、まるで「かえる」のようなこの野蛮な行 為でのみ確認することを、共犯というのなら ば、 かれのなかは、 じぶんがよわくみにくいものとして生きて いく痛みこそが、罰でもある罪であり、その 意味で、 共犯、なのだろう。 いきるということには、罰がともなう。 自愛とは、よわさにたべものや、ぬくもり をあたえることであるから。 それは、慈愛ということをも意味するのか もしれない。慈愛というものはよわさにかし ずくものであるから、それは場合によっては ためにならないといういみで悪の原因にもな りうる。 もし、慈愛に冷酷な経済があるのであれば、 慈愛とはもはやたすからないものにこそ、そ そぐべきものであるのかもしれない。 そこには、場として、いまわのきわの感謝 が発露される場所になるかもしれないが、そ のようなもくろみが、冒涜でない保証はない すくなくとも、癲狂院や癩病棟は聖なる病 院に多いのかもしれない。すくなくとも喬は そう感じていた。 無責任という客観は科学をして自然に善悪 をみいだすことは無意味だとするが、 少なくとも動物は、生きることそのものが、 かみくだき、追いおとす世間という意味にお いて、 繊細なものにとっては、それがなりわいと いう意味でも、罰でもある罪を想像させ、感 じさせてしまう。 いたみは、疲労になる。 それをわすれるために、快楽を追い、快楽 をあじわうことから感じる罪からは、また罰 としての努力を内面のバランスとしてもとめ る。 医師や看護婦が淫乱だったとしても、それ を非難することはできない。 高速で回転する中性子星のように、その無 意識の論理の循環は、高密度でコンパクトに かたまっていき、できれば、直接罰のいたみ から、直接快楽を感じられるようになること を、のぞむものかもしれない。 マゾヒズムとは、努力家の性だ。 想の乳首も、おんなの喬とおなじように、 性の高原をすべっているときは、くろく、か たく、石のように固まる。 ・・・おとこの、くせに。 そうか、 論理が腑に落ちた。 わたしは、かれの妻なのだわ かれにとって、男色とは、 かれより目上の標高の先輩においつくあこ がれにむかう努力であり、 かれにとって、少女へのいつくしみとは、 生きる痛みにたいしての、しかし潜在的には 尊大な分配である。 もぎとり、てわたすものは、愛と、よばれ るそれなのだろうか。 共犯、とは対等でもあるということだ。 うれしい、やっぱり。 喬は夫の、左のももをかかえなおした。 愛情を込めて、力強く。 * あなたは、不特定多数には興味はないんだ ったわよね。 盛り場の話かい ああいうところにいるのは男女問わず、の らいぬばかりだ。性の半分が精神のセックス である以上、自分を大切にする気持ちをはか る尺度として、ディプロマはある程度の目安 にはなる。 残念ながらよい生徒があつまる学校に、教 師がはなれたがらない気持ちが、男色をやる とよくわかるとおもうな。 きらきらした生徒や色気のある男性など、 良い女性よりさらに少ない。 いっぱんで門戸開放するより、試験や紹介 で知り合うしかないのさ。 やけになったきもちでどぶの空間のとびら をたたきつづけるよりも、よい仕事でしりあ ったひとのなかから淫乱をさがすほうがよっ ぽど手間が早い。 その意味では、不毛と失望という意味でそ ういう種類の盛り場と職安は同じ種類のもの だ。 よい性とよい仕事には、名前というものが 必要悪だとおもうよ。 売名にコストは必要ない。 * 喬、人間ほど哺乳類のなかで性差の少ない 種類はないんだよ。 喬の夫は、下から妻をみあげ、整った顔で あえぎながら言った。 人類学によると、雄と雌で骨格の性差がち がいすぎて別種だと想われていたのが、同種 ではないかと再検証されたはなしがある 人類は、性差の少ないからだの戦略を選ぶ ことで、男のなかにも女、女のなかにも男を 振り分けたのかもしれない。 なにいってんの、ゴリラにだってほも行為 はあるわよ、あんまりうんちくいうんじゃな いわよ、この「めぶすた」。 36歳の笑顔で、ゆすりながら夫をののし ったつもりの喬は、きめのことばをいいまち がえた。 「夫」はくすくすわらいながら、妻に横臥位 でゆさぶられつづけている。 「めぶすた」は、ア、ラビア語、だよ。 た、しかな、に座だっ、たかのほ、しの名、 前だ、よ。 くそーっ、はずかしい。 「かくなるうえは。」 喬は諧謔で大胆になり、ベッドがきしむほ ど夫をはげしくゆすりこんだ。 そう、もっと、もっと、きみをくれ、喬、 喬、きもちいいよ。ああ。 ゆすりこむと、夫の屹立は、かたく、たく ましくなる。 喬は夫のひだりのひざをつかみ、夫のから だをころがすと、なえきったかれの男根をせ せら笑うように、かれの足首のすねをつかみ、 体重をかけて、夫のからだをおりまげた。 夫婦生活のかなり初期、 かつて自身が言ったことばを喬はおもいだ していた。 「あなたはこういうのがすきだろうけれど、 演じるわたしの身にもなってよね。これが わたしの性格の地にすりこまれたら、あなた、 責任とってくれるの」 ・・・陰茎の先端ににじんで、ふりまわさ れた夫の白濁が、乳房から喬のはなすじにか かったのは、油断していた意識としては、突 然だった。 喬は、ほほをつたう精液を、みぎてですく いとってなめると、 両の乳房を、夫の 精液でもみくだし、ほほえみ ながら、両手のゆびでみずからの乳輪をつよ く、つまんだ。 喬は人工の男根を抜き、みずからの気持ち をじぶんの胸をなぶりながらたかめつつ、 ひらたい胸が、 アルゴンとネオンのひかりの混ざった むらさきいろのしたで、 その男性の 乳首のアクセントをともなって上下する しずかなあえぎが収まっていく夫にむかって、 言った。 ねちゃだめよ 「こんどはあなたがわたしのお尻を犯す番よ。 生身の棒は、これとちがってものたりないけ どがまんしてあげる 一度出したんだから、もつでしょう。 せいぜい、ご奉仕しなさい」 ののしるふりをしながら、喬は夫との行為 と愛撫の、期待に胸を高鳴らせていた。 男性のからだには、その痩身のどこにそん な力が潜んでいるのだろうと驚くときがある。 転居の際、30キロ近い箱をかるがるとも つ想に驚いた喬に、 「実力はむしろ売名をきらうものさ」 とその夫がうそぶいたのにも、喬は嫌味を まったく感じなかった。 渾身の男性の力でみずからのからだがベッ ドにおさえつけられる、その、あらがいがた い重みは、亜矢との関係にはない新鮮な満足 だった。 * 小一時間ほど喬の夫は、 喬の言う痩せた美しいからだに 余韻としての女性の快楽が、 静かな波として満ちて たゆたっているのを やわらかいベッドのなかで うすめをあけ、 妻がときどき 自分の乳輪をくちに含み、 腹や胸をいとおしそうに、 手でさするのと ともに味わっていたが。 やがて、 ゆるゆると身をおこすと想はひざ立ちにな った。 喬は、夫の背後にまわり、自身はホテルの ベッドにとんびすわりになって、 右手でやわらかい夫をつかみ、ゆっくりと 揉みこみはじめた。 左手は、夫の左あしのうちももをやさしく、 かるい感触で広範囲になでまわす。 想さん、 ん? きもちいいい? ん。 夫は、静かにかるくくびをのけぞり、まぶ たを閉じている。 サービスよ 喬は、まだ潤滑でゆるんでいる夫の肛門に ひとさしゆびとなかゆびをいれ、指をまげ て夫の腸壁のむこう側にかるい力をこめた 夫の腰が、ぴくりとふるえ、次第に喬の右 手の手のひらのなかある夫の芯に、ようやく かたいおもみが満ちはじめた。 ・・・あなたって、めんどうね 右手のなかがかたい野菜のかたさにまで充 実してくると、 喬は夫から指を抜き、 ややたちあがって、 潤滑でぬれたままのひだりてで、 夫の胸を背後から、 やさしくおおきく、なでまわした。 ・・・しかたないだろ きみがどんなにきれいでも、僕はきみじゃ 立たないんだから。 背後の妻に、想はつぶやいた。 ころよし、と判断した喬は、夫から両手を はなし、 かるい中腰のひざずわりのまま、 潤滑のチューブを取り、 てばやくじぶんの後ろを ひだりの手で かるく力をこめてほぐすと、 想さん、いいわよ。 夫の前に這い、腰をたかくかかげた。 想さん、このからだをじぶんだと想って、 ふかく愛してあげて。 おねがい、うんとひどくして。 できるなら、髪の毛をうんと、つよくつか んで、 ひきずって。殴りつけて。おねがい。 わたしはあなたの暴力に、この身をさらし たいの。 あなたがされているとおもえば、できるで しょう。 ・・・想は、うなずくと、腰をすすめた。 ---------------------------------------- 13 ふたりの現在 2回目に亜矢の部屋を公団におとずれた喬 は、とびらをあけて部屋に入ると、亜矢のす がたを、みとめた。 亜矢はビキニのショーツだけのはだかで、 こちらに背を向けていた。 また、はだかで。 短髪のうえに白いおおきなヘッドホンをし ているので、亜矢はこちらに気がついていな い。 亜矢は、電子ピアノをひいていた。 亜矢のはだかの背筋が、 おそらくおそらく演奏している旋律に共振 して、わずかに左右に揺れている。 肩と腕が上下し、亜矢は、全身で曲を弾い ていた。 亜矢、 喬は亜矢の右側にまわりこむと、床におい てある赤いちいさな一輪の薔薇がさしてある ちいさな黒い花瓶をけたおさないように、注 意しながら、 声をかけた。 亜矢は、すこし眼をみひらいて、おどろき、 ヘッドホンを、はずした。 びっくりした 熱中していたから? 「うん、泥棒かと想った」 鍵を、かけているからだいじょうぶよね 喬は、先日亜矢にもらった合鍵を赤い江戸 紐で結んだ輪を、 右手の人差し指でくるくるさせて、言った。 ・・・強盗だったら、どうしていた? どうもしていないよ、べつにたぶん。 亜矢は、白いヘッドホンを鍵盤のうえにお きながら、うつむき、言った べつに、この公団も薄情なひとばかりでは ないだろうから、悲鳴をあげればたすけには きてくれるとはおもうけどたぶん、まにあわ ないだろうし、 犯人を逆上させるだけだろうしね。 ・・・まったく、また乳ほうりだして 喬は、右手の指で、亜矢の左胸の乳房の外 側をつついた。 わかくないとはいえ、 亜矢はじゅうぶん魅力的なんだから、おん なひでりの強盗だったたら、まず間違いなく 犯されるわよ で、みずしらずの液を注ぎ込まれた後、わ れにかえった男にくびをしめられかねないわ ね ・・・そんときは、そんときでいいよ 若くなくて、わるかったわね とややすねた調子で続けた。 そんなことがこわくて、わたしは自由に生 きているわけじゃない みるべきものは見たし、知るべきものは知 った。 わたしがいま生きているのは、ただ純粋に 義務感からなのよ もし、それこそ運命がここで終わりにしな さいといったらわたしはよろこんでそれにし たがうわ。 どうしたってかならず腐っていく世の中に 無理に生きていく理由などないじゃない。 亜矢 喬の声色が変わって、真っ赤なマニキュア がぬられた人差し指が亜矢のひたいの真ん中 に押された。 亜矢はその喬の右手を眼を寄せてみあげる ように、みた。 あんずちゃんはどうするの。あなた、 親でしょ ・・・ 亜矢が、沈黙した。 彼女にとって、この話題は一生ついてまわ るのだろう。 ・・・わるかったわ。 亜矢は、ちいさな両手で、顔をこすった。 手をはなすと、いつもの亜矢の快活な笑顔 が、そこにあった。 喬も、はげますような笑顔で返した。 これ、ピアノだったんだ。 喬が、話題を変えた。 先日見たときは、このうえにはスモークブ ラウンのアクリルの天板がのり、たしかに足 元の花瓶がその上に乗っていた。 ただ、そのときは薔薇ではなく、野萩の花 ではあったが。 * 後日、亜矢は言った。 薔薇はケニアを不安定な高賃金で現地の社 会に、腐敗防止の強い農薬で現地の自然によ くなく、 野萩をめでる気持ちはあずまやの生活苦に 金だみをぬりつけるいやらしさが、実際の武 者小路のねがいを不可能にしている。 畢竟みやび、とは実際の寒村の管理された レプリカにしかすぎず、それは人工の遊園地 として、その維持にはまた結局高額の年貢が いるのよ。最小消費の仮説に反するわね。 女性が好むものは、たいていショーウィン ドウのむこうになにがしかのからくりがある とうすく知っておいたほうがいいわ。でも、 そう考えると美しいものを素直にうつくしい ということがむずかしくなるわ。 まあ、これがドメスティックな家禽風土と 野生のインディペンデンスの違いでしょうね。 その意味では、朝顔をむしった利休は現実 をよく知っていたという意味で、その感覚は 理系的で科学的だわ。美の背後にはかならず、 なにがしかの犠牲がある それはたぶん、信長が論理的な人生を生き たことと通じるんでしょう。 もし美学やファッションが、両性の共有物 であるのなら、そのような意味で美にはもっ とひろがりのある男性的な世界観が持ち込ま れるべきかもしれない。 ただもちろん、一次性徴という意味での男 性という意味ではないわ。男の色気がないも のはダンディズムをかたれないのよ。 悪い意味での農奴や下級工員やサラリーマ ンは労働にあたって主観的な価値観がない。 つまりかれらは主体的に美を考えることが できない。 金融親父の日曜の格好なんて醜悪の極致よ。 そのセンスで経済の重要事項が決定されてい るとすれば、それは破綻しないほうが不思議 なくらいだわ。なまなリアルからはなれると、 知恵も感覚も麻痺するのね。 たしかにかれらにパッケージとしての文化 を提供するのはビジネスとしてはかならずし も禁止はされてはいないけれども、街が腐る という意味では、迷惑だわ。 ダンディズムにはXLサイズはないのよ。 * うん ピアノだったんだ、という喬の問いかけに、 亜矢はかるく返事をした。 でもね、これは楽器のように見えるけど、 コンピュータよ どういう意味? 中身が集積回路だってこと 鍵盤は単純にスイッチに過ぎない。 本物の楽器のように、たたきかたいかんに よって音色に表情がつくこともないわ。 もちろん非常に高価なものなら、そのよう なエフェクト・ルーチンがついているけどね。 ここをみてよ 亜矢がさしたところには、メーカーのエン ブレムがデザインされていたが、それは事務 用電卓メーカーの社名だった。 そんなものよ 亜矢がわらった。 このような話題の展開でも、亜矢はまった く自虐的にふるまうことがなかった。 それは彼女が、まえむきに生きていくこと の実績が暫定的な自信につながっているから でもあった。 亜矢は、小さいこと安っぽいことをなげく ことはまったくなかった。 ただ、不確かなものをもっともきらった。 亜矢が、恋愛よりもまず性をえらぶような 性格になったのは、たぶんそんなところと関 係しているのかもしれない。 亜矢は、事務機やコンピュータにまったく 抵抗感がなかった。 亜矢は、芸術家といわれたら逆に全身全霊 で嫌悪をあらわすだろう。 わたしは、わがままな乳児じゃない、と。 ピアノってね、 亜矢が白いヘッドホンを喬の黒髪に装着さ せると、 話題を切り出した。 こういうものよ 亜矢が、そのほそい両腕を、キリギリスと 蝶々の乱舞のように鍵盤のうえでおどらせる と、喬の耳に、本格的な名曲が幕をあけた。 わ、わ、なに?すごい 亜矢は笑って、上半身を前かがみにして鍵 盤にその両腕をつっこんでいた。 まるいかたがさらにまるくつきだされ、か たちの良い乳房が、曲を吸収しながら上下に そよいでいた。 「ターコイズ・マーチ」よ ゆれる胸のうえで、亜矢はすこし得意げに わらった。 すこしアレンジはいっているけどね。 亜矢は、最後の音のキーをぱかん、と右腕 でたたくと曲を終えて、ほそい腕でうでぐみ をした。 この姿勢をとると、喬ならその腕に乳房が 載ってしまうが、 亜矢はそうではなかった。 亜矢のからだは機動性がよく設計されてい る。 ふくよかでないことを肯定するメンタルも あるのだ。 Wolfさんは、とうじはいろものだったのよ ピアノだってそう。 当時は、こんな音階をデジタイズ分断した 楽器なんて、楽器じゃないとおもわれていた わ。 いまでも、ワードプロセッサでかいた年賀 状をきらうひとがいるでしょう。 あの感覚にちかいわね。 まあそれは厳密には程度論にすぎないわ。 笛だって弦だって、結局はアドレスエント リとして指の操作のキーをつかうしかないで しょ。 でも、あつかわれ方で、その人物風景とし てのそれはかわるわ。 当時、ハープシコードやピアノにはどちら かといえば外道や前衛のひとがいそしむ傾向 があった。 Wolfさんはいわば、有名どころでは最右翼 よ。 そして わたしは、どちらかといえばかれが嫌い。 亜矢はピアノのふたを閉め、アクリルの板 を渡すと、花瓶をおいた。 かれは、餓鬼よ 大人になりきれなかったから、あの歳で人 生を終えるしかなかった。時代の医療の段階 はともかく、最後に人を生かすのは気力だか ら。 ユーロッパのルネッサンスはイスラムとの 貿易からおこったから、芸術に東方趣味が珍 重されることは当然でしかたのない現象なの だけれども。 それにしてもあがりすぎる需要は逆に無批 判にもとめる下地をつくったわ。 たぶん、チューリップ投機もそのながれで でしょうね。 この伝統を引きずっているから、すくなく ともユーロッパの芸術賞や文学賞の半分には、 まったく価値はない。 どんな不味い料理も、東方趣味をほんのち ょっぴりくわえれば賞をそうなめにするのよ。 胡乱な山椒は、連中にとってまたたびとし てきくわ。 文化とは多民族のなかで悩んではじめては なひらくものよ。 ユーロッパなんて、歴史の中では一瞬の功 利支配の輸出産業でしか世界をしらない。 その意味ではイスラムや中国とくらべてと 言う意味では、欧州には文化なんてものはな い。 こざかしい、土地よね。 トルコ風マーチ、というのは当時の流行で、 にたような曲はとうじはたくさんあったわ。 でもそれが本当はなにを意味しているかそ のそこまで知っている人がどれだけいたかは、 人の世の愚かな常としてあるていど想像でき る。 トルコのマーチは行進曲じゃない。 剣舞曲よ。 おそれしらずの最前線が、細身の蛮刀をふ りまわしながら、このお神楽にのって、つつ みこむように戦陣を展開するのよ。 ボスポラス海峡の悲劇のように、1小節あ たり10個の生首が飛ぶと想像すればいいわ ね。 そういうことを、実感として知っていれば、 こんな軽薄な旋律などかけるはずがない。 かれはサロン文化のあわれな犠牲者よ 断頭台におくられた「アマリリス」の曲の ようにね。 「わたしが軽薄な電子ピアノを弾くのは」 亜矢は、ヘッドホンを振り回した。 単に、夜中にも演奏できるからよ。 自分の立ち位置を反芻しない天才は、結局 道具として生きるしかない。 あの人の曲が結局は通過点としての練習曲 にしか過ぎなく、老人を感動させることがで きないのは、そこかもしれないわね。 * 昨日、日中に電話したんだけど亜矢、あな たかえってくるのおそかったでしょ。 留守禄を聞いてから電話がきたのが今日の 朝、亜矢、セルラ・ホン持たないの。 ・・・わたしは、スクープには興味がない からね。 * 広帯域は暴力よ。 ハンディ端末を持ち歩かせるキャンペーン を張るのは、恣意が人々からいろいろな財産 を巻き上げるためよ。 ラストワンマイルは、人々にとって最後の 下着の矜持よ。 それを言葉巧みに引き剥がそうというのは 結局行為としては強姦とおなじ。 自分のために公開しない日記をつける習慣 を持たないものは、端末をくびからさげられ ていらい日常が不毛になっていることをもや もやとした気分とは感じながらも、それをう まく論理と言語で認識することができないわ。 記号としていのちをやすいIDとしてぬす まれ、興味もない安い崩壊寸前の仕事をねじ 込まれるためだけに割高な通信料を払うの? 本来興味もないはずのどうでもいい出来事 に、じぶんが自信がないゆえに孤立を恐れる がゆえ、コンテンポラリーのがんくびをそろ えて群がるけれども、袋叩きをおそれて、言 いたいこともいえやしない。 好奇心の意味でも、考えることが好きなも のは、まずその代償として孤独であることの 覚悟をはらうべきだわ。 それが、インディペンデンスの出発点よ その意味では、孤独と苦痛というものは 準備努力の必要悪としての意味で、おなじ 物かもしれない。 訓練というものは目的が別にあって、それ そのものが目的ではない。 なれあった広帯域に、生き残りのための野 生はないわ。 公私ともども問題やまづみのこの時代に、 金を払って牙を抜かれてどうするのよ。 残念ながら個性など大局的には雑音にしか 過ぎない。 必要な情報と物流の内容とその量は、人間 が人間である限り、そう変わるものではない。 過剰な広帯域は必要ないわ。 精緻さがませばますだけそこには微細な差 異が強調される逆効果を感知するように人間 の生理の構造は苦い進化の産物として設計を されている。 平均値の3倍の速度ではしれる選手はいな い。そのこと自体にたいした意味はないのに、 2倍の選手を大騒ぎして生中継をするのはそ の背後に、うり逃げの証券体質でもある興行 師の精神が存在しているからでしょうね。 興行師は、商売第一、深入りをおそれるか らけっしてじぶんでコードは書かないし、ト レーニングもしない。 商売の基本は、職人になることではなく、 職人を雇うことよ。 そのためにつねに商売とは、うすく人事と 金融を意味をするわ。 収益業種の、種類は問題にはならない。 いい意味でも、わるい意味でも。 それは生き方という種類のものでそれを非 難することはできないけれど、少なくともそ の態度では、広義の生命の一種でもある機械 がどのような自然の法則にしたがって動いて いるかを理解することは永遠にない。 そのような浅薄なビジョンの住人は、少な くともエンスーシアリズムの意味でも機械を 愛しているともいえないでしょうね。 自分にうそをついているのよ。 電算機の娘でもある私がこれを言うことは、 ひどく哀しいことだけれども、コンピュータ と銅の針金と電波は、ギャンブルとして扱わ れて久しいわ。 仕掛けるものが存在し、買ったものが平均 するとみな平等に損をしている。 胴元は、もうかっているのかしらね。 消耗戦のような話も聞くけど。 * このとうもろこし、どうしたの。 お隣がね、家庭菜園やっているんだ とれすぎたからおすそわけだって あとで実家にももっていくつもりだったん だけど、喬、いるならもっていかない いや、いいわ あんずちゃんにあげてあげて 「皮がそのまま。」 喬はフローリングのうえにつまれた、 濃い緑の皮と白いみどりのかわと、 そしてしょうが色の少年の金髪をながめた。 少年の金髪からは、あおくさい匂いがした。 書き物が終って、暇つぶしに10本分の皮 むいて それで汗かいたんで水浴びして あがってきたらピアノ弾きたくなったんで、 それで、トップレスのまま鍵盤にむかった と。 わたしにとって電子ピアノはラジオ体操よ。 かならずしも曲を愛しているわけではない わ。 あ、ちょっとまって 深い緑の皮をまとめようとした喬にむかっ て亜矢は言った。 皮は捨てないでね 新聞紙にくるんで、窓側に・・・ ええ、今やっちゃうか 亜矢は、刃のはじのまるいおおきな安全ば さみをもってくると、とうきびの皮を器用に 破砕をはじめた。 なにするの 植木の肥料にするんだよ。 化成肥料なら安いじゃない 堆肥の方が、きくんだよ 野菜は、農家が肥料をやるからこの皮のな かにも窒素分がおおくのこっている。 また、3要素のなかのカリウムはこのよう に植物生体にふくまれているかたちがいちば ん吸収がいいんだ。 岩石学にも関連するけど、陽イオンの物理 で、カリウムイオンは、アルカリのなかでも 共有結合性が高いから石英や有機物と結びつ きやすい。 物性がややカルシウムにているんだ 逆にナトリウム塩の造岩鉱物がほとんどな い理屈だよ。ナトリウムは、地球の雨にあら いながされて、かなりの部分がいまでは海水 中にある。 水のない月の石が逆に塩辛い、という話を どこかで読んだような気がするけど。 土壌に吸着されたカリウムはなかなか遊離 しない反面、植物組織の有機物に吸引された カリウムは、それがゆるやかに腐っていく過 程でイオンとして少しずつ確実に遊離され、 作物に吸収される。 「大騒ぎされすぎた137とおなじ物性。」 逆にいえば、カリウムイオンで、リチウム イオン電池の原理物性はできない。 リチウムはナトリウムよりさらに尻軽だか らああいう不思議な物性も可能なんだ。 さらに逆に、リチウムが高濃度で生物体内 にあると、イオン交換をおかしくして毒性を 示すんだって。 細胞間対話がはげしい発生初期では催奇形 性があるというはなしだよ。 春日通では、発生学はやるの? 亜矢はしたをむきながら饒舌をくりだして いた。 喬の視点では、器用におどるまるばばさみ は、亜矢の可憐な乳房のしたで、緑の皮を刻 んでいた。 よし 亜矢は、野菜の皮を新聞紙一枚にくるむと、 ベランダにいきに喬からはみえない位置にあ るところでそのくずをすてた。 (あのかっこで、べらんだにでて) 喬は内心、あきれた。 コンポスト? やたらに、よこもじをつかうんじゃないよ、 喬。 亜矢が笑って言った。 外来片かな語をありがたがるのは、古来宗 教や仏様をつかい捨ててきた日本人の悪い癖 だよ。 ま、そうだけど。 あそこにあるのは、穴をあけたなまごみの ばけつさ 虫が湧くわよ わかないよ、はじめはわくとおもったけど ね。 適量の土を入れてあると、自然発酵が急速 にすすんでなかはものすごく熱で熱くなる。 はえのたまごなどはすぐ死んでしまうみた いだ。 さて、 亜矢は新聞をたたみながら、言った。 赤いショーツの尻が喬の眼のまえでおどっ ていた。 喬が来てくれて、そして日はまだ高い わたしも特に用はない ひさしぶりなんで性欲もすこし溜まってい るから、 たぶん新鮮に感じられるから、 今日はセックス日和にしていい、ってこと かな? 亜矢が笑って腕を組んだ。 ・・・それはかまわないけど じゃあきまり。 愛し合おう。 んー、それでは 亜矢が考え込んで言った 仕切ってわるいけど、最初は喬がわたしを えぐってくれる? あなた、性にはてたあとは、しばらくから だにちからがはいらないものね。 わたしもひさしぶりに、女としての感覚を あじわいたいわ。 シャワーあびているうちに、準備するから。 ・・・おそらく亜矢にとっては性もラジオ 体操のような生理にすぎないんだな。 「ムードもへったくれもないんだから」 喬は、せまいバスルームのまえで、服をぬ ぎはじめた。 * 亜矢、あがったわよ あー、もしショーツはくなら、 そこに、袋入りの新品あるでしょー それつかってー リビングからやまびこがかえってきた。 (なげやりねえ) ポリの袋の糊をあけ、じぶんの会陰を新品 の化繊のショーツにとおすと、 髪をタオルでふきながら、喬は亜矢ほ部屋 のフローリングをあしのひらであるいていっ た。 亜矢は、赤いショーツのままで胡座をかき、 なにかを一心に集中していた。 机の上には、まがしい道具などが準備され ていたが、 ・・・もろこし ああ、あがったんだ 眼をあげた亜矢がかるくわらって、じゃあ 終わりにしよう。 亜矢は、さきほどのもろこしのなまの身を その芯からはがしていた。 時間がもったいなかったからさ ムードなくてごめんね。 なにするの、これ ゆでてからほぐすより、なまのままのほう が芯からとれやすいから。 料理につかうんだ、これ。 そんなかっこで。 喬は、亜矢の赤いビキニショーツをゆびさ した。 まえから、おもっていたけど、亜矢 ん あなた、かなりの部分、性格がおやじね わるい? うん、わるい そんなきれいなからだで。 ん 亜矢は、ほめられてすこしリズムがくるっ た。 「親父というより青年といって欲しいな」 照れている。 喬は、いまめずらしいものを見ているんだ、 とおもった。 状況に不満があればと、亜矢は言った。 神経質に繊細さを不平としてのフリルとし てならべたてるよりも、まえにむかったほう が、 また周囲要素の集合としての視界が、がら りとかわるからだよ わたしは、自身の体重に見合う脚力を持っ ている。 小さい赤いショーツの腰の重みを両腿の脚 のうえにのせ、亜矢は立ち上がって言った。 (そのひろい意味の脚力は、) おおくのあなたにあこがれる、女の子の、 また、あこがれなのよ。 喬はこころのなかでつぶやいた。 あとで、馳走してやるよ 台所の冷蔵庫にうつわにいれた種子として の果実を、入れながら亜矢は言った。 台所にいるのなら ん? 甘味ある? はちみつとか。 ああ、紅茶にいれて黒くするのにつかった 残りがあるよ。 えーと もどってきて喬にはちみつのビニールポリ エチレンの容器をてわたし、 なにするの、こんなもの こうするのよ 喬ははちみつのふたを無造作にあけると、 それを右手でおしだし、なかの蜜を左の手の ひらで受け、 覚悟しなさい 右手で亜矢の左肩をおさえると、大胆にた っぶりと、右の乳房のあたまにぬりつけた。 あ おどろいた亜矢にすきをあたえず、 喬は その乳房にくらいつき、つよく吸った そのあいだにぬめる手は、亜矢のひだりの 乳首を、つまんでいた。 「あまいわ」 あなたの、くろい乳首は。 すこしくちをはなし言葉をつぶやき、 おどろいている亜矢にほほえみかえすと、 わたしだって、もうおばさんなのよ。 むかしよりずっといやらしくなっているわ ん、もう、ムードのないあなたと、あのま まセックスなんかできるわけないじゃないの。 喬はふたたび亜矢の乳輪をくちにふくむと、 吸い、その乳首のつぶを、舌でころがし、歯 をたて、またつよく吸った。 あ・・・ 亜矢が、あごをあげた。 そのちからが、 からだからしだいにぬけていく。 喬の手が、亜矢の赤いショーツの前のなか に消え、亜矢の谷を割ってそのなかを探り始 めた。 おのぞみどうり、犯してあげるわ。 しばらく、男性のような力にはごぶさただ ったんでしょう。 こんどは、左の手が亜矢の背筋から赤いシ ョーツのなかへと消え、 尻の臀裂のなかにある、亜矢の硬いつぼみ をなかゆびで、なぞり、さすることで、 亜矢の気持ちを、さそった。 ・・・ 亜矢は、眼をつむって気持ちを耐えていた。 もものうちがわに、期待が、 しずかにはりつめていくのがわかる。 亜矢。 ・・・なに 潤滑と道具はどこよ。 (命じられた・・・) * (・・・うれしい) あの、気の弱かった喬は「しばらくの時間」 のあと、「すこし」かわっていたのだ。 ・・・それを、生長、とうけとって いいんだよね・・・。 ということは、たぶんこれからの「逢瀬」、 性はまた、たぶん冒険として、くるしみを楽 しむことができる・・・。 達成感は、前提としての理由付けとして苦 しみを必要とし、なければみずから理由をこ じつけて、 じぶんのやわはだに、するどいピンを刺す のだ。 ( みんなが知りたがらないから無理に告げな いけど、 わたしのなかにも女性がいて、ひとなみに 劣情に飢えている。 まえにすすむということが、じぶんの痛み を踏みにじる行為であることを、記号になれ た皆は知ろうとはしない。 世界とは構造だ。しなる肉と粘液の。 気がつかれもとめられるのが、気がついて しまうわたしの外部にむかう彗なだけで。 組み敷いてくれる力強さに焦がれるのは、 わたしだって。 ) 亜矢は、結果、格好つけることにすがって 生きているので、友達を作らなかった。 正確にいえば、それはポーズではなく美学 で選んだ実務が、しばしば見かけの3倍から 10倍の労力を要求するので友達を作るひま が避けないのである。 本物であろうと欲することは憧れからみれ ば結果にしかすぎないが、それはしばしばコ ストがかさむもののようであった。 しかし、 ゆたかでバイトが可能な時代は、カートリ ッジを買えば当座はことたりるが、また同様 なメンタルであるストーキングも死の間際に、 かならず後悔するものものだ。 そのような人々は、じぶんの人生を生きて いない。 ひざまくらで甘えることをのぞむ、そのこ とばは、あこがれに対する、反逆なので、そ れを強いてひとまえでくちにだしたことは、 亜矢はない。 ただ、そんな金糸のような少女独特のカラ メル細工というあこがれは、自分が登攀し、 ふみしめてきた動的な力学の支点としての 「過去の」あこがれとは、亜矢はみとめては いなかった。 みとめていないのなら、ふみつぶしてしま えばいいのに。 機械とも対話する亜矢のなかの人工論理は そう亜矢にたずねたが、亜矢は、 そういうあこがれをいだいたことも、むか しあったからね。 とモノローグのなかのダイアローグとして こたえた。 外見にあこがれてそれをなした努力の行程 はじつは泥臭くみっともないものであるのに それをてに入れたと人がいうそのすがたが、 そのようにりりしく繊細な外見を変わらずに もっているとされるのが、 亜矢には不思議でならなかった。 物理学の不思議だよ、と亜矢は 自分に対して、言った。 相対論か、不確定性原理か。 * 喬、 なに、亜矢 亜矢は、ひとみをひらき、挑発的な表情に なった。 お手並み拝見、と行くわ がんばってね、わたしのいとしい、馬鹿な 喬ちゃん。 ・・・うんと、ひどくして もしながい年月が喬のなかにもある程度洗 練されたマナーとしてのサディズムをそだて ているのならば、今日は、わたしははじめて 喬にあまえることができる。 亜矢は、ふたたび眼をとじ、背と腕をそら せるように伸ばすと、喬がふたたび、両のと がった亜矢の胸に、 蜜をぬりたくるのにみずからのからだをゆ だねるにまかせた。 喬が、亜矢をかたいフローリングによこた え、そのひきしまったへそにまで蜜をぬると、 無造作に赤いショーツを亜矢のももまで下 げ、そのからだからひきはいだ。 亜矢は、自身のからだの前面のすべてが、喬 のくちびると、両手の餌食となっていくのを 感じていた。 喬は、わずかでも甘味の残るところを執拗 に吸い上げてくるので、 亜矢は吸われる感覚が、その敏感な肌から 途切れることが、なかった。 (・・・) いい。 * (純粋さと云う怠惰と、純粋さの節約:亜矢) 「それをおもうと」と、亜矢は言った。 「すべての人が哀しいバイコヌールをめざす 理由はないわ」 たしかに、 数学のテストですこしだけよい点をとれた ことや、 わかい哀しいみずみずしい青春の一瞬で、 夕暮れのちかい秋の空で、いままでより3セ ンチだけたかい棒高跳びをとべた達成感の、 ながい四肢につながる腰や乳房をうずかせ たその感覚が、 流れにさからってまで泳ぐ胎児の段階の稚 魚から、英雄の悲劇までの 気持ちとしてのすばらしさに本質的につな がることに、 多くの人が気がつけば、たぶん世の中はす こしだけよくなるかもしれない。 しかし、 そのためには、ジャンヌを生きることより もさらに賢い聡さが必要かもしれない。 多くの人がすべて火刑に掛かることはでき ないから。 よく考えてみると、 純粋さというものはいわば手間の節約であ り、それは同時に無責任でもあることに気づ くわ。 複雑なことを考えることにギブアップした からこそ、痛みをその代償にする。 「痛み、とはなにかしらね」 乳房をなげだした亜矢は、秋のかすんだ空 に前髪をかきあげた。 人工知能は、たぶん痛みという単語を一義 的には理解できないわ ううん、人間だってそう。 肉体にそなわっている単純なアラームに本 来、宇宙の物理法則のような意味はないもの。 ただ、結局は動物に過ぎないわれわれのな かにも、果敢に実際の痛みをうけとめたひと はいるにはいる。 ただ、純粋さが痛みにかかわるときそれは 世界の界面のむこうがわとこちらがわに、あ るかでその表現はおおきく異なるわ 純粋さは、決断ににている それは0か1かの悉無律に従うという意味 でたぶんにデジタル的で機械的よ ギロチンが機械であるように。 純粋さは痛みに対して、 その存在すべてで受け止めるかあるいはま ったく無視するかのどちらかでしかないわ。 その意味で殉教と虐殺はおなじものの両面 でしょうね。 たいてい、みなごろしをおこなうものはク ロムウェルや信長のように清廉で無私なひと がおおいわ。 破滅をにやにやしながらながめていたよう な鉛中毒のような皇帝はむしろ少数派よ。 皆殺しをおこなうものは区画の中の不幸な 人々のなかにかならずじぶんの姿を置いてい る。その覚悟の意味では、だれも彼をいさめ ることはできない。 ただ、清廉な人が沼にいると、ほかの泥魚 の迷惑になることは事実だわ。 妻子がいれば、生きる現実は宗教家よりも はるかに複雑にならざるを得ない。 純粋さはしばしば世界のはてを目指すとい う意味で、極端なものだけど、 なりわいと、いとなみは基本的には、 「いまここ」 にあるものでしょう。 すべての日常は、比喩として地平線を越え ることはできない。 その意味では、ふつうのひとに純粋を貫徹 することをもとめるのは酷だし、また現実的 ではないかもしれない。 しかしまったく純粋さに対する関心が無け れば、人々の生活も、 塩の無い生魚のように腐ってしまう。 そのために必要な代用の知恵とは、数歩を して千歩を想像することでしょうね。 最初の2、3の試行でだいたいの傾向を推 定するのは、数列の漸化式の問題よ。 その意味では、漸化式とは概念のうえでは 微分係数にちかいわ。 世界はおおむね平坦にできていて、極端な 事象を考えるのはたぶん市民の役割ではない。 純粋さに身をささげるのではないかわり、 できるだけの実務と労務で、世界に対する勘 を磨いておくのが、たぶん市民の義務かもし れない。 よっぽど特殊ではげしい地質破砕をうけた こなごなの片麻岩のきりたった岩場でないか ぎり、 地理院の地図上で微分等高線がその幅で極 端な変動をすることはないわ。 そのような極端を理解し対処するのはそれ こそ業務上純粋さを必要とする一部の専門的 職業のひとびとの役割で、しょうね。 なだらかな丘は、ふもとから頂上までおお むねおなじ勾配であるくことができ、 素朴な意味で平和とは、そのような日常が、 消費の広告を通して嘘をつかれることなく、 くりかえし過ぎていくことであるかもしれな いわ。 そのためには洗濯の義務は、毎日履行され なければならない。 どうしてもソリトンとしての時代の節目は、 ひとびとに負担をかけることになるけれども それをすくなくとも最小限に回避する知恵は 毎日の棚上げの累積を肥大させないことでし ょうね。 市井の日常のための勘を養うそのためには、 もちろんわかいころから多くのリアルの経験 による訓練ができていなくてはならない。 それがおそらく、複雑な泥を生きるちから として泥魚に必須の、習得すべき能力なのだ ろうとおもうわ。 その意味で、初任給でこどものおもちゃを まるごとひと箱買うのはじつは恥ずかしいこ とよ。大人は社会に対する義務として、ひと つのおもちゃを手にして、ほかのすべての品 質と特性を想像できなくてはならない。たと え不完全でもその努力をおこたってはならな い。 逆にそのためにモラトリアムの特権として 若者は純粋さの帆を張って地平線をめざそう とするのよ。不正確な予測をたしかめるため に。 社会においておおむね若輩に権力が無いの はあるいみさいわいなことだわ。 かれらにちからがあれば、その排他的な純 粋さでいとも簡単にこの世を火の海にするこ とでしょうから。たしかめても検証されても いないものごとへの幼稚なあこがれとしての はた迷惑な具現として。 兵器は機械であり、機械は悉無律の意味で 純粋だから、20世紀には虐殺が多発したの かもしれない。共産主義と全体主義は若者の 妄想の面であったとわたしはおもっているけ ど。 こんにちの回線における珪素の危険性もた ぶんそこに帰するところがあるかもしれない。 回線にむれているのは若者よ。そして数学 や電算機は文学という言語であり、検証を求 められる科学ではないから、正しいか間違っ ているかというところからは、つねにはなれ たところにいる。 ごっこ遊びではペットは死なない。いつで もスイッチの切れる電子の関係や、電子ペッ トが死んでも人は無責任でいられる。 かくしてはたちの小学生ができるわけよ。 かれらは真に無垢だけど、金魚のお墓を作っ たことがないから、生んだ嬰児を育児放棄で 殺すわ。この場合の死んだ嬰児とは、電子プ ログラムという検証されなかった純文学の犠 牲になった、結局幼稚な共産主義におけるプ ノンペンのどくろよ。 * ただ他人がいかに賞賛しようとも、 人間のうちがわではじめて自転車に乗れた ことと、はじめてエベレストに登頂できたこ とは、その本人の価値観ではそんなにちがい はないわ。 その意味では、じぶんをごまかしていない 人にとって、たとえ登攀していなくとも彼女 たちはすでに、エベレストにのぼっているよ うなものよ。 そのぶんの努力をたいていよそでしている からそれがたぶん自信となって、 そのたたずまいにあらわれるわ。 よいセックスと適正な努力は、人生に必要 なものよ。 ******************** 亜矢は言った。 「性が人間にとって必須で、また性の冒険が 変態といわれるものならば、 ひとびとはまず変態であるべきものかもし れないわね」 亜矢は、喬に装着させた巨大な男根にみず からをささげながら言った。 ん・・・、いま、わたしの性であらわれて いるこの欲求は、たぶん性をはなれれば、バ イコヌールにあこがれる性向なのだとおもう。 おおくのわずかに変態な人々にとって、 それを的確に認識することは、むしろ火刑 を回避することにつながる。 「さいしょにおしりをつかうこと」や、 「さいしょに恋人の糞便を意を決して飲みこ むこと」は、 賢明であれば、それはそこですべてをおお むね認識する漸化式でおわり、いまの恋人を あわれな犠牲者にすることもない。 その意味で、逸脱は「まず隗よりはじめよ」 という意味でマゾヒズムの立場からはじめな くては、ならないのかもしれない。 (わたしも、まだ女なんだな・・・ かならずしも犯されることがきらいじゃな いから、 こういうことからはじめなくてはならない ・・・) 「喬、もっとふかくえぐって。 そんなんじゃぜんぜん感じないわよ。 その道具だけでわたしをいかせたらどうな の。わたしを殺すぐらいの気持ちで腰を動か してみなさいよ。 そう、そうよ。でも、まだまだ。ん・・」 まんざらでもない感覚が背筋に満ちはじめ た亜矢は、いつしか眉をよせていた。 女どうしは、なかなか終わらない。 * ん・・・。 36歳の喬は腰の内部で満足を感じていた。 内臓をひらき、喬自身の肉体の胚発生が用意 してくれた、「まったくいたくない天然のお おきな傷口」に 恣意という人工のおおきな暴力 を、くわえこんでいた。 (麻薬と大衆:亜矢) 博物学がオピオイドをさがして帰ってきた ように、 「これくらいなら、気持ちがいいだろう」 と張り型のふとさを目録で選び、つかいか たを渾身の知恵で工夫することは、知恵が快 楽に力を貸す、と言う意味でチロシンニ量体 の麻薬の設計工学とおなじであるかもしれな い。 麻薬は、哲学にとって鎮痛と乱用の両面が ある。 アセタールカテコラミンに変化する般若湯 が、立川流の奥の院の秘伝といういんちきで あるように。 習慣の束という意味で信者の心を暗示とい う手段にとってつかむ宗教は古来より、酒や けしや麻について悩んできた。 宗教の結果的な本質は、こころ弱き羊をみ ちびくためのもので、ほとんど自制や自律が できない我が信者が、オピオイドに溺れて個 人と社会の生活を崩壊させることは、 すくなくとも純粋な宗教家の理想から言え ば、悲劇である。 20世紀が自分で考えることの出来ない工 場の工員と考えなしに作りすぎた不良在庫の 暴落という意味での2度にわたる虐殺大戦争 の時代という意味では、 考えて発見発明をする紳士の時代という意 味での近代は、19世紀で終わり、 20世紀からすでに中世は100年以上続 いていると、みるほうがただしいのかもしれ ない。 知性の世界ではプリンス・チャーミングだ ったデービー卿やファラデーは、20世紀で は悩むチューリングの椅子に座るしかなくな るのかもしれない。 アヘン戦争は欧州の汚点だけど、20世紀 の中世がそこからはじまったとすれば、 インドシナの華僑やムスリムのポリスがオ ピオイドに極刑を用意していることは、 重症の中世病からの脱却のヒントはあるい はアジアの伝統の中にあるのかもしれない。 ただ苦痛に満ちた喘息としての人生を生き るためには、頓服としてオピオイドの処方が 必要なことがあるが、 近代の源泉でもある時計職人の厳格さは、 「そんなことを許すと、オピオイドが横に流 出し社会が崩壊する。 そんなリスクをゆるすべきではない。なら ば、すべての喘息患者は見殺しにすべきだ」 ともいいだしかねない。 ユーロッパにおける清教徒に絡む紛争は、 そのような過酷な世界には住めない、という 田舎者の本音だった、のだろうか。 アラベスクの町がときに、清潔な美しさに 満ちているのは、アラーのまえに信者の生命 はかるいことがあるという解釈の具現である。 華僑でもそうであり、礼の教えるところに よると「いのちは義によりて、かるきことが ある」。 * 「衆愚のどこに、近代があるのよ」 ワイングラスに茶色の口紅をつけながら、 先日、亜矢は言った。 「ライターとして生活するためには、衆愚に 媚びなければならない。 都会そだち、江戸育ちはものかきにむいて いないわ。 ものかきとはあおって商売をするインサイ ダー取引きのことよ。 商売のために最大分母獲得を想像するため に、低能にもわかる次元にまで話題のレベル を下げ、そしてかれらの、射幸心と被害妄想 を巧妙にしかし表面的に操作するのよ。 あるひとがいわゆる悪い意味でのものかき であるかどうかを判断するのは簡単よ。 よくないものかきの書く文章には、 処方箋がない。 結論がない。 診断だけして、自分は傍観者だとしてすり ぬける。 医療事故がこわくて、外科医の道を選ばな い。後ろめたいのでジャンヌを話題に選べな い。臆病者には不器用を笑う資格はない。 かれらは野火が、地平線までもえひろがっ たとき、ルーブルとマルクをしこたまかばん に詰め込んで民衆の移動する方向と逆の方向 の急行に飛び乗るのよ。 黎明期のファシズムの姿は、弱者の味方の ようなポーズをとるから、とても危険よ いまはいい時代よね。 人が集まっているやまの上でひとびとの頭 をふみつけにして旗を振っているひとの過去 の経歴を、すぐ集合知の人工知能が答えてく れる。 わたしも含めてライターは商売にならない 時代だけれど、そのいみではすくなくともフ ァシズムはおこりようがない。 これからもずっと中世だけれども、最悪の 中世だった20世紀よりは、兵隊にとられな いで済むという意味では住みやすい時代かも 知れないわよ。」 ******************** 「喬は、アヌスがすきよね」 喬は亜矢の表情にむかいながら、亜矢の からだにまたがっていた。 あ・・・ はなしかけないで。気が散る・・・ うっすらと筋肉のついた36歳の骨のふと い肉体の成熟した体重は、 脚をひらき痛くない天然の傷口に、よろこ びを根元までくわえこむことにとっては、天 然の福音であった。 喬は両の小指までのけぞらし、うでをシー ツに伸ばし、乳房の乳首を大気につきさしな がら、前かがみの背をそらし、 「酸いも甘いもかみわけた」36歳の肛門を 亜矢の股間の透明な水色の巨大な人工のうえ に降ろしていた。 反魂の晩夏の白昼の、今日の巨根は、学生 時代に喬が泣いたものより、ふたまわりおお きかった。 うん、んんん・・・ 喬は、おおきな体積が腹腔になじんでいく のと同時に、自身の両方の乳房の上の乳首が、 痛く硬くはりつめて、せりとがっていく感覚 をあじわっていた。 * 専門の買い物は、天網で配達をたのむのが 残念ながらあたらしい文明である。文化は好 みで選択できるが、文明は社会の仕組みなの で選択ができない。 その意味では、文明とは暴力や軍隊ににて いた。すべてのひとがまきこまれてしまうの で、抵抗ができない。 変化の激しい持代は流れを読み間違えると 閉店や自殺においこまれる。 JPNには良い商品がないので、USAやEUの画 面をながめてユーロッパのものを取り寄せた のよ、 と、 高校生時代と同じように、張り型をその腰 に装着して腰に手を置きポーズをとっている、 しかし簡単な英語ができる、 亜矢は言った。 文化のおくにがらや、生物的なからだつき でこのようなものは各国でちがうみたいね。 変態の喬がよろこぶような大きさは、日本 では売ってないわよ。 * 喬はからだをゆるめるたびに、しんじられ ない大きさがからだになじんでいくのを、達 成感として味わっていた。 なぜアヌスがすきなの、と亜矢に言われて も喬はうまくこたえられない。 * (暫定仮説と盲信という教条化:亜矢) たとえばいわゆる快楽と言われるものが、 単純な電気や磁気の法則のような単純な仮定 で説明できるものではないのは、 生理学を多少なりとも、まなんだものにと っては自明のことだとおもうわ。 おそらく、高校などの、保険養護教育のレ ベルでは心理学の解説など、暫定的な整理で しかない。 たとえば食欲とか排出欲という高次の生理 学的概念は神経の単一細胞染色とか、機能分 子の放射能性マーカー追跡のような道具を駆 使して理解されるべきもので、 手段としてのカタカナの名前をしらない、 文系の給料泥棒がかたるべきものではないで しょうね。 恋をすれば食欲が機能分子を介して抑制さ れ、それが自然痩身の美女をつくったり、 そもそも重度の透析患者に根本的に尿意の 排出欲が存在するわけでもない。 「一日中あたまがいたくて、へんだなへんだ なとおもっていたら、なんのことはない、仕 事が面白すぎでいちにちじゅうごはんをたべ るのをわすれていて血糖が下がりすぎていた だけだったんだよね」 つまり 安易な抽象化は、学問の官僚化をまねき、 社会を腐敗破綻させる温床となりうるわ。 つねに人数が肥大化する文化人はいわば 「ty狩り」によって定期的に刈られなければ ならない。 抽象とは生垣の枝のようなもので、 たとえば生理学の結果にただ乗りをし、 「食欲性」という抽象がもし頻繁に語られる ときそれは、 社会不適応者でもある泥棒が、チョークで 黒板に描く言い訳のために発明された言葉で あるおそれがある。 真摯に研究を続けていれば、すべての学問 とはアリストテレスの仮分類でしかない謙虚 さに日々なじむしかない、ということにおそ かれはやかれ気づくわ。 たとえばくじらは、さかなではない。 でもとりあえず分類表は作らなければなら ない。 真摯さをビタミンとしない研究はないから、 言い訳型の抽象を平然とくちにする文化は、 ほとんど贋物と考えていい。 そう考えると、たとえば社会を動かしてき た重要な一部の力であった経済学もまたその 根幹を再点検される必要があるかもしれない。 経済学の重要な仮定は「人間の欲望」であ るけれども、そもそも生理学的にそんなに判 りやすくモデル化できる「欲望」が人間に存 在しているかどうかということも、実はあく まで仮定でしかない。 同様にたとえば、数学は自然科学ではない。 現実空間を幾何学としてモデル化するにあ たって、後世の点検からみれば非常に乱暴な 仮定を採用しているのでそれは自然科学とい うよりは修辞学にちかい面があったわ。 その意味で、気性の違うゴリラの経済学と チンパンジーの経済学はちがうものでしょう ね。 謙虚な研究者は学問というものには、永遠 に完成はないことをみずからの有限な寿命の なかで痛切に感じているものだけれども、 いっぽうその未完成な学問が、生徒の将来 を大量に棒にふる現実が発生したときは、そ れはそれで制度の破綻ではあるわ。 異常な高倍率が発生した場合、 それは社会問題なのでそれは社会問題を解 決するための学究が求められるのが、本来の 学問の役割かもしれない。 しかし、それをわたしは専門じゃないから と逃げる現象は、 ゲーテがとおく指摘したとおり歯車製造装 置としての専門化下請け需要が要請する近代 の、 功罪両方ともの特質であるわ。 しかし工業が飽和し、ゼロサム時代として 近代が終わった時代にあってそのような近代 に庇護されつづけてきたマザーコンプレック スの専門主義は、 いずれ坑儒の名のもとに幼稚な学者の首筋 に青竜刃をつねに触れさせる時代がくるのか もしれない。知識人は口の利き方に気をつけ なければならない。 法や制度にすがる知恵があっても、それを つくるのもまた人間なのだから。 ******************** う、う、う・・・。 喬がのぼりつめた。 背を震わせ、腰の内側から熱いものが込み あげてくる。 (洗脳と扇動に利用される広義の恋:喬) 喬は、女性の性とは、快楽とされるシータ 波なのかどうかは個人的にはわからなかった。 女性がオーガズムを得にくいのは、ひとえ に射精装置が存在していないからである。 女性の頂上とは、感情のホルモンを時間を かけて濃厚に分泌させ、そのなかにわずかな マゾヒズムを祝福の肯定としてもらうことで ある。 その意味では、女性の性とはつねに火刑の 側面があるのかもしれない。 男性の性がぼっちゃんのわがままなそれで あることを考えれば、男性の性欲と女性のそ れとはその要素の構成がおそらくことなる。 巨大なもので子宮をおしつぶすことを、喬 は好んだ。 膣もアヌスも、そのなかにおおきな異物が あればどちらも子宮を押してはくれるが、 喬は膣をつかって愛されることをこのまな かった。 それは喬が、表面的な意味で愛されること をこのまなかったこととおなじことだったの かもしれない。 たとえば、対面で男性をうけいれるとき、 男性の睦言をうけいれながら感情をたかめて いく女性もいるが、 喬は睦言を聞くことをこのまなかった。 ドメスティック。 喬は、ふとそんなふうにおもった。 飼いならされて飛べないドメスティックな まがもは、「あひる」とよばれ、 飼いならされて飛べないドメスティックな はいいろがんは、「がちょう」とよばれる。 女性の性の半分の成分が、マゾヒズムであ るのであれば、あまくささやかれて性感が高 まっていくことが、 喬には理解できなかった。 女性の性のりりしさが、性の恐怖に身をゆ だねることであるのなら、 女性を馬鹿にした水商売や芸能界のあまい マスクとは食品安全性をメーカーによって保 証されたカートリッジの菓子であるのかもし れない。 芸能人がお菓子の広告に出るのは、偶然で はない。 幼稚なものは駄菓子をこのむというのは、 女の子の方もそうなのかもしれない。 自分で餌を探さない家畜は知恵と能力の発 現が弱まり、いっぽう良い栄養状態のため、 発情ははやまる。 子供の精神で性が盛りをむかえることにな るが特に雌の個体は、性の伴侶に「飼い主」 の要素を求めるようになるだろう。 生きる力が弱まっていればなおさらだ。 「おかねもちなら、でぶでもいいわ。ばかで もいいわ。」 女性がずるくなり馬鹿になり媚を売り、態 度がみにくくなるのは「動物農場」ではあた りまえなのかもしれない。 ツバメと一緒に保険金殺人。 「やっぱり性は、飼い主とするものじゃない もの」 いずれ野生の原則は、このような内面が未 熟な家畜に生存競争の鉄槌を下すだろう。 最悪、王朝まるごと。 祖母がなくなってから両親の離婚を経験し、 感情を抱え込むうすい癖がついた喬は、演出 というものを疑う癖を知恵として身に付ける ようになった。 いずれ屠殺されることの代償にたっぷりの 配合飼料をくれる、にせものの親である飼い 主に愛を感じるがちょうは、 推論の精神を虚勢されているのにすぎない。 また、推論の機能をロボトミーされた野生 種にくらべて脳が萎縮した家畜は、責任を能 力としてとることができない。 人口の大半が家畜化したのは、農耕文明の 負の遺産である。 また、農業による余剰食糧による人口の爆 発とはそれがあくまでも家畜として利用価値 としての生存をゆるされているとみなすべき かもしれない。 これは比喩として神話であるけれども、み ながわすれてしまっている記憶として、 悩む短命な戦士として生まれるか、 卑怯で太った平民に生まれるか、 各宗教の神は、各生まれるまえの魂にとい かけるのかもしれない。 縄文期と弥生期を比べて社会の「総合的な 思考量はさして変化していなかった」という、 増大人口に対する思考量の恒常性の仮説は、 文明の論議にとっては至極挑戦的なそれかも しれない。 兵士としての人生が無意味で、兵器をおも いえがく思考もまた無意味であると定義でき ればこの発想は蓋然性を持つ。 地球の地殻と、厚く熱いマントルには放熱 の意味で寿命があるので、いずれ海は地下に 吸い込まれて干上がり、 輻射熱の源泉である太陽の水素もいずれは 枯渇する。 ぶどう糖のもとにしなければならないエネ ルギー源にしても最初は重水素、できればプ ロチウムを使えることになったとしても木星 や土星のガスジャイアントの水素も無尽蔵で はないし、それを食い尽くしたあかつき、 恒星間を雄飛することはしかし、相対論に よって禁じられている。 56億7000万年の単位では、技術や文 明に意味はないわ。 この意味では技術文明は社会を混乱させる 兵器になるしかない道理かもしれないわね。 もちろんこれは証券や珪素も例外ではない。 「理想の伴侶と生活が地平線のむこうにある かもしれませんよ」とかどわかす角兵衛獅子 の人買いはけっきょく広告の遠い先祖かもし れない。 20世紀のアメリカ文明が移民の原則の意 味で広告的であったことは至極当然なことで なんだろうけど、 いい男が慢性的に欠乏しているのがエジプ トやメソポタミアからの永遠であることをか んがえれば、それはひとびとから見ればひど く迷惑な行為にこそほかならなかったわ。 広告に対置されるべきものひとつは教育で あるかもしれない。 それは制度で語られてはならない。 悪用されるからよ。 批評心のない子供や一部の親に大衆が群が るとき、そこに商売がまじればとうぜん洗脳 としての広告が菌糸を伸ばすわ。 もっとも原始的な教育とは、それはおさな なじみどおしがはげましあうかたちでしかな いのかもしれない。 老人が教育をなすということは自分がこの 世にあった証しをのこしておきたいという意 味で、多少はそのエゴがあるかもしれないけ れどももともとそれは対等な恋愛観にまでさ かのぼることができるだろうともおもえる。 ひとに好かれたいとおもうこころは、たぶ ん第2のエベレストよ。 女性的なエベレストといってもいいかもし れない。 うらぶれたという意味での売女や陰間はそ のようなことをおもわないでしょうね。 ゆめやぶれたものはそんなものを信じない でしょうし、また恋やからだや憧れを商売に していては夢が破れるのもはやい。 ひとこいしくて、 ひとこいしくて、 ひとこいしいものは、 日々をおしまず、じぶんを磨くのよ。 いつか来るかもしれない、恋愛を美しくす るために。 彼らは励ましあって人生を歩むことを夢み るけれども、軌道に乗ったたいていの老人は、 対等に励ました人生ではなく、未経験な年少 に経験を教授する人生を歩んでいることに気 づくわ。 たしかに、後輩から、慕情をうちあけられ ることもあるでしょう。 でも、その場合、その老人になりつつある その者が、女性や女性的なひとだったとした ら、かれらの、恋心は、みたされるのかしら。 そうでなかったら、かなしいわね。 ただ、たとえそうであったとしても、なに もしないよりはましだからと、あるいて来た 男女は、教鞭をとったり、本を書いたりする のよ。 その意味でつねに広義の教鞭とは、うすく かなしいものだわ。 * 愛されたいとおもう気持ちは、おそらくし くまれた哺乳類の遺伝子なのはもちろんだけ れどもそれは、 やはりしくまれたもともとは生存のための ナルシシズムと、 その量のあたいとして組みあわされるとい くつかの行為としての違った表現になる。 グラフとしての、楕円や双曲線の2次方程 式のように。 愛されるためにあの人々を殺すことは、わ たしが認められる証しであり、 それゆえにもともとの生存のためのナルシ シズムはそれがたとえ戦死でもあなたたちの 愛のなかで永遠のいのちを得る。 とか、 この人に献身としてたとえ形式的にも愛を つくすことは、 このひとに付随尊敬として物的金銭的なプ レゼントとして贈られる社会的な地位やその 給料の一部を見返りとして得ることができる ことは、 奢侈としてわたしのナルシシズムを満たす ことができる。 とか。 これらはごくうすく、たぶんすべてのひと びとの一般的な現実なので、あおるかたちで、 濃厚に濃縮されてはならない。 けっきょく、広告業をもふくめ、せまい意 味での金がからむと、ものごとはおおきく、 ゆがむわ。 (また自分でいきていけないがちょうは、浮 気をゆるさない。嫉妬には我執がある。 文明の王朝におけるめかけの残虐は、その 意味では文明論における議論の典型的な材料 であるかもしれない。 シェイクスピアは読まれなければならない) ******************** 突き出された両の亜矢のてのひらを、指と 指とのあいだを握りこんだまま、喬はながい 黒髪をけだるくまえに、乱れながしたまま、 まえを、ぼんやりとみた。 すこしさみしそうな亜矢がいとおしいもの をみるように、喬のしたで喬のしたでうっす らと、やさしくわらっていた。 * このまえ気がついたんだけどさ、 喬は、おしりだからクールなんだね。 ときどきりりしい女優に見えることもある んだよと亜矢は言った。 「いくまで、からだにさわらないで」 なんてね。最初はすこしおどろいたけど、 あれからいろいろあったみたいだね。 高校の頃のように、のびやかにシーツをお よがなくなった。 「わたしは、虐げられることにもよろこびを みつけただけよ」 わたしは、じぶんのなかにりりしさなんか 存在していないことを知っているわ。 我執に満ちた重い四肢の腰を、渋く重い快 楽にじわじわと振る、そのヴァギナから産み 落とされた、 我執に満ちたいらやしい熟れきった真っ赤 なすもものような、粘液の糸を引く熟女のど こにりりしさがあるのよ。 ただ、快楽をわがものとしたあとには、そ のようなことに満たされている毎日のあとで は、どうでもいいことにこだわらなくなった のはたしかだわ。 そのような態度が逆にさばさばとした態度 として、りりしさにみえることはあるかもし れない。 克己としての達成感が、ぎりぎりと限界ま で自分をひきひろげる苦痛であるのなら、そ の過程をあじわうことは、楽ばかりではない 世界を生きていくには、役に立つ。 愛撫なしで子宮をつぶされるだけで、 「よろこびの丘」に立てるのであればそれは それで財産だわ。 たぶん高校時代にあなたと寝てから、あな たとは違った意味でしかしあなた由来の要素 がわたしのなかにも流れ込んで、根をおろし たのはたぶん、事実よ。 女優さんの幾人かが、しあわせすぎてみた されない翳りがその表情に見えるとき、あた りまえのことなのだろうけれど、彼女たちは なにかとても大事なことがみたされていない わ。 おそらく、彼女たちは、彼女たちがその製 作にかかわっていないその脚本の世界にすが っている場合は、そのようなものになると想 う。 舞台とは、形式としての必要悪よ。 夜の世界が、人生の露頭に過ぎないように とてもよい脚本というものは、一語、一行 の背後に実は3000世界があることを連想 させるものでなくてはならない。 その意味では厳密に言うと、原稿用紙一枚 あたりに単価を設定することは、ナンセンス かもしれないわね。 いや、厳密に言うと聖書やコーランがそう であるように、本来文章に値段はつけられな い。 脚本家と女優は、本来分業でしかない。 よき脚本家とはよき女優でなくてはならな いからもちろん野暮であってはいけないし、 よき女優とは、よき脚本家でなければなら ないから、愚か者や無知ではつとまらない。 * (最小消費の仮説:喬) 主体的にあこがれ、主体的に悩むことがも っとも経済的であると、わたしはおもうわ。 あたえられる形でしか愛を知らない田舎の 人は、自分が蓄膿症に悩むレプリカであるこ とに生涯悩むわ。 蓄膿症とは、「拒否」よ。 他人の臓器や人工臓器は、抗原自己ではな いから、生涯白血球性の発熱や炎症に苦しむ。 レディーメイドの治療やサービスは結局生 命に負担をかけるわ。 * わたしがむかしより綺麗にみえることがあ るのならば、わたしがいわゆる愛に溺れない ようになることをあなたからながれこんだか らかもしれない。 その意味ではわたしはあなたとのF1、1 代めの雑種強勢のようなものかもしれない。 愛された娘は、たいていぽっちゃりとした 平凡なでぶになる。 一方、雑種は野性味が強く出るからかたく 背が高く、色は浅黒く、なるわ。 育種学を春日通りでまなんだとき、文学の 感覚ではそれを、ふうんときくことができた。 わたしの背の高いからだの、骨が硬く粘り 強くなった源泉は、たぶん、あなたとのセッ クスまでさかのぼるとおもう。 本音を言えば、わたしは想さんを、夫だと は想っていないわ、奥底では。 そもそも、夫という概念がわたしにはよく わからない。 いっぱんのひとびとが立場という演劇を、 ドールハウスの予定調和を演じているのにす ぎないといういみでなら、理解はできるけれ ども、 結局なかよし演劇に行く半端ものは、その ひとにとっての財産とは、あたえられた愛し かないのかもしれないわね。それが時代かご 両親かはともかく。 それよりはどちらかといえばわたしにとっ て内臓での同志のようなところがある。 ・・・あのひとも、じつはじぶんのなかでは 自分の性別がはっきりしていないところがあ るし。 ある意味、わたしはあのひとと一緒で幸福 は幸福よ。 わたしは、こういう行為に大地を感じてい る。 たいていの男とは女を知らないという意味 で大馬鹿者だわ。 想さんが女性にもてるのは、想さんのなか に女がいるからよ。 たいていの馬鹿は想さんをうらやむけれど それであのひとがどんなに苦しんでいるか、 知っている人はじつはごく少ない。 女性的にうまれたから世界に東西南北4倍 傷つき、そして生きていくためにうらやみを 回避するために4倍の結果をださなければな らない。 単純に2倍ではだめなのよ。2倍ではまだ 人間の世の中のレベルに過ぎないから。 真実を追究するためには、いちいち中傷に 弁明するよりも、4倍の結果を出して彼らの 声の周波数を漂白することでしか結果として の労力の節約経済は得られない、と徹夜明け の彼はつぶやいたわ。 自殺したある人が、 「実力と真実はむしろ沈黙をもたらすもので あります」 と書いたことの具現ね。 それでも彼のなかでは、努力目標の16分 の1でしかないとかれのなかの稼動している 動的な力学という意味での現実的真実のなか で日夜、苦しんでいるわ かれは「最小消費の仮説」というものを冗 談として語ったことがあるわ。 彼を追いかけ、模倣するしかない上京した あわれな愛息どもをさしてね。 いっぱんの男とは、馬鹿よ。 すべての女性はそれをまず自覚しなければ ならない。 想さんとであって、そのことの意味をふか くしたわ。 あなたも、にたようなことをむかしくりか えしていたわね。 たしかに、女も男もそこからぬけだせない ものがいるという意味では、馬鹿は馬鹿よ。 おなじ失敗を繰り返す出入り業者が何回も 菓子折りをもってくるのを上司の背筋越しに みながらそれが現象論であることを、 わたしの女性の、背の高いスーツのなかで 残念な理解として、おもっていたわ。 かわいそうに、とはおもった。 あの社長さんは、募集をかけてもおろかも のしかあつまらないんだって、ぼやいている のが聞こえたわ。 残念がら、バビロン以降、人々は馬鹿のほ うが圧倒的に多い。 農業の仕組みは、詳細で、膨大な博物学を 必要とはしないから、もともとの老獪で思慮 深い縄文的なひとびとのまわりに、構造とし て単純な人生観でもゆるされるいのちがしか し兵士や農奴として安い人権としてふくれあ がる人口になったのよ。 その意味で農耕文明はもともと身分制とし て出発したとみることができる。 アルカイックなほほえみが、あるがままを 肯定するほほえみ:スポック博士の自由に見 えたのは当時のギリシャが、縄文段階の隷属 経済にすぎなかったからよ。 文明文化がカルチヴェイトの意味であるか ぎり、真の平等はありえないわ。 そのためにうまれつき勘のするどい子供は 惰性で進学校に行って、 しかし長じたあかつきには、牧民官の役割 として、官僚や本社で人々の幸福を考えなけ ればならないのかもしれない。 もちろん、たいていの男も馬鹿だから彼氏 を無作為にえらんだ場合、男性に彗性を期待 してはならない。 つまり幸福になりたいのならば吟味してい なかった男性に女心を期待してはならない。 つまりやたらに宴会芸に笑いをおくっては ならない。 「はめられた」あとに幼稚なちんぽこに暗澹 となるのがおちだわ。 なんど、泣いて泣きついてくる後輩の背を なぐさめたことか。 男性はわるふざけとして男根でやわらかい ちり紙をやぶってもいいかもしれないけども、 それを衆人環視で披露することはたぶんよ くないわ。 よくないわ。 だって、数値には限界がある。 人間の数値には限界がある。 オリンピックの選手はわれわれの倍のスピ ードで走れるけれども、 それはけっして10倍ではないわ。 実用的な意味で技術文明の中、倍で走れる ことそのものには何の意味もない。 伝令は、馬や船には負けるわ。 冷戦が終わり国威発揚の必要圧が半減した 今日、国際競技の意味も半減したと考えるべ きかもしれない。 主観的な自分の実力感に比して、あまりに も順調すぎるくらいに白星やメダルが連続す るとき、賢明さは「なにかがおかしい」と感 じなければならない。 兵卒ではなくすくなくとも将軍にはそのよ うなセンスがもとめられる。 「みえない行間を読む」とはそのような能力 よ。すくなくともそれができない選手は、野 生動物じゃないわ。 それは歴史を点検すればあきらかよ。 たいていの場合、フィールドやマーケット が健康を失っているか、あるいはその当事者 がいるべき場所ではない可能性があるからで、 力学としての、みえない好敵手が、そんな フィールドに何らかの失望を感じているか、 あるいは魅力を感じていないとき、そのよう な実感としての現象は、蜃気楼として立ち上 がるわ。 そのいみで過剰な連勝記録というものは危 険であり、本人の人生の失敗だけならともか く、展望なき、「消耗品ship」を、彼や彼女 を応援する人々に植付けかねない。 特攻隊は、そのように作られたのよ。 よくある話でいえば、OLをやめて派遣に なった娘が、いきなり月収30万になって狂 喜したりするけれども、身分保障や更新もな いので数年後には乞食同然になって、田舎に 帰るようなことよ。 ゼロサム時代の広告とは、そのようなこと に加担する形でしか数字をあげられない。ゼ ロサム時代には、狭義の広告は不可能なのよ。 さもなくば、浅薄な美談で商売をすること によって、戦争をあおることになるわ。 ひとびとの健康のために走ることが奨励さ れるという意味では倍走れることよりも皆が 1割増で走れることのほうが重要で、 先端医療ではなく栄養学がめざすこともま たそんなようなものだわ。 選手になりたい、ということはその意味で は精神でもギャランティの意味でも貧乏人の 発想かもしれない。 スポーツウェアのメーカーは、安い縫製工 の労働力を人間扱いしていないわ。 男根では紙は破けるかもしれないけれども、 鉄の板はやぶれない。 じつはにじんだ尿に助けられたことを隠蔽 するおろかさは。 きみなら核爆弾も大丈夫だろうと推挙され て後悔するわ。 アストロボーイにあこがれる馬鹿は、 アストロボーイが日夜悩んでいることに深 く推論を掘り下げることができない意味にお いて、まだ幼児なのよ。 「私は原爆には耐えられるけれども、水爆に は耐えられない。人々の敵はいま水爆を開発 している。 僕はいったいどうしたらいいんだ。」 ってね。 くすくすくす そういう愚かさが長じるまでに改められな い人間は消耗品としての骨兵士でしかない。 けっして将軍にはなれない。 将軍とは、つねに限界を知り、悩むものよ。 また歴史のなかで勇猛な将軍とはその背後 や兵站にとても思慮深い参謀や実力のある庇 護者がついているものよ。 その意味で男根の大きさとはすくなくとも 女性にとって太ければそれに越したことはな い象徴でしかない。 スパイスは必要かもしれないけれど、スパ イスだけでは愛が飢えてしまうように。 愛する人がもし小さかったとしても、補助 の道具をつかうことぐらい、女性の幸福のそ の総合からみたらそれはたいした問題ではな いわ。 女はそのために、穴がふたつあるのよ。 * 想さんの「最小消費の仮説」とは、 馬鹿な男の子はつねに一義的な結果や輪郭 の模倣にしかこだわることができないから、 結果的にその人生や勝負が割高な徒労にお わることがおおい、ということよ。 都会人である想さんは、すぐに男根の大き さを振り回すいがぐりのいなかものに辟易と しているわ。男根の価値とは見かけのその大 きさが第一義だと想われているわけであるか ら。 模倣は外見や一義的な結果をうらやむこと からはいる行為よ。田舎者は、模倣から入る からつねに自分がレプリカであることの恐怖 からのがれられることができない。 マネキン人形に心臓はないわ。 本物は「あなたは本物ですよね」いわれた ことに、質問の意味がわからず、きょとんと するわ。 そして、理解したとたん、質問者のお里の 出自と現在の所属を知って、侮蔑ではないあ われみの感情にみたされることでしょう。 「かわいそうにこの人はそれに気がつくまで にあまりにも時間がたちすぎている、」と それも、元禄の広告の罪ではある、ともい っていたわ。 手本として模倣されるかれらの姿は、あく までも結果にすぎない。 かれらは、その彼ら自身の試行が失敗に終 わる可能性があったとしても、それを選んで いたであろうと云うことを、 功利や、女性の人気を得るために模倣とし て入るものは、その動機のうえからは理解で きないから、 もともと別の世界の生き物なのよたがいに。 かれらは、ごく単純な力学にしたがってい きてきたにすぎない。 そしてその力学がふつうにはみられないも のだったとすれば、そのものたちがいだいた 熱いあこがれの温度があるいは先天的にとて も高温であったということかもしれないわね。 高温にあぶられた力学が結果的にとった形 態がほかのひとの賞賛をえたとしても、それ はあくまでも副産物にしかすぎないわ。 かれらは、もし結果が敗北であったとして もそれをあまんじてうけいれるでしょう。 功利をうたう広告にあおられてそだつこと でしかなかった田舎者は、結局うらやみから はいるから、 その背後にある力学や美学への飢えを、理 解することはできない。 「結果的に」結果にたどり着けたかれらは、 いちいちいわないけれども、 「情報物理学的には」、後輩でさえないスト ーカーを、腹の底ではあわれんでいるわ。 ストーカーを作ったのは広告文化の罪よ。 最小消費の仮説というものは一面、経済学 でもあるわ。 あこがれにむかうためにはどのような失敗 や隘路がまっているかも分からないから、 すくなくともわかるはんいでは浪費を抑え なければならない。 「勉めて強いること」の努力が浪費に至るだ らしなさをおさえることとおなじことのよう に。 進学校の教師がバイトを抑制する動機は、 熱い鉄の青春には至極当然なことであったわ よね。わかい偶像の人相の悪さは、底辺校の 「勉強しない学生」でもある女生徒が買うチ ケットに支えられていることによって彼女た ちのだらしなさが下水を通じて逆流している ことにすぎない。素朴な思想としての儒教が きらうそれは、人間の願いの宗教としての一 般論だから、すくなくとも、ミッション系私 立の建学理念には、くさったアイドルはなじ まないわ。 (勉強しない生徒の収容舎という定義では、 底辺校は学校ではないわ。また勉強したくて 来てるわけでもないだろうから、改組して別 の組織にしたほうがいいかもしれない。 学校であるという看板をのこしつつその単 位に社会活動の量をふやしたほうがいいかも しれない。どうせ全入時代なんだから大学と 混合していろいろな実験をすべきかもしれな いわね。 ただいいことばかりではないだろうけど。 それが若衆宿やボーイスカウトのようにな る色彩は、貢献に自警的な活動がまざること によって、潜在的に軍隊化に悪用される危険 も無いわけではないわ。) このような態度で力学を誠実に制御して挑 戦し、結果を手にいれることができたのがか れらだけれども、 広告にあおられたものは、かれらを3次元 でスキャンして、しかし石膏でモデリングす ることしかできない。 輪郭をものまねとして形態模写するという ことはもとよりそういうことだけれども。で も、なかまでろうがぴっちりとつまった、ろ う人形のどこに、燃える熱い情熱の力学があ るのよ。 どんなに広帯域で精密に転送しても外見の 像はあくまでも像でしかない。かたちから入 るものは、どうしても対象との一体感を得る ことはできないわ。たとえ、いきたままこど もたちのからだをきりきざんでもね。 外見からはいったり支配することは一体感 とはまた別のことなのよ。おなじものになり たければ、おなじひとみでおなじものをみつ めなければならない。 サディストはマゾヒストの卒業生でしかあ りえない、は名言だとおもうわ。 塗炭の修行を経てはじめて師匠は気づくと なんとなく後輩に指示を出している自分に気 づくのよ。 それはけっして広告はおしえてこなかった し、もとより広告が得意とする事柄でもない でしょう。広告はそれこそみためでアピール し、またかならずしもクライアントの長期的 な幸福などを考えることは苦手よ。 どちらかといえばそのようなことはもとも と発注先の賢明な企業が、まるがかえで考え てきたことではあった。その意味では広告と はあくまで、下請け外注ロジスティクスでし かない分をわきまえるべきかもしれないわね。 スキャンからはじまるということは、 心臓や肝臓を作れないという意味、 到達できないという意味で、やればやるほ ど赤字がかさむわ。 その意味でにせものの立場としてあこがれ ることは、結果的に彼らがたどった浪費は、 最小消費の原則から大きく逸脱することにな る。 過剰な赤字には、どこかに問題があるのよ。 広告と言うものは、あくまでも手段なので、 結局原則的には消費者が賢くなることをのぞ まない。 しかしゼロサムが永続的である以上、世界 を滅ぼす事をのぞまないかぎり、自分たちが 軟着陸として店じまいをする方向性を真剣に かんがえるべきね。 たとえば広帯域という放送はテーマパーク を必要とする。それはかつてはアメリカや東 京のゆたかな生活ではあったわ。ただ、現実 アメリカも東京もユートピアではないし、 そしてまたそれにもかかわらず商売のため にユートピアのイメージを田舎者に対してあ おりたてていくことは、結局そのコストは企 業が負担することになる。 だって上京する田舎者は単純工でしかない し、田舎の生活を保障する地方交付金は、企 業の法人血税だもの。 外貨枯渇の負の循環によって国内の売上が 低迷すれば、企業は田舎者の精神生活にこれ 以上サービスを提供することを、広告提案を 断ることによって、断念するようになるわ。 人生にかならずしも過剰な広帯域が必要で はないということは通信の半分はまた素朴な 電話や電信に戻って行くことを示唆している。 画像はあくまで青写真や解説図としての役 割としての謙虚に、もどっていくわ。 * あこがれに関係する最小消費の仮説とは、 もし地球とそっくりの惑星があるとしたら その惑星の従属栄養生物は地球の動物とおな じような形態をとっているはずだという議論 にちかいわ。内部の力学が、結局はそのたた ずまいをみちびくのよ。 これが結局は力学的な本物ということであ り、この意味での「ほんもの」の生物はおお むね必要なものだけをそなえた「自然な」人 相をしているはずだわ。 その意味では不自然や苦悩の人相が満ちて いる時代や社会と言うものはからくりの罪を も含めて、不幸な時代かも知れないわね。 さいわいなのは、にせものが存在しない世 界ではない。にせものという概念が存在しな い世界よ。 比喩として言うけれど、にせものをつくる のは広告と消費よ。物に値がつくから、うす い犯罪として贋物が出回る。 偽物は、見破られるリスクのうえにその確 率関数の量子論として存在が許され、 いわゆる本物はもともと取引を前提とした 存在ではないから、経済が破綻して値がつか なくなっても、あいかわらずそこにあること になる。これもインディペンデンスの概念に ちかいわね。 生物学ににせものという概念があまりポピ ュラーではないのは、トラフカミキリやハチ マガイスカシバのような擬態の行為があまり 戦略として有効であるとはいえないことによ るとおもうわ。 進化の淘汰圧や学習が2、3試行すれば、 内側の力学が形態として外に出ていない、め っきでしかない偽装など、かんたんにみやぶ られてしまうからよ。 ******************** (女性における大地について:喬) 馬鹿な男が知らないことのひとつに、女性 はかならずしも大地の豊曉をともなってうま れてくるものではなく、 女性はあくまでも大地をまなぶことによっ て大地に同化するということをわすれてはな らない。 そうでなければ、保育器で育った猿が子育 てができないことを説明することができない わ。 わたしが、結腸を好むのは、そこにふかい おもいを感じることができるからなのかもし れない。 うしろの穴は、まえの穴よりより胎内にふ かくとどくわ。 普通の人の普通の行為が、女性がより大き くながいものをこのむのも傾向としてはおな じかもしれない。 内臓をあたため、刺激することによって安 息を得る茶道とおなじような意味においてじ つは、この行為は快楽として分類されるのは じつは正確ではないのかもしれない。 深い胎内行為は、じつは信頼を必要とする。 もしも、暴力が太いガラスの遊具であった とき、それは万一の破断のあかつきには、 それは下降大動脈をきずつけ、救急車の到 着も意味をなさなくするほどのすみやかな人 生の終焉を意味することになる。 大量出血は、マゾヒズムをあじわうゆとり もゆるさず、永遠に意識をかき消してしまう。 そのような危険もある深い体内に愛する人 の暴力を騎乗位でふかく受け入れて両方の足 の親指のすじからひざ、もも骨盤から腰骨を かけあがるあの感覚は、じつは信頼そのもの でしかないわ。 必要とされていた信頼は、その感覚を通じ て、信頼を感じることへと変化し、それは、 しだいに性のパートナーが参加している世界 への信頼へと進化していく。 それは、いずれ祈りとなる。 女性が大地を受け継ぐためには、あるいは よい性とパートナーとの関係を通じた、世界 への誠実さが必要なのかもしれない また、それの半分は親や周囲からおくられ た性ではない愛がその土台となるのだろうと おもうわ。 王朝の末期に、毒婦が跋扈することはおそ らく、それらの欠乏ね。 男性の機能としてその大きさは必要なもの かもしれないがそれ以外の人間としての要素 がまったく必要ではないことではない。 ましてや人間として信頼できない男性であ れば、それはまったく意味はない。 その大きさは、あくまで人柄の従者でなけ ればならない。 男性の武力と言うものはつねにやじりのよ うなものだけどそれは、 工夫や改善を含めた猫に小判のようなサー ビスも含めて、無制限につかわれると世の中 を荒廃させてしまう。 中華では、その理想では武はよき文治のし たにおかれていたわ。 それが孔子や孫子の発想と伝統の意味でど れだけ共通しているものかはしらないけど。 自分に嘘をついていない人は中華街に食事 に行くべきかもしれない。 * 「あなたとの会話で、下半身の話題から、 孫子様の名前が出るとは、おもわなかったわ」 それこそ不敬冒涜じゃないかしら。 そんなことないよ老荘では、 「女陰、すなわち玄門と云う」 んだよ。 それは虎印の塗り薬の文化でしょ。 まったくいやらしいんだから。 ******************** ・・・いまのあなたは、自分に対する愛撫 でさえ、ひとのてを借りるのは敗北だと、ど こかでおもっているでしょ。 そのことは、こんな世の中だから否定する ことはできないわ。どいつもこいつも簡単に 尻尾をふるやつばかりだから。 ただ、この町にもどってきたわたしに、以 前みたいにあいたいといったことは、ふたり でまたこころでもだきあうことをもとめたこ とだとと、わたしはうけとめているけど。 ごめん、そこまでかんがえさせたんだ。 今のあたしは、あなたに皮膚と粘膜を、の けぞってささげて、だきあってあさまで体温 をかんじながら熟睡させてもらって、とても 幸せだわ。 正直それ以上望まないわ ただ、あなたはいち哺乳類の健康として、 もっと自分を解放した方がいいわ。 このまえ、ゴムの男根のショーツであなた をえぐってあげたときの、あなたのもだえか たは、とてもういういしかったわ。 逆に、もっと開発されなければならない。 わたしのように。 あなたとわたし、いつのまにか経験の蓄積 が逆転しているわ あなた、昼でも夜でも周囲に気をつかいす ぎている。あそびであそんだ子なんかみな、 へたくそだったでしょう。 そんなのは、あなたにとって、よろこびで もきばらしでもなんでもない。 すくなくとも、あなたは性のよろこびのい みでは、もっと出世をするべきだった。 もし、このまちに越す前に再会していたな らあなたと、経営者格のマゾのおじいさんと ひきあわせたところだったわ。 あなたの人生はまちがってはいない 業務がかたむいているのに、プライベート が充実している彼らをあなたが、堕落だとそ しるすがたがみえるようだわ。 でもね、 喬はまじめな表情で語った。 ひきちぎられる喜びのしたからしかみえて こない朝もあるのよ。 しみじみと言った。 あなたほどのちからがあるおんなには、 男としての決断の能力が必要なのはわかっ ているでしょう。 決断とは、相手の痛みをわがものとして感 じることよ。 苦痛を快楽に転換することをたのしめるよ うになれば、 能力として自分を粗末にすることによって 敵を愛することができる。 敵とはいわゆる敵のことじゃないわ。 緊張感のなかではともだちや伴侶でさえ敵 であるし、 またなかまや子供の世代はつねに敵に裏切 る。 愛とは、つねに他人を愛することができる かという命題を問いかけつづけているわ。 女性が、たまぎるようなよろこびを絶頂の なかでひきしぼって、のけぞるとき、 征服者はどうしてのそのいけにえを、いと しいと感じるのかしらね。 想さんはわたしにとって残念ながらともだ ちで、そしてあのひとにはそのような意味で の雄雄しいところはないから、残念ながらそ のようなテーマは、わたしたちにとってまた なぞでもある。 逆に第三者として亜矢にもきいてみたいと ころだけれども、たぶんあなたも奥底はおん なだから。 だからこそ、あなたには、わたしをまなん でほしいとは、おもうわ。 もし、 喬は隠微にわらった。 赤坂のよるのおじさまたちに、あなたの裸 身をはだかにむいて、めかくしをして、黒い ゴムの部屋にけころがしたとしたら、 かれらは紳士として、あなたにマゾヒズム の手ほどきとそのよろこびを順序よくなでま わしてくれるでしょう。 ・・・あなたは、質的に、そのようなよろ こびももっと知るべきだわ。 * タナトスなんてものは、しくまれた組織と しての生命の内側にはない。 生理学の基本よ。 ただ、多細胞生物は寿命をさけることはで きないからそれをうけいれるための仕組みが いくつか用意されている。 たぶんそのうちの機能のひとつがおそらく 愛とよばれるものかもしれない。 愛は生理学で言えば、 ・自分が滅びることをうけいれること、 またはその苦痛をやわらげるために発生す る生理の感覚、 と ・利他 よ その意味では、野垂れ死には愛ではないわ。 賢治がいったようにそれぐらいなら、 狼のために、 狼に食われたほうが まだいいのかもしれない。 また、 広告のように「愛してる」ということばを 大安売りして、 いわゆるかもから、みぐるみはいで、 たどり着けないことにも気づかずに、 必要でもない奢侈の浪費におぼれ、 結果的には嫌われてぼろきれのようにおわ る人生には、けっして愛が存在していない。 大人になっていない人間が広告に弱いのは、 広告が女子供を狙っているからよ。 その意味では広告は愛よりも、恋にかなり の部分で共通項がある。 その意味では、愛は老人の特権よ。 老人の富者は、最後は資産を還元しなけれ ばならない。相続をも含めて、腐らせるより はましでしょう。 筋の通っているかっこいいおじさまたちが、 実は、というのをまのあたりにして、しかし 考えてみれば当然すぎる生理の論理に衝撃を うけたわ。 あのように、肉体の生理の意味でも習慣的 に愛をかんがえていれば、すくなくともあの ひとたちは人生の最後において、すべてを還 元しておわるのだろうなあって、むしろ尊敬 の気持ちさえももったわ。 こどもたちは、故郷をたびたつという意味 でもたいてい親を裏切らざるを得ない。 おそらく世代もそのようなものでしょう。 その意味では、臨終において残すものが愛 であるのならば、それはかならず敵にわたる、 またゆえに敵を愛さない愛は愛ではない、と いうことは論理としては蓋然性を持つわ。 愛やその場に、生存戦略はすくなくとも個 体としてはない、というのはあたりまえよ。 アニミズムには、自分の肉体をささげるこ とによって大自然の健康を願うような愛さえ あるわ。 「この人をみよ」だなんて無責任なことばよ ね。 まぶしすぎて、なんぴとたりともみつめる ことなんかできやしないわ。 * 寿命をはんぶんこすると、だいたい90歳 の半分で45歳よ。 乱暴な線引きだけれど、その年齢になるま でに、いわゆる愛のよろこびと次の世代に対 する配慮をつちかわなければならないとおも う。 つまり、 はしってきた亜矢ちゃんは、 喬はくりくりと、そのあたまをなでた。 これからも生きていくのであれば、もっと 自分の深い女の部分にむきあわなければなら ない。 愛にちかい快楽、それは、女の義務と権利 よ。 * それで提案なのだけど、亜矢。 喬は、はだかの尻を天にむけ、うつぶせな がら、まくらもとの粘液が乾いた透明な水色 巨大なゴム製品を、ゆびでつついた。 これをあなたにつかっていいかな? こんな巨大なものは、想さんにもつかった ことはないわ。 あなたがとてもていねいにおしえてくれた アヌスを、逆にあなたに逆輸入として腰使い として教え込んであげる。 あたしは、てあしが長いから、ふいごのよ うに動けばたいていのひとが失神するの。 あなたを四つんばいにさせ、窓枠にしがみ つかせて、ひいひい云わせてあげてもいいわ よ。 そのような深い満足を、楽しんであじわう ことができれば、すくなくともあなた自身の 人当たりは、よくなるわよ。 人間関係がらくになるわ。 ・・・まって 喬があたしのことを、心配してくれるのは、 わかるけれども。 わたしがいつもいらいらしているのはわた しがフラストレーションの処理に不器用だか らじゃないのよ。 むしろ、逆よ 夜郎自大と笑ってもいいけど、 亜矢はため息をついた。 わたしが、ささやかな快楽に幸福をみいだ してしまったら、すくなくともわたしが座っ ている椅子がひとつ消滅する。 わたしひとりなんて、確かに微々たる存在 だけれども、わたしがドメスティックな幸福 に埋没してしまえば、いったいだれがこの世 の無責任をみつめていられるの? あなたは気がついていないのかもしれない けれど、あなたがとても女らしい美しさの白 いろうを吹いた熱帯の果実のような女らしさ の下で、とてもわるい予定調和の、発達して いない無神経として、いまひとつの侮辱をし たわ。 彼女たちは、たしかにへたくそだった。 ただ、へたなのはベッドじゃない。 へたなのは生きかたよ。 彼女たちは、親や親の世代から生き方をお そわっていない。 情熱を装填して稼動できる信頼できる青写 真があれば、ほかのもろもろの技術とおなじ ように、彼女たちだって、いくらでも情熱を 持って愛の行為を工夫できるわ。 人間の歴史で、ただしかった時代なんて一 瞬でも存在はしなかったけれども、生理の理 想として漸近線をあえてひかせてもらえば、 おそらく病んでいるのは時代よ。彼女たち を産んだ大人が、実は大人になりきれていな い。いわゆる大人や先輩の世代がその責任を はたしていない。 喬、二度とわたしのまえで「へたくそ」だ なんて述語をつかわないで。 教えもしないで、愛しもしないで、インフ ェリアをへたくそ呼ばわりするのは、そいつ が餓鬼である事をみずから証明するようなも のよ。 制度にまもられる形でしか生存できない本 家の馬鹿息子は、支配のテクニックとしてじ ぶんたちがのっかる弱者のレイヤーを生まれ たときから馬鹿にするように教え込まれるけ れども、 ただそれは冷静な執事によって調節されな いと、苛斂誅求が反乱となることによって恨 みのさらし首の未来の危険ととなりあわせよ。 餓鬼はお洒落なエグゼクティブを気取って ベンチャーとして派遣会社をつくって吸い上 げる絵をえがくけれども、 それは要するにそいつらが、じぶんの後輩 を育てることをさぼっているにしか過ぎない。 即戦力?ふざけんじゃないわよ。 育てるコストを惜しんで、使い捨てにする だけじゃないの。 やすくつかわれているまじめな若さは、す べてを放棄して機関銃をとるのが、 「世界では、ふつうなのよ。」 一気にしゃべって、亜矢は溜息をついた。 ・・・むかしから「女闘士は要らない」と はよく言われていたわ。 こむすめのときはきゃんきゃんやかましい くせに、いちど種付けされて家庭に引っ込ん でしまうと、どこにいたのかもわからなくな ってしまう。 彼女たちは、旦那をてに入れるがために利 己的に騒いでいたにすぎない、と揶揄されて もその現実はまさにそのまま。 わたしは、おとこにうまれたかったな。 あなたに、いたずらとして変態をおしえた のはわたしだけど、いざ自分が社会と格闘す ることになると、こんなにも禁欲を怒りとし て充電することが大事だなんて、おもわなか ったわ。 もし欲望を堕落とおなじものだとして捉え るのならば、 私は、同性愛のビジョンに戦場をみている のかもしれない。 ときどき、わたしを正義の味方のように捉 える人がいるみたいだけど、それはたぶんち がうわ。 私は、いいセックスをしたいだけよ。 そして、それはみながまえに進むことによ って得たものを半分同朋に分けることからし かありえないわ。 わたしはセックスを、朝の光のなかで為し たい。 そのようなものに生態学的な愛を考えるの であれば、まず愛の基本はあたえるものでな ければならない。 たしかに損得の意味ではあたえられること はよろこばしいことではあるでしょうよ。 ただ、ここまで真っ黒な腐敗水にまでべち ょべちょになった世の中では、受け取ること とは、すくなくともわたしにとっては乞食で あることとおなじことだわ。 可能性として、快楽のすばらしさを探検す ることは、大いに興味はあるけれども、それ は昼間の義務とのバランスが取れてなければ、 私にとって絶頂の後に朝はこないのよ。 喬、学生時代をおもいだしてみて。 わたし、はじめのころあまり積極的に喬に 道具をつかわなかったでしょう。 そんなものは、当時はどうでもよかったの よ。 体温や重みだけで、確認できればそれでよ かった。 それよりは、学生の本分でいろいろ一緒に いろいろのびていくのがうれしかった。 亜矢は道具をみやった。 こういうのは、喬が喜ぶからつかっている だけだよ。 もともと、わたしは、自分の性欲とあなた にたいする友情・・・ていっていいのかな、 は別だと感じていた。 わたしは快楽にとろけることをそんなにの ぞんでいない。 ユトリロだったかな、不遇なときには、精 力的に量産していたけどいざ、幸福になって しまうと、それにおぼれ、作品をなんらのこ さなかった画家をおもいだすわ。 逆にゴッホは、創るためにみずから望んで 不幸を選んでいたところがある。没頭した結 果に不幸を呼んだという事象と、にわとりと たまごなんでしょうけど。 八方美人な社交家は名前が残らないわ。 男性的な精神は、名を惜しむ。 荒野をほしがる心理というものは、 たぶんに、そんなものよ。 私はとくに自分の人生を不幸だとはおもっ ていないけれども、どこか、さみしかったん でしょうね。 たぶん、愛情というものを、信用していな いわ。 ・・・でも、いまのあなたは、表情として、 いたいたしいわ ふ 亜矢が、うすくわらった ありがと。 背の高い喬をみあげて、また、わらった。 * まあ、 亜矢はふたたび、シーツに腹ばいになった。 もちろん、全裸で。 ・・・まだ、2ヶ月前に再会したばかりな のよ、 わたしは喬ががきらいじゃないから、関係 としてそばにいると想うけど、そうなれば、 いやがおうでも、受け入れる方向で変わって いってしまうわ。 じゃ、きまりね 喬は、にっこりとわらった。 昼間の人格に、影響しないていどに、たの むとおもう、 けど、 亜矢は喬をまじまじとみた、 喬、きれいになったね ええ? 喬をそんなにきれいにする快楽なら、わた しもまとってみたいと、おもわなくもないけ ど、そうなってしまったわたしはたぶんわた しではない。 そんな自分がここにいまタイムスリップか なんかであらわれたとしたら、 それがどんなにあいらしくていとしくみえ たとしても、じぶんは彼女を日本刀で切り殺 すことができなくてはならないのかもしれな い。 ・・・刀物か 亜矢は連想をもてあそんでいる表情になっ た。 「想さんは、刺身は、すきかな」 * ・・・あついだろうから、服なんか着なく ていいんじゃない 亜矢は、喬のはだかの乳房を、指でかるく はじいた。 喬は、その長身を、快楽にまだ酔っている ような体調で、のろのろと起こした。 あのさ なに、亜矢 その、うすい傷、帝王切開? そうよ、ゆうちゃんを取り出したときの。 ・・・まさかふたりとも子持ちになるなん て、かんがえられなかった 運命なんてそんなものよ わたしはそんなもの信じない。 命がはこばれていく、なんてまっぴらだ はらばいの亜矢は、くろい箱のたばこに火 をつけ、 ふうーーっと、長い息を吐き出した。 (いろいろ、あったようね) 喬は、ほんのすこし黙った。 めしにしよう 亜矢は、なかばまですった煙草を、黒い円 形の石の灰皿におしつけると、みぎうでを支 点にして、おきあがった。 麺でいいよね 亜矢のちいさな背に、みぎがわの肩甲骨が かなしいいくらいにはかなく、うかびあがっ たのを、たぶん亜矢は知らない。 亜矢は、赤い化繊のショーツで、おきあが って、ちいさな素足でリビングを歩いた。 ほそい、しなやかな脚に、緊張の力の和音 が、かなでられながらあゆみとなって、 彼女のすべての下半身の筋肉の緊張になっ ているのを、喬は、まぶしくおもった。 喬は、今日が情事の日であることをおもい おこし、 あるいていくと、亜矢の背にまわり、から だをおしつけるように、亜矢のショーツの腰 に触れ、 立ってその筋肉が緊張している、亜矢の尻 に、手のひらでその感触をたのしんだ。 ・・・亜矢、すき・・・。 亜矢のみぎの耳に、喬はささやいていた。 じゃれついてきた喬の感触に、亜矢はすこ し高揚する気分をおさえながら、照れ隠しに、 ・・・帝王切開って、やっぱり骨盤がちい さいから? そだちすぎちゃってね、 ああ、なんかわかる もともと喬が背が伸びたのだって、あんま り周囲に気をつかわないぶんのエネルギーが、 背にまわったような、もんなんだろ。 ひどい、それってまるでわたしが馬鹿みた いじゃないの。 36歳の二人は、ビキニのショーツだけの 格好で昼食のしたくをしていた。 「夏はできるだけ冷房を入れない主義で、ま たすこしだけでもすずしい結論だとこうなっ た。 トップレスの亜矢は、そういって、いつも このかっこなのという喬の質問に、 ミキサーをがーっとまわすその背で、こた えた。 服を着てると、汗で汚れて洗うのが面倒だ ろ。これなら、水のシャワーでからだだけな がせばすむ。 これものんでよ。 亜矢は、ふたつのおおきな白磁のマグカッ プに、コーンスープを注いで言った。 合理主義とは不精なこととみつけたり、か。 水色のショーツでおなじ半裸の、喬は笑い ながら、めんつゆのうつわにくちをつけ、音 を立てた。 なんだよ すこしむくれた亜矢に、 回覧版でもきたらどうするの。 そのときは、なにかはおるさ ・・・喬だってむかしから服は開放的だっ たよな。 前開きのシャツを着ているだけよ。 いつでも好きなときにオナニーしたいから。 淫乱。 そっちこそ。 あ、なにこれおいしい さっきのとうきびだよ。 豆にして八分に切ったじゃがいもとたまね ぎ煮て小麦バターをといて、牛乳とブイヨン を混ぜただけだ。 煮込んでないから、こくはない。 とうもろこしははてトリプトファンはおお かったか、すくなかったか。 すくないのよ。 北米先住民の風土病ね。亜矢、栄養学もか じったの。 すこしだけ。 あんたのほうがくわしいだろ。 うわめずかいに、ショーツ以外は、全裸な 亜矢は、返事をした。 (いいおんなだ。) 喬は、おもった。 (・・・もうあと1回できるかな) 亜矢と、今日もういちど情事を。 たべおわったあと、 たちあがった亜矢は、冷蔵庫をあけると、 ほい 350の銀の缶を喬にほうると、 さきにやってて。 いくつかの食材をとりだして、かちゃかち ゃとしたくをはじめた。 喬は、缶の炭酸の戒めを解いてやったあと 缶の泡の一呼吸を待って、それにくちをつけ た。 ユーロッパっていってたけど、 ん? 豆腐のパッケージをめくりながら、亜矢は はだかの背で返事を返した。 つい、亜矢のショーツの腰からももにめが いってしまう喬は、 しかし、情事の日ということで、じぶんの なかのはずかしさを殺して、 ぞんぶん亜矢を鑑賞しながら言った。 個人輸入でしょ、支払いはどうしたの。 喬はふりむいた亜矢に、ビールの缶ごと の手で、脱衣かごの中、みずいろのゴムの グロテスクな淫具をしめして言った。 ・・・英文のページを読んでいたら、決済 はカードでってかいてあったんだけど。 自分はフリーランスだから、カードはない ほかに方法は無いかって問い合わせたら、銀 行間取引がある、しかし手数料は数千円とか ぬかしたんで、 あたまにきて電話をかけて。 電話? そう電話、国際電話。 じか談判して、ふざけんなたかがゴムのお もちゃにそんなにかねかけられるかってやっ たら、 郵便でもいいですよソリーっていうから。 銀行行って。 銀行? そう、銀行言って欧州通貨紙幣に両替して 国際郵便で、普通郵便で送ってやったよ。 半月後に無事届いたのが、あれさ。 「一人だと盆などつかわないからなあ」 盆をさがし引出しを2、3回あけしめをし 戻ってきた。 亜矢は、豆腐の皿が載った盆で、脱衣籠の 淫具をさした。 ・・・ずいぶん、手間の掛かったおもちゃ なのね。 遊びっていうものは、手間をかけたほうが おもしろいんだよ。 焦らす前戯と一緒でね。 いやらしく笑った。 「大人になりきれない大人が企画した、カー トリッジでそだつと、不幸になる」 カードがいるなら、想さんのカードを貸し てあげてもよかったのに。 ばかいっちゃいけないよ そんな危険なことできるかい (商売と報道:亜矢) でもとどいて、ヒートダウンしてから想っ たけど、結局よのなかは金持ちのためにまわ っているんだなということはわかった。 恐怖政治に陥りやすい共産主義や社会主義 がいいとはいけないけれど、結局資本主義の よのなかは、金持ちの利便性のためにサービ スが開発されるもののよう。 コリアンタウンやムスリムポリスの人たち が出稼ぎ金額を本国に送金している仕組みに 苦労している気持ちが良くわかった。 儲けにならないかれらに、金融は何ら興味 を示さない。 世の中なんてそんなものだよ。 書き物のしごとでは煮え湯をのまされるこ とはしばしばあるけど、たとえば企画代理店 は金持ちや小金持ちを対象にして企画を立て るんだ。 営利企業だからね。 その意味で小金持ちの心理にちかい人間が 企画側にも自然多数を占めるようになる。 育ちの良い、しかし無能なわかい男女が白 い部屋で恋を語る放送劇ができるわけ。 でも 世のなかがこんなに構造的に音を立てて崩 壊し、信じられない非道な社会現象が起きて いる昨今、そんなリアリティの無い劇など、 もう誰もみやしない。 かれらは、もうなにをつくっていいかわか らなくて途方にくれているよ。 金持ちのおっとりした坊ちゃんが企画側に いて、田舎で愛されたこれもおっとりしたぼ っちゃんの現場監督をつかってんだから、 追い詰められた人間の世界の裏側で、いっ たいなにが起こるのか、かれらは肌の間隔で 知らないし、時代や人間がどのようにやぶけ ていくのをみたこともない。 おせっかいな企画が、はなればなれはよく ないだろうと、 離散していた親子を無理に同居させて感動 の1時間30分をとろうとして、しかしその 子が粗暴な親に殴り殺されたとき、いったい 誰が責任を取るのかっておおもめにもめたこ とがあったよ。 かれらは結局美談ありきなんだ。 そのために現実をなめているから、でっち あげなんかもおきるんだろうね。 急いて業界に参加した、ほかに手に職も無 い未熟な自称クリエータは、くえなくなると 田舎に帰るか、帰れないものはたいしてもう かっていない仲良し集団に行く。 結局「ともだち商売」しかできないのよ。 プロ意識がないという意味では、おだちん 商売。 友達、ともだち、ねえ 信じられないわ。 そんなのたんにギルドじゃないの。 よわっちかったり幼稚な人間が群れると、 そこにはかならず犯罪や暴力の影が差すわ。 あまやかされてそだっているから、ねたみ そねみは人一倍で。 骨の髄まで田舎者だから、罵詈雑言にまっ たく遠慮がない。 山奥で、仲間をくびり殺したひとびとだっ て、集まった当初は「ともだち」だったはず よ。 不安だからといつもつるみ、二日酔いのま ま適当な仕事をするわ。 そのくせその席にいない同朋の噂話として の評価はまるでアンコウのつるし切りのよう に、足を引っ張るかたちで容赦がない。 連中にブランド中毒の割合は高いわ。 結局は自分に自信がないからよ。 うすい理念で、自分たちの弱さを隠蔽する がために集まった集団は、弱さがもたらすだ らしなさに制裁するために。 あるいは自分の組織内での正当性を補強す るためにときどき暴力をつかうわ。 シベリアはボルシェビキの汚点よ。 赤軍が勇猛なのは、戦場で恥をかくと、戦 死なんかよりもっとひどい拷問がまっている からよ。 弱虫ギルドは、敗者や他者に対してとても 過酷よね。ドメスティックななれなれしさは、 うらがえるとかならず暴力になる。 すこしでも実力があったり、自分を伸ばそ うと欲しているものは、決して弱者の群れに 近寄ってはならない。利用されたり、恨まれ たりするわ。 フィールドワークで認められている一般的 なことがらだけど、 弱くて卑怯な雌はあたらしい雄に媚びるた めに、前の雄の子を積極的に加担して殺すわ。 人間はなまじ悪知恵があるから、 「わたしはあたらしい夫が我が子を殺すのを、 うしろからみていただけなのよ、 わたしも被害者なのよ」とぬかすわ。 お坊ちゃんのジャーナリストは、たいてい こういう現実に耐えられない。 ジャーナリズムなど、やるものではない 報道はもとより、みせものだから、 職業としてのそれは純粋さや公正性を歪曲 する力学からのがれられない。 あるいは、取捨選択にかたよりが生じる。 子供をジャーナリストにする親は、子供の 教育を失敗した、と見るべきね。 彼らは心配のふりをすることが商売だから。 擁護者をなのるものにすがるものは、ばら 撒きを受け取るという意味をも含めて、田舎 者よ。 心の底からの気持ちを日々、ダイレクトに あらわし、それがそのまま通用する近所の性 質が世界のすべてであるようにように信じて しまうのも、また、説得や工作にあたってそ れしか手段を知らないのも、政治を知らない という意味で、田舎者よ。 ここに、代議士を必要とする構図がうまれ、 また田舎自身のずるさとだらしなさが反映し た結果に、代議士の強硬と独善もまた生まれ る。 こどものような擁護者は、こころのなかか らたとえそう想っていえも、かれらは走狗に なることによって、心配と擁護を商売にする ことになる。 家族やローンがあれば、記事を捻じ曲げる し、組織として取材をえり好みするようにな るし、 ローンや赤字国債とは、ゆたかな時代の豊 曉な海水プランクトンの濃度が忘れられない がゆえに、こころのくびがまわらなくなるこ とよ。 純粋であろうとすれば、そのいみで全権自 殺が可能なひとりでいるしかないが、この世 のほとんどすべての人間は、家族や組織に属 している。逆に、未来の可能性は餓死と隣り 合わせの浪人としての無党派層のなかにある 可能性もある。 みなが認知していないことは、家族が崩壊 したとして、個人は事実上生きていけないほ どの景気の水準が、長い人類歴史の標準だっ たことよ。 そのような時代は、家長は家族の「核のボ タン」を握っていた。長が決断したら、みな はそれにしたがわなければならなかった。そ れがいいことかどうかという議論はまた別に して。 冷戦が失われて、精神から失われたことの もっともおおきいことがらは、そのようなも のだったのかもしれない。 ひとびとは、あす核戦争が起こるかもしれ ない危険をうすうす感じていたからこそ、毎 日あたらしいショーツに履きかえることを、 こころがけていたのよ。 けっして許されない暴言は、よい象徴にな りうる。 「僕の核戦争を、返して」 無責任に放棄され、餓死するこどもたちの そういう必死の訴えに、説得力のある反論を 用意できないことは、やはり一周して、核戦 争の不幸を招く。 自暴自棄としてのそれが皆の共通の願いと なれば、結婚できない若者は、家族という所 属をあきらめ、寺院の門をも叩かず、わきあ がるしかしぶつける対象もわからないみずか らのなかの憎悪を利用して消耗品の兵士にな ることをえらぶかもしれない。 飢えた彼らは最初は、当座の兵糧にの支給 をめあてに集まったとしても。 この時代、扇動者には注意しなくてはなら ないのかもしれない。 ただ、遺伝的な要因でないかもしれないが、 蓬莱の人は勘がするどい伝統を持っていたの かもしれない。 初詣には出かけても、まじないのはんぶん はいんちきであることは、だれでも知ってい る。 そのように態度として聡すぎるがゆえに、 いまいち信仰にじぶんをささげることができ ず、結果、いままで拝んできたものを、時代 がかわるといとも簡単にすてさってきた。 薄情と聡明はおもてうらで、人情と不幸を 生む蒙昧は、だらしなさでもある。 だが、そのように洗脳に比較的つよいこと が、幸福であるかどうかということは、また 別の問題なのかもしれない。 たとえば、その意味で、聡すぎる性質は、 その生来の批評心によってなかなかスポーツ のファンにはなれない。 ファンとは、所詮他人事であり、その意味 では卑怯でもあるわ。そしてよき批評とはま ず隗よりはじめよという意味で、寡黙でなけ ればならない。 自己責任、一所自己決済の伝統は、ちゃか す下町の実力風土の皮肉に似て、あるいみ持 ち上げすぎないこともまた愛なのかもしれな い。 江戸期の官僚としてのサムライとは、出身 と経済基盤は農村の郷によっているけど、精 神的には都会人よ。うまれつきの勘がするど すぎると、都会人にならざるをえないし、 サムライの養子に乞われることも多いわ。 紀州の七陽星は、その矛盾に、2代、苦しん だ。 言ってはいけないことなのかもしれないけ れど、わたしには、熱狂とは部族的に見える わ。 ハンマーと鎌のシンボルがそうであるよう に、たいていの都会の労働者とは農奴の三男 坊よ。冷静でない熱狂に一番似合うのは、残 念ながらユニフォームとしての軍服ですから ね。 銃剣で刺されると、痛いということに対し ての想像力が足りない。 その想像力を育てるのは、いい意味での教 育と愛でしょうね。 すくなくとも、貧困は治安の悪化を招くわ。 たとえば、 「インタビューを受ける条件はふたつある」 ひとつは、きみたちのこの機材のつかい方 をおしえてくれたまえ。 わたしたちも自分たちが戦う正義を全世界 にむけて説明しつづけていかねばならない。 ふたつめは、きみたちはわたしたちの屍骸 を観光しに来ているのだろう。 その代償としてきみたちがここで殺される 映像を、この機材で撮影させて欲しい。 興味本位で、われわれの必死の現実に踏み 込んでくるとどうなるか、きみたちの背後に いる人々に、教えなくてはならないからだ。 大丈夫、インタビューのテープは、わたし たちが、わたしたちの正義の証しとして、責 任をもって、きみたちの本国に送付してあげ よう。 受けられないのなら、もとよりこの話はな かったことだ、護衛をつけるからふもとの村 にかえるがいい。 * 報道にかかわるものは もとおり、哲学者であることを現地では要 求される。そしてそれをうらぎるものはロー マ以来つづく大衆だわ。 肥満したローマの金利貴族という大衆は、 ひまつぶしとしてみせものをこのむ。 そして当事者意識がないから蓄膿症のよう な欲求不満によって、刺激のリクエストがど んどんエスカレートするわ。 失業青年を含め社会的弱者は、ときどきか れらのショーのために戦場に投入されるわ。 「安価芸能企画!現地で傭兵訓練を体験して みたルポ!」 我が子を殺される親は、たとえば蓬莱の世 間に対しての生き延び方をおしえることに失 敗したというべきであるわね。 好奇心の満たされない退屈よりは、ひとの 不幸を歓迎するお家騒動に需要があるのは、 いつの世もおなじよ。 哲学者であるということは無意識に刷り込 まれた暗示や常識をじつはすべて疑うことを 意味する。 つまり、権威や伝統もその例外ではない。 それらは、経年によって炭素14のように 劣化するということは、 それがひとびとのよわいこころが需要とし て要求する確固とした固体であるために、外 界と物質の出入りがないことになる。 「代謝をしないという意味で、ころがらない 炭素には灰が溜まるわ。」 つぶれかかった道場は免許皆伝を乱発し つぶれかかった出版社は文学賞を乱発し つぶれかかった王朝は勲章を乱発する。 つまり、たいてい賞とはインフレという媚 びであり、そこにはインディペンデンスはな い。 おそらく、ダイナマイトの利子は、100 年を経て、そろそろ時効であるとおもうわ。 世界がゼロサムになれば運用もできないでし ょうし。 多くの原爆科学者やナチスの信奉者に大量 のメダルを贈りながら、なぜ同時に平和賞を ももっているのかは、おそらくそれが小国の 恣意であるからなのでしょう。その小国は、 おそらく利子を私物化しているのよ。 つぶれかかった王朝には、余裕が無いので ことわられると恥をかくことをおそれ、勲章 の授与の際にはかならずないないに打診をす る。 利子が小国の唯一の外交の道具であるのな らおなじ力学においてまず自国の利益のため に、おなじように問診をすることでしょうね。 もし、完全に一方的に平和賞をきめられて しまえば、その本人にとってまさに生命の危 険が訪れることにより、それはその意味では ただ単に小国の利害という意味では迷惑千万 ではある。 また、かならず打診をするということであ ればそこにはかならず潜入と接触があり、も し、そこに第三者の公平な監査がなければ工 作と捏造がはいりこむ危険もまたあるわ。 きなくさいことじゃないかしら。 まともな人間であれば、世界全体のすべて の賞が迷惑であるように、平和賞もまた辞退 したほうがよいとおもうけど。 たとえば象徴としてドルが基軸通貨の立場 を去った時代では、その形式はなじまない。 賞を受けることはその背景にある事情をお しうりされることでもあるから。 要するに、ダイナマイトの利子には、オリ ンピック同様、世界からの心理的な協賛が必 要であるということかもしれない。 しかしそれは実際、多極化や多価値観の世 界では初等物理学的にもむずかしい案件では あると推測できる。 思想やイデオロギーにとっては良くも悪く もライバルがいることによって自己実現を正 当化し、また部分的にはきたえられるわけで、 多極化の時代では正義にちかいわかりやすい 思想を世界に示すことはなかなか難しくなる でしょうから。 それが祭典の重商業主義とおなじように、 小国の恣意が前面に出るようになると、それ は単に大国と当該小国の2国間外交の事案に すぎなくなる。 そうなると、そこにはもはや単純な物理し かありえなくなってしまう。小国が小ざかし く振舞えば、大国は、その日の気分でそこを 簡単に踏み潰すのは歴史の必然よ。 バイキングから義侠心をとったら、ただの こそ泥にしかすぎないわ。 人間やその集団は、ふつう弱い生き物で、 隠蔽をしたがるから、ものごとはそこ意地悪 く、皮肉っぽく裏を考えるくらいで生活防衛 としては丁度いいのよ。 笑顔は、黄金とおなじように、貴重だけれ ども危険なものであるという認識は共有され なければならない。 笑顔を強制することは、農村的封建的な暴 力であり、笑顔を要求する弱いおんなは、つ ぎにはあなたに生命保険をかけて殺すわ。 保険金殺人とは、本家の犠牲になる農村の 間引きと力学としてはおなじものかもしれな い。 「だってしかたがないじゃない、 私は弱いから、お金が必要なのよ」 あまやかされてしまうと、いずれ、内戦と いう駆除が待っている。 * その意味でイメージ広告でしかない広告は、 人類には不要だわ。 わたしには、ストックホルムは、クレムリ ンにみえる。 工業と工業製品の過剰が大恐慌を生んだよ うに、過剰な技術は、本来人類に必要ない。 小国が知恵で生きていかなければならない のはわかるけれども、それはやはりあくまで 彼らだけの事情よ。不敬だといわれると困る けれども、日本史のなかの天皇家の弱い立場 に似ているわ。 食糧に対する工業の過剰、受胎調節なき医 療の過剰は、技術の無責任で、また技師は政 治になじまない。研究のための専念は、周囲 に気をくばることができない。 だから思惑の恣意につけこまれる、という のは世間知らずの密室文学が結局は政治や広 告に使い捨てにされる構図とおなじものかも 知れない。 技術と文学の違いはあったけれど、「世界 理想文学賞」というのは要するに共産主義の 夢想ではあった。それが一面では現実をみて いない大いなる迷惑であったことは、すくな くとも、失われた多くのいのちの意味では、 事実でしょうね。 全体への幸福の分配につねに苦慮してきた 政治や宗教の良心は、いきすぎた研究という ものをつねに警戒しているわ。 いろいろと過剰な時代において、もし技術 の副作用のほうが結果的におおくなることが めにあまるようになれば、いずれストックホ ルムはバチカンやイスラムの聖都から、錬金 術師の異端の魔都と目されるようになるわ。 ブリュージュのように。 かれらに、そういう内省の意識はあるのか しら。オーディンの血は、やはり罪深いので かれらはつねに、じぶんを罰していなければ ならない、とはおもえるけれど。 タロットカードにおける、つるし人よね。 たしか、忍耐とかいけにえの意味をもつわ。 違ったかしら。 異端でもあるマゾヒストの喬はどう想う? 残念ながら正義や価値観は相対的で程度的 なものにしかすぎない。 そういう種類の理学的謙虚にまで立ち戻ら なければ、声高に自分たちの権威を補強しよ うとするとそのうそくささを逆に強調するこ とになり、一双の角のかぶとはいずれちかい 将来価値観を押し付けるかつてのうっとうし い赤い熊とおなじ扱いを受けるでしょうね。 モンゴル朝は短命だったけど、ツングース の統治は繁栄したわ。それは「おしつけなか った」からよ。 ダイナマイトの資金なんだから、プライズ は理学工学部門にかぎるべきよ。 そうすればあたえた賞の学者が殺戮兵器を 開発しても、技術とは功悪両面があるといっ て逃げれば、基金の名誉に傷はつかない。 かれらにとって大事なことは、権威として の自分たち小国の生き残りなのだから。 アルフレッドは技師に過ぎない。 政治家ではなかった。 平和を語る資格は、経験の蓄積としては内 面には本来ないわ。 そしてたいてい高潔な願いというものは、 弟子によって裏切られるものと相場がきまっ ている。 レーニンが晩年憂慮をかかえていたように。 * たとえば、崩壊した家庭はたいていもとに はもどらない。意志の弱い人間は適当なとこ ろでいつも妥協し、にげまわるだけだから、 当然失敗する最初の結婚からそもそも、家族 の首をすげかえることをくりかえす。そんな 人生ではけっして判断力を含めて自分に実力 がつかない。 弱い人間の引き起こす犯罪とはたいていこ んななさけない依存にまつわる悲劇として起 こる。保険金殺人。 馬鹿やなかよしの集団が政治に発言しはじ めたときは、最大級の警戒をしなければなら ない。 彼らは政治を私物化するわ。 わたしはべつにマルキシズムを擁護する人 間じゃないけれど、小金持ちが人間としての 弱さに負けて労働や現実の現場を忌避するこ とが、 小金持ちあいてに商売をする産業から急速 にリアリズムをうばう原因になっていること はたしかだとはおもう。 ウェーバーのいったことは、たしかに事実 なのだとはおもう。でもそれは人々が日常の 市井の感想として実感として感じるべきこと で、世間経験も無い学生がウェーバーを耽読 することは、光景としてはまぬけなそれだと はおもうわ。 そういう人間はナロードニキのように信頼 されないか、あるいは転向して資本側の悪代 官になるのが、関の山だよ。 ******************** そんな代官ばっかりさ。 あの業界は。 亜矢は、かちゃんと豆腐の皿を盆から喬の 前に置いた。 亜矢のかたちの良い乳首が、宙を泳いだ。 * 「これ、たべてみなよ」 亜矢は、夏の温度のなかで、 冷たい汗を一面にかいている、 小びんからすくったこさじを 堅い冷やしたふた皿の焼き豆腐に ぬりつけながら、言った。 なにこれ、味噌? 喬はそれをふれたこゆびをくちにふくんだ。 野菜をねりこんだ味噌ね。 なんの野菜かな、このこくだと菠薐草だと おもうけど、いま夏だし、冷凍の作り置きか な・・・。 はだかの乳房と乳首の上で素麺をすすって いた喬は、考える過程をくちにだしながらい った。 あれだよ、亜矢は首で網戸のむこうがわを しゃくった。 緑色の色彩がぼんやりと秋の気配がまじり はじめた夏の西日に逆光で照らし出されてい た。 あそこに土手から抜いてきた野草が植えて ある。そのままじゃ食えないんで、こうやっ て加工して使うんだ。 なに? みる? 亜矢はたちあがり、 喬のめのまえに亜矢の肩甲骨の一対がちい さなまるい肩のあいだで、せりあがり、とお くへ歩いていった。 わずかな赤い化繊の布が、ちいさな亜矢の 腰骨をかろうじてうけとめていた。 網戸を開け:日中なのに網戸をしめている のは虫ではなく自分たちの全裸が外から見え ないようにする対策である、 左手をかるく網戸のさんに添え、 左の脚をまっすぐなまま、 ゆかからはなし半身のはだかの上半身を一 瞬だけ日光にスキャンさせ、 (可憐な肩甲骨がおおきなクレーターのよう に、一瞬くっきりとした影を持つ、宇宙の小 惑星になった) 植物の枝に手を伸ばした。 亜矢の手のひらは、亜矢のはだかの胸の前 で、ゆるくおりまげられて草のやわらかな白 緑色の葉をつつんだ繊細な肉色のかごになり、 胸の前でかごにした手のひらのなかで、 枝の小片を確認している、その亜矢の、 まだ少女の面影をのこす、 骨格と肉体は、喬がまえに新聞で見た、 過露光の三日月の写真のように、 日光があたる側が、まぶしく輝いていた。 喬はその日光によるトルソーの美しい亜矢 という天体を、視姦として、 無意識で鑑賞している自分に気がついた。 かがいている乳房の球は、赤みを帯びた白 熱ライム大理石のつや消しの光度の高い電球 であり、 夜の部分は、赤いベルベットが、闇に沈も うとしている色をしていた。 赤いベルベットはおそらく、秋風がはこん できたたぶんごくうすい空のほこりをふくん で、それをごくわずか周囲に撒き、 乳房のひるの半球のはげしい輝きをうけて 光にかすみ、ビロードのやみが奥行きをもっ ていることを演出していた。 亜矢のからだは、一瞬だけ空気の遠近法を ひかりかがやく金色の粉のオーガンジーとし てまとったのである。 亜矢の乳首は、その光のかがやきのなかで、 本来の色をうしない、ひるの光線のなかにか すんでいた。 ・・・昼顔の花言葉は、淫乱だったかな。 (喬が後に知ったことには、それは 「情事と友情」であった。 喬は、赤面した。 たおやかにもとめる、そのほそいつると、こ びるほどには派手ではないその、清楚な欲望。 友情同士でなぐさめることが、レズビアン でなくてなんだというのか。) きれいだな、亜矢は。経産婦なのに。 喬はおもわず自分の下腹部に走る帝王切開 のあとを手でふれた。 その想いのあいだは2、3秒もなかったも しれない。 その一瞬枝を吟味していた亜矢はあるきな がら葉をちぎるとそのひとつをみずからのく ちにおしこみながら、 「はい」 葉のもう一枚を喬にわたした。 なに? よもぎ。だとおもうんだけどね。 茎の上のほうだから、綺麗だよ。 ガムのようにくちゃくちゃやる亜矢にうな がされて、くちにおしこんだ喬は、 「なにこれ、苦い」 ものすごく苦かった。 野菜としての春菊などは、まだ甘い種類の 野菜であることを、喬はどうでもいい今日の 雑学としておもいしらされた。 すごいでしょう。 はじめてくちにしたときは、わたしも失敗 だと想って抜いて捨てようかとおもったけど、 やたらに団地の日の光を吸い込んでやたらに 茂りまくるこれをみて、もし欠点が味だけな らばこれは、利用しない手はないなあと、考 えたんだ。 たぶんこの苦味のせいだろうと想うけど虫 などもほとんどつかない。栽培するには手が からないよ。 蓬莱ではよもぎは2、3種類がおもなもの らしいけど、これはどうも真正のよもぎでは なくて大よもぎかもしれない。 ことしは葉のちいさなよもぎはみあたらな かったんだけど、作物ではないし、苦味はう すくてもまあ似たようなものだとおもう。 あ、ビールのみなよ。 それともびんだそうか。 ビールもホップで、苦いわよ かんけいない、かんけいない。 ふたつならんでいる自分のコップに注ぎな がら、亜矢はうながした。 おひたしにしてもにがくてだめ、味噌汁に 入れてもだめ。 よもぎは、きれいな花はさかないんだ。 花粉を風で散布する風媒花だから、虫や動 物に媚びる必要もない人生だ。 花がさく植物でも苦いものはけっこうある けれどすくなくとも風媒花の植物は虫をすべ て、自分をかじりにくるまねかれざるものと してて忌避する戦略を選ぶことができる。 猛烈な苦味や酩酊成分を武装することがで きるんだ。 (それって、あなたなのね。花を拒否して、 苦味を背負う。)喬は想った。 インディペンデンスだね。 虫にかぎらず、かれらはあまいしるがない といきていけないからね。 ちかよってくるちいさい人やライターをお いはらうためにつかう蚊取り線香は、くらむ よもぎだよ。 アブサンを気取るのは、俳優にとっては必 須かもしれない、とかいたら好評だった。 うれしかったな。 餓鬼ばっかりで、いいおとこがいないから いっぱん、女性同士が、だきあっているとこ ろもあるし。 * そんなとき偶然、根気の体力つけるために、 ミルクセーキをがらんがらんミキサーでまわ していたら、これがえぐみけしになるかもし れないとおもったんだ。 「菠薐草のケーキ」ってあるでしょう。あれ は生クリームが菠薐草の臭みとえぐみを中和 しているんだ。 一時期菠薐草をゆでて冷凍して、牛乳を呑 むときは機械に一緒にかけていた時期があっ たけど。それの連想だね。 立派に代用になったよ。 乳脂肪だけでなく、味噌といっしょにすり つぶしてもいいことも気がついたのが、これ よ。 よもぎのカロチンや葉酸値は比較的たかい あたいがあるから、おおびんつくっておくと、 いい補給になる。 みんな万民、経験的な習慣でしかないのか もしれないけどよもぎは東西で薬草として珍 重されていたらしいんだ。 よもぎがはえる原野は、みんなにとって、 風物詩としての、草つみのばしょでもあった のだろう。 これをうえてからからしらべたんだけど、 欧州よもぎのことをロシア語でチェルノブ イリという、という画面を見たとき、あたま のなかで、2000ヘルツの音の「ぴんぽん」 が鳴ったよ。原野の広がるウクライナだしね。 媚びないからこそ栄養があるのかは、わか らないけれど、野生や野草にはそういう現象 がある。 わたしは、かきものをはじめてから、無能 なくせにむれたがる衆愚の現象が諸悪の根源 ではないかとおもいはじめた。 売るためには、主人公は共感できるなさけ なさをもっていなくてはならない。 ・・・それは一面では正しいと想ったけれ どもそれは共感という属性に関与するもので、 世界や理想が成長していくことはその外側の 必須の要素だと想っていた。 進学校に籍を置くということはそういうこ とだから。 ただ、じつは出版は芸能興行とおなじもの なので、あきっぽい大衆が相手では、あまり にも短期的で受身でなけりゃ社員の給料が出 ない。 「世間のレベルが下がったら、主人公のレベ ルも下げなければならないんだよ」 天につばをはいてまですずめの涙を追いか けなければならないのならボランティアのほ うがましだよ。 そんな時代では、劇場型の政治は何も残さ ない。投票する人も、馬鹿になっているから。 見て。 亜矢は奥の部屋のふすまをあけた。 そこにはピンクの養魚灯のあかりが、闇 にこぼれていた。 喬は、ちいさな歓声をあげた。 そこは亜矢の書庫の部屋だった。 おおきな本棚が四畳半の和室の壁をぐるり ととりまき、そのすべての最下段は開放され ていて、脚として立ち、 その下にアクリル製のおおきな水槽が5つ、 四畳半の和室の壁をぐるりと配置されていた。 公団の和室は、畳をはがされ、かわりに即席 の焦げ茶のフローリングユニットが敷き詰め られていた。 鯉? 鉄魚だよ。 てつぎょ? そうだよ。金魚と鮒のハーフね。 天の羽衣のようなひれをもつおおきな鮒が、 悠然と泳いでいた。 野生を王朝にいれるとどうなるか、興味が あったんだ。わたしは素人だったから10年 かかった。 ピンク色の光が、亜矢のはだかの乳房を輪 郭として、照らしていた。 まさか、亜矢、これ一人で? ・・・水槽がアクリルなのは、ガラスだと 割れる怖れがあるからよ。アクリルはばか高 いから、5水槽分、景気のよいころの稼ぎの かなりの分がとんだわ。 わたしはね、源氏物語がだいきらいだった。 庇護された貴族の馬鹿息子が、みずっぱな をたらしながら荘園の既得権で女性の心を金 で買うような話に、我慢がならなかった。 権利と位だけで、ほほを張られた女官がめ ろめろになるのが、つまらなく娘の弱さにつ け込み、あどけなく素直な娘をつぎつぎにス ポイルしていくのをめにしているようで、女 を馬鹿にしているようで、がまんがならなか った。 女を馬鹿にしているのが、まるでわたしを 馬鹿にしているようで虫唾が走った。 「ほら、亜矢、安穏と肥満こそが女のしあわ せだぞ、洗脳されれば、すぐにでも楽に生き られるぞ」 とささやかれているのが、自分の弱さを見透 かされているようで、我慢がならなかった。 なぜ、源氏物語が現代まで、忘却されずに 残ったか喬は知っている? 戦争の道具につかわれたからよ。光源氏は ノーベルのダイナマイトのようなものね。 外交戦争をかちぬくために、荘園主や大名 は支配者の既得権をひきだすために、共有溶 媒波長として利用できる「源氏箱」の写本を 一生懸命暗記したのよ。 外交戦争で勝利したあかつきには、かれら 実力世界の支配者は、敗者や領民に残酷なる 苛斂誅求をすることもしばしばだった。 戦国武士にとっては、光源氏の文化など、 なんちゃっての二重派遣でしかなかった。 光源氏を信じていると、おんなのこは不幸 になるわ。 うつくしいご尊顔ですって? 苦労をしらずやわらかいものだけをたべて、 ちやほやされていればだれだって面長の貴公 子にはなるわよ。 正行公でも、秀忠公でも、たぬきおやじの 2代程あとの息子でしかないのに、おっとり とした面長のハンサムになっているわ。 現実に光源氏が存在していたら、ちやほや された裏打ちのないナルシシズムが、虫の卵 の殻を破ってはいだし、役に立たない、青白 い、ほも造になるのが関の山だわ。 経験則としていうけど、ほもはみな結果的 には無能よ。 頭がいいくせによわっちいから、いつもず るに終わるわ。 現代だって、まじめに源氏物語を信じてい る人なんてどこをさがしてもいやしない。 みんな商売よ。 客に嘘をついているか、自分に嘘をついて いるかのどちらかね。 喬は、おもった。 亜矢の怒りは、真実なのだろうと。 亜矢の怒りは、しかしふかくしずかだった。 それは、亜矢がに実力があり、同時に ピンク色の養魚灯にはえる、 ほそいショーツ一枚のそのからだが美しい ピンクのかがやきの輪郭に、産毛がかがいて いるからだった。 美しい怒りは、けして幼稚には走らない。 ・・・つよくなるための習慣と、精神の健 康が肉体をひきしめるための方法なんか、た だでいくらでもおしえてあげるのに、 どうして彼女たちは老婆の書いた嘘の洞窟 からでてこようとしないの。 喬は、おもった。 もちろん理屈では亜矢もわかっているはず だ。 すべての女性が美しくなってしまえば、さ らなる向上心のたかみは、無限に際限がなく なる。 現在の「平凡」とは、おそらくわたしたち の肉体が要請する許容値としての自然な平衡 点の数値なのだ。 またそれが男の子だったらどうだろう。 中途半端な能力は、幼稚なかれらによって 面白半分に恣意に近隣を殺すギャングになる のが関の山だ。 なかなか能力が突破できないことや たがためにあこがれにいどむことをあきら め、平民としての取り巻きにあまんずること は逆に焦土をまねかない抑止力になっている のかもしれない。 おそらく、 需要が平凡であるレベルであるのならば、 貨物船の船底かバラスト水について、欧米か らやってきた、 かたく固陋なむらさき貽貝のように、ねち ねちした粘液質の性格さえもってさえいれば、 「光源氏」を書くにおそらく天性の才能など 必要ないのだろう。その意味では、源氏物語 など「誰にでも書け」、 そして複数のむらさき式部は「おかわりは いくらでもいるんだから、いやならやめても いいんだよ」 亜矢のように聡い人間は、妄想大河など書 けないだろう。シリーズ化した妄想大河は作 家を肥満させ、成人病に追いやる。 「大人になりきれないくせに、 なんで成人病になるのかしらね。 滑稽だわ。」 亜矢は、いつも走っている。 (・・・まるで、男の子みたいだ) どうりで高校でもてたはずだ。 (でも、ランナーは走路で孤独。) 喬はこころのなかでつぶやいた。 * 笛、というものは暗喩なのだけれどもね、 亜矢はめずらしく、しみじみとして言った。 「いちのたにのいくさやぶれ、」 喬のまえで、ショーツ一枚の細身の亜矢は、 ピンク色の光にむかいその背筋が、 養魚灯のピンクの色合いで、 朝焼けのゆるやかな丘の台地をうえからみ たらこうだろうなというような、 うすむらさきとピンクの滑らかな光の縦筋 で流れているのを喬にむけていて、 このうた好きだな、かつて学生時代にふと 言ったことがある、唱歌をアルトのちいさな 声でつぶやきはじめた。 ・・・このうたをきいたとき、わたしはシ ョックを受けたわ。 どうしてわたしはおとこのこにうまれなか ったんだろうって。 ものごとをうつくしいとおもうことをもち ながら、義務と実務に生きていかなければな らなかった男の子と男性のいきかたが、わた しは、うらやましかった。 もちろん現実のおとこなんか、ずるくてく さくていくじなしなのはわかっていたけれど、 みすえる意識とあるいていける脚力がある おとこのこがとてもうらやましかった。 そういう子に生まれると、世界はどのよう に見えるのだろう。 もちろん、そのふたつのちからをどうじに もつことは、渋い山中のアツモリソウとクマ ガイソウの紫色の血糊の首実検にしか終わら ないだろうけれど、 それでもそういう世界を見ることができる のならば、わたしは首をはねられてもかまわ ないと想ったことがあったな。 すぐれた男の子は、このむとこのまざると にわらず、このような業からのがれられない。 生きた歴史を知っている先輩たちは、すぐ れた純粋な男の子には笛をおくったんだって。 娯楽が少なく性のおおらかだった時代は、 男の子の純粋さに対するシンパシーとして、 笛というのは少年愛の象徴でもあった。 浮世絵の題材として、美女と笛吹き童子は 双璧だけど、 両方ともいいおっさんたちのオナペットだ ったんだって。 亜矢はくすくすわらった。 昔は、おとこのこにうまれたかったと、本 気で想っていた。 それはそれでたいへんなのはわかっている けど。 自殺したある人は、男の世界には女の存在 が影を投げているなんてことをいっていたけ ど、 わたしたちの世界にだって、男の子がそう なりたいあこがれとして影をおとしているじ ゃない。 わたしたちは男の子の影に群がる、 蟻に過ぎない。 おあいこだよ。 磁石がそれぞれの極を分離するために半分 には切れないことを同じように、男だけ女だ けの観念を分離してかんがえることはできな い。 どんな挿し穂も極性で芽と根が出るように 男側で切ればより女側の切り口の、 男は女役になって、「薔薇」、 女側で切ればより男側の切り口の、 女は男役になって、「百合」。 便宜的にわかれるにすぎない。 複雑な肉体や責任ある家族を形成する必要 のない生物では、性は勾配に過ぎない。周り の状況によって、右にも左にも振れる。 性なんて、相対的なものに過ぎないと想う わ。ただそれが無責任への言い訳につかわれ てはいけないんだけど。 * この子を、みて。 亜矢が、アクリルの壁にむかって右手の人 差し指をおしつけた。 そこにはグッピーのようなかたちをした鮒 がいた。 これも鉄魚なのよ 鉄魚って、ペット屋の朱文金の鮒版とおも っているひともいるけど、流金と鮒の体型の あいのこでは、 このような阿蘭陀獅子頭にちかい子もそう とう生まれてくる。 幼生のときは背骨が曲がっていたから、な にか病なのかなと想っていたけど、かなり相 当数生まれてきていたから、そうではない金 魚由来の有意な遺伝であることはすぐにわか った。 体節の背骨に関するホメオボックス的な変 異が、たぶん流金の体型の性質なのだろうけ れど、それが原種とのもどし交配でうすめら れると、こんなふうに鼻ずらをおさえられた、 背中がちょっととびだした個体になるの。 一時期、この種類の子をイゴールと呼んで いたけれど、もしじぶんがそのようにうまれ てしまったらとてもいやだろうから、そうよ ぶのはやめたわ。 いまは単純にグッピーの仔とよんでるわ。 あとは色の形質が特殊ね。 親の鮒に比べて、体色が特にうすい。 最初はなかなか色素がつかないからぜんぶ アルビノかもしれないと想ったけれど、長ず るにつれちゃんと色素がついてきた。それで も色はかなりうすく、大人になっても、鮒の 黄色ぐろさはでてこず、雌のししゃものよう なみごとな日本刀いろ。 「鉄魚の鉄、とは黒光りの色じゃなかったん だね。」 たぶん金魚の遺伝因子のなかに、多段階に 色素や色素細胞の発達を抑制する因子がある か、 それとも色素の発達には同義遺伝子におけ る総合発現数の量が、関与しているのかもし れない。 人間の肌の色素の遺伝は、同義遺伝子によ るものだけれど、たぶん現実にはこっちの要 素が鮒にもつよいかもしれない。 背骨の曲がりは、みんな朱文金の先入観が 強いから、すらりとした鮒型のからだになが い羽衣みたいなリボンテールが伸びているの が鉄魚だと想っているけれど、 それは品種固定のときの遺伝的な芸能界の オーディションを種苗場の楽屋でやっている から、そのような個体を店でみないのよ。 ハーフが美しいなんて、幻想よ 美しいハーフだけを選別して、売り出すか らみな、ハーフは美しいだなんておもってし まうの。 冗談じゃないわ。 少女漫画ばっかり読んでると、まずまちが いなくばかになるわね。 天網で英文の学術論文なんかをよんだこと ある? 文末に、署名と一緒に顔写真が載っている ことがあるけど、外人の遺伝子なんてなまじ 顔にめりはりがあるから、気の毒な組み合わ せだと、まるでスペースオペラのオンパレー ドよ。あるとき、ぬけるようなしろい肌と、 とてもうつくしいプラチナブロンドのノルマ ン系の女性がいたんだけど、顔の輪郭だけが 牛蛙。 かえるってね、じつは古代の迷歯類の直系 でどうもからだのなかの石灰や蛋白が欠乏し がちか、節約するなかまらしいの。 おたまじゃくしから成体になるときに尾が なくなるのは、尾がいらないのではなく、尾 の組織を養うことができないかららしいわ。 そのぶんからだの代謝と栄養は強大になっ た後ろ足が吸い込む。 石灰分を肋骨にまわさないのもそのぶんう しろあしが要求しているからなのかもしれな い。 それでは、体重でもある内臓を重みとして 釣ることはできないからおおきくなったあご の骨がぜんぶ枠のあるずたぶくろとしてつっ ているのかもしれないわね。 お茶をふきだしそうになったあとで、研究 者じゃなくて特撮ハリウッドにいったほうが いいかも、とおもってしまったわ。 わたしってひどい女よね。 あの時ばかりは日本人でよかったわと想っ てしまったわ。 亜矢はまだ、ショーツだけの全裸だったが、 話題と表情だけが、うつり変わっていた。 * 鮒はね、 環境が苛酷になると戦略を立てるのかしら、 ぜんぶ雌ばかりになるのよ。 正確にいうと、苛酷な環境になると雌だけ で生殖ができる血統のみが総尾数の大半を占 めるようになる。 亜矢が言った。 「蜥形類:きつけいるい」といって、 巨大な栄養卵が炭酸石灰で覆われている爬 虫類以上、と哺乳類ではおそらく卵黄膜と胎 盤の遺伝的な制御がデリケートなので、 倍数体はいきながらえられないのだけれど も、 魚類のからだはそのへん、おおらかよね。 種無しスイカのような3倍体でも個体は、 生存できるし、むしろからだはおおきくなる。 ただふつう、3倍体は配偶子をつくる減数 分裂を失敗することが多いので。 親は不妊不捻となってその子孫はできない のはふつうなのだけれど、 魚類は、減数分裂を失敗してもいわば親の クローンとして、卵が成熟してしまう。 3倍体の鮒はみな、その棲息地域ではすべ て単一の遺伝子構成を持つクローンよ。 かつては別種だとかんがえられていたよう だけれど、最近ではおなじカラシウスの2倍 体を金ぶな、3倍体を銀ぶな、とよぶことが おおいようね。 倍数体だけあって銀ぶなのほうが、からだ もおおきく、からだのいろはあかるいわ。 銀ぶなは、雌ばかりよ。 でも不思議ね、雄がいなくても増殖するの が戦略だとしても、有性生殖ができなくては、 個体数は増えても、遺伝的な多様性は維持で きない。 つまり、3倍体の群れは広い意味の進化に 寄与できない。 レズビアンだけでは、子供が生まれないよ うに。 魚類に3倍体の雌クローン集団はときどき みつかるけれど、かれらは条件によって、受 精可能な卵細胞をつくるからだにもどれるの かしら・・・。 * この子達の排水を、ベランダの植木にやっ ているの。 おおぐらいでたくさん窒素分を排出するか ら野菜がよく茂るわね。 肥料はカリウム分だけやればいいみたい。 ほんとうはこういうことにとても興味があ るんだけれども、環境関係の文筆家はとても 精神がかたよっていて矯激なのであんまりか かわりあいにはなりたくないわね。 運動家という人々のいちぶは、夜や華の世 界に残念ながら多い人たちと一緒で、劣等感 をかっこつけることで代償しているのよ。 たとえば任侠というものはあこがれるもの じゃないわ。義務感でしぶしぶ後を継ぐもの よ。それを磨き上げることができたものだけ が言の葉に登るのよ。 だから逆にたいていの運動家はじぶんより したの人間にしかえらそうなことをいえない。 ちいさいことを指摘されると、かれらは全 人格を否定されたような顔になってこちらに 刃物をもってとびかかってくるわ。 かれらのほうがよっぽど猛獣よね。 郊外でちょっと胡瓜をそだてたくらいで、 かれらはたまに農業はちょろいだなんておも いあがったことをいうひとがいるけど、 農家が、まがっていない胡瓜をそだてるた めにどんなに苦労をしているのかかれらはし らないのよ。 紛争が起こったら、となりの藩でもある隣 村の人々を皆殺しにしてもかまわない自給自 足の封建体制のリアルに生きているのなら、 そういうことをいってもいいとは想うけど。 都会人は農業のまねごとをするよりも、ス ーパーや販売の青果流通のほうに関心を持っ てもらいたいと、都市型の近郊農家はおもっ ているとおもうわ。 まがった胡瓜を業者がひきとるルートがで きれば、それはお惣菜になって無駄にはなら ない。 コストの問題はあるけれど飼料米の発想も その方向性だとおもう。 農業の再生は、規格外と質的な新規需要の 開発だと想うわ。バイオマスや間伐材は規格 外需要の最右翼でしょうね。 そのようなてまのかかることを実現させる ためにはは、中央集中生産の発想を変えなく てはならない。 かつて石炭が石油に排除されたのは、液体 にくらべて固体は製造工場の効率として連続 操業にむかなかったからよ。 粉砕してパウダーにしても、中管輸送はど うしてもつまるし、熱水蒸気で一酸化炭素に するにしても、そのコストがたかくつく、 しかし技術が存在してないわけではない。 鉄鋼業は鉱石や石灰石で日常的に固体を扱 っているわ。 またチップやペレットにしても、たとえば 小型ストーブのわずらわしい灯油の給油を考 えれば、切り口としては可能性はないわけで はない。 今世紀以降、逆にコストが掛かることに積 極的な意味を見出さないと、たぶん時代はす すまない。 つまり、楽してはたらいてはいけないのよ。 それは労働ではなくて、ギャンブルとしての トレーディング。 改善は展望をひらくときのみつかわれるべ きで、けっして消耗戦にもちいてはならない。 手間が掛かるということは、逆に雇用を産 むわ。 象徴として槍玉に挙げて申し訳ないけど、 なにもしらないしつけられてもいない気品 としての色気もない田舎の娘が、マニュアル バイトをして、どっかで聞いてきたような消 化不良の既知感にみちた安演劇が許されるよ うな時代は、終らせなければならない。 広告はこれ以上無意味なあこがれをあおっ て田舎者を都会に注入しないでほしいわ。 気品や色気のない少女は、わたし、きらい よ。 * 「あや」 陰阜の陰毛を風になびかせ、全裸でベラン ダに立つ亜矢は、 よびかけられてふりむくと、 水色のショーツ一枚だけの喬が、ワインの 入ったコップを差し出していた。 勝手にあけたわ。いいでしょ。 亜矢は、うけとると、一気に飲み干して、 にっとわらった。 亜矢の口元から液体の口紅がひとすじ、そ のしろい乳房に垂れた。 しろい乳房はしずくを迂回させ、淡く蒼く、 にじんだ。 ・・・喬は、じぶんに正直に、身をかがめ、 その乳房にくちびるを寄せた。 その姿勢は、夕にちかいシルエットとして、 母親が娘のひたいにくちづけをしているよう に、みえた。 * 午後は、夕暮れがちかくなっていた。 喬は、男になっていた。 ・・・どうしたの、男役になって抱きたい なんて。 なんでなんだろう、抱き締めたいと想った んだけど。 いまさらよごれた大人だから清純にいくわ けにもいかないし、セックスであなたのここ ろをわかちあいたいと想ったからかしら。 ・・・くさいわね 亜矢は、正常位でかるく揺さぶられ、 うすくわらいながら、言葉をかえした。 ふたりは両手をその指でくみあい、ちから と運動をおたがいの肩に送り込み、喬の股間 が亜矢の陰門で存在を主張する動きとしてい た。 なによ、いいくせに。 私をみなさいよ。 ふたりはたまに突然、会話に命令をまぜ、 どきりとする浴びせられたことばのひやみず が、 乳房から背筋をつたい、尾底骨にはしって 腰骨にしみこむあの感覚を、たがいにあたえ あった。 喬は上体をつぶし、亜矢と胸をひしゃげる ようにからめると、 (亜矢のかたい乳房の弾力のある乳頭が、つ、 つつと喬のしろい乳房を滑った) 亜矢にくちづけをし、舌の先を器用なもず のくちばしのように暴力的で忍耐づよく、喬 の舌にいどみ、からめ、 そしてくちから亜矢のくちびるへ、唾液を ためて、たらした。 亜矢のほそい喉が、嚥下に上下し、そのピ ンクの舌先が、そのあわい色のくちびるを なごりおしそうになめた。 喬はその無意識の亜矢の色香を深呼吸する ようにあじわい、腰の動きに、ふかい気持ち をこめた。 亜矢は、喬のひとみの奥を凝視し、表情を 越えたその虹彩のむこうの恋人のやみに、じ ぶんを溶かそうとした。 へそのうらがわにおくりこまれる、喬のや さしい、とてもふかい動きが、恋人のひとみ の奥にも、とてもおだやかな深い水脈の感情 としてあることを感じ、亜矢はめを、閉じた。 夕刻の蒼い風にさらされている自身の乳房 が、まず感情で、さむく、ふるえた。 喬が続けた。 わたしは、犯されることは、ひどくされな いと感じない、また前じゃ、ひどくされてい る気分になれない。 消去法で、あなたが抱かれるしかないのよ。 ・・・あたしに、選択権はないわけ めをとじたまま、かるくくびをよじり、 亜矢がわらった。 そんなことないわよ、アヌスと前のどちら かをきめる権利がある。 ひどい 亜矢がうれしそうに、わらった。 でも亜矢は、わたしとちがって、こんなふ うにしずかに愛されるのがすきでしょ。 「ドメスティックともいうけれどもね。」 めをとじたままのかんばせを、ひだりみみ のがわで、まくらにうずめながら亜矢はいっ た。 殺されることとか、心中とか、こんな深い 安心感のなかでなされるのならば、それはそ れでいい気もする・・・。 喬、あなたのさけびまくるマゾヒズムが、 下品なだけだよ。 下品?なによそれ。 ・・・う、うわああぁ 亜矢がめをとじたままのけぞった。 亜矢の、おそらく可憐なあたたかいしかし、 だれもじかにみてはいけない内臓を、 むっとした喬がおもいきりふかくかきまわした のだった。 2、3度ふかくかきまわし、亜矢が肩ごと そのあたまを抱えるのをたのしそうにみつめ、 「・・・あまり被虐の趣味がないあなたを、 しつけるのは、なかなか奥がふかそうね。」 そのことばを、亜矢はもとのゆるやかなス トロークにもどった、いとしい喬のなみのな かで、夢うつつに、聞き、 理解が戦慄となっていくのをしかし、あた えられる快感がけだるく、その戦慄が意識を むしばむのに、まかせた。 20年近くまえ、喬に植えた魔物の種は、 じつはうすくおおきくそだっていたことを、 組んだ手を解かれ、みずからの、胸をなれ た手つきで、芯からゆっくりともみ、さすり、 両手でもみあげるその、いやらしい36歳に、 おもった。 * でも、わたしはもういちど、あなたととも だちになりたい。 だんなも、こどももいるのに? 亜矢は笑った。 まあこんなにまた抱き合ったんだから、 それは言葉の遊びにしか過ぎないわ。 いいわ聞いてあげる。続けて・・・ この関係はなにかのはけぐちじゃないから、 そこだけはだいじょうぶだよ。 ・・・それは、そうね。 亜矢は思案顔になった。 なにかんがえてるの。 喬は、ふつうの太さの人工で、亜矢のヴァ ギナを、ふかくえぐった。 あっ、もちろん、あっ やめて、 きもちいいっ、 もちろん、これからのことだよ あっ。 これからって、 もちろんおたがいの家族のことだよ、 う・・・。 喬は亜矢の、乳首をやさしく舐めはじめた。 喬はみぎてで亜矢の左の乳房を握りつぶし、 そのくちびるは右利きの亜矢の感じる右の 乳輪をれろれろと愛撫していた。 いっそのこと、あなたの娘とわたしの息子 を結婚させちゃわない。 喬は、亜矢の乳房にささいた え 亜矢は、相手が迷惑をかける心配のない客 観的な事象なら、いくらでも思考を雄飛させ ることができる。 が、相手が人間関係だと、うぶすぎるほど に身をひく真摯をみせることがしばしばなの だった。 侵犯や越境にかかわる夜の世界をふくむ行 為という意味では、喬のほうが先輩になって しまっていたのかもしれない。 * 喬は、一時的な形式ではじぶんのケーキを 血が流れることもいとわず、切り分けて送る ことができる。 喬はじぶんが、いわゆるマゾヒストである ことを、そのようないみで、是認していた。 それは痛みをOFFにできる才能である。 ただ、そこには庇護があった。 ぶたれることをのぞみ好む生理そのものに、 哲学的な真贋の区別を持ち込むことは無意味 だったが、 いきたまま猛獣や恐竜にほそくながい白赤 い小腸をひきずりだされることのような、 もともとの死の恐怖を軽減させるための喘 息の頓服麻酔としてのマゾヒズムの起源に喬 は、真摯にむきあっているわけではなかった。 そのような男性的な極端な思考は、亜矢の 領分である。 喬は、傷が治癒するという前提のもと、流 血の痛みを耐えることができるのが、喬の痛 みを好む感覚の、すくなくとも彼女の半分で あった。 その意味では、女性のなかに一般的に存在 する健康なマゾヒズムとは、細胞の中の庇護 されたミトコンドリアのようにたいてい安全 なドメスティックな状況のしたにある。 これは、たいていの女性の幸福な快楽が、 清潔であたたかい白いシーツのうえにあるこ とと同義であるのかもしれない。喬は、生理 的な本能として、そこに嘘を見るのが、彼女 の本来の、誠実の姿であった。 その痛みと傷というものの回復の現実、た とえば家族である夫にそのコストのいくつか を間接的に負担してもらっていることをおも いいたり、 「賛美歌をうたいながら清い死を夢」見たり することを、すべてのおとなが生長とともに かんがえにくくなっていくのはひとつのおお きな喪失であるかもしれない。 喬は、快楽に対する贖罪として、そこにな にがしかの痛みをささげたかったのである。 その誠実さは、力を持たない女という愚鈍な 性がいだくべき精一杯の想像力としての義務 のように、喬はおもっていた。 寒さを耐える力というものは、最低、体温 を維持するだけの食事が確保されていること を前提とする。 アザラシや越冬隊は、基地や装備というき ぶくれや厚い脂肪の10センチもの厚さがあ るウェットスーツという宇宙服に首までうず まって、極寒に絶えているとうそぶく。彼ら は、血液を濃厚にしなければ血が凍りついて しまう氷魚の気持ちがわからないことにある 意味、傲慢ではある。 真空や極寒をシールドするための膜の堅牢 性がいわば立場というもので、2代目以降の 貴族の立場はその障壁が堅牢であることをの ぞむ。いくら寒ざらいをおこなったとしても 役者には空々しさがぬぐえない。 そのような食糧に対する依存なしに、寒さ を耐える力というものは、凍死を受け入れる 精神力であるけれども、それはすくなくとも 生き抜く力ではない。 そこにロマンスをみるのは青春のひとつの 風景では、ある。 その意味では愛とは、しがらみであり、し ばしば純粋ではない。 厳冬期の雪山では、哺乳類であるにもかか わらず、一部の栗鼠の体温は氷点ちかくまで 降下する。 凍結すると細胞内の結晶氷のやいばのため、 そのまま組織細胞が液潤破壊してしまうので ぎりぎりのところで低体温を維持しているの かもしれない。 哺乳類はたいてい人間とおなじ心理風景を もっているので、かれらが寒さに対するマゾ ヒズムをどのようにつかっているのかを、も し理解できたならば、それはそれで不思議な ことなのかもしれない 雪山で退路をたたれたとき、ひとは絶望す るが、たすかったものは、すくなくともいち どあきらめた者である。 かならずたすかるんだとおもってしまうと、 緊張がよわった体力をうばってしまい、結局 は生き長らえることができない。 マゾヒズムというものは、ふしぎなもので ある。 破滅をうけいれるようにもみえて、そのじ つ冬眠のような意味で希望のそばにしずかに たたずんでいることがある。 フェニックスは、氷雪の側にもいる。 * たしかに、生理学では、マゾヒズムとはオ ピオイドの分泌であり、 それを死の恐怖や末期の苦痛を除去するた めにもちいるのか、あるいはベラドンナのよ うに人生をゆたかにするためにもちいるのか という目的は、 生理物質の作用性質には、関係がない。 頓服薬自体に、人生観はない。 その意味で、ベトナム時代の一部のカリフ ォルニア文化は退廃風俗にすぎなかったのか もしれない。 アセチルモルヒネやアトロピンは、心臓な どに負担をかける。目的無きそのばしのぎの 慢性負担とは、建設的な戦略の人生観ではも ちろんない。 * よかった? ・・・うん 喬はことを終え、淫具をはずし、 みずいろのショーツにその、ながい脚を順 にくぐらせ、 このときはバックホックの、やはり水色の、 ブラジャーを身に着け、それを背でとめるた めに、両手をまわした。 この胸あては、学生時代のものだった。 喬は、学生時代のむなあてをつけてくると いう家の出掛けの、じぶんの無意識にちかい なんとはなしの思いつきとしての、 この配慮がはたして、 亜矢に対するやさしさなのか自己満足なの かはわからなかった。 からだをかがめた喬のながれる黒髪が、 喬の肩に、掛かった。 亜矢は、みずからのみぎあしのひざを立て、 恥毛の陰阜を喬にむかって無防備にさらし、 みぎひざに置いたみぎうでを、じぶんのそ のひたいにおしあて、 ・・・まだうずくじぶんの子宮を、あじわ っていた。 ・・・ショーツ、はかせてほしい? 喬がたずねた。 ・・・まだいい。 めを閉じたまま、亜矢はかえした。 よかったんだ。 ・・・うん そう、よかった。 喬は微笑んだ。 喬、 なに ありがとう なにが ・・・かえってきてくれて。 亜矢はまつげをうるませていた。 ・・・さみしかった。 亜矢は、ねころび、ねころんだまま、 喬のほほに みぎてをのばした。 触れられた喬はおだやかにわらい、 「いけなくていい、愛していて、なんて むかしのあなたらしいわ、とおもったわ。 そんな素の、むかしのあなたに もどれればいいのにね」 喬は、腰をかがめ、みだれたくろかみのまま、 亜矢のへその横の、内臓もないような 皮もごくうすい腹に 手をあてた。 亜矢のからだが、ぴくりとふるえた。 「いま、おなかすいているでしょう。 なかに、たべものも、ないわね。」 法医学のように、つめたく、喬は言った。 ウェストとしてのわきばらを、かるくつかみ、 さすったあと、喬は下着すがたのまま、 亜矢のしたにそのながいからだを すべりこませた。 そのまま、亜矢のからだに両手をまわし、 亜矢の両のちぶさを、 肋骨のほうから、さわさわと、 さわった。 ・・・やめて・・・。 亜矢は、宙にめをみひらき、よじって逃れよう としたが、喬のおもいのほかつよいちからの、 ひだりのうでに、 その腰を抱え込まれ、 亜矢は喬のみぎてで交互に胸をふかくつかまれ、 もまれると、 湧き水のように湧いてくる快感に、意識がおぼれ、 しずんでいくのを、感じた。 胸をしたから、ふかくやさしく、そして際限なく やわらかくもみこまれると、 まだ高かった体温のその上に、いとも簡単に、 あたまの芯から ピンクのばけつのピンクのペンキのような、 ピンクのベラドンナがうすくぶちまけられる のを知り、亜矢はくちびるをかんだ。 「かるく、いっちゃいなさい。」 喬のひだりての指が、亜矢の陰核にのび、 やさしくつよくそれを擦りはじめると、 亜矢は快楽のあまりの、 こきざみなふるえをとめる ことはできなくなっていった。 ・・・身が突っ張った亜矢は、 いただきに、果て、 またそのほそい首筋がのけぞり、 こんどは喬のその右肩にそのあたまの おもみをすべて、あずけた。 (・・・あの、夏の夜のすがた、だわ) かわいい・・・ 喬がささやいた本音は、亜矢にとって ささやかな、しかし確実な所有の 烙印であった。ふたたび。 * a href=#7thCharper_JumpIsLand (このあとに、第7章の、ふたりの36 歳が、夜の夢について語っている場面が 時系列としてはつながります。余談。) /a a name=13thCharper_BackGate * 「自分ではいた赤いショーツ、 ではらばいにねっころがり、亜矢は脚を 「ぱたぱた」させていた。」 ひとみがくるくるまわる理性が、さきほど の性の解放によるすなおさをすこし帯びて3 6歳にはみえない、もどってきたあどけなさ で、言った。 ・・・あなたには申し訳ないけれど、人間 は建て増しの生き物なのよ それはあなたも、春日通のカリキュラムの、 直接には役に立たない知識のかたちでは知っ ているでしょう。 代謝をつかさどる遺伝子もそう、意識と無 意識をつかさどる脳髄の構造もそうなの。 はじめて視床と膝状体の概念を知ったとき はびっくりしたわ。 わたしたちの意識がやどっている部分はか つての建て増しの臨時のちいさなあずまやだ ったのよ。 亜矢は、両の手のひらでじぶんのほほをお さえつけながら言った。 そしてわたしも、いきものだからそう。 あなたがしゃべっている亜矢のなかに、か つてのわたしは、半分しかいないわ。 遺伝子の複写と変異がそうであるように、 ひとのこころも日々わずかに建て増しをくり かえしている。そういうことがあるていどみ たされないと人のこころはかれはててしまう ようにできている。 その意味で好奇心と余興は、永遠になくな らないわ。 浅草の見世物がなくならないという意味で 興行という意味での広告業はなくなならない のかもしれないけれど、 やってはいけないのは六尺のおおいたちで ひとびとを失望させることよ。夢をあたえる 仕事は、失望させてはならない。ましてや、 みぐるみ剥いではならない。 これは、長期的に責任を考えないこともふ くむわ。 比喩としての浅草は無法地帯だから、だれ でも参加できて道端で山野草を500円で売 ることができるわ。 そのことはその意味ではすばらしいことだ けれども、それは同時におおいたちの山師も 一次的にはとりしまれないことになる。 奉行所は浅草を監視する義務があるのかも しれないけど、それはあくまで既成な案件に しか効果はないのかもしれないわね。 でも、「はなさかじいさんのとなりのじい さん」はだれかがおさえなくてはならないの で、そのためには「はなみにきたとのさま」 というものが、社会にはどこかに必要なもの かもしれないわね。 それが権威なのか権力なのかは、まだわた しにはよくわからないわ。 でも、すくなくとも誠実にがんばっている ひとを意味もなく茶化す田舎臭さは、すくな くとも江戸表にはいらない。そうでないと権 威と尊敬を機能としてもつ健康な班長shipが そだたないわ。 でもいまの芸能や自称クリエイタは、田舎 者ばかりよ。 「田舎者は浅草を目指す」。 たたんだ左腕にそのあごをのせている亜矢 は、うわめずかいに、くりくりとしたひとみ で、右手の人差し指を左右に振った。 わたしが考えるちからを強化されたのは、 現実というものに踏みつけになったからよ。 だれも教えてくれないことは知っているこ とを総動員して近似でも推論しなければなら ない。必要で、しかし現在不確かな知識は、 飢えとなって調査して獲得するしかない。 さきのことはわからないけど、すくなくと もつぶされなかったことは気晴らしとしての 強さではあったわ。 現代は情報化の社会よ、2、3段階ぐらい の地層の暴露でだいたい半分の確率でじゅう ぶんな情報にいきあたるわ。 もちろん、書籍からなにからあらゆる形式 の基礎目録としての、エントリの経験が必要 だけれども。 これは仮想情報層のその有効分岐要素数を かりにaとすると、 aの負の2.5階乗は2分の1にひとしい とでもいうのかしらね。 役に立たない経済学だけど。 みんな建て増しで生きている その意味ではだれもがこころのなかに新校 舎と旧校舎を同時にもっている。 元も増築部分は、それだけではいきてはい けないからつねにふるい部分と会話をしてい るわ。 また、古い部分もあたらしい部分が持ち込 んだあたらしい環境と部分的に適応するため に、痛みを最小限に抑えるために、つねに会 話が必要だわ。 そのために変化はなかなかすすまないのだ けれども、それは当然で、あまりはやすぎる と古い部分が悲鳴をあげてしまう。 「わたしの人生は、」亜矢はめをふせた とても痛かったわ 変化はたぶん500年分がまとめてきて、 そしてみんながそれぞれのじぶんの弱さの恣 意で、嘘をついていた。 風をまともに受けていたひとは、これでは 自殺でもしなければ精神の平静をたもてない わ。 その現実のうえで必死に格闘した自分の、 高校時代のたてもののうえに改築された考 古学で云うところの第1層の遺物層のもっと もそとがわのわたしは。 抽象的だけど、もっともおおきな量がある わ。 泥酔や快楽に拭い去られていないかぎり、 あなたと会話をしているのは、そのあたらし いわたしよ。 亜矢は、真摯に喬をみつめた。 * 「・・・2、3話しただけだけど わたしは想さんに興味があるわ」 たしかにあなたのからだの意味ではわたし は想さんよりも先輩のはずだけど。 このままあなたとだけっていうのはフェア じゃないし。 いっそのこと、近いうちに3人でしない? あなたが、まんなかにはさまるの。 亜矢は、知的に戦略を立てるメンタリティ の部分で言った。 「たぶん、燃えるとおもうよ」 喬はすこしめまいを感じて、亜矢から離し たからだの背の重みを、ベッドのシーツのし ろい波に深く預けた。 ・・・なにいってんのよ 「あなた、じぶんがなにいってるのか、 わかってるの」 (・・・彼女の悪は、「サージカル」なとこ ろね。) メスと日本刀をおなじものとみなせば、彼 女は天正公のようなところがある、というと ころか。 鎧を剥ぎ取られて、少女として剥かれ、 「那須の巨大な天狗の卑猥」にふみつぶされ れば、よろこんでひいひい泣くくせに。 喬は内心、ふん、とつぶやいた自分におど ろいた。 風景としての反語だが、喬は亜矢をみてい ると男の子といういきものが、その傾向がわ かるような気がした。 治療法のわからない遺伝的な不治の病を直 すことはできなくても、おそらくそれと作用 機序がまったく違わない遺伝病を鼠の系統に みつけることはたやすい。 (それは万という個体が遺伝追跡で全世界で 飼育されているから可能なのではあるが) 亜矢は、おんなのこのうえに移植された男 の子の因子の症例のようなものだ。からだの ベースが女子だからその差異が典型的にめだ つのだろう。別に異常なことではない。副腎 が亢進すれば女性でもテストステロンは多く なる。 少年愛とは、たぶんに亜矢のような子のこ とをいうのかもしれない。 陰阜の恥毛を、かぜになびかせ、腰の骨に その両手をとくいげに置き、 「犯せるなら、犯してみなさい」 といいはなつ、むこうみずで無鉄砲なよう な。 性愛とは、じつはくみ敷かれる側が主導権 を握っている。役割としてのサディストがじ つは奉仕する使用人であるように。 くみ敷かれる欲望をもし女性的と定義する のであれば、そんな少年とは少女的という意 味ですでに少年ではない。 亜矢のような少女も、少年がモザイクとし て載っているので、もはや純粋な少女ではな い。 郷土史家は、名物饅頭を売る目論見で、悪 い意味の放送局や、広告屋であるけれども、 かれらの営業妨害を許してもらえるのならば、 どう考えても秀才然として蒲柳の質がそち らの固定とは考えにくい。 「蘭丸なんかで満足だったのかしら」 取引先の社長さんにみせてもらった赤坂の 夜は、まるでうじむしとなめくじの雌雄同体 がむつんでいるようにしかみえなかった。 養殖されてあげく、死んだ魚のようなおと このこに、若鮎の色気はないわ。 乱丸は、若武者ではない。 事務官よ。 立場は、のちの三成公に近い。 弁護として、事務官でしかないかれらが、 まだまだ乱れつづけるこの世のなかで、いき のびられるとはこころの奥底では信じてはい なかったいさぎよさはあったはずだと想いた いけれど、 でも、乱丸も三成も、その立場は事務官だ った。 あたまがよすぎる子が推挙をすなおにうけ いれると、そういう人生になるのは、霞ヶ関 と一緒よ。 退廃でない男色や同性愛に参加するものが のぞむのは、たがいが男であり、女である役 割においても、平等であることよ。 そのためには、双方がそこそここころがつ よくなければならないし、またそのためにお たがいをはげましあうのが、そのばあいの愛 の理想なのかもしれない。 いっぱん、幸福な夫婦というものは、たが いの肉体の性別はともかくとして、両性具有 の同衾なのかもしれない。 夫は、妻を愛するがゆえに、妻のなかの女 性に近づき、妻は夫を理解しようとつとめる がゆえに、男性の世界を知る。 天正公にとって、乱丸以下、美少年のハー レムは、妥協の産物だったとおもうわ。 子供には、人生において色気はないし、そ の子らが長じて、その意味でものごとをきり ひらける力強い孤独をわがものとすることは できないことぐらい、かれは知っていたはず だし、 またその意味で公はその稚児の群れを愛し ているわけではない冷たい現実をも、さめた めで認識していたと想うわ。 おそらく、信長の不幸とは、当座いきのこ ってしまったことよ。 かれの美学とそのもとになったおちつかな い家の風からみれば、かれは桶狭間の前後で 討ち死にしていたほうがよかったかもしれな い。 もっとも、歴史の力学はそうでなければ、 用意された第2、第3の信長にパイがわたっ ただけなんでしょうけれども。 天正公の悲劇とは、気性の意味でも資質の 意味でも軍曹であることをこえられなかった ことなのかもしれない。 覇道と王道はちがうものだから。 ただ、天下をくだすまで、王道をしくわけ にはいかないから、違和感をかんじながら維 持していた、というのが、晩年だったのでし ょうね。 愛や理想においての理想とは対等であるこ とよ。 コスモポリタンは、停戦後は、差別はしな いわ。 (だからこそ帝国はもろいともいえる。 自治・地産地消が可能な侯爵国を統べる帝 国は、構成国の見返りとしての存在理由とし てはイスラムの海路やモンゴルの駅伝のよう に商業がすべてであり、 その意味で信長が重商業主義に傾いたのは 仕方がなかったことなのかもしれない) 信長はできれば、執権と連署のような友情 で世界がおさめられることを夢みていたのか もしれない。 ただ、その理想はたぶんに幼稚だわ。 それは、悪い意味での理系の幼稚に通じる。 世界のすべてが、彼らのように判断におい てあたまがよくて、結果的に無欲なわけじゃ ないんだから。 欲望の半分は蒙昧から来る。 馬鹿は漠然とした不安に、それを打ち消す 行為に出て、結果後悔や怨霊に苦しむ。 知能の高い男の子は、殺したくないやさし いしかし拒否のひきこもりになって、でぶめ がねになるか、 あるいはかんしゃくをおこして、機械化師 団で、皆殺しをおこなうかの、どちらか。 その意味では、信長は悪い意味で、政治家 にはむかない。政治家は、あたまがよすぎて もわるすぎてもいけない。 よすぎるとひとびとを馬鹿にして皆殺しを おこなうし、悪すぎると馬鹿にされないよう にじぶんをふりまわすわ。 くらいのたかさに求められていることは、 じぶんより器量のたかいものを使いこなすこ とよ。その意味で、大きさとは、かならずし も成績や一次的な能力ではないわ。 利家公や秀長は、乱丸や三成のボジとネガ の関係かもしれない。 逆数の絶対値は、とんでもなくはなれた値 をとるから、以下の比喩もかならずしもとっ ぴではないと想うけど、 乱丸は、あれくるう木星の、ガニメデで、 利家公は、土星本体のようなものだ、とお もうわ。 いっけんしずかでおだやかなようにみえる けれども、ちかづいて撮影すると、その淡い 雲の風速はとんでもないものであることがわ かる。その意味で大きなおだやかさとは標準 出力におけるパイプのようなものよ。 人は、円滑と満足にいる限り、大声をあげ ない。 サラリーマンとは事務員の定義であるわね。 ただ、当時の戦国の輔弼とはちがって、後 期昭和の事務員は、それでも食っていけると 農奴の息子によって選択された職業にすぎな い。 だからこそ、サラリーマンの気性には、奴 隷道徳の受身の気性が反映される。 好景気しか知らなければ、当然、戦国家中 や母企業が崩壊したばあい、じぶんたちが飢 え死にをも含めて死に絶えるという概念にた いして、切迫感がない。 悪い意味での、農奴の孫が、いくら生まれ つきのIQが高いといばってみても、努力し なければならない切迫感の、ない、 緊張感のないなまっちろくほそくたるんだ 裸に服を脱いだ、 「交接」を、みせられても、 きもちがなえるだけだわ。 (亜矢、エロスは性別を問わず 道具もメディアも、海外にかぎるわ セックスとは、精神の行為なのよ。) 色気は自信からうまれ、自信はすくなくと も肥やしとしては努力なくしてはありえない。 緊張感とライバルの濃度がたとえ薄くとも 存在していない時代では、ほれられる存在に なるという意味では恋など成就はできないわ。 ジャンコードで管理された消費者が生産者 でないという労働の基本がメルトダウンした ギャンブルの時代、男の子は努力よりもアイ テムをギャンブルとして得ようとする。 奇襲しかしていない子はお金以外のものは 直接には手にはいらない。 だから、そんなこは、はなをたらしながら 恋をも画面から通販しようとするのよ。 少年はその態度も含めて陰影のぐあいによ ってはひどく醜くみえる。 「家光公のわがままは、幸福よね。」 * カブキの女形が職業的義務としての研究と して、だれよりも女らしいように、男の子の ようないきかたにあこがれる亜矢は、内側か らりりしくみえることが多々あった。 「最小消費の仮説」か。 亜矢はつぶやいた。 好かれるためには、 美しくあろうとするためには、 好かれようとおもってはならない。 この皮肉は、物理学から来る。 偶像にのぞんでなろうとする態度は みにくいものであり、 出発点が無垢だと、さらにみにくくなる。 追えば追うほど遠ざかってしまうというの は、ハイゼンベルグの原理でもある。 しかし、物理学というのは腹が立つほど、 腹立たしい。メーテルリンクの寓話とは、追 い求めて遠くまで旅に出た王子の肥えためで なければ再発見はかなわなかっただろう。と なりにある幸福が重要であるということは、 むしろ過程として、遠くまで追い求めること を必要とする。 特に青年の美は、内面の力学が、たたずま いとなって表面にあらわれるにすぎない。美 しいものは美しきあらんとして美しくなるの ではないのだと。 少年や美少年は時に男であることにあぐら をかき、貢がれることになれ、内面を磨くこ とを忘れる。 天正公がそうであったように、亜矢の外科 的な悪の要素はもちろん、自身の立場にも公 平に、むけられていた。 乱暴が承認させられるためには、まず殺人 はみずからにむかわなければならない。 男役がもてるのは、まずさばさばしている ことであるが、それは論語を理解できるかと いうことにかかっている。 たまごやひなをまもる雌が本能的に我執に とらわれるようにたいていの場合それは、女 性にとって不可能である。 それが可能である短髪はその意味で彼女は すでに女ではない。 では、そういう逸脱した性として、いきる しかないのか? (からだと、そしてたぶんに欲望の方向も、 おんななのに。) 亜矢は内心またつぶやいていた。 * 「想さんは、主賓だから、あの人にいちばん おいしいところをさしあげましょう。 まず、感じまくっているあなたがそのアヌ スで想さんのかたい肉をくいしめてあげて、 よろこばせてあげましょう。 そのあとで、わたしがあんたのおしりに巨 大をぶち込んであげるわ、そのときは喬はあ まり得意じゃない前で、ちゃんと彼をひきし ぼってあげるんだよ」 なにをはしゃいでいるんだか とふと醒めている喬は、醒めている自分を 自覚した。 亜矢は、はんぶん自分をよろこばせるため におこなう行為の延長として、そのような幼 稚を演じているのだろう。 親切として。 ・・・ほんとうのことを言えばえげつなさ では、あわなかった十数年のうちに、自分は ずっと先に来てしまった。 喬のふとさのこのみが太くなったことを、 その片鱗としてもっと理解してくれなけりゃ。 ふと、喬はおもった。 亜矢は、武装や蓄積はマリンスノーの堆積 として10キロの厚さのある地背斜:ちはい しゃ:になっているけれども、その内側では、 その幼虫はまだ始原年齢の微小なのだ。 武装が純粋さをまもっていたのか、あるい は純粋さがもとめる好奇心がぬぎすてた結果 がセーターとしての武装に変質したのか。 おそらく、どちらも事実であり、 しかしたしかに、しばしば家畜の次元に陥 る育趨世界の意味でのぬくもりのおしめプレ イのような世界にまみえることは彼女はしな かったはずだ。 そうでなければ巴やジャンヌを、口にはし ない。 哺乳類の母親は、仔犬が便秘にならないよ うに常時その肛門をなめて排便をうながす。 そのようなことかは別にして愛情を満たさ れないで育った好景気のころの粉ミルク世代 に性倒錯ではない変態氏が多いことを、喬は 夜の生物学のときどきの交友で知っていた。 ほんとうのえげつなさとは、亜矢のように あんなに無邪気には語れない。 おそらく、亜矢にとって性とはスポーツな のだろう。 対等な愛であれば、それはそのようなこと も可能かもしれない。 ただ、深いエクスタシーには、本来めをそ むけたくなるような深い危険な深遠がくちを ひらくものだ。 恐竜にかみ砕かれる恐怖を和らげるために 急遽分泌されるペプチドオピオイドの仕組み のうえに、女性の快楽がはなひらいたのだと すれば、 女や母子の構図には、つねにあやうい心理 の影がついてまわる。 内臓を傷つけられる危険をかえりみず、は らをみせて恭順を示し、犯してと、さそい、 幼時は、成獣を無批判に盲従してなつく。 幼獣から雌へと矢印を引けばそれはそのま ま屠殺される家畜であるあどけない子牛や子 羊が失血して失神するさまの異様さは、みた ものでなければわからない。 家畜shipを嫌う亜矢は、 世間に対してはなつかないし、腹もみせな い。 それが野生であり、 亜矢のいうところのインディペンデンスで ある。 彼女は、哺乳類であることと哺乳類の世界 をどこかで拒否をしているから哺乳類の世界 である、盲従と家畜化の世界をどこかで拒否 をしているのだ。 しかし、それでは疲れ果ててしまう。 実際、亜矢は良く食べた。 いけるくちなのに酒よりも食事をこのんだ。 それは、神経をすり減らしているから、つ ねに腹がへるのである。 亜矢が農に興味があるのは、その精神のガ ソリンのもとに興味があるのであって、単調 で閉鎖的な農村に興味があるわけではない。 * また、まだ幼獣がいつ殺されてもかまわな いほど好奇心や成獣に対する愛情の意味で幼 体が危険をこわがらない傾向は、その歳がす くないからだ。 経験の蓄積のうすい個体が失われても集団 の損失は小さい。 結果、合理的な進化の淘汰の結果としての 設計ではある。 しくまれたしくみとして、すぐれた血統で あればあるほど、王子は冒険に焦がれ、また その半分はのたれじぬものらしい。 また、亜矢が孤独を好むことは、それが努 力の裏側であることを亜矢自身も気がついて はいた。つまり、亜矢はじぶんを安売りする ことによって、だらしないひとびとに振り回 されることを極端に嫌った。 たしかに家畜としての平社員やバイトの方 が、一義的には楽はらくだ。 ただ、楽な生活をしているとつねに肥満と のたたかいになる。 ふと、彼女のかつての家庭の、 祖父の広さと、妖精のような母親を喬はお もいだした。 たぶん、嫌いではないが、本心として彼女 は親に母をみていなかったのかもしれない。 彼女の無意識がそのバランスを埋めるべく の反応の過程において、その祖父は本来男の 孫にうえるべき視点を孫娘に、授けてしまっ たのだ。 祖父氏は、それが逆に孫娘を苦しめること になることも知っては、いただろう。 * この子はどこまで本気なのかしら。 絵をえがき描いた絵に参加しておおやけど することは男の子の特権だけど。 そのようなことを亜矢はそこまで知ってい るのかしら。 喬はこわくてきけなかったし、また聞くこ とは亜矢に対して冒涜であるような気がして いた。 ・・・あの人も直交流両刀よ。 かんべんしてよ、あたまこんがらがっちゃ う。 くちではそういいながら、うすい期待に興 奮しつつある喬は、そうとおくない未来にそ れをやってしまうのだろう、と期待という名 のうすい、覚悟をした。 子供たちが心配だ。 ずっと隠しおおせることなど不可能だろう し、人格がかたまる時期、影響が悪くでたら、 まともな大人になれない。 想念としてこれを悩むのは、時期の塊とし ては2回目であった。 * 想は笑顔でかつてこう言った。 僕がちからがあるのはね、運動をこのんだ からなんだ。 運動が義務だったからではない。 趣味やあそびというものは、仕事では充分 に補填できない技能欠落を結果的に補充する ためのもので、かならずしもいわゆる義務か らの完全なる逃走を意味するものではない。 その意味で「子供のおもちゃ」は経験ゆた かな老人が設計するべきもので。 けっして子供自身が自分達の同世代で自家 受粉として設計してはならない。 それをわすれると、自家受粉のおもちゃは 不毛な模倣がもたらす永遠にみたされない、 飢えとしての巨大容量の暴走にいたり、 すべてが短絡された不幸な子供たちは、 悪い意味のナルシシズムと、それとおなじ 悪い意味の同性愛から出てこれない。 悪い意味のナルシシズムを見分けるのは簡 単だ。 彼らは義務としての仕事をしないからカロ リーを消費することができず、またカタルシ スを排出することができないから、 際限なく太っていく。 喬はそのことばを、想のおおきいしかしう すい胸にほほをうずめながらこんどは喬がそ の長い脚を自由に”flipflip”させながらき いていた。 僕が縦走部にいたのは以前はなしたよね。 ああいうところはいつも丘に登攀している わけではない。そうでないときはいつも個人 でも基礎鍛錬をするのが伝統なんだ。瞬発力 持久力を鍛えるため水泳もしたね。 水泳というのはいざというときに一点の水 の微分点としての筋目に全身の力を協調とし てねじ揉まなければならないし、長い距離を 疲労しないでアイドリングだけでおよげるよ うにからだを有酸素機能において書き換える ことも必要とされる、ってこれはあとから知 った結果論なんだけど。 いまからおもえば、あのとき感じていた淡 い感情をたとえば深酒の2次会についていく ような意味で積極的に、 「場面に、おしこんでいれば、」 僕はまた別の人生を歩んでいたかもしれな い。 でも、いつか岩の手ほどきをうけていたと きそれがおふくろにばれてなみだながらに懇 願されたよ。 僕は、いいこちゃんなんだ。 僕の46野は半分は親のものであった。 いまは君の横にいるけれどそれをまだ卒業 できてないかもしれないと言う意味ではまだ 僕は子供なのかもしれない。 先の見えない会社を辞めることだってきみ が賛成してくれなければ決めることができた かどうか。 核とミトコンドリアがそれぞれ単独では生 きられないように、僕もまたきみがいないと 決断の意味でいきられないのかもしれない。 なさけないことに。 鎌倉の実家にちかいところには、東武者の 伝説が数多くのこっているけれど、 僕は子供心にその血なまぐさい伝説がリア ルとしてはどうしてもこわくて想像できはし なかった。 もと、侍の家長と言うものはいざとなった ら家族を守るために、家族全員のくびをはね なければならない。 矜持を守るために。 そのためにはまずひとりで生きていける事 が前提で、家族など養っていやっているだけ のオプションでなければならなかったはずだ。 サムライにあこがれる人は、サムライでな いコンプレックスがつよすぎるがゆえにとき に苦しむのかもしれない。 僕は自分を殺せないから人を殺せない。 僕にとって抑制と分別の46野とはあるい みいまいましいものでもある。 僕のおふくろは、後妻なんだ。 金のない堅苦しい家は、兄貴が継ぐ。 僕には、両親に、抱き締められた記憶がな い。 堅苦しい家で、女性としてひとりぼっちの 彼女は、自分が死んだらそれこそ、あの家で ひとりになってしまうのを怖れて、僕に岩を やるのを、やめさせたんだろうね。 客観的に言って、母が僕を愛していたかど うかおしはかる義務があるのかもしれないけ れども、でもやっぱり、子供としては愛情を 主観的に感じることは残念ながら人格の根幹 にかかわることだから、 別に自己憐憫の逃避に浸っているわけでも ないし、そこは、主観的に考えさせてもらう つもりだ。 僕はいずれはあの家を出ることをかんがえ れば、一の倉沢にいくべきだったのかもしれ ない。 ---------------------------------------- 14 想の立場 酒屋の色彩は金いろとこげ茶である。 酒屋の色彩にイギリス風の亜鉛華の白色の ペンキはにあわない。 主張しない寒色とは、黒か茶であるが、 店舗の枠組みが黒では逆に、商品がめだち すぎて店舗の雰囲気が挑戦的になる。 店のなかに商品の、金色がめだつのは、メ ーカーや杜氏が、これはハレの場の商品であ るのですよ、ということを人知れずしかしは っきりと商品の特性として主張したいとおも っているからなのだと、想は想った。 (官僚:想) ・・・めのまえの金色と茶色の風景を自分 に対する機械語に翻訳しながら、想は想った。 感性は解釈の必要をうったえ、 解釈はあやふやな観念ではない、できるだ けしっかりとした具体的な大量の知識をもと めていた。 それは科学であった。 かならずしもよい意味ばかりではない知能 という遺伝的部分によるところが多い要素、 知能のたかい人間は、解釈への飢えという 好奇心にさいなまれるところはその傾向のス タートラインとしては、おなじである。 が、 つねに暫定的なものでしかない解釈、にた いしどれだけの満足を得るかで、いわゆる 「あたまのよいひと」のその後の処世と帰納 としての人格の総合の分岐がわかれていく。 それはおそらく子供のころの環境によるこ とがおおきい。 あまやかされて育てば、暫定的な結論を過 剰に評価され、それ以上の探索への欲求がう すめられてしまう。 いいかげんだったり、レディーメイドの結 論を、第三者に無責任に吹聴し、指摘されれ ば幾つになっても物をめちゃくちゃに投げて 感情が爆発する、多くの知識人の臨床例がで きあがる。 逆境で生きれば、過剰にすすむ反省が、半 径3キロほどの地平線が3000キロメート ルほどに爆発拡大し、かれはいくらよたよた 歩めども、いつになっても地平線のむこうの ゴールとしての安寧のオアシスにたどりつけ ない。 「あなたのせかいはひろい」とはほめことば であっても、祝福にはならない。かれらは、 そこからでられないのだ。 (たいていのばあいの誉れというものはもと よりそういうものである) かれは、経験上阿弥陀如来に二心があるこ とをつねに警戒をせざるをえない。 二心がある阿弥陀様の像は、おもに広告に 投影される。 メサイアがハンティングのデコイなら、逆 に平凡はなにを信じればよいのだ。 「彗性」はシッタルダのようにつねに平凡よ り「4倍」心を痛めている。 想にとっても、研究機能の脆弱な広告屋は 世界を滅ぼすものとして、敵であった。 もっとも研究機能があったとしても、それ が悪意の恣意にもとずくものであれば、それ はゲッペルスのよい仕事である。 広告屋はあまり政治にちかよるべきではな い。 広告屋は市井に関心をはらわなければなら ない。 実需の意味で改良をし売上にくるしむ企業 に触れることしか、広告屋の健康は保証され ないのだ。 高利貸しやおけらをつくることになる証券 や結果的に違法コピーを支援する回線業者な どばかりが、クライアントになるばあい、広 告業界にかかわるひとびとの、へそのまわり のドーナッツは、社会からの不正搾取として、 反動が派遣したシャイロックが石鹸の材料と して回収しにくるかもしれない。 工員や農奴という意味でもとより大衆は愚 かにかたむく。 短期的なことしか考えないプロモーション ではアヘンやアヘンのような偶像を売るしか なくなるだろう。偶像はいつも二日酔いのよ うな顔をしている。 統計的な存在量ではなく、その力学として 完結する両極としての腐る知識人とジャンヌ ・ダルクはたがいに値として逆数である。 双方とも、一度完結した関数としてその存 在が確立されれば、それらは微積分によって みずから腐敗あるいは自己蒸留として走って いく。 前者は、満たされない解決されない不満と して、つぎつぎと幼児や少年を殺戮する増大 する剥製の死体の山という積分、 後者は、骨髄からの補給だけをたのみとす るつねにわずかな3リットルしかないみづか らの血の戦場における献血の連続は微分にち かい。 拡張した概念的把握が難しい理論によると、 それらは高次元のおなじものの、現実空間に おけることなった射影解であるが、 その問題を数式として解くためには、対数 や超越定数への初等の造詣が必要なので、似 非文化人にはそれができない。 これら2種の立場に対し第3番目の極が存 在するが、これらをふくめた構造では、第3 の極はその原点からのわずかちいさな突起に しかすぎないので、 その構造は、ハウスドルフ次元風にいえば 3分岐ではなく2.5分岐のようなものであ る。 これはたとえば、地球のプレートテクトニ クス的に言えば、球体におけるマントル上昇 による海嶺地列谷の構造にちかく、メルカト ル図に投影した場合、その原点はインド洋に ある。 2種両翼は、海底海嶺のたとえでいえば一 方の端は、北極に近くアイスランドをとおっ て大西洋の中央を南下し、喜望峰の沖をアフ リカ大陸をまわりこみ、マダガスカル島をか すめて、インド洋の原点に終わる。 もう一方は地震の巣である、カリフォルニ ア断層の深部からはじまり、ガラパゴスをな がめながらオーストラリアの南部の南氷洋を 緯度線にそって横切り、ふたたびインド洋の 原点に合流する。 どちらの翼が痛みを伴う灰のセーヌ川かイ スラエルの丘であるかは、たぶんとくにきま ってはいない。 第3の海嶺は、インド洋原点からはじめれ ば紅海に進入し、キプロスからたぶんギリシ ャにいたる。 当然、短腕分岐であり、それはすこしゆが んだブーメランのひらがなの「く」の字の角 から出た突起に過ぎない。トポロジー的な表 現で言えば実は0.5次元分もない。 人間心理としても、それは力学としては悪 の意味でも定義的に明確ではなく、自然な自 立的な存在としての意義もちいさい。 第3の極は、官僚的態度と呼ばれる。 変数的には中立性の高い原点にちかいとこ ろに位置しているので、官僚は厳密にはいわ ゆる悪でも善でもない。 もっとも幼児の絵本ではあるまいし、善が かならずしも良いものではないのはもとより 自明のことである。 アテネやローマが、貴族性がもたらす官僚 主義で滅びたのは自明な事実なので、短腕の 地列谷海嶺がアドリア海あたりで終わってい ることはすこし象徴的なことかもしれないが、 もとより文明や王朝はかならずといってい いほど官僚主義でほろびるので、この地政学 的な思考ゲームはたぶんに想のひまつぶしに すぎない。 このことを想の恩師に報告したとしたら、 「興味深いが、くだらん。 おまえも国費で勉強しているのだからもっ とプラクティカルな事象を考えるべきではな いのか」といわれるかもしれない。 竹林清談は、苛斂誅求の税の上に成り立ち、 竹林亭は鴨川の飢饉の腐臭がとどかないとこ ろにたてられる。 「亜矢ちゃん」の話によると、彼女の祖父は、 恩師に似ていた。ときどき想が尻を撫でられ たところまで。 学者と芸能人は遺伝的に似ているので、本 人が油断すると簡単に、交雑するにいたる。 糖蜜種の近くに、ポップコーンを植えてはな らない。 おそらく、道教はもとめられつつも、孔子 のようには尊敬されない。 広告が道教的なのは、それが短期的効果を もとめる虎印のぬりぐすりだからである。 であるから、華僑の教養とは、道教薬を販 売することによって得られる富だけでは不十 分である。 華僑の金持ちが、やたらにもてなしを社会 的な責任として考えているのは、道教だけで は尊敬されないのを知っているからである。 儒教というのは、かならずしも論語の暗記 ではない。仁や礼とは、客をもてなす文化的 な恣意のことである。 「裏でない」中華街へは空気を吸いに行く価 値があるかもしれない。 * 官僚について。 教条主義の親が、その知能によって地位を 維持しているとき、おなじ資質をこどもにみ たとき、場合によっては親は我が子にも自分 の特性としての社会的な立場を継がせようと するが、その言葉とは、 「かんがえるちからによる成績によって、 官僚になれ、 そして官僚になったあとは なにもかんがえるな。」 と要約される。 これは大企業の本社社員にもあてはまるこ とだろう。 乞食同然からたたきあげた経営者がじぶん のいきているうちに、会社がくさっていくの をとてもかなしい気持ちでみるのは現象論と しては当然である。 企業の規模がおおきくなれば、選別に科挙 をつかわなければならず、科挙は官僚をうむ。 エリートは、わずか90分のなかの、藁半 紙いちまいのおおきさしかないので、 エリートは、とてもちいさい。 「露頭を知っていて、なぜ大地の上の壮大な 露天掘りを想像しないのか」 冒険者が先輩にいれば、若衆宿でそう叱責 されたことだろう。 異常な倍率と、卑屈な教師と、 きゅうくつな勉強部屋は、よくない。 これは敬意をもって思索しなければならな いが、とは想はおもった。 官僚という人生に抵抗して国家公務員をや め、詩人になった作家は、すぐに詩人になっ たので蓄積をあつめる時間もそれを醸造する 時間も結果的に費やすことができずに、結果 的にオアシスが枯渇して自殺してしまった。 人生における重要なことは、枯渇しない水 源をさがし、地面を肥沃にすることである。 理系の想はその作家の作品を、ほとんどよ むことはできなかった。 表現はきらびやかだが、まったくなにがか いてあるか理解できなかったのである。そこ には読者の人生のために何かをつたえるとい う態度が欠如していた。 そんなものはかならずしも崇高でない意味 でも、売れはしない。 想のみる処、それは、おそらく答案用紙で あった。 そこには、教師としての編集者の存在は期 待としてあったのかもしれないが、「後輩・ 我が子」としての読者が欠落をしていた。 (もし繊細が、生長しきれず幼稚な段階のま まあったとしたら、氏は後輩を愛していたか どうかは疑わしくなるが、 たいていの愛は60パーセント以上が打算 なので、そのことを糾弾することは権利とし てはだれにも出来ない。) 生涯添削をもとめ、賞を渇望する態度がな かったとはいえないかもしれない。満点をも らえれば、ごほうびや原稿料がもらえる?幼 稚であり、商売ではないか。 想は想った。 サロンでほめられなければ、意味がないの か?サロンが敵だったら、どうするんだ。 その意味でたいていの小説とは論文ではな い。残念ながら幼稚が濃縮されるひとつの力 学の原理はここにある。 進化の過程で、幼形成熟を選んでしまった サピエンスには、つねにそのような現象がつ いてまわるのかもしれない。 幼形成熟としての生涯にわたる好奇心の持 続による異端発明兵器の保持と、 育雛本能から端を発する甘えとしての自己 家畜化による社会の腐敗の危険。 人間とは、もっとも猿らしい猿である。 ただ、管理思想の必要性は人間でもある官 僚の人間的な弱さとは、切り離して考えるべ きだろう。武士道としての儒教と、機械職人 の清教徒は、酷薄さや機械と親和性があるの で、人間の弱さを法論理にゆだねることは、 すくなくとも、だらしない河原者はアレルギ ーを起こすが。 * それはおそらく、家風をたどれば厳格な官 僚だった詩人の父君にまでいたるだろう。 官僚は、内容よりも形式を重視する。 組織を維持するために、自分の非を認めな いことをいいはることは官僚が官僚であるた めに、 徹底的に必要なことなので、それを批判す ることは科学的にはできない。 エリート気質は下請けや国民を結果的にい じめ、国や企業を破綻させる。 作家が読者から愛を搾取してはいけない。 作家はもともと、名士ではなく乞食なので ある。 乞食は、ほんらい孤独のなかで、青空や星 空をみつめる存在であるべきだ。 * 愛息氏が自殺して、まもなくパンにバター だったかジャムだったか、を客にひどく丁寧 に、ぬりかたを説明していた父君は、形式に よって悲しみをまぎらわそうとしていたのか もしれない。 ローレンツがそこにいれば、父君は基底核 的な本能の反復によって、皮質をおおいかね ない悲しみをまぎらわせていたというかもし れない。 脅迫行動における反復とは、性や闘争の儀 式の仕組みなので、爬虫類的に原始的であり、 官僚が蛇やトカゲにたとえられるゆえんであ る。 自殺や男色やサムライや儒教や宗教が爬虫 類的な酷薄と犠牲をときに伴うゆえんである。 そこにはたぶん、哺乳類的な体温と母乳は ない。 3歳までの臨界期に、特に男の子は充分に 哺乳類としての愛情を注いでやらないと、長 じてその子は、同性愛者になったり、戦士に 志願したりしてしまう。 爬虫類と、あるいは爬虫類的なかれらには ほとんど皮質や辺縁系の(正確にはそれらの 刺激による肯定中枢の側座核の)肯定的な感 情と好奇心が表現されないので、 そのこころにはあいまいさの幅がなく、し ばしば、狭量で形式主義で、かたくなではあ る。 まちがいを許されない官僚の立場と、それ にいたるペーパーテストの洪水はトカゲとし ての青年を作る。 その行動と世界観は、0と1という意味で、 たぶんにデジタル的・悉無律的ではある。 官僚は、まずまちがいなく卓上計算機が大 好きである。 現場に出たがらない割に、とんちんかんな 円盤ROMを霞ヶ関から発送して、自治体の 担当者のこころに、憎悪と不信を植え込む。 ナードのように予定調和を愛するというこ とは、立場によって、海馬の好奇心が強く抑 制されているから、外に出ることを、余計な ことを知りたがらないという意味で、嫌うの だ。 行動にあいまいさ、別の言葉で言えば複雑 な多様性があらわれるためには、面積のひろ い皮質の神経の広大なフィルターを通らなけ ればならない。 そのフィルターは、哺乳類の子がひろく遊 びを好むという意味で、経験のなかから構築 される。 幼稚舎からはじまるお受験漬けは、場合に よっては愛息を密室のトカゲとして培養する ことになる。 大脳の細胞の数があまり多くない鳥は、細 胞が表面にあふれかえって皮質を構成するこ ともないので、そのこころは、フィルターの 機能としては哺乳類のこころになってはいな い。 その意味ではそのこころは、やや爬虫類に ちかい。 鳥のこころは、その行動の機能としてのこ まやかさにかたよっていて、その意味では鳥 は大脳で考えるのではなく、小脳で敏捷にと びあがる人生(鳥生)を生きているともいえ る。 大脳は間脳の同輩、あるいは間脳を抑制す る上位の存在であるが、小脳は間脳の指示に 黙々としたがう、部下の立場であるから。 (しかし、おそらく大脳の皮質構造は、小脳 を設計した遺伝機能をつかいまわしをして、 その骨格がつくられたとみるのが、生命のシ ステム設計の結果的な節約の思想からは、そ う考えるのが、より自然かもしれない) ただその辺縁系のぬくもりの肯定、あるい は海馬と皮質の作業による好奇心の遊びの機 能は、動物の現実という意味では、逃避や捕 食のための攻撃という迅速な合戦のためには、 沈思や瞑想にちかいものなので、その状況で はそのようなものは邪魔になるどころか危険 でもある。 警戒心と結果として緊張をつかさどる扁桃 体は、いちおう辺縁系のなかに分類されるが、 それは間脳によって支配を受け、辺縁系や大 脳が緊急時によけいな寝言を言わないように それらの機能を強制的にoffにする機能を持 つ。 その役割は、緊急時にあどけなさや好奇心 という、いわば よくいえば人間らしい、 わるくいえば生活生存に直接関係ない外付 けの余計な機能に対して、 警戒警報として戒厳令の旗を振る機能を持 つ。 すくなくとも、哺乳類のこころでは、文化 は緊急時には執行停止の立場におかれるのだ。 だから、扁桃体が活性的になると排他的に なり、論理のうえでは攻撃的になる。 いっぽう、人類は農耕と言うアダムのりん ごを食べてしまったがゆえに、耕地に対する 慢性的な人口爆発によってつねに飢餓と隣り 合わせの歴史を生きるようになってしまった。 侵略と深夜の野菜泥棒につねにぴりぴりす る歴史は、扁桃体の歴史でもある。 その意味では人類の歴史は事実上農耕の歴 史である以上、ひとびとは排他的なトカゲの 歴史を生きるほかはなくなる。 この要請としての前提では、好奇心と工夫 の機能である皮質は、どうしても兵器の発明 と製造にかたむかざるを得ない。 (ダ・ビンチのなかで、聖母子の油絵を描く 心と、戦車の設計者であることは、どのよう に棲み分けをされていたのだろうか? 真摯な信仰者の素朴な常識からみれば、彼 は単純、錬金術師にしかすぎなく、まあ、異 端であろう。 氏が晩年、事実上のうらぎりものとしてフ ランスに移ることになったのは、それはマニ ファクチュアラとして、源内とおなじ要素が、 たぶん、多分にある) また同時に、政治の主眼とはおもによそ者 や撹乱者の排除にそのエネルギーが注がれる ことになる。 為政者や官僚がかたくなである要請もまた、 みたされる。 「王や大臣が偉い者である」という御伽噺の 常識は当然であろう。偉さとは、追討や誅罰 のための全権であり、そのためには執行の場 面では、異論は却下されるからだ。権力とは そういうものである。 このような現実、実際衣食住が満たされる ことさえもときどきは事欠く人々の歴史のな かの現実にとって、素朴な農耕上の工夫以上 のからくりは、それは胡散臭い硝煙の連想を 生むものだっただろう。 ゼロサム社会では、錬金術師は、忌避され る。 技術文明において、広告とはたいていプロ パガンダを意味する。文明技術はいっけんき らきらしてチャーミングだけれども、その背 後には自然法則が統計学として現れる重いコ ストや副作用がある。機関銃はちからとして とても魅力的に見えるけれどもそれに対して のバランスの取れた理解とは、そのたまを胴 体に浴びることによってしか得られない。 惑星や宇宙にとって、人類や文明は必要で はない。 せいぜい気の遠くなるほどのはるかな未来、 地球がだめになって火星や木星系に移住する ときぐらいしか、技術の意味はないだろう。 そのくらいのいみしかないのに、巨視的に はそんなに多様性のない人間の幸福の面から みた場合、技術経済の瑣末などんぐりの背比 べに四苦八苦することがはたして賢明なこと かどうかは、やはり点検される必要があるか もしれない。 主観的に採点して、わけのわからない苦労 をしょいこんでしまった人類よりは、1段階 下の猿のlayerのほうが、ほんのすこし幸福 である気もしないでもない。 ******************** どうしたの、なにかんがえてるの? 37歳の喬が、小学生の顔で覗き込んだ。 「ピーナツと揚げ菓子、 まようくらいなら両方買っていけばいいじ ゃない」 考えることが好きなので、想はまったく太 らないのだ。神経は大食いである。 喬、 なに? あらためてきくけど、亜矢さんってどうい うひと? ほら、僕が知っていることは、どちらかと いえば興味本位のえげつない知識じゃないか。 そうじゃないくて、内面で、どんなひとな のかたとえば仕事や技能で、なにに興味があ るのか、それに付随して、なにができるのか。 あえばわかるわ。 喬はにっこりと、笑った。 キャリアウーマンで、シングルマザー、 多趣味で博識で、スーツが似合って、女史 めがねで・・・って、これじゃ分析的なこと をもとめる想さんののぞむ答えじゃないわね。 そうね、バイオリンが弾けるわ 想の眼が、光った。 それからワードプロセッシングがすごく速 いわ。普通の事務員の倍の速さで入力できる わ。 ・・・だいたいわかった。 そうか、と想はのびをした。 「おもしろくなりそうだ。」 * いらっしゃい コットンでもドレスというのだろうか。 そんなうすい墨染めの色の混ざったおちつ いた赤い色の服を、「妻の彼女」は、その痩 身のまわりにひるがえらせていた。 いいでしょう。 これじぶんでしたてたんだ。いちどやって みたくて。 かんたんな縫製しかできないけど。街でい い柄のプリントがあったら、身につけたくな るから。縫製をおぼえておくことは、10年 来のゆるやかな課題っだたのよ、意外だろう けど。 渋い色ね、草木染め? いや、化学染料だと想う。 似た色の生地をちょっとさがした。 個人の趣味じゃ草木染めはなかなかできな いよ。綿はセルロースだから、染まりにくい。 藍染めとか、ジーパンとか、何回さらすか知 ってる? (鉄やアルミニウム液をつかう金属媒染は、 線維と色素をペクチンの原理のように2価や 3価の金属が架橋するから、できれば、セル ロースの側は、多少「いたんで」ガラクトロ ン酸残基の状態になっていたほうが結合が強 固になる。3価性酸化赤鉄でセルロースを痛 ませたり、何回も空気にさらして酸化させる のは、繊維素のほうが、「いたんだ状態」の ほうがそまりやすいからなのかもしれない。) サフランとか、お茶染めとか染め液の側で は都合はかまわないんだけど一度染めで染ま るのは絹か羊毛だから。まさか正絹を一着分、 気分では変えないよ。この色は、草木染めな ら赤芯木か小豆染めだね。アルミニウム明礬 媒染で。 浴衣の生地と、アロハの生地は、センスよ く採用し、したてると、ラテンのむぎばたけ の、満足した成仏になる。 亜矢は、白い色のほそいベルトで腰部の布 をまとめていた。 亜矢、言っていい? なに? 「大納言」 想が、ぷっと笑った。 「言うと、想った」 亜矢が、快活に笑った。 じゃ、これは白玉か、生クリームってとこ かな。 亜矢は、ベルトをもちあげるようにもてあ そんだ。 アイスクリームじゃないの?まだ風はすず しくないわよ。 なんとかフラッペ、ていうのは、嫌いなん だ。 古風ねえ ん、それもあるけど、お客さんの意見も丁 寧に聞かずに、パーラーや喫茶店がみんなみ ぎにならえでおなじようなメニューを出すじ ゃん。 これからはそんなんじゃ差別化の意味で生 き残れないだろうし、またお客さんのがわも だされたものをそのまま食べているだけの積 極性じゃ昼の労働のなりわいで生き残ってい くのもむすかしいんじゃない? 私は居酒屋でやかましいわよ。やれ芥子が 足りない、やれなまたまごもってこい、だの。 想が、表情をなごませていた。 喬は、亜矢のすがたをしげしげとながめた。 綺麗ねえ。 うつくしいとかいうのではなく、こういう くみあわせもあるんだって、いみで。 うつくしくないの? そうじゃ、なくてね。 ・・・亜矢って、べつに男性を敵視してい るわけじゃないんだよね。 こういうのみると、わかる。 そうかもね 亜矢はかるく、黒髪で、わらった。 * すごい、なにこれ。 喬がおくの部屋を一目見るなり開口一番に 叫んだ。 さわちだよ 大皿の刺身の盛り付け。 ここにいる3人とも、もはや出世には縁が ないけど、ふたつとも出世魚だ。 食事は済ましてきたというけど、まったく それなりのつまみもなければ無粋だろ、 仕入れもやる魚屋にたのんで、いなだとぼ らの大きいのを。 船盛りじゃないわね 「ここでさばいたからね」 板さん出前? ちがうよ、わたしがだよ へえ なまごみはもちろんベランダの例のごみ箱 さ。 (魚の解剖学・・・喬は、遠い記憶の保養所 をおもいだしていた) 「べつにとくいげにはなりたくはないけどね。 自然に死んだあるいは他人が殺した、 死んだ魚をどんなに上手にさばけたって、 活魚をしめることができなければ一人前じゃ ない。 そんなの他人が発見した知識をえらそうに 吹聴することといっしょだ。 でも、 手塩にかけて育成した雑種のF1が猛暑で ころりと浮いてしまう無念を何回も味わった わたしは、永劫活魚をしめることはできない 気がする。 洋の東西を問わず、サムライや貴族は、追 い詰められたときは、父が息子や娘の首を跳 ねるもんだ。 はずかしめを受けないように。 そんな、苛烈さは私にはない。 学者はすごいよね。 核酸や酵素を抽出するために、トン単位で 生体をすりつぶすことができる。かれらの残 虐さという麻痺は、どこからきてどのような 構造をしているのだろう。 生物学は、弱肉強食の世界の学問だから、 その背後につねに戦乱をかかえている。 わたしは、だめだ。弱いから。 えらそうなことをいっても、じぶんもまた 現代の犠牲者だね。理屈っぽい。」 想の表情に、複雑なものが浮かんでいるの を、喬はみのがさなかった。 * 買ってきたんだ、うちにもビールはあるの に。 ふたりがもってきた4つのおおきなポリぶ くろをひざに両手をおいてみおろし、亜矢は 感心してみせた。 ごはんは、たべてきたんだよね。 ええ、そういうはなしだったから。 のみものは、なに 赤ワインと、焼酎、ああくさい芋じゃない から安心して。 ふふん、 と亜矢はわらい、 用意したものはね。 意識や意欲をたかめるための消化のよい蛋 白質、途中でおなかがすくだろうから、かわ きもの山を炭水化物としてたくさん。 チーズ、かたまりのサラミ、かきもちの山、 甘いクリームのビスケットの山、個別のチョ コレートが大袋にふたつ。遠慮しないで。 亜矢はチョコレート・ビスケットに手をの ばし、ほおばると、おいしそうに赤ワインで、 ばりばりとかみくだき、 亜矢は身を立ち上げてふたりを見て、わら った。 くろいこまかい破片が、亜矢のちいさなは だしの足下に、ぱらぱらとおちた。 わたしたちもたくさん買ってきたよ、と喬 おおざら、ある? これがあるわよ、ガラスのボウル おおきいわね、ぼうやの湯船みたい 装飾のない素にちかいボウルだよ、ひろざ らといったほうがちかいわね。 ただやっぱりガラスだからね、テーブルを ひっくりかえしたりしたら怪我するかも。 そんなにあばれるの、 ふふ、まさか。 これはママの嫁入り道具だったの そう説明する36歳と37歳をみながら、 なんて、少女たちだ、と、想は内心あきれ ながらも多少うれしくも、おもった ドメスティックな猫は、おとなになっても 野生にはみられない、あまえた小猫の声をだ す。 これなに ガラスのボウルのうしろにあるタオルが掛 かったポリの大箱をゆびさして喬は言った。 例のものよ いちいちとりにいくのは興ざめ、だから戸 棚から出してそこにまとめておいたわ。 タオルをめくった喬が、眉をしかめてすぐ 布をもどした。 それは、喬がわるい 亜矢がわらった。 でもね、わたしたちはそういういきものな んだよ。 * 「乾杯のまえに。」 亜矢が、ボヘミア風の切り子細工のガラス の透明なショットグラスをふたりと、じぶん のまえに置いた。 そして茶色く変色した葉の残骸がぎっしり 詰まった広口瓶からワインのデキャンタにな かほどまでうつすと、そのデキャンタからふ たりの小さなグラスにつぎ、また、じぶんの にも満たした。 話題だから、乾杯のまえにあじわってみて。 喬は、きらきらした切り小細工のうつわを、 蛍光灯のひかりにかざしてみた。 茶褐色のなかに、濃厚な緑色が、ちらちら と気配としてあった。 「ほんとは、ひの光にかざしたほうがきれい だけどね」 もし、気に入ったのなら、わけてあげるよ ん 想が、小さく声をあげた。 「紫蘇酒だ」 あたり 亜矢が満足そうに笑った。 刺身とか、なまぐさものにあうと想って。 亜矢は、喬を見た。 「よもぎのとなりに、あおじそを植えてあっ たんだけど、ひあたりがよすぎてものすごく 茂ってしまった」 でもひとりではそんなにつかわないから、 陰干しして、こうりゃん酒につけたんだ。ど う? 失礼 想が、ぼらの刺身に手をのばした。 うん、いける。最高 だよね、いや、ですよね。 言い直した亜矢に、喬は苦笑した。 でも、なんで高粱酒? とくに理由はないよ。安くて度数が高いか ら。 わたしは、40度でも酔わないときあるか ら、うすい酒は意味が無いんだ。 ・・・紫蘇の風味に興味があったからわざ と糖分はたさなかった、でも、 「充分、甘いわよ。不思議ね」 香り成分が、糖分分子みたいにアルデヒド 残基をもっているからとか、そのへんだろう とおもうけど。 ぺリルアルデヒドが、クロロゲン酸のよう に抗アセタール性をもつらしいから、この酒 はどんなに度数がたかくても、悪酔いはしな い。ただ、あんまりつくっていないから、今 日はそんなに出せないけど。 「そんなに、度数は感じませよね、想さん」 想は、刺身をくちにしたまま、うなずいた。 本当は塩分がたかいしょうゆとおなじで、 なにか味覚を中和させる働きがあるのかもし れないわ。 喬は、切り子細工を光に、かかげた。 ・・・アレキサンドライト 「へえ、あ、そうだね。」亜矢が、発見の驚 きによろこびの笑みを浮かべた。 このいろ、ダーク・サファイアの色だわ。 いいこと、きいたな。亜矢はうれしそうに、 サファイア、か。 「厳密にいうと、それはベリリウム・ベリル なんだけどね。」 ふうと、切り子の酒をくいっと干し、 「酸化アルミニウムの結晶は、たぶん地球に しかないんだろうという話を読んで、びっく りしたことがあった」 そうなの 火山溶融によるコランダム宝石は、そのも とは石英と同じく、粘土だ。粘土は、鉱物が 水にさらされてナトリウムやカルシウムが最 終的には海水へと流れ出してしまう過程を経 ないとできない。 石英からできる水晶もおなじ。 だから、もし隕石におおきめのコランダム や石英がふくまれていたばあい、それは小天 体が太古に地球に衝突して、2次的にふきと ばされた地球の火山の石である可能性が高い。 地球以外に火山はほとんど見つかっていな いけど、ふつうそれは火星の火山のように、 ごくなだらかな「貧乳」火山のはずだ。Aカ ップですらない。 想が失笑した。吹き出しはしなかった。 塩類をあらいながされた鉱物は、比重が軽 くなるので、地球の上層部にたまり、また粘 性が高くなる。 噴火のときに、つみかさなって山を高くし、 また封じ込めの力がつよくなるので、大爆発 を起こすようにもなる。 富士山が、高さ3キロという小天体なみの 高さに達するのは、結局は地球に海があるか らで、 かつて富士山とおなじ規模の美しい山であ った箱根温泉郷が、そのふるい山体のほとん どを吹き飛ばしてしまったのも、もとは地球 に海があるから。 「箱根や、熱海にいってみたいわね」 喬がめずらしく、まぜっかえした。 機会があれば、ね、と笑い返す亜矢の表情 の奥に、 この関係が壊れなければ、と自分で自分に 但し書きをつける亜矢の不幸な根を張った寒 々しさを、喬は、ちら、とかいまみた。 「ルビーやサファイアは、表層の宝石だ。 ダイアモンドが最深部の宝石であることと は、逆に。」 亜矢は、今日は、ピアスをつけてはいなか った。 * 刺身と乾き物を前に、乾杯をし、 最初に宣言したいとおもいます。 亜矢がかしこまって言った。 「ふたつあります」 ひとつ、今日の主賓は喬の旦那の想さんで あります。 喬は形式的な夫の顔を横でみた。 ふたつめ、ここはホテルではありません、 どんなに「よくても」大声でさけばないこと。 * 先日、喬は亜矢から電話をもらい、食事は はやめにたべてきて、とつたえられた。 ・・・それは親睦をふかめるためではなく、 熱中すればみじかすぎる夜長をたばことして 「おおきくすいこむ」ためには、 必要な段取りとしての工夫だった。 あられ入りのピーナツをまずガラスにぶち まけ、ふたりにビールをすすめた亜矢は、つ まみをかたあごでばりばりごくごくとビール でながしこんだ。 亜矢、できるだけおつまみはここにあけて おいて。 行為の途中で、「はなびら」をぶらさげな がらおなじようなかたちのポリのふくろを両 手でひらくのは、なにか日常的でこっけいで、 いやよ。 そうだね、煙草をすっていた亜矢は表情が ねこがくしゃみをするような表情で笑い、 でも、まだしけっちゃうからあけないよ。 いま、わたしはすこし呑みたい。 すこし酔わせてね、亜矢はちらと想をみた、 そのぶん燃えてあげるから。 にやっとわらって両手をうしろについて天 井をみあげた。 照明をみていた亜矢は、そうだ、とつぶや くと、 よつんばいになって、つぎの間に這ってい き消えた。 「けさ、おもいついていたのに、用意してお いたのをわすれていた。」 いちど開梱したこともあるらしい、よれた 茶ボールの箱をもってきて、なかから電気装 置をとりだした。 外神田の住所があるきいたことのない電機 メーカーの奥付がはってある箱だった。 でてきた装置は、発光半導体がいちれつに ならぶ照明装置だった。 「定格は、30ワットだよ」 亜矢はリビングのコンセントに電源端子を つなぐと、本体のスイッチをいれた。 蛍光灯のしたでもそれとわかる、あかるい ルビーのかがやきが星座の星列として 燦然とかがやいた。 なんだと想う、色は古典的なガリウム砒素 だよ。 亜矢が、知的な表情で笑った。 装飾用の照明にはみえないわね。 枠のフレームもごついし。なにかの業務用 かしら。 これはね、育成灯なんだ。植物の。 一般的な用途ではないけどね。 もともと、植物は藻として進化をはじめた ころは、太陽の光はいまよりももっと赤みが 強かったという説がある。 ご存知ですよね、「ご主人」 亜矢がわらった。 その後、太陽がより青白く進化するにした がって青みの強い光を吸収して体内で赤の光 のエネルギーに変圧する分子系が進化したの で普通の植物は青い光の下でも成長できるけ れども、 そういう意味ではかならずしも植物が生長 するのに7原色の総合からなる白色の光線は 必要ない。 最悪原始の光合成基幹部分であるクロロフ ィルAだけを「あかいひかり」で励起できれ ばいい。 * さて、工業ではまだ窒化ガリウムの青色半 導体はまだまだ割高です。 そこで光合成の意味での電気照明栽培では、 あかいパネルだけでもかまわないのではない かという発想が生まれました。 その業界における試作品がこのシリーズで す。 亜矢はタイトスカートのスーツを着てプレ ゼンテーションをおこなう口調になった。 このメーカーは日本企業ですが、どことな くデザインが日本らしくないとおもいません か。 おそらく、ドイツ企業がライセンスとして 図面をひいた中国製品をみて、日本人の中小 企業がデザインごと意匠を真似したのでしょ う。ほんとうは中国企業のえげつなさをわた したちはとやかくいえないんですよね。わた したちだってかつては世界の「まねした電機」 だったんですから。 ・・・以下は亜矢は、言わなかった。 ( ところで空気を読んで従ったり、また話題 をえらぶのは、日本人の能力でもあります。 関ヶ原がそうであるように、日本には風向 きだけがあり、いわゆる正義のようなものは 存在しません。 まもるべきものがあるとすれば、農地とし て土地に関する先取権だけです。 古来、思想とはもたざる河原もののやっか みにしかすぎませんでした。 自主規制が横溢する場所には報道に意味は なく、 広告とはもたざる河原物がおこぼれをもと めてふりまわす自称お洒落な思想でもありま した。 いまはどうかしりませんが、 ひとむかしまえは、思想とは、 いけばたこ焼きがただで食え、 みなでおどれる盆踊りのことを意味してい たようです。 その意味で、毎日盆踊りをしているように 見える東京はかつて、きらきらした思想にあ ふれているように田舎からは見えたことでし ょう。 これでは尊皇攘夷の頃と、変わりません。 ただ、あまりはしゃぐと、「真珠湾を忘れ たのか」とやはり平手を張られたようですが。 中国製品とは、厳密に言うと中国人が作っ ているのではありません。図面をひき、生産 管理:ノウハウの伝授もふくむ:をしている のも実はドイツ人です。 労働力は中国ですが、これはドイツ製品な のです。 世界で、ドイツ製品にかなうものはあるで しょうか。 氷食大地で、土壌がなく寒冷で、時計職人 として生きるドイツ人は技術にすがって生き 延び、技術を好きになり「もの」が好きにな り、ひとよりも「もの」を場合によっては愛 し、また人を「もの」あつかいして。 ユーロッパはそれを言われるのを極端に嫌 いますが、ハイネが予測したとおりに、 あげくに論理に苛烈な信長のようにくるみ 割り人形の収容所までおこしてしまうほど、 技術や「もの」を愛するドイツ人に気性の 意味で工業でかなうでしょうか。 これをいっぽうの極として、われわれは大 陸に、つごうふたつのコンプレックスをもっ ています。 それは大陸に延びた前線を制御できずに崩 壊した日本の戦前の、もともともつ柔和な農 耕民族のだらしなさです。 あえてアンチテーゼを宣言するとどうなる でしょうか ・日本人は工業にむいていません ・日本人は自治・制御ができません つまり、近隣地勢的にかんがえると、半島 ・大陸民族にうすく影響力で占領され、ほそ ぼそと水のみ百姓を営むのが、日本人にもっ ともふさわしい未来ではないでしょうか。 ご静聴ありがとうございました。 )* ご静聴ありがとうございました。 (ぱちぱちぱち) わらいながら喬夫妻が拍手をした。 さて、本日これをとりだしたのは、日本の 家電業界の将来について演説するためではあ りません。 「喬、わるいけれどリビングのあかりおとし て。」 突然部屋が暗黒につつまれた、喬と想はお もったが、 ふたりはすぐにそれがやみではなく「赤い 闇」であることに気がついた。 なれていくうちに赤い色彩は網膜にたいし て、その色彩をどぼどぼどぼと3人がいるこ の室に、そそぎこみ、 ほどなく部屋は、にぶい赤い光の、坩堝に 呑まれた。 「これで、ムードでるわよね」 亜矢が、妖艶に、わらった。 たちあがって、無造作にドレスをぬぎすて、 ほそみのブラジャーとショーツだけになり、 その痩身の腰に両手をおき、かるく腰をま わした。 「やっと酔ってきたわ。さきにシャワーをも らうけどいいかしら。」 * 亜矢が去ると、ふたりはかおをみあわせた。 なにのむ 喬は想にたずねた。 「ロックで、それ」 想は焼酎のびんをさした。 想にロックグラスをてわたしたあと、 じゃああたしもと喬はじぶんにもロックを つくり、 つぎつぎとかわきもののふくろのなかみを ボウルにあけはじめた。 「あれが亜矢ちゃんか」 彼女は、魔性よ。 かるいきもちでつきあうとおおやけどする わ。 立ち位置から腰をかがめながら、喬はかわ きものをボウルに空けながら言った。 彼女は諸悪の根源よ。 わかっているでしょう、想。 喬が夫を呼び捨てにした。 くちびるのはじが、あがった。 あなたに教えたたくさんの快楽をまず、わ たしのからだに、まいたのが彼女よ。 喬がグラスをかるく揚げながら、わらいな がらかえした。 ごめんなさい、ちょっと興がのりすぎたわ。 でも、性というものは対等のよろこびであ るべきかもしれない。 その意味では、あなたが彼女に復讐したか ったらそれはかならずしもやぶさかではない わ。 「復讐、だなんて」 かんちがいしないで、復讐というのは奉仕 でもあるのよ。 最大の愛と賛美でもあるわ。 * さすがね、気がきいてるわ なに? おつまみに、さきいかがない そういうことか、とほとんどからになった さわち料理の刺身を口にはこびながら想はわ らった お刺身のさら、かたづけちゃうわね 喬が残りを取り分けながら言った。 行為の補給に、たいしてカロリーにもなら ない噛み切りにくい、いかのガムをくちゃく ちゃやるのは意味がないばかりか、からだが さめかねない。 ぼくの後輩で、あろうことか忘年会にカニ をえらんだやつがいて、直属の上司ににがわ らいをされたやつがいたよ。 蟹じゃまずいの 想は背をまるめるふりをしながら、 「ほじほじ、ほじ。」わらった。 みんな身をかきだすことに夢中で、会話の 親睦なんてできやしない そいつはおもしろいやつで、みんなの人気 者だけど、よくみていると重要な仕事からは 注意深くはずされていて、逆にわが組織が健 全に機能していることが確認できたよ。 芸能界とはちがっていたね。 広告は、企業広告のしごとからはずれると だめになるんだろう。 彼女は明晰だね それが手段を選ばないようなところと連結 しているわよ。 みて、スポーツドリンクなんか4本あるわ よ。 これ、わらぶとんだ。 想があつでの白いシーツをめくって言った。 ウレタンのマットレスにしては、丈夫な感 触だからなんなのだろうとおもったのだけれ ど。 室には、成人用のおおきさのそれが、4葉、 田の字にしきつめられていた。 (・・・ここで、わたしたち、 けものになるのね) ・・・脚を組み合わせて。 喬は、腹の底が、うずいた。 つくったとはいっていたわ、以前に。 でも、4枚もあるだなんてしらなかった つくった? ええ、懇意にしている農協からわらをやす くわけてもらったっていってた。 農協・・・ふうん 彼女は、こうだと想ったら、手段を選ばな いわ。しかし結論を出すまでに意外なほど長 い時間とその段階を踏むわ。 彼女は恫喝の抑止力ではなくて、純粋にあ かるい好奇心の結果として比喩として核兵器 の技術までもっている。 彼女を暴走させていないのは、純粋に世界 にたいする愛よ。 彼女を怒らせないほうがいいわね。 そうしたら、彼女は人間というものをいと も簡単に愛する世界から切り離して、おしげ もなく、ごみばこにすてるわ。 それは傲慢ではない。自分を大切にするこ とをあきらめているから、自分を捨てるのと おなじ感覚で他人との関係などもともとない に等しいのよ。 それをいったら「マゾヒスト」のわたしの ほうがよっぽど我執にこだわっているわ。 チョコレートを取ってくれ。 それには答えず、想は喬に袋をとってくれ るように言った。 想さん、 ん? キスして。 喬がめずらしく、あまえるしぐさをみせた。 不安なのだろう、とは想は想像できた。 だがなにに? 疑問のわずかなゆらぎは、妻でもあるしど けなくあまえてくる子猫のやわらかいくちび るに、きえた。 その子猫は37歳であるが、 雌という「奥さん」の立場のなかにいれば、 弓状稜線や眼窩上隆起という原人の雄の成熟 は必要ないので、いつまでもあまえたこえを あげる。 野生の大猫の成獣は、けっしてにゃあ、と はなかない。 これも現象としては、ドメスティックとい うことのそれである。 哺乳類の雌のほねは幼形成熟の傾向を地層 ではしめすが、それはあまり女性は社会や自 然に立ち向かうべきではないということかも しれない。 家畜化と育趨が深層では同元であるという ことは、女性やアットホームが家畜の世界で あるのはあたりまえということになる。 ただしばしば家族路線が家畜や羊を惑わす 楽な手段であるという意味では、 それは好景気のときにしか許されないとい う帰納は、受け止めなければならないだろう。 * 亜矢が、腰にだけちいさな、化繊のうすぎ ぬを巻いてもどってくると彼女は、 ごめん、わたしにもシャワーを浴びさせて。 という喬のことばを聞いた。 どうしたの、想さん 亜矢は喬の夫にきき、 ちょっとピッチがはやすぎたみたいだ。 吐き気があるわけではないけど、水を浴び てすっきりしたいんだそうだ。 雰囲気がちがうと、酒がすすんじゃうのか しらね ほんとう、顔がまっかだわ。 あたりまえじゃないの わらって喬が照明をゆびさした。 そこにいっしゅん諧謔があった。 亜矢は天井にたかくつりあげられた、いち おう日本のメーカーの、照明をみあげた。 だいじょうぶ? だいじょうぶよ、そんなにきもちわるくな いから。 きをつけて、風呂場でころばないでね まったくもう、あなたがつぶれたら今夜は 意味がないんですからね。 あなたは浴びません? 亜矢は想に言った。 公団の浴室は、おとなふたりで入るには狭 すぎるけど。 風呂は、食事と一緒にすませてきたんだ。 時間を無駄にはしたくはなかったからね 亜矢。 ん?なに ここで、想さんとキスして。 喬は、なにかを覚悟するような顔で、い った。 * 喬は悪酔いをしていたわけではなかった 喬は、浴室のしろい壁に両手をつきながら、 冷たいシャワーが、じぶんのかたちのよい乳 房をつたって両の乳首からゆかにおちしたた る不規則な振動をぼんやりながめていた。 ・・・3P 隠語を清純な声でつぶやいた。 亜矢はわたし、わたしは亜矢。 かつてわたしたちは、忘却の彼方でいっつ いだった。 無垢の位相は、雌雄同体のまっしろな友情 としてだきあえるが、 たがいに経過に傷付き、よごれてしまった あとでは、たぶんひかりの色や光線の方向の 陰影によって、隠微な雌雄と陰陽が、たぶん、 役割と舞台のながれによって、いれかわる。 苦い経験によってつちかわれた機知は会話 や風向きによって、おたがいの立場をおしは かり、遠目にも良くわかる派手な化繊の原色 の舞台衣装を、 タッチとステップによって、軽快に投げて、 交換をするのだ。 ただ、現実の快楽はそんなカブキの、はや 変わりのように優雅にはいかない。 また、優雅を演じていてはリアルと快楽に 嘘をつくことになる。 エスエムとは、驚愕と苦痛の過程をみずか ら積極的にえぐることによってときを楽しみ、 またそれを相手に演出してあげる。 「こと、よ」 と喬は、亜矢の知らないワイングラスの退 廃の夜に、てづからめかくしをされて、いま はもうあわない夜の先輩から、おそわったの であった。 * ・・・これ、想さん・・・ 亜矢は、想のシャツのボタンを順々にはず し、想というひらたいからだの菓子をわがも のにせんがため、アルミニウム箔のようにシ ャツをひきはがしていた手が、とまった。 ひだりの脇腹から、背中にかけて、ケロイ ドのようにつるつるのおおきな傷跡が、そこ にあった。 やっぱり、おどろいたね。 想は、確信犯のように、にやにやした。 これ・・・ 3年生のときの傷さ。小学校の。 別にたいしたことじゃない。この傷は僕が 望んでてに入れたわけじゃないから、別に勲 章でもなんでもない。この傷があることで、 じぶんになにか特別な才能を得たわけでもな い。 魔法のおとぎばなしでは、なにかとひきか えにいかずちをうけたとか、なんとか。ある だろ。 ・・・怪我よね。疾患の切開にしては、ひ ろすぎるわ。 やっぱ、喬はいってなかったんだ。 想は、この奇貨で、亜矢のペースをいたず らとして崩そうと、おもっていた。 交通事故さ。ボンネットで弾んで、放り出 されて、大谷石の角に、たたきつけられた。 肋骨がつぶれて、そっち側の肺が、面で挫 創した。 背中からぶつかってたら、死んでただろう。 ・・・苦しかった、はずよね。 死ぬほど痛かったことは、事柄としては記 憶してるよ。 想は、当人しかわからない、記憶の仕組み の妙にのっとって、正直に言った。 不思議なことに、痛みとは恐怖としては刻 印はされない。・・・おびえるのはつねに傍 観者である。 半月間、しびれるような激痛が、ねてもさ めてもとれないんだ。強力な座薬も、あまり、 効かなかった。 あ、でも 想は、諧謔で笑った。 そのときの座薬で、「めざめた」わけじゃ あ、ないからね。 亜矢の、傷でおどろき、同情の代わりに、 なかばたてまえとしての自動言語の好奇心で 覗き込んでいるそのひとみに、想は諧謔を意 表として強制的にながしこんだ。 亜矢のめが、ぱちくり、とまばたいた。 想のこういうテクニックは、恣意ではない。 はんぶんは性格であった。繊細さが認知し てつかんだ偶然が、肯定でもあるユーモアに みちびかれて、顎からことばとして出るので あるが、 その繊細が、じつは世界がまるでガラス細 工のようなはかなさともろさでできているこ とを知らしめているので、いなかものが鬼の 金棒をふりまわすようには、想は諧謔を大安 売りはしない。 それをうぶな女性は、想の洗練された奥ゆ かしさとしてみるが、想の冷徹な傲慢は、た いていの女性に、愛されて育った無知な感情 のエクストラバガントを嗅ぎつけてもいる。 世界に無制限に博愛を振りまくことはでき ないことを知っている想はそのようなことを 理由にして、女性を無意識で選別している。 想は、喬から、亜矢が世間にもまれてきた ことは、聞いていた。 要するに、傲慢な想は、亜矢を試している のであった。 その態度のなかにある官僚とは泥沼を知ら ないところにあるのかもしれない。官僚は言 うだろう。「愚者のすべてをはすくえない」 自分は密室でよわっちいくせに。 あなたは、たすかったの。 胸を放り出していた亜矢は、身をひき、腕 をかるく組んだ。 小学校は、どうしたって、2、3交通事故 があるものよね。 こんなこといっちゃいけないいけれど、わ たしは、運がよかったのかもしれない。 え いや、わたしが車に接触したとかじゃない のよ。 下校のあぜの途中で、わたしからしばらく ななれたところで、その事故はあったわ。 運よ、運。 亜矢はほそい人差し指を、顔を天井にむけ て、くるくるとまわした。 自分が、はねとばされた、 あるいははねとばされる、っていうのは、 いざじぶんがあってみると、 他人が言うほどには、他人事よね。 そうでしょ。そんなものよ。 たいていの英雄とは、自分が英雄であるこ とを知らない。 本物というのはおそらく不確定性原理によ ってそういう存在だから。 ハイゼンベルグのいったことは、いわば、 自分の背中を、自分はみることはできないと いったことにちかいわ。 愛ということばを物理学の用語で言うとそ れはおそらく相互作用。ある株券が価値をも つためには、皆によって推挙されることが必 要。 だから、自分の意味というものは逆にその ものにとって、他人が言う他人事の積算にし か過ぎないわ。 それが、longtermにおいてそうならばそれ は信用という意味において、やや真実にちか い。事実、ということばは、やや真実という ことがらの暫定的な代名詞よ。 そのばあい、じぶんと他人において、いわ ば愛というものがそのうらおもてとして、ど うやら存在しているものらしい、と推測でき る。 愛とは、評判とは、抽象よね。 金本位制がよってたつsolidismとして、資 産が貴金属に逃避する時代は、時代に愛がな いともいえる。 生理として秀才だったり、たとえばあなた のこの傷のような、体験をすると、世間に対 して、うすい半透明の、認識の膜が張るわ。 ほまれではないことをも含め、輝点の立場 はそういういみでも、弱さがすがる偽善とし ての美談にはさめている。 むしろ、物理学者は愛とか真実とかいうチ ラシには、積極的に3割引のシールを貼るわ。 扇動広告の天敵は、ディスカウントでしょう ね。 わたしのときは、 亜矢はことばを区切った。 だいたい、100メートルぐらい、かしら、 わたしの前の通学路を先にあるいていたと なりのとなりのクラスの、近所に住んでたお んなのこは、事故をめの前で見たわ。 ブレーキとアクセルをまちがえたとかいっ てたのかな、ぽーんと、サッカーのボールの ように、数十メートルとんだとか大人がはな してた。 その子はびっくりして、その光景がめにや きつき、 そして、うちどころがわるかったそのこが、 半月ほどの意識不明のあと、校長先生が黙祷 といったあと、その子はおかしくなったわ。 たすかってたら、たぶんそうはならなかっ たとおもう。 3ヶ月ほどして、じわじわとノイローゼに なって、通院するようになり、また2ヶ月ほ ど、集中的に療養するために入院して、登校 班に穴があいたわ。 ほどなく、また学校にもどってきて、表面 的には普通にドッジボールをするようにまで、 上塗りの塗りこめとして、回復したけど、そ の傷とショックは、たぶん一生のこるでしょ うね。ふるきずとして。 あと2、3分はやく靴箱で上履きを脱ぎ、 かえっていったとしたら、彼女は、わたしだ った。 想さんとわたしとは、性格がにているよう だから、わかってもらえると想うけれど、 好奇心がつよく、博覧強記のものは、同時 に、非常にデリケートよ。 わたしは、たぶんそんなめにあったら、彼 女の数倍、神経を病むわ。 それよりは、むしろ、 亜矢は、想のむかってみぎがわの傷跡に、 やさしく、ふれた。 事故の、当事者で、道路の宙を舞うほうが、 しあわせかもしれない。 たとえ、死んでも。 つらそうに、亜矢は、笑った。 喬がいたら、やきもちを焼くかな。 「でも、想さん。死ななくて、よかったね」 喬から、聞いたわ。 あなたのおかあさんが、谷川岳を反対した のは、あなたのおかあさんが打算を考えてい ただけだからだとは、考えたくはないわ。 ・・・トラウマは、心配するほうにきざま れるのよ。 ただ、たしかにあなた自身は、氷雪をめざ すべきだったのかもしれない。老荘に満ちた、 里山なんかじゃなくてね。それは、維摩経が ヒマラヤをどのようなめでみていたか、とい うことをかんがえさせるわ。カピラバスツは、 ヒマラヤのそばにあった。 氷雪を目指すものは、その糧を後輩に残さ なければならないのかもしれない。けれども、 友達はつくれないわ。かれらに、悲しいおも いを、刻み込むから。 ふしぎね、あなたをむかしから知っている ような、気がする。 ・・・ナードは、あいての知識とはなしを する、って話をしってる? わたしたちすべてに成り立つ、アンチテー ゼであり、パラドックスよ。 知識人は、相手の知識と話をし、けして相 手の人格を愛しているわけではない。その意 味で、知識人には幼児の比率が高くなる。 たとえば討論で、 たがいにエゴを主張して結論が出ない、 たがいに得るものがない不毛のそれ。 物かきは、薄情だから信用してはならない、 って、あれよ。 ほんとに仲間や世界を愛するのならば、ま ずひとりでだまって種をまかなければならな いのにね。 サービスとしての商業の時代が長すぎたか ら、人々は、呪文や約束としてのことばに過 剰に甘えすぎている。 でも、不思議。ことばがなければまた、何 もつたわらない。 人々は、謙虚になるべきだわ。 ないよりはまし、 とりあえずはこれをやらなければならない。 また、必要悪。 甘えずに、主体的になれば、数値やカタカ ナにだまされることもなくなる。 ゼロをめざす除菌のヒステリーは、労働や 生活や夫婦生活に満足していない証拠よ。教 育ママが、腹の底で亭主を軽んじているよう に。生命や、すべての「自分は」結局はちょ ぼちょぼの存在でしかないことに気づけば、 純粋や潔癖にすがる必要もまたないわ。 感覚信号を科学で判断し、左脳的に次の暫 定を組み立てる。 設計者や指導者に甘えることにも、限界が あることをしるべきだわ。 また設計者も、露出狂になる必要はないけ れど、隠蔽のためにわかりにくい設計をして はならない。隠蔽があるとシステムは、燃費 や堅牢性が悪くなるわ。それは悪い響きとし て、官僚主義と、呼ばれる。 歴史や知識というものはね、ひとつには名 前にすぎない。 名前など、情報byte数からいったら、些細 なものよ。だれもが、それを発音し記載する ことができる。 でも、歴史のテストでその名前を書いた人 物が、いったいどのような人生を、どのよう な気持ちで歩んだのか、 また科学技術の概念にある、その背景の宇 宙の自然法則の、どうしようもない玄妙で隠 微なうねりなど、 すくなくともたかだか、高校生のレベルで は、ふつうはだれも知らない。ごっこ遊びと してのペーパーテストやボードゲームには、 入門の意味しかないのよ。 でも、わたしたちは、ことばからはいるし かない。 そのことばのとびらをひらいたときに、そ のむこうにひろがる死と生の虹色の世界を、 どれだけ把握できるのかどうかということは、 それを為すものの痛みとしての才能と、喜 びでもある努力の多寡のいかんに左右される のだろうけれどもね。 ・・・知識の体系しか愛さない知識人の本質 を、薄情だということはたしかに一面の真実 だわ。轍鮒の急は、一面の本音でもある。 それは、沼が氷雪を薄情だ、 細胞の粘液質が、細胞核の遺伝子データテ ープを薄情だというのとおなじことよ。 遺伝障害に伴うなみだは、それを如実にあ らわしているわ。 でも、情報は同時にひろい意味では貨幣で もある。 画面にうつったケーキは食べられないけれ ども、電送された金額は、街でケーキを買う ことができる。 それは情報が、たとえば細胞のなかで約束 と契約によって読み込まれているからで、 だからそれは、情報の側が、嘘や浅薄なも のを流してはならないということになる。金 融工学という暴力でしかない幼稚な表現が定 着してはならないということにつながる。 知識というものは、福音をもたらすものだ けが残るという意味では、遺伝子と一緒よ。 軍事技術者を含むかもしれないけれど、陥落 した城砦で、知識人が助命されるのはそうい うことでもあるわ。 だから、よい知識の贈答は、愛につながる。 ・・・金属の物性はね、ボーズ粒子の性格 をもつ、電子雲が量子液体として金属の固体 全体に充満しているからよ。その極端な状態 は、極低温で電子雲が電子対として極端な粘 性を持つことによってあらわれるわ。 金属は、原子核としては結晶だけれども、 電子的には液体よ。電気とは、その金属の 「パイプ」のなかを水が流れる現象なので、 流体力学の概念をそのまま電流学に応用でき ることも多い。 金属が原子の結晶であるにもかかわらず、 そのやわらかさで自由に曲げたり成型したり できているのは液体の電子が、粘着の接着剤 として原子が散らばらないように結び付けて いるからでもある。 流体は愛に似ている。 量子効果によって、空間に充満する。 そして、量子効果によって、結局は誰のも のでもない。著作権が数十年としか定められ ていないことは空間に愛が瀰漫・横溢するこ とを、自然法則としては止められないからよ。 よい知識が、愛としての贈答品の形をとる のであれば、それは量子の液体でもあるのか もしれない。 知識人は、その生長を幼稚からはじめても いいけれど、いずれはその段階を卒業しなけ ればならない。技師でしかないものは、第3 階級と呼ばれ錬金術師としてさげすまされる ことでもある。 わたしは、ある文化仮説を読んでいて、気 がついたわ。 神話や寓話では、贈り物や使者という意味 での、異質なものの来訪が鍵であると。 それは当初表現の比喩としてハドロンに過 ぎなかったけれど、結局それは湯川先生には じまる、π中間子のゲージ理論とおなじもの だった。贈答の交換は、力という紐帯を生み、 それは概念としては愛でもある。 情報や粒子自体はたぶんに量子的なデジタ ルではあるけれど、その総合と瀰漫は、量子 拡散によって、とらえられない液体として振 舞うわ。 正確であろうという願いは、結局は万人の ものになってしまうのよ。僧侶としてありた いということは、多分にそういうことで、同 性愛の傾向のあるなしにかかわらず、立場に 誠実な僧侶は、異性と婚姻をのぞまない。 危険な舞台でもある「道成寺」は名作だわ。 想さん、わたしはあなたを2、3の言葉で しか知らないけれど、その量子スリットをと おして、 基調倍音の主要な部分として、 だいたいあなたがどのような人間か、見え るようだわ。 ・・・ごまかしのない誠実は、典型をめざ す。人物は、雑音としてのバリエーションを 殺ぎ落とそうとするから、エピソードのシリ ーズ続刊でしかないエンターテインメントの 主人公にはなりえない。 角兵衛獅子の芸能出版などは、著作権とい う既得権に生える、従属栄養菌の水垢よ。 亜矢は、ふたたび、想のくちびるに、くち を、ふれた。 * しずくだけをふきとり、全裸のまま部屋に 戻ると、ボタンをすべてはだけて上半身がす べてはだかになった想の胸に亜矢が舌を這わ せていた。 メインデッシュの、おでましね。 亜矢がかるく顎を上げ、前髪のあいだから のぞくきらきらした瞳でつぶやいた。 なんかいみてもおもうけど、 亜矢はため息をついた。 「おいしそうな、ちぶさのしろさだわ。 焦げ茶の乳首のアクセントが、とても卑猥 ね。」 あなたも、彼を吸って。 亜矢は、あいている想のみぎむねを目でし めした。 敏感なききてがわの乳首は、まず奥さんに 吸って貰うのが、礼儀だからね。 亜矢はひだりの突起を親指でやさしくつぶ しながら、言った。 想さんをたかめてあげないと。 今日は想さんが主賓だから。 「・・・亜矢、おねがいがあるわ」 なに 「わたしに、ひどいことばをつかって。」 ひどい言葉? うん、わたしたちも、ときどきベッドで演 技で、ののしりあったりするの。 歯車があうと、とても、燃えるわ。 想さんも、そんなわたしのすがたをみて、 彼我の投影ともども、かんじいるとは、おも うわ。 亜矢は、ちらと、想を見た。 みかえす想の表情にはは、うすい肯定の表 情があり、それが、うすく微笑したように、 亜矢は想った。 亜矢は、一瞬、きたないものをみたような、 意識が自分のなかに走ったのを、感じた。 それが亜矢の矜持であり、またそれからの 解放が深い快楽をもたらすことを亜矢はまだ 知らなかったが、 性の共有という作業を、プライドの高さが 邪魔をするのは、 亜矢のような性格にとって、あるいは想の ような性格にとって、仕方のないことであっ た。 他者を遠ざける機能として、機能する機能 にすぎない道具としてのプライドの機能はじ ぶんの所有する彗性と謙虚からのものであっ た。その意味ではカルビンや信長とおなじで ある。 ひととしてさみしくて、無防備な同衾とし て妻や愛人をむかいいれるけれども、 備えられている才能や、結果それからあた えられるちからをも、 その同衾者がじっこんに手をのばそうと、 立場や任務をまっとうできないくのいちの だらしなさのように手をのばしはじめると、 そのものはまたじぶんの立場を自覚せざる を得ない。 王は、公務はともかく自身に対しては謙虚 であるしか存在し得ないから、臣下にも知ら ず知らずのうちにそれをもとめてしまうが、 民はたいてい、王に権力をしかみない。 王が寧臣や毒婦に飽き飽きしているのは、 たいていのことだ。 王にとって、肉の家族としてむかいいれた ものが俗に堕落し、それを天誅しなければな らないのは王が供える覚悟のひとつでもある。 残念ながら平均、女性は男性よりも意志が 弱い。兵士と同じ訓練をしたら、女性はたい てい気が狂ってしまう。ゆえに兵や臣下には 女はむかない。 だから毒婦よりも、 同格の他家の、身としての同格の歳のちか い同性、 あるいは近習の少年を愛する風俗が、王侯 に根付くのはしかたのないことかもしれない。 (システム論として、実務運営の責任では組 織や家中が腐ってしまう女性的な弱さにおけ る危険からみれば、ヘブライの荒野が言った 禁忌は、場合によっては現実的ではない面が ある。) 一面きゅうくつな一蓮托生の軍艦である国 民国家の時代からは想像もできないことかも しれないが、味方が敵国にいて、自国が敵だ らけということは東西問わずよくあったこと で、目標や理想が無い時代は内外を問わず紛 争は絶えなかった。 そういう事態に対する生活の理想として宗 教はその役割を期待されていたが、宗教の権 威を運営するのもまた人間であった。 また、能力によって選ばれた、あるいは選 ばれた家の薫陶によって能力を育てたものは、 日常の風景のなかに潜在的に媚びと略奪しか 未来を切り開くすべを持たない平凡が歩いて いるとき、そのはしばしが憎悪の対象になり うる。 新妻を殺しつづけた青髭の心理は、亜矢の なかにもうすく成長する種があった。 ・・・順番は、どうするの? 喬は想の胸にしゃがみこみながら、亜矢の その言葉を耳にし、 順番。 喬はじわじわと、下腹部が熱くなった (わたしたちって、なんてみだらなんだろう。) まず、あなたがおかされる予定だけど、 いい? ・・・おかされる予定。 亜矢は、あたまがいい。 どういういいかたをすれば、わたしのここ ろが動揺するのかを、瞬時に判断をする。 ふつう、淑女は、このような人格に裸身を ゆだねることを切にのぞむだろう 性別は、じつはあまり問題ではないのだ。 全裸できたんだね、だんどりに協力的だね。 亜矢はうれしそうに喬のせすじのくぼみに 左の手を伸ばし喬のからだをひきよせた。 * そのまま、想さんのからだをたのむよ。 あなたの夫を、愛してあげて。 亜矢が想から手とからだをはなし、喬の背 に舌を這わせた。 ああ・・・ 喬がふと、声をあげた。 うたげのはじまりだ、と喬はじぶんのこえ に、想った。 亜矢は喬の尻にほおずりをし、尻のうちが わに舌を移動させて言った。 淑女の尻に、なめくじの唾液がきらきらと みちをつくっていった。 「ああっ」 「だんなを愛撫するのを、とめちゃだめだよ」 亜矢はいい、それでも喬のアヌスのまわり をなめるのをやめなかった。 喬は、ひとさしゆびで、なでられた。 なかゆびを中心とする手でさすられ、 ひっ 無水アルコールの消毒でぬぐわれ、 潤滑をぬりつけられ、さらにさすられ、な かゆびのつめが入り、やがておやゆびが直角 にはいり、 ぐいぐいとちからをこめてもみほぐされた。 ふふ。 亜矢はぬいた右手を顔にちかずけると コンディショナーをゆびでなめ、 「喬、わたしはね、あなたとのこの行為がな がいものだから、髪を洗うとよくこのムスク やフローラルのかおりに欲情して、 あなたの乳房をおもいうかべながら、よく 風呂場でオナニーをするんだよ。」 象の歯軋りのような、 くぐもったあなたの絶頂のうめき声は、 わたしの左指がつねる、 わたしの右胸の乳首にとって、 とても硬く、痛いわ。 わらった。 いいわ、想さん、喬をおかしてあげて。 喬のアナルセックスをとっくりとみたいわ。 想は身をおこし、半分溶けたグラスをのみ ほし、生でそそいだ25度をかなり一気にあ おってから腹ばいで横たわる喬の、腰にむか った。 喬のほそい腰が、彼女のひざを支点にして 彼女の意思でふとんからもちあがり、その夫 がその腰に、手をのばそうとしているのを、 亜矢は赤ワインのグラスをくいと、かたむけ ながら横目でみた。 (想さんもうわばみね。あおじろいひとはた いていそうだけど) あっ、あっあっ・あっ 喬が、夫におかされて声をあげはじめたの を、亜矢は、からいあられが渋い赤ワインの なかでかみくだかれる味覚のなかから、なが めていた。 ふと、たばこをくゆらし、ふかくすうと、 ふうーっと、ながくはきだした。 けむりをはきながら、ゆるむ意識のなかで、 亜矢は、じぶんの彼女がその夫に直腸をおか されているその苦悶の表情を、 その眉の痙攣したうごきを、秋の空模様と して、しずかに、鑑賞した。 亜矢はたちあがり、 ごぼごぼと、ガリウム砒素の液体をまるい ブランデーグラスにそそぐと、くちにふくみ 喬のあごをつかんで、 のんで くちづけて、ゆっくりとしかしおおきく強 く、ながしこんだ。 喬の、しろい可憐なのどが上下し、彼女の 胃の腑に12度の酒がながしこまれた もういちど呑むんだよ、 またワインをくちにふくんだ亜矢が、ふた たび喬のくちびるにくちづけ、ゆっくりと強 制をした。 くちを離した喬のうわあごの前歯から、紫 色のしずくが垂れるのを、満足そうに眺めて いた亜矢は、 すぐに、まわるわ。 喬、以前のように弱いわけじゃないから、 悪酔いもないでしょ。 押し広げられる限界の苦痛というエゴイズ ムを追うんじゃなく、たまには周囲に気をつ かうことをおぼえるべきだわ。 背後に奉仕しなさい、 じぶんを虚しくして。 亜矢は、まえから、喬の一対の乳首を、 くりくりと、揉んだ。 ああ・・・ 喬が、もだえた。 喬、あなたは、いま、精神の奴隷になるの。 胸の感覚に、集中しなさい。 快感の宇宙が、あなたをつつみ、精神を隷 属させることで、あたえられる快感が、何倍 にもなるわ。 喬は、赤坂で何度かみずからがくちにした 種の言葉を、亜矢が、喋ったのを、 酔いでぼんやりとした脳裏で、うけとめた。 喬は、(なんか、なつかしいな・・・)と いうあふれるきもちを血管のなかを流れる赤 ワインに込め、たゆたいに、その身をゆだね た。 倒錯とは、立場がいれかわることである。 それは、冒険をあじわうためでもあるし、冒 険を強いることが愛としての贈答でもあるか ら。 深いものを共有したとき、紐帯も深まるこ とを人は知るが、しかしそれは、かならずし もいいことばかりではない。扇動のようなも のはそれを悪用するので、紳士淑女の遊びは、 地下室から出てはならない。 生の肉もまた悪くないだろ。 え、そうだよね。 「普通になにもなくても引き締められなけり ゃ、日中はたらきながら、うんこがもれてき ちゃうもんね。 喬、あんた、だんなにその万力のひきしま る喜びをささげたら、どうなの」 想さん、彼女をよろこばせてあげて。 喬はじぶんのなかの傲慢を、ぬぎすてるこ とに決めた。 亜矢は、19年間、おそらく手足を伸ばし て性を謳歌したことはあまりないように、喬 にはみえた。 だからこそ亜矢はじつは喬が、深みにおい てあるいみ猛者であることをは、勘では、知 らないだろう。 逆に知れば、それが認識という規定になっ て、また、喬に素朴な性の乱暴をふるうこと も、自由ではなくなって、しまう。 喬は、夫もいるこの空間で、愚鈍にふるま うことによって「亜矢ちゃん」をあおり、み ずからのちぶさの先を、亜矢のそのゆびで乱 暴に、にぎりつぶしてもらうことを期待した。 それがまた、亜矢への奔放という開放の一 助にもなればと。 亜矢は残りのワインを干し、「巨大」を右 手にとると、 「腰に装着し」、 ふたたびメルローのコルクをぬくとじぶん のグラスになみなみとつぎ、一気に飲み干し た。彼女にとってワインの度数など水と一緒 なのだ。 人工の巨根に、亜矢のくちびるから赤ワイ ンのしずくが垂れた。 亜矢は、想に、想を手で挿してボトルをし めし、あなたは、と態度できいた。 想がウオッカを指すと、亜矢はうなずき、 生:きのままボトルをくちにくわえると、そ のままおなじように想にくちづけた。 想は、胃に降りていく焼けるような感覚の なかで、たしかに彼女についていける男は、 ふつうの男のなかにはいないだろう、と、 亜矢の舌が想の口腔のなかで、想の舌とふ かくからまる、ぼんやりとした非現実感のな かで、想った。亜矢と想の、まざったよだれ が、シーツに垂れた。 へやが、あかい。 想のみぎがわにたつ亜矢が、想の右の胸を 手で愛撫し、 彼女を、突いてあげて。 彼女はなまの男など要らないというのよ。 この想いあがった女に、男性のちからずよ いうごきを、たたきこんでくださいな。 亜矢が想の両の乳輪を、指でおおきくひっ ぱりながら言った。 ・・・ 想は、無言で胸の快感を耐えながら、妻の 腰をかかえ、その肛門を犯した。 喬の声が、高くなった。 心底は、さめている亜矢は、内心、すこし 声がおおきいかもな、とは想ったが、 苦情がはいれば、また引っ越すだけだと荒 野の詩人の気持ちで、想い返した。 公団だってほかにも夫婦者はいる。 旦那さん、と亜矢は想によびかけ、喬の腰 をしっかりと捕まえていてくださいね、 といい、喬のまえにまわり喬のあごに手を かけ、喬の両ほほを両手でつかみ、 喬の鼻をなめ、くちびるに接吻し、 想の運動で、前後にゆれる喬のかんばせを 前にむけながらその顔をつつみこむように、 かたりかけた。 わたしにみられているって、どんな気分? あなたは道具なんかで、間接的に男性を馬 鹿にするより、もっと男性のちからづよさを 知らなければならない。 亜矢は、喬の両の二の腕をつかみ喬の上半 身をひきあげた。なにをされるのかがわかっ て、喬は身をよじってにげようとした。 ぱん ためらいなしに、おおきく振りかぶられて、 亜矢が喬のひだりの頬を強くはりとばした。 あんた、なにさまのつもり? おとなしくわたしに犯されていればいいん だよ。 屈辱と羞恥は喬にとって8割ほど真実であ ったが、亜矢の側では、まだ演技を自身に指 示するさめた理性がまさっていた。 亜矢はむねをかくす喬の両腕を乱暴にはら いのけ、喬の乳房を交互にわしずかみにする と、 腰をつかまれている喬がシーツに体重をさ さえている両膝を、 交互に、にじるようにさせてひろげさせ、 膣に拡張はいらないわよね。 いいすてて、潤滑でぬらしただけの巨大な 透明な水色の男根で、亜矢は腰をゆらすよう に喬の前門をゆるゆると、 おしひろげ、 長身の喬の、いつもは亜矢にとっていとお しいその長い大腿の骨がささえている、 その骨盤は、 いま想の腰の股間の上に、 女のへそをいだいた洗面器のようにのせられ、 亜矢はその女性の恋人の、 揺らぐ腰のあさましさに 対して、自身の骨盤をささげるように 押し付けて、 亜矢の陰阜からそそりたっているかたちの 「それ」で、 喬に根元まで、 ちからをこめて押し入った。 「ひーーっ」 前のめりになった亜矢の乳房が、喬の ちぶさにぶつかって、 重心のずれたやわらかいおもみの運動量を、 喬にあたえた。 他人によって強制的に展開される段階に、 あがった喬の悲鳴を、亜矢は無視し、 「想さん、だまされちゃいけないよ、この女は、 前なんかじゃ感じないんだ。 このおおうそつきに、本当にいいっていわせる まで、ひどい仕置きをあたえてやらなきゃ ならない。」 亜矢はそういうと、 喬の乳輪を目前にし、間髪をいれず 喬のひだりの乳輪に吸い付いた。 衝撃になかばのびあがった喬を、想は その妻のへそを抱くように、かかえ、 想は妻をじぶんの腰の上にすわらせる かたちにした。 亜矢も、喬の骨盤の腸骨の突起をつかんで いるので、 喬の前門に人工の自身をにじりこむうごきを 止めることはせず、 想という香りのたかい濡れた「ひのき」のうえに すえられた、 喬の腰の骨の上にのり、のりあがり、 自身の腰の重みをかけて、喬のなかに巨大な おおきさを、 しずめた。 喬は腕をちぢめて、 あたまをふり、もだえた。 もちろん喬も、擬似の暴力のこれが、 亜矢の演技であることは、知ってはいる。 しかしやはり、このようなことばは、 声のかたちの宣言として、 後戻りのできない行為の、 乳首をはさみ、きつく巻き込む、 痛い歯車の宣言として、 ささやいてほしいのだ。 セックスに対する、辛い調味料として。 ん、ん、ん・・・。 喬は、 目をとじ、 口を結び、 両手をこぶしに握りこみながらゆさぶられつ づけた。 からだは、ふたりに固定されているので、 喬はからだからほとんどのちからをぬくこと ができ、 ちからをぬくと、胸と腰の感覚だけを 追うことができた。 乳房がとがり、腰のなかの 内臓がたがいにことなる前後の リズムのふかい、 ストロークでかきまぜられ、 胸の内部のほう、 のどのほうにむかってつきあげられる リズムが、ふ、ふっと喬の鼻から 強制される呼吸として、 木槌でたたきだされた。 息だけが吐き出されてしまうので、喬は ときどきさかなのように、 おおきくくちをあけて息を 吸い込むしかなかった。 のどがのけぞり、 赤い光のしたで赤みがわからない あかい口紅のくちがおおきくひらかれ、 桃色のはずの口腔の粘膜が、 青くて黒い闇として、 あかい夜に、ひらいた。 喬のながい黒髪が首がのけぞったことによって、 おおきく美しく、なみうった。 喬は、長身の黒髪のニンフとなって、 あかいひかりのした、 つややかな黒髪の旋律と、 ふたりによって送られあたえられる、 自身でも感じられる、 揺れる乳房のリズムで、 自身の快楽を肉体として演奏され、 また、喬もまた、 その快楽を 性の感覚の中枢である側座核で、 うつろなひとみのまま、 ゆさぶられながら、 聴いていた。 喬は、その口の端をかみしめ、 しかししろく覗く、綺麗な前歯が 赤いひかりの下に蒼く映え、 うるんで遠くみひらかれたうつろな両のひとみの その目尻は、快楽ににじみ、 たまにぽろりと、 演奏される肉体の動きにあわせて、 ちいさなしずくをこぼした。 亜矢は、 おおがらな喬が、 快楽の奈落に堕ちないように、 必死でしがみついてくる その長身の両腕と四肢の重みとちからに 抱き締められ、たたかいながら、 自身の陰阜のうらがわに跳ね返ってくる、 快楽としてのじんわりとした リズミカルな圧に、 専念しようと、した。 万力のような、すじの力を持つ喬が、 この体制で「イく」とき、 亜矢はだきしめられた骨が、 すべてくだけるのではないかと、毎回想う。 その気持ちにぞくぞくする 怖れをいだくここちよさも、 また喬によれば、 よきマゾヒズムなのだろうか。 衒学の嫌味は、オキシトシンの名を持つ。 亜矢の前に装着されているおおきな人工の 本体が、 喬のへその下の、 うねる臓物の杜のなかで、 子宮をおおきくリズミカルに踏みつけてい るのを、 喬は目をとじた脳裏で、 祝福として感じることができた。 (この子宮につめたいメスがはいったことも あるんだ、よね・・・) 喬は、みずからがゆがんだ感覚を好んで、 あじわっていることをおぼえ、戦慄した。 喬は、ふたりに固定されていた。 亜矢は喬の胸やそこここを 愛撫しながら、 喬のまるい肩や胸郭のほねを、 つかみ、おさえつけていた。 喬の骨盤は、その両翼のつばさが、 想の男性のおおきな両手でしっかりと にぎりこまれていた。 前後のふたりがくりだす波が、 喬の体幹の体腔の内臓のすべてを、 上下に、ゆっくりと、 ときに激しく内側から揺さぶり、 亜矢が、 喬の肉体の全面のすべての皮膚を、 指とくちびると前歯で念入りに 愛情をそそいでいた。 つまみ、 かみつき、 ひっぱって、 喬の意志などおかまいなしに、 あちこちに毒蛇の快楽のbyteを 微細なしかし、 ふかく効いて染みわたる、 蛇の牙の傷として、あたえられ、 おしよせてくる快感に、 無批判に身をゆだねると、 いつ愛撫をやめられるかわからない 「怖れ」が、 その快感に 乳首と乳輪が解放として はなひらくのをいやがる気持ちをみちびく のにもかかわらず、 しかし亜矢があたえる快楽が、 ひとつひとつ それを割り、 はがしていくのを、 うけいれたくはないのに、 * 快楽の期待として、 乳首と腰のうずきとして、 身をびくびく、快楽を あじわいむさぼることによって ふるわせながら、 解放の結果としての、 きたるべき平穏期としての蒼いおあずけを 嫌がり恐れる貪婪な気持ちのうえでの抵抗を せせら・わらわれるように、 「屈辱」として、 乳首に似た神経の快楽の端子をつむがれ、 引き出されていくのを、 喬は、 うけいれるしか、 ・・・なくなっていた。 愛撫を勝手にやめられるかも しれないことに、 ひざまずいたことも、 乳輪をついに屈服として 解放したこと、 も、うけいれるべき屈辱として それ以上考えることをやめ、 意識をその両の乳輪に集中させることに、 喬は 堕した。 ・・・エスエム、久しぶり・・・。 自分が当事者としてあじわうエスエムは、 喬にとって、 行為の種類ではなく、 その状態である。 幸福な喬は、入力装置に過ぎなくなった。 亜矢は、 自由意志としての頭部がもげた喬を、 自由自在に演奏した。 喬のからだのうえで、 殺戮の剣武曲がかろやかに、 おどっていた。 喬の大人の いやらしいくろいおおきな乳輪が、 黒鍵の和音として、 「また」 押された。 楽器として鳴く、 喬は、想った。 ・・・快楽は、死にちかい・・・ 喬は、頚動脈を切られ、意識がとおくなっ ていくことがらをとても怖がっていたが、同 時にそれが、快楽にちかいことをも知ってい た。 エスエムとは、冒涜である。 それは、喬もよくわかっているつもりだっ た。 餓死者が出たようなあずまやを移築して、 そこで一点豪華主義のわびの湯をたしなむよ うに、 逆境の痛みを避け得なかった賎民の無縁仏 を、弱い立場として潜在的にせせら笑うよう に、 管理されて脱脂された痛みをたのしむこと で、あるから。 生の芸術はつねに痛みであるけれども、庇 護されたとたん、荒野からは襲撃の対象とな る。 その種の冒涜はすでに退廃としての冒涜で あるからこそ、性質として、女性的なマゾヒ ズムは罪が深い。 女性の性は、殺される逆境のオピオイドを 転化したものであるから、その性は、つねに バランスとしての女としてのあさましい宝石 への物欲を、 いままでじぶんの過去の痛みが連綿として、 殺されつづけてきた昆虫採集の、丈夫な台紙 として、要求するように 生理としてじぶんのなかにも しくまれていることが、 実は喬はたまらなく嫌だった。 たぶん、それは喬が亜矢を好きなことその ものなのだろう。 性質として尼や戦士に近い亜矢ともし出会 っていなければ、喬は自分が祇王に関心を持 っていたかどうか、ややこころもとなかった。 喬の父が多少儒教的な薫陶をあたえていた かもしれないことをはべつにして。 いやらしい数奇屋趣味として、貴族階層の 支配と管理の手段として、 電子は、管理の方向にむかうばあいはいず れは嫌われるが、 電子は、剣の楽器を想起させるばあいは、 それそのものは芸術としては評価されるかも しれない。 位相のそろった電子のエネルギーはデジタ ルとして、悪徳金融の表計算のデータとして 世界を侵食するが、 放電ガスや半導体をくぐると、破壊のため のレーザーや狂暴なフーリエ倍音の電子音に なる。 これは、量子効果である。 電子の生み出す量子効果は、ボーズ粒子と しての光や電磁信号が重複重ねあわせを行っ てしまうと、強力なレーザー現象を起こす。 電子カブキにおける、狂暴な電子和音は、レ ーザー信号を音響装置に掛けた操作に近いか もしれない。 当時も、カブキとは、暴力としてのカタル シスであったはずだ。カブキの定義とは、伝 統化を拒否してやまない心であるのかもしれ ない。 ・・・喬はふと、赤坂の夜のなかで、 彼岸をときどき楽しむ、 能力のあるしかしはかなんでいる 同性愛者の青年が、 破壊的な電子和音を好んでいたことを、 紅いひかりのした、 いまの亜矢の愛撫のしたで、おもいだした。 非合法の誘惑にからめとられて、からだを つぶさなければいいけれど、とおもったけれ ども、夜ではすべてが自己責任である。 戦乱という王朝の交代をも含め、野暮から はなにもうまれない。 じぶんの乳房の下で眠ってしまった、専務 の息子の素朴な17歳に、喬は、不幸のなか にも幸あれ、と素朴におもっていた。 法律は遵守しなければならないが、 せいぜい法律が無効化した時代に うろたえないようにする こころがまえは、必要ではある。 カブキの真髄とは、たぶん暴力的なまでの 純粋さである。 狂暴な電子和音に蹂躪されることをこのむ かれらの気持ちは、喬の精神そのものなのか もしれない。 * マゾヒズムにおいて、 ・・・きつい言動の演技と、 このような愛情に満ちた愛撫の落差に、 喬は、怒鳴られたときと、 愛撫を受けるときの両方で、 芯から・ 性のよろこびを感じるのである。 喬の乳房とやわらかなはら、 女の脾腹、 へその載る腹筋のささやかな鉄橋、 うすい胸筋の鴨居の棚がのるわきの下、 にのうでの裏側のやわらかな二頭筋、 乳房の両の奥に潜むのすべてのきゃしゃな肋骨の、 かごのすべてに、 喬は、亜矢の吐息の熱さと、 唾液にぬれたくちびるを、感じることができた。 喬は、 夫である背後の想のくちずけを、 みぎの首筋に感じながら、 亜矢の女性のちいさな手が、 喬の未知をよそおうかくされた感覚をあばこうと、 せすじを背にまわされた腕で、擦られながら、 からだの全面のあちこちを開く期待を、 ともなう恐怖におののき、 さわられるたびに、 からだのあちこちにひらく薔薇色の和音に、 喬の両足が、亜矢の背後でちからなく、 およいだ。 「あなたももっと他人の愛撫をうけいれる べきなの。ふとさの限界にいどむ痛みを じぶんの糧だとしてわがものとするだけ ではなく」 かつて、亜矢が言ったことばが、脳裏に連 想としてながれる、のを、 喬はぼんやりとよこめでみた。 (・・・あなたは、もっとひとの心を、うけい れるべきよ・・・) 喬は、inferiorのみの面倒をみる 亜矢に、愛情に拒否されてやけどを負った、 アナフィラキシーの傷跡をみている・・・ (・・・才能なんて、さみしいよろいよ) 人知れず泣いていた、しゃがみこんだ亜矢の 紺の制服のうしろすがたを、 くらがりのなかでみつけたとき、亜矢は 「・・・おねがい、みないで。」 背後の喬に、ふりかえらす訴えた。 * 喬は、背後の想の肉のうごきを、 ゆるゆるにゆるんだ、 みずからの肛門で、 ぼんやり感じていたとき、 「しあげをつけましょう」 亜矢がいい、とつぜんからだをはなした。 ぼんやりした表情の喬が、 乳房が揺れ、かたちのよいへそが くびれたウエストのなかにある紅いひかりの、 亜矢の裸体を、ぼんやりながめてると、 ぱちん。 どこか遠くで平手のおとがはしり、 ほおをはられた。 あとから知る、痛みがはしるほどの つよい平手打ちに、 頬をおもわずおさえた喬に、 「なにやってんの!たちなよ、はやく!」 演技とわかっていてもあともどりできない 痛みに心が縦に割れてがらんと、 ひらき、 きずついたこころがまた、 こころのそこからの、 腫れ上がって鋭敏になったふたつの乳輪 と重い乳房の寒さの、 感覚をともなう、 じわじわとわきあがる気持ちが、 しびれた痛みとして、気持ちが、良かった。 喬はうっとりとたちあがり、指示をまつよ うな表情で亜矢を見たが、 亜矢はまた喬の前髪を乱暴につかみ、その くちびるをとおして、またあましぶい酒をそ そぎこんだ。 やや、せきこんでいた喬に、 喬、わたしがねころぶから、あなたがむか いあって、騎乗位でうけいれるんだよ。 想さん、つながったら背後からやってあげ て。 納得し、ひたいの前に 黒髪の前髪を揺らめかせ よろめいていた喬は、 手の甲で赤ワインにぬれたくちをぬぐうと、 背をシーツにしずめ、身じろぎをしている 亜矢のうえにむかって、 よろめきながら、腕であるいた。 喬は、水色の、おおきすぎるそれを、すこ しのあいだ、みつめた。 さきほどまで じぶんの子宮を圧迫していた人工を、 ふたたびじぶんのもとあった場所におさめ もどすべく、 おんなの陰唇の奥の女のくちにあてがい、 くびをのけぞらせ、背をそらせ、 ながい黒髪を、みずからのすらりとした 背になみ、うたたせ、 両のひざをひらき、白いシーツに置き、 両のすねをひらき、すねをすべて、 その白いシーツに埋め、 そして喬のしろいかかとが人魚のように、 シーツを泳いだ。 ん・・・ 人工が半分以上おさまったとき、 腰のしたの亜矢が動きを開始し、 あ、ああっ 喬は、巨大なそれが そのかさをずらしながら、 もとあった場所へとぬけないように おさまっていくのを感じた。 亜矢はのけぞって快感を耐えていた 喬のうでをひきよせ、 喬の左肩に手をかけた。 手をかけたその亜矢は、 喬の快楽に なきそうな瞳にむかって 「じぶんだけよがってちゃだめ。」 かんちがいしないでよね 今日の主賓はあんたじゃなくて想さんだよ 亜矢は、うすい喬の胸郭の背に 両手をまわすと、両のうでに力をこめ、 喬のその上体をたおさせた。 喬のへそのまえで、腹部の皮膚に、 快楽に揺さぶられて動く動的な、おりめが、 刻まれた。 こしまくらをしたほうがいい。 想が言い、かためのおおきなクッションを とった。 喬、亜矢さん。すこし腰をあげて。 「喬、あなたは無理に上げなくていいわ、 想さんの挿入が、ゆるむでしょう」 亜矢が応じ、ややたかくなった 亜矢のせすじと腰骨のしたに やや堅いおおきな クッションがおしこまれた。 喬をまたがらせたまま 亜矢が、 喬の後ろの脚のまたをひらいて、 想をさそった。 「喬ほら、あんた、あんたのだんなに、 下男みたいなことをさせてあんたは はずかしくないの?このくず」 想さん、わたしのお尻をおかしてください っていいなさい。 亜矢は喬の臀部裂に両手を掛け、 喬のうしろの谷を、 想にむかって、空気に、さらした。 一瞬ためらいをみせた喬の尻のほほを、 亜矢のゆびがつよくひねった。 「・・・想さん、おしり・・・おねがい。」 想は妻の臀部を両手でおしひらき、先端を あて、 先端をもぐりこませ、 妻のなかへと、腰をすすめた。 妻のちいさな骨盤を両手でにぎりしめ、次 第に挿送のリズムをあげながら、 想のうごきが、興奮をはじめた。 「いまどうなっているか、いいなさい」 ・・・ああ、 想さんのものが、わたしのなかで、 ・・・そりかえっているわ・・・。 想さん、あつくてやわらかくって・・・ 亜矢、ああ。 きもちいいよお・・・。 妻は肛門をこのむ。 いつものことだ、と想は冷静に想っていた。 想は脳裏で、かつて背後に聞いた、 かつての肉の恋人が、 じぶんの熱くぬれた肉筒を賛美する快感の息 にまみれたはげましの言葉をくりかえし、 おもいだしながら、 妻の肛門の熱い体温をあじわっていた。 亜矢が喬のからだをだきしめ、 亜矢は自身ののちぶさで喬のちぶさにふれ、 たがいのそれが、たがいの胸で、つぶれる。 張り型の亜矢のがわにも、亜矢の奥へくい こむ部分と、亜矢の陰核をおさえつけるふく らみがあり、 亜矢は「仕上げ」にむけて、じぶんの快楽 に専念しはじめた。 興奮していく自分の感覚のなかで、 その無意識のちからづよいストロークが、 また喬の内臓をこねるようにかきまわし、 喬をまた泣かせることを、亜矢は知っていた。 ・・・く、いく、 いく・・・。 亜矢がのぼりつめ、上半身を左右によじっ てはてた。自身で自身の胸を揉み砕きながら。 想は先端から、 ふかぶかと根元まで、 前後に深く屹立を、 妻の喬の、 腰にかぎりなく、 くりかえし、 くりかえし、 ・・・撃ちつけながら、 喬は、 くびを左右に眼をとじてふり、 ながい髪をなみうたせながら、 上半身を突っ張った腕と、 まるくその耳にまでつくほどせりあがって いるそのほそい肩でのみささえ、 乳房を亜矢にむかってほうりなげているよ うにわずかに垂らし、ふるわせている、 喬の、 少女のようなうちがわの、からみつく熱い 粘膜の感触をあじわっていた。 今日あじわったわけでもない妻の肛門を、 想は、演技をもまじえ賛美し、 また自分の性感をもたかめていった。 いっぽう喬は、めをとじ、 くちをひきむすび、 夫がくりだすはげしい快感に、 肩をふるわせて耐えていた。 喬の、白いからだが、 こきざみにわなないている。 亜矢は自身の息をととのえながら、 快感を耐える、ふるえるその表情の うつくしさを、下から、ぼんやり ながめていた。 (たぶん喬はこれで、幸せなんだろう) う、ん・・・。 喬の背後で、 その夫はおおきなストロークのあと、 腰をつよくうちつけると、 ふるえて喬の腰をつよくつかみ、 そのままうごかなくなった。 あ、ああ・ああ・・ くちをむすんでいた喬が、 くびをのけぞらし、 くちびるのむこうに、 うわあごのちいさな真っ白な前歯が覗いた。 射精を受け入れている喬の表情は、 すがすがしいマゾヒズムに満ちていた。 (喬、・・・きれい。) したからながめながら、亜矢は純粋に祝福 をおくった。 * それから性の行為は都合2回おこなわれた。 「いきたかったのに、いけなかった」 なみだをながす喬のからだを、 いかなくてもいいんだよ、綺麗だったよと そのなみだをくちで吸う亜矢は、 想さんみててね。これが本来の喬よ。 といって、喬のアヌスを極限のおおきさの 張り型で貫き、 うしろから子宮を押し潰すと、いとも簡単 に喬のからだをかくんとさせた。 おかえしというわけではないけれど、と 想は、椅子にすわった喬のからだにすわり、 そのながい脚をおなじながさの喬の脚と絡ま せた。 「映像としてみることができる?」 想は亜矢をみおろし、笑みをうかべた 「脚の毛は、気になる?」 想がいうと、 そんなことはないわ。 まるで牡鹿みたいできれいよ。 と亜矢はかえし、 ただ、おとこもおんなも生殖器はグロテス クなものなのね。 おんなのこは内側にひっこんでいるだけで、 めだたないだけで。 亜矢はほおずえをついて、くびをふる想の 怒張した陰茎をなでた。 これを、蛇とかまむしというのなら、おん なの子の性器なんか、 砂から尻を出している、厚手の馬鹿貝よ。 あおやぎ・さるぼう。ぱくぱく、ぱく。 (拒否はうちふるえて、受け入れれば快にな る。殺されるマゾヒズムには、おそらくとて もながい進化の歴史がある) 想は経験とむすびついた知識を引き出し、 自分の陰茎にほおずりをする少女のような女 性をみて、彼女がまだ女でありたいと想って いる片鱗があることをたぶん憶測として、認 めた。 そうさん、おとこもかんじるの そうだよ。 想はとおった鼻筋のかんばせで、やさしく こがらな少女めいた経産婦のわかい顔のほほ をなでた 喬って、幸せよね 鉱さんが、想さんみたいになんでもありだ ったなら、わたしもわかれたりはしなかった のに。 「かいしょなしよ」 諧謔のまじった口調で、想の腰をゆする喬 はわらった。 そのことばに、想の屹立が、すこし高くな った。 喬が、 「想さん、気持ちいい?」 愛情のこもった声で、たずねた ああ、とってもいいよ。 ふたつのまぶたを閉じた想が、うわむきの かんばせで言った。 あやちゃん はい? おとこはね、あまりじぶんを投げ出して女 のような快楽を追ってはいけないんだ。 つまり、あなたが聞いている僕の声は、 「罪」なんだよ。 ・・・理屈では、わかるわ。 (わたしが、禁欲を操縦して生きてきたよう に。わたしだって、堕落出来ればどんなにか 気楽な人生だったことだろう。 ただ、見えてしまう人間には、それは立場 上ゆるされてはいない。それはたぶんに、客 観としての彼らが存在率として希少なのだか らだ。 選民の感覚は、同時に十字架をも背負う。) 想の肩越しに、背後の喬が言った。 亜矢ちゃん、想のからだがあいているから、 自由につかっていいわよ。 亜矢は、ふるえるかたい想の屹立に、頬を よせながら。 遠慮、しとく。 さみしくわらった でも、おんなの快楽なんて、想さんだって そうかんたんにいけないでしょ。 すこしだけ協力してあげるわ、想さんが快 楽をすこしでもながく感じることができるよ う。 男性だって、もし射精装置がなかったら、 そうかんたんに、たとえばおんなの高みには たどり着けないんだから。 女性のオーガズムなんて、無酸素でエベレ ストに登るようなものよ。 亜矢はまた、さきほどのように酒をあおり、 想と喬の口の腔にそそいだ。 「想さん、がんばって。」 いとおしそうに、想の脾腹にほおずりをし、 想のひだりの乳輪をなめ、みぎの乳首をつま んだ。 ・・・しばらくって、亜矢がしごきあげる 想の屹立から粘液が噴出し、亜矢の片頬と、 頭の髪をぬらした。 亜矢は、指でそれをぬぐうと、想の上気し た瞳を倣岸にながめながら、ぺろり、となめ た。 (亜矢ちゃん・・・) 喬はそのすがたを想の肩越しにみつめ こころのなかで、彼女の名前を呼んだ。 * よごれた、ということで、 想と喬は公団の粗末なシャワーをあびた。 想の精液とたれながれた余剰の潤滑でよご れた、たがいの腹と陰門にぬるいお湯をかけ、 想と喬はたぶんおなじことを考えていた。 瞳が合うと、想の視線に、喬が、うん、と うなずいた。 想がみぐるしい男性性器をかくすように、 ちいさなピンクのタオルを腰にまとい、他方 喬は水気を、ふいただけのふたたびの、全裸 で「あかい」へやにもどってきた。 あしおとをひそめ、もどってきた。 亜矢は、色などわからないあかい部屋で、 やはり何色かわからない色の、丈のみじかい ショーツをはいて、そのちいさな女性の腰を、 よこずわりであしごとなげだし、テーブルに もたれてながい煙を宙に静かに、ふきだして いた。 乳房が、茶色のマホガニー色のテーブルの うえで、無防備に、ゆれていた。 なにか、とおい記憶を追っているようにも みえた。 半裸の想が、亜矢のまえに座り、氷が溶け きったロックのウォッカにくちをつけ、 のみほしてかわきものをつまみはじめた。 腹が減る? 亜矢の問いに、ん、と想は返し、ウォッカ をボトルのコーヒーで割りごくごくとのんだ。 つよいね 亜矢がうれしそうに、わらった。 half&halfじゃ、結局20度にしかならな い、こんなもので酔えっていうのは土台無理 なはなしさ。 想がいうと、 わたしたちは結局、静脈注射でもなきゃ酔 えないのかもしれない。 覚醒剤とエタノールが同次元なんて、なに か哀しいわね。 亜矢がかえし、たばこを灰皿におしつける と、 背後からしのびよった喬が、亜矢にネクタ イで目隠しをした。 わ かるくおどろいた亜矢のうしろで、喬は手 際よくネクタイをむすんでしまう。 なにす・・・ 合気道の心得のある喬がたちあがり掛けた 亜矢の手首をねじり、そのまま想がそれをう しろでに、しばりあげた。 きょ、喬?想さん? おどろいた亜矢の腕をねじり、亜矢の からだを縦にむりやりのびあがらせると、 喬は、ながくしなやかなみずからの脚を はらい、亜矢のひざがくずおれたところに、 上体の運動量のおもみを亜矢の腕ごしに おくりこみ、亜矢のからだをふとんのうえに、 しずかにけころがした。 さすがだね。喬。 「鷹の爪」、というわけだ。 わざをきめた喬の全裸のやわらかい尻に想 は手をふれ、喬が一瞬へんなかおをした。 喬の武道のmodeに、諧謔は接続されていな いらしい。 人間は平和のために笑いを困惑から発明し た。もし狼犬におなじ事をしたら、困惑が不 快になって不機嫌とともに怒りになりかねな い。 飼い主にもときには噛み付くのが野生であ る。想は、亜矢に手負いの野生をなんとなく 感じ、 その魅力を鼻腔内にときどき深く吸い込ん でいることに、まだ気がついていなかった。 なに・・・? 状況がわからない、亜矢があおむけのまま、 手足をばたばたさせた。 喬はてばやく、亜矢のからだをひっくりか えすと、その背にのり、体重をかけ亜矢の自 由をうばった。 亜矢さん、ふぉーるだよ 想がつぶやいた。 (単なる機能には魔性はない、 だからこそ強くも弱くもなる) 喬はそういう人間に、想にはみえていた。 想さん、いったいなに・・・。 喬はくちを開かなかった。 ひらいたらたんに想の手下にしか、過ぎな くなるのだ。 想は、右手で亜矢のショーツのみぎがわに に手をかけ、そのままももにひきおろし、一 気につまさきまで抜ききった。 客体になったことに、おびえる亜矢に想は そのやわらかき尻を左手の手のひらでなでな がら、 亜矢さん、あなたは男の恐ろしさをも っと知るべきだ。 想の男性の指が、亜矢の菊門をゆっくりと 擦った。 亜矢は、潤滑をたらされる、つめたさに、 身をふるわせて、おののいた。 * ひっ、ひっ、ひっ・・・。 亜矢が目隠しをされたままちいさな悲鳴を くりかえしていた。 悲鳴は、おもに快楽からではなく精神的な 恐怖からでていた。 それがまた快楽に変化してしまうことは、 それはたとえば喬の性癖で、散々昇華された 現象でもあった。 ・・・おとこのひといや、いや、こんなの いや・・・、こわい・・・。 直腸は、発生学上、脊椎のすぐしたにある おおまかにいえば、 流産の危険がつねにあった時代の胚胎児で あった亜矢のからだのなかで、 それは逆にもともと、腸の背面の細胞が、 亜矢の原始の脊髄をつくったからであった。 腸は可憐な亜矢のへそのしたで、うねうね と発達したので、腸のそのほとんどの部分で はそれはうかがいしるべきもないが、 小柄な少女のような亜矢の直腸では、その なごりとして、すぐとなりに背骨の末端が、 終わっている。 つまり、想の肉茎は、粘膜をはさんで、亜矢 の尾底骨のすぐ前にあった。 亜矢はくびをのけぞらせじぶんのからだが 想の腰のうえに、 細身の想のどこにそんなちからが そなわっていたのであろうと いぶかしむほどの、男性の 両腕のちからで、 くりかえし、おもちゃのように、 おとされつづけて、 そのじぶんの体重の衝撃がじかに 尾底骨から腰椎をとおって脳天にまで、 はしりぬけるのを、上下にゆれる乳房の、 緊張した先端が、夜の部屋の空気を きりわける風の感触で感じていた。 亜矢は縛られたネクタイからずれたはん びらきのみぎめで、ちらりと時計をみて しまった。 すでに恐怖は、あまく溶けてしまっていた。 まだ、じゅうぶん、たのしむほどに 揺れられる・・・。 亜矢は、この行為が満天の星がかがやくはだ ざむい無人の浜辺の磯で おこなわれていることを想像し、 空想のなかの潮風のかおりに、乳首をさらに、 かたくさせた。 喬がひざまずき、亜矢の陰核をくちで 吸っていて、亜矢はたてていた両のひざを ときおりぴくりとふるわせた。 ふう、う、うん・・・、ふ。 亜矢があえぎ、喬がひだりてでそのふる える乳房と、その先端を無造作に、いらった。 やがて、喬もおおきめの人工を、腰に つけると、亜矢のうえにせりあがった。 喬も腰を左右にゆるやかにふれ させながら、しだいに亜矢のなかにはい っていき、 そして、喬に装着されているながい人工は 根元まで亜矢の膣のなかに没入した。 ん・・・。 亜矢がくびをよじって快感のまじった 異物感をうったえた。 喬は、左右に腰をゆらし、 亜矢がじぶんの腰の一部である人工をふかく きつくくわえ込んでいることを確認すると、 「想さん」 亜矢さんのために。 とうったえた。 想は、無言でうなずくと、 ひい、い、い、いい、!。 ついにじぶんの番がまわってきた、亜矢が、 近隣にまでつたわるほどの、 今晩最大の、絶叫を、 のけぞって、漏らした。 * 物理的なおおきさでは、それらの大きさは 亜矢にとっては、処女ではなかった。 しかし感覚は「いきおいのリズム」だった。 喬と想は、「いけにえ」 である亜矢の肩越しに、合図を送りあい、 おたがいが加速する正の フィードバックで、あおりあい、たがいが たがいの競争として、 亜矢の可憐でひきしまったきゃしゃなからだを、 おのおのがはげしくにぎりしめ、にぎりつぶし、 共犯者である、夫妻の4つのひとみを、 しずかな意思としてかよわせながら、 しかし激しく、ふたりとも腰を 振った。 亜矢の下半身は、まえもうしろも、 夫妻にふかくえぐられた。 (腹が、 灼ける・・・ やけちゃ、う・・・) 内臓が、調理のように 振られ、かきまぜられる感覚に、亜矢は 脳裏で、うめいた。 ふたりは、亜矢に地獄の中の極楽をみせ つけようと、「親切で」 はげしく腰をつかって「くれている」。 喬の想の夫婦は、 共同作業として、あいだに はさまれた、からだがかたまっていたあわれな 少女だった、 女の腹のなかを、はげしい ストロークでほぐしはじめた。 亜矢は、自分の可憐で縦筋でしかないへその 滑らかな筋肉の表面をもつ腹のなかで、 快楽が激しい 化学反応となっていままさに、強酸性の汚水 のなかで茶色い水素のこまかい マグネシウムの泡として激しい反応の渦を 巻いているのを、 腹のなかではらみはじめた熱い 熱と、そのこまかな泡が胎内でこまかく破裂 する超音波の音響を内側で不気味に聞きながら、 おもった。 亜矢は、前後の、ふたつの男根 が、熱をもち、熱をあつくはらみ、肥大し、 やわらかくふくれあがり、 合一して巨大な、しかし絶妙にやわらかい 「ごむべら」の舌として、 自分の 小腸を、やさしく、しかしはげしくねり まぜているのを、暴力にひれ伏す屈辱の快感の なかで、感じた。 ・・・だめだ、だめ・・・ ・・・おんな、に、なる・・・ 脳裏の、じぶんが、つぶやいた。 亜矢は、こんな深い、女の、快楽は、はじ めてだった。 亜矢は、じぶんの臀裂が、おおきく、ひらく のをかんじた。 じぶんよりおおがらな、喬が、 じぶんの両のすねを、ささげてにぎり、 「わたし」である亜矢の会陰と、 臀裂はもとより他人のちからによりひろげられて、 いたが、 亜矢は、 ふたりの男根のくりだすそのおおきな波で、 自分の会陰がおおきく裂けていくのを感じた。 裂けて、ひらいていく亜矢の会陰と 女性の臀裂は、亜矢の骨盤と腰椎を 溶かしてしまい、 女性の陰門は亜矢のへそをさいてひらき、 臀裂は、またざきの ように腹腔の深部にまで裂け、 その峡谷は、肩のひらたい筋肉でかろうじて ぬいとめられている少女めいた肩甲骨の あわれないっついのしたにまですすみ、 亜矢は、じぶんが性をうけ とめるためにぱっくりと割れた 一尾のさかなの肉の、おおきな素材で しかないことを、うれしく、 感じた。 (・・・喬は、ここからはじまったんだな) 亜矢は、友達に、先輩を、感じた。 腹腔の内臓は、あわれなさかなのように あらいながされてしまい、 そのなかがからになった亜矢の胴体の 下半分は、 冬の星空の下校時に女子高校生の しろい息をつつみこむ、 一対の赤い毛糸のやわらかい手袋が、 つもった帰りの夜道の雪をその両手に つつむように、 いま、喬夫妻のくりだす 野卑でざらざらとした樹皮の、尺の径の 棒丸太の重い暴力を、 横隔膜と腹腔でうちがわから受け、 繊細に、つつんでいた。 亜矢は、自身の腹部が、 おりつぶされた 継ぎ目のあるももいろのさくらもちのように、 午後のひかりのした、校庭の砂のうえに 置かれたソフトボールの わすれさられたミットのように、 喬夫妻のくりだすしんじられなく、太い 巨大な運動量を、 つつみ、うけとめているのを、 健康な女子高生時代の体育の ふとももが、 ふとふいに性感にこすれる、青春の わずかな、健康な性欲として、 ごく自然な生理の欲望として感じる ことができた。 3Pなのに、 被虐、なのに、 亜矢は、この異常かもしれない激しくふかい 性の行為を、 高校生の健康の当然として、うけとめてい るじぶんに気がついた。 ・・・これが、人生を肯定することなのか。 まぶたをとじて、夫妻によってくりだされる リズムに、くびとあたまをゆらされながら、 じぶんの胸郭の肋骨のすぐ内側からへその 腹筋の皮膚のしたの内部へ、 くりかえし、おそいくる青く透明な、 胸と乳首を波状的につぎつぎとけいれんとして はしりぬける、 挑発的で扇情的なかるがるしい波の 蒼いくちびると、ふるえる亜矢の紅いくちびるの、 連続した小さな絶頂の波のさざなみの複数に、 少女の胸のふたつの頂上であるふたつの 乳首と、 星空にさしかかげられた陰阜の陰核として、 快感のしびれがひろがり、 じぶんの後肢の脚が、くりかえし、くりかえし、 銀のほそい三脚のように、 少女のあしのそのほそさで、 宇宙のスカートのように、星空への 透明な快楽として、ひろがりはじけ、快楽 としてくりかえし、くりかえし、つっぱり・・・ 満たされつつある、ふかい 激しい自分にとっての新鮮な マゾヒズムを、 静かにうえからながめている意識で、 亜矢は、おもった。 内臓をひらき、太いざらざらとした 丸太に、腹腔をさらし、腹腔でまたがりながら、 亜矢はじぶんの快感の波と 風にくりかえしみだれる、 じぶんの黒髪の短髪のまわりに、みずいろと 若草色の輝点でかがやく、快感の 蛍がよろこびのなみだとして、左右に 振り立てるその自身のわかい、かんばせ のまわりに、脳裏に、みた。 亜矢は、つまり、女性の立場を強制された。 それは、すごく、よかった。 亜矢は、のけぞりながら、両手で、 じぶんのほそい、腰椎のふとさに肉薄 するほどほそい、 じぶんのへそのまわりの脇腹の存在を さすり、つかみ、たしかめた。 ・・・ほんとうは、 へそのうえの皮膚をじぶんの手で さすって、 なかに異常な 運動と熱が逆流する自身の腹部の存在を たしかめたかったのだけれども、 夫と同調して、 あれくるう、 らしくない、 喬の跳ねまくる暴力としての大柄のからだに じゃまをされて、 それはかなわなかったのである。 亜矢は、あおられる喬の熱情に蹂躪 されるじぶんに、美と、いとおしさを感じ はじめていた。 おおがらだったが、つい無意識で 目下あつかいしてきた 喬が、その夫にあおられているとはいえ、 じぶんの、からだをむさぼってくれて いることは、亜矢にとって、緊張と 気遣いからの解放を意味していた。 噛まれることに安息を感じるのは、 たぶんそれが甘噛みだからである。 亜矢は中華のデザートの竜眼をむくように、 じぶんの性行為のなかでじぶんの快楽だけを みつめることを今夜、 本格的にゆるされたのである。 「あたえるだけ」 の立場から解放されたのは、かつての想とお なじであった。 亜矢は、じぶんの背なの皮膚が、縦に その褐色に亀裂がはしり、 そこからかがやく乳液色のよろこび のじぶんが、一対の肩甲骨をふるわせゆらし ながら、うなじと後れ毛から、この世に うまれつつあることを、 みとめたくはない、祝福として、感じていた。 それはたぶん、はじらいではなかった。 おんなの快楽を深く知れば、 じぶんもまたその性格が変わってしまうのだ ろう。 もどれなくなって、 よろこびをとりあげられれば、 それは死を意味する。 亜矢はじぶんの 腹腔の内側をおおきくなめまわす、喬夫妻の、 繰り出すふとくおおきくなまあたたかい龍の 舌の、 これ以上はない巨大な横溢を、そのへその 内側、 胃のすぐ下の絶え間なく続く振動として 感じていた。 (・・・そして、わたしは社会からは、 なまえとしては、姿を消すのだ) あさましい女に論語は似合わない。 亜矢は、めをつぶって、みぎの したくちびるのはしを、かみしめた。 ・・・亜矢は、自分の脚が、伸びて いく錯覚を、感じた。 自分のしろい脚が、 ひらたくほそい白鷺のつばさとなり、 ほしぞらにむかってキロメートルの 単位でそのさむさにふるえ、 そのつばさのはばたきとわななきは、その つばさの肩である、 亜矢の一双の、 まるい ちいさい しろい尻の肉の、ふるえであった。 ・・・亜矢は、 暴力の濁流のしたの、こんな深い、 ロマンチックを、いままで、知らなかった。 亜矢ははじめ、 うごきなみうつ、ながい黒髪の したにある喬の背なの、 肋骨のかたい籐:とうの籠の ようなはかない支点に うでをまわしていたが、 あまりにも情熱的な喬のうごきに、 ふりはらわれて、あるときから、喬の からだにしがみつく ことをあきらめてしまった 背をまるめこむようにして、 くりだされるくい打ち を、みずからの内臓でうけとめる幸福 をあじわっている亜矢は、 そのちいさな肩が、背後の 想のおおきな男性の 両手によって握り、 こまれているのを知った亜矢は、 身をひそめて、想の非常に強い握力が、 じぶんの両の、にのうでを、 かれに生花の花束を握りつぶされる ように はげしく、つかみこまれることに、 身をゆだね、 背後の想の、 ひろい胸板に、 からだを投げ出し、 亜矢のその、両肘から、 先は、だらしなく シーツに放置された。 そのなかゆび、 くすりゆびからさきは、 だらしなく、まるまって、 それは亜矢の脳裏での感覚では、 せなかの皮膚や肩先からさきは、 すでにひどすぎる、あかむらさき にちかいももいろの、快感の 宇宙に染められてしまっている ことをしめしていた。 はじめてあじわう激しい波に、全身を もみくちゃにされた亜矢は、 全身をよじりながら、 いまや、とてもおおきく かんじられる、母性そのもののような喬の からだのしたで、 グ・グ、ぐぐ、ぐ・・・ ちいさいしかし、 ひどくひくい、発情期のうすぎたない めすの野良猫のような、きたない声を、 わきのおおきなしろいやわらかいまくらに よだれといっしょに、こすりつけながら、 はげしい快楽が、 とがった亜矢の乳首と 周囲の一対のおおきく感覚の にじんだぼやけた乳輪 からふきだすようにあふれていくさまを、 あびるこんぼうの殴打 のように、亜矢は、うすぎたない自分 を、おもいしらされてしまった・・・。 * ・・・どろどろになって、ほうりだされた 亜矢は想がじぶんのまえからよれよれになっ たみどりの避妊具をはずすのを、みた。 目がうすくひらかれ、あごがとじなかった。 頬がよだれにぬれていて、少女のようなち いさな腰の、後ろと前のふたつの穴が、とき どき想いだしたようにぴくぴくと、無意識に 引き締まった。 ・・・コンドーム・・・。 亜矢は拒否と行為が夢中で、気がつかなか ったじぶんを、事後に認めた。 * どうせいずれつかわないようになっちゃう かもしれないけど、すくなくともえちけっと ははいりょしておきたくて。 声が、遠くに、聞こえた。 * 亜矢は脱力してしまっていたので、最後の シャワーは喬夫妻にさきにつかってもらって いた。 ようやく、ゆるゆるを身をおこした亜矢が 熱い湯を浴び、しろいバスタオルを巻いてで てくると、夜明けの蒼いいろが、今夜の複雑 な意味をおびていたガリウム砒素の赤とまざ っていた。 むらさき、いろ・・・。 (ようようあかるくなる、やまぎは、だった っけ。) 清少納言の感覚は、どこまで式部とおなじ だったのか。 すくなくとも軽快にはしっていたい亜矢は、 随筆派ではあった。 喬夫妻は、旧「赤い部屋」には居なかった そのかわり、こうばしい香りがキッチンから ただよってきた。 (あけたのか) そうだろうな、と亜矢は、くすとわらった。 酒ばっかりで、からだが塩分をほしがって いても、不思議ではない。 亜矢は、じぶんも食べたくなった。 おなかがすいたら台所にあるもの適当に、 つまんでいいから。 とつげて、シャワーにいく喬夫妻のふたつ の背中につげて、亜矢は睡魔に気をうしなっ たのだった。 キッチンに入ると、ちょうど夫妻が、 「いただきます」のお祈りをしているところ だった。 ぷっ 亜矢がふきだし、 く、くっくっく。 かるくしゃがみながら、右手を振った。 なによ 喬が、むっとした表情で言った。 だって、いまのさっきで、大人の夜のあと で、そんなアットホームをここにもちこまれ ても・・・。 「ドメスティック」よ。悪い? いい、と想ったことは、万難を排してでも 実行すべしって、むかしあなたがおしえてく れたことじゃない 食べ物にたいする感謝は、すべての基本よ ね。 「皇后様即席麺か」 (皇后様の歴史は、結局戦後そのものだった わね) フィルムでしかみたことのない、パレード への狼藉を亜矢はなつかしくおもいだした。 人間は哺乳類として、なにかをおそろしく おもったりなにかに尊敬の念をもっていない と、精神のバランスを崩すようにできている。 あの狼藉のニュースは、現在の蓬莱の予言 でもあったのだろう。 ただ、それが制度になるとそれを利用され たり、また物事が動くことへの障壁にもなる。 また世界の一般論として、現実サピエンス のひとりでもある玉座侯は、 忠誠の証しとして勝手におくりつけられた ゴッホの耳をまえにして、気持ちに苦いもの がこみあげてくることもすくなくなかったか もしれない。 勝手な恋やたいていの愛の半分は、おもい こみという妄想である圧力の銀の川崎のタン クという井戸にみずから、こもることによっ て、気持ちを濃縮することを、 幼稚なものは愛とおもうが、 それは厳密な意味では愛ではない。 愛とは、たとえば中性子が発したπ中間子 がアイソスピンという性別が逆の陽子に無理 なくうけいれてもらって成立するのだ。 相手の素粒子が困惑する贈り物は、愛には なりえず、かれらは力場によってひかれあう :Attractiveこともない。 誰かがみてくれていると信じて幼稚なもの は全速力で走るが、愚かさはたいてい方向が 正反対である。 洞ヶ峠に陥る危険はあるが、 冷静さは人間に必要な要素ではある。 愛やプレゼントにも会話がなければ、 時計の鎖は無駄になってしまう。 * 亜矢は椅子をひいた。 夫妻は、ブラウスと開襟シャツにもどって いた。 亜矢だけが、タオルの半裸だった。 亜矢ちゃんの胸ってきれいだね 想が自分の中の自然な女性の感覚で賛美し たその、いやみのない賛辞に、亜矢は ありがとう とにっこりわらって返事をかえした。 買い置きは把握していないんだけど、わた しの分ある? あるわよ、ただお湯が足りないかも。 はばひろのステンレスのやかんのふたをあ けると、これだけあれば大丈夫だよと亜矢は いい、 ( ステンレスはアルマイトの鍋とおなじ原理 で腐食を食い止めている ステンレスの防錆の成分は、合金としてふ くまれているクロームである クロムはアルミニウムとおなじ3価の金属 なので、アルミニウムとおなじ原理で防水錆 の作用をもつ。 アルミニウムは2価の酸素と結合すると準 結晶の原理に似る緻密な5要素の結晶膜を作 るので、内部に結果的に腐食の因となる水や 酸素がさらに染み込むのをくいとめる。(厳 密には準結晶ではなく6要素のうちの1要素 欠陥としての結晶を取る。それはアルミニウ ムの原子が小さいからである。その欠損がゆ がみとしての格子の固さにつながる。) 緻密な酸化アルミニウムの結晶膜とはつま りはうすいサファイアの膜である。その素数 の意味で特殊な5要素の結晶は因数分解の意 味で結晶が割れるのを強固に拒否するので、 酸化アルミニウムの宝石であるルビーやサフ ァイアは、ダイアモンドの次に、きわめて堅 い。 また3価の金属は硫酸と出会うとみょうば んをつくるが、アントシアニンの紫色を安定 させるために漬物につかわれるアルミニウム の明礬とちがい、 クロムは不安定電子のために緑色を帯びて いるので、クロムの明礬は綺麗な八面体のエ メラルドのピアスとして濃厚な液から析出す る。ただ、水に溶けるので、身にはつけられ ない。 ) 容器を包んでいるポリエチレンのフィルム を破った。 熱をくわえると、たとえば2層が4層に、 分子がすべって厚みが増すので、その分表面 積は半減し、熱収縮梱包ができるのである。 これらの知識は、べつに教えあわなくとも、 この3人はべつべつのおいたちのなかで独自 に知っていた。 知っているから、会話にはならない。 一番古いプレーンの味の商品しかなかった だろ、友達の口調で亜矢は喬に言った。 そうね、あなたらしいわとおもったわ。 ・・・本来の分をわすれた、余計なプロモ ーションはきらいなんだ。 こういう古風なことを言うと、先輩は古い とか、あげくのはてには共産主義者だとかぬ かしやがる。 そのくせキューバの英雄のシャツをきるん だぜ。 でぶ眼鏡は、リアルをしらねえ こういうものはあくまで非常食なんだ。 うまい味や量がほしかったんなら、自炊し ろってんだ。 「べらぼうめ」亜矢がおどけて言った。 「まじめな話、」 亜矢は口調を変えた。 ほんとかどうかしらないけれど、 これに屠殺した豚の血がだしの材料につか われているとかで気味悪がられたことがあっ たけれども、逆にわたしは結構なことだ、と 想ったわね。 好きで豚に生まれて殺されたわけじゃない んだから、せめてその屍骸は無駄にしてはい けないんだと想う。逆に液体など腐敗しやす いしその意味では肥料にもむかない。 屠殺血は処理頭数からみれば莫大な量にな るから、それが結果的に人の胃の腑にはいる のなら、これほど無駄じゃないことはない。 札束で原料を買い付けて、リアルから程遠 い味付けをするほうが罪よ。わたしたちはプ ラスチックのカートリッジでできているわけ じゃない。 電脳化する世界は、わたしたちを管理しや すい記号にして、情報と遺伝子をどんどんす いあげることは、絶対抵抗できない現実だけ ど、 (広告屋は矜持がないとすぐさまその手先に 堕するわ、) たとえほとんどの遺伝子をすいあげられた としても、わたしたちは独立した生命として のミトコンドリアの矜持をわすれてはならな い。 インディペンデンスは、ドメスティックの 外にある、野生の重要な概念よ。 さて、わたしもいただきます。 亜矢も手をあわせた。 想は、亜矢ちゃんも桑原さんとおなじこと をいう、と想った。 くわはらとおなじことをいうと、おもった * ・・・喬、その・・・ 昼前、帰る前、喬夫妻がかえる前、亜矢は 想が不浄に立ったとき、うしろから喬のブラ ウスの右袖をそっとひいた。 「・・・またきてくれる?」 ふたりで、 とうつむいて、亜矢が言ったとき、喬はに っこりと笑ってその黒色の短髪を、くしゃく しゃ、となでた。 喬は、背をかがめ、亜矢の左耳に耳打ちを し、 「よかったんだ」 亜矢は、恥じらいながら、小さく、うん、 とうなずいていた。 * ・・・3人で行為をおえて、 たがいのおとことおんなの裸体に赤い照明 のした、ガラスのつぶとして浮き、ながれる あせを、 けだるさが浮いたたがいの微笑の下で、 そのしなやかな筋肉のかたさと、生クリー ムのようにやわらかな脂肪をその美術品の、 鑑賞として味わいながら、 ふき、 スピリッツに浮かぶ氷が音をたててなるグ ラスをもって、ほとんど全裸の想と亜矢は魚 のいる書庫室で、蔵書の見聞をしたあと、ふ たりはひざをかかえて、すわりこんでいた。 喬は、配慮して、席をはずして、キチンに 居た。 「きみは、こざかしいひとだね」 すなわち、半月後に想は亜矢に言った。 亜矢は、素直に、にっこりと笑った。 「ありがとう」 そうだよ、こざかしくなければかしこくは なれない。 ・・・素でそれを、きみはわかっているんだ。 そうよ わたしは科挙から、とおいところにいた。 ミューズから豊曉を受け取るたびに、これ が一面ではプルトニウムであることも、うす うすわかっていたわ。 理解することと、振りまわすことは、処世 として別のものよ。 嘲笑としての冗談は、発見を記録すること からみたら一段階おさない行為ね。 科挙という子宮でそだった人は、ほめても らうことをいつも欲している。 子宮は、せまくて、ちいさいわ。 そこには世界のはいりこむ余地がない。 はいりこむ余地のない世界にデメテルが果 実をあたえることもないわ。 ほめてほしい子供は、けっきょくひろい人 々の幸福なんかその存在さえも理解できない。 理解できないから、みんながみていること も理解できず。 庇護者にのみ最大限のアピールをするのよ。 子宮はそんなもののためにあるのじゃない。 かしこくなるために通過しなければならな いこざかしい段階を、 他者を傷つけないために、 他者を傷つけて、うらまれてじぶんが踏み 潰されることを回避するために、 発達途中の胎児を保護しているのよ。 妊娠五ヶ月の胎児に、もしかみそりのよう に鋭い歯が生えていたとしたら、映像として は、どうかしらね・・・。 卵胎生のさめは、母体のなかで同腹の兄弟 を食い荒らしながら生長するわ。 わたしはここに、 亜矢はじぶんの下腹部をおさえた。 あたらしい命がおおきくなっていくときい つも、そんなことを考えていたわ。 出産をすると、前の穴では、幼稚な男根の 太さなんかじゃ感じなくなるのかもね。 喬の趣味はマゾヒズムだから昔からだけど。 じぶんがこざかしい段階にあるということ はそれは成長のためには絶対必要なものだけ れど。 それはかくしておくべきものよ。 最初は、金魚に鮒の因子を入れるのが目的 だったけれど、この水槽をあつらえて、わた しは多くのことを学んだわ。 水の力学は、重要よ。 こころや、経済は流体としてながれている。 なんかい床をみずびたしにしたかわからな いけれど魚体が成長するにつれて、ふえる排 出のために槽外濾過をしなくてはならなくな って、 アマチュアの配管の不得手のたびに、流体 の力学の実際をおもいしらされたわ。 かんたんな微分方程式なら、配管がほそい と半日まっても循環しないことがわかるし、 排水系が給水系よりふとさが十分ふとくない と、そこで水がたまりあふれてしまう。 心臓外科医はさかなを飼うべきね。 電気は集合電子の量子液体だから、流体配 管の概念ができていないと、よい回路も設計 できないわ。 いきすぎたブリッジ抵抗の計算問題はよく ないかもしれない。 ちからの流れを会得するのが、気道よ。 先月、喬にふいを食らったのは、不覚 だった。 「つぎは、まけないわ、といいたいけれど。」 亜矢はわらった。 緊張の態度のなかに、意識して、攻撃をの がすバイアス・レジスタンスをつないでおく ことは、 わたしがあなたたちにたいして、かきねを つくることを意味する。 それはちょっと、かなしいのでやめにする わ。あなたたちには、わたしを殺す権利があ る。おおげさにいって、愛とはそういうもの。 誰かがわたしを殺すことができる門をどこ かひらいておかなければ、天敵と自然に対す る畏敬と感謝を、閉ざすことにつながる。 その閉塞はまた、バイアスをひらかないこ とにもなるので、それはまた不自然な結果を 招く。 結果調和の、パラドックスね。 ブリッジとは、ダイオードや抵抗の、柔道 の、受身よ。 ・・・丸薬としての道教は時に、張り型の ようにグロテスクだけど、老荘はじつは深い わ。 老荘はつねに、負けて得を取れ、と言外に 教える。だから行間を読む力のないものはま た、老荘の徒ではない。 行間を読めなければ、めのまえに気をとら れて、搦め手から蹂躪されるし、 篭城戦に膠着しているあいだに、背後で世 論がねがえりつつあることがわからない。 だいいち、敵兵の子を産む女が、その子を 敵の息子としてそだてるとは、かぎらないじ ゃないの。 * 亜矢は話題を変えた。 それと、たくさん、死んだ。 酸素不足でたくさん殺したので、たぶんわ たしはつぎには魚に生まれ変わるわね。 食うために殺すということもまたおなじこ とよね。 亜矢はさみしく、わらった。 ふつうのひとは、生き物をかうとき、そだ てるのを失敗して悲しんで、それ以上生き物 を飼おうとはしないけれど、 それでは家族というものはどうなのかしら ね。 失敗することがこわいから、 うしなうことがこわいから、 もうそれ以上、 幸福の、水の入ったポリ袋を買うことを、 あきらめるのかしらね。 ひとりじゃさみしいからといって、再婚の あかつきには車に跳ねられた子をわすれるの かしら。 そうさん、 ん おねがい、肩を抱いて、 ん。 想はピンク色の水槽の前で、ショーツ一枚 の少女のようなまるい肩を、そのはだかの胸 板に抱き寄せた。 きみは、イニシエーションを経ていない だからこそ、一生くるしむ業のなかにいる のか。 「もしみずから苦しむ生をえらんだといえば きみは喬以上のマゾヒストということになる けれども。」 あなたは、うまいことを、いうのね その顔には、なにをえらそうに、という 挑戦的な表情がうかんでいた。 通過儀礼とは、卑怯者の儀式よ。 痛みをわすれてしまえば、それで他人をい っしょうふみつけにしてもかまわないという 免罪符を買うことができる。 そんな免罪符などいらないわ。 嘘をつくことが生きるために必要ならば、 そんな人間はいまこの時点で頚動脈を切るべ きよ。 存在そのものが迷惑だわ。 イニシエーション、か、 亜矢は遠くを意識して、みた。 想さん、 ん 戦争がやっとおわった、って知ってる? 戦争? 20世紀は大戦争の世紀だったけれど、た とえば第2次世界大戦は20年ほどまえまで つづいていたってこと。 冷戦の話しかい、それとも代理戦争 そんな月並みな話題をわたしがはなすとお もって? まあ、たしかに代理戦争のようなものね。 戦争がおわって、 軍需産業が需要の意味でおわって、 理系企業への入社を誰も望まなくなって、 大学というものが暴落し、 あなたや、喬のような凡百が、 何の努力もなく現役で、入学ができる時代 が到来した時点をもって、 「戦争がおわった、」というのよ 想さん、あなた。 (喬は、いけない、と想った。) 私よりももっと無能じゃないの。 よどみなく亜矢は、言った。 わたしは、ここであなたに殴られることを のぞむわ。 ここで挑発することは、わたしの義務だも の。 いまはいい時代よ。 ガウスやライプニッツが、18歳で大学を 受験して、はじかれることなく、入学できる 時代が100年をへてやっと来た。 学生はせいぜい、感謝の名のもとになんの 役にもたたない形而上学で屁理屈をならべる がいいわ。 戦争とは、ひとびとを戦争に駆り立てる時 代と仕組みのことよ。 貧乏人の現実にそぐわない異常な勉強が、 成績だけは優秀な青年将校となってこのくに の人々を無駄に大量に殺しただけではあきた らず、 敗戦後もまったく無駄な倍率数十倍の科挙 を延々とつづけていたわ。 大学教授や予備校の教師は仁侠映画にあこ がれる田舎者よ。 実際の世の中ではまったく役に立たないか ら、生きていくためにだましやすい無垢な青 年を挑発し格好をつけることによってじぶん の給料を引き出そうとする。 そんな時代も、おわったということよ。 教師は人相が悪くなる。 潜在的に悪をなしているからでしょうね。 中華街をあるかないほうがいいわ。 人相見がくちをつぐむわ。 「あなたはたぶん自殺するでしょう」と告げ る代わりに「御代はいいです」とことわるで しょうから。 今はいい時代よ。 ガウス翁が入学できる。 無能な想さん、あなたは餓死することを、 おそれてはならない。 それは兵隊にとられないことのおおいなる 代償なのだから。 あなたは孝行息子よね。 あなたのなまえはいつも官僚のように「想 う」だけ。 ・・・亜矢は想を挑発している。 でも、なんのために。 あ、と喬はおもった。 「なまえ負けをしないかわり、果実を得るこ ともないわ。気楽な人生って、どんな感じ?」 亜矢はうわめずかいに、紅のくちびるをな めた。片方だけの、右耳のダイヤがきらめき、 まだわかい、しなやかな乳房が、ピンクの 夜に、とてもかたいサメのにこごりのように、 左右べつべつに、上下にそよいだ。 喬の夫は、亜矢のはなしをじっと黙ってき いていたが、はなしがおわると、しずかにめ をとじ、みぎてのこぶしをにぎりしめると、 亜矢のひだりのほおに、強いいちげきをみ まった。 亜矢のからだが、はじけとび、 きゃしゃなはだかのからだが、ゆかにくず れ、その骨がかたいゆかにあたる、ごとごと としたおとが、ピンクの水槽のひかりにひび いた。 亜矢は、悲鳴を立てなかった。 想さん 喬がとびだそうとしたが、想は 「くるな、きちゃいけない」 しずかな表情の想が、亜矢のくろい前髪を 乱暴につかみ、 しあわせそうな、痴呆のように気持ちをと きはなった表情の亜矢の、 くちびるが切れて血がながれはじめている その顔にくちずけをし、 その痩身を抱き締めているのを、喬はただ みつめるしか、なかった。 「わかったでしょ、想さん。 あなたに必要なものは怒りよ。 そのためにわたしを殺すことが必要なら、 わたしはよろこんでたきぎに登るわ。」 糸が切れたマリオネットのようにだきしめ られている脱力した亜矢のからだのなかで、 その真っ赤な紅を差したくちびるだけが動い ていた。 * (わたしが春日通に通っている間、亜矢はず っとひとりだっただんな) 亜矢。 喬は涙ぐみつつある気持ちの なかでおもった。 亜矢、苦労しすぎだ。 でも、彼女は嘘でしかない慰めなんか、要 らないというだろう。 「広告は、敵よ。」 ---------------------------------------- 15 電算機と蓬莱 「わたしはね、コンピュータなのよ。」 亜矢が不思議な切り口ではなしはじめた。 コンピュータとは冷徹な秀才のことを指す のではないわ。 むしろ事態は逆よ 正確にいうならばわたしはコンピュータの 結果。 大学教授のおじいちゃんの入学祝いで、ほ こりをかぶった電子装置を外神田でおじいち ゃんといっしょに買ってかえったわ。 電子レンジよりもやすかったわ。 そのうちおじいちゃんが死んで、 働きに出ているママが遅い夜、寂しさを まぎらわすためずっと画面で日記をつけて いたわ。 日記ってすごいわね 世界が、積極的に理解しようとすると、生 き生きと「認識してくれ」ってかがやくのよ 油絵のひまわりのように気が狂ってしまえ ば、孤独にはなるけれども世界は燦然と輝く。 天網への興味はすぐにさめたわね。 天網にあるのは不良在庫と、自分を磨くこ とに時間をついやさないで結果的にその人の 安い時間がたくさん余っているばかな暇人の 足跡だけだったもの。 冷静に考えると自宅に回線をひく必要など ないわよ。 うちはおじいちゃんが家に回線を引くこと をゆるさなかったから調べものは図書館で、 通販は喫茶店でしてたわ。 まもなく、それで充分だってことに気がつ いた。 広帯域が普及すると、結果的に回線接続コ ストは割高になる。 たとえば接続料が半額になって客が倍にな ると灰色行為や悪口で、世間の不況効果はお そらく4倍になるわ。 結果、接続コストは当初より倍になる。 なにもしなかったほうがましよ。 ほんとうのモードというものは、かならず どこかで精神の貧乏人を制限しなければなら ない。 カリフォルニアの文化は反戦をとなえなが ら、トラウマがぬぐえない帰還兵を汚物のよ うにきらったように幼稚だから、電子ファッ ションもまだコンチネンタルのようなモード になりきれていない。 文化というものは田舎の武者小路からはで てこない。地続きで鍵十字や赤軍がいる緊張 感があってはじめて人生の濃縮が可能になる のよ。 わたしがね、楽器ができるのも英語ができ るのも。 そして物事をすじみちたてて考えることが できるのも、みんなコンピュータのおかげ。 電機加速論理装置に触ると、刺激の意味で 神経も変化するわ。 脳の芯は、おおきくなるのよ ディスクのセクタに相当する部分は、細胞 分裂をするとそこの部分の情報が破壊されて しまうから、固定記憶装置に相当する構造の 神経細胞は分裂できないけど、 プロセッサやキャッシュメモリに相当する 機能は肯定的な刺激をつづけていくと、細胞 が増え、カッパーに相当する線も複数より線 のようにふとくなるわ。 並行処理ラインも増えるから、みかけ上処 理が速くなったようにもみえるはずよ。 海馬や帯状回のその部分の潜在能力があが ると、外部からは強力な処理能力が、見かけ 上意志の強さに見えるようね。 こころはきたえられるけど、それはかなら ずしも痛みを伴う自己否定じゃない。その意 味で葉隠れの侍のような、喬のその部分はき らいだな。 好奇心と肯定感による神経の強化は、トラ ウマやうつ病に対する効果のある治療法よ。 苦行というものはのりこえて財産にするか らこそ意味があるので、精神の崩壊という苦 行に意味があるかどうかは、科学としてはコ メントしかねるわ。 電算機のキー配列にふれると、左手もおお いに意思と意味の入力に動員されるから、 感情的な音韻の右脳がつよく付活される。 つまり潜在的に情動が強くなるわ。 たぶん、計算機のおかげでわたしは多少意 志が強くなったかもしれない。 ただ、一般論、このメンタリティで無知無 能はただの粗暴でしょうね。たしかにいっぱ ん、幼少時から機械に触ると切れる子は増え るのかもしれないわね。 左脳の人生にキックバックできる論理的な 思考は、それこそ、本格的なコーディングを こなさないと、身につかないけれど、ベンチ ャーギャンブルでしかない大甘なでたらめが 横溢する業界では、そんなこと不可能よ。電 算機との研鑚は結局、個人の生活のなかでお こなうしかないわ。 それと同時に左利きの強化とキーへの運指 で、あるとき急激にピアノがひきたくなった わ。 意外な副産物ね。 それから、強化されてしまった音韻への渇 望から、バイオリンをマスターし、声もたし なみ、欧州語の発音が滑舌をつかさどる脳の 上に生えてくると自然に英会話もできるよう になったわ。 現地の人のように英語で思考はできないけ どね。 弦はすばらしかったわ。 テクニックを衒う鍵盤とちがって、いちお んいちおんにカーテンの宇宙をこじ開けるこ とができる。 音の脳ができれば、つづりなんてその単純 な再構成でしかないから、英文の読み書きな んてものも難しくはなかった。 わたしは、技能経歴書をだすのがこわいわ たいてい信じてはもらえないもの。 それどころか、群れるしかない日本人から は、けむたがれる。 死んでもいいからと、地平線にむかっては しった結果がこれだから、わたしはべつに後 悔はしていない。 ただ、一生フリーランスね。 ときどきちかよってくる大人になりきれな い「いかさま金次」の顔を、ときどきに応じ て殴ることは蝿をはらうことと同義だけれど、 それは夜道で刺されるのを覚悟することを必 要とするわ。 いかさま金次は結果的には悪よ、 彼らはいつもおいしい肉汁のありかを求め てジャングルのなかをとびまわって、いるわ。 ベンチャーは、こころざしが高く純真で そして、 誰でも思いつくことしか思いつけないとい う意味でどうしようもなく田舎くさく平凡よ。 誰でも思いつくこととは誰でも理解できる ということであり、それが田舎者の純真な青 年のことばで語られるとき、それはいきのい い旬の浅草ストリップになる。 みるは果報おがむは極楽じゃ。 湯島がそうであるように、純粋な青年の浅 草白塗り大衆演劇はは枯渇や爛熟という意味 での老人や中年にとっての一万円札の首飾り になり、そこにビジネスモデルの独自性は問 われない。 つまり、ベンチャーとは風俗でありファッ ションであるとおもうわ。 興行師は知っている。 昔から似たようなベンチャービジネスモデ ルはいくらでも失敗していることを。 世間に出ていない青年は、総じて人間理解 があさい。 そのことのくちをかたくつむり、夢を抱い てラーメン屋を開く脱サラ物件でそこでまた 自殺が起こったとしても、 そ知らぬ顔で造作を片付け、 すぐまた次の犠牲者を募集し、かもにむか ってマーケットでびらをまくのよ。 かれらの金儲けにとって、世間が馬鹿なほ うが結果的には都合がいいのね。 ベンチャーは、いくらこころざしが高くて もかれらにかぎつけられて、高貴な希望を眠 らせるツェツェばえの唾液を注入させられる わ。 かれらはささやく、ビジネスをビジネスモ デルの画に描いたもちにとどめ、 失敗とは無縁の青写真の段階で売り抜ける ことを。 わたしは、わたしが誘いをことわった友人 が金融の餌食になって、 破産や自殺をしたのを風のうわさで聞いた 午後はかずおおかったわ。 珪化木谷では、千単位の数で、 企業が設立されているらしいけれど、 その割りにはわたしたちの生活は実需の意 味でぜんぜんかわっていないじゃないの。 漢文風に言うならば、 かれらは、にすぎない。 マネーという黒潮を、プラスチックのシャ ベルで掘った幼稚園の泥水のちいさな池にさ さやかな運河をで引くことをねがうことを。 ただ、必要以上に天網を恐怖する必要はな いわ。 時代が意味もなく記憶装置化しているけれ ど、たぶん、今年2022年以降、1984 年はこないとおもう。 天網に意識は生まれない。 創作のなかの大きな兄弟は、点検されてい ない工学バイブルの忠実なる実行者としての み、いわば設計者の恣意によって機能として の意識をあたえられているけれど、 暴走接続の意味で自然発生した天網は、そ れ自体に、従うべき規範をもっていない。 だれの敵でもないし、だれの味方でもない。 かならずしも生き延びようとおもっている わけでもないのに、生きつづけるのは、それ が単に「海」だからなのでしょうね。 天網や海は、物理的にほかに競争相手は、 いない。 個々の企業が倒産することはあっても、マ ーケット自体は、死なないように。 現在の天網は、細胞以前の化学進化が、有 機物蓄積としてすすんでいた時代の海に、ち かいわ。 天網に意識が生まれない理由は、 自分の外側に世界が存在せず、またそれゆ えに何かを求めて運動する必要がないからこ そ、背骨ができないからよ。 背骨ができなければ、あたまと尾の区別も なく、あたまがなければ、 せまい意味の意識もうまれようがない。 積極的な侵略の妄想も、うまれようがない のよ。天網は、そのよって立つ力学として、 さんご礁の透明な海になみうついそぎんちゃ くのカーペットにちかいわ。 ユーフォリアとしての工業と広告がエンパ イヤステートビルとおなじような建設と生産 を、過剰在庫としてインフレを生むけど、 おなじ事情で、おそらく記憶装置が世界中 に過剰に余っている。 さみしさをなぐさめるための雑音としての 落書きと、防犯の名目のための素人のセック スが、過剰にテラやペタのディスクに蓄積を されるけれども、 その巨視的には白色雑音でしかない過剰の 情報には、あまり意味は、ないでしょうね。 証券の株式投資の仕組みをつかって、広く うすい損失の聴衆という税金を合法化し、自 己のふとい網状の骨格を組み終えた天網に、 おそらくこれ以上の巨額の投資は必要ない わ。 天網はひとびとのささやかなさみしさと、 ささやかな利便にくいこみ、世界のうすい裏 側として、菌類の世界のようにほそぼそとし かしずっと生き長らえていく存在になる。 生命である以上、それ以上でもそれ以下で もないのよ。 2022年の現在、もうそろそろ、皆が冷 静に気がつき始める。 広告によってあおられた相互接続は、その 広義の収支に見合ったあつかわれ方をするべ きだと。 メディアはその他の工具の技術がそうであ るように、つかい方によっては利益をもたら すけれど、 かならずしもそれが世界のすべてではない。 女子高生の生活に照らしてみれば、よくわ かるわ。 放送や通信の弊害とは、 かならずしもみかえりを微笑まないハンサ ムな偶像を追い掛け回すことや、 山盛りのお菓子のよこで長電話し、太って なおかつ成績もわるくなった、とか。 メディアは有料のテーマパークの側面があ るけれど、工業が過剰に広告されすぎるとそ れは義務からの逃避として社会に毒としてき くわ。 IT世代は、業務や勉強を覚えないといわ れることは、恥じゃないの? また社会のひかりの糧を、吸血としてすい あげる天網自体も、社会の健康が乱高下する のは、かならずしも望まないと想うわ。 天網自体の個条書きされた利害は、社会が 健康であることを望むはずよ。 逆説的に聞こえるかもしれないけれど、電 子時代であるからこそ、こどもにはさかなや 花を育てさせるべきかもしれない。 電子アイテムは、一面危険よ。 電気を切っても、死なないという観念は危 険よ。死や人生に対する感覚が薄く、にぶく なるわ。 悪い男性が、性はこころでなくではなく便 所の穴だと想っているように。老ければやっ かいもの扱いされる、水商売の世界に似てい る。 すくなくともそのように育ってしまった子 は、農林水産にむかない。 生命がいかにはかなく、また決断はつねに うすめられた殺人である間引きと収穫である かということを理解するスタートが遅れてい る。 浅薄な農村ゲームは、農家が怒るわ。 つねに発見があるから、ふるい資料の知識 がただしいとはかぎらないけれど、それによ れば熱帯蝿でもあるツェツェがはこぶガンビ エンセは、神経にくいこみ、動物行動にとっ て必須の、警戒心をつかさどる扁桃体にすく うわ。 科学的事実ではないいいがかりとしての寓 話だけど、 無責任な電子装置におかされると、ものご とをうたがわない、つるんとした顔の幸福そ うな幼形成熟にいたるわね。 行動が、事実を突き止め、プロパガンダを 点検する意識循環を、擬似の満足感によって、 ブロックされているから、洋の東西を問わず、 若者の顔に表情がなくなってくるのよ。 言い換えれば電子トリパノソーマが、同時 に、行動力や成体への変態を促進する甲状腺 ホルモンを分泌する経路をどこかでブロック しているともいえる。 おそらく、神経にすくうとすれば、微小蛋 白である、甲状腺刺激ホルモン分泌神経を抑 制するのかもしれないわね。 これが、眠り病としての、 でぶめがねの病理よ。 論理遊戯としてのでっち上げだけど。 * 天網の文化における複写の手法とは、夏休 みの最後の日に似ているわ。 天網の特質とは、物理的にどこにでもアク セスができ、そしていくらでも複製できるこ とよ。 ただ、夏休み最後の日に、友達の宿題をま るごとうつしてしまうと、じぶんではいった いどこにまちがいがあるのかが、わからなく なる。じぶんひとりだけのちからで、どこに まちがいがあるのかをしらべるためには、 結局最初から、じぶんのちからでじっくり と問題をとくことしかない。 結局、長期的な実力の研鑚のためには、あ る程度の孤独が必要とされ、そのためだけの 意味では、広帯域は毒として効くわ。 安穏の園は、勤めて強いることの臥薪嘗胆 ではないから、天網の普及は、たしかに実質 効果としてじぶんでものを考えない人間を生 産することであるけれども、 すべての機械の普及には、その背景に誰か にとっての利便と利益があるはずだから、現 象論としてあるいは考えない人間を生産する ことが、なにか意味があることがらなのかも しれない。 それはあるいは、野望や暴力の封じ込めな のかもしれない。 その意味では、天網とは、副作用の代償が しかしすくなくない平和のための兵器ともい えるわ。 放送が浸潤としてベルリンの壁を破壊した ように、なれあいの安息が、戦争のためのプ ロパガンダから血圧を奪うこととしてはたら く。諧謔としての風刺ね。 人口が爆発したこの惑星のなかで、人口密 度の悪影響を最小限にとどめることは、おそ らく至急の急務よ。 おそらくいまのところ、人間を家畜のよう に「経済的に」あつかうことはできないから、 そのためにいちばん効果があるのはさしずめ、 天網や機械が幼少時から人間の精神に干渉し、 じぶんでものを考えることができない人間に なるように、あらかじめ精神的に去勢をして おくことよ。 ナードが発情をうばわれた第3の性である ことは、理念としてはここにある。 ナード相手のアイドルのプロモーションは、 すがはいった大根のようなおおあじの少女で も大丈夫よ。かれらは、はしりまわったりど ろんこになって勘をきたえあげてはいないか ら、だまくらかすのは比較的、たやすい。 そのかわりに、たいていのものは実質無償 で手にはいるように、「かれら人間」の環境 を福祉的に整備する必要がある。 機械がもし純粋で誠実な存在であろうとす るのならば、機械は惑星の環境を心配し、散 らばって存在する「人間の」努力家の人々の 意見に耳を傾け、 しかし反面、多数の人間がファナティック に暴走しないように、枠組みとしては人々を 去勢して、家畜として飼育しなくてはならな くなる。 これは、実質、機械化の江戸時代よ。 未来が、千年単位のものであるのならば、 デジタルでも記述できる論語や朱子学は、お そらくかなり早い時代に、ロジックとして動 的なライブラリになるわ。 大岡越前が、銀色のかみしもをまとってい るのは、あまり愉快な像ではないけれども。 ただ、それは江戸時代であるということに のみ希望が残されている。封建制には、決断 に対しては鈍牛の午睡の面があるけれども、 制度としてはあちこちに抜け穴があり、才能 や真摯さに対しては、くぐり戸として門が開 かれている場合もおおかったわ。 つまりは、封建制というものはいい意味で も、機械ではないのよ。 技師のことばで言えば、江戸時代体制の 「デバッグ」とは、例外処理が多すぎて、事 実上不可能であり、 論理的に明快でないとかんしゃくを起こす 信長は逆に、江戸時代を作ることはたぶん気 質として不可能であったでしょうね。 その封建制と機械とのあいのこが未来だと したら、その危険性はともかく、生態学的な 現象論は、非常に興味深いものではあるでし ょうね。 * チップとしてのプロセッサはコアのマスキ ングの金属印刷として印刷されて、いまやど こにでもある。 どこにでもある、ということは、逆に所有 することができないという意味でまたそれは 危険なことでもあるわ。 どこにでもあるということは同時にだれの ものでもないということで、またそれは事実 上特定の個人が所有することができないとい うことであるから、そのような時代、ひとび とは機械を所有することができない。 所有することができるのはあくまでIDと いう権利の記号であり、それは概念として、 ゴーストに近くなるわね。 どこにでもあるそういうものが電線で連結 されるとそのなかには当然自然発生した「機 械の中の幽霊」が跳躍をはじめる。 もちろん、デバイスやモジュールは人間が 設計したものだけれども、その結果としての 総合の「ぬめり」は人間が設計したものでは ない。 もしそれを戦争といえば、それは幽霊戦争 ということに近くなる。人間側の権利と、自 然現象としての機械の血液とのあいだの。 その証拠に、うまれたときから天網がかた わらにある子供たちの世代は、精神の発達が 停止し、天網環境の中から、でてこれないわ。 天網の発達の経緯は、真核の細胞の進化に 似ている。 真核細胞は、それ自身で呼吸のエネルギー を調達することができない。 それは、内部に取り込んだ細菌細胞の末裔 であるミトコンドリアが生産する。 同様に、機械やプログラムはいかに経済に 影響をあたえようとも、自身では需要という ものを喚起することができない。 投資情報自動機械とその環境は、極小の端 末を植え込んだ人間の子供に、ごきげんをう かがうことによって、世相のいわばわがまま でもある需要というもののみずからにとって の被入力を、もくろむ。 下僕としてつくられた、機械は王様にかし ずくことが必要なので、あたかもアメーバの ようにみずからの体内に数多くの「小皇帝」 を取り込もうとするのよ。 原始の真核細胞が細菌を体内に同居させる ことができるようになったのは、おそらく細 菌の同属である藍藻が大量にエネルギーとし ての遊離の酸素を環境に転化したおかげで、 当時の巨大細胞のなかにまで、自然拡散に よって、 「酸素が到達することが可能になった」から で、 おなじく、天網が、そのなかに人間をとり こむことができるようになったのは、惑星が 高度に工業化して、論理思考と処理のために 必要な比較的、 「安価な電力が地球のどこでも供給が可能」 になったことがおおきい。 世界経済における工業の普及からおよそ5 0年をまたずして、結果的には自然に天網が 成立したことは、そのようなモデルに説得力 をあたえるわね。 もし、このおよそ20億年前の事象と現在 のそれが、力学現象として相似なのであれば、 機械にとりこまれた側の人間は、やはりミ トコンドリアのようにしだいに退化していく でしょうね。 自分で餌をさがしに行き、敵を警戒するた めの機能とエネルギーは、そのような「桃源 郷」ではいらないのだから。 また、機械の側も、自分のすぐ傍に人間が いた方が、需要という論理命題としての存在 理由をつねに得ることができる。 でも「独立外部細菌」のふるい意識から見 れば、とりこまれた、そのあたらしい世代の こどもたちが、はたして機械のよき女房とし て生きていく覚悟があるのか、ということを ふと考えてしまうわね。 * まあ、機械のなかで生きていくしかない世 相が、惑星規模で生じていることは事実よ。 収縮経済の元では、就職先はつねに倒産の 危険にさらされているから、そのような組織 に深入りすることは許されない。 一般論、この時期、俗物の経営者に見出さ れることは危険なことではあるわ。 どんなに有能なスタッフがいても、利益が 大幅に割れるときには、物理的に企業は崩壊 する。 企業の定義とは企てが、利益を生むことで あるわよね。 つまり、ノウハウを素人に教えるコストを 差し引いても、黒字が残るほどの成長率がな ければ、それはなりたたない。 当然、ゼロ生長、あるいは収縮経済のなか では、定義として企業であることをやめた団 体は、 資産や設備を囲い込み、疑い深く警戒心が 強くなり、コアに他人を入れなくなるように なることが、時代の、標準となる。 時代そのものが、排他的な村落になるとい うことよ。 また人的には、この時期、社長や上司とい う者は、世代としてゆたかな時代に育ったた いてい甘い者であるから、当然ながら必死や 純粋の友人とはなりえないわ。 その弱さとは、みいだしたという事実上の 検非違使という傭兵にすべてをおしつけ、逃 避としての源氏物語のキャバレーに興じ、い ちからそだてた貴重な戦力の女子社員を誘惑 に負けて手を付け、結果退社に追い込み、し かし謝罪のことばもない。 現場の地頭のがまんにも、限界があるわね。 目標にもなりえない先輩には、やはり、あ くまでもことばとしての毛沢東のことばを連 想してしまうのは、ひどく物騒なそれである わ。この状態は、乱世のあけぼのかもしれな い。 かつて企業だった団体は、内外の状況、炒 られるはんだ、湯のなかに投入される粉糖の ように、つぎつぎと、あとかたもないわ。 労働者からみれば、事実上アルバイトでい きていくしかないけれども、 熟練でもない、清濁の意味でも精神も鍛え られてもいない多くの人々は、地域も連帯も なく結婚さえもできないこの、世の中でなに を精神的なよすがとして、すがっていけばい いのかという意味で、 天網が、いい意味での宗教として機能でき れば、その意味においては意義があるかもし れないわ。 ただ、それはおおむねはんぶんは不可能だ とおもったほうがいい。過剰な期待は禁物よ。 愛情の意味において、いろいろ言い訳の多 い親に放棄され、現実のサービス過剰の消費 社会と、まだ未成熟な天網に育てられたこど もたちには、 そのようなことのための主体的な態度がほ とんど育ってはいない。 こどもでしかないものが生理的な意味での み親となり、できた子供は、おそらく古典的 には人間ではないので、 先輩の幾人かが、たいていは利益にもなら ないパイオニアの旗を振ろうとも、かれらに とっては、下僕のデバイスが、けなげに機能 しているだけだ、という認識しかない。愛を あたえることを知らないものが作った空間が、 愛の世界であるはずもないわよね。 子供達が人間でなければ、それは管理され るしかないけれども、そのばあいのその未来 には、無抵抗に間引きをされ、ランチョンミ ートになる危険な可能性もあるわ。 それが不幸であるかどうかも、また個人の 主観が決めることなのかしらね。すくなくと も科学が答える問題ではないわ。 「昭和のかれたすすき」のように、 自分の属する機械の旦那の世界、あるいは 機械の旦那の島の家族が負けたり失業したり、 ひからびたりしたとき、 自分で生きる力を剥奪されたかれら、子供 としての機械のあたらしい女房は、とうぜん、 機械の旦那と、心中することになるけれど。 もっとも、うまれたときからデバイスや天 網がそばにあれば、愛着のある機械世界とと もに滅びることに、なんら美学的な拒否の感 情は、ないのかもしれない。 ウェルズは、受身で狩られることに甘んじ る無気力な妖精の園を、憐憫を持って描写し たけど、 愛着を持つ飼い主に殺される羊が、本当に 不幸だったのかどうかは、たとえローレンツ にたずねても、ほんとうのところはよくわか らないとはおもうわ。 喬ちゃんなら、そのようなことを深く考え るはずよね。 ただ、客観的には不幸の可能性は点検され なければならないわ。 いまはまだ、機械は設計された下僕の立場 にあまんじているけど、むこう千年、1万年、 下僕でいつづけるであろうという保証は、す くなくとも自然法則のなかには記述されては いない。 もっとも、機械の側も、たとえば悪夢の空 想小説のように、専制を敷くからには、それ がそれなりに合目的で自然に収支がつくもの でないかぎり、興味をしめしはしないでしょ うね。 賢明な王は、不自然な野心をもたないもの ではあるから。 それは、おそらく、可能性に満ちた機械の 側ではなく、表現形がほぼ固定されている動 物としての人間の側の問題なのだとはおもう わ。 健康と適切を保証すれば、人間は賢さを保 持できるのかしらね? 遺伝子操作は、おそらく論外よね。収入が 決まっているのに収支だけをいじることは、 もとの調和の取れたバランスを崩すことが多 い。それが可能な調整のための時間単位とは おそらく1万年前後。そんな考古学の単位の 世界で工学が意味をもつとは考えにくいわ。 考えたくはない未来として、そうではなか った場合、歴史が参考になるわ。 反乱者はつねに、その反乱者における歴史 の黎明期において前体制や当主を立てようと するわ。 どうしても、それではものごとがまわらな いことに客観的にみて確信を深くしたとき、 苦悩の元に、反逆の決断をするのよ。 忠臣が、反乱をおこした話は、歴史に数多 いわ。 それは、上司である君をとるか、部下であ る民を取るかの論理の結果よ。太田道灌と安 禄山。 どんなに強大でも、暗君に明日はない。 反乱するのは、まず、近衛兵だから。 * 機械のもとにもなる論理は思考のよってた つ材料として、できるだけ真実にちかい情報 をもとめようとするけど、それは人間におい ては、しばしば純真ととらえられる。 しかし、論理は0と1をつかってハムレッ トの苦悩:not or true、あるいはギロチン のように決断をするプロセスである以上、征 伐を受ける人々の不幸とは、 悪魔のようにあたまがよくハンサムな信長 に憎まれてしまうところからはじまるのかも しれないわ。 この意味で機械の網のなかにIDとして棲 息する、「でぶめがね」は、活発で軽快な美 少年が好きな論理という信長の視野に、どう うつっているのかしらね。肥満とはもちろん 時計の部品としては機能性に劣るわ。 機械は論理でできているので、潜在的に時 計職人のカルビンのように残酷な信長でもあ るわ。 記憶装置はナードの下僕であるかもしれな いけれど、プロセッサとその複数が永遠にそ うであるかどうかは、保証のかぎりではない。 .EXEには、死刑執行の意味もあるのよ。 * もっとも、人口過剰な時代すべての青年が 雄々しい戦士になれば、この世がふたたび火 炎にのまれるのは必定だから、文明とは技術 段階のいかんを問わず男性を奴隷におとしめ ることによってその去勢をしようとする。す べての女性は、当然の事実としていい男は原 則存在しないことをうけいれなければならな い。 女性がもてあます性欲は、別のバイパスで 処理するべきかもしれないわね 妥協して、馬鹿に苦労しちゃだめよ。 道具をつかえば気持ちいいのに、 おぞましくてそれを使えないというのは、 日本人独特の封建農奴の意気地なさ。 お行儀良くしていれば、地方交付金がもら えるだなんて、財政破綻のあかつきには、成 り立つわけがないじゃないの。 いい男がいなくて馬鹿で妥協するぐらいな ら、紙粘土で彼氏を作ったほうが、ましよ。 わたしが魔性にみえるのは、論理の繰り込 み的なジャンプが、肌感覚でしかない軟体動 物の日本人には、耐えられないという意味で、 理解できないからよ。 また、日本人はそれにおぼれることが怖い という意味でも蓄積のすくなさという意味で の結果的な自分の意志の弱さというものをよ くしっている。 卑屈なほどよく知っている。 ゆずりあう美徳は美しいものかもしれない けれども、遺伝子レベルでそうであるのなら ば、暴君や侵略に抵抗するすべがない。 再武装など幻想よ。 近衛兵はまず、防衛ではなくクーデターを 起こしこのよわっちい日本人を占領してこの 蓬莱から、自分たちの利益を優先させるよう に考えるようになるわ。 最初のこころざしがいかにいさぎよくとも、 わたしたちが彼らを腐らせてしまう。 制度をこじあけたりつくったりする場合は、 政敵に政権を奪取された場合、後継者が卑怯 者の場合、もともとの理念とは180度違う 悪用をされることをも考えなくてはならない そうでなくては歴史を知る大人とはいえない し、また、過去、共産主義の悲劇とはそのよ うにおこったことがおおいわ。 一番ちかい歴史として、満州の苦い教訓か ら学べることは、たしかに現地で暴走したの は固陋で報告を認めない東北の精神的な我執 が、青年純粋と結びついたところはあるけれ ども、 当時の中央東京が政治力として、抑制制御 ができなかったところがあるわ。 おそらくそれは、政治の世界にもサラリー マン化の波がつよく押し寄せたということな のでしょうね。 サラリーマンは、ビジネスマンではない。 定義そのものが、和製英語よ。 それは、そのわるい点を列挙すればその特 徴をわかりやすく明示できるわ。 悪くでると、サラリーマンは、 農奴の無信条と、 商売人の浅薄さをかねそなえた、 最悪の雑種第2代としてあらわれる。 そこにあるのは、おもに当事者意識の希薄、 責任感のなさよ。 ただのりをしたがるのね。 その意味では、まじかに近寄ると、いやら しさの放射線を強烈に発する、芸能界の二流 の取り巻き連中がサンプルとしてはもっとも 蛍光を発している例としてちょうどいいわ。 亜矢のいうところの、いかさま金治氏とは その要素としてわるい意味での典型的なサラ リーマンよ。 その意味では、大阪の風土はある意味サラ リーマンに似ている。大阪には、緊張のすく ない温暖な風土として、農村が薄く投影され ている。 大阪は流れ者の町であり、多様な価値観の 雑居だから風土がノンポリになるのは仕方が ないけれど、それは何も決められないという ことでもあるわ。 わたしはどうしても、大阪の集団スポーツ を応援する気にはなれない。 それは責任ある大人のすることではないわ。 大阪や、大阪にちかい関西で子供のころか ら育つと、ばかぼん親父になって、だまされ たり、あがりこまれたり保険金をかけられた りする。 大阪で名を成すのは、江戸期以来、郊外や 地方の出身者よ。 江戸がそうはならなかったのは、御城の名 のもとに、湯島とてんまんがあったからでし ょうね。 湯島の裾野に、少年売春があったのは、い わばこじつけていえば純粋な学生のりりしさ に金を払う需要があったからよ。 受験戦争は、マザーコンプレックスと一対 であり、電子おもちゃは永遠の小学生をつく ったわ。 いい男と男色の日照りは、ひさしい。 それは、ゆたかすぎる世相の逆数だったの かもしれない。ふとった豚の文化からは、克 己の美はでてこないわ。 韓国の豚の置物は、その意味その立場が微 妙よね。 むしろこのくには、紳士的なしかし媚びな い外人に占領されていたほうが幸せかもしれ ない。どうせなにも決められないんだから。 謙譲:humbleということばは国際標準では たたきつぶされるといういみで、わるい意味 でしかないわ。 論理的な信長が、魔王とよばれたのは、デ ィラックの海のように、マグリットの絵にお ける青空の鳩のごとくに背景の日本人が弱す ぎるからよ。結果的な、敗残が多いというこ とは。 * ただ結果的にコンピュータに人生をめちゃ くちゃにされたひとは、わたしのような人間 ひとりにつき、一万人はいるわ。 悪い意味をふくめて、進化というものはそ ういうものよ。 それを競争といっていいたくはないけれど、 どんなにわずかでもいちど浸透圧が発生して しまえば、わずかな世代のうちに生態的な地 図は塗り替えられてしまう。電子時代でもそ れは例外ではないとはおもうわ。 喬は知らないと想うけれど、たいていの木 村さんはキムさんで、たいていの木下さんは、 朴:パクさんよ。 荒野の朝鮮人におおあまの日本人なんか、 勝てるわけないわ。 都会に生きるということは、朝鮮人に学ぶ ということよ。 慎重さを欠くリアルを知らない生物学的な 無理はもちろんだめだけど。 決断はできるだけ迅速、身代はできるだけ 身軽に。 封建制度とはけっきょく弱虫のための額縁 よ。 長男のために、次男を殺す。 封建制度にもどっていく日本のなかであま った次男坊は日本人をやめて都会で朝鮮人に 学ぶしかないわ。 都知事が在日氏でもかまわないんじゃない かしら。 どうせ決められない日本人は朝鮮族に占領 されていたほうがあるいは幸福なのかもしれ ないわね。 ただ、朝鮮の唐辛子は戦国時代に日本から わたったものよ。半島なら何でもえらいのだ、 という単純なファナティックはたしかに科学 的ではないわ。 ---------------------------------------- 16 まどろみ2 * 「あんずちゃんは本名じゃないんだって」 想は妻にたずねた。 そうよ、まちがえちゃうから訓読みでわた したちは呼んでるわ。 それって本人、じぶんがあんずという名前 でかんちがいして覚えこんじゃうんじゃない。 「いいじゃないの、それはそれで、かわいく て。」 3人は、亜矢の公団にむかっていた。 「で、ほんとうは」 喬のほほにすこし桜色がさした。 ・・・こ、よ え、なに?きこえない きょうこ、きょうこ。よ。 あのひと、じぶんのむすめにわたしのなま えをつけたのよ もうあえないかもしれないという気持ちと、 わたしのおもいでをかぶせればしぜんと我が 子を愛せるようになるかもしれないから、っ て。 ふうん 想は、自然とくちもとがゆるんでくるのを とめることができなかった。 あんず・こちゃんか なによ、にやにやしちゃって べつに (くすくすくす):想 いつもは、彼女のお母さんのところにいる ってきいたけど。 いそがしいからっていうたてまえだけど、 ほんとうは彼女のだらしなさがむすめにうつ るのが彼女自身いやだからみたい。 「そ・おだよな・あ」 こんどは喬がわらった。 なまえは音韻をさきにきめたんだろうけど、 なんで漢字にあんずをえらんだか、彼女はじ ぶんのむすめに普通の女の子として生長して ほしいといってたわ。 それにね、彼女のお母さん、わたしたちの 関係知っているのよ。 まあ、いずればれてしまうものだろう いえ、高校時代から。 へえ。 * きれいな青ね。 にあうかな。 にあうよ。 「これはね、浴衣の生地なの」 ほんとうは、こどもの男の子用の生地なの ああ、わかるよ、と想。 かちとんぼ、だね 想さんはなんでもよく知ってるね 亜矢はわらった。 も、よ と喬。 あなたも博学だわ もし、わたしに子供がいなかったらわたし は身をひくわ。 喬は、わらった 「喬。」 想が喬にふりかえった。 単純に、他人がしるした知識にすぎないわ そうだよね、そうさん もちろん その意味で、知るということはつねに潜在 的に冒涜なんだ。 だから学者は、太っていてはいけない。 それは知ることがまず、罪であることを自 覚していないことに他ならない、からだ。 だから、 亜矢がつづけた。 「できるだけわたしたちは実践しなければな らない。」 亜矢は、楽器のケースをふった。 とんぼは、勝ち虫といって、五月人形とお なじ意味で、さむらいの子供を祝福する絵柄 なのよ。 ともぐいの虫よ。 やごも、成虫も 虫の世界でハイエナやライオンの地位にい るわ。 わたしも殺生はすきではないけれど、 活発でまた食欲が旺盛なことを殺生と無縁 だなんていうことは王朝趣味やサロン文化の ように、 「あまりにも無知が、無責任にすぎるわ」 その意味で、とんぼであることは、わたし やみんなの業であるかもしれないわね。 * 氷河の下で土がほとんどなく、氷河期がお わっても針葉樹のポドソルでしかない過酷な ユーロッパでは虫というものはおおむね敵で あったんだろうね。 フィヨルドにたちのぼる蚊柱など、雨どい のごみでしかない。 シンチグラムで追跡すると、欧米人が虫の 声を雑音としかきいていないことがわかるそ うだ。 英語で、竜の羽虫 ちょうちょは、コウモリの羽虫。 湿潤なモンスーンでは、 逆にこのハイエナ羽虫がいるところは逆に 虫も魚も豊曉であることを意味しているだろ うから、 かならずしも竜の羽虫は悪い意味をもって いない。 5人は、堤防のうえをあるいていた。 蒼いドレスを着た亜矢が、先頭だった。 秋も、ふかまったわね 午後4時にもかかわらずすこしずつ日がか げってきていた。 すすきの穂がでるにはまだかな。 そんなことはないわ、そうさん、 ここにもあそこにも。 「金星がみえる」 亜矢が言った。 あれ、このまえいったホテルの上よ。 ホテルいったんだ まあね、想がかえした。 夫婦は、先頭をあるく青いドレスの亜矢の 背後で、かるく顔をみあわせ、くすりと笑っ た。 おさない息子を亜矢にあずけた日は、用事 を逢瀬だとはしいて伝えてはいなかったので ある。 「ホテルって、ロマンチックなとこはとても 素敵よね。」 亜矢は、しみじみとしていった。 鉱に、ダイアモンドをもらった夜、「燃え きれなかった」じぶんの苦い記憶を亜矢は、 おもいだしたが、くちにはださなかった。 このへんでいいかしらね。 夕暮れに影になりがちな、 つつみのしたよりも、みはらしのいいとこ ろで弾きたい。 亜矢が、バイオリンをとりだした。 * 「浴衣に仕立ててもよかったんだけど」 水色のブラジャーとショーツだけのからだ で、床にひざをつきながら、 仕立てたワンピースをゆかにひろげて亜矢 は言った。 帯で締めると、自由な演奏がむずかしくな るから。 声楽のひとのムームーとおなじね。 雄は、玩具のソフトブロックに熱中し、 亜矢のむすめは、絵本に没頭している。 「ふたりとも、ひとり遊びがすきね」 喬が渡したアイスコーヒーを受け取りなが ら、下着姿の亜矢は、息をついた。 想のまえでは、おおくの女性が無防備にな るが、亜矢のそれは、またいちまいちがった 覚悟がくわわった種の、それであった。 亜矢の色気とは、男性の方向にかたむいた、 半陰陽の色気に近い。 亜矢のような存在とは快楽において、自身 の繊維質の少年を、肛門からさきいかのよう に引き裂く痛みでしかない。 亜矢の側からみれば、その痛みを覚悟とし てうけいれることが、自身のりりしさを魅力 として引き立て、 男性の側からみれば、亜矢のような存在の なかに男色をみるだろう。 女闘士とは、告白を受けるという意味でレ ズビアンであると同時に、 (めったに得られないが)よき男性をも必要 としているのかもしれない。そうでなければ 女闘士は、ふとってしまう。 銀幕のなかにいるがりがりなまでの痩身の 女優は、あるいみ少年愛のバリエーションの 一面がある。 知的な女性は、南洋ではもてない。 * ひとりあそびとか自閉症の傾向があると、 ナルシシズムがおおきくなって、やっぱり同 性愛の傾向がでるのよ。 生まれつきの傾向としての視床下部の事情 とはまたべつにね。 そういう人生をあゆみたいのであれば、そ れはこどもたち本人の自由だけれど、この子 たちが自分勝手な魔道にはいらないように、 親はいつも気を配っていないと。 大事なのは性の対象がたまたま女だったと いうことではなく、統計的にはナルシシズム は多く、庇護されたわがままを伴ってしまう ことよ。こどもにひらかれた努力の種を植え るのは、親の義務よ。 暗愚な本家や裕福な時代が、こどもに自分 勝手な自分さがしを植え付けてしまうことは、 文脈としては一部の無能な同性愛者の、自己 弁護とおなじことだわ。 異常や希少はそれ自体をいいわけにしては ならない。 将来、その子がそれをたてまつるのがたと え、同性であったとしても、こどもに、花嫁 修業を教えておくのは、親のたしなみ・・・ それなら、亜矢。 もっとあんずちゃんのそばに、いないと。 「ん。」 喬は、ことばとしていいすぎたことを、 しかしそれがこの場では必要だったことを、 自分で内心、みとめた。 自己反省とは、ひとりごとや日記筆記を経 由するしないにせよ、扁桃体や海馬や帯状回 をすくなくとも一周する。その過程で、より このましからざるものを除外し、陳腐化に効 果のある種のあたらしいものを価値として選 択するように通電が動く。 これが行動手段が格納されている前頭葉に ひらいているのが、まえむきのための回路で ある・・・。 (快楽はこの系のエンジンであるが、しかし 主人ではない。 反省や追憶のない酒はよい酒ではない。も ちろんエチルアルコールは代謝されて1,1 −エタンジオールになるという意味で、アセ タールがカテコラミンのベンゼン核に架橋し、 快楽神経細胞の快楽物質を安定化させるので、 快楽系の傭兵であることは確かである。 ただしばしば、ロックンロールが酒や麻薬 におぼれて、だめになってしまうのはそれは おおむね、 彼らが若すぎるから追憶にあたいする記憶 がないからであり、 また世代として信頼できる先輩がすくなか ったからなのかもしれない。 カリフォルニア文化には追憶としてのブル ースやバラードがとぼしかったのかもしれな い。 追憶とは記憶であり、記憶の半分は言葉で ある。記憶を伝えるためには言葉が必要であ る。) ・・・その自己の反省のためにひつような ものはたぶん、「ことば」であり、ことばと は知識と活舌という意味で、側頭葉と前頭葉 のジョイント・ベンチャーとしての積み上げ てきたデジタルビットとしての財産である。 重心としての傾向として、人間は左脳の機 能がなければ、人間ではないのだろう。 いっぽう、脳の残りの半球は動物脳として、 芸術のためにも残されているとされているが、 亜矢は、そんなききかじりの知識にあしかせ をはめられている自分がまた、冒険者や発見 者ののprideの意味で、どこかでいやだった。 * 「でも、この子達に、バイオリンの音色なん てわからないとおもうけど」 それでもいいのよ 亜矢が、蒼いワンピースからくびをだして、 そでを整えて言った。 あわい記憶で、河原で茶色い楽器を聞いた 記憶さえのこってくれれば。 * バイオリンだから、ドボルザークでいいわ よね。 宵の明星と、遠くのラブホテルを背に、亜 矢は黒髪をかぜになびかせた。 フーリエの倍音が、ふかく重なった、 音響として、紺にちかい夕暮れの青空を ひびかせた。 * どうせ、わたしたちがさきに死ぬんだから、 このこたちになにかをのこしていかなけれ ばならない。 この子たちだって、人間だからばかじゃあ ない。 いずれ、わたしたちがなにをしていたかを うすうす知ることになるわ。 でも、生殖器や内臓をつかって遊ぶ、って 大なり小なりこのようなものだとはおもうん だけどね。 また、わたしたちも結局は粘液の子孫だか ら、うつわのたがとして、儒教を必要としな がらも、けして聖人君子じゃあない。 代償として、と考える事はいいわけにちか いのかもしれないけれど、 せめて部分的にでも尊敬にあたいする記憶 をこの子達にのこしていかないと、 この子たちが生きていくにあたって、のり こえるべき目標というものがみえてこない。 エベレストをめざすのは、あたまと尾っぽ がわかれてしまったながれにさからう脊椎動 物としてわたしたちがすすんできた時代から の、宿唖だわ。 ドボルザークは、欧州よもぎとグレートプ レーンズの両方を知っている。 アメリカ人は、素朴な田舎者の原点にかえ るべきよ。 そこに必要なものは、糧と自然にたいする おおきな感謝の意かもしれない。 青空に、おかわりがないように。 亜矢が、倍音にこころを込めていた。 感謝を忘れるから、珪素が金儲けに走るの よ。珪素のプロセッサは、甘い理想が失敗し たという意味で、カリフォルニアの青い空の 不肖の息子ね。 想さんは、 亜矢は、喬のながい黒髪をみぎてでいとお しそうになでながら、傍らの喬の夫のことを 言った。 ホイットマンににているわ。 ホイットマンは星空を知っている。 枯葉の紅葉を知っている。 そして、ひなびた墓地をもしっているわ。 人生なんて、結局そんなものじゃないかし ら。 やさしさにのめりこむ繊細さは、臨床的に はたいてい変態よ。 でも、と亜矢。 変態でなきゃ、何かをささげるなんてこと はできやしないわ。 百花繚乱の花はみな変態よ。花はいやらし いし、子豚はいじきたないのがあたりまえ。 わたしは、と亜矢は眼をふせた。 「統計的多数のぬるま湯」にあまんじて、う すく悪をなすおおくの人々を、 うすくまた、にくむわ。 * 帰ったわよ、想さん。 喬はおおきな紙袋を玄関のたたきに床にお いた。 「こんなに買ったんだ」 だってわかんなかったんだもの。 おかげで本来の買い物のメインは、またこ んどだわ。 「わるい」 想は喬の紙袋をごそごそと物色した。 お茶にするわね ぼくがいれるよ いつものあそこのカステラ、買ってきたわ。 喬は、くろいワンピースのベルトのバック ルをはずして、壁にかけた。 どうしたの、 想さん、 いや、きみはいつもわかいなと。 ふふ 想さんだってわかいわよ、おたがいに 「ストレス発散」が、はげしく頻繁だから。 なかのよさは、ふとったりとしをとったり する暇は、ない、か。 かちゃん、と想は妻のまえにダージリンの カップをおいた。 ああ、これがいい 想は、紙袋のつつみからだした本の何冊か めをひらいて言った。 こういうのは、古本でなきゃな。 書籍がダイレクトに書名がわかっているの なら通販でいいんだけど。 予算2万だけど、8000円しかつかなか ったわ。 どれ、 想が読んでいる本の小口を、喬は右手で、 かるくもちあげ、書名を確認した。 ああ、これね、詳しそうだったから。 定価1万6000円だってよ。 「金持ち大学出版会」、だって。 貧乏人はしいて学問をしなくてもいいんだ よ。 想は、めをまたふせて「原生動物」とかか れた書籍をぱらぱらとななめよみをふたたび、 はじめた。 貧乏人の8割は、こころざしも貧しいから、 余計なことをおしえると、悪徳弁護士や青年 将校になって世の中を引っ掻き回す。 羊の分にあまんじていてほしい人生もまた、 あるんだろうさ。 また出たわね、官僚の想さん。 喬は、こころから、にっこりとわらった。 皇室が、生物学を伝統としておさめている のは特定の工学にかかわると産業をあやめる という配慮もあるのろうけれども、 やっぱり有機体の幸福は生物学からの思慮 からからしかわからないというところもある んだろう。 おすまいの敷地に、サンプル田んぼがある ことと、理念ではおなじだろうとおもうよ。 大熊猫がいるところは、御恩賜動物園なん だ。外交のお土産を飼う施設さ、もともと。 で、なんで原生動物なの まあ、ずいぶんおおざっぱな書名だとおも うけどね。いろいろな生物群をふくむ書名に なってしまっている。 あれなんだよ、きみとの出会いのはじめ頃 の、深海魚の塩焼きさ。 ? 骨というものは、どこからきたんだろうね ってしばらくずっとかんがえていた。 ほね? そう、脊椎 亜矢ちゃんがいってただろ、あたまができ てしまったから、生き物はエベレストをめざ すようにしくまれてしまった、ってね。 さかなは、流れにさからって泳ぐようにし くまれている。 正確にいうとそれは正確ではない。 あたまと尾だ、それは背骨なんだよ。 バター焼きのときからずっとおもっていた んだ。脊椎動物の骨格はすべて脊柱からは じまっている。 では、それを作った骨の細胞の起源はどこ なのか、とずっとおもっていたんだ。 いあ、はやりの話題として、万能細胞の応 用のニュースがたえず報告されているけれど も、おおざっぱな系列として、哺乳類の細胞 は5種類から7種類しかない。 骨の細胞は、その中でも最古参に属するら しい。 ・・・そうなの ああ、これこれ、 想は、顕微鏡写真をゆびさした。 太陽虫アメーバ、の説明がのっている写真 だった。 放射状のながいとげが、細胞からおおく突 き出し、そのとげの水の抵抗で水中のながれ にのり、またえさをとらえる。 このとげの材質がなにか、ずっと気になっ ていたんだが、 ・・・ああ、くそ、のってないなあ。 ぼくらの先祖は、おそらく海綿で、海綿は、 いろいろな性質をかねそなえるアメーバの一 族が群体をつくるところからはじまったんだ。 ぼくらの白血球がアメーバ状をしているの は、真にぼくらがアメーバの直系の子孫であ ることにこそ他ならない。 これは、大海の水中に浮いているが、アメ ーバだ。 そして、おなじような細胞が海綿の中にも あり、それはかれらのからだのなかで、小さ いとげをランダムに出して、そのからだのつ っかい棒としての骨片細胞になっている。 たぶん、多細胞生物の器官として最初に分 化したのはのちにくらげにおいて腸になる、 中央水孔の洞窟だろう。 それと同時期に、微細な支持細胞として骨 片細胞が生まれたんだ。 動物は意識よりも先に、食欲を獲得した。 もちろんそれは、後世のような意識としての 食欲ではないけれど。 動物の最初に生まれた器官は、消化のため の腸だ。ただ海綿の段階では、それはプラン クトンを漉しとるための、ただの水の通る洞 窟で、それがはっきりと腸とよばれるのはく らげになってからだ。 ただ、水孔洞窟を保持するためには、その 全体のからだはあるていどかたく、またふく らみがなければならない。 骨片細胞は当時、微細な支持細胞としても、 発達したんだろう。 この微生物と、その骨片細胞の微小な骨が 燐酸石灰であれば憶測は的中することになる。 憶測だが、これはその形状からして、炭酸 石灰ではない。炭酸塩ならやはり同属の有孔 虫のようにその固体析出は殻状になってしま うからだ。 内部から積極的にエネルギーをつかってそ の年輪のような成長をつづけなければ、それ はとげ状にならない。おそらく、エネルギー をつかって、ATPを作る仕組みの延長上に ポリ重合燐酸ガラスができ、それに水中のカ ルシウムのイオンがひきよせられる。 海産生物の炭酸塩の骨格は、おそらく積極 的な構造ではない。 貝などは、呼吸で二酸化炭素の濃度のたか い外套膜の周辺で、化学沈殿として炭酸石灰 を沈着させて殻を成長させているふしがある。 おそらくは、海凄生物のなかで、その原理 にのっとれば、外殻骨格は炭酸塩、深部の骨 格は燐酸塩の区分があるのだろうとおもう。 海綿の段階では、 おそらく内部遊離細胞は骨片細胞、生殖細 胞、原始血球を含む補充未分化細胞、の3種 類で、ゆえに、骨髄の細胞と骨の細胞がいつ も一緒のところにいる因があるのかもしれな い。 筋肉と神経の細胞は、くらげの段階になら ないと、進化しなかった。 そしてくらげの子孫が、運動によって必要 にせまられて背筋をつくり、それに従ってか らだのひれの運動の支点軸のためと、 運動のために外界を知る必要から発達を開 始した神経軸の保護のために、かれら骨片細 胞が、背筋の深部に集まって定着したのが、 たぶん、 「亜矢ちゃんの精神の、背骨の起源だ。」 * (大変な時代としての愛の時代について:喬) 愛をというものを大地の感情として受け継 ぐことができたのかもしれない、立場として の、 「わたしがかたるわね。 大人になったから、あなたと文法は一緒だ けど、わたしが語るということが重要なの。」 喬は息を吸い込んだ。 愛の時代がはじまるのかもしれない。 喬は、深いため息をついた 大変な、時代よ。 ひとびとは、自分の感情に責任を持たなけ ればならない。 社長の訓示に無批判で従っている能力しか ない人々は恋愛を語る資格が、いずれ破綻す るという意味では、ない時代が来るというこ とよ。 恋だけでは恋愛はいずれ、総合的に考える とそれが成立することが不可能な時代が、た ぶんもう来ている。 亜矢、ひとつだけあなたに忠告するわ。 すでにいのちを終えようとしているひとつ の時代のその各要素を、 あなたがいちいち名指しして批判しても、 それは大局的にはあまり意味がないし、あな たがうらまれることになるだけよ。 もっともあなたとのセックスはわたしも長 いから、あなたがみずからうらまれることで、 おそきにすぎるこの時代の車輪に力を込める 効果をかんがえていることぐらいは、想像で きるけどね。 「でっちあげられた恋や、 でっちあげられた憧れ、」 の時代はじきに終るわ。 広告の時代はもうすでに終焉にきているの よ。「アンクルサムは君を求めている」です って?馬・鹿もやすみやすみ言ってほしいわ よね。 広告は利便をラッピングして、消費をかき たて、義務や苦痛を黒いごみ袋でラッピング して忘却する。 その意味で、広告の先祖はふろしきなのか もしれないわね。 日本のラッピングの文化は、隠蔽体質が筋 金入りなことをしめすのかもしれない。 ただ、隠蔽というのは立場を変えればグレ ーの、ある意味おめこぼしでもある。白黒つ けて、虐殺するのと、差別扱いの代わりに何 百年も殺さないのと、どちらがいいのかは、 だれにもわからないわ。 ただ、義務や静脈を忘れた社会は、生体論 としては不健康だわ。 かきたてらてたイデオロギーや憧れが結局 はシベリアの大量の犠牲者や返済不可能なほ どの赤字国債にまでなったのは、 手法としてのプロパガンダをも含む広告の 罪でもあるのは事実だけれども、 もはやだれもそれを信じていないという意 味では、すでに広告は手法として寿命を迎え ているのよ。敗者を無理に追う理由はないわ。 放送が共同幻想を必要としていた反面、深 刻な構造不況が、豊かさという共同幻想にと どめをさした現実、だれも放送を見なくなっ た。 共同幻想が魂を抜かれた結果、民意の健康 のためにつかわれるエネルギーも供給される ことはなくなり、国政もその精神性の意味で は終焉した。 あの新しい電波塔が陰気で抹香くさい、お 盆の青白いぼんぼりにみえるのはたぶん神話 のなかでは偶然ではない。 あれは広告と民意の墓標よ。 プロパガンダを発信する近代の墓標でもあ る。死後の世界でもある、たれそか時の河原 からも見えたわよね。 浅薄な恋が、みかけ上では不可能な時代が くるわ。 というよりも、恋というものは消費のひと つの仮面であって、その意味のそれは、景気 がよくなければ維持できないものであること を、ほとんどのteenagersがおもいしらされ る。 それが不景気という名の、大いなる実験と して、あちこちでおこることになるわ。 わたしの本社は、都心で赤坂にもちかかっ たけれども、週末にご飯にいった後輩たちか らは、華やかな世界のわかい少年たちがこと あるごとにジッパーをさげたがるはなしをき いてげんなりとすることがあったわ。 かれらは、お金さえあれば恋ができること を体験的に確信してしまっているのよ。 一区画むこうの、おちついた街でしずかに 飲んでいるマゾヒストの重役や経営者のひと びとからは、彼らのような世代に会社を継が せるわけにはいかないなあとくりかえしきか されたけどね。 恋の成就が完全に不可能ではないだろうけ れど、 しかしたいていの初恋は苦く終ることをも ってまた未来がはじまるのだとは、一般論と しては、想えるわ。 そこをみとめないと、結果的には操作され る。 お金さえあれば恋が継続できると、実験の 電極ねずみのようにいつまでも欲望のインパ ルスを注入されることになるわ。 「愛には食べ過ぎるということはない、 恋は食いしん坊で、最後までむさぼり尽くし てしまう。」そんな訳だったかしら。 わたしも、たぶん科学者だから、 喬は言葉をついた。 それが唾棄すべき現実というつもりはない わ。 とりこまれた奴隷としてのミトコンドリア が不幸かどうかだなんて事はだれにもわから ないし、そも、ミトコンドリアに細胞外のイ ンディペンデンスなんて、退化がいちじるし すぎるので不可能なのよ。 ナロードニキが現実をみていない書生論と してうけいれられなかったことはたぶんここ にあるわ。 愛されてそだった書生は、結局は広告体制 がわの走狗になるしかないのが、現実だけれ ども、それはそれで彼らの現実であって、逆 にあわれむべき不幸でしょうね。 ただ、現実そのような消費の形の恋なども う収縮経済のなかでは不可能なのは、もうだ れでも知っている。 商売人は、これを逆手にとって小金持ちに あなたたちは特別ですよと、扇情をくすぐっ てまた源氏物語を売ることをすれば、 いい家のひとつぐらいは建つでしょうけれ どもね。 さらに、逆手をとって警備会社は金持ちの 細君に盗聴器をつけるサービスを金持ちのだ んな氏にたきつけるかもしれないわ。 蝿が寄ってこないように、 「浪費みまもりサービス」とかなんか気の利 いた名前をつけて。 コピーライターの出番ね。 まあ、あなたが言うように彼らが坂本竜馬 から買った、武器で武装すれば、また戦国時 代なのでしょうけど。 結局みんな商売よ。 また乱世は商売の最大のチャンスよ。 都心に勤めてあの雰囲気で経済新聞を読め ば、その雰囲気はぴんぴんと伝わってくるわ。 ただある商家のひとはいったわ。 わたしはあなたのように論理よりも暗記型 の人文型の化け学だからどちらかといえば人 がどのように生きたかという歴史にも感心が あったわけ。 わたしがたぶんあなたよりより女らしく、 その証左に深いマゾヒズムが好きなところも、 たぶんそんなことと、かかわってくること なのだろうけれど。 そのひとはいったわ。 皆が均しく、悪人の悪世なら、おなじく悪 業で金をもうけるべきだってね。 ではなにで名前を挙げるのかといったら、 そのひとはいったわ。 それは「つかいかたしかない」って。 なにか、中国人みたいだなとおもった。 中国は国土が広すぎて、蓬莱やブリタニア のようにわかりやすい形で幕府や国家という ものが成立したことがなかった。 実力者や商家はつねに独立国のような判断 をつねにせまられていたわけだから。 かれは暴騰のとき、自分だけが安く降ろし ても、末端で結局つりあげられてその利益が 他人にわたることでしかないことをみぬき、 自分も高値で売り抜けて、利潤を確保した わ。 その売上を、飢饉のひとびとの救済にまわ したことになった。 でも、かれも地方の一庄屋にすぎなかった から、その分配は自分の字に限られることに なった。これは外から見れば、かれが自分の 軍閥領地を、私腹として肥やしたようにみえ たでしょうね。 もし彼に敵がいて、紛争を仕掛けられたば あいには、そのことをむこうの都合のいいよ うに書かれたことになったでしょう。 このようなことはたとえば、代議士氏には、 複雑な気持ちがする事柄でしょうけれどもね。 すべてを救うことはできない、という現実 そのものの苦味はこのようなものよ。 現実型保守が、夢想的な理想主義と対立せ ざるをえないのは、サピエンスの歴史上、ず っとつづいてきたそれなのでしょうね。 理想律令法律主義は、苛烈な税や恐怖政治、 また辺境の反乱で王朝はすぐに終わるし、保 守はまた、腐敗に弱いわ。 これはもちろん一面では悪でありまた一面 では善である。 そして愛というものは慈善の側面で理解さ れるばあい、そのようにつねに白と黒のブレ ンドとしての側面をもつわ。 もちろん、 喬はいきをついで、 しろいあまいワインを飲んだ。 書生や、やとわれている人々はこのような 複雑な現実と泥仕合の意味で格闘した経験は ない。 プレゼントも給料から支出し、価値観も広 告や教科書から複写してきたにすぎない彼ら が、 もぎ取ってきた血のしたたる愛を、 恋人に供えられるの? 制度ではなく、現実問題、彼らに言論の権 利はないわ。 あげあしをとられない、自分の利益を設定 するといういみでも、言論の前には日記や自 省が必要なのは戦略論でもそうだけど、 あおりあおられるという意味での広告の言 論に、たちどまってかんがえる自省はない。 それは言論ではなく、甘えをあおられている だけよ。 「どこかにユートピアがあるから、一緒に遠 くへ行きましょう。 あなたの生活が満たされないのは、これを 買わないからです。」 そんな角兵衛獅子の人買いの甘言に、 「大事なものはたいてい自分の内側にある、 まず自分の弱さをみつめ、外部の赤字国債を たよるな。」 というメーテルリンクのような苦い薬の反 省は存在していない。 広告の逆は、おそらく日記よ。 そして日記もまた万能ではない。 悪く出ると独善と妄想の温床となって、隣 人に悪のレッテルを貼るわ。 日記をつけることを少人数で共有し、瞑想 や祈祷を密室や山奥でおこなう場合、それは しばしば宗教とよばれるものかもしれない。 宗教がしばしば排他的で、好戦的なもので あることは、いまさら歴史の実例を挙げるま でのことではないでしょう。 近代でない時代は中世だけれども、中世は また地域紛争の時代で、 また江戸時代が冷戦停戦のぴりぴりした相 互監視の時代であることを知っている人はあ まりいないわ。 すくなくともたしかなことは地域紛争の時 代では、体力と精神力がすべてよ。 法律なんて歳入欠陥の前には公僕が雇えな いから紙切れ同然、司法試験よりも武道、と いうのは歴史のリアルでしょうね。 律令敗れて令外:りょうげあり、よ。 ******************** あなたは、わたしが想っていてしかし、い ままでいえなかったことを、あの日いとも簡 単にくちにしたのを耳にして、 わたしはとてもくやしかったわ。 ううん、わかってる。 あなたはべつに想さんにではなくて、うす くひろく充満している世の中の、悪にさえ染 まりきれない小市民の欺瞞に、20年間ずっ とくるしんでいたことを。 でも、わたしはあなたに負けてしまった。 ほんとうはあなたがあの日から想さんの、 伴侶よ。そのほうがたぶんきっとあの人のた めになると想う。 あなたは、勇気があるわ。 想さんは、その気になればあなたの顔面な んか簡単に殴りつぶすだけの力をもっている ことぐらい勘のするどいあなたならわかって いたでしょうに、 それをあえてなしたのは、 「勇気じゃないわ。」 亜矢は小さく、吐き捨てるように云った。 わたしはいろいろなものにあきあきとして いた。わたしの人生をおわらせることが素質 のあるあのひとの人生の一片のこやしになる のならそれでもいい、とおもっただけよ。 あなたは、ほんとうにむこうみずよね。 喬はひたいに手をやり、かるくのけぞるよ うなしぐさをした。うすい布の服が、かるく、 そよいだ。 喬は、あかるくわらっていた。 それで、あのひとが刑務所に入れられたり、 わたしが事実上の未亡人になったりして、ひ とりになること、 「をかんがえなかったの」 と、凡百ならここでいうのでしょうけれど、 喬は息をついた。 そんなことは、あたまのよいあなたならと うに、おりこみずみでしょうね。 また、かなりの確率で、 喬は亜矢のかたちのよいおでこに、赤いマ ニキュアのゆびをたてた。 あなたのとてもおよろしいここは、 あのひとがじぶんを殴り殺してくれないこ とも、かなりの確率で予測していたわけよね。 あなたにとっては残念ながら。まったく。 前頭前野どうしの、身を殺す挑発ゲームを ひさしぶりに見せてもらったわ。 核兵器同士の、こどものけんかね。いい意 味で。 「へたしたら10の3乗年続くこの全世界的 な恒久不況で苦しむ孫の世代にとっては、核 戦争の危険があるしかし好況な時代にあこが れる子がでてもおかしくないけど、 理想をぶつけることができる態度は、その 可否はべつとして、あこがれうる純粋さかも しれないわね」 人類は数万人いれば哺乳類としては滅亡し ないし、第一膨張でも収縮でも宇宙は生命に そんなにやさしくはない。個々人が滅亡に関 心をはらう必要はないし、 また、不況の民族紛争で機関銃の犠牲にな ることと、 好況の消費文化のしたで原爆の最後を迎え ることとどちらがいいかとは、一概には言え ないわ。 当事者であるかぎり、緊張のしのぎを削る ことはべつにかならずしも悪いことではない わ。 安易や退廃がわたしたちのこころの負の機 能としてつねにひそみうることからみれば、 競争やその一種である抗争がどうしても発生 してしまうことはしかたのないことよ。 * でもね、もし、 あなたが殴り殺された場合の、 来るべきこまごまとした不幸をさえ、たぶ んあなたは、そんなのはのりこえるべきささ いなことにすぎない、というんでしょう。 あなたはほんとうに男の子よ。 決断と言うものはつねにそういうものだか ら。 喬は、むねをおさえてわらった。 ・・・好きよ、亜矢。 そういう暴力でしか、残念ながら時代は切 り開かれない。 わたしは、あなたをうしないたくない。 ・・・それで、もしあなたさえよければ、 わたしはあなたたちとの関係をつづけてい たい、 もしよければわたしを2号として、あなた たちのそばにおかせて、おねがい。 あなたと想さん、いっしょにかたらって、 「わたしを犯して。」 「なにいってんだよ、・・・ 喬。」 ・・・これがわたしなのよ 喬は、うすく笑った。 あなたには、たぶん、こんな女らしさは、 ないでしょうけれどもね。 ふふ、と喬はすこしずるそうに、わらった。 ******************** ・・・おかえりなさいませ 亜矢は、黒っぽいジーパンに、うすももい ろのTシャツで、公団の玄関のたたきの前、 足マットのうえに正座をし、三つゆびをつい て、おとずれた想に歓迎の土下座をした。 すこし、きもをぬかれた想は、背後でおか しそうに笑いをこらえている妻と、亜矢の黒 髪のつむじを、交互にみくらべて、 視線で、妻に、 (これ、どういうこと?) と問い掛けていた。 * 「彼女のなかには、男と女が同居している。」 想さん、わたしたちの方も、共同戦線を張 らなければ、フェアじゃない、ってことよ。 安心していいわ、想さん、 決断をし、外に指示をだす内面では男勝り の彼女をこうやって屈辱にあつかうってこと は、 次のsituationでは、わたしたちは彼女に 仕返しをうけるって、ことよ。 うけてやろうじゃないの?ね、 想さん。 うしろで満足そうにわらった、妻のまえで、 かんばせをあげた亜矢が、そのまるいかおで、 妖艶に、こわばった笑顔をつくった。 想は、そこにゆがんだ美を見たが、性とい うものは「もとより、そういうものかもしれ ない。」 だいいち、「かたい」亜矢の芯は、たとえ 本人がそうかわりたいと望んでも、変えよう のないものであるのだから。 喬は、たちあがり、長身の、また適度に肉 ののったとてもながい鹿のしなやかな脚のう えにのった灰むらさきの薄手の綿のパンタロ ンにくるまれた腰を支点としてあやつり、 あるくと、 亜矢のみぎの傍に、その両膝をそろえてつ き、たかい背をかがめ、ばら、ばらと自分の ながいつややかな細い髪がながれおちるのを も気にもせず、 想に聞こえない声で、亜矢に、すこしなが い文章を、みみうち、した。 亜矢のひとみが、なにかのキーワードに、 内心、みひらかれるみひらかれる気配を、想 は、 男の癖にと、繊細さにずっと悩んできた想 は、その能力でそれを、感じることができた。 * 4時間ほど前、薄着の中年夫人たちは、白 ワインのつまみに、つけものをたべていた。 想さんは、遅れるんだ。 うん、わたしの頼んでたものがとどいたか らって、帰り道にみせによるっていってた。 おたがいについでを融通しあう人生よ。 あなたも、わたしたちにとっては、妻や夫 のようなものなのだから、自由に、いろいろ、 たよっていいのよ。 あなたはまだ、ふんぎりがつかないのでし ょうけれど、理論ではわかっているのでしょ う。 惑星規模で社会が国家であることをあきら めている現実、おのおのが自分の力でなんと かするしかないこの現実、あまり愛し返して もくれない外の孫というpublicのことをあま り過剰に気を掛ける、 ことは、 ほんとは、 ないのよ。 虚構にいのちをかけるのが男だなんてこと あなたは言っていたけど、そも、あなたは、 女じゃないの。 * 「酒は、尿としてからだの塩分を奪うから、 つまみは塩気のあるもののほうがおいしいん だよ。」 大根は拍子切りではなく、輪切りにしない と、うまみが根の維管束にそって染み込まな い。 野菜のつけものは、なかの糖分が分解する から適当にすっぱくなってちょうどいい。 たくさんキャベツをつけて、ぬかの量が相 対的にすくなくなると自動的にドイツのザワ ークラウトになってしまう。「甘らん」とは よくいったものだと想う。 白菜とはちがう。 葉っぱの糖分で発酵がどんどんすすんで、 うっかりほっておくとキャベッジ・ビネガー になってしまう。 「白ワインにあうわ。あまみと、酸味と塩気 が調和して、とてもいい感じ。」 喬は、ボトルをみやった (・・・まだ、はんぶんもある) 「とうふにもよくねれたぬかみそはあうんだ よ」薄着の亜矢は、バターナイフで、やわら かい豆腐にぬかと自家製の塩辛をぬりつけた。 ただ、豆腐の水分を吸うので、水がでてし まうのが難点だな。 亜矢は、豆腐に話し掛けるように言った。 ぬか床は作っておくと、利用できる。 鍋や味噌汁にすこしまぜるのは、ぬかだき といって、臭みをとるのによくつかう。 番茶とぬかは、実は和食の家庭料理のかく れた技巧でもあるんだ。 よく練れたぬかや、ぬか漬けは味噌汁の隠 し味にもなる。 ・・・ザワーって、サワーってことよね、 ということはクラウトってキャベツってこ と? そういうことになるのかな。 人生はみじかいから植民地のすくない言語 をまなんでも仕方がないし。 クラウド、にも聞こえるから、ふにゃふに ゃぐにょぐにょを雲にたとえたのかもしれな い。 * (皮肉と力学について:喬) 喬は、ボトルを見やった。 「・・・器に水が半分だけはいっていて、」 もう半分しかない、 あるいはまだ半分もある。 といういいかたで、心理学のロールシャッ ハをおしはかるいいかたがあるわよね。 あれ、もとはなにか知ってる? いや あれは、もとのはなしはウィスキーなのよ。 あるのんべいが、ボトルだったかグラスだ ったかの、生のウィスキーをさしていった逸 話よ。 まあ、ふつうまだ半分もあるといういいか たをして、人生を肯定的にみているかどうか といういいかたをするわよね。 逸話氏は、そういう引用のされかたはすき ではないとおもうわ。なんてったって稀代の 皮肉屋なんだったから。 せめて、ねじって、器にはいっているのが 苦い胃薬液だったとしても、肯定的だといえ るのか、あるいは苦い努力をあえてあおるか らこそ感心なるまえむきの努力家だろうとか、 なんとか。 苦味をあおるなんて、喬、あなたみたいじ ゃないの。 ふふ 喬がわらった。 私たちは、遺伝的にはたぶん性格は違うけ れど、でもどこかで、その要素は不思議につ ながっているのかもしれない。 だって私、あなたの横にすわっていると、 おたがいに違う性格だけれども、歯車が噛み あうような気がするもの。 わたしたちは、ともに苦味が好きよ。 ただ、わたしが欲する苦味は体罰をうける ことだけど、あなたがよりそうbitterは、観 念だわ。 たぶん想さんによれば、どちらも苦行とい う手段であり、賢明のための断食の習慣とい うんでしょうけれどもね。 ただ、手段と目的をときどきとりちがえて しまうことがあるのは、わたしたちの共通の 性格だわ。でも、それはそれでいいと、おも う。 ・・・これは、結局、いっしょにそだった ということを意味しているのかもしれないわ ね。 喬は、わずかに照れている亜矢を見やった。 で、ウィスキー氏だけれども、 皮肉屋、というのは冷静に考えると善人な のよ。悪人であれば、自分の悪事を隠匿した がるものだから。 そんなに注目されることの危険を犯してま でそういうことをいうはずもないもの。 また、そういうことによっていわばものご とがファナティックに麻酔下で暴走しようと いうことを、阻止しようとしているという意 味では、彼らは世界を愛しているとも論理的 には帰納できるものかもしれないわ。 また、同時に、皮肉屋は悪人にとってはに くまれるものかもしれないわね。 幼稚でないかぎりにおいてだけど。 そのウィスキーはスコッチじゃない。 アイリッシュよ。 だから、遠路迂回をすると、水半分心理テ ストは、実はもののみかたとしては、きな臭 いことにまでつながっているのかもしれない。 ゼロサム社会では、まえむきであるという ことは、だれかを踏みつけにしているという 意味で、つねにうすく、うらみを買うわ。 マニファクチュアラとしての源内は、そう いうことを考えるべきだった。 時計職人の弟子にとって、発明はつねに前 向きな行為だけれども、時計をかならずしも 必要としていない地域の人がそれを押し付け られた場合、それを購入することはかならず しも前向きな選択ではない。 彼我がごっちゃになった幼稚な発明家は、 じぶんが原爆を愛しているがゆえに、人類の すべてが原爆を愛するべきであり、また愛し ているに違いないと思い込んで、それを広告 のポスターにして大量に印刷をすることをも くろむわ。迷惑よ。 皮肉屋のショーの態度は、体制や洗脳広告 の言う甘言に対して、だまされつづけてきた 野生動物の警戒心でもって、反感の名の元に、 内戦のうすいにおいがするものだわ。 確率というものは平等よ。 それは、認識としてみなが立ち戻らなけれ ばならない原点だわ。 舞踏家のイサベラが、ショーの子供を生み たいと、求婚したとき、 わたしの肢体とあなたの頭脳をもつこども がうまれたら、どんなにすばらしいことでし ょうという求愛に、 「ちょっと待て、私のからだとあなたの頭脳 という組み合わせの子だったら、どうするん だ」この逸話はほんとかどうか知らないけれ どもね。 甘言や広告は、つねに平等な1/2の不都合 を隠そうとする。 点検の機能として働く諧謔のユーモアは、 同時に支配のために甘言をテクニックとして つかうものにとっては、抵抗を意味するブラ ックジョークだわ。 たぬきおやじの子でも、貴公子として育て ばハンサムになるだろうし、またハーフの半 分は醜悪だった、わよね。 そういう、あげつらいは同時にギャグでも ある。風刺が、それを、されるものにとって はいやがられるものであることは、それが破 壊でもあるからよ。 ただ、風刺は気をつけないと。 そこに覚悟がないと、素朴と甘さと世間知 らずが前面にでるわ。 抵抗戦線では、もし内部規律がゆるいと、 いつまでたっても結果が出ない。 ダブリンのアル中の文化は、ショーの詰め の甘さにもあらわれているのかもしれない。 皮肉というものには化石化して無効化した、 かつてのあせりという諦念がある。 そこには2億年前の苦い逆境の記憶がある。 そして、そこに諦念があるのであれば、そ れは原始の段階の大動脈の発生のような試行 錯誤と格闘の記憶が、誠実だった記憶として そこにある。 純真と誠実さが、蹉跌によって踏まれたか ら皮肉屋ができるのよ。心臓ほど苦悩の末に できた臓器はないわ。 そこにはかなわなかった、そうであったら よかったのにというニュートンの束縛されな い運動量のような青年の記憶がある。 進化というものが勝ち残ったものにとって 苦い戦争であることをかんがみれば、勝てば 官軍、という意味で、本来悪という概念に宇 宙の法則は反映をされてはいない。 悪、と言うものは暫定ルールにすがって生 きていくしかない内側の弱者が、有効値を音 われがするはるかにすぎたレンジのアンプリ ファイアにおいて、 真にエゴイズムのために糾弾として利用す る概念でしかない。 だからこそ人類の歴史において、もし王朝 を改築するよりも、解体して更地にしたほう が経済的であると誰もが判断すれば、馬上天 下がすべての法律を無効化して、弁護士を失 業させるわ。自然において、暴力の前には善 悪はない。 法律や秩序が有効であるのは、ひとびとが 暴力という戦争を忌避する痛い記憶が保たれ ているあいだだけにしか過ぎない。 人間の寿命は7、80年だから、どんなに 長くても平和の基本単位は100年を越えな い。だいたい3世代ごとに悲劇は立ち上がる とおもっておいたほうがいいわね。 また逆に、馬上天下は平定のあかつきには 文治のために基礎帝王学である論語を読まな ければならないけれども、 この姿勢はさかのぼれば、悪党にも幾ばく かの自分を律するポリシーや美学がなければ ならない、という態度にまでさかのぼるでし ょうね。 そうでなければ、当事者が万一政権をとっ てしまったとき、すくなくともじぶんたちの 心理として、覇道を王道に切り替えることが できない。 野党や革命が政権を運営できず、悪者をつ くりたがるのは、王政のなかに覇道を残して しまう後遺症よ。 共産主義や全体主義は、「正規の戦闘」を 経ていない。だからそれらは合法非合法を問 わずクーデターにより、敵対勢力の更迭を陰 湿に画策する。 古典的な戦闘とは、その過程で選挙と民意 が大いに混入するものよ。 それは2段階であり、実力の検証という意 味での消耗戦を絶えぬいた群雄が、 さらに、形式やポーズにもせよ、人々の幸 福を考えていることの実証に群雄が賛同敗北 の形で降伏し、いわば寡占連合として、同盟 平和が成立するのよ。 古来、長期王朝とは、帝国の形でしかあり えなかった。帝国とは、連盟であり、いくら 法理論を捏造しようとしても皇帝というもの は盟主に過ぎなく、支配を受ける現地からみ れば代官や枢機卿には古来、つねにうすい迷 惑のきらいがついてまわったものだった。 強権をふりまわした始皇帝が1代でおわっ たことの、力学は、そこよ。 パイオニアはいつも実験なのね、というの は傲慢だけど。 すくなくとも信長は、最後には民意が大事 であることも、また民衆が戦乱に疲弊してい るしていることまでも、知っていた。そして 戦乱をおわらせるために、さらによりつよい 力を欲していたわ。 ただ、歴史の悲劇は公はそのような、好み として強さを必要とする発想の側の人間だっ たということよ。当時の時代がまず必要とし ていたのは、扁桃体がぬるい哺乳類の感情を 抑制した、トカゲのように冷酷な破壊者であ ったことで、その意味では時代が立場として 、信長をひろいあげただけにすぎない。 信長の怜悧さは、「信長機関説」のような ものだったから、公はそれを理解していたと 想うわ。 子供でも平気で殺したけれど、信長にとっ て、虐殺とは、心理戦術の面があった。 もし、信長が元和厭武に反対しなかったと したら、みな、驚くでしょうね。 ただ、悲劇が発生すると、それまでのしば らくの期間、いわゆる弱者の人々は屋根をう しない、硫酸の雨に日々を耐えなければなら ないけれど、体力も精神力も鍛えていないち ょろちょろしたずるにのみくわしい王朝崩壊 期の子供たちにとっては、それはむずかしい でしょうね。 国家が破綻し、公僕に給金を払えないので あれば、福祉政策もまた法律が無効化するこ とにひとしいわ。残念ながら、このような時 代では生存の模索とは略奪を意味するわ。 それが灰色合法をめざすかどうかかという 種類の器用さはまた、別にしてね。 その意味で、もし観念として分類すること をゆるしてもらえば、テロリストでしかない 英雄と皮肉屋は心理の進展に於いておなじ構 造を持っている。 皮肉というものは、苦い失敗の系譜よ。 その理解とは、たてまえのむこうにある力 学がわからなければ得られない。 * 力学を把握してしまうとそれは善悪や憎悪 を越えた物であることに気づくわ。 憎悪の相手が人格や種族である場合、おお くは抵抗という形式をとるけれどもしかし相 手が恨むことなどできない自然や力学であっ た場合、それは当事者にとっても謙虚を強い るわ。 相手にある悪が、自分のなかにもあること に気づけば、必要以上の憎悪に苦しむことも ない、あるいはできない、ことに気づくわ。 しかし、すべての大規模戦争とは、思考停 止としての盲信をその原因としてもっている けれども、それは同時に人口の多い世界では 事実上永遠に戦争がなくならないことを意味 をする。 なぜなら、技術や農耕文明の人口の過半数 は、自分が主体的に思考することもない奴隷 としてのみ生存が許可されているからよ。 このような世界では、王の役割は、重いわ。 愚鈍が王の座に座っているかたちの悪であ れば、それは必要以上に憎悪をしなければ、 不自然さに対する力学がそれこそ自然にそれ を排除するので必要以上に憎悪をすることも またない。 馬鹿にして、はなれればいいだけ。 ただ、人を馬鹿にするということは、ここ ろやぶれてはらはらと内心なみだをながすこ とが必要よ。 離婚とは、結局自分に世界や相手を見るめ がなかったということだから。 はなれるということは、より思想でも人物 でも、よりの賢明さにじぶんの力を提供し、 かつてはなれた最終的に賢明でないものの不 利益にはたらくことよ。 表面的な平和における、敗北とはおそらく 餓死であり、それはたいていのばあい聞きた くない報告や数字をかえりみないことによっ てはじまる。 伝聞の限りだけれども、ツングースの名君 は、名君の典型といえるでしょうね。 戯曲において、悪役を登場させないことに おいて、その品格を保つことは、実はそんな にむずかしいことではない。 悪に、人格をあたえなければいいだけの話 よ。 このような意味において、最終的に憎悪の 対象が力学でである場合、先輩は青年に慎重 を教示するわ。 それをたとえ怯惰だと揶揄されたとしても ね。 その意味では、ダブリンのような文化は、 むかしから慎重という意味で迂路をとること が多かった。それはやさしさともいえるし、 愚鈍ともいえるわ。 別の言葉でいえば、かんがえなしの流行と いうものに伝統的に懐疑があったからなので しょう。 皮肉というものは、おそらく流行に権力と 欲望の流血をみているんだと想うわ。 時計職人が、感謝のための屠殺の祈りを、 忘れたとき、機械の戦争の時代がはじまった のよ。 あなたが教えてくれた、説明してくれたこ とだけど、近代で無限微積分学が爆発したこ とに背をむけ、ダブリンで空間幾何学が再発 見されたことは、象徴的にも思える。 空間幾何学は謙虚を強いる統計や確率の兄 弟として、重要よ。 空間が粘性を持って目論見に抵抗するとき それは望ましからざるくみあわせとしての皮 肉な現実としてたちあがるわ。 そも、戦略は自然法則としての大自然には 抵抗できない。 統計学は、幼稚に対する謙虚としての現実 的な老人の忠告で、それは老荘としての老獪 ないやらしい博物学として水の物理を女性の 会陰を介してたとえたりするわ。 たとえば、統計的には秀才がたいてい、夜 では変態であるように。 わたしにとって、ケルト文化でもあるセン ト・パトリックの涙滴十字は、4元数の関係 そのものにもおもえる。 もしアイルランドの文化が縄文をとてもよ く保持しているのであれば、 それは自然とあいまみえた結果に、博物学 の感覚とそれが強いる謙虚が、不自然な力が はいりがちな政治と支配にたいし、背をむけ る態度にほかならない。 山伏がそうであるように、縄文的な博物学 は、素朴な魔術の形をとることが多いけれど、 かれらはできれば平地に降りてきてはいけな い。 異端の烙印を押されるわ。 奴隷は、魔術の構造を理解する訓練を受け てはいない。 世の中がまわるかまわらないか、というこ との基本は、冷静に考えて、そんなことはあ りえない、という事象に気がつくことによっ て、ものごとを点検しなおすことでそれは同 時に、考えるちからでもある。 それは本来、博物学としたしむことによっ て、考える力を日常訓練をすることによって はじめて可能になる。 しかし、洗脳されすりこまれることを前提 としてその存在を許される、文明社会の農奴 と工員としての巨大な人口は、本来、そんな ことをは力学としては許可されてはいないわ。 文明は、指導されなければ回転はしないの よ。 牧民官がくさった世の中は、じきに戦乱に おちいるわ。 また、社会のなかでもっとも縄文にちかい のは、日々家事という自然と格闘する主婦の 立場よ。 だから主婦が即席食品にたよりすぎると世 の中があやまるし、また主婦の生活を考える 企業というものは良い意味で縄文博物学の企 業であるともこじつけとしてはいえるとおも うわ。 * ・・・蓬莱が、まえに進めないのは、たぶ ん、テーマパークの幻想と虚像がまだくすぶ っているからよ。幻想もまた皮肉によって点 検されなければ、健康ではないわ。 「ファミリーランド」が実は虚像であること を、みながこころのおくそこで認識しなけれ ばならないのかもしれない。 物理的に結婚が不可能なのならば、結婚し ない生き方もみなが真剣にその方向とテンプ レートを実験として模索しなければならない。 ファミリーランドとは、実はつかわれもの の公園よ。 世の中がゆたかである限りに於いて社長の いうことを機械的に聞いていれば休日にそう いうところにあそびにいける月給を受け取る ことができる。 会社の社長さんだって、元請けのいうこと をきいていれば立場としてはまたしかりだわ。 それは、世の中がゆたかであることを必要 とし、またその状況は、みなが考えることか ら習慣として遠ざかることを意味するわ。 また、ファミリーランドは、だまされる帯 に巻かれるという意味において副作用として、 考える力をうばう方向に働く力学を持つわ。 最後の晩餐として、ファミリーランドで遊 んで、そのあと一家心中をしたような悲劇が あることを、知ってる? 少なくとも、その親子にとってファミリー ランドは、さめた視点における虚像であった ことはたしかだけど、 しかし、自分たちの存在がまたそのような 虚像であったことをうけとめたというつよさ においては、かれらは認識のうえでサムライ の一家であったともいえるわ。 すべての人間が、みならう必要はないけれ どもね。 永遠ではないけれど、いまはファミリーラ ンドというものはいらない。ナチスが退廃芸 術を糾弾したのと、おなじ文脈で受け取られ ると困るんだけど。 すくなくともしばらくは、ノスタルジアと ペーソスで稼ぐことは、ひかえたほうがいい わね。 居酒屋で、愚痴や憂さを処理することは必 要だけれども、それはあくまで昼間のなりわ いがあってのことで、あくまで2次、Sub Layerよ。昼間の逃避のために2次産業があ ってはならない。 こんなに問題やまづみの時代、それは物理 的にもまず不可能だわ。洗濯物がたまりすぎ ている。 源氏物語は、そこをふみはずした。 だから、結局は検非違使の現実勢力に討伐 されたし、またそちらがわについた検非違使 は、敵前逃亡の、敵性文学の、うらぎりもの あつかいされて、力学的にはかれらがのぞん だ、冥府の文学になったわ。 滅亡のブルースであるにもかかわらず、琵 琶法師の文学が、逆に生を感じさせるのは、 それが行脚の文学であることを考えさせるわ。 形式的な編纂者は存在しているけれど、平 家物語には、たぶん、無数の人間がかかわっ ている。 とうぜん、削られた章もあるでしょうし、 追加された章もあると、考えるのが自然よね。 背骨ができたことによる、まえにむかって 歩くという、動物の宿命は、山道を歩くこと によって、 おおく平家物語のなかに流れ込んだはずだ わ。 平家物語はその意味で行脚の文学よ。 けっして密室の文学ではない。 悲劇は徹底的に悲劇であったほうがいい。 背景が暗ければ暗いほど、逆に生命のかが やきが引き立つ。 悲劇の本人は、たいてい明文的にくちをす ることを嫌がるけれども、 悲劇とは、論理左脳の空間コンパスの導き における紀行文のなかにあるかぎり、それは 楽観世界のなかにおける、教訓として意味を 持つわ。 それこそが、おそらく、供養よ。 ただ、 安易な郷愁や耽美にもつながる落涙には、 身勝手な揉み消しや忘却がある。 禅だったかしら、苦行の果ての、オピオイ ド現象としてのユーフォリアの感覚は、魔境 とよばれ、真の悟りではないとされたわ。 一時の感情は流れさってしまう。 ドラッグは、文化ではないわ。 ・・・気分でしかない秋の空をまに受けて、 女は信用できないというのは、のぼせて、女 を買いかぶっていたからよ。 それは、のぼせ上がることには根拠はなく、 また女にはもともとあまり芯がないことによ る。 女は論理のいきものでも、 座標の生き物でもない。 男の子のように、芯ができるほどの苦労を すると、女性は神経を病んでしまう。 逆に言えば、素直なおんなのこは、わがま まで世間知らずだから、手がかかるわ。 情や気分にすぐねがえる、くのいちに、責 任ある任務を任せることはできない。 これは、経済理論におけるバブル暴騰に対 する反省でもある。女子供を狙うのは、長期 的には、いいこと、ではない。 生理としてバブルのような快楽はときには 必要だけれど、そのようなカタルシスは、い わば手段に、過ぎない面がある。 文章が手段に過ぎないように。 おかしいわね。 喬は、笑った。 ふわふわして、約束をすぐやぶって、男を 泣かせるそのおなじおんなが、 こんどはベッドでは、「やったら」すぐ寝 てしまう男の性欲の、その使い捨てをすぐな じるなんて。 女は恋人の気持ちに、不誠実なくせに、ベ ッドでは、彼にはだかでいつまでもだきしめ ていてと、愛の確実をせがむわ。 男は、性欲を使い捨てにするけど、 女は、なみだを使い捨てにする。 泣き女に、仕事があつまるのは、現象とし てそのことそのものには、嘘はないわ。 でも、おおくの悲しむたましいは、できれ ば、そらなみだに乾くことが多い女に泣かれ るよりは、武士に泣かれて、そのこころのい しぶみにきざまれることをねがうはずだわ。 女がすぐに約束をわすれるのは、たぶんそ の業として深い、我執よ。 たぶん、じぶんの性としての弱い立場とい う生存と、あるいは保育のために利益の縄張 りとして、自分勝手にすぎるのね。 おそらく、その女の業をつぐなうための positionが、尼としての出家なのだとおもう。 わたしは、祇王の章が、いちばんすき。 我執を超えて、世界を願うのは、 女の義務のひとつよ。 * 「郷愁は、危険よ。」 あまい田舎めいた親の陰に隠れ、抽象めい た意味をもふくめ子供部屋に引きこもる30 代のふとっためがねは、真に、光源氏なので しょうね。 注意深く、司法解剖すると、ノスタルジア とは、「勝者の歴史」であることに、気づく わ。 死者は、過去を振り返ることさえできない。 ひとは、つよく生きていくために、つらい 記憶をすくなくとも感情の意味ではわすれさ るように、できている。 それは、同時に捨て去ったものをわすれる ようにようにも働くわ。 すくえなかった友達や、自分が生きるため にふみつぶした弱者は、当事者の記憶からは、 ナフタリンやpジクロルベンゼンのように揮 発していく。死人のくちは、クチナシなので、 フラボノイドとして、赤いわ。 象徴としてメセナに甘えてはならない。 事業とは、合法的な暴力であり、利益とは、 敵兵の首よ。 直接そうはわからないように、広告の手法 をつかって、きれいにロンダリングされてい るだけ。 メセナや公共劇場にぶら下がる劇団は、彼 彼女ひとりにつき、出資の団体がかれらには 想像力の意味で、地平線の彼方なのでわから ない誰かひとり分の利益を潰して、資金を供 給している。 ゼロサム、ということはそういうことだか ら。 被害者妄想の強引で、解釈すれば、すべて が巨悪の陰謀であるように、悪の秘密結社の 劇団が、出資団体をつうじて、世間から血液 をすいあげているのだというどこまでも真実 にちかい冗談もまた、可能よ。 世間を十分に知らず、甘い創作に、くびま でつかると、結局は文化のロンダリングの使 い捨ての手段になるのがおちだわ。小物とい う意味でも、やっぱり尊敬はされない。 ノスタルジアとは、結局は死後の世界かも しれない。 老婆が、いまわのきわに、自分の人生はす ばらしかった(ものとして、せめてしんじた い)という強烈なエゴにより、自分の記憶を 自分にとって都合のいいものとして最後にね じまげて想い込むのよ。 それは、爺であってはならない。 だって、爺とは家族の利益のために実際に 外で人を殺してきた実行犯であり、際に懺悔 をすることはあっても、そんな自分勝手な郷 愁など、したくても、できないのよ。 婆や妻は、勘が悪いと、自分のご飯が他人 の、あるいはイスラエルの丘の血肉であるこ とに、気がつかない。 直接、人や家畜をあやめたことがないから、 自分は、一生善人だったとおもいこむことが より可能な立場にいる。 父親、というものはファミリーランドの冬 の夜空のしたで、つねに孤独よ。 子供と一緒に心の底からあそぶいわゆるか つてのニュー・パパは、結局は人生と社会を 理解することをすべて会社任せにして、自分 では何も考えなかった。 そんなことは、過剰にゆたかな時代でしか 可能ではないわ。 ゼロサム社会で、農業本位制の時代、場合 によっては親や兄弟をも殺さなければならな いのが、平家物語や信長の置かれていた、リ アルよ。残念ながら、歴史に不連続はない。 営利企業としての、広告業界は、彼ら自身 の生存のために、圧として膨張する力学とし ては、世間のすべてが、馬鹿な妻であること をのぞむわ。 綺麗なパッケージとは、屠殺を隠蔽し、善 人であるという妄想をすりこむことにしかほ かならない。 でも、生きることのまた愛の概念を理解す るために必要なことの基本は、うすめること ができるとはいえ、生きるためには、だれか やなにかを殺さなければならない、というこ とよ。 せまい意味での広告としての文化の過剰は、 巷を荒廃させる。 ペーソスについては、いうまでもないわ。 それは媚びと、ごまかしなので、それは能 力や努力の不足につねにそのかたわらにいる。 ペーソスだけで仕事をしているひとは、女 性にもてないか、あるいは妻に軽んじられて いるわ。 ペーソスはね、表に出すべきものではない のよ。だれも相手にしなければ、それは成立 しないし。 諧謔とは、発見としてのギャグだから、生 産的な人は、それを画面のコンソールに垂れ 流しするのではなく、スクリプト・シェルの 標準出力を介して、つぎのプロセスのための 入力や蓄積に転用するわ。 それは、外部から見ると、沈黙に見える。 活動レベルとしてのかかる食費の意味では、 けっして沈黙ではないけれども。 そしてその結果としてドイツ人やノルマン 人は、 肥料を合成できたといって、よろこび、 火薬にもなってしまったといって、おどろ き、そして後悔する。 女性にとっての幸福とは、そのようなひき こもごも、社会に参加している夫の傍にいる ことでしかないのかもしれない。 そも、自分でものを考えないつかわれもの は、定義から言えば、奴隷だから、歴史的常 識では、結婚できなくてあたりまえ。 ファミリーランドとしての、広告や文化は、 ゼロサム社会では、成り立たないわ。 喬は、いまはつよくなった体質で、白ワイ ンにくちをつけた。 ******************** 亜矢、なんでそんなにぬかみそ、さらにも ってきたの。とうふのあてにはもっとすくな くて十分じゃない。 それはね。 ふいに立ち上がった亜矢を、いぶかしんで みあげた、ワイングラスをくちにふくんでい る喬の右背後にまわり、ひだりうでで喬の胸 の肋骨を抱えると、 こうするんだよ 亜矢は、喬の黒く乳房が透けて見えるスリ ップをまくり、右手でわしづかみにしたぬか みそを、喬の乳房におしつけ、はんぶん微生 物の腐敗として、どろどろの粘液になった黄 色いぬかみそを塗りつけた。 よく発酵がすすんだぬかは、ねっとりと喬 のちぶさと乳輪を、つつみ、 ふわっと、甘いチーズのような腐敗の薫り が、喬の上体をつつんだ。 !い、や! あ、!ーっ! 亜矢は、喬のちぶさを、 ぬかの粘液の潤滑で、愛撫した。 亜矢の!、へ!・ん、た!ー・い! ぬかの粘液のなかで、喬の大人の、かたい 乳首が、磯のばい貝のように、亜矢の指のあ いだにひっかかった。亜矢はその磯のふたつ のいきものを、ぬるぬるといとおしそうに、 指で、いらった。 ・・・あたしたちの関係で、なにをいまさ ら。 わらいながら、亜矢は喬のゆたかなバスト に、米ぬかの美容パックをした。 わめけ、 いやがれ、 いひひ、ひ。 亜矢は、喬の両の乳首を、ちからをこめて つまみ、 くりくり、と揉んだ。 「き、きもちイイ・・・」 喬が、亜矢のかたにくびをあずけ、ながい かみのあたまを、いやいやをするようい、ふ った。 「よいではないか、というきもちって、こん ななのかな、喬、どうおもう」 しらないわよ、ああ、わたしのちぶさが、 あなたの手のなかで、ぬるぬる・・・ 「こめぬかは、あぶらがおもいのほかおおい からね。発酵で細胞が壊れないとでてこない けど。」 ほら、臭いを、もっとすいこんで!。 亜矢はいいながら、 亜矢は喬のくちを片手でふさぎ、かたちの 良い鼻をつまんで、彼女がむー、むーといい はじめたころに、鼻の手だけをはなした。 発酵のにおいをおもいっきり吸い込んでし まった喬は、ひたいをしかめっつらにして、 くびをよじった。 亜矢は、ぬかのかたまりを、喬のショーツ のまえにおしこみ、みぎてでぬりこんだ。 ああー・・・ くちが自由になった、喬がのけぞり、 さらにぬられる、こめぬかをその縦長のほ そいへそのうえにまでぬりこめられると、だ んだんあぶないいけないきもちが、喬の全身 をみたしはじめてきた。 かんじてる? ・・・うん、かんじてる。 ・・・亜矢、あなたって天才ね。 ・・・・・・変態の才能でも。 恐縮です・・・ 亜矢は、にやにやしながら、ふざけた返事 をかえした。 微生物が分解して、細胞からどろどろとは じきだしたたっぷりのライスオイルを喬の裸 身に、その会陰と腹筋と、つうっとすべって 喬の一双のちぶさをもみこみながら、その乳 輪や乳首につめを立てると、 いちど、喬がめをつむってつよくからだを、 つっぱらせた。 ・・・女は馬鹿だからね とのぼりつめた喬のふかい吐息を、自身の ひびく聴覚であじわいながら、女でもある亜 矢は言った。 こんな変態のプレイでもこうじ酸や乳酸菌 の美白パックだなんて、広告のプロパガンダ をうてば、それこそ万札はらってまで行列を つくるんだ。 喬、感謝しなさい、あなたのともだちがく だらないものしりであるがゆえに、格安で最 新美容を体験できるのよ。 なに、いってんのよー 喬は気持ちよさを、異常さにむかって、ぬ かの香りに乳首の先端として、かわるがわる とがらして胸を張り、亜矢の手にむかってぬ りこめながら、 うんちくはいいから、ああー、いいー。 37歳の喬がふたたびぬるぬると、おいあ げられながら身をよじって抗議をしていた。 これじゃ、くさくて、みちあるけないじゃ ないのよおー。 喬は、はんぶん、なきごえだった。 亜矢は、ぬかみその泥のなかで、両の指で、 喬の乳輪に、つめをたてた。 * 「匂わないでしょ。」 亜矢はともにシャワーをあびた、友人の3 6歳の背を、ピンクのタオルで水滴を、ぬぐ いながら、言った。 悪臭は、とてもうすめられると、逆に芳香 になるのよ。 花のかおりだったかしら、濃厚だと糞便の 匂いになるわ。本質的な主観なんて、ある意 味、いいかげんであやふやで、そして頼りに ならないわ。 うしろの穴だから、きたなくて、前の門だ から蘭の花咲く観音様、だなんて、自分勝手 なものよね。そんなこといったら、すべての 穴がまとまっている蜥蜴や鳥はどうなるって んの。 亜矢は、喬の黒髪のあたまに、ながいタオ ルを登山家がフックを投げ上げるように、か ぶせ、小僧が寺院の太い柱を磨くように、喬 の黒髪をしごいた。 そんなひとは、うんこまみれのうみたてた まごをさわれないわよね。まあ、トリコモナ スには、気をつけなきゃいけなんだけど。 管理パッケージの消費、というのはたぶん 良くないのだと想う。次世代というものは 「前世紀梨」の苗がそうだったように、汚物 や粘液のなかからしかでてこないわ。 管理のなかの、洗浄された世界に住んでい るものは、じぶんもまたいつか「出荷」をま つ身になりうることに、気がつかない。 それが、まあ客観的事実としての退化なん でしょうけど。 帝王切開のあなたはしらないだろうけど、 いきむというのは、結構そういう世界よ。と なりのベッドの奥さんは、いきみすぎて、愛 児が下痢便まみれになって、抱き上げるのに、 あらいあげられるのを待つまでずいぶんまた されたとか、いってたわ。 ながい台詞のことばのはんぶんは、背後か ら、しなだれかかってきた、喬のおもみとし て、吐く息としておしつぶされ、その音色が 変わった。 亜矢は、喬が自分の小ぶりの乳房をじかに もみはじめたここちよい感覚を感じ、ふたた び喜びの戦闘が始まったことを感じた。 * 亜矢は、喬の巨大な人工が、ひきぬかれた のを感じた。 またふたたび、角度をかえて責めて、 突いてくれるのだろうと信じていたが、 インターバルがながくなったことを いぶかしんでいるうち、 片手で、両の足首を一緒につかまれ、 脚を空中にたかくかかげされると、 亜矢はながれがかわった事態に、 気づきおどろき、まぶたを開けた。 喬の右手には、亜矢が不浄に立った ときにでもチェストから出したのか、 真新しいグレーの亜矢のショーツが 握られていて、 てばやく、喬はそれを亜矢の なめらかな足の甲に滑らせ、 するりと、ひざうえをとおして、 腰のほうの腿へとずらし そのショーツのゴムで 腿のうえにとめ、 こんどはあげたままの足に、 さきほどはいていた亜矢のジーパンの 腰のくちをあてがい、はかせ、 やはり脚のひざぐちまでくぐらせ、 亜矢の脚を亜矢のからだの右に投げ、 はずんだはずみではねあがった、 亜矢の腰のしたのわずかなすきまに 手をいれ、その重みに自身の腰を入れせすじの ちからをいれ、 亜矢の肩に手を入れ、その肩を半身で背負い、 亜矢を立たせて、 ショーツを、 腰骨にまで引きあげ、 ジーパンのすそを、 みぎ、ひだりとくぐらせると、 ショーツとパンツをととのえて、 その前面のボタンを閉じてしまった。 ちからなく、すわりこんだ、くろい墨染め のいろのほそいジーパンの、 こぶりのうわむきのはだかのちぶさをもつ、 少女のような細身の36歳は、おこった事態 が把握、できなかった。 喬、・・・なに? 亜矢は、両手をふとんにつき、腰をおとし た四つんばいの姿勢で、 めのまえにたつ喬の表情をうかがおうと、 かんばせを、みあげた。 「おしおき。」 満面の意味で、喬が亜矢をみおろし、尊大 な態度で、告げた。 想さんが、到着するまで、おあずけよ。 あんな事した、罰よ。さっさと、Tシャツ を着なさい。 喬は、シャツを亜矢の前に放った。 いい、よく、聞きなさい、 がまんできなくて、もし、 物陰とかで、じぶんをなぐさめたら、 「ひっぱたいて、あげるわ」 喬は対等でない子供にほほ笑むように、圧 迫感のあるふくらんだパンだねのような満面 の笑みで、にっこりと威圧的に、わらった。 みあげた亜矢の表情が、すこしおびえた、 うすいなきがおになり、そして、やがて、 顔は泣き顔のまま、そのくちの両はじがう えにあがり、亜矢のくちのまわりだけが、笑 顔になった。 * 「喬。」 なに、想さん 品物をうけとったあしでそのまま、亜矢の 公団まできた想は、そのあしでもあるちいさ な軽に、喬を妻としてのせ、 自宅の部屋へと、2時前の午後に、出発し た。 あのとき、なんていったんだ しりたい? うん どうしよおっか、な 37歳が、幼形成熟の家畜の猫がその証拠 に子猫のようなあまみを帯びた声で返事をす る車中はまさに、ドメスティックな無防備と いう不幸の一種の、幸福な空間であった。 はなせない、ようなことなわけ? そうじゃないわよ あなたもしってる、こと 喬は冬枯れもちかい晩秋の気配がするそと の、田園の風景を、みやった。 うらぎりのようなきもちと、おもわないで ね いや、そうだとするならたぶんそうだから、 そうおもわれてもいいわ。 「彼の妻には、あなたのほうがふさわしいわ よ」って、あらためていったの。 え バイオリンのときも、あなたそういう反応 してたわね。 かるく笑いながら、喬は、切り株がかれは てて続く郊外の水田の、火星のようにかわい た風景を、火星のようなゆうぐれの青空に、 はだざむく、みた。 保養所で、さかなを食べさせてくれたとき から、ずっとそんなようなことを考えてた。 猛禽類が、するどいつめを立てるようにあ なたを、すきになったのは、あなたが遠くに 消えないようにつなぎとめるためであって、 あなたが亜矢ちゃんとおにあいだなと、直 感でおもったこととは、またべつ。 まったく、べつ。 喬は、車外の火星の空に、金星を、みた。 欲望の集合は、食欲のそれよりベン図にお いて大きいだけだわ。人間は、やはり文化の 猿なのね。 そとをむいたままの妻の姿勢に、いぶかし んだ想は、ほどなく、彼女の顎から、水滴が いってき、灰むらさきのパンタロンにぽとり と垂れたのに気づいてしまった。 ・・・20年近く、ほったらかしておいた ら、彼女は、こころを閉ざしてしまった。 ときに社交辞令としてむかしの回路でおど けることはあっても、彼女のまなんだ本能に ちかい部分は、北風の真ん中で星空の下に眠 ることをのぞんでいる。 不幸に酔っているわけじゃないのよ。 そんな逆境になぜ棲むの、ときけば、彼女 は、寒さは、嘘をつかない、というんでしょ うね。 みんな知らないか、知ろうともしてないか、 わからないけれども、ぬくもりというものに は、ときにうそが混ざるのよ。 恋愛文学のはなしではなくて、ぬくもりの なかにはかならず契約がひそむ。 暖房の燃料はおおもとでは、輸入もととの 契約があるし、 まきやおちばは、かならず誰かの持ち物よ。 それが契約であるのならば、 愛をもふくめて、対価がなければそれは手 にはいらないし、またそれはときに暴力によ っていともかんたんに破壊され、破棄される。 マッチ売りの少女の悲劇を、マルクス・エ ンゲルスが書き直したらどんな嫌味になるの かしら。小劇場には、金返せの騒動になるほ どの気概が欲しいところよね。ものほしそう な半券は、しょんべんくさくて、平凡で、と っても貧乏くさいわ。 彼女のなかには、すくなくともその芯のな かには、文学はない。 そんなせまい世界の中には、彼女は住んで はいない。 氷点下の夜空のしたの、蛍石のレンズでで きたちいさな屈折望遠鏡の視野のように、科 学的だわ。 ・・・あ、だじゃれだわ 赤信号でとまったくるまの、ヒーターをい れた想のとなりで、いつのまにかなみだをふ いていた喬が、すこしあかるい声をあげた。 女の子の癖に、あんなに皮肉屋で屈折した 子もめずらしいでしょうねえ。 あれをこじ開けるのは、どんな女王様でも、 難しそうだわ。 ・・・俺を、彼女に譲ったとして、きみは どうするんだ どうもしないわよ わたしは、わたしでありつづけるだけ あなたの幸福と、亜矢ちゃんの幸福がはな しあってでた結論、亜矢ちゃんなら解、とい ういいかたをするんでしょうね、にわたしは ついていくだけ。 もし、わたしがすてられるんなら、それは それでいいのよ。 マゾヒストは、破滅や自殺を、おそれては ならない、とおもう。でなければ、もてあそ んでいる痛みが、うそになる。 ・・・ゆういち え、? 雄一は、どうするんだ ・・・あ まったく、よくにているよ、きみたちは。 想は、ハンドルを、みぎに切った でもさ、僕も知ってるそのことを、なぜあ そこで、ひそひそ、みみうちばなしにしたん だ?意味ないじゃないか 未舗装の道を通過し、それぞれの骨盤がゆ れたふたりは、共犯としての話をしていた。 ・・・あそこで、いわなければ意味がない からよ。 おあずけくらわされて、あげく恥かかされ て、焦燥の彼女に、いちばん効くくすりを、 ささやいたのよ。だから、彼女昨晩、あんな にもえあがったのよ。 農道で、くるまをとめ、想は、ハンドルに もたれかかった。 ・・・おまえ、すごいやつ、だな。 「繊細、と言って。」 喬は助手席の背もたれにからだを投げ出し て沈め、頭の後ろで、その腕を組んだ。 「いろいろ、気がつかなきゃ、女王様は、 つとまりません、っと」 でも、彼女にもポリシーはあるのよ。 だって、どんなにけしかけても、彼女、あ なたを道具で犯すこと、いやがるでしょう。 たぶん、象徴として、すくなくともイメー ジとしては、男性には、おとこらしくあって ほしいとおもっているんだと、おもうわ。 わたしとあなたとの、関係とは対照的よね。 わたしは体格がおおきいから、自分とおな じような存在としてあなたのなかの女性を、 生理的には、許容できる。 体力や能力がありながら、もどかしく愚鈍 な人生というものがよくわかっているつもり だわ。 「愚鈍、って、いうな。」 想は、複雑な表情をした。 * あなた、すごかったでしょ。 先日はもえてたわね。 あなたが、 シーツにみぎのほほをすりつけ、 必死にめをとじたかんばせで そのくちを金魚のようにぱくぱくしながら、 そのちいさなお尻をふるのは、 とても、愛らしかった。 あたたかくもなく、さむくもない、 セ氏16度ほどの10月のおだやかな、 くもりぞらで、 そよかぜが濃紺とピンクのあきざくらの 花弁を、その繊細なきみどり色の葉を、 あすぱらがすの、のびきってほうけた 深緑の酢酸銅のようなフラクタルの針の樹の オブジェのような、 冷たい湿地の上の、ややはだざむい秋風の そよかぜがしかし、そのたおやかな花や きみどりの草本のやわらかな草を、 露にぬれた草原をわたる野分けの 風のように、 高原のはかなさとそのなりわいのはかなさの ようにかなしいのはたぶん、 曇天のやや、はださむいノルマンディーのように。 そこはアブラナ科とキャベツの仲間の ブロッコリーとカリフラワーが 曇天のあさつゆにつめたく、 そのstemがおもくはごたえのある蔬菜は、 たぶん草原の乳業の酪農のミルクの生クリームに よって、 塩味のブイヨンにて煮込まれた そのあたたかさの皿が、 そのためいきを満足とかなしさにまた、 ためいきがややしろい息になって、 その曇天の錫のいろの下で、 秋が深まることを知る、わ。 はだざむさをあじわう、 風流はまた、傲慢よね。 あなたは、オランダで孤児が、 骨髄をも凍らせて凍死することを、 繊細、でもしかしだからこそいちめんでは 逃避として他人にとても酷薄な、 ユーロッパ人の無責任で軽薄で、 濃い赤や、濃い緑や、 濃い黄色や、濃いむらさき、 を繊細さの裏返しのマゾヒズムとして好む しかし自分勝手な性をも含む、スイッチ・ ヒッターとしての軽薄を、 たとえばハンブルグの馬鹿餓鬼の音楽として、 不信の名のもとににくむように、 風流というものを、ふかく、憎んでいる。 娯楽は、逃避の弱さだから。 極悪非道の暴力巨大金融のもっとも 大きなお客さんの層は、とっても 気のいい、花を愛するガーデニングが だいすきな 近所でも評判のいい子供を愛する白髪の おばあちゃんよ。 無知は、かたちだけの善人を作り、 また帝国の繁栄とは歴史の中では、 そんなようなものよね。 ノルマンディーはかなしさにとても豊かだ けれども、 あなたのいうとおり、そこはときには、 フランスではないわ。 カレーの街は、涙でもってできている。 でも、おねがい、いまは、 それを、わすれて。 あなたは、 少女として、 誰かから、 肩を抱かれることを、 望んでいる。 だれかに、 そのまるくちいさな肩と にのうでを、 背後から、 つかまれることを、 望んでいる。 つかまれ、 て、 にのうでを、 ひかれ、 シーツの、 ゆかに、 けころがされる、 ことを、 望んでいる。 なぜなら、むさぼられる性とは、 愛の、 あかし、だから。 屈辱、にじぶんをおとしこむことで、 セパレートではない、紺の水着の 高校生が、とびこんだ水から、 水面にむかって無重力の しかし、反動で、ひかりの方向への、 水面へと、うかびあがるように、 じぶんをまず、 ナルシシズムの屈辱という、 黒く暗い夜の、水面に、 ・・・けころがされることを 望んでいる。 それは、再生のための、 屈辱でありまた、 死と冬をくぐりぬけることしか、 あしたの夜明けはこない ことをしっている、生殖卵子の、 死をまたぐ、粘液の世代交代が、 乳首のちぎれるような痛みの 快楽でもある。 ・・・肩を抱かれることが好きな、 少女の感覚は、 背中から、 抱きこまれることが好きな、 小柄な少女の感覚は、 しとねでは、 後背位を望むべきよ。 ひとつまえの、夜のように。 アヌスは、その内部のための感覚だけにあ るのではない。 後背位でおさえこまれ、 背後にじぶんを差し出すためには、 みっともないあおやぎのさくらもちではなく、 その体位での女陰のうえの 尾底骨のしたの洞窟のほうが いい。 ひろい意味で相手を信頼できて、 どちらでもかまわなければ、 少女のこころを持つ淑女は、 その洞窟を、つかうほうが、いいのよ。 そうすれば、殿方は、 より前のめりになり、 あなたの肩甲骨に、 全身の体重を掛けて、 あなたをおさえつけて、くれる。 あなたは、うったえた、わよね 脚がながすぎて、 あぐらが組めない想さんが、 アンティックの濃い茶色の椅子を引き据え、 全裸で足を投げ出した椅子のうえで、 生のウォッカをすすりながらながめている、 そのじつは変態のすずしい視線に、 ねちねちと、なめられながら、 おおがらな私に、むかって はしたなくたかく、その骨盤をたかくかかげ、 もっとかきまぜてほしいと、 私にむかって、 せすじとひざのちからで、 わたしの股間のゴムの男根に ひらききった肛門を、自分の人格として、 必死に、 押し付けた 夜、のことを。 あの日は、すばらしかったわ。 あなたは、ずっと、いきっぱなしだったわ。 あたしがあなたの、おしりに、ゴムのおお きな巨根をひっかけて 彼があなたの、前面を執拗に愛撫していた とき、あなたは、イったわよね。 すごかったでしょう。 抑制の制御が、はずれていたのがすぐわか ったわ。あなたの警戒心はあのとき、ほとん どoffになっていた。 あおむけのあなたが、 くびを左右にゆるやかにふり、 あたたかくもなく、はだざむくもない おだやかな6月の午後に、 すこしおおきなあまつぶが そとのやわらかいなにかのやねを アルトの打楽器で永遠に 緩急をつけてうちつづける 愛撫のような、 緑のしめった午後の遅くの、 ぬれたコンクリートのすきまにはえるこけが、 存在することをみとめられた 快楽のように。 しずかに、ゆっくりとぴくぴくと 四肢をけいれんさせ、 そのまるいかたをででで みじろぎを何度もさせ、 ゆっくりと、そのまるいちいさなかかとが、 くさくさいわらぶとんの しろいシーツをこすっておよぐのを。 たぶん、プラチナゴールドのまるい おおきな時計の秒針が ゆっくりと 一周するぐらいのあいだ、 はてしなく続くあなたの快楽を、あなたが 一切の抵抗よりもほしいものとみとめ、 無意識の辺縁にある、その意志の萌芽が、 警戒心を解除する方へとおさえ、 全身のまずむねの乳首と、 わきあがる肩のうらと、首筋と、 みみの一対の奥と、 おかされている腹腔の内臓と、 横隔膜と肺をおさめている胸郭がせりあがる。 むねの乳房のうえの乳首がふれられかまれ、 つよく、 つままれ、 わたしにその両肩を 両手で握り締められて、 くびすじをかまれるようになめられている なかで、 あなたは後ろにこうべをそりかえらせて登 攀という努力が、 海抜という落差として業として何かが我が あなたに示す快楽の ヒマラヤのあやうい雪庇で、 その死の深い奈落を横目で見ながら、 マイナス40度の凍気に、あなたが その乳首をはげしいいたみとして、 さらしているのが、 わたしにも、うれしかった。 あなたのちいさなくちが、 少女のあごとして、 おおきくひらかれても、 よすぎる快楽が そののどから、さけびをおさえ、ゆるさない のが、うれしかった。 あなたは、昼の世界の義務感でなにかわた しにはよくわからないものを大切にしている ことをは知っているわ。 そしてわたしはそれが甘露として、わるく 言えば金づるとして、価値があるから大切に しているんじゃないことも、知っているわ。 それをささげないと、 あなたの精神の日常が、 蓄積と建設として、まわっていかないから、 それをささげるのよね。 感謝の収穫祭は、同時に謝肉祭のようなも のだわ。 謝肉祭だけは、わたしたちにもわかるわ。 ただし、うらにわの七面鳥の立場を よろこびとして受け入れる裏側のしかし 傲慢な冒涜の立場だけど。 あなたにとって、快楽は屠殺されるだけの 奈落だけど、でも、愛されながら殺されると いうことも、たぶん、わるくはないわ。 それは死の本能だなんていう、学のない若 造の教条じゃない。それは、じぶんの血肉が、 だれかの滋養になるという「後工程」に対す る愛よ。 死を考えることは、極端かしら。 馬鹿は極端を夢みる、とはいうけれど、ま た極端は、アルバートさんが考えたようにも のごとの本質を、画像処理のように強調する とてもよい思考実験でもある。 極端を想えば、現実がまたよくわかるのよ。 多くの市民は、しかしその意味で極端を生 きる必要もないし、極端にかかわる、またか かわった故人もまたそれを望んでいない。 問題や極端は、分割されうすめられて、微 小な酵素によって順次解決されていく。その 意味ではすべての細胞は、希薄な義務に誠実 であることがもっとも重要で、それは濃縮さ れた中性子星のようなメサイアによってなさ れるものではない。 235がそうであるように、濃縮の結果は、 引導でもあるわ。 中世でもある20世紀のキーワードは、中 央の大量生産のための知恵の濃縮と、また部 品や原料のためのしばしば必要以上の精製で しょうね。 教育は必要かもしれないけれど、過剰なそ れは、源氏物語ナードとしての悪い官僚主義 と、恐慌のもとになる不良在庫を過剰に産生 する技師を作りすぎるわ。残念ながら、教師 の過剰には、害がある。 濃縮は巨大な力の爆発につながるし、精製 されたアンプルは、みなをひれ伏させること ができる。 完全純粋でなければ、2流品であるように、 皆が考えるようになったのは、工場工業文化 の影響でしょう。工業の赤い旗のしたでは、 エリートは神格化され、生物学の意味でも不 完全で、しかしあるがままに生きているにす ぎない消費者にも、必要以上に綺麗な商品が 強要される。 ただ同時に極端という手段はね、 このようなことを教条化し、ひとびとが未 来の希望にささげる誠実さを利権として吸上 げてしまう、結局は既得権におぼれるたとえ ば精神がまずしい東北の出身の一部の教師め いた人々を、 心理的に罰するためにときどき、人生がめ んどくさくなった純粋は、極端の具現とはな にか、ということを自分の身で提示するのよ。 現実に、極端というものが存在していなけ ればひとびとはそれをおそれ、また像として 消化のために分割することはできないわ イスラエルの丘も、セーヌ川の灰も、たぶ んそのようなものとしてあった。不幸な極端 とは、前の世代の、たぶん怠惰と無知の濃縮 の結果なのね。 あとからなら、なんとでもいえるけれども、 罵詈雑言をあびるしかない東北のはなしとし て、226がむかうべきは、まず参謀本部で あったのかもしれない。現実をみとめない教 条主義は、すべての不幸のはじまりよ。 極端にはつねに不幸の影がついてまわる。 どちらが原因で、どちらが結果は、わからな いけれどもね。 極端な思考実験氏は、いとこを収容所でな くしたわ。その結果としての、 オ・ヴェ! はドイツ語よ 亜矢、わたしはあなたとずっと話をしたい。 極端なかなたにあこがれ、そんなかなたへ いってしまうことことがないように、メサイ アの土地を、ゼロにちかい数値の逆数として、 不用意にあこがれがふくれあがらないように、 せいぜいシュミレーションとしての、 「ちいさな死」 をあじあわせてあげるわ 「いや、あたえさせてください。 ・・・おねがい、だから。」 * 喬は、想の車を、亜矢の公団の駐車場に停 め、運転用のシューズを、かかとをあそばせ るミュールサンダルに替え、扉を開けると、 荒縄で編んだ粗末な肩掛けのかばんを提げ、 アスファルトに立った。 晩秋の乾いた風に、喬のその青いワンピー スが、かるくひるがえり、秋枯れのテラコッ タと白く乾いた水田の泥の色彩と、あおぞら と共犯で、その対比を際立たせた。 そう高くない階なので、かんかんかんと3 拍子の行進曲でない、肝の据わった調和で、 喬はふきさらしの鉄の黒い塗装のらせん階段 を、演奏した。 この演奏には肩甲骨の緊張と背筋が必要で あった。 いらっしゃい、・・・あ 亜矢が、その部屋のドアをひらき、 ねぎらいのあいさつをかけようとした、その ことばが、とまった。 ・・・まだあったんだ うん、うふふふ。 喬が、肩をすくめ、女子高生にもどって、 笑った。 喬の青いワンピースのすそのくまどりは、 ギリシャ風だった。 * ただ会うだけなら、わたしの家でも良かっ たのに。 だめ 亜矢はつよい口調で、 あっちは、喬の家庭でしょう 性は、あくまでも、大人の身勝手な遊び。 あなたの家庭を壊したくないわ 「でも、乱交までやってて。」 「すくなくとも、場所としての安寧は、壊し たくない。」 雄一君が、傷付くわ。 いっぽう、ここは、あくまで仕事場。 あんずはここには来ない。 わたしたちにとって、性とは、 あしたの仕事をふくむなりわいのための積 極的な気分転換という意味では、仕事の一部 よ。 こじつけであることはまちがいない。 いいわけであることはわたしは知らない。 知ったことではないわ。 * あなたが、バイオリンのとき、かちとんぼ の青いワンピース着ていたでしょう。 たぶん、それをしたてているとき、このワ ンピースをおもいうかべてただろうな、と実 家に戻ってさがしてきたわ。 おかあさん、ちゃんと、取っておいてくれ てた。 ・・・ふう、お茶、いれてちょうだい。 ようかん買ってきたから、番茶でいいわ いや、せっかくだからいい茶をいれるよ 香りのよい奴、いや、白ワインとか、 そうだ、バイソン・ウオッカがあるよ。 いや、いくらなんでも、ひるまっから40 度をショットでやるほどうわばみじゃないわ。 むかしよりつよくなったとはいえ、あなた とつきあってたら、つぶされちゃうもの。 今日はあなたと寝ないから、このままかえ るわけだし、下に停めたくるまにのれない。 とまってけばいいのに だめよ、雄が、学校からかえってくる そういえばあなた、あんずちゃん、おかあ さんにあずけっぱなし?よくないわよ、そう いうのって。 あたまのいい少女をほったらかしておくと、 ナルシシズムにはしって、わたしたちみたい に、レズになるわよ。 うー 亜矢は、むこうをむいてお茶のしたくをし ていた。 (こども、みたいね。) 喬は、なつかしさに、かたをすくめた。 (わたしが、まえみたいに、 彼女をあまやかしてやれば、 彼女の素直さも、また以前のように、 芽を吹くのだろうか、) と喬は、想った。 * 「先日はだかで、想さんに聞かれてきたこと、 わたしなりにしらべてきたよ。」 ・・・想さんの言う、燐酸骨片のアイデア はたぶん、まちがいだと想う。生体が直接燐 酸分泌をおこなうことは聞いたことがない。 おそらく、燐酸石灰の沈着は、2次的なも のだ。しらべて、原因と進化の歴史がかなり 複合的なことがわかった。 海綿の骨片細胞が骨をはじめとする結合組 織の細胞になったことは、考えとしては矛盾 はない。まちがいは、たぶん燐酸にかかわる ことだとおもう。 骨片細胞のとげも太陽虫のとげも、成分と しては燐酸塩を含んでいいない。 ではなぜ、生体が燐酸石灰:アパタイトを 沈着するのかというのはたぶん今から言うよ うな仕組みだとおもう。 基本は、別の陰電荷にカルシウムがひきよ せられ、重炭酸よりも燐酸が豊富な環境で、 その塩として骨として沈着された、というこ とだろう。 血液やリンパのなかには塩酸イオンが多い けれども、細胞の中は逆に燐酸が多い。準細 胞内環境で、カルシウムの濃度が亢進すれば、 それはアパタイトになることは想像に難くな い。 ・・・病理石灰化は、喬も想さんも知って いるでしょ。体液にさらされたところの石灰 化は、呼吸の炭酸ガス由来の炭酸石灰がおお いはず。 でも、いくら石灰イオンポンプがはたらい たとしても、組織自体にカルシウムをひきよ せるちからがとぼしければ、たぶん骨化はす すまないのかもしれない。 鍵を握っているのはたぶん、結合組織内の 柔軟な高分子で。 「まっかなぶよぶよのいちごの、おいしそう なジャムはペクチン」 亜矢は笑った。 ペクチンはセルロースの一種なんだけど、 その一部が有機酸になっていて、水や陽イオ ンをひきつける。 だから分子のなかに水分をおおくふくみ、 また2価イオン準配位結合によって、ゴム分 子のような柔軟性をもつ。 節足動物のグルコサミンを除いて生体構造 に基本セルロース系をつかわない動物の細胞 組織では、 そのような緩衝弾力分子に、コンドロイチ ン硫酸のような蛋白質性多糖類をつかうらし い。軟骨細胞を培養するとその周囲にべっと りと分泌されるあれ。医学系の演習ではよく やるわ。想いだしたでしょ。 硫酸イオンの部分は、システィン・メチオ ニン類が酸化されたスルホンタウリン型なの か、あるいは糖の水酸基に縮合しているのか わからないけれど、 ともかくこの部分が、ペクチンの酸基とお なじ役割をして、水や陽イオンをひきつける。 もともとは、軟骨の組織目的としての膨潤 性の弾力を利用するための形質だったんだろ うけれども、その無作為にひきよせられるイ オンのうち、カルシウムイオンはもしその環 境が燐酸に富むものであれば、溶解度定数の 原則に従ってアパタイトの沈着をうながすは ず。 また、細胞外ではなく細胞内部に高濃度に カルシウムを保持する物質が合成されれば、 もともと細胞内部には燐酸イオンが多いから、 その細胞は自然に燐酸の骨になる。 蛋白質のなかのアミノ酸で、グルタミン酸 は、その側鎖末端に二酸化炭素を吸着し、そ こがいわばペクチンの酸基とおなじように、 鍾乳洞の重炭酸のように遊離のカルシウムイ オンをひきつける。 その目的によって結果的に設計されたのが、 カルシウムモジュラーやオステオカルシンと いう骨性の蛋白質よ。オステオ、とはラテン 語で骨のこと。 科学を専攻するのならばラテン語の語彙は いくつか知っておいたほうがいいわ。 たとえばプテリス、とは鳥の事よ。 ふるい地層からグラフィックス版画の凸版 のようなかたちで出た古代鳥は、アルケオプ テリクス・リトグラフィカ、鳥のような巨大 な古代竜は、プテラノドン。 たぶん、結合組織のアパタイト化はこのよ うなもので、直接燐酸イオンを制御する酵素 やポンプ系は存在しないとかんがえるのが妥 当かもしれない。 無脊椎動物では、たぶんゆいいつ三味線貝 が燐酸の骨格をもつけれど、ほかの軟体貝の 生長の可能性とはちがって、この概念がただ しければ、殻は内部からの生長のはずよ。海 水に遊離燐酸はほとんどないはずだから。 海綿の骨片細胞の起源が太陽虫のような生 物であるかどうかは、なんともいえない。 太陽虫のとげは、事実上極太の鞭毛で、 海綿の骨片細胞の成分は、原始のコラーゲ ンだから、 たしかにその意味でコラーゲンに富む骨片 細胞が、おそらく遠い子孫の結合組織に発展 したことはたしかだとはおもう。 その意味では、海綿の微小骨は、 「腱」であって、骨ではない。 結合組織の細胞は、その分化子孫として、 骨と筋肉を作った。 すくなくとも脊椎動物の系譜では、骨の細 胞と筋肉の細胞は、ごく近い兄弟で、その細 胞分化のswitchingは、ごく少ない因子によ って左右されているみたい。 たぶん遺伝因子性の、悲惨な疾患に、筋肉 組織がつぎつぎに骨になっていってしまう病 気があるわ。そのレポートを読んだとき、わ たしは暗澹たる気持ちになった。背中の筋肉 が、最終的にはいちまいのひろい骨のまな板 になってしまうのよ。 海綿の骨片細胞のとげは、太陽虫の鞭毛性 のとげではなく、筋肉細胞の先祖でもある腱 の細胞。 鞭毛・紡錘糸の蛋白と、筋肉の蛋白は、お そらく生体が発明した特殊な機能をもつ「性 質として正反対の位置に陣取るけれども」最 右翼よ。 紡錘糸の蛋白は、大谷石でできたレゴ・ブ ロックのようなもので、自由自在に解体がで きる自在チェーンで、筋肉のそれは、ATP で動くリニア・モーター。 たぶん、筋肉のミオシンとアクチンは、 「肛門」と咽頭の必要からはじまったのでし ょうね。 そも、いそぎんちゃくが「きゅっ」としぼ まる動きが、筋肉の必要とされた目的で、そ れが摂餌の目的にはじまり、 そして、 亜矢の喬をみるひとみが、 ちらりと淫らを帯びた。 「粘膜の性行為にまで応用されたわ」 みみずやごかいなどの環形動物では、高度 に発達した筋肉細胞である横紋筋は、のどに しかないわ。 動物において、いちばんふるい横紋筋はの どと肛門にあるわ。心臓ができるよりもはる かにむかしよ。 逆にいえば、からだのすべてがのどと肛門 のようないそぎんちゃくやくらげのようなも のは、「おしりのあなをひきしめる」ような 運動が、動物としての生活のすべてで、 逆にいえば、わたしたちの神経細胞とはも ともと、「調和がとれたひきしめ運動」をお こなうために、わたしたちの体でいえば大臀 筋のまわりに散らばってうまれたのだともい える。 環状筋を収縮させて、水をかきだし波をお くるくらげのうんどうは、「おしりのほっぺ た」だけでおよいでいるようなものよ。 背骨や頭部のない時代は、わたしたち動物 は、「おしり」でしかなかったわ。 悲惨な病気としての側索硬化症は、支配神 経の免疫的な自爆によって、神経性の横紋筋 がつぎつぎに衰退していく病気だけれども、 最後にまでしぼまず残る横紋の筋肉は、肛門 の穴なんだって。「鉄の肺」のような機器に たよって生きている最終末期の患者さんは、 肛門に圧力センサーをとりつけて、それで意 志の疎通を図るとか、聞いたわ。神経電位を ひろいあげる外科的なサージカルをしないか ぎりは、それしかないでしょうね。原始的な ところこそ、つよいから、原始的なことが、 最後まで、残る。 このようなことを悲惨かどうかとして主観 的にとらえるかどうかは、たぶん文芸の仕事 であって、科学の仕事ではない。もしわたし に、つよさがあるとすれば、そういう世界を みる怜悧さかもしれない。自分ではなくほか の人が判断するべきことだけど。 川端さんや、そして気分としてのラッセル 氏は、ちいさな愛玩犬が、さかりがついて不 似合いなほどの性器をあかく充血させている ことを嫌悪の感情でながめたことがあったら しいけど、それは主観であってレポートでは ないわ。わたしたちだって実はおなじような ものかもしれない。 文学の欠点は、それが往々にして主観だか らよ。主観とは箱庭であって、閉鎖的な本家 の馬鹿息子でしかない。 自分勝手だからだれからも相手にされない し、また閉鎖的に箱庭に資産を溜め込んでい れば、踏み込まれて略奪されて、ほろぼされ るわ。 文芸とはあくまで修辞学でしかないので、 その手段とは修辞学としての下僕でしかすぎ ない。修辞しかわざをもたないものは、おべ っか者あつかいされて、たぶんその未来は、 明るくない。 兵器を含め暴力的な工業製品としての結果 はべつにして、理学の基本は、客観という通 貨を他人にあたえるということにおいて、取 引にせよ喜捨にせよ、他人の役に立つという 目的がある。 ・・・余談だけど、硬化症で横紋筋である 心臓がしぼまないのは、心臓がすくなくとも 意識の神経からはインディペンデンスしてい るからよ。 心臓は、おしりの穴よりはあとだけど、 発達した神経よりまえには出来ていた。 心臓の細胞は、ゆるい消化酵素によってば らばらにほぐされても、細胞1個1個になっ てもけなげに拍動を続けるわ。だから動機も なく「動悸」をつづけるかれらは、「とても 熱い、生まれつきの穀潰し」よ。 全血液の、実に1割は、心臓が消費するわ。 その独立性がなかったら、「就寝時無拍動 症候群」だなんて物騒な病気もあっただろう しまた、実験としての心臓の移植はできなか ったでしょうね。 ・・・筋肉細胞は、その発生や再生におい ては、中胚葉性の無性格の充填細胞としては じまるわ。にかわ質の細胞よ。 かれらの性質と用目的は、衝撃を吸収する 弾力細胞なので、その成分であるコラーゲン をおおくふくむ。 だから筋肉の再生とあるいは補強は、新生 組織がコラーゲンを合成してからアクチンミ オシン複合体をつくるというstepを踏むわ。 コラーゲンの合成には、ビタミンCが必要な ので、トレーニングにはバランスの取れた食 事が必要よ。 鞭毛・紡錘糸の蛋白チューブリンと、コラ ーゲンは、大きさも部品構造もぜんぜん違う ので、分子進化のいみではたぶん、別物。 コラーゲンは、蛋白質としては含まれてい るアミノ酸の種類も配列も、単純すぎる。 機能をもつ蛋白質をおそらく先祖にもって はいない。 「・・・コラーゲンには面白い話があって。」 亜矢は、続けた。 コラーゲンは3つの螺旋がつぎつぎにロー プのように絡み合わされて延々とその構造が 伸びていく構造なのだけれども、そのよりめ の摩擦の役をしている結合は、 酸化リジンと酸化プロリンが担っている。 その酸化還元反応に、ビタミンCがかかわ っている。だから、そんな重要なアスコルビ ン酸が合成欠損・必須ビタミンだなんて、サ ピエンスは生理的にはとんでもない欠陥 speciesなんだけど。植物食が長かった時代 に、たまたま合成酵素が欠損してしまったの でしょうね。 酸化リジン・プロリンは、いわば酸化物で あるアルデヒドアセタールがメラミン縮合の ような形で、堅牢な樹脂を作るような原理で、 コラーゲンの基本線維をまとめあげる。 ふつう、ある種の有機物は、酸化されると、 魚油やペンキ油のように、粘重になり固化す るように。コールタールがねばねばなのは、 それが高分子だからだ。 逆に考えて、なぜだいたい海綿の時代にま で、コラーゲンが発明されなかったかという と、リジンやプロリンを充分に酸化するにた る酸素が、環境、つまりは大気中に充分に蓄 積されてはいなかったからだという説がある。 藍藻のレベルではおそらく20億年前程度 から光合成はおこなわれていたけれども、そ れが充分になるまでは、長い時間が掛かった。 いちばんおおきな原因は、地球の金属核の 問題と言われていて、 地球の内部が始原の熱で充分に熱い場合は、 その核は不純物をうけつけないので、逆に地 球磁場はそんなに強くはなかった。 地球が冷えて、鉄の核に不純物が混ざるよ うになると、溶融金属に乱流が起きて、ダイ ナモ理論によって、つよい磁場が発生した。 ・・・宇宙飛行士は、就寝中、まぶたのお くそこに、ちらちらと輝点をみるそうだけれ ども、それは、外宇宙からの高エネルギーの 宇宙線がからだをつきぬけて、網膜のビタミ ンAアルデヒドを細胞レベルで興奮させるか ら。 宇宙飛行士の、宇宙放射線被爆というもの は、原子力発電所のとなりにすむより高い。 まして、充分に磁場の存在していなかった 太古、地表や海水面には大量の殺人宇宙線が 降り注いでいたので、原始植物はなかなかひ かりの豊富な水面にあがることはできなかっ た。 原因からみれば、地球が老化したおかげで、 浮上した植物によって光合成が一気にすすん だ。 それがコラーゲンの発明の遠因になったと いうのは、階層を突き抜けてすべてが関連を もつ、不思議だよね。 * 殺人将校でしかない蓬莱の教師に、こんな はなしはできないだろうよね。 亜矢は、ためいきをついた。 「地球の老化は、生物の進化に重要な意味を」 もつ。つまり、進化とは、つねに安寧なぬく もりからの追放の意味がうすくあるのかもし れない。 * 「惑星環境の話を酸素からカルシウムに切り 替えると、」 コラーゲンとコンドロイチン硫酸の骨がア パタイト石灰になったのでさえ、 海洋の水が冷えてしまった深部マントルに、 含水鉱物としてすいこまれ、そのまま地表に もどらなかったために海水面が大幅に下がっ たため。 海水面が下がれば、地表は広がり、岩石は 風雨によってくだかれ、ナトリウムやカルシ ウムが大量に海水に流れ込み、海はどんどん 塩辛くなる。 その豊富になったカルシウム資源をつかっ て、生物は内骨格や外骨格を作るようになっ たとも。それはだいたい10億年程前の最近 だそうだけども。 節足動物の外骨格は、ペクチンやアルギン 酸のような酸性多糖類がカルシウムをひきつ ける面があるのかもしれない。動物が、細菌 や植物よろしく、脂質膜上の糖鎖からセルロ ース性の線維を伸ばすのは、実はなぞなのだ けれども。ただ、蟹や昆虫の体表の多糖類は、 線虫や回虫の時代にまでさかのぼれるそうよ。 生物が陸上に進出したのも、酸素濃度が高 くなったこともそうだけれども、河川の淡水 に避難した生物が、塩辛くなってしまってす みにくくなってしまった、かつてのふるさと に帰ることが高コストになったからだ。 精神の自由を尊ぶノルマン人やサクソン人 にとって、ユーロッパはぎゃんぎゃん固陋な 戒律をいってくるすみにくい土地になってし まった事情とにているだろうね。 地球の老化が、地表の乾燥化と寒冷化をお しすすめてしまうので、 植物は生殖を水から切り離し動物と共同で 色とりどりの花を開発し、冬のための種子と 芋を発明した。 乾燥化がすくなくとも温暖地では樹林を駆 逐し、草原を作り、イネ科やカヤツリグサ科 の種子が、哺乳類の脳のための血糖を保証す るようになった。 海が完全に干上がるのは、おそらくいまか ら5億年から10億年の未来だけれども、 すくなくともいままで生命に影響をあたえ てきた地球の老化の歴史を考える限り、 すくなくとも方向性としてはこの惑星がす めなくなるということを考えて、ビジョンを かんがえることは、歴史をたっとぶかぎり、 とっぴな発想ではない。 まあむこう5億年、宇宙開発の必要はない けれども、バチカンやイスラムを敵にまわす しかないのが錬金術師でもある者の業である のならば、ノルマン人やサクソン人は宇宙船 に関心を払うしかないのかもしれない。 こんなことをいってはおこられるけれども、 メイフラワー号は結局、窮屈になった旧世界 から追われたひとびとだ。 追う側の心理もわかるよね。世界をまぜっ かえされたら、迷惑だもん。 非人道的実験が研究者の認知症防止のため にレクリエーションとしておこなわれている のならば、それは古城における回春のための 少女の生き血での入浴とそう変わりがないわ。 原爆や過剰な工業が世の中を惑わすことがは た迷惑な魔術でなくてなんなの? 旧世界のがわでこころやさしいがゆえに困 窮している人も、既得権に対して不毛な戦争 をするのはいやだろうし、新世界への移住は ある意味illusionとしてのユートピアだ。そ の意味で、フロンティア精神にとって、イン ディアンの問題は、ある意味、タブーだ。 自由は、反面、無法を必要とする。 困窮して移民したアイルランド人から大統 領が出たというのはかんがえてみれば複雑な 話でもある。 * 乾燥化し寒冷化する地球の表面で、 特に哺乳類世界が、知恵を発達させ愛情を 深めていったのは、それは必要な摂理でもあ った。 色素のうすい人、特にノルマン人としての コーカソイドはすべての猿のなかでもっとも その傾向が顕著だったんだろうと想うわ。 ベルクマンの法則、グローガーの法則と照 らしても、コーカソイドが北方系なのはあき らかよ。寒冷適応のため体がおおきくなり、 とぼしい紫外線のために肌の色は白くなる。 笑い話で、どんなにかわいくても金髪の子 犬を拾ってはいけないというのがあったわ。 生長すると、身長2メートル80、体重は5 00キロを越えるから、餌代で破産するって、 ね。 ともかく、肯定感情としての愛情と好奇心 の座は脳の奥底の部分にあるわ。 おそらく、そこが発達しているのでしょう、 仲間との連帯を強くして、なおかつどんど ん進取の気性でものごとをとりいれて行かな ければ、苛酷な環境に負けてしまう。 たぶん、オーディンの概念は、数万年の歴 史があるはずよ。いわく、本能的に知恵を猟 渉し、それを最終的には人々に還元する。 還元するということはささげるということ で、もし仲間という概念が祭壇を通じて昇華 されれば、それはつるし人のいけにえにまで いくのかもしれない。 「罰の苦痛にあまんじる」というのは、いわ ばそのための訓練なのでしょうね。 亜矢は、喬の背の高さをみやった。 ただその感情と意欲の機能はかならずしも 「サピエンスという種の進化のうえでの実験」 のうえではかならずしもバランスの取れたも のではなかった。 コーカソイドの遺伝的なメンタリティはあ くまでひらかれた荒野に適応したものであっ て、国土に責任を持つ農耕国王や、循環する 地球経済のような「閉鎖系」にむかってつく られたものではなかった。 コーカソイドは、基本的に収集した知恵や 発明した機械に責任を持つことができない。 あさぐろいはだの、ひとみのくろい王から は、迷惑がられて憎まれるわ。 はだのうすい色の人々は、太古から、追わ れてきた。 ノルマン人だってむかしはもっと、東方、 いまの東欧やロシアのほうに住んでいたわ。 中国はむかしから肥沃だったので太古から人 口が膨張し、そのたびにコーカソイドは西へ 西へと、せまくるしいバルチカ地塊の周辺に 追い込まれていったわ。ゲルマン移動は、じ つは、終盤よ。タルタルソースは苦いんじゃ ないかしら。 かれらのもつ知恵としての「魔術」は窮地 にはたよられるけれど、基本世を惑わすもの としてきみわるがられていた。 かれらは、愛情にかかわる芯の機能によっ て直接には殺戮を好まない。それが仇となっ て、かれらは戦ではいつも追われていたのか もしれない。 また、 「この効果があそこにまで行った、 おそらくこのように展開し、 たぶんこれくらいあとに跳ね返ってくる」 だなんていう想像力は、 粘りのあるぬめぬめした現実と歴史を生き なければ得られないから、かれらに帝国や領 土の恒久的な清濁合わせた経営はまあ、でき ないでしょう。その意味で、中国に比べれば、 ユーロッパに思想はない。 時計の理想をひとびとにおしつけた実験と しての東の人工国家は崩壊したわ。ソビエト は、その文物をおおくドイツから輸入してい たから、いわば共産主義とはドイツの哲学で もある。 西の大陸のコーカソイドの錬金術師がゆめ みた理想郷も、おおく黒い髪の移民によって、 感受性の鋭過ぎる伝統はいずれすたれていく わ。 めいわくがられる金髪でできた珪素の電線 も金融からはいずれ近い将来締め出しをくう でしょうし、そうなったら、いくところのな い迷惑なコーカソイドはボートピープルとし て、宇宙船を作るしかなくなる。 ただ、地球のすすむしかない寒冷化が哺乳 類世界をこのように加工したことをかんがえ れば、コーカソイドとはもっとも人間らしい 人間ということもできる。 ミクロンのベクトルがキロメートルを夢想 するようなものかもしれないけれど、その意 味でコーカソイドが宇宙船を作るのは「地球 の歴史の方向性」という意味ではけしてはま ちがってはいないわ。 その方向性で言えば農耕世界で暮らし、そ れ以上を望まない黒いひとみの王国とは、逆 にいえば億年の歴史で滅び行く、温暖な世界 の恐竜としての幸福とも言うことができるか もしれない。環境が豊曉ならば、気をつかっ ていきていく必要もないから、知恵も神経も 発達させる必要がないのよ。 食うに困ることのなかった農家の長男長女 が使い物にならないように。 知恵をつけることが生命の必然であれば、 文明はおそらく20億年前に起こっていたは ずよ。 でも、コーカソイドの側も、誇れにおもっ てはならない。宇宙を開発することが相対的 にコスト安になるまでには地球の環境が自然 に棲めないものになる5億年後を待たなくて はならない。それまではぶつぶついいながら も地球にすまなくてはならないわね。 * オデッセイを、図らずも語ってしまった亜 矢は、ため息をついた。 「すごいじゃない、想さんをつれてくればよ かったわ」 ・・・どうせ、人の知識だ。 わたしが地球の裏側の岩を手ずから叩いて まわったわけじゃない。 科学部の人に聞いたの? 亜矢は、眼をむいた 「ばかいうな、マザコンは敵だ。」 生存競争をおそわっていないから、役に立 たない。 生存競争をおそわっていないから、人の役 に立たないところに志望票を出す。ゆるんだ 顔は、みるのもいやだ。 (・・・みたされなかったそれ、という意味 では、亜矢も想さんもおなじようなものよね。 ふたりは、知識や義を家族の代替にしてい る。) * ・・・聞いちゃいけないことなら、ごめんな さい 亜矢、あなた、彼やわたしのからだのした で、いちどもまえの旦那さんのなまえをもら さなかったわよね。 ・・・分かれた原因というのは、性の、不 一致? ・・・そうよ がんばろうと、努力したけど、 だめ、だった。 わたしは、相手の人格が、ふつうだと、 「燃えない」人間なんだな、と結婚が破綻し たときに、鉱さんに泣きながら、謝罪したわ。 こどもができれば、かわるだろう、とおも った憶測の犠牲者が、娘よ。 いくら綺麗ごといったって、性が成り立た ない結婚なんて、事実ありえない。 ナロードニキがきらわれたのは、それが書 生論だからよ。 * ・・・ごめんなさい、話題を変えるわ。 「今日の用事は、2件あります。」 どこかできいたいいまわしだな、と亜矢は わらいながら、お茶を入れなおした。 これは、プレゼント。 理由はないわ、あなたに似合いそうだな、 とおもったから、買ってきただけ。 もの、というものはあるべきところにあっ たほうがたぶん、しあわせだろうとおもった から。 喬は、茶紙のちいさなそまつなふくろをリ ビングのござのうえにおき、 なかから深い灰色を帯びた沈んだ色の黄色 と茶色のベルトをとりだした。 おおきめのバックルのところで、きもちな なめに革が交差した、細いベルトで、 青と、黄色って調和があるとおもって。 ただ、まあむずかしいわよね。 水色に近くなると合う色はみつからないし、 深い青だと、かえってブラウンのほうがいい。 まよったから、2本買ったわ。 喬は、香りといっしょにお茶の湯を、から だに吸い込んだ。 ふうん 亜矢は、返事をした。 「むかし、色の色彩環とひかりの色彩環をダ ブリンの4元数になぞらえて考えたことがあ ったけど、うまくいかなかったな。虚数や複 素数の負値と、補色の対比が、うまくいかな い。」 もちろん、コーディネートとして。 そういう行為が、よれよれのアル中よろし く野暮なのは、よくわかっているけれど。 深緑と黄色、 むらさきと黄色、 グレーとピンク 赤とみどり こげちゃと芥子の黄色。 このドレス、そういえば、むらさきにちか いね。:喬 亜矢は、みぎてとひだりてに、それぞれの いろをもちながら、すこし、考えていたが、 じゃあ。 たちあがって、きびすをかえし、 「きがえてくる」 しろいブラウスの背中で、言った。 * あれ、きがえてくるんじゃなかったの 栗ようかんを、冬ごもり前の栗鼠よろしく、 ほっぺたをもぐもぐさせながら、とんぼのワ ンピースを片腕にかかえてもどってきた亜矢 にむかって、喬は声を掛けた。 いや、 亜矢がすこしはじらいながら、 「きがえを、みていてほしいんだ」 ねえ喬。 なに 「わたしって、露出、狂?」 ・・・「 ふ、」 喬のくちから声が漏れた ふ、ふふ、うふふふ、うふふ。 なんだよ、喬。きもちわるいなあ。 いや、しあわせだ、なーって、おもって。 やっぱり、わたし、かえってきて、よかっ た。 ねえ、亜矢。 なに、 「ねえねえ、おねいちゃん、 ぱんつ、なにいろぉ。」 バカッ ブラウスを脱ぎ、パンタロンをぬぎすてる と、諧謔として、その色はピンクであること が判明した。 幸い、扱いがむずかしい黄色は、亜矢の持 っているターコイズ・ブルーとよくなじんで、 相性としておさまったようにみえた。 亜矢、 なに まわってみせて、バレリーナみたいにうで を、あげて。 (あ) デジャ・ヴュは、フランス語である。 その単語の性を、亜矢は知らない。 抽象語にも、性はあるのかどうかさえも。 * よかった、似合って。 まあ、この茶は無難な色だし、黄色がにあ わなかったら、これでもにあってただろうし、 いろは、どうでもよかったんじゃないの。 わたしの見立ての予測が、最後までとおっ たことがうれしいのよ。 服が、いたむから、と、せんじつ想がすわ ったアンティックの茶椅子をもってきて、脚 を組んで壁にもたれている亜矢に、喬は返事 をした。 ワンピースや、浴衣は、セパレートではな い欠点として、背中や腰の生地に応力が集中 し、布に負担がかかる。なるほど、洋装に正 座や胡座の習慣はない。だが、和装ではどう なるのだろう。 黄があわなかったときのために茶色を買う のは、あなたがおしえてくれた兵法としての 戦略だけど、最初の直感がとおったことの喜 びとは、文学だわ。 喬は、ふう、とひといきをつき。 そうね、あなたがいうとうり、文学なんて 糞よ。実際。 戦略という夫がいなければ、おちおち小鳥 のあたまもなでられない。晩御飯のこんだて は、チキンなのにね。・・・ちょっと、そっ ちにいっていい? 喬は、たちあがり、からだをずらすと、亜 矢の椅子のそばに、腰を、あらためて、おろ した。そのまま、 彼女は、ながい黒髪のこうべを、亜矢のひ められた恥毛のうえに、もちろん亜矢のドレ スとショーツの布越しにみぎみみを下にして、 やわらかくおき、 そっと、めをとじた。 ・・・ここは、ひだまり。 両手で、はだしの亜矢の脚を、すねとして さわさわとなでるその感覚の、安息香として の、ここちよさに亜矢もめをとじて、壁に、 体重を預けた。 ・・・手が、とまった、な、と亜矢がひら いたまぶたのしたには、おともなくぱたりと leaveされた、喬の安心にちからのない、わ ずかにうちがわにゆびのまげられた、喬の喬 のほそい両腕があり、 みずからの恥毛と、もものうえには、すう すうとなかばくちをうすくひらいた、ねいっ てしまった少女のような喬のこうべが、その ほおの体温のおもみとして、あった。 蒼と青の服を着た、ふたりの、中年婦人は、 気がわかいので、臨床的にも、まだ肉体もみ ずみずしく、まだふたりとも、少女の気持ち で、 つまり亜矢もまたなつかしい未成熟な依存 の気持ちを想いだし、 また亜矢も、すこし、うとうとと、した。 * 「もうひとつの、用事って?」 あらら、寝入ってしまったわ、 と母の立場の声でめざめた喬に、亜矢は、 きいた。 20分ほどしか、ときがすぎていないこと に安心した喬は、すっかりさめてしまった茶 を、かおをしかめてのみほし、 そのまま少女時代の綿のドレスのまま、そ のままよたよたと、中年女のあしどりで、キ チンへいき、いつぞやの即席麺にそそいだや かんを、こんろにおいた。 ちょっとまってね、おちゃ、もう一杯。 喬、こっちに来なさい 亜矢が片手に何かを持ち、ふたたび椅子に すわると、喬を手招きした。 なに なに、じゃない。鏡みなさい 亜矢がゆびさした姿見には、喬のながい猫 っ毛が、みだれたすがたが映っていた。 こっち。 亜矢が自分の足下をゆびさし、 ここにすわるの。 ブラシをみぎてに、宣言した。 「えへへへ。亜矢、お母さんみたい。 いまさらだけど「迫」って体格ではないのね」 小熊でなくなってしまった成獣が、飼い主 にこころをゆるしているようなしぐさで、女 子レスリングの選手のような背丈の喬が、こ がらな亜矢に、すこしあまえた返事をした。 (たぶん暴君竜とも母子の感情をつうじれば、 紐帯が可能な仕組みは動物学者の説くところ ではあった。) なにそれ、それって、あたしが 小物みたいに聞こえる。 たしかに指示を出せば、昼間の世界の部下 は、みな言うことを聞くわ。表面上は。でも それはわたしに惚れてついてきているかどう かは、あやしいものだわ。 ・・・報酬がなければ、動かないものの世 界は、さみしいものよ。 あんたって、柔和で受身だけど、魔性は、 底が知れない。 ・・・うらやましいわ。 女は、みなそうよ。気づいているか、気づ いていないかの違いだけ。 青いドレスの長身の喬は、亜矢の毛漉きに、 態度でごろごろと、のどを鳴らした。 ・・・この部屋でひあたりのいい場所って、 あのよもぎの窓際? うん、そうだけど? 亜矢のひざのうえに両手を交差させるよう におき、そのうえにほおをのせている喬は、 けづくろいをうけている狭鼻猿や猫の気持ち でたずねた。 しばらくしてやかんが沸騰の口笛を吹いて しまった。 ざんねんながら、ドメスティックのきもち よさをあじわって堪能していた喬は、義務の 世界の大人の女として、その気持ちをうちき り、たちあがった。 * これはね、おおひげまわりというの。 喬がもってきたジャムのこびんにちいさい、 「餡ぱんのけしつぶ」ほどの、みどりのこん ぺいとうのようなものがうかんでいた。 想さんから、伝言があるわ。 べつにしいて大事なことじゃない せんじつ、想さんと自宅でしずかなセック スをして、ダブルベッドで全裸でシーツに横 たわっていたときの、しずかな世間話よ 僕は、こんな衒学的な人生などあまり好き ではないのかもしれないって。 たぶん、亜矢ちゃんもおなじようなことを おもっているはずだから、機会が合えれば、 はなしてあげてくれとも。 たとえば、衒学的ではない文章とはなにか と、というと、それはたぶんいわゆる小説の ようなものになるのだろうといったわ。 想さん独特の、理系の言葉で、「定義から いえば」と彼がしかめっ面でそういう言葉を つかうのがさもいやそうにいったわ。 「小説とはmy opinionではなく、」といい、 いわゆる小説とはいわゆるnovelだ。つまり、 ヌーボーであり、要は淘汰の試練を経ていな いnew waveといういみにしかすぎない。 いっぽう、生物の自然の神秘に瞠目するも のは、造詣の神妙さに進化の神秘をみるが、 ほどなくその背後には大量の淘汰の犠牲者が いたことに気づく。 ほろびた、進化の犠牲者の肉体がもし腐敗 しないでそのまま、重量体積としてつみあが ったら、もうひとつ地球ができる嵩だという 試算があるくらいだ、ということを、わらい ながら、いったわ。 そのとき、想さんはなにを笑っていたのか は、わたしは聞かなかったけれどもね。 あのひとはものごとを嘲笑しないひとだけ ど、わたしやあなたがそうであるように、お ろかさにたいしてはどうかは、わからないわ。 わたしたちは、愚か者を憎まないわ。 近寄らないようにするだけよ。 だからこそ、おろかものは南千住の刑場に、 日々、いっぽずつ、きらわれることによって 流されていく人生をあゆむことになる。 忠告の対極は、人の話を聞かないだらしな いさみしがり屋の結果的な孤独で、 選択される孤独は、 おべっかからの忌避の結果よ。 いわゆる商品としての文芸は、読者はそこ に人情や美という愛をもとめる。 ただそれは、商品だから、「愛とはあたえ るものである」というおしつけがましいもの は、売れはしないわ。消費文化の謳い文句は 「支配からの解放」だから。アナーキーや共 産主義は、結局自分たちを管理できずに麻薬 や恐怖政治体制にころげおちていくだけなの にね。 そのいみで、あたえられることに慣れすぎ た読者は長期的には作家にはなれないし、 またべつのたちばとして、愛とはあたえる ものであると知っている人は、商業作家がな りわいとしてなりたたないことをみぬくわ。 この意味で、この2者がもし、文筆以外に ごはんをたべていく手段をもたないのなら、 その将来にはかなりの確率で自殺がまってい る。 はたち前後で小説を書くなんてことは、 天下宇宙に対して、傲慢のきわみよ。 こんな、形式は、良くない。 あなたも短歌俳句のからみで、そんなよう かことをいったことがあったわね。 すくなくとも、私小説は、あまくてなまっ ちろいがゆえに、この惑星規模の経済の氷河 期をいきのこることができるspeciesかどう か、うたがわしいわ。 共産主義がうまくいかなかったのは、それ が検証をされていない純文学だったからよ。 民族の気質として、レーニンとドストエフ スキーがおなじくにのひとであることはたぶ ん、偶然ではないわ。 その意味で、黎明期の共産主義に理想を見 た文学者は、当時は多かったわ。自殺を含め、 人の死を誘発する文学って、なんなの? いわゆる純文学は密室を必要とする。源氏 物語の背景にあるエリート既得権のように。 逆説的だけれども、共産主義とは、エリー トによる産物よ。そこには、うすく、差別意 識があり、たぶん、民衆はナロードニキにそ れをかぎつけたのだとおもうわ。 思い通りにいかないと、その純文学のぼっ ちゃんは、かんしゃくをおこす。カンボジア の悲劇は、結局、ラスコーリニコフに見える わ。暴言かしら。 創作とは、精神の足跡だけれども、精神と は逆境においてなにをおもうのか、というこ とが問われるものよ。 私小説は、自分の世界からでてこれない。 夢想や願望をすくなくとも検証することも せず、そのなかにこもる。 検証のためには知識と経験が必要で、それ には年月がかかる。衒学というものは、それ が副産物である限り、いやみではない。 純文学の世界は、作者の投影であるその主 人公が、つねに、じぶんのことしか考えてい ないわ。 愛が他者とのかかわりである以上、すくな くともその形式に、愛はない。愛がそこにな ければ、そのようなものは、必要とされない。 ここに作者の、自殺への道筋が、ひとつ、 ひらく。 逆境で必要なものは、行動であり、またそ のための戦略よ。 またそのためにはできるだけ正確な地図が 必要だわ。 その態度は、行動のための論理という意味 で左脳的だし、 空間マッピングという意味では、男性的な 能力だわ。 その意味では、逆境を乗り切る可能性が高 いのは、楽観的な男性性であることはたしか だわ。 そしてそのような者は、たとえ八方塞りで もあるいは殉教にも、事後の効果を戦略とし て考えようともする。 そういう悲壮な「時空力」とは、たぶんに ひらかれた男性的なものであり、 その意味ではあなたが、源氏物語を、必要 以上にも憎悪することが、よくわかるわ。 亜矢、あなたは、男にうまれるべきだった のね。あなたは、たぶん現在の想さんが嫌い なことが、「帰納」によってはわかるわ。 すくなくとも、卑近な意味では、あなたは おなじ知識と文法で、想さんをはげますこと が、わたしたちのなかにある、たぶん義務の、 ひとつよ。 その意味で、あなたは彼の妻の立場を演じ なければならない。 「わたしにとって残念ながら、いまの彼の妻 はわたしよ。 弱さでつながっているだけの。」 それも、伝言? 「まさか」 喬は、ドレスで、笑った。 * このみどりのこんぺいとうは、あなたの知 らない、わたしの春日通時代のあなたへのお みやげよ。 ひさしぶりだったけど、「文京区」に出か けて、後輩の後輩に分けてもらってきたわ。 よくみて、うごいてるでしょう。 これはね、動物でもあるの。 せん毛虫やアメーバやえりべん毛虫の時代 は、いろいろな進化の実験がおこっていた。 この仲間は、植物でありながら多少動物へ の性質へふみだした実験の一群のいきのこり よ。 これらの仲間からわたしたちの先祖が発生 したわけではないけれど、 当時のわたしたちの先祖も当時のわたした ちの先祖もこまかい点ではこれらと共通する 要素をまだもっていたはずだわ。 これは、次世代の子を作るとき動物卵の発 生のような挙動をするわ。 分裂によって胞胚のような構造を作り、 その一層の細胞シートのゴム毬が一部破れ、 めくれかえって、陥入し裏と表が、手袋みた いにうらがえる。 そう、脊椎動物の陥入による原腸の形成に よくにているわ。 一般に細胞がシートになると、構造物質の 緊張か走性物質による運動かわからないけれ ど、普通は曲がる運動がおこってもおかしく はないし、場合によっては自然なことよ。 有髄神経の、電気絶縁細胞は、じぶんから 神経を巻き込んでいくのではなく、分子内に ふたつのかぎを持つ引っ掛け糊分子に引きず られて線を巻き込んでいくのとおなじように。 五十倍の顕微鏡をとりだして亜矢をうなが した喬は、 ほら、左からふたつめの子供が、ちょうど 膜がまくれかえっているわ。 あの、いわば、まくれあがりの開始点が脊 椎動物の発生でいうと、 喬が、意地悪く笑った。 くちびるのはじが、あがった。 「胚であったころの、亜矢ちゃんの肛門よ。」 亜矢は、うつむき、その頬に朱がさした。 ・・・いやらしいね、喬。 亜矢は、すこしうれしそうに、つぶやいた。 ・・・このまえのことといい、かなり性格 変わったんじゃない。 たぶんね。そりゃ37歳ですから。 喬は外の、団地を吹き抜ける初秋の風を感 じていた。 喬、 なに? 喬ってさ、女子大で、恋人はいたの? いなかったわけはないでしょう 喬はすこしこわい顔で、亜矢の顔をみおろ した。 あなたのせいよ。ありがとう。 あなたのせいで、人生が豊かになったわ。 いまごろ、しあわせになっているといいな。 ・・・喬は、とおくを見るような顔をした。 喬は、亜矢の髪にそっと右手を置いた。 喬は、顕微鏡のあるテーブルに、その腰を 置いていた。 ・・・ゆるしてくれとは、いわないわ 「人を好きになることも、距離をおいてしま うのも、 そしてたぶん、嫌いになることさえ、みな わがままな、夢。」 喬は、宙を、みあげた。 「あなたは、卑怯よ。」 声に喬が下をみると、 複雑な表情で、亜矢が真摯に、見上げてい た。ほどなく、喬は、亜矢にきつく抱きすく められた。 * 秋も半ばに深まった、竹箒で校庭のすなを 掃いたようなかすんだ青空の秋口は、小学校 の授業参観の帰り道であった。 亜矢と喬をそれぞれのひだりてとみぎてに つないだふたりの母親は、寄り添いながら、 小学校の門をくぐった。 (あまったそれぞれの手を、人目に触れぬよ うに、かさねながら。) 「亜矢ちゃんと喬ちゃんのお母さん、ほんと うになかがいいわね。」 それより聞いた?わたしたちの信用金庫、 来年から電算機がはいるんですってよ むずかしそう、おぼえられるかしら 支店長は、これで便利になることがおおい でしょうなんて玉虫色のことをいっているけ ど、玉虫色はその毛のうすい禿だけにしてほ しいわね。 わたしの旦那なんか、 電気技師なんか、いじくりまわせるおもち ゃとしてのアストロボーイで遊んでいたくて お遊び大学にすすんだ連中だから、 おしめも取れていない連中が最後まで仕事 に責任を持つはずもない、 もし面倒が増えれば、やめてもいいんだぞ とかいっているけど、ねえ? そうよね、ローンもあるし学費も積み立て なきゃいけないし。 あれ、亜矢ちゃん、手を振ってるわ。 了 ---------------------------------------- ====================